10月15日 収穫期に入った英国バイオバンク I 、構築と維持(10月11日号Nature 掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報

10月15日 収穫期に入った英国バイオバンク I 、構築と維持(10月11日号Nature 掲載論文)

2018年10月15日
SNSシェア
先週号のNatureにUKバイオバンクと銘打った論文が2編発表されていたので、今日と明日で紹介する。完全にオープンアクセスになっているので、実際の論文に是非アクセスしながら読んで欲しいと思う。

最初はオックスフォード大学が中心になっているが、様々な国が参加してまとめた論文でUKバイオバンクとは何かについて詳しく書いている。タイトルは「The UK Biobank resource with deep phenotyping and genomic data(詳し形質解析とゲノムデータが集まったUKバイオバンク)」だ。

21世紀人間学の最大のテーマは、個々の人間の情報をゲノム情報と統合して、個人や社会を理解することだが、そのためには100万人規模のデータベースを構築する必要がある。これに国をあげて早くから取り組んできたのがUKバイオバンクで、現在50万人規模のデータベースとしてすでに多くの研究者が利用しており、UK biobankでPubMedを検索するとすでに1074編の論文が出版されている。

この論文はこのバンクの設立や維持に関する、科学的苦労話といった感じの論文で、読むとUKバイオバンクの成功の秘密と将来性がよくわかるように書かれている。

この分野、特にゲノム分野は進展が著しいが、その様な進展は後からいくらでも付け足せると考えて、まずゲノムと身体サンプル、データを集める事に集中している。実際最初から完全を求めると、結局失敗する。このため、全ゲノム配列決定は無視して、病気を中心にさまざまな遺伝子マーカーを集めたUK Biobank Axiom Arrayで、一塩基多型や、欠損挿入データを集めている。これに、血液、唾液、尿を採取してリアルなサンプルとして連結するとともに、身体データ、家族データ、社会データなどまで集めて連結させている。こうして生まれたコアには、あとからデータを足せるし、また1年ごとにフォローアップを行い、すでに14000人が死亡、79000人がガンと診断され、約40万人がなんらかの病気で病院のお世話になっている。

問題はこのようにして集めたデータの精度をどう確かめるかだ。たとえば自己申告の性別とゲノムを対応させることで、データのとり間違いを含む様々な人為的ミスとともに、当然染色体と性が一致しない、性決定障害がみつかる。こんなノウハウがしっかり語られている。

もう一つ重要な点は、こうして出来たデータベースが、英国民の構成を反映し、現時点での英国の構図まで分かるようになっている点だ。さらに、意図しなくとも、50万人集めると、自然に親子親戚がその中に含まれ、遺伝検査のパワーが上がる。これに今後死亡統計や、病気の発生率などが加わって行くのだろう。研究者だけでなく、社会学や行政にも有用なデータへと発展することがわかる。

すでに40万の病気データが集まっていることから、もちろん病気のリスクについて新しい発見も生まれるだろう。その例として、病気との関わりが深いMHCと多発性硬化症との関連を調べ、これまで明らかになっているHLAとの連関を確認している。

他にも様々なことが述べられているが、この論文はバイオバンクを構築し、データの質を高め、発展可能なデータベースを維持するためのマニュアルと考えればいい。従って、これ以上の詳細は割愛するが、常にクオリティーコントロールを怠らず、そのためのアプリケーションをバージョンアップしていくことの重要性がわかる。すなわち、一旦始めたら、それを発展させるために、より大きなコストを払う覚悟がいるということだ。一方、明日紹介する論文では、このデータベースの一種の使い方を示しており、ぜひ続けて読んで欲しい。

ただ、これだけではあまりにそっけないので、この論文でも取り上げられている身長とゲノムについてUKバイオバンクを使った最近Genetics10月号にミシガン大学のグループが発表した論文を紹介したい。タイトルは「Accurate Genomic Prediction of Human Height(Accurate genomic prediction of human height (ゲノムによる身長の正確な予測))だ。

まずこの論文には英国の研究者は参加しておらず、アメリカ、デンマーク、中国の研究者による論文だ。すなわち、UKバイオバンクがどの国にも開かれていることを示している。

これまでSNPと身長というと、身長と相関するSNPをリストすることが中心になってしまっていたが、この論文では、50万人のデータを用いて、ゲノムから身長を予測することができるかを調べている。実際にはLASSOと呼ばれるアルゴリズムを用いて45万人分のSNPデータを学習させ、こうして教育したAIにゲノムから身長を予測させる実験を行い、だいたい10cmの広がりはあるが、150cmから190cmまで、かなり正確に身長を予測することが可能になったことを示している。

このように、50万人という数は、定量的予測を行えるAIの開発を可能にし始めている。我が国のゲノム研究は、UKバイオバンクと比べて、どの辺にあるのか、ぜひ報告書ではなく、外野の人間でも目にできるような論文として発表していって欲しい。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月14日:ビタミンCによる癌治療(11月11日号 Cancer Cell 発行予定論文)

2018年10月14日
SNSシェア
ビタミンC(VC)がガンの予防に効くという考えは、ノーベル化学賞に輝いたライナスポーリングの後押しもあって、私の学生時代は注目を浴びていたように思うが、私が医師として働くようになってからは、ビタミンC をがん治療や予防に使うという話は立ち消えになっていた。ところが21世紀に入ってから、このHPでも何度か紹介したように、ビタミンCのがん治療への効果が見直されはじめている。この状況をまとめてくれた総説が11月11日発行予定のCancer Cell に掲載されるので、まとめの意味で紹介する。タイトルは「Ascorbic Acid in Cancer Treatment: Let the Phoenix Fly(がん治療としてのビタミンC:不死鳥よ飛べ)」だ。

メイヨークリニックで行なわれたビタミンC経口投与の臨床治験が否定的な結果で終わってからはVC治療はほぼ忘れ去られるが、21世紀に入って、VC自身の体内での動態が詳しく調べられ、経口投与ではなく静脈注射なら高い血中濃度を達成できることが明らかになる。

そして以前このHPで紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/6679)VCががん細胞特異的細胞障害性を示すことが相次いで示され、さらにそのメカニズムも明らかにされて来た。この結果、臨床的にも再評価が始まり、2,010年代に入ると、体重1kgあたり1gのVCを静注するプロトコルで臨床治験が行われ、化学療法の効果を高めると同時に、化学療法の副作用を低下させることが報告される。

最初この効果は、VCにより細胞外に発生する過酸化水素の効果だと説明されてきたが、最近になって他のメカニズムも注目されるようになってきた。まず昨年8月の論文ウォッチで紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/7291)、VCがDNAのメチル化を外す酵素TETの効果を高めることが明らかになった。

このことから、DNAメチル化の影響が強いと考えられる骨髄単球性白血病、骨髄異形成症候群をはじめ、TET2の変異やTETの機能が抑えられるIDH変異の存在する様々なガンでその効果を期待することができる。また、このようなTETの明確な変異がなくても、VCには過酸化水素を介するがん細胞特異的障害性は存在し、加えてガンにエピジェネティックスが重要な働きをすることが明らかになってきた今、正常TETの機能をさらに高めてVCが効果を示す可能性は十分ある。

このように、VCに過酸化水素を介するガン特異的細胞障害、及びDNA立つメチル化促進する作用を通したがん治療への可能性が新しく評価されるようになった結果、米国の治験サイトでアスコルビン酸とガンというキーワードで検索すると、117件の治験が進んでいることがわかる。ざっと見たところ、すい臓がんの治験の数が最も多いが、それ以外にも様々なガンで治験が進んでいる。しかも終了した治験も多いことからおいおい結果は発表されていくと思う。今後期待通りの結果が発表されれば、ぜひ安価な治療として積極的に導入されることを期待する。

この総説では最後に、経口投与で到達できる濃度で、がんを治療したり、予防したりする可能性についても議論しているが、著者は原則的にこの考えに対しては否定的だ。というのも、大量の静脈注射(50g以上)に患者さんは十分耐えられることがわかっているし、対象となる患者さんで最低量を決める治験を行うことは煩雑で、倫理的にも問題があると考えており、私も完全に同意する。

そして不死鳥(VC)は蘇るとして、最も重要なのは患者さんの生存と抗ガン効果を一次評価項目にした治験結果が集まることだとして、多くの医師に科学的治験を呼びかけている。ぜひわが国でも多くの機関で真剣に検討されることを願う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月13日:黄色ブドウ球菌を排除する細菌(Natureオンライン版掲載論文)

2018年10月13日
SNSシェア
昨日、顧問先の研究員たちと体内の細菌叢について議論していた時、少し気になったのが、ほとんどの人が良い細菌叢という実態があると決めてかかっていることだ。すなわち、プロバイオやプレバイオが目指すべきは、多様でバランスの取れた良い細菌叢と考えている。ただ、これまでの多くの論文を読んできて、良いバランスのとれた細菌叢の実体を本当に定義できるのかかなり疑問に感じる。確かに多くの総説では、dysbiosisなる言葉で、細菌叢の乱れが病気につながるなどと書いている。ただdysbiosisという結論を認めることは、それ以上の解析を放棄することにつながる。多くの細菌の種類を決めるのメタゲノムの進歩が、理解できるまでとことん追求するという意欲を削いでいるような気がした。

今日紹介する米国NIHからの論文はdysbiosisの背景には単純な因果性があるかもしれないことを示した面白い研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Pathogen elimination by probiotic Bacillus via signalling interference(Bacillusを用いるプロバイオはシグナル阻害により病原菌を除去する)」だ。

バランスのいい腸内細菌叢というエコロジカルな発想の原点が、病原菌の増殖を止めるために行われる便の移植だろう。ただ、これらの効果のメカニズムについてはよくわかっていないのが実情だ。この研究では抗生剤耐性菌の典型である黄色ブドウ球菌の体内への定着を抑える細菌叢のメカニズムを調べている。

都会生活では、どうしても食品の中の抗生物質や殺菌剤の影響で、自然状態で起こる黄色ブドウ球菌の体内への定着を観察することが難しい。そこで、タイの田舎で、自然の食品を食べて生活している人200人の便と鼻水を調べ、黄色ブドウ球菌が常在している人25人を特定している。この調査では、ブドウ球菌の腸管と鼻腔での定着は完全に一致している。

さて、ブドウ球菌が定着している人で、便の細菌叢のメタゲノムを調べても、全体の多様性や量といったエコロジーにほとんど差はないが、ブドウ球菌の定着した人の便には全くバシラス属が存在しないことに気付く。重要なことは、これが都会から離れて暮らしているタイの人特有の結果で、これまで都会人などで調べられていた細菌叢解析を見直してもこのような差は無い。したがって、おそらくブドウ球菌が定着するのをバシラス属が阻害するのではないかと考え、ブドウ球菌の定着に必要な条件を次に探索している。

定着についてはすでに論文があったようで、ブドウ球菌間で情報をやりとりして、代謝を変化させるクオラムセンシングのメカニズムのうちの一つAgr系が定着に必要なことが示唆されていた。この研究でも、これを確認し、Agrクオラムセンシングが存在しないと、マウス腸内への定着ができないことを確認している。

あとは、このクオラムセンシングシステムを抑えるバシラス属の分子を探索し、バシラス属が分泌するフェンギシンがAgr-クオラムセンシングシステムののうちの細胞膜でおこる情報のセンシング、すなわち情報伝達ホルモンと言えるAIPとその受容体のAgrCの結合を阻害し、このクオラムセンシングシステムに支配されるオペロンが抑制されることを示している。

話は以上で、この結果は良い菌叢がフェンギシンに収束できるという話で、今後dysbiosisとして話を決着させることへの強い逆風になると思う。さらにこの結果は、難治性のブドウ球菌の治療にフェンギシンが使えることも意味し、重要な貢献になっていると思う。申し添えるが、もちろんバシラス属の定着にエコロジーが関わる可能性は十分ある。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月12日:ネアンデルタール人のゲノムがなぜ何万年も我々のゲノムに残り続けるのか?(10月4日号Cell掲載論文)

2018年10月12日
SNSシェア
私たちのゲノムの中に、ネアンデルタール人由来のゲノムの断片が存在することがわかってから、排除されもせず、薄まりもせず後生大事に維持しているネアンデルタール人由来のゲノム領域にはどんな機能があるのか調べる研究が進んできた。例えば、生殖にかかわるネアンデルタール人由来の遺伝子はほぼ完全に消滅している。すなわち排除された。逆に、日光に対する皮膚の反応や免疫反応を抑える重要な領域は、ネアンデルタール由来であることもわかってきた。これは、ネアンデルタールゲノムがホモ・サピエンスにはない優れた性質を持っているため、一端導入されると自然選択で維持されてきたと考えられる。役に立つなら、当然遺伝子は維持され、また伝搬する。ただこれまでの研究の主流派、まずネアンデルタール人由来領域を決め、その領域にある遺伝子について一つ一つ機能を調べるという手法で研究が進んで来た。

これに対し今日紹介するアリゾナ大学からの論文は、両者の交雑と接触は、必ずそれぞれが独自に持っているウイルスの相互感染を誘発する。しかも、これは交雑にかかわらず、接触で感染する。この未経験のウイルスに対処するためには、それぞれの人類が持つ防御遺伝子が必要になる。このため、ネアンデルタール人由来のゲノムの中には、この様なウイルス感染に対処する機能を持つ遺伝子が多く含まれると仮説を立て、この仮説の妥当性を検証するという、新しい手法でこの問題に取り組んでいる。タイトルは「Evidence that RNA Viruses Drove Adaptive Introgression between Neanderthals and Modern Humans (RNAウイルスがネアンデルタール人と現生人類の間の遺伝子侵入の原動力になった)」だ。

この研究は、すでに積み上がっているデータを、自分の仮説から見直す、すなわちトップダウンで、バイアスを全面に押し出した手法の研究だ。この基本になるのが著者らがこれまでの研究でウイルスと相互作用する分子(VIP)としてリストしてきた4000余りの遺伝子だ。リストが示されてはいるが、4000ともなると全遺伝子の四分の1で、見てもなんのことかわからず、そうだと信用するしかない。レフリーによっては、恐らくこれだけで論文をリジェクトしたと思われるが、いいレフリーに当たったようだ。

さて、この研究のロジックは、ネアンデルタール人と交雑が起こる状況では、様々な新しい感染症にも晒されることになる。ウイルスの選択圧は強いため、この感染に対処するためにネアンデルタール人ゲノム内に準備された遺伝子は、急速にホモ・サピエンスに広がり、かなりの割合の人がこの領域を持つことになる。その後、感染が収束したとしても、遺伝子を持っ人の割合が高まっているおかげで、組み換えが進んでこの領域は断片化したとしても、領域全体はホモ・サピエンスの集団に残り続けるという予想に基づいている。

このロジックだと、ネアンデルタール人由来のゲノム領域の中に、ウイルスと相互作用する遺伝子(VIP)が当然濃縮されているはずで、データベースを彼らのVIPのリストを手に比べてみると、ネアンデルタール人のゲノムを長い領域にわたって再構成できる領域には、VIPがそれ以外の遺伝子と比べ強く濃縮されているという事を発見する。まさにこの発見が、この研究の全てだ。

ただ繰り返すが、これらはVIPのリストが全くバイアスなしにできたかどうかにかかっているが、ここではこの問題は問わないでおこう。その上で、VIPの中でもどのような遺伝子がネアンデルタール人から持ち込まれているのかを調べ、ウイルスの中でもHIVやインフルエンザウイルスのようなRNAウイルスと直接相互作用する分子が濃縮されていることを見出している。中でも、ウイルスが細胞へ感染するときの分子と、免疫反応に関わる分子は特に濃縮されている。データは少ないが、同じ事を逆の組み合わせ、すなわちネアンデルタール人ゲノムの中のホモ・サピエンスゲノムについても調べており、やはりVIPが濃縮していることを示している。

以上のことから、ネアンデルタール人のゲノムが長期間維持されている重要な原動力の一つが、ネアンデルタール人からもらった新しいウイルス感染による自然選択だと結論している。

面白いが、やはり本当かなという疑いが残る論文だった。しかし、個人的には、自分の仮説と、インフォーマティックスを武器に、世界中に積み上がったデータを調べる研究者は是非応援したいと思っている。そのため、今度頼まれた大学院講義では、「科研費が取れない時は絶望せず、インフォーマティックスでしのげ」という話で、他人のデータを駆使した素晴らしい研究の話をしようと思っているが、この論文も加えたいと思う。とはいえ、こんな論文がレフリーに回ってきたとき、本当にしっかりと審査できるのかちょっと心配になる。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月11日:上皮を支える間質細胞の多様性と可塑性(10月4日号Cell 掲載論文)

2018年10月11日
SNSシェア
これまでなんども、個々の細胞から得られるmRNAにバーコードをつけて、転写されている全遺伝子を解読するsingle cell transcriptomeプロファイリング方法が、発生学や医学を大きく変化させていることを紹介してきたが、このテクノロジーにかかれば、同じように見える細胞も中身はそれぞれ特徴を持っていることが明らかになる。しかも、これまでの遺伝子発現などの研究のおかげで、発現しているmRNAからだいたいどんな細胞かも想像がつき、その上でこれまで明らかになっていなかった新しい分子標識を見つけて、それぞれの細胞集団の組織上の位置を調べることができる。

こう考えると、このテクノロジーは区別が難しい細胞の種類ほど力を発揮できる。その意味で、見た感じは普通の線維芽細胞と見分けがつかない間質細胞を分類するのに最適のテクノロジーと言える。今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、腸管上皮を裏打ちしている間質細胞にこの方法を応用して、上皮細胞のニッチとしての間質細胞も働いている事を示した論文で10月4日号のCell に掲載された。タイトルは「Structural Remodeling of the Human Colonic Mesenchyme in Inflammatory Bowel Disease(人間の大腸の間質細胞は腸炎により構造的に変化する)」だ。

この研究では、正常人および炎症性腸疾患の大腸鏡検査時にバイオプシーで得られた腸組織から上皮や血液を除き、残りの細胞のsingle cell transcriptomeをプロファイリングしている。その結果、明らかな血管周囲細胞や、筋線維芽細胞に加え、4種類の特徴のある間質細胞を特定することに成功している。さらにこの中から、Sox6を発現しているS2と名付けた間質細胞が上皮細胞のニッチとして働いていることを、発現遺伝子とその組織局在から明らかにしている。ただその他の集団の本態については、まだ解析途中といった段階だ。

このニッチ間質細胞の特定がこの研究のハイライトで、実際にマウスの間質細胞集団も同じように解析して、S2は種を超えて保存されていること、またマウスの系を用いて試験管内で、S2間質細胞が上皮幹細胞の維持に関わっている事を示している。今後は、マウスを用いてさらに詳しい研究が行われるだろう。また、同じ研究手法は、毛根を始めほぼ全ての組織に存在する間質細胞ニッチの解析に使われているだろう。これまで私たちが間質細胞、あるいはストローマ細胞として一括りにしていた細胞集団が、どのように分類されていくのかを考えると興奮する。この研究でも、それぞれの間質細胞集団の分化過程の系統樹が出来上がっており、この系統樹がより詳細になっていくと思われる。

この研究では、これらの間質細胞サブセットが、炎症によりどう変化するのかを調べ、炎症によりS2が低下する代わりに、S4が上昇することを示している。S2がニッチとして正常上皮を支え、また基底膜の産生して腸上皮のバリア機能を維持していることから、S2の低下は腸の上皮構造の破壊を招くことになる。一方、S4は普通にはあまり存在しない集団で、リンパ球を局所に移動させるケモカインを分泌する炎症促進型の細胞で、面白いことに腸上皮を静止期に誘導する働きを持っている。炎症が上皮幹細胞を静止期に誘導するとは全く考えたことも無かったが、もしそうならS2で支えられる増殖幹細胞システムの中に、正常でもほんの少し存在するS4が静止期幹細胞を誘導するニッチを作っている可能性すら示唆している。解析が待たれる。

いずれにせよ、これまで間質が炎症の一つの中心として働くとするモデルが確認されたことになる。しかし炎症も急性、慢性、さらには特殊な炎症と、いろいろだ。この点でも、今後炎症組織の間質細胞の分類が進むと期待される。

私は現役時代、ストローマ細胞に焦点を当てて、炎症や発生を見てきたため、この研究は特に印象が強かった。これまで自分が知りたいと思っていたことが、加速度的に明らかになっていく予感がする。おそらくこの分野は、全く新しい展開を遂げるのではないだろうか。特にプロファイリングは分子発現と直結する事から、特定の支持機能だけを失った間質細胞を作ることも可能になるだろう。Single cell profilingの威力はすごいが、しかしこれは始まりに過ぎないことがよくわかる。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月10日:地中海食による乳腺細菌叢の変化(10月2日号Cell Reports掲載論文)

2018年10月10日
SNSシェア
体外に直接開いている組織は、必ず細菌感染の可能性がある。腸管は当たり前だが、尿管、感染や皮脂腺など、全て外界に開いた管状構造をとり、常に感染の危険がある。誰もが経験するニキビはその典型だろう。また、当然のように常在細菌も存在し、細菌叢研究が進むとともに、研究の対象になっており、多くの論文が発表されている。

この外界に開いた管状構造のもう一つの典型が乳腺で、母乳を飲む子供の腸内細菌叢への影響を調べる意味で乳腺内の細菌叢研究が行われるようになった。今日紹介する米国ウェークフォレスト大学医学部からの論文は、その中でもかなり変わり種で、猿に地中海食を食べさせたとき乳腺の細菌叢の構成が変化するかどうか調べた研究で10月2日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Consumption of Mediterranean versus Western Diet Leads to Distinct Mammary Gland Microbiome Populations(地中海食と普通食は異なる乳腺の細菌叢の原因になる)」だ。

変わり種といったのは、体に良いことが示されているオリーブオイル中心の地中海食を30週間(8ヶ月近く)アカゲザルに摂取させ、しかも乳腺組織内の細菌層を調べた徹底性で、おそらくこれが可能な研究所はそう多くないだろう。 また、地中海食など、長期的食習慣の効果を確かめた研究結果は、メカニズムが思い通りに追求できない現象であるため一般紙に登場することは、あまりないが、この点でもこの研究は変わり種だ。しかし、両方の間で大きな違いが示されており、雑誌でも掲載を決めたのだろう。

結果をまとめると、「細菌叢の絶対バクテリア数などでは何の変化も起こらないが、細菌叢の多様性には大きく貢献し、また個々の細菌の数については大きな変化を引き起こす」になる。

個人的に意外に思ったのは、地中海食により、セルロース分解性のルミノコッカスノコッカスが腸でも乳腺でも減少することだ。このようにまだまだ腸内細菌叢の変化を頭のなかで理屈をつけて理解するのは難しい。 中でも最も大きな変化を示すのが、乳酸菌でなんと10倍も数が増える。これまで、乳酸菌が乳がんの予防に効くという論文もあるが、どうして食べた乳酸菌が乳腺に到達するのか説明できていなかった。この研究では、地中海食による腸内での変化が、乳腺の細菌叢の変化を誘導し、回り回って乳がんの予防効果を持つと考えている。腸内で起こる変化を理解しようと、乳腺のメタボロームも調べ、胆汁に含まれる様々なメタボライトが地中海食で上昇することを見出している。すなわち、胆汁成分を分解する腸内の細菌層の変化が、胆汁由来代謝物を介して乳腺細菌叢の変化を誘導するというシナリオだ。結局、食の効果は全て腸内細菌叢を通して起こることになるが、このシナリオの妥当性については直接実験が行われておらず、現象論でとどまっている。 以上が結果で、普通の研究になれた頭から考えると、変わり種としか言いようがない。しかし、薬剤開発と異なり、食の栄養学的評価はそう簡単ではなく、おそらく21世紀の重要な課題と言えるだろう。その意味で、このような変わり種の研究が積み重なることは重要だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月9日:古細菌、アルケアから真核生物進化の機能的進化研究(Natureオンライン版掲載論文)

2018年10月9日
SNSシェア
これまでの細菌学の研究では、それぞれの細菌をまず培養して研究する必要があった。しかし、大量のDNAシークエンスが可能になったおかげで、培養ができなくとも、ある環境に存在している細菌のDNAをまとめてシークエンスするメタゲノム解析から、続々新しい細菌が発見されている(といっても当然遺伝子上での話)。とくに、熱水環境などに存在する古細菌類のゲノムは、メタゲノム解析により大きく進展した。この結果、驚くことに、真核生物特異的と考えられてきた多くの分子が古細菌から見つかったことで、真核生物の小胞体輸送、ユビキチンシステム、そして細胞骨格のダイナミズムに関わる分子か、その前駆体が軒並み発見された。細胞骨格の核と言えるアクチン分子はその一つだ。例えば最近発見されたLokiといった北欧神話の神々の名を持った古細菌のアクチン様分子は5ー6割ぐらいの相同性を持っており、真核生物と同じ様に働いていた可能性は十分ある。しかしアクチンの重合を支えるプロフィリン分子については、古細菌の対応分子の相同性は2割以下に落ちる。また、古細菌はかなり特殊な環境に生きており、遺伝子がわかってもアクチンタンパク質を調整して、生化学的に調べることが簡単ではなかった。

今日紹介するシンガポールAーStarからの論文は、遺伝子の配列に加えて、構造や実際の機能を組み合わせることで古細菌の持つプロフィリンの機能と進化に迫れる可能性 を示した研究でNatureオンライン版に掲載された、。タイトルは「Genomes of Asgard archaea encode profilins that regulate actin (Asgard系統の古細菌のゲノムに存在するプロフィリンは実際にアクチンを制御している)」だ。

おそらくこのグループの究極の狙いは古細菌のアクチンの機能と動態を調べることだろうと思うが、残念ながらまだ機能的なタンパク質を合成することができない。一方プロフィリンの方は、相同性は低いが古細菌の分子を合成することができる。そこで、まずプロフィリン構造と機能を調べてみようとこの研究に至ったのだと思う。

DNA配列での相同性は極めて低いが、Asgard(北欧の神々の住む領域)古細菌のプロフィリンの結晶構造を調べると、真核生物と結構似ており、アクチンの結合機能にふさわしい構造をしている。また、構造的に重要な領域をベースにしたアミノ酸配列の比較から、古細菌のプロフィリンは、独自のグループに分類できることがわかる。 となると、古細菌のプロフィリンが本当にアクチン重合に関わるか調べる必要がある。ただ、古細菌のアクチンタンパク質が使えないので、ウサギのアクチンに古細菌のプロフィリンを加える実験を行い、真核生物のプロフィリンと比べて100倍近くの濃度が必要だが、ウサギのアクチン重合を誘導できることを示している。また、同じAsgard系統の古細菌のプロフィリンの間でも、活性に大きな開きがあることも分かった。さらに、ウサギアクチンと古細菌ポルフィリンの結合タンパク質を結晶化し、構造を調べている。面白いことに、正常温度で生存しているOdinのプロフィリンとウサギアクチンが結合した複合体は、哺乳動物同士の組み合わせの構造に最も近く、古細菌の中でも生息温度に合わせて様々な変化が起こっていることがわかる。

もちろん似た点だけではなく、はっきりと違っている点もわかる。特に古細菌のアクチンには、真核生物アクチンが集まる際に利用されるプロリンに富む領域が存在しない。これに対応して、古細菌プロフィリンはウサギアクチンのプロリンに富む領域とは結合しないこともわかった。 最後に、真核生物の膜でアクチンの調節に関わる脂質PIP2と古細菌プロフィリンとの相互作用を調べ、反応は見られても極めて弱いことが示され、古細菌でのアクチン重合調節にも脂質は関わっているかもしれないが、哺乳動物とはかなり様相が異なるだろうと結論している。
話はこれだけで、要するにプロフィリンは真核生物と同じ作用を持っているようなので、おそらく古細菌アクチンも同じように使われてそうだというロジックの論文だ。全てを合成できないというもどかしさの中で、なんとか機能を明らかにしたいという気持ちはわかるが、結局は古細菌のアクチンを合成できないと、本当の解決はないだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月8日:骨髄移植後の腸内細菌を便移植により正常化する(9月28日号Science Translational Medicine掲載論文)

2018年10月8日
SNSシェア
様々な標的薬が開発され、最近ではCAR-Tなどの免疫治療が白血病に用いられるようになってきているが、現在でも白血病根治治療の主役は骨髄移植と言っていい。そして、現在もなお骨髄移植には一定の危険が伴う。その最大のものは、白血病細胞と同時にホストの血液幹細胞を除去して、移植細胞が定着しやすくするための放射線治療や化学療法による副作用と、移植骨髄の中のT細胞による宿主細胞への障害GvHだ。とくに前者は、一般のガンの化学療法と比べても徹底的に行うことから、腸内も含め体内の細菌を徹底的に除去し、移植骨髄の定着までは無菌室内に隔離する。

当然ながら、これまで完全に腸内細菌叢を除去すると、その回復には時間がかかることがわかっている。そして、最近の研究から腸内細菌叢のバランスにより、病原性の細菌の増殖が抑えられていることもわかっている。とすると、定着が確認され無菌室を出た患者さんもそれで安心せず、できるだけ早期に正常の細菌叢の回復を図る必要がある。今日紹介する米国スローン・ケッタリングガン研究所からの論文。これは移植前に採取していた本人の便の移植で実現できるか確かめた臨床治験で、9月28日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Reconstitution of the gut microbiota of antibiotic-treated patients by autologous fecal microbiota transplant (抗生物質の治療を受けた患者さんの腸内細菌叢を自分の便の移植で回復させる)」だ。

研究では、700人以上の骨髄移植を受けた患者さんの便の細菌叢の追跡を行い、100日経っても、細菌叢の量と多様性の回復が遅々として進まないことを確認している。しかし、腸内細菌叢の回復の遅延が移植の成績にどう関わるかは、大半の患者さんで細菌叢が正常化しないため、正確な比較ができない。そこでこの研究では、25人と少数ではあるが、骨髄移植を受けた患者さんを無作為に便移植群と、非移植群にわけ、骨髄移植後に移植処置前に採取していた本人の便移植により、細菌叢の回復を早めることができるか、そして便移植は骨髄移植と組み合わせても安全かを調べている。

結果は明瞭で、様々な手法で検査して、便移植を行うことで、細菌の量、多様性、いわゆる善玉菌の量など、どの点を取っても便移植は、細菌叢の正常化におおきな効果がある。そして何よりも、移植後定着が始まってからの便移植はこれまでのところ重大な副作用がないという結果だ。

これは治験研究で、エンドポイントといわれる評価項目を、安全性と、細菌叢の回復に絞っているため、それ以上の項目、例えば移植自体の成績への効果については何も述べられていない。しかし最終的に、腸内細菌叢の正常化が骨髄移植の結果に関わるかを知ることが目的なので、今後さらに大規模な研究が行われると予想できる。

もちろん便移植といっても、カテーテルでの移植で患者さんに不快感はないい、何よりもコストは低い。したがって、例えば移植後の腸炎などが減るという結果がでれば、当然一般治療として定着するだろうし、長期の生存率なども時間をかけて調べられると思う。しかし、同種骨髄移植過程を考えてみれば、このような治験はもっと早い時点で試みられるべきだったように思える。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月7日:数を数えるニューロン(11月7日号発行予定Neuron掲載論文)

2018年10月7日
SNSシェア
私たち日本人は、表意文字も、表音文字(実際には子音と母音それぞれに別れたアルファベットと異なり、仮名は音節に対応しているので表音節文字になる)両方利用する稀有の民族だが、英語でも一部は表意文字を使っている。その代表が、アラビア数字で、例えばoneという3つのアルファベットが一文字で表現されている。そしてそのルーツを辿ると、対象の具体的な数に至るのだが、この数字の認識を脳はどう処理しているのか大変興味がある。とはいえ、人間で数字の認識や計算を調べようとしても、今の画像技術ではどうしてもおおきな神経集団を追いかけるしかなく、一個一個の神経細胞がどう反応しているのかを調べることは難しかった。そのかわりに、猿を用いた実験でこの課題は研究されてきたが、想像通り数字や計算を猿がどう理解しているのか、なかなか猿の気持ちになれないため、研究の解釈には限界が伴った。

今日紹介するドイツ・ボン大学からの研究はてんかんの診断のために手術的に多数の電極からできている記録装置を海馬近くに埋め込んだ患者さんの、様々な数に対する反応を調べた稀有な研究で、11月7日発行予定のNeuronに掲載された。タイトルは「Single Neurons in the Human Brain Encode Numbers(ヒトの脳内で数をコードする単一ニューロン)」だ。

この研究では内側側頭葉(MTL)と呼ばれる、記憶に関わる海馬とその周りを含み領域に数百本の電極の束を留置し、各電極からの神経興奮を記録するという、動物では普通に行なわれている記録を、人間で行なっている。

記録をとる課題だが、約5秒ほどの間に、画面に連続的に提示される様々な大きさのドットで表現された具体的数(例えば3つのドット)と計算の指示(+ or ー)を見せて頭の中で計算させ、その数を1ー10までの数字が並ぶキーボードで答えるという課題をこなしてもらい、それぞれの段階で(例えば数字を見たり、足し算をしたりする)、神経細胞がどう興奮するかを調べる。例えば、2個のドットをみて、それを2として認識し作業記憶として保持しているあいだに、今度は足すのか引くのか演算ルールが提示され、その後でもう一つの数字がドットの数として示される。それを前に見た数字に足すか、引くかして、最終的に5という数字を押すという一連の過程で、神経細胞の活動を記録している。500を越す電極一本一本の一定時間内の反応をPCの助けを借りながら解析する一種のビッグデータアナリシスだ。

この研究では、視覚から数の概念を統合するプロセスは対象にせず、この初期過程で数の表象へと変換されたあとの過程が調べられている。結果を見て最も驚くには、1、2、3といった数に反応する細胞が存在することだ。すなわち、3つの点を見た時いつも強く反応し、他の数の点には弱くしか反応しない神経細胞が数多く見つかる。すなわち、細胞ごとに反応を起こす好みの数を持っているということだ。しかし、これは決して一対一の対応になっているわけではない。例えば5に反応する神経細胞は、4、3、2と数が5から離れるにしたがって反応の強さが低下していく。すなわち、全体の数の表象が把握された上で、それぞれの数と他の数との関係性が一つのニューロンに認識されていることになる。また、最初の図に示されたドットの数を見た時形成されたそれぞれの細胞の反応パターンは、少し経過した後の作業記憶でも同じように維持されるが、他の数と計算した後、答えを出した時に反応する数に対しては同じ細胞は対応していない。

さらに面白いのは、同じような実験をアラビア数字、すなわち抽象的文字で表された数でを見せて行なっており、ドットで示された具体的な数の表彰と、アラビア数字を見た時に反応する神経とは、一致していることは珍しく、それぞれの神経は離れて存在していることを示している。

他にも色々解析が行われ、とくに一種のAIアルゴリズムを用いて、予測性が生まれるかなども調べているが、この論文の重要なメッセージはすでに紹介したと思う。数字の概念については、やはり人間でも行う必要があったこと、また誰もが関心がある問題なので、私のような素人にもとても面白い論文だった。 最後に、最も面白かった現象をもう一つ紹介すると、1から5までの数に反応する神経を数えると、1と5に反応する神経が最も多いのにも驚いた。ひょっとしたら私たちの指の数と何か関係があるのかもしれないし、十進法の原点を見る思いがした。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月6日:ミトコンドリア病の遺伝子治療(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2018年10月6日
SNSシェア
ミトコンドリア病については、一度ニコニコ動画で取り上げたが、一般の方にはなかなか理解しにくいことが多いのではないだろうか。ミトコンドリア(Mt)は細胞自体からは反独立した小器官で、自らの活動のための独立した遺伝子も持っている。さらに、これらの遺伝子に突然変異が起こる場合も、全てのMtが変異型に変わるわけではなく、そのため異なるゲノム構造を持つMtが一個の細胞の中で共存するヘテロプラスミーと呼ばれる状態が起こり、変異があっても、そのMtが正常と比べて優勢になるまで症状が出ない。また、症状が出る場合も、全ての組織で同じように異常が発生するのではなく、高いエネルギー代謝を必要とする、脳や網膜、心筋などが選択的に侵されることになる。

ミトコンドリア病の治療は当然変異遺伝子をもとに戻すことが究極の治療だが、ヘテロプラスミーの状態を考えると、変異Mtを減らして、機能的Mtを増やすことで症状の改善が望める可能性がある。今日紹介するマイアミ大学からの論文はこの可能性を動物モデルで探った研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「MitoTALEN reduces mutant mtDNA load and restores tRNA Ala levels in a mouse model of heteroplasmic mtDNA mutation (MitoTalenは変異ミトコンドリアの比率を減らし、マウスモデルのミトコンドリア変異でtRNA-Alaを回復させる)」だ。

この研究が治療対象にしたミトコンドリアゲノムの変異は、5024番目のCがTへと変化した変異で、この結果Alaninに対するtRNAが不安定化する。変異の性格から、激烈な症状が出るわけではなく、高齢になってから心機能が侵されることが主症状になっている。 この変異を持つMtを、彼らがMitoTalenと呼ぶミトコンドリア特異的遺伝子編集法(CRISPRとは異なる)を用いて生体内でも細胞から除去できるか調べている。

TALENとよばれる編集法の原理については説明を省略するが、2本の相補的合成DNAを用いてDNA分解酵素のユニットが出会うように設計して、特異的配列を持つDNAを分解させる。このとき、ミトコンドリアに選択的にTALENが取り込まれるよう設計している。この2種類のTALENをアデノ随伴ウイルスベクター(AAV)に組み込んで、筋注、あるいは全身投与で、変異ミトコンドリアの比率が減り、症状の改善があるかを調べている。

結果はかなり有望だ。まず筋肉注射をした実験では、MitoTalenで治療した群では。変異Mtの比率が24週まで徐々に低下し、最終的に20%程度に抑えられている。これは、変異Mtが除去され、正常Mtが期待通り増加していることを意味している。さらに同じような効果が、静脈注射でも得られている。したがって、心筋や骨格筋を標的にするとき、全身投与が可能であることを示している。また、異常Mtの低下を反映して、tRNA-alaの数も正常化していることから、正常Mtと競合させるという戦略が十分治療に仕えることを示している。

今回調べられたモデルマウスは、もともと症状が少ない。おそらく、より重症で早期に病気が発症するケースについては、早期診断、早期治療が必要になると思う。ミトコンドリア病は、眼科領域にも多いため、おそらく局所投与に向くという意味では実用化も早いかもしれない。遺伝子編集の医療応用は着々と進んでいることがよくわかる。
カテゴリ:論文ウォッチ