2026年8月4日
リソゾームは細胞内で発生する様々な老廃物を分解し、またオルガネラのリサイクルを通して細胞代謝を支えている。様々な理由でリソゾームの機能が傷害されるリソゾーム病では、時間とともに細胞機能が傷害され、中枢神経系を始め様々な臓器の不可逆的な障害を引き起こす。これらの治験から、リソゾームから細胞老化を考える研究が行われている。
今日紹介する米国MITからの論文は、老化細胞からリソゾームを直接調整して代謝物を調べ、リソゾーム内に蓄積するシスチンと glycerophosphodiester が、老化と正比例する分子マーカーとして利用できることを示した研究で、7月30日 Science に掲載された。タイトルは「Atlas of lysosomal aging reveals a metabolite signature shared with lysosomal storage disorders(リソゾームの老化アトラスはリソゾーム病と同じ代謝の特徴を明らかにした)」だ。
この研究の最大のハイライトは、老化細胞からリソゾームを精製してきて代謝物を直接調べる方法を用いたことだ。最初は、リソゾーム膜に発現している分子にタグを付け、これを指標に老化マウスの脳、心臓、筋肉、脂肪組織からリソゾームを生成、老化に伴って大きく変化する代謝物を探索している。この直接的実験により、アミノ酸ではシスチン、脂質では細胞膜の脂質が分解する過程で出来る代謝物 glycerophosphodiester (GP) が老化とともに上昇する事を発見する。この変化はリソゾームを精製しないと全く検出できない。
この発見が研究のハイライトで、次はタッグを付けていないリソゾームを精製する方法を開発し、リソゾームを精製さえすれば同じ結果が安定して得られること、さらにマウスだけではなくラットやサルでも同じ結果が得られることを明らかにしている。ただ、サルの場合シスチンは優位の差はなかった。
何故 GP やシスチンの蓄積が起こるのかについてはほとんど解析が行われていないが、老化リソゾームで bis phosphate と呼ばれるコレステロールのリソゾームからの輸送や、リソゾーム内の酵素のコファクターとして働いている分子が蓄積していることも示しているが、明確なメカニズムは示されていない。
代わりに、脳でどの細胞がシスチンや GP の蓄積が著しいかを調べ、最も老化の影響を受けるのがミクログリアで、次いで神経細胞自体であること、一方アストロサイトやオリゴデンドロサイトでは老化による変化はほとんど認められないことを示している。即ち、細胞により影響が全く異なる。
さらに、この変化が細胞老化自体を反映しているのか、他の要因の二次的変化かを調べるため、異なる年齢のマウスからリソゾームを取り出して、シスチンや GP を調べると、見事に年齢と正比例することから、これらの分子は老化度を測るマーカーになることを示している。
最後に、この変化を老化を遅らせる介入で変化させられるかも調べ、カロリー制限によって心臓や筋肉では老化に伴う変化を軽減することが可能だが、脳では全く効果がないことを示している。
結果は以上で、リソゾームを精製して調べたという点がこの研究の全てで後は現象論に終始していると思う。しかし、リソゾームが細胞老化の鍵として働いていることは納得できる仕事だ。
2026年8月3日
このブログでもX染色体不活化についての研究は何度も紹介してきた。ザクッとまとめると、2本あるX染色体のうち Xist と呼ばれるl ong noncoding RNA の転写が片方で始まると、Xist はその染色体を包み込んでクロマチンの不活化を誘導する。逆にもう片方では Xist の転写が完全にメチル化で封印される。しかし、マウスとヒトでは多くの点でメカニズムが異なり、染色体不活化の全貌を理解するのはなかなか難しい。
今日紹介するオーストラリアのクイーンズランド大学と米国ワシントン大学からの論文は、我々のゲノムの中で今も活性化されるとコピーを他の染色体に挿入する L1 レトロトランスポゾンが、なぜX染色体で多く挿入されているのかと言う疑問に向き合うことで、X染色体不活化の生物学を教えてくれる研究で、8月3日 Science に掲載された。タイトルは「X-chromosome inactivation draws L1 mutagenesis to the human X chromosome(X染色体不活化がX染色体の L1 による変異の原因になる)」だ。
L1 トランスポゾンは我々のゲノムの20%近くを占め、今も転写して他のゲノム部位に挿入を繰り返すレトロトランスポゾンだ。この論文を読むまで、L1 は常染色体と比べるとX染色体に2倍以上存在することは知らなかった。この理由を調べたのがこの研究だが、読者としてはこれまで考えもしなかった視点からX染色体不活化について学べることになる。
さて、L1 の活性化と挿入を調べようとすると、安定的に不活化が維持され、L1 の移行が観察できる細胞株が必要になる。もちろん生きた個体の発生過程で調べればいいのだが、ヒトでは簡単ではない。ES 細胞なども利用できるのだが、培養すると不活化が不安定になる。この研究では卵巣の生殖細胞由来の腫瘍細胞株 PA-1 が安定に不活化を維持し、歴史が明確なクローン細胞で L1 の移行を調べることが可能であることを示すところから始めている。即ち、最適の細胞株を得たことがこの研究の成功の一つになる。
次の疑問はX染色体のうち、不活化された方か活性化された方のどちらに L1 が多いかだ。PA-1 は一個の細胞からのクローンで調べられるので、この実験が可能になる。そして、ゲノムやエピゲノムなど様々なマーカーを用いて明確に活性化 X (Xa) と不活化 X (Xi) を遺伝子配列解析で区別出来ることを確認する。
こうして Xa と Xi を分けて L1 トランスポゾンを調べると、L1 の数は Xi で Xa の2倍に達することが明らかになった。
では何故このような差が生まれるかだが、L1 はDNA複製で発生する replication fork と呼ばれる分裂が進行している場所に挿入することが知られており、細胞内での分裂の時間経過がこの差を生んでいるのではないかと考えた。即ち、Xi は他の染色体と比べると分裂時期が遅れるが、これが L1 が挿入しやすい原因でないかと考えた。この可能性を、Repli-seq 等様々な手法を駆使して追求し、Xi は最も遅く複製を始める染色体であることを確認している。また、Xa でも複製開始が早い場所と遅い場所に分けることが出来、L1 は遅い場所に挿入されることがわかった。即ち、L1 は同じ細胞の中で分裂が遅く始まるゲノム領域に選択的に挿入されることがわかった。
さらに重要なことは、L1 は通常不活化されるが、Xa は L1 が活性化されやすい条件が整っており、結果 Xa から転写された L1 レトロトランスポゾンが、分裂時期が遅く replication fork が多く残っている Xi に挿入されることが繰り返すことがわかる。
他にもこの過程に関わる分子基盤について研究を行っているが、割愛していいだろう。X染色体で L1 挿入の結果起こる遺伝病が知られているが、て変異の発生メカニズムもかなり明らかになるのではないだろうか。X染色体不活化の複雑な作用について新しい学びが得られた。
2026年8月2日
アミノ酸代謝はタンパク質合成だけでなく、代謝サイクルのオイルとしても重要で、結果多様な生体機能に関わっている。今日紹介するロックフェラー大学の論文が焦点を当てているアルギニンもT細胞の活性化に重要とされているが、この代謝経路を介する作用と考えられてきた。
ところが今日紹介する論文は、アルギニンは翻訳を介してクラスI – MHC (MHC-I) の発現を調節しており、不足するとガンやウイルスに対するキラー反応を低下させる意外なメカニズムがあることを示した研究で、研究全体のレベルよりは、その意外性で7月30日 Cell に掲載された。タイトルは「Dietary arginine drives codon-dependent MHC class I translation and improves immunity in colon tumorigenesis and respiratory viral infection(アルギニンの摂食はコドン依存性のMHCクラスI抗原の翻訳を介して直腸ガンや呼吸系のウイルス感染を改善する)」だ。
このグループはガンや感染と言ったストレスが組織のアミノ酸濃度にどう影響するかを調べる中で、ガンと呼吸器感染症の両方で強く抑えられるアミノ酸としてアルギニンを特定している。そして、これまであまり指摘されてこなかった、ガンでの MHC-I の発現が低下していることを発見する。発現減少は半分ぐらいだが、キラー細胞はガンを殺しにくくなる。
MHC-I に絞って発現が低下する原因を調べた結果、全ての MHC-I で翻訳活性が低下すること、そしてその原因がリボゾーム上で翻訳される時に、アルギニン tRNA のリクルートが低下することで翻訳が停止するためであることを明らかにする。さらにおもしろいことに、MHC のアルギニンに対応するコドンを AGG に置き換えると、発現が正常化する。即ち、他のコドンを使うアルギニン tRNA 特異的に、アルギニン欠乏の影響を受けて、翻訳が滞る。とすると、何故 HHC-I で強い変化が見られるかだが、MHC-I はアルギニンの頻度が高いため、翻訳が影響されやすいと結論している。一方で、アルギニンの関わる代謝にはほとんど影響がないことも示しており、効果は翻訳レベルでの変化が中心と結論している。
いずれにせよ、組織のアルギニンを上昇させれば、ガンに対する免疫が上がり、低下すればガンの増殖が促進されることになる。もちろん、アルギニンの経口摂取量を上げると大腸ガンの発生は抑制され、減らすとガン発生が促進する。この効果は、MHC-I が機能しないβ2ミクログロブリンマウスで見られなくなるので、ほとんどが MHC-I を介していると結論できる。ただ、食事中のアルギニンだけでなく、組織に浸潤してくる白血球が発現しているアルギナーゼも組織中でアルギニンを分解するため、発ガンを促進する。白血球特異的にアルギナーゼをノックアウトすると、見事に MHC-I の発現が上昇し、腫瘍発生が抑えられる。このように組織中のアルギニン量は複雑に調節されていることがわかる。
最後に Covid-2 やインフルエンザのような呼吸器感染症実験系で、白血球のアルギナーゼノックアウトの影響を調べ、感染への抵抗力がアルギナーゼのノックアウトで上昇する事を示している。もちろん経口的にアルギニンを投与する実験も行っており、アルギニン摂取が感染の症状を抑えることを示している。
以上が結果で、これまで考えられてきた代謝経路とは全く別に、アルギニンが免疫、特にキラー活性特異的な効果を持つことが示された。実験自体はオーソドックスだが、高齢のガン患者にとってはおもしろい論文だ。
2026年8月1日
膜上に設置した孔にDNAを通した時の電流の変化からDNA塩基を区別するナノポアシークエンサーは、長いDNAストレッチを読むことができるシークエンサーとして定着している。この物理的性質を利用して分子を区別する方法は核酸だけでなくアミノ酸にも使える可能性は高く、ナノポアを利用するアミノ酸配列解析法の開発が行われている。このブログでも2021年11月に、オランダ デルフト大学から発表されたポリペプチドをナノポアを通してアミノ酸配列を解読する方法についての論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18292)。
今日紹介する南京大学からの論文は、ポリペプチドを孔を通して解析するという核酸での成功体験を完全に捨て去って、ナノポアをセンサーとして使うアイデアでアミノ酸配列決定法確立に大きく近づいた研究で、7月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Sequential reading of a stepwise-shortened peptide immobilized on nanopore(ナノポアに固定したペプチドを順番に短くすることでアミノ酸配列を解析する)」だ。
アミノ酸配列決定には20種類のアミノ酸を物理的に区別するナノポアが必要になる。このグループは2023年に、自然界に広く分布する非定型抗酸菌の一つスメグマティスの porinAにnickel-nitrilotriacetic acid (NTA) を結合させることで、ナノポアにアミノ酸をトラップすることが出来、この時ナノポアの電流変化を AI を用いて解析することで20種類のアミノ酸を区別出来ることを発表している(Nature Methods Vol21, 92-101)。
この基盤の上にアミノ酸配列を連続的に読み取るためにいくつかの新しいアイデアを実現したのがこの研究になる。この方法では孔の端にあるNTAにアミノ酸が結合しその結果起こる電気的変化を読み取る。従って、ペプチドを穴を通して順番にアミノ酸を読むことは不可能になる。そこで、ペプチドの C末端にシスティンを付加して、これと共有結合するリンカーをナノポアに結合させ、まずペプチドがナノポアに固定されるようにした。こうしてC末端でナノポアに固定されたペプチドのN末端をNTAでトラップして、この時の電気変化を測定し、N末端のアミノ酸を読み取る。
ただ、このままではナノポアは同じアミノ酸に占有されてしまうので、これを切り離して次のアミノ酸へ移るために、N末端のアミノ酸をペプチダーゼで切り離す方法を開発した。実際には、ナノポアを支える膜にペプチダーゼを結合させ、N末端を順番に切り離す方法を開発した。
この結果、12個のアミノ酸が並んだペプチドでも連続的にアミノ酸配列を決定できることを明らかにしている。
問題は自然界のアミノ酸には様々な修飾が加わっていることで、例えばメチル化やリン酸化などが加わっていると、ペプチダーゼが働けなくなるなど、途中で解析が止まる。従って、あらかじめ様々な修飾を外しておく必要がある。ただ将来、修飾に関わらずアミノ酸を切り離せる酵素が見つかればこの問題も解決する。
最後にさらに正確を期すため、3アミノ酸をセットで検出(ABCDEFGという並びを、ABC、BCD、DEF、EFG とセットにして電気的変化を調べる)方法も可能であることを示している。これは余計複雑にするように思えるが、3アミノ酸の並びの総数は高々8000種類なので、AI で正確に区別出来ると考えている。
以上が結果で、穴を通すと言う考えを捨てたことで、アミノ酸を直接ナノポアで解析する方法に大きく近づいたと思う。