昨日のCART標的選択の評価を汎用LLMに相談するといいことを主張した論文は、ネガティブな意味で驚いたCell論文だが、今日は本当に真面目な、Cellにふさわしい論文を紹介することにした。スタンフォード大学からの論文で、ALSで最もよく使われるSOD1変異モデルマウスの運動神経の変化を、single cell level で丹念に調べた結果で、何か画期的な治療方法が提案されたわけではないが、今後ALS研究にとっては重要なデータを提供した、好感の持てる研究だ。タイトルは「An emergent disease-associated motor neuron state precedes cell death in ALS(ALSでは神経細胞死の前に病気に特徴的な運動神経の状態を定義できる)」で、6月16日Cellにオンライン掲載された。
研究ではSOD遺伝子の変異により起こるALSと同じ遺伝子を導入したマウスで、発症前、初期(65日)、中期(100日)、そして終期(125日)、脊髄からコリン作動性神経を分離し、一個ずつの細胞核について,RNA sequencingによる転写解析、Atac-seqによるクロマチン解析、そしてその結果をMerfishを用いて組織上にマップし直す解析を組み合わせ、ALS運動神経に特有の変化を定義しようとしている。
SOD変異を持つ細胞のみで起こる変化を追跡すると、これまでも知られていたように筋肉を直接動かすα運動神経特異的に変化が見られる。そして、この変化はSODの発現とは無関係なので、SOD変異はα運動神経、中でも速筋を支配する高頻度発火神経に最も大きな変化が見られることがわかった。また、病気の初期ではα運動神経が同時に変化するのではなく、変化が起こるスピードは細胞ごとにまちまちで、SOD変異による作用が細胞ごとに異なることも示された。
病気の進行とともに発現が上がるのは、細胞死調節や、ERストレスなど細胞の防御に変わる分子で、強い細胞ストレスが発生していることがわかる。一方、シナプス伝達や軸索伸張などに関わる分子は強く抑えられる。また、この変化に呼応し、元々クロマチンのオープンなα運動神経の遺伝子発現部位のクロマチン構造も変化していることから、これらの変化を転写因子レベルに集約させられる可能性が示唆された。
そこで病気とともに変化する分子の中から転写因子に絞って調べると、Atf3とNfil3、及びCREB3が最も変化が大きい転写因子としてリストされた。特にストレス応答に関わるAtf3とCREB3に注目し、iPS由来の運動神経に過発現させると、期待通りCREB3で発現上昇した遺伝子の2割、ATF3 で発現低下した遺伝子の5%を説明できることを示し、おそらくSOD編荷によるストレス反応に関わる転写因子の変化がALS運動神経を特徴付けることが出来ると結論している。
変化はα運動神経で最も大きいが、運動神経の遺伝子発現が変化することで、例えばCSF-1分子が強く発現してミクログリアや膜素ラージが活性化されるという2次的効果も認めることができる。そして、Merfishを用いることでこれらの変化が、α運動神経の近くで起こる局所反応であることも示している。
最後にヒトALS脊髄の死後サンプルから核を取り出し、single nucleus解析を行ったデータをデータベースから抜き出して、ヒトでも変化はα運動神経に現れること、SOD変異以外の患者さんでも同じくα運動神経の転写が変化すること、そして変化する遺伝子はマウスモデルで得られた変化にオーバーラップすることを示している。
以上が結果で、SOD変異に抵抗性を付与している遺伝子も発見しているが、これらの結果を特に新しい治療法に結びつけられたわけではない。しかし、ALSの運動神経死への過程での遺伝子変化のデータは、今後の研究にとても重要だ。そして、同じα運動神経間に見られる変化のスピードの差の原因についてより深く理解が進むと、新しい治療法も開けるかもしれない。
