医者になったばかりの頃(1973年卒業)、我が国でも普通に結核患者さんが外来に来られた。アルバイト先の病院で胸水と結核病巣がレントゲンで認められ、すぐに入院できないということで外来で胸水を抜く処置をして、入院まで待ってもらったことすらあた。当時は、咳と熱での外来でレントゲンを撮り結核が疑われるか、あるいは集団レントゲン検査で発見され外来に来られるか、いずれにせよX線写真がまず行われ、その後痰の細菌検査が行われた。結核菌の培養には最低1ヶ月必要で、すぐに顕微鏡で菌が観察できるほどの患者さんは少なかったので、まず抗結核剤を投与して様子を見るのが通常だった。
ただ、このようなX線写真ベースの結核医療システムは先進国だけの話で、患者さんが多い低開発国では喀痰の検査とツベルクリン検査以外に診断方法がないということも習っていた。というのも、先進国からレントゲン検査システムは送られていても、現地の病院で使えるレントゲンフィルムがなかなか供給されず、宝の持ち腐れになっていた状況があった。あれから50年、レントゲンフィルム自体が必要なくなり、コンピュータ画像に置き換わることで、どこでも機械さえあればレントゲン検査が受けられるようになった。
今日紹介する米国ニューオーリンズにあるチューラン医科大学からの論文は、結核菌の検出を医療施設のない現場で1時間で可能にする、しかも安価な診断システムの開発で、4月9日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Rapid tuberculosis diagnosis from respiratory or blood samples by a low cost, portable lab-in-tube assay(呼吸器や血液サンプルの結核菌を一本のチューブとポータブル機器で行う安価な迅速診断)」だ。
この論文の大半は機械の設計と説明に使われている。読んでいると、どこでも検査システムを作成できる気になるほど詳しく説明されている。測定の原理だが、血液や痰をチューブにとって、そのチューブに挿入した Plunger に核酸を吸い上げトラップし、トラップの上で PCR と Cas12 を用いて標的DNAがあれば、Cas12 により DNA が切られて蛍光が出る仕組みを使っている。
もう少し詳しく検査の手順を説明すると次のようになる。
- チューブの底には結核菌を溶解し DNA を切断する試薬が乾燥して塗りつけてあり、資料を加えて90度15分処理する。
- こうして作成したサンプル溶液に Plunger を挿入すると、液が吸い上げられ中央にあるトラップに濃縮される。
- このトラップにまとめて粉末化されている、組み換え酵素を用いる常温PCR試薬、DNA中に存在する結核菌DNAを検出する CRISPR/Cas12 システム、Cas12 が活性化されると切断され、それまでブロックされていた蛍光が発生するDNA基質が溶け出すようになっており、37−42度で45分静置すると、蛍光が出てくる。
- ポータブル機器には、底を高温で熱し、中間部のトラップを37度に熱するヒーターが備わっており、チューブを挿入してしまえば、後は15分後に plunger を押す以外の手間はかからない。
- そしてこの機器は電池で動くレーザーシステムが組み込まれており、発生した蛍光を検出することができる。
後は検出感度になるが、HIV にかかっている子供の結核のコホートで、痰の検査が難しいケースを例に、Xpert や培養検査と比べているが、感度は高くX線検査で確認できるケースの3/4で結核菌を検出している。一方、コントロールの子供については擬陽性はほぼ起こらない。
他のDNA検査と同じで、喀痰検査になると少し検出感度が落ちるが、やはり7割近い症例で菌を検出できる一方、コントロールでは全く擬陽性がない。
以上が結果で、多くの患者さんを一度に測定するのは難しいが、開発途上国の小さな診療現場で、しかも薬も限られた状況で診断するためには大きな力になる。このチューブ一本は2.7ドルということで、アメリカ支援が抜けたWHOでも可能な額ではないかと思う。特にエイズが蔓延している地域の子供を守る武器として期待される。