11月14日 クリスパーシステムをバイオセンサーに使う(Angewandte Chemie Int. Ed: 58 2-9掲載論文)
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11月14日 クリスパーシステムをバイオセンサーに使う(Angewandte Chemie Int. Ed: 58 2-9掲載論文)

2019年11月14日

最近クリスパーも当たり前になって、紹介する機会も減ってきたが、このシステムを思いも掛けない目的で使うための技術開発は着々と進んでいる。ただ、分子センサーに使うというアイデアは初めてだ。

さて、皆さんは昨年5月1日にCas12aについてこのブログで紹介したのを覚えておられるだろうか(http://aasj.jp/news/watch/8385)。普通のCasと異なり、Cas12aは特異的なDNAだけでなく、周りにある一本鎖DNAを切断してしまう活性を持つ。

今日紹介するクリーブランド、ケースウェスタン大学からの論文はこのCas12aの特徴を生かして血中などに存在する特定のDNAやタンパク質を検出するシステムの開発でAngewandete Chemie International Editionに掲載された。タイトルは「Exploring the Trans-Cleavage Activity of CRISPR-Cas12a (cpf1) for the Development of a Universal Electrochemical Biosensor(CRISPR-Cas12aのトランスDNA切断活性をユニバーサルな電気化学的バイオセンサーの開発に用いる)だ。

この研究ではCas12aがガイドとして用いるCRISPR-RNAと標的の2本鎖DNAとがマッチした時、標的DNAとともに、周りにある一本鎖DNAを切断する活性を利用して、この非特異的酵素活性を電気的に検出するシステムを着想し開発している。具体的には、金箔の上に10塩基の長さの一本鎖DNAを貼り付ける。このDNAの断端にはメチレンブルーが結合されており、これにより化学的電流が発生するようになっている。しかし、DNAが切断され、メチレンブルーが表面から消失すると、電流が流れなくなるという原理を用いている。

この場合検出するのは例えばウイルスDNAのような、特異的なDNAが存在するかどうかで、存在する場合だけCas12aが活性化され、その場合チップ上で検出できる電流が落ちる。

様々な条件を検討した結果、最終的には109Mの濃度の標的DNAを2−3時間で検出できることを示しており、濃縮なども考えれば実用範囲に持っていくのはそう難しいことではない。さらに、特定のDNAに限って検出するとき、ミスマッチが起こっている場所に応じて電流の低下が変化することから、標的DNAの変異の場所を特定できる可能性も示している。

ではこの系を核酸ではなくタンパク質を検出する系として利用できるかが次の課題だ。著者らは特定のタンパク質と結合すると同時にCas12aを活性化できるように改変したアプタマーと呼ばれるDNAを作成し、まずこのアプタマーをそれと結合するタンパク質と混合させたあと、残ったアプタマーをCas12aの活性化に用いることで、アプタマーと結合した標的タンパク質の量を、DNAと同じように測定できることを示している。

以上が結果で、考えれば核酸が持つ様々な特異性をうまく利用したバイオセンサーが可能なことはよくわかった。おそらく価格も安いと思うが、あとは競争力だけの問題だ。しかし、CRISPRの可能性は驚くほど広い。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月13日 2型糖尿病を防ぐ期待のアディポカイン(11月号 Nature Medicine 掲載論文)

2019年11月13日

糖尿病薬の中で直接ベータ細胞に働きかける作用を持つものとして GLP-1(インクレチン)が存在するが、これはベータ細胞にインシュリンを分泌させる作用はあっても、糖尿病でベータ細胞が徐々に失われるのを止める作用はない。この点で期待されているのが、やはりインシュリン分泌促進作用を持つアディポネクチンの一つで、補体C3を活性化型のC3aへ転換する作用を持つアディプシンだ。

今日紹介するコーネル大学からの論文はアディプシンの長期投与が本ベータ細胞の保護作用を有していることを明らかにした研究で11月号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Adipsin preserves beta cells in diabetic mice and associates with protection from type 2 diabetes in humans(アディプシンは糖尿病モデルマウスのベータ細胞を保護し、人の2型糖尿病を防ぐ)」だ。

アディプシンのベータ細胞長期保護作用をまず明らかにするために、この研究ではベータ細胞が失われていくdb/dbマウスに、正常あるいはdb/dbマウスの膵島を、外から長期間の観察が可能な眼の前房に移植し5ヶ月間観察、同時に導入したアディプシン遺伝子が膵島萎縮を防ぎ糖尿病を予防できるかを調べている。期待通り眼の前房への膵島移植は糖尿病発症のプロセスを反映できる実験系で、この系でアディプシンは長期投与可能で、db/db膵島のインシュリン分泌を高めるだけでなく、ベータ細胞死を防ぐことを明らかにする。また、インシュリン感受性やベータ細胞増殖には全く影響ないことも確認している。

次に細胞死が防がれるメカニズムを調べ、アディプシンはC3aの生成を介してベータ細胞のDusp26脱リン酸化酵素産生を抑制し、このシグナル系がベータ細胞維持に必要な転写因子の発現を誘導することで細胞死を防いでいることを示している。この結果は、Dusp26の脱リン酸化作用を抑えることがベータ細胞の維持を促進することを示しているが、事実脱リン酸化阻害剤NSC-87877を投与するとdb/dbマウスのインシュリンレベルは高まり、更にパルミチンによるヒトベータ細胞の障害も防ぐことを明らかにしている。

これらの結果は、アディプシンやDusp26経路がベータ細胞を保護し、変性を防ぐ新しいメカニズムの薬剤になる可能性を示している。そこで、心臓疾患の発生を追跡しているコホート研究参加者6886人を調べると、血中アディプシンの高い人は肥満になる確率は高くとも、糖尿病のリスクが低いこと、またアディプシン血中濃度と相関するSNPは糖尿病とも相関することを発見する。

以上が結果で、アディプシン、C3a、そしてその受容体、Dusp26が、ベータ細胞の保護作用がある糖尿病治療標的として考えられることを示している。アディプシンのようなアディポカインは血中濃度が高く、それ自体を投与するのは難しく、この経路を標的とする薬剤開発は簡単ではないと思うが、おそらく多くの製薬は開発を続けているような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月12日 嗅球が存在しなくても匂いの感覚は維持できる(Neuron 1月8日 掲載予定論文)

2019年11月12日

音や光といった物理的刺激に対する感覚細胞は、発生及び成長過程で確立されると、ほぼ置き換わることはない。しかし、嗅覚の入り口にある嗅細胞は一定の期間で新しい細胞に置き換わる。それにもかかわらず、匂いの感覚が変化せず維持されるのは、バラバラに存在する嗅細胞が、発現する受容体に合わせて嗅球の特定の場所に投射し、そこからつねに一定の感覚サーキットを再構成できるからとされてきた。すなわち嗅球で形成されるパターンが匂いの認識の基盤になっていることになる。実際、先天的に匂いが感じられない人では、嗅球は存在しない。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文はMRI検査で全く嗅球の認められない、しかし嗅覚は正常な女性が発見されたという話で1月8日発行予定のNeuronに掲載された。タイトルは「Human Olfaction without Apparent Olfactory Bulbs(明確な嗅球がない人の嗅覚)」だ。

これまでも動物実験で嗅球を壊す実験から、嗅球がなくても嗅覚を回復できる可能性を示す実験結果は出されていた。ただ、このような実験はどこまで障害が及んでいるか評価が難しく、人間で先天的に嗅覚がない人は嗅球がないので、嗅球は嗅覚に必須というのがこれまでのドグマだった。

このグループはMRI画像をスクリーニングしているうちに女性2例にはっきりした嗅球がないことを発見した。様々な解析を繰り返し、嗅球が存在したとしても正常の0.18%以下の大きさで、匂いパターンの認識に必要な6000近い嗅糸球体は存在しても10個以下であることが推察された。また、水の動きを調べて神経結合を測定するMRIで調べても嗅覚を統合する一次嗅覚野からの神経連絡が欠損していることがわかった。とはいえ、機能MRIでは匂いに反応して嗅覚野が興奮していることが確認されるので、間違いなく嗅上皮からシグナルは到達している。ただ、一次嗅覚野がどこと結合しているのかはこれらの検査では明らかにならなかった。

次に様々な方法で徹底的に嗅覚機能を調べている。一人は機能、特に匂いの分別機能が正常の下限にあるが、それでも正常範囲で、先天的な欠損症と比べると、一応正常範囲といえる。

この2例が特別なケースかどうか調べる目的で、さらに大きなMRIデータベースを調べたところ、なんと0.6%が同じような嗅球欠損が認められ、しかも全て左利きの女性だった。

事実は小説より奇なり、の典型で謎が残っただけの症例報告だが、左利きの女性に今のところ限定されており、左利き女性ならなんと5%にこの異常が認められることから、さらに大規模な調査が行われるだろう。

一番知りたいのはどこが嗅球の代わりをして、嗅糸球体はどのように分布して匂いのパターンを維持しているかだ。もちろん左利きの謎もある。結構多くの論文が続きそうな予感がする。

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11月11日 肺線維症治療の新しい可能性(10月30日号Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年11月11日

最近の論文を読んでいると、これまで対策のなかった様々な病気について、メカニズムに基づいた治療法の開発が進んでいるのを実感する。例えば肺線維症で見てみると、肺の繊維化を誘導するEphrinB2の生成を止めるADAM10阻害薬、老化線維細胞を除去するダサニチブ+ケルセルチンなど、新しい発想で期待できると思う。しかし、肺線維症に罹患した友人や、治療法の開発を望まれる患者さんたちのメールを読むと、これらの治療法が本当にベッドサイドに届くのには時間がかかり、患者さんたちはもどかしい思いをしているのがわかる。しかし、それでも私ができるのは論文を読んで期待できる治療法を説明することだけだと開き直るしかない。

今日紹介する米国メイヨークリニックからの論文は、肺線維症の増悪要因の一つに肺内で作られるドーパミン量の低下があり、これを補うと肺線維症の進行を止められる可能性を示した研究で10月30日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Selective YAP/TAZ inhibition in fibroblasts via dopamine receptor D1 agonism reverses fibrosis(線維芽細胞でドーパミン受容体D1刺激を介してYAP/TAZ を選択的に阻害すると繊維化を元に戻すことができる)」だ。

細胞の機械的刺激に関わるシグナルYap/Tazの肺線維症への関与が最近認識されるようになっており、このシグナルを抑制して肺線維症を直せないか試みが続いている。ただYap/Taz経路は様々な上流で動くため、線維芽細胞特異的にこの経路を抑制するのは簡単ではない。そこで、Yap/Tazシグナルのオン・オフに関わることが知られているGタンパク質共役型受容体の中で、肺の線維芽細胞に特異的に発現している受容体を探し、ドーパミン受容体D1(DRD1)を突き止める。

次にDRD1のアゴニストであるDHXを肺線維症患者さんの線維芽細胞に加えるとYap/Tazシグナルを抑制できること、さらには試験管内の系で患者さんの線維芽細胞をTGFβで刺激する実験系で見られる細胞外マトリックスの酸性と沈着を抑えることを示している。

次に、ブレオマイシンを投与したマウスに誘導される肺線維症モデルにDHXを投与すると、肺線維症の進行をおさえ、さらには肺の病理像もほぼ正常に回復させられることを示している。また、マウスに投与する実験で肺の線維芽細胞のみでDHXによるYap/Taz阻害が見られ、他の細胞にはほとんど影響がないことを示している。

この効果は肝臓の繊維化でも見られる。また、Yap/Tazを抑えるのはDRD1だけでなく、セロトニン受容体5-HT7でも同じ効果が得られることも示している。

これらの結果は局所でのドーパミンシグナルが肺の線維芽細胞の活動を調節し、この異常が肺線維症の悪化要因になることを示している。そこで、特発性肺線維症患者さんの肺でドーパを産生する酵素を調べ、DDCと呼ばれる酵素が肺線維症で低下していることを示している。

以上が結果だが、新しいメカニズムと治療法を示唆する力作だと思う。肺の場合吸入で投与ということも可能なので、是非早く臨床に有効かどうかを調べて欲しいと思う。

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11月10日 ローマは一日にして成らず (11月8日号Science掲載論文)

2019年11月10日

ローマに行って驚くのは、古代から現代まで様々な時代が同じ場所に存在している点だ。もちろん自分で旅行しても十分感じられるが、ローマ人の案内で本当のローマを知りたければ、ちょっと古いが「フェリーニのローマ」がおすすめだろう。この映画からわかるのは、分裂時代も含め様々な時代を経てきても、ローマは永遠という点だ。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はローマという地域に限って、中石器時代から現代までその土地に暮らした人のゲノムを調べ、ローマ人の変化を調べた論文で11月8日号のScienceに掲載された。タイトルは「Ancient Rome: A genetic crossroads of Europe and the Mediterranean (古代ローマ:ヨーロッパと地中海の十字路)」だ。

研究では全部で127体のローマ地域29カ所から出土した古代人の蝸牛骨からDNAを抽出、ウラシルDNAグリコシラーゼ処理したライブラリーを作成し、全ゲノムを解読している。あとはそれを解析してローマ人ゲノムがどのように変化したかを調べている。ゲノムとは「生殖のみにより伝わる情報の全て」なので、この変化は征服を含む様々な交流による交雑を通したゲノム流入の歴史を示している。

結果は大変わかりやすく、ローマ人が様々な民族間の交流によって成立してきたことがわかる。結果を時代別にまとめると以下のようになる。

  • 中石器時代は当時ヨーロッパに広がっていた狩猟採取民のゲノム(WHG)とほぼ一致し、個体間の多様性は少ない。
  • 新石器時代に入ると農耕が始まるが、ヨーロッパ農耕のルーツとなっているアナトリアゲノム(AG)でWHGゲノムはほとんど置き換わる。すなわち、アナトリア人が移動してきたことがわかるが、100%アナトリアではなく、WHGとイランの農耕民のゲノムも検出され、交雑が進んだことがわかる。
  • 鉄器時代から共和国までの時代には、さらにインドヨーロッパ語をもたらした中央ヨーロッパ草原からのゲノムが大きな割合を占めるようになる。一部の人にはモロッコの狩猟採取民のゲノムも認められるのでアフリカ地区との交流が認められる。
  • ローマ帝国成立後は、WHG、中央ヨーロッパ、イラン農耕民、アナトリア農耕民ゲノムがその後のローマ人の基本的要素になるが、帝国が地中海世界にひろがるとともに、イラン農耕民ゲノムの割合が急速に増大する。すなわち、中東の人たちのローマ帝国への流入が進む。また北アフリカのゲノムも多く認められるようになる。
  • 中世に入っても要素は変化しないが、特に北ヨーロッパからの人の流れを示す、中央ヨーロッパ草原やWHG由来のゲノムの割合が変化し、多様な集団が形成される。実際、この時期から統一までローマは長い抗争の時代に晒されている。
  • そして現代、ローマ人は4種のゲノムがかなり安定な割合で混ざった、比較的均質なゲノムになっている。

以上、私の知っているローマの知識で十分フォローできる、しかしゲノムで描かれた歴史が示された。まさにローマは欧州と地中海の十字路で、ローマは1日にしてならずということがよくわかった。

しかし、いつ日本人についてこんな歴史を知る日が来るのだろう。ゲノム考古学では、一体一体を解析する時代はとうに終わって、多くのゲノムから新しい歴史を描く時代に突入している。

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11月9日 中世カソリックの支配が西欧独特の個人主義を作った(11月8日 Science掲載論文)

2019年11月9日

昨日出版されたサイエンスに歴史に関する面白い論文が2編出ていたので連続で紹介する。今日紹介するのは米国ジョージメーソン大学からの論文で、歴史的な西方キリスト教(カソリック)の支配と、産業革命前の家族形態、そして現在の個人主義の度合いを調べ、カソリック支配がなぜ現在の西欧独特の個人主義形成につながったのかを調べている。タイトルは「The Church, intensive kinship, and global psychological variation(教会、強い血縁関係、そして世界的心理的多様性)」だ。

キリスト教についての社会学ならこのホームページで紹介し(http://aasj.jp/news/philosophy/11539)たロドニー・スターク著「キリスト教とローマ帝国」がお勧めの本で、当時についての社会学的統計とキリスト教の成立条件を調べている。このような研究の重要性は、3段論法で本当の因果性稼働かはわからないものの、社会学データをたどって現在までつなぐことができる点だ。今日紹介する論文はまさにその例で、西欧独特の個人主義のルーツを求める研究だ。

西欧独特の個人主義と私が勝手にまとめたが、この研究では西欧独特の個人主義的、独立的だが、協調性に欠け、集団に対する忠誠心が薄いと言った性質を指す。詳細は省くがこの性質を様々な項目についての調査から一つの個人主義指標を計算し、この指標を中世のカソリックによって支配された期間と相関させると、カソリック支配が長いほど現在個人主義が根付いていることを示している。この時、中世型キリスト教支配の長さは、地図上の各ポイントで550−1500年まで、カソリックの強い支配があったかを時間を追って調べ計算している。これは、キリスト教だからというわけではなく、カソリックの支配と相関している。というのも、教義で大きな違いがある東方教会(ギリシャ正教など)の支配期間と、個人主義的傾向は一致しない。

確かに東方教会と比べると、カソリックの方が個人と向き合った宗教になっている気がする。すなわち、カソリックは世俗の権力(王や領主)とは分離した権力として両立していたが、東方教会ではコンスタンチノープル陥落まで長く王と法王が同じだった。また、重要なキリストの受肉についても教義が異なる。とはいえ、カソリックが教義として個人主義を直接推進したわけではない。

そこでこの二つの相関をつなぐ手がかりとして産業革命前の血縁関係について調べている。すなわち、血縁をどれほど重視しているかで、例えば血縁を重視する世界では従兄弟結婚が推奨される。このような社会統計から血縁性を指標にしてカソリック支配と相関を見ると、カソリック支配が長いほど個人の生活から血縁重視が低下していることが明らかになった。

もともとキリスト教では、ルカ伝の「サマリア人の例え」に見られるように、家族より隣人を愛することの重要性が説かれているが、性と食をできる限り避けるべきものとして考えたカソリックでは、従兄弟結婚が徹底的に排除されたようだ。実際、産業革命前の記録から従兄弟結婚の統計を取り出して、個人主義的指標と相関を見ると、綺麗に逆の相関を示すし、またえこひいきを嫌う精神性とも逆相関を示す。

以上の結果から、カソリックの精神支配、血縁関係の希薄化、そして西欧型個人主義という3段論法が成立したことになる。確かに説得力はあるが、マフィアやシチリアの家族なんかはちょっと違うなという気もする。しかし、社会学がこのようにサイエンス誌を飾るのは大歓迎だ。明日はローマの成立史についての論文を紹介する。

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11月8日 膵島の炎症反応を徹底的に調べる(Nature Genetics11月号掲載論文)

2019年11月8日

1型糖尿病は自己免疫病なので、当然膵島は免疫性の炎症にさらされる。ともすると炎症が起こり、さらにキラー細胞でも出てくれば、β細胞は変性すると済ましてしまうところだが、実際炎症時に何が起こっているのか正確に把握することは、新しい治療法の開発に重要だ。

今日紹介するスペインバルセロナ大学からの論文はヒトの膵島の炎症性サイトカインに対する反応を、ここまでやるかというほど様々な方法を統合して調べた論文でNature Genetics11月号に掲載された。タイトルは「The impact of proinflammatory cytokines on the β-cell regulatory landscape provides insights into the genetics of type 1 diabetes (β細胞の調節システムへの炎症性サイトカインの影響は1型糖尿病の遺伝学に示唆を与える)」だ。

この研究の基本目的は、インターフェロンやIL-1のような炎症性サイトカインにさらされた時におこる膵臓のβ細胞のクロマチンレベルの変化だ。とくに、新しい遺伝子発現につながるクロマチン変化を調べるために、ATAC-seqでクロマチンが開いた場所を特定し、ヒストンH3K27のアセチル化が起こっているサイトを調べ、遺伝子発現たが高まっている場所を特定している。

期待通りクロマチンの開いた場所と転写がアクティブな場所は一致し、一般的に炎症で変化する場所に加えて、β細胞の発生や分化に関わる重要な遺伝子の上流が変化することを発見する。

このように新しくクロマチンが変化して遺伝子制御に関わる場所はメチル化されていることが多く、一方クロマチンがもともと開いて遺伝子発現が高まる場所はメチル化されていないことから、2タイプの転写調節が並行して起こることもわかる。また、このクロマチンの変化は同時に染色体の3次元構造の変化と一致することも示している。

以上の実験から示されたのは、結局β細胞が炎症に反応する時の遺伝子リストでしかないが、最後にこのリストから機能的意味を見出す目的で、これまで調べられている1型糖尿病と相関するSNPを、今回リストした遺伝子調節領域と対応させている。この論文では詳しい対応は示さず、見つかったSNPだけがリストされているが、転写に直接関わるSNPであることが明らかになる意義は大きい。

話はこれだけで、何か新しい遺伝子が見つかったわけではない。しかし、今回集めた膨大なデータは全て公開されているようなので、この分野の研究に関わる人たちは是非データベースを眺めたり利用したりすることが大事だと思う。是非他の臓器についてもこのようなデータが欲しい。

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11月7日 アルツハイマー病を防ぐ突然変異(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2019年11月7日

人類は今や80億人に達しようとしている。ゲノムプロジェクトから個々のゲノムは数多くの変異を抱えていることがわかっている。この多様性と向き合うことがまさに臨床医学で、その中から新しい概念や治療法を導き出すのは臨床医学の醍醐味と言えるだろう。

今日紹介するハーバード大学からの論文はインパクトの大きな症例報告になるのではと予感がする論文で、アルツハイマー病の発症を防ぐ突然変異の話だ。タイトルは「Resistance to autosomal dominant Alzheimer’s disease in an APOE3 Christchurch homozygote: a case report(APOE3 Christchurch変異のホモ個体は遺伝性のアルツハイマー病に対する抵抗性をもつ:症例報告)」だ。

前回のジャーナルクラブで紹介したように、アルツハイマー病(AD)はβアミロイド、Tauタンパク質、そしてApoEの3つの分子が絡み合って発症する。しかし、遺伝的アルツハイマー病のほぼ9割はプレセニリンと呼ばれる、アミロイドを切断するγセクレターゼの変異が原因で、この変異でアミロイドのプロセッシングが阻害され、アミロイドプラークが形成されることでADを発症する。

家族性ADの場合ほとんどが50歳までに認知症を発症するのが普通だが、このグループは、プレセニリンの変異を持っているにも関わらず、70歳を超えて軽度の認知障害すら発症しない女性がいることを発見した。すなわち、この女性はアルツハイマー病を発症すべく生まれてきているのに、それを防ぐことができていることになる。

徹底的なゲノム解析が行われ、最終的にわかったのはAPOE3分子のChristchurch 変異と呼ばれる変異を両方の染色体で持っていることがわかった。APOEには4種類あって、ADとの関わりは極めて複雑だ。一般的には重要な遺伝リスクだが、APOE2などは逆にADを防ぐ効果がある。このように、APOE3変異がADを防ぐ可能性は十分納得できることから、著者らはこの変異がADを防ぐ原因であると決めて研究を進めている。

まず患者さんの脳を調べると、期待通り強いアミロイド沈着があるにも関わらず、Tauのフィラメント形成や、脳の萎縮はほとんどないことから、APOE変異により、アミロイド沈着の効果がTauの変化に伝わらず、神経変性が起こらないことを突き止めている。

さらにこの変異APOE3部位がHeparan sulfate proteoglycan結合部位であることから、この結合を阻害することでアミロイドプラークができても脳機能が保てることがわかった。

結果は以上で一例ではあるが、アミロイドプラークができても脳萎縮の起こらない秘密がかなり解明された。おそらくAPOE3のHSPG結合部位を阻害することが新しいAD治療の標的になるだろう。素晴らしい症例報告だと感じ入った。

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11月6日 遺伝病が薬で治る日(10月31日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2019年11月6日

遺伝子変異があるからと言って、遺伝子導入しか治療法がないと考える必要はない。全くタンパク質が作られない変異はともかく、作られたタンパク質の機能異常による病気の場合、欠けた機能を回復させるための薬剤が開発できる可能性がある。この戦略が成功することを示す典型がクロライドチャンネルの一つCFTRの変異に起因する嚢胞性線維症(CF)の薬剤治療で、このHPでも一度紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3450)。

CF患者さんの約9割(世界全体では73%)は、片方あるいは両方の染色体でCFTRの508番目のフェニルアラニンが欠損した変異タンパクが作られるタイプで、この変異の結果、1)細胞膜への輸送、2)細胞質内での安定性の低下、そして、3)クロライドチャンネルの閾値の低下が起こる。これに対し、それぞれの異常を別々に改善するための薬剤が開発され、臨床治験が行われてきた。その結果、個々の薬剤では大きな改善が見られないが、分子のプロセッシングを改善して細胞表面上のCFTRを増加させるtezacaftorとチャンネルの閾値を下げるivacaftorの組み合わせにより、変異遺伝子をhomozygousで持つCF患者さんには効果が認められることが示された。

今日紹介するテキサス大学を中心とする国際チームの論文は、2剤併用では効果が低かった、片方が508番アミノ酸欠損、もう片方はほとんど機能が欠失した様々な変異が集まった患者さんに、これまでの2剤とともに、新しい次世代機能安定化剤を加えて、細胞あたりの機能性タンパク質の量を増やす3剤を試した治験で10月31日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Elexacaftor–Tezacaftor–Ivacaftor for Cystic Fibrosis with a Single Phe508del Allele(片方がPhe508del変異を持つ嚢胞性線維症に対するElexacaftor–Tezacaftor–Ivacaftor3剤治験)」だ。

治験では403例の患者さんを無作為に2群に分け、片方は3剤、もう片方は偽薬を投与し、24週間肺機能(1秒率)、肺症状の一過性増悪、汗のクロライド量、などの検査とともに、自覚症状に基づく基準も用いて評価している。

結果は全ての患者さんが、全てのテストで、しかも2週間目から劇的に回復し、24週まで回復状態を維持できたという結果だ。汗中のクロライドの濃度が急速に下がっていることから、確かにCFTRの機能が回復できたことも確認できる。一方副作用の方は24週間で偽薬群と特に変わりがなく、十分長期の服用に耐えるという結果だ。

この治療は全てVertex社により開発されたもので、2012年にチャンネル閾値が低下している変異をivacaftorにより改善させられることを明らかにしたあと(この時約5%の患者さんが治療可能になった)、安定化のための薬剤を一つづつ開発、2018年2剤併用で全体の46%の患者さんが治療可能になり、そして今回の治験で90%の患者さんを治療できるようになった。すなわち、ついに患者さんたちの夢が叶ったことになる。

このような論文を読むと、医学は着実に発展しているという実感を持つ。

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11月5日 相分離によるタイトジャンクション形成(10月31日号Cell掲載論文)

2019年11月5日

11月29日5時半ぐらいから、最近多くの論文が発表されている、相分離による分子機能についてジャーナルクラブを提供する予定にしている。これは、昨年までJT生命誌研究館で一緒だった平川さんから是非ジャーナルクラブで取り上げて欲しいというリクエストに応えたもので、実際には物理化学的な側面は無視して、相分離がどれほど流行っているのかを紹介できたらいいと思っている。

いずれにせよ、相分離はスーパーエンハンサーやクロマチンの濃縮など、特定の分子が濃縮される過程を、一定の濃度に達すると周りの液相から分離して自然に濃縮する、相分離をおこすタンパク質固有に備わった性質で説明しようとするもので、おそらく生命現象の様々な過程に利用されていると思う。全く根拠はないが生命が生まれる時も、この過程により様々なタンパク質が濃縮されたのかもしれない。その意味で、当分は相分離に関わるタンパク質探しと相分離調節機構を調べる研究は続くだろう。

今日紹介するドイツ・ドレスデンのマックスプランク分子細胞生物学・遺伝学研究所からの論文は接着に関わるタンパク質が濃縮されているタイトジャンクション形成にZO1、ZO2タンパク質の相分離が関わることを示した研究で10月31日号のCellに掲載された。タイトルは「Phase Separation of Zonula Occludens Proteins Drives Formation of Tight Junctions (閉鎖帯タンパク質の相分離がタイトジャンクションの形成を駆動する)」だ。

この研究ではタイトジャンクション(TJ)ができる時、閉鎖帯タンパク質、ZO1とZO2が相分離するのではという仮説から入り、まずZO1/2が経口標識された細胞を作り、細胞質のZosの濃度を測ると、TJでは80倍に濃縮されることを確認、相分離が存在すると確信している。

次に、TJを作らない細胞で大量にZosを発現させると、期待通り細胞質内で相分離した液滴を形成する。また、アクチンの重合を阻害すると、それまで線状に分布していたZO1が水滴状に変わることを示して、アクチンによりこの分布が決められていることを示している。そして、精製してきたZosタンパク質が一定の濃度になると試験管内で相分離した液滴を作ることを明らかにする。

この一連の実験が、この研究のハイライトで、あとはZosタンパク質が相分離する様々な条件を探り、最終的に細胞膜状でTJが形成される過程を解析している。これは詳細に及ぶので全部省いて、最終的に到達したシナリオを最後にまとめると次のようになる。

まずZO1/2は細胞同士の接着班が形成されるとそこに急速に集められる。そして一定の濃度に達すると相分離を起こすが、この時リン酸化や2量体形成などを通じた相分離を止める仕組みをZOsは持っており、タンパク質が開いた構造をとるようにこの過程を調節することで相分離に必要な閾値が決められる。

一旦ZOsが相分離を始め足場が形成されると、クロージンやオクルージンなど、亡くなった月田さんたちがクローニングしたタンパク質が分離した液滴に集まる。これにより重要な分子が、TJ部分に相分離した足場に濃縮して最終的にアクチンなどと結合することで連続したTJを形成する。

月田さんや竹市さんから、美しい接着部位の細胞構造の写真を見せられてきたが、確かに相分離を頭に入れると構造がより理解できる気がするから不思議だ。

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