3月27日 ワイン酵母Xサケ酵母=ビール酵母(3月5日号Plos Biology掲載論文)
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3月27日 ワイン酵母Xサケ酵母=ビール酵母(3月5日号Plos Biology掲載論文)

2019年3月27日

ゲノム解析論文で面白くかつ身近に感じられるのが、ビールやワイン、そして酒作りに使われる酵母のゲノムが研究で、酵母のルーツをたどり、それを利用する人間の歴史に想いをはせることができる。このブログでも昨年の4月にフランスストラスブール大学からの論文(http://aasj.jp/news/watch/8344)、また2016年9月にはベルギー・ルーベン大学からの論文も紹介した(http://aasj.jp/news/watch/8344)。

今日紹介するNYロチェスター大学からの論文は、4種類のビール醸造に使われる酵母のルーツを調べた研究で3月5日号のPlos Biologyに掲載された。タイトルは「A polyploid admixed origin of beer yeasts derived from European and Asian wine populations (ビール酵母はヨーロッパとアジアのワイン造りで使われる酵母の交雑と倍数化によりできた)」だ。

これまで紹介した酵母に関する研究は、人間により様々な目的で使われるようになった酵母全体を比較する研究だったが、今日紹介する論文は、Lager, ドイツのAle(ケルシュやアルトを指す)、英国のAle、そしてパン酵母と親戚のビール酵母の4種類の配列を詳しく解析し、これらのルーツをこれまで集まった酵母のゲノムデータと比べることで特定しようと試みている。

この研究のハイライトは、ヨーロッパのビール酵母が、アジアの酒づくりの酵母とヨーロッパのワイン酵母が交雑による組み換えによってまみじりあってできていることの発見で、例えばベルギービール酵母T58は4倍体だが、それぞれの染色体は酒にも使われるアジアの酵母と、ヨーロッパのワイン作りに使われる酵母のゲノムが混じり合って、染色体のかなりの部分を占めていることがわかった。実際には、Lager, ドイツAle, 英国Aleが別れる前に、アジアの酒酵母がワインの酵母と交雑して出来上がったと言える。

また、ほとんどのビール酵母は3倍−4倍体で、交雑が起こった後、美味しいビールを求める人間による選択圧で多倍化してできたことがわかる。またそれぞれの染色体は極めて多様で、多倍体化したあと大きく変化したこともわかる。

結果はこれだけで、素人にとっても、ビール酵母がまずワインと酒酵母が混じり合った後、独自に進化したという話は意外で面白い。ではこの交雑がどこで行われたのか、人為的か、自然に起こったのかなど肝心なことはわからないままだ。全ての酵母は中国に始まるが、この交雑はワイン酵母と酒酵母が別れた後起こっているため、それぞれの文化がシルクロードを通して交流する中で起こったと考えられる。

今後は、それぞれの酵母をどのように飼い慣らしていったのかの文化人類学的研究を深めて、今回わかった酵母ゲノムの結果と対応させることが重要になる。あのビールを着想し発展させた民族は誰なのか、興味が尽きない。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月26日 感染を抑えるNon-Canonical NFkb 経路の解析(Natureオンライン掲載論文)

2019年3月26日

転写因子NFkbは、様々な入り口から入ってくる感染などの刺激を炎症性サイトカイン分泌につなげる自然免疫システムの核になる分子で、現在最も研究が進んでいる転写因子の一つだろう。ただこの経路には、canonicalとnon-canonical経路があり、私たちが現役時代に研究していたリンパ系組織の発生に関わるLymphotoxinシグナルや、B細胞成熟に関わるCD40シグナルはnon-canonical 経路を使っており、シグナルの最下流で働く転写因子もrelBやrelAと独立した経路と考えられてきた。

今日紹介するテキサス大学サウスウェスタン医学センターからの論文はこの両者をつなぐ、これまで知られなかった経路があることを示した重要な貢献で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「A NIK–SIX signalling axis controls inflammation by targeted silencing of non-canonical NF-κB (NIK-SIXシグナル経路がnon-canonical NFkbを低下させて炎症を抑える)」だ。

この研究の発端は、CD40リガンドでnon-canonical経路を活性化させた骨肉腫細胞をリステリア感染させた時、感染が防がれるという現象の発見だ。Canonicalとnon-canonicalは独立していると思っていたのに、non-canonical経路も感染を防ぐ自然免疫にも関わることが示唆された。

そこでnon-canonical経路の核になる分子NIKを導入したとき活性化される遺伝子をリストし、NIKの感染防御作用を抑える分子としてSIX1,SIX2を特定する。このSIXとnon-canonical経路との関わりの発見がこの研究のハイライトで、あとは粛々と作用メカニズムを解析している。

結果をまとめると、SIXは常にユビキチン化、タンパク質分解の標的になっており、non-canonical経路の刺激でNIKが活性化された時だけタンパク質が安定化することがわかる。そして、安定化されたSIXは今度はrelB,relA療法と結合して、炎症性のサイトカインを中心に細胞免疫を低下させ、自然免疫を低下させることを明らかにしている。

最後に、SIXが体内で実際に働いていることを示すために、tamoxifenで誘導できるSIXトランスジェニックマウスを作成し、まずLPS刺激による敗血症を防ぐことができるか調べると、SIXの発現を誘導することで、完全にLPSによる敗血症症状を抑えられることを示している。

もう一つのモデルとして、肺ガン細胞の細胞死シグナル抵抗性と、SIXの関わりについて調べ、肺ガン細胞からSIXをノックアウトすると細胞死が促進することを明らかにしている。

以上の結果は、SIXがnon-canonical経路によって活性化され、両方のNFkB経路を抑える重要な分子であることを示し、NFkB経路の進化の理解とともに、将来新たな分子標的治療の開発に重要な貢献だと思う。この経路に馴染みのない人には、普通の仕事に見えると思うが、私自身はこの経路を整理しなおす意味で、勉強になる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月25日 高齢者の血圧コントロール(European Heart Journal オンライン掲載論文)

2019年3月25日

降圧剤が血圧を下げることを見るのは簡単だが、治療による効果を調べることは、極めて長期の追跡を要する。ただ、私が学生だった頃と比べると、血圧は130を超えないよう、しかも出来るだけ低く保つというのが原則になっている。また、塩分摂取を減らし、肥満を防ぐなどの生活習慣から始めて、それでコントロールができない場合は、薬剤を利用するのをためらわず、ともかく血圧を低く保つということが現在のスタンダードになっている。重要なことは、これらは全て長期の臨床研究によってエビデンスが得られている点だ。

しかし、このルールがいわゆる後期高齢者についても当てはまるかどうかについては、エビデンスに裏付けられたコンセンサスがあるわけではなかったようだ。今日紹介するドイツ・ベルリンにあるシャリテ病院からの論文は、70歳以上の高齢者で高血圧として診断されている患者さんについて、血圧がうまくコントロールできているグループと、うまくコントロールできていないグループに分けて約5年間追跡し、特に心血管疾患に限らず、死亡数を調べて、血圧コントロールの効果を調べた研究で、European Heart Journal にオンライン出版された。タイトルは「Control of blood pressure and risk of mortality in a cohort of older adults: the Berlin Initiative Study(血圧のコントロールと死亡についての高齢者のコホート研究:ベルリンイニシアティブ研究)」だ。

ベルリンイニシアティブ研究と呼ばれる腎臓の機能を調べるコホート研究がドイツで進んでいるが、この中から70歳以上の高齢者で高血圧と診断された患者さんを2009年から2011年までの2年間でリクルートし、その後約5年間、2016年までに理由を問わず死亡した人の数を算定し、それと血圧との相関を調べただけの極めて単純なコホート研究だ。

この研究で対象になった高血圧と診断された高齢者の8割が血圧降下剤を利用しているが、実際には血圧が140/90以下にコントロールできている群と、そうでない群に分けることができる。これらのグループを、さらに79歳までと、80歳以上に分けて、それぞれの死亡数を当てはめると、なんと80歳以上の高齢者では、血圧がコントロールできている群の方が、コントロールできていないグループより死亡数が多いことがわかった。この傾向は、高血圧のラインを150に引き上げても同じように認められた。一方、70ー79歳までの高血圧では、どちらも大きな差がない。ということは、コントロールすることの効果が少ないことを示唆している。

実際、血圧の数値ごとに死亡するオッズ率を算定すると、140-145mmHgを底に、低くても、高くてもオッズ率が上がることを示している。しかも、実際に統計的有意差が見られたのは血圧が低いグループだけだ。さらに驚いたのは、心筋梗塞などの既往症のある患者さんでは、血圧を低めにコントロールできている人たちの方が、死亡するオッズが高まっている。

以上の結果から、少なくとも80歳を超えた場合、何が何でも血圧を低く保つ必要があるかどうかは再検討すべきというのがこの論文の結論になる。このような論文を紹介すると、友人の循環器の医師から叱られそうな気になるが、こまめに高齢者を層別化して治療のガイドラインを決めていくことの重要性を示した論文だと思う。

もちろんこの研究だけで高齢になれば血圧など気にするなと結論を出すのは気が早いと思う。また、降圧剤には様々な種類があり、そのさじ加減は医師の裁量の問題だ。そのため、特定の薬剤を使うことで、この結論が変わる可能性はまだ存在すると思う。ただ、血圧を低くコントロールすることは高齢者に必ずしもいい結果をもたらさないというコホート研究は他にも報告されている。結局、AYA世代に合わせた治療法が必要なのと同じで、高齢者についてはまだまだ調べなければならないことが多くあるということだと思う。実際には私自身の問題でもあるので、ぜひ今後も注目したい分野だし、信頼おける論文は紹介していきたいと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月24日 AIの裏をかく(3月22日号Science掲載意見論文)

2019年3月24日

今日は研究論文紹介ではなく、一種の意見の紹介になる。3月22日号のScienceに掲載された意見論文で、医療でAIを使うときAIの判断が撹乱される脆弱性をどう解決するのかについての議論についてだ。これを読んで、私が想像だにできなかった問題が機械学習に潜んでいることを知り、紹介することにした。タイトルは「Adversarial attacks on medical machine learning (医療での機械学習に対する敵対的攻撃)」だ。

これまでも何度も紹介してきたように、機械学習の医学領域への利用は加速している。特に画像診断が必要な放射線診断、病理学、皮膚科、眼科では、医療の質を上げることがはっきりと認識され、FDAも最初の機械学習システムの販売を認可することになっている。このように、今後は機械学習を前提として医療が再編成されるのは必至で、膨大になりすぎて人間の頭ではとうてい扱いきれなくなった医学医療データをわかりやすく整理して助けてくれる、医師の強い味方になるだろうと予測できる。とすると、当然医学教育も、今までの詰め込み教育ではあり得ない。しかしこのような問題はうれしい悲鳴で、実際にはGNPの10%を越す大きなお金が動く医療分野では、機械学習の弱点を攻めて不正が行われる可能性がある。

とくに受けた医療にかかった費用を保険会社に申請して払い戻しを受ける保険システムのアメリカでは、払った費用が保険で支払うべきものかどうか、保険会社で膨大な努力と時間を使って判断しており、ここに機械学習導入が最も期待されていることから、機械学習が信頼できなくなると大混乱に陥ることになる。

この意見論文では、AIを撹乱する方法をいくつかの例で示している。

現在最も期待されている皮膚病変を診断する機械学習システムが、adversarial noiseと呼ばれる、目では認識できないノイズを写真にかぶせられると、かぶせない時には良性腫瘍と正確に診断していたのに、100%悪性腫瘍と診断する判断ミスを犯すことを実例として示している。

同じようなノイズは、場合によっては写真の向きを変えるだけでも入れることができ、ミスを誘発することができる。もし、医師のレベルでこれが行われると、まず見破れず、虚偽の保険請求を許すことになる。

また、言語による記述から診断する機械学習が使われようとしているが、この時症状の記述方法を変えると撹乱される場合がある。現在アメリカは麻薬の使用が強く制限されており、医師の処方を判断する機械学習が開発されているが、「back pain(背中痛)」と「Alcohl abuse(アルコール飲みすぎ)」と記載すると麻薬使用が拒否されるが、「Lumbago(腰痛)」と「alcohl dependency(アルコール依存症)」と書くことで、麻薬の使用が許可される。

さらに症状をコード化してインプットするAIでも同じような問題がある。保険の支払いの際適切な診療が行われたのかを判断するための症状は、現在コード化され、その組み合わせで判断されるというのがAIの得意なところだが、メタボリックシンドロームに対応するコードがインプットされる場合支払いが拒否されるのに、良性本態性高血圧、高コレステロール血症、高血糖と3つのコードをインプットすることで、病気として支払いが許可される。

そして、現在すでにこのようなインプットを操作して、実際に行われた医療より高額な支払いを受けることが行われている。これを防ぐため、例えば実際の画像を用いて判断するシステムも開発されているが、すでに述べた理由で結果は同じになることは明らかだ。

これに対する対策の可能性も書いてあるが、確実な方法はない。一つは、支払い側の目線、すなわちトップダウンに機械学習を設計する方法ではなく、ユーザー目線で設計することが必要だと示唆している。そして、何よりも便利だからと急速な導入を図ると、気がついたらグラウンドゼロなみの崩壊が待っていると結論している。

もともと機械学習は100%の正確さを求めるものではない。とすると、いくらでも穴を見つけてアタックして儲けようとする人間は出てくる可能性が高いことをこの意見論文は教えている。機械学習というと、患者と医師の間で、正しい判断が容易にできるようにするツールと思ってしまうが、このように治りたい、治したいという同じ方向を目指す関係だけなら、不正をする理由は全くない。しかし、そこにお金が絡むと、全く事情が変わることがよくわかった。

翻ってわが国を考えると、現在支払い基金が人海戦術で行なっているレセプトの処理のAI化は、厚生労働省も最優先課題として進めていると思う。わが国の場合、支払い要求が医療機関であるため、もしグレーゾーンがあることがわかれば当然AIの裏をかこうとする動機が生まれることは間違いない。レセプトのAI化は至極当然のプロジェクトで、考えない方がおかしいのだが、どれだけ完成間近でも、一回立ち止まってぜひこの論文で示されたような穴がないことは明確にした上で導入してほしいと思う。

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3月23日 高果糖コーンシロップは腫瘍細胞にも甘い(3月22日号Science掲載論文)

2019年3月23日

最近いくつかの国で規制が始まっているが、トウモロコシから抽出したデンプンを化学的処理して、甘みの強い果糖の濃度を高めたコーンシロップは、甘味料として炭酸飲料等多くの食品に使われている。最初グルコースを摂取するより健康的と考えられていた高果糖コーンシロップ(HFCS)が、最近は肥満や2型糖尿病の原因である可能性を示すエビデンスを報告する論文が増え、食品メーカーは防戦一方のようだ。守る側は、砂糖として摂取しているショ糖にも多くの果糖が含まれること(イギリスではショ糖を減らすことにも取り組んでいる)、構造的にも代謝的にもブドウ糖と同じであり、果糖だけを悪者にする根拠はないと説得に努めたようだが、実は果糖の代謝についてほとんどが肝臓で代謝されるとする従来の通説は間違っており、小腸でグルコースに転換されることを示す論文が昨年2月プリンストン大学から発表され、私も紹介した(http://aasj.jp/news/watch/8072)。すなわち、果糖の栄養学的問題については科学的研究がまだまだ必要なことがはっきりした。

今日紹介するNYコーネル大学からの論文は、HFCSが消費量が肥満だけでなく、大腸ガンの発症と並行して上昇していることに注目し、小腸で処理しきれなかった果糖は大腸に移って直接上皮に働きかけ、発ガンのスイッチが入った大腸上皮細胞の増殖を高めることを示した論文で3月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「High-fructose corn syrup enhances intestinal tumor growth in mice(高果糖コーンシロップはマウスの腸に発生した腫瘍細胞の増殖を促進する)」だ。

まずこの研究で用いられたガンモデルは、腸の上皮の増殖を抑えるAPCと呼ばれる分子を欠損させたマウスを用いており、発がんと言う点ではすでにスイッチを入れてあるマウスの実験系だ。人間でいうと多発性大腸ポリポーシスと呼ばれる大腸に多くのポリープができる遺伝病のモデルと言える。さて、このマウスにHFCSを摂取させると、ポリープの数が上昇し、さらにポリープの悪性度が高まる。

次にアイソトープ標識した果糖を用いて、APCが欠損した腫瘍細胞でだけ果糖が存在するとブドウ糖も取り込みが高まること、furctokinaseの作用でリン酸化果糖が合成される過程で細胞内のATPが低下し、これが引き金となって腫瘍細胞でのブドウ糖代謝を高めることを明らかにしている。

そして、ブドウ糖代謝の上昇により脂肪代謝が高まり、増殖に必要な膜成分をはじめ様々な分子が合成され、がん細胞の増殖を高める直接の原因になっていること、そしてこのブドウ糖代謝の上昇は、ブドウ糖を多く摂取することで起こるのではなく、果糖がfructokinaseでリン酸化されることで起こることを証明している。

また、一般的に大腸ガンは肥満と関係することが知られているが、このガン細胞の増殖を高める効果は、果糖の作用で、肥満とは分離できることも示している。

以上の結果は、果糖が肥満でもガン細胞増殖でも、それ自体ではなく、ブドウ糖代謝を高めることで問題を引き起こすことがわかる。逆に、furctokinaseを阻害さえすればこの問題は解決するが、屋上屋を重ねるより、果糖の摂取を制限したほうがいいだろう。

以上、高果糖コーンシロップを使う多くの食品メーカーにとっては耳の痛い話だと思うが、やはり真剣に対策を練ったほうがいいと思う。一方、この研究はけっして果糖にタバコのように発がん性があることを示しているのではなく、あくまでもガンへの遺伝的スイッチの入った細胞に選択的に働き、代謝を変化させて増殖を促進することを理解する必要があること、すなわち発ガン性が無いことはよく理解しておく必要がある。

私も美味しいものに目がない貪欲な人間だが、脳を満足させるために体を犠牲にするのは人間の性のようだ。

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3月22日 抗インフルエンザ抗体と同じ作用を持つ薬剤の開発(3月8日号Science掲載論文)

2019年3月22日

インフルエンザは毎年世界規模で見ると何十万もの命を奪う、医学の重要な標的だ。現在のところ季節ごとにワクチンを接種するしか方法がないが、最近になってウイルスが宿主に侵入するときに必要なHA(血液凝集素)に多くのインフルエンザ共通の分子構造があり、これに対する抗体がインフルエンザ普遍的予防薬として用いられる可能性が浮上している。

これまでタミフルなどのNA(ニューラミナーゼ)阻害剤も予防効果を謳って上梓されたが、その後治験データが精査され、予防効果はなく、また抗インフレンザ作用も中程度とされている。わが国では今も多くの医師が処方しているが、これは米国CDCのガイドラインに反する行為と言ってもいいぐらいだ。

何れにせよ、予防という意味では現在治験が進むインフルエンザ普遍的抗体への期待が大きいが、抗体薬は静脈注射が必要で、インフルエンザほどの規模になると、利用が難しい。したがって、なんとかこの部分に対する抗体を誘導できるワクチンができないか研究が続いている。

今日紹介する創薬メーカー、ヤンセン・ファーマの予防医学研究所からの論文は、これまでの方法とは異なる方向、すなわちこのHAに対する抗体と同じ効果を持つ経口薬の開発にチャレンジした研究で3月8日号のScienceに掲載された。タイトルは「A small-molecule fusion inhibitor of influenza virus is orally active in mice(マウスで経口投与可能なインフルエンザのホストへの融合を阻害する化合物)」だ。

これまで抗体の代わりにウイルスを細胞膜と融合させるHAの活性部分に対するペプチドが開発され、構造解析の結果HA共通に保存されている部位に結合することがわかっていた。この研究では、このペプチドとHAの結合を阻害する分子を50万種類の化合物からスクリーニングし、そうして見つけてきたリード化合物を、順番に至適化して、最終的に経口投与可能な化合物JNJ4796に到達している。この辺は、メディシナルケミスト出ないと理解し難いところだが、その過程を私たちにもわかるように説明してくれている。

こうしてできた薬剤がインフルエンザ感染を阻害するかどうかマウスを用いて調べ、10mg/kgを投与すると、マウスを致死的なインフルエンザ感染から守ることが確認された。また、結合度は異なるものの、ほとんどのグループ1HAに結合することから、多くのタイプのインフルエンザに機能することが示されている。

最後にJNJ4796とHAの結合の詳しい構造解析が行われており、結合領域が広く浅いことが示されている。また、結合性の弱いHAやグループ2HAと結合しない理由なども構造的基盤を示している。

素人なりにざっと見たところ、まだまだ人間に進むには難しそうだなという感じを持つが、実際この化合物の治験は始まっていない。製薬会社の研究室からなので、ひょっとしたらこれ以上の開発を諦めたのかなどとも勘ぐるが、アイデアは十分評価できる。現在多くの抗体藥が開発されているが、うまくやればその中に一部を経口剤に変えることは可能だ。その意味で、将来より安価な薬剤を可能にするためには重要な技術だと思った。

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3月21日 え!ヒストンにセロトニンが結合している!(3月13日Natureオンライン掲載論文)

2019年3月21日

ヒストン修飾はクロマチンの3次元構造を調節し、それが結合する遺伝子発現を変化させるエピジェネティック機構の中心にあり、実に様々な修飾をうける。その中心は、メチル化とアセチル化だが、他にもリン酸化などが特定されており、遺伝子発現調節機能も研究が進んでいる。従って、他の修飾法が発見されても何の不思議はないが、それでもセロトニンが直接ヒストンを修飾すると聞くと、「え!」と驚くのではないだろうか。

今日紹介するNYのIcahn医科大学からの論文はセロトニンによるヒストン修飾を詳細に解析した研究で3月13日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Histone serotonylation is a permissive modification that enhances TFIID binding to H3K4me3(ヒストンのセロトニン化は4番目のリジンがトリメチル化されたヒストンH3へのTFIID結合を高める)」だ。

セロトニンは神経伝達物質として脳内で働くだけでなく、小腸で合成され腸の蠕動を調節し、さらに血小板に取り込まれた後、血液凝固や血管の収縮にも働くことが知られている。また、トランスグルタミナーゼの作用で、細胞質のタンパク質と共有結合することも知られていたようだ。

今日紹介する論文では、核内タンパク質もトランンスグルタミナーゼで修飾される可能性があるかを狙い撃ちで調べ、H3だけが、トランスグルタミナーゼ2(TGM2)の作用でセロトニンと共有結合することを発見する。しかもセロトニンが結合する場所が5番目のグルタミン酸で、遺伝子をオンにするときにメチル化される4番目のリジンの隣に位置している。すなわち、エピジェネティックなプロセスに関わる可能性がある。

そこでこの修飾の機能を調べる目的で、どの細胞でこのヒストン修飾が起こるかを調べ、セロトニンを合成する神経細胞や、腸細胞で修飾されており、セロトニン合成細胞では普通に起こっていること、およびほとんどがK4me3のオン型のヒストンで起こっていることを明らかにする。

そしてiPSからセロトニン神経を誘導する系や、セロトニンの合成を誘導できる細胞株を用いた分化誘導系を用いて、この修飾が細胞分化によって発現が上昇する遺伝子のプロモーター部分に結合しているヒストンがより選択的にこの修飾を受けていることを示している。さらに、5番目のグルタミンをアラニンに変えて、この修飾ができなくしたヒストンを導入すると、オンになっている遺伝子の転写の効率が低下し、細胞の分化が進まないことを示している。

最後に、このような転写の促進はH3K4me3の周りに形成される転写複合体の結合力が高まる可能性について、細胞内のヒストンとTFIIDとの結合の強さを調べ、予想通りこの修飾により、転写複合体がH3K4me3と強く結語していることを示している。

以上、最初は「え!」と人を驚かすだけの論文かと思って読んでみたら、実力のある、説得力のある論文だと感心した。もちろん、病気を含め、まだまだ研究する必要はあるが、遺伝子調節にはなんでも使えるものは使っている生物のしたたかさがよくわかった。

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3月20日:注意欠陥・多動性障害(ADHD)に三叉神経刺激が効果がある(Journal of American Academy of Child and Adolescent Pychiatryオンライン掲載論文)

2019年3月20日

実を言うと、小学校の頃学校から児童相談所に行くよう言われた覚えがある。当時は、児童相談が始まったばかりで、目的は覚えていないが、ひょっとしたら授業に集中しないなどの傾向があったのではと思う。今でも一つのことより、同時にいくつものことを並行してやる癖があるので、ADHDと言われても仕方がないかもしれない。当時は自閉症スペクトラムやADHDなどの概念が確立していなかったためか、その後特に指導を受けるというまでには至らなかった。

しかしわが国でもADHDの児童の数は増えており、5%近くに達しているのではないだろうか。小児のケースが多いため向精神薬を簡単に処方することは難しい。一方、私も神戸で発達障害児を対象に診療を行っている今西先生のクリニックを見学させてもらったが、一人の児童に長い時間をかけて行動治療を行なっているため、いまや新患の予約は3ヶ月以上待つ必要があるらしい。このように、薬剤以外の方法での個別治療には医師とスタッフの数が圧倒的に足りない。

そこで期待されているのが、電気や磁気を用いて症状を和らげられないかという試みで、様々な可能性が試されている。中でも期待されているのが、三叉神経刺激で、ここから最終的に大脳皮質へと神経が伝わることで、ADHDが改善すると考えられている。実際、この治療はテンカンやうつ病に使われ、以前紹介した音でアルツハイマー病を治すのと同じ発想だが、神経科学的メカニズムはまだまだわかっていないと言える。従って、治験を科学的に進める以外に評価の方法はない。これまでのオープンラベルの治験でいい成績が出ているが、よく計画された臨床治験が求められていた。

そこで今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校のグループは、この三叉神経刺激の治療効果を無作為化二重盲検試験で確かめようとした研究でJournal of American Academy Child and Adolescent Psychiatryオンライン版に掲載された。タイトルは「Double-Blind, Sham-Controlled, Pilot Study of Trigeminal Nerve Stimulation for ADHD (ADHD治療のための三叉神経刺激の二重盲検かつ偽処置群を対照にした試験研究)」だ。

この研究では、医師により厳格に診断されたADHD患者さんを最終的に62人リクルートし、無作為に三叉神経刺激群と非刺激群にわけている。三叉神経刺激は、ワイヤーで両側のこめかみにはる電極を通して刺激を与える装置を装着させ、2-3mA、120Hzの刺激を30秒ごとに流している。これを4週間続ける。偽処置群も基本的にこめかみに電極を貼るところまでは同じだが、実際の電流は出ない。実際、この程度の電流ではあまり何かを感じるというほどではないようだ。

さて結果だが、ADHD-RSスコアと呼ばれる指標で見ると、最初の1週間で急速にスコアは改善し、あとは4週間まで緩やかに低下する。一方、偽処置群も最初の1週間は少し改善が見られるが、もちろん刺激群には及ばない。そして1週間以降はほとんど変化がなくなる。

面白いことに、脳波検査でほとんどの周期レンジで、脳波の活動が刺激群で高くなるが、偽処置群ではほとんど変化しない。したがって、三叉神経刺激は神経活動を高めることができるのがわかる。しかしながら、これまでの研究では効果があるとされていた、実行能力や、睡眠の改善などは認められていない。

もう一度結果をまとめると、以下のようになる。

  • このような機械刺激の治療研究では、常にプラシーボ効果を念頭におく必要があること。
  • 三叉神経刺激は、ADHD-RSスコアを中程度に改善することができる。
  • 安全性は高い。
  • 三叉神経刺激は大脳皮質まで投射路を通して活性化し、その結果として脳波の振幅が高まる。
  • 医師による診断でははっきりとした改善が見られるが、親の印象では、刺激群も非刺激群もあまり改善したとは実感されていない。

厳密な統計手法でかなりいい結果が出たという結論になる。今後この効果がどの程度続くのかなど、臨床試験が進められると思う。

個人的に一番気になったのは、医師の診断でははっきりと改善が見られるのに、親の評価ではほとんど改善を認めていない点だ。簡単にこれを解釈するのは問題があると思うが、ADHDの難しさを強く認識した。

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3月19日 GAS-STING自然免疫刺激経路は、実はオートファジー刺激経路として始まった(Natureオンライン掲載論文)

2019年3月19日

細胞内にDNA断片が存在すると、cyclic GMP-AMP 合成酵素GASが働いて、cyclic GMP-AMP(cGAMP)が合成され、これがSTINGアダプタータンパク質を活性化、その後TBK1,IRF1, IKKなどを介してインターフェロンや炎症性のサイトカインを作る自然免疫経路は、がん免疫、自己免疫などとの関わりで、今最も注目されている分野だ。

今日紹介するテキサス大学サウスウェスタン医学センターからの論文は、自然免疫のトリガーとして注目されているGAS-STING経路が、本来はオートファジーの刺激センサーとして進化してきたという面白い可能性を示唆する研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Autophagy induction via STING trafficking is a primordial function of the cGAS pathway (STINGの細胞内移動を介するオートファジーの誘導はcGASによりトリガーされる経路の原始的な機能)」だ。

研究では、阪大の吉森さんたちの仕事により、オートファゴゾーム形成の分子標識として使われるようになった微小管結合タンパク質LC3を用いてオートファジーをモニターし、DNAウイルスの感染により自然免疫だけでなく、オートファジーも誘導されることを発見した。

次にSTINGの下流で活性化される自然免疫経路と、オートファジー経路を区別できるか調べる目的で、C-末端を除いたSTINGを細胞に導入すると、自然免疫経路の活性化能力は失われるのにオートファジーは誘導されることを示している。すなわち、同じSTINGによりトリガーされるが、両方の経路は完全に分離できる。

この著者らはこのシステムの進化に注目し、この研究のハイライトと言える一番面白い発見をする。すなわち、イソギンチャクのSTINGには自然免疫を誘導するC末端部分が欠けており、TBK1の活性化が起こらないが、LC3を活性化してオートファジーを誘導する能力があることを発見する。すなわち、GAS―STING経路は本来オートファジーを誘導する仕組みとして進化したことを示している。さらに、脊髄動物の中にもアフリカツメガエルのようにC末端の欠損した自然免疫を誘導できないSTINGが存在することも示している。何れにせよ、オートファジー誘導については、すべての種のSTINGは有しているようだ。

あとは、STINGがLC3を活性化してオートファジーを誘導するメカニズムを明らかにするため、その細胞内の動きを追跡し、小胞体とゴルジの境に移動した後、そこでLC3のファゴゾームとの結合ができるよう、脂肪酸を添加し、オートファジーを誘導することを示している。

以上のことから、GAS-STINGはまずオートファジーを誘導する新しい仕組みとして最初進化したことになるが、DNAの断片が蓄積する条件でSTINGを活性化してオートファジーを誘導すると、DNAが処理されるので、DNAの除去がその機能の一つであることを示している。そして、ウイルス感染においても、自然免疫より重要な機能をGAS-STINGで誘導されるオートファジーが担っていることを示している。

GAS―STINGは自然免疫のトリガーとして、炎症性サイトカインとの関わりで研究されているが、オートファジー誘導能力の方が進化的に古く、ウイルスなどのDNAを直接除去するシステムであることは、自然免疫の進化を考える上でも極めて重要な発見だと思う。

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3月18日 食生活と発音(3月15日号Science掲載論文)

2019年3月18日

これは個人的印象で、統計を調べたわけではないので聞き流して欲しいが、わが国でもいわゆるエラが張ったと表現できる顔は急速に減ってきたように思う。実際子供の顔を見ていると、うりざねの美しい顔に変化している。この印象が正しいとすれば、戦後食品が柔らかく食べやすいものへと急速に変化していることも原因の一つだろうと思う。この大きな顔の骨格の変化は、咬合力の変化にとどまらず、言語にも大きな変化をきたす可能性がある。

今日紹介するスイス・チューリッヒ大学を中心にするグループからの論文はこんな食生活と言語の共進化を農耕の誕生前後を例に考えた研究で3月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「Human sound systems are shaped by post-Neolithic changes in bite configuration(人間の発声システムは新石器時代以降の噛み合わせの変化に依存して変化してきた)」だ。

タイトルに惹かれて読んでみると、この研究の背景には言語学者Hockettの「唇歯音は農耕の誕生により柔らかい食べ物を食べるようになった結果である」という仮説を検証するために行われている。

唇歯音とは、fとかvのように上の歯で唇を噛んで発音する音で、father, vaseなどがある。一方唇音は唇を閉じることで発生する音で、Papa, baseなどだ。確かによく考えてみると、どうして歯で唇を噛んで発音する必要があるのか、日本人にとっては不思議だ。これに対し、Hockettは、最初ホモ・サピエンスは上下の歯が正確に揃うように進化し、硬いものをしっかりと噛めるようになる。この時は、唇音はあっても、唇歯音は存在しなかった。ところが新石器時代以降農耕が始まることで軟らかい食事に慣れて、急速に上の前歯が下の前歯より、前に出た骨格に変化する。そしてこの結果唇歯音が言語に導入されると考えた。

この論文では、まず旧石器時代、中石器時代、そして初期青銅時代の骨格を示し、徐々に上の歯が前に出てきていることを示している。そして、一種の力学モデルを用いて、上歯が前に出ている場合、唇歯音がより少ないエネルギーで発音できることを示している。

次に現存の人類の言語を調べ、今も狩猟採取の生活を送っている民族の言語では、唇歯音が農耕生活民の言語の高々27%しかないことを示している。

さらに、上下の歯が揃っており、その結果前歯を失う確率が多い狩猟採取民族を、グリーンランド、南アフリカ、そしてオーストラリアから選んで言語の推移を調べ、それぞれの地域で最初はほとんど見られなかった唇歯音が、他の民族とのコンタクト(グリーンランドではデンマーク人、南アフリカではアフリカーンス、そしてオーストラリア原住民では英国人との接触)により生活が変化することで、そぞれの言語に取り込まれていることを示している。

最後に、生活、そして骨格を何千年もにわたって調べることができる、インドヨーロッパ語圏を調べ、数千年前パキスタンからヨーロッパにかけて、よく調理した食生活とともに上前歯が前に出るようになることを確認した後、それに伴って唇歯音が徐々に増加すること、そして2500年前に始まる粉挽き技術の進歩とパンの急速な発展とともに、例えば PからF(PadoreからVater, Father)、VからK (来る:Venire からKommen, Come)のような唇歯音の割合が急速に上昇することも示している。

結論としてはHockettの仮説は正しいという話で。言語学も生命科学としてますます総合的になってきたという印象を持つ。

しかし最後に頭に浮かぶ疑問は、我が日本語のことだ。もともと日本語もHa行の音を奈良時代はPa, 平安時代はFaと読んでいたようだが、今や唇歯音のほとんどない言語に変わっている。この原因が何か、とても気になる。米食文化とパン食の違いなのか、興味は尽きない。

カテゴリ:論文ウォッチ