1月21日 エイズウイルスは自然免疫をどう逃れるのか?(Natureオンライン版掲載論文)
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1月21日 エイズウイルスは自然免疫をどう逃れるのか?(Natureオンライン版掲載論文)

2019年1月21日

私たちの体にはウイルスに対する様々な抵抗手段が備わっているが、全てウイルスを感知するところから始まる。抗体やT細胞による免疫反応は、ウイルス抗原を処理し、ペプチド抗原としてT細胞に提示するところから始まるが、これ以外にも自然免疫システムがあり、多くの場合侵入してきたウイルスの核酸を認識して、インターフェロンなど自然免疫反応が誘導される。逆に、人工的に合成した核酸でこの感知システムを刺激するのが、拡散アジュバントだ。

エイズウイルスなどRNAウイルスの場合、侵入したRNAが宿主のRNAと区別して感知されるのだが、これはホストRNAのリボースの一つの水酸基を2’O―MTaseでメチル化することでウイルスから区別されている。すなわち、このマークがないとウイルスのセンサーに引っかかる。もちろんウイルスの方もさるもので、ホストと同じ2’O―MTaseを使って自分のRNAを2’Oメチル化してセンサーを逃れる種類がある。しかし、自分で2’O―MTaseを持っていなくとも、自然免疫を刺激しないウイルスもあり、その一つがエイズウイルス(HIV)だ。このため、HIVも何らかの方法で自らのRNAを2’Oメチル化していると考えられる。

今日紹介するフランスモンペリエ大学からの論文はHIVが自然免疫を逃れるメカニズムを明らかにした、結構オーソドックスな研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「FTSJ3 is an RNA 2′-O-methyltransferase recruited by HIV to avoid innate immune sensing (FTSJ3はRNA2’-O-メチル基添加酵素をリクルートして自然免疫の感知を逃れる)」だ。

あとでデータが示されるが、著者らはHIVも2’Oメチル化されることで自然免疫に感知されないことを知っていたと思う。もしウイルスゲノムに2’Oメチル化酵素が存在しないなら、ホスト細胞の2’Oメチル化酵素をウイルスも使うシステムがあるはずだと考えた。そこでHIV のLTRを活性化するRNA-結合タンパク(TRBP)に注目し、これが2’Oメチル化酵素をHIV RNAに連れてくると考え、TRBPに結合するタンパク質を探索したところ、2’Oメチル化酵素活性を持つFTSJ3を特定することに成功した。

実際HIVを感染させた細胞でもFTSJ3とTRBPが結合しており、またTRBP結合サイト(TAR)を持つHIV-TAR-RNAにリクルートされることも明らかにしている。そして、HIVウイルス粒子内のRNAが2’Oメチル化されており、感染細胞からFTSJ3をノックアウトすると、ウイルスRNAのメチル化が抑制されることを明らかにしている。すなわち、最初考えられた様にウイルスはTRBP と結合する能力を身につけることで、TRBPが2’Oメチル化酵素FTSJ3を利用して2’Oメチル化し、自然免疫から逃れられる様になる。

最後にこのシナリオを確認するため、FTSJ3欠損した細胞で合成させたHIVを単球細胞株に感染させると、インターフェロンが合成されることを確認している。すなわち、FTSJ3がウイルスを2’Oメチル化し、自然免疫から守っていることを証明した。

またHIVの一つの弱点が見つかり、今後ひょっとしたら治療につながるかもしれない。とはいえこんな論文を見ていると、動物と病原体の間で続いている永遠の競合をひしひしと感じることができる。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月20日 遺伝子組み換え大腸菌を用いて高アンモニア血症を治療する(1月16日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年1月20日

体内のアンモニアのほとんどはは腸と腎臓で合成されるが、肝臓内で尿素に変換され無毒化されるが、肝硬変や解毒システムの突然変異により、血中のアンモニア濃度が上がると、脳に侵入して神経細胞が消失し、様々な脳症状が発生する。アンモニアの多くが腸内細菌により合成されることから、抗菌剤を投与することでアンモニア濃度を下げることも治療の一つとなっている。

今日紹介する米国のベンチャー企業Synlogicからの論文は、腸内細菌を殺菌する代わりに、腸内に存在するアンモニアをバクテリアの合成サイクルを用いてアミノ酸に変えてしまおうという研究で、1月16日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「An engineered E. coli Nissle improves hyperammonemia and survival in mice and shows dose-dependent exposure in healthy humans(操作したNissle大腸菌は高アンモニア血症を軽減し、マウスの生存を伸ばし、容量依存的効果を示す)」だ。

確かに言われてみるとなるほどと納得するが、アンモニアをバクテリアに処理させるなど凡人にはなかなか思いつかない。この会社では、これまでもプロバイオに用いられ安全性が確認されている大腸菌の系統のアルギニン合成経路に関わる様々な遺伝子を系統的に変換し、Synb1020と呼んでいるアンモニアを消費してアルギニンを合成する大腸菌を作り上げる。この研究は、Synb1020の前臨床研究と第1相試験になる。

まずマウスを用いた実験で、Synb1020が腸に定着し、アンモニアからアルギニンを合成できること、またアンモニアを解毒できないマウスや、チオアセトアミド投与による急性冠不全モデルを用いて、Synb1020投与が血中アンモニアの濃度を低下させ、マウスの生存を伸ばすことを示している。また、マウスや猿のモデルで、このバクテリアが腸以外の場所に移動しないこと、それ自身の毒性は強くないことを確認している。

最後に、健常人に量をエスカレートしながら投与する安全性試験を行い、5 × 10 11以下では副作用はないが、それ以上だと吐き気など軽い症状を示す人が出てくること、またアイソトープを用いた実験で、ヒトの腸内でもアンモニアを処理していることを示している。

結果は以上で、あとは肝不全で高アンモニア血症の患者さんに使うだけだ。アイデアは面白いので、ぜひ進めてほしい。もしうまくいけば、酵素欠損で肉親からの肝移植を待つ子供達にも朗報になるのではと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月19日: 子癇前症(妊娠高血圧腎症)の発症メカニズムと治療(1月10日Cell掲載論文)

2019年1月19日

妊娠後期に妊婦さんが発作的に痙攣や失神を起こす恐ろしい病気があり子癇という難しい病名が付いているが、この発作の背景にある状態が子癇前症、現在では妊娠高血圧腎症と呼ばれている、妊娠時に起こる高血圧、末梢循環障害に伴う、腎臓病で、私が習った時はもちろん、現在までメカニズムが不明で、従って対症療法に頼り、出産してしまう以外の根治方法はなかった。

今日紹介するスイスチューリッヒ大学からの論文は子癇前症の分子メカニズムを明らかにし、治療可能性を示した画期的な研究成果で、1月10日号のCellに掲載された。タイトルは「Beta-Arrestin1 Prevents Preeclampsia by Downregulation of Mechanosensitive AT1-B2 Receptor Heteromers (Beta-arrestin 1 preeclampsia by downregulation of mechanosensitive AT1-B2 receptor heteromers (AT1-B2ヘテロ受容体の機械刺激感受性をベータアレスティンが低下させ子癇前症を防ぐだ)。

これまでも子癇前症では血管平滑筋のアンギオテンシンII(AT2)感受性が、その受容体の発現が上昇することで高まって起こると考えられていた。この時AT2のシグナルを伝えるAT1にもブラディキニン受容体B2が合わさると、AT2に対する感受性が高まり、血管が強く収縮するのでこれが子癇前症の背景になっているとされていた。

この研究ではこの可能性を調べるため、AT1とB2の平滑筋での発現が2倍程度に上昇し、AT2に対する感受性が上昇しているトランスジェニックマウスを作り実験に用いている。まず、妊娠後期で子癇が現れるということは、胎児が成長して血管が機械的刺激にさらされると、収縮が起こると考えられるが、このトランスジェニックマウスでも機械的刺激が血管収縮を誘導し、妊娠すると子癇前症を発症すること、この反応がAT1とB2のヘテロ2量体形成により起こることが明らかになった。

以上の結果は、AT1/B2ヘテロ2量体形成を抑えることで、子癇前症での血管収縮を抑制できる可能性がある。これを確かめるべく、ヘテロ2量体を分離させる働きがあるβアレスチンと呼ばれる分子をレンチウイルスベクターに運ばせてマウスに導入すると、平滑筋症状が低減されることが明らかになった。以上の結果から、子癇前症では、様々な原因でAT1/B2の発現が上昇するとともに、両者の2量体形成を分解させるβアレスチンの活性化がうまく働かないと、受容体の感受性が高まり、妊娠により機械的な刺激を受けることで、血管が収縮し、子癇前症が起こると考えられる。

したがって、AT1/B2の発現を下げ、アレスティンの活性を高めて、2量体を分離させることが有効な治療になると考えられる。この研究では最後に,このアレスチンによる2量体の分解活性をTRV027と呼ばれる薬剤が促進すること、また高血圧によく使われるカルシウム拮抗剤のうちのアムロジピンがアレスチンの発現を高め、AT1/B22量体形成を阻害することを発見する。

TVR027はまだ認可された薬では無いので、この研究では最後に子癇前症の患者さんにアムロジピン、ニフェジピン(異なるタイプのカルシウム拮抗剤)、平滑筋弛緩剤ヒドララジンを別々に投与して、その効果を比べると、全て血圧降下という点では同じだが、子癇前症のマーカーとなる血中FLT1の上昇はアムロジピンのみで抑制された。また、マウスの子癇前症モデルでも効果が見られるので、今後、子癇前症の場合血圧を下げる薬剤としてはアムロジピンを第一選択にするのがいいことがわかる。また、TVR027あるいは同じメカニズムを持つ薬剤の開発も完成されれば、子癇前症にも対応できる可能性が高い。臨床に即繋がる基礎研究のお手本のような論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月18日 アミロイドβの生理機能(1月11日号Science掲載論文)

2019年1月18日

今年ももちろんアルツハイマー病や、パーキンソン病など、多くの神経変性疾患の論文を紹介したいと思っている。個人的印象だが、パーキンソン病は様々な治療方法が臨床試験として行われるようになっている。遺伝子治療については、第3相が進んでいると思うし、わが国では高橋さんが細胞治療の治験を始めている。しかし、アルツハイマー病については、多くの治験が失敗に終わり、なんとなく悪いムードが漂っているような印象だ。このような時は、基礎から考え直す時期なのかもしれない。

実際、アルツハイマー病の原因かもしれないと最も疑われているアミロイドβ(Aβ)はもともと生理的な機能が存在することなど、あまり気にしたことがなかった。今日紹介するベルギー・ルーヴァンカトリック大学からの論文はAβが持つ本来の神経機能を調べた論文で1月11日号のScienceに掲載されている。タイトルは「Secreted amyloid-β precursor protein functions as a GABA B R1a ligand to modulate synaptic transmission(分泌されるアミロイドβタンパク質はGABAbR1aのリガンドとして作用してシナプスを調節する)」だ。

正直私自身Aβの本来の機能についてあまり考えたことはなかった。しかし、Aβの前駆体遺伝子をノックアウトすると、様々な神経症状が出ることがわかっており、シナプスの機能に何らかの役割があると考えられるようになっていた。

この研究では分泌型に切断したAβ前駆体(sAPP)と結合するタンパク質をいくつかの方法でスクリーニングし、GABAbR1aと結合すること、そしてGABAbR1a受容体を導入した細胞との結合アッセイでsAPPのExD部位がGABAbRのsushi1部位に結合することを明らかにしている。

次にsAPPの生理活性を、海馬の培養神経細胞のシナプス伝達活動を用いて調べ、GABAbR刺激剤と同じように、前シナプスを刺激してシナプスでの神経伝達分子の分泌を抑制する方向に働いていること、この効果がグルタミン酸作動性シナプス、GABA作動性シナプスの両方で見られることを確認している。

次は脳レベルでのsAPPの機能を調べるため、海馬を切り出して培養するスライス培養で、GAGAbRを発言する海馬神経回路にsAPPを加え、シナプス伝達後の神経の興奮を調べると、期待通りこの回路でのシナプス伝達因子の分泌を抑制し、興奮を抑制する働きがあることを確認できる。また、同じ効果がExD部分の短いペプチドだけでも見られることも明らかにしている。

最後にAPPの海馬神経活動への作用を、カルシウムに反応して誘導される蛍光反応で調べるアッセイを用いて調べている。マウス海馬にこのペプチドを注射すると、試験管内での実験と同じで、神経興奮を抑制する作用があることを確認している。

話はこれだけで、APPノックアウトマウスで異常が起こるのがわかっているのに、どうして今までこのような研究ができていなかったのか、逆に不思議に感じる論文だった。もちろんこの結果は、アルツハイマー病の一部の症状を説明することができる。抑制性の因子として働いていることから、アルツハイマー病でsAPPの分泌がおかしくなると、神経興奮が高まると予想できるが、実際病気の初期に神経興奮が高まるという報告はある。また、初期のアルツハイマー病患者さんでGABAbRを刺激すると、記憶力がある程度回復できるという報告もあるようで、この結果を踏まえた治療法の開発も進むかも知れない。何れにしても、Aβに生理機能があって当たり前なのに、考えもしなかったとは恥ずかしい話だ。

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1月17日:遺伝子組み換え食品に強硬に反対する人ほど科学のことはよく理解しているというが、実際は科学的知識に欠けている(Nature Human Behaviour オンライン掲載論文)

2019年1月17日

2日間、専門的な論文の紹介が続いたので、今日は息抜きの意味で、一般の方でも関心のある遺伝子組み換え食物についての論文を紹介する。遺伝子組み換え技術なしに、今や生命科学はあり得ないし、これについて何も知らずに生物学者を名乗ることはほぼない。従って、よほど人体に危害を加えようとする意図を持って植物や動物の遺伝子を変えない限り、遺伝子組み換え食物(GMO)を食べたところで、何も起こらないことを生物学者はよく理解している。もともと、遺伝子を他の個体に導入することは簡単ではなく、食べたぐらいで簡単に移るなら遺伝子治療はずっと簡単になる。実際、食べた食物のに含まれる核酸は膵臓から出る核酸分解酵素でヌクレオチドに分解されてしまう。

  もちろんGMOに全く問題がないわけではない。例えば、殺虫剤に耐性の遺伝子を植物に導入することで、野生の植物を殺す目的で殺虫剤をより多く使うようになり、残留薬品の濃度が上がることは今問題になっている。しかも、組み替え自体は、自然の生態系を破壊する可能性があり、自然界に組み換え植物が広がるのが危険なことは明白だ。その意味で、私もできるだけGMOに頼る農業や漁業は避けたほうがいいと思う。とはいえ、組換えた遺伝子そのものは無害だと思っている。ところがこの話になると、強硬にGMOは組みかえられた遺伝子自体も有害であると主張される方がいる。理由として、会社のデータが信用できないとか、慢性疾患が増えてきたなど、因果性とは言えない根拠が挙げられ、生物学的知識については首を傾げたくなる。

この問題に真っ向から取り組んだのが今日紹介するコロラド大学、ワシントン大学、トロント大学、ペンシルバニア大学が共同でNature Human Behaviourに発表した論文だ。タイトルは「Extreme opponents of genetically modified foods know the least but think they know the most (遺伝子組み換え食品に強硬に反対する人ほど科学のことはよく理解しているというが、実際は科学的知識に欠けている)」だ。

この研究の目的は、遺伝子組み換え食物と地球温暖化の2つの問題について、科学者の一般的意見に対して反対する人の科学知識について、主観的評価と客観的評価を比べることだ。そのため、1000人の米国に住む成人について、1)GMOを受け入れるという1段階から絶対反対の7段階まで、GMOに対する反対度についての自己評価、2)自組み換え食物についての知識レベルについての自己評価、そして最後に、3)テストによる客観評価(テストは簡単なもので、例えば「全ての植物はDNAを持っていますか?」といった程度)を行なっている。そして、それぞれの項目でのスコアを元に、GMOへの反対の強さと科学知識の評価との相関を計算している。また同じようなテストを科学者内でも意見が分かれる地球温暖化についても行なっている。

GMOについてみると、結果は極めて明瞭で、強硬に反対する人ほど自分では知識を持っていると自信を持っているにも関わらず、客観テストでは点数が低い。一方、GMO自体には問題はないと考えている人は、自分の科学知識は足りないと謙虚に評価するが、実は反対派の人より生物学的知識を持っているという結果になる。

これが米国だけの特殊な結果でないことを確認するため、同じ調査をドイツやフランスでも行っている。面白いことに、強硬に反対する人ほど自分の科学知識に自信を持っているという傾向は同じだが、客観的知識に関しては少し低下している程度で、米国ほど有意な差が認められないという結果だ。すなわちドイツ、フランスは一般的科学リテラシーが高い。そこで、ヨーロッパで独自に行われていたGMOへの反対の程度と遺伝子組み換えに関する客観的知識の相関を見た調査を調べ直し、25カ国中20カ国で米国と同じように、反対派ほど知識がないことを確認している。

並行して行われた地球温暖化については、同じような明確な傾向は認められず、この結果が科学全般に適用できるかどうかはわからないという結果になっている。

結果は以上だが、科学者にとって反対派をバカにして喜べるという話ではない。すなわち、いくら科学のリテラシーを上げる努力をしても、結局強硬に反対する人は自分は知識を十分持っていると思っており、リテラシーを高める教育には見向きもしないという結果で、今まで通りの方法ではすれ違いを解消することは出来ないことを意味している。さてどうするのか科学者自身が真剣に議論しなければならない。

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1月16日:嗅覚受容体の選択(Natureオンライン掲載論文)

2019年1月16日

ニオイ、すなわち空気中の化学物質と結合して嗅覚細胞を興奮させる嗅覚受容体の研究には、免疫学者も多く参加しているように思う。これは、抗原と結合する抗原受容体の遺伝子と同じで、一つの細胞がマウスで言えば1000種類以上ある遺伝子の中から、一つだけの受容体を発現しているからだ。最初、抗原受容体と同じで、遺伝子の組み換えによる再構成が関わるのではと考えられた時期があり、それで免疫学者も参入したが、結局まるで違うメカニズムが用いられていることが明らかになった。すなわち一つの受容体遺伝子を除いて、他の遺伝子をエピジェネティックにサイレンシングすることで、1細胞1受容体が実現されている。ただ、この過程を調節するメカニズムについては、私自身は最近ほとんどフォローできていなかった。

今日紹介するコロンビア大学からの論文はこの機構に関する最近の研究の集大成のような研究で嗅覚受容体遺伝子の一つが最終的に選ばれる過程をよく理解させてくれた。タイトルは「LHX2- and LDB1-mediated trans interactions regulate olfactory receptor choice (LHX2とLDB1が媒介する離れた領域の相互作用が嗅覚受容体の選択を調節している)」だ。

さて、この論文を理解するには、Greek island(ギリシャの島)と呼ばれている嗅覚受容体のクラスターに隣接する領域のことを知っておく必要がある。嗅覚受容体は複数の遺伝子が集まったクラスターを形成しており、このクラスター(OFCと呼ぶ)には必ずLHX2とEBFが結合できる領域を持ち、OFC同士の核内での相互作用に関わる領域がある。ギリシャの島々のように核内に散在しているのでGreek Island(GI)と呼ばれるようになったのだろう。そして、発現している受容体は、必ずこのGIを介して多くのクラスターと隣接していることがわかっている。

この研究では、FACSを用いて、未熟な幹細胞(HBC)、少し分化した中間段階(INP)、そして完全に分化した嗅覚細胞(OSN)を取り出し、それぞれの細胞でHi-Cを用いて、どのゲノム部分が核内で隣接しているのかを調べている。普通このアッセイでは、TADと呼ばれるユニット内で遺伝子が隣接しているのがわかり、他の特定の染色体部分と隣接することが検出されることはほとんどないが、分化したOSNでは離れた染色体の特定の領域にある嗅覚受容体遺伝子クラスター(OFC)同士が隣接して存在することがわかっている。ところが、未分化なHBCではOFC同士の領域は隣接が認められず、分化が進むに従って徐々に現れてくる。すなわち、嗅覚細胞分化と共に、OFC同士が集合することがわかった。

それぞれのOFCにはGIが隣接しているので、GIがこのOFCの集合に関わるのではないかと、63個存在するGIの中の3つをゲノムから除去すると、それに隣接するOFCは他のOFCと集合を形成しなくなり、そこに存在する嗅覚受容体の発現も強く抑制される。すなわち、GIがこの集合を調節している。

次にGIに結合しているLHX2遺伝子をHBCから除去した後、分化を誘導すると、OFC同士の集合が見られなくなり、嗅覚受容体の発現も抑制される。そして、LHX2がLDB1と呼ばれる共にGIに結合し、OFCの集合形成に関わっていることを明らかにしている。

最後に、異なる嗅覚受容体を発現している細胞で、発現している受容体と、それ以外の受容体遺伝子の集合形成を比べると、発現しているOFCの周りだけでGIの集合が起こることを明らかにしている。GIはEBに結合する一種のエンハンサーで、発現嗅覚受容体の周りに、GIが集まることは、すなわち多くのエンハンサーが集まることで、その結果最も効率的にGIを集めるのに成功した受容体が発現する事になる。

以上、嗅覚細胞の分化に伴って、まずゲノム中に散らばったOFC領域が同じ場所に集まり始める。こうして集められた個々のOFCにつながった GIにLHX2とLBD1が結合してGIが集まることで、強いエンハンサー活性を持もつスーパーエンハンサーが形成されるが、これが最終的に、それもおそらくランダムに、集まったクラスターの中の一つの受容体にリクルートされ、強く一つの受容体だけが嗅覚細胞で発現されるというシナリオだ。

もちろん、その上で他の受容体やOFCにはエピジェネティックなサイレンシングがかかるのだろう。この結果、一つの受容体だけが強く発現した嗅覚細胞が出来上がる。

この論文を読むことで、染色体の3次元構造が研究を通して、嗅覚受容体の選択についても、わかりやすいモデルができていることがよくわかった。

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1月15日 自閉症のiPSを用いて何ができるか?(Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2019年1月15日

自閉症は人間の最も高次な脳の変化により、非典型的な行動が起こるのだが、その背景には必ず多くの分子の非典型的行動があり、それをベースに細胞レベル、発生レベル、脳構造レベル、神経ネットワークレベルと、非典型性はますます複雑に拡大していく。このため、行動を支配する神経ネットワークの非典型性にしても、自閉症との相関性は明らかにできても、明確な因果性を理解できるところまではいっていない。当然、発生や細胞レベル、そして分子レベルとなると、因果性をはっきりさせることなど、夢のまた夢に近い、それでも、各レベルが統合されている限り、なんとか相関性を積み重ねて、因果性にまでつなげたいと、研究者は膨大な努力を払っている。その一つが、iPSを使って、分子レベル、細胞レベル、発生レベルを繋ごうとする研究だ。

自閉症に限らず、高次の精神疾患の細胞レベルの解析にiPSを積極的に使っているのがソーク研究所のFred Gageのグループで、創意に満ちた面白い研究を続けている。今日紹介するのは彼らが患者さんからのiPSを用いて自閉症を解析した研究で、実に様々な問題にチャレンジしており、iPSで何ができるかを考える上で大変参考になる。タイトルは「Pathological priming causes developmental gene network heterochronicity in autistic subject-derived neurons(自閉症では文化のタイミングの異常で発生のネットワークの時間の同期生が失われる)」で、Nature Neuroscience オンライン版に掲載された。

すでにこのコラムでも2回紹介したが(2017,6.11 & 2017,2,18) 一部のASD患者さんはMRIを用いて生後1年までに診断が可能だ。すなわち脳の一部の体積の増大を指標に診断ができる。この研究はこの早期に診断された患者さんのコホートから脳の構造変化が見られる8人のASDからiPSを作成している。すなわち、ASDという症状だけでなく、発生過程での構造変化が確認された症例のiPSを使うことで、発生過程と構造を結びつけようとする計画だ。

まず樹立したiPSを大脳皮質神経細胞へ分化させる過程での遺伝子変化の正常からのずれを調べている。最初神経幹細胞(NSC)を誘導し、それを他の細胞から取り出して、14日間のプロトコルで分化誘導をかける。分化が進む14日間、神経細胞をFACSで純化し、その細胞の遺伝子発現を調べ、正常iPSとASD由来iPSからの分化を調べている。実験自体はあまりに膨大なので全ての詳細を省くが、このiPS、NSC,そして分化細胞へと進む過程で、ASD 由来細胞は通常分化が始まるとすぐに発現が下がり、その後徐々に発現が上昇するパターンを示す一群の分子(TM1遺伝子群と呼んでいる)だけが、正常に比べて全ての期間で発現が高いことを見出している。

このTM1と呼ぶ遺伝子群には、例えば軸索伸長必要な遺伝子など神経の分化にかかわる分子が多く、分化誘導後4日ぐらいで同期して動いてくるので、なにかの刺激に反応して発現が誘導されて分化に働く遺伝子であることがわかる。しかも、この変化に一致して培養中の神経細胞の軸索伸長が高まり、複雑な形態を示すことも分かった。また、同じような異型性を、3次元培養で作った脳組織でも確認している、。

これだけでも面白いのだが、Gage たちは現象論をなんとか因果性へと引き上げるための努力を惜しまない。 彼らが急に発現が変化することを発見したTM1遺伝子群の中からオーガナイザーとしての作用が強いFBX03を中心に、正常NSCに導入し、正常細胞の分化のタイミングが変わり軸索伸長が高いASD型に変化することを明らかにする。

さらに、Gage グループならでの極めつけは、NSCに異常分化誘導がかかることでASD型の細胞変化が出るとすると、NSCをすっ飛ばしてiPSから直接分化神経細胞を誘導すればASD型の異常は起こらないはずだと、iPSからNSCを飛ばして神経を誘導する実験系を構築して調べている。結果は期待通りで、iPSから直接分化したASDの神経細胞は、ASDの異常が正常化していることを明らかにする。

そして最後に、ASDでおこる異常分化誘導の前後で染色体の開き具合を調べ、大きなエピジェネティックな変化がTM1遺伝子で起こっていることを発見する。

以上の結果をもう一度まとめると、一般的なASDでは神経幹細胞から分化が始まる早い段階で、まだ特定できないシグナルが入って、TM1と分類した遺伝子群の染色体が開いて、文化に関わる遺伝子の発現が上昇し、その結果軸索がより強く伸長したりして、解剖学的異常が誘導される。この異常シグナルをスキップできれば、ASD型の細胞変化は起こらない。また、ASD型の誘導にはFXOB3などのマスター遺伝子も関わっているという話になる。

ともかく、シナリオを完成させるために、これでもか、これでもかと実験が行われている研究だが、iPSでこれだけのことが可能であることを示すお手本になっていると思う。

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1月14日:わが国の国際捕鯨委員会からの脱退について(NatureとScienceのコメンタリー)

2019年1月14日

昨年わが国は国際捕鯨委員会(IWC)から脱退したが、大手メディア報道を読むと、否定的意見が多いように思う。もともとクジラの消費は先細りで、漁業として極めて小さな経済活動に過ぎず、将来後継者もままならない捕鯨と引き換えに、わが国が国際協調を破る国であると言う汚名を切るのは、あまりにも損失が大きいと言うロジックのように思える。

私自身の印象はと言うと、やはり悪い。私は残り少なくなったクジラ給食世代だが、クジラを食べることなど10年に一度あるかどうかだ。しかも、最後に食べたのは、アイスランド旅行に行った時で、一緒に旅行したスウェーデン人のMartin君が注文したのをつまんだだけだ。とすると、たしかにこの程度の話で、反環境、反生物保護の烙印を押されるのは大損していると思う。それでも、クジラを殺して食べることがけしからんという論理には与しない。一方、もし絶滅の危険があり、生物多様性がまた失われるなら、好きなマグロでも我慢する。その意味では、動物保護の問題を感情問題と政治問題にしてしまうのが一番問題だ。

流石にクジラを食べる「蛮行」に対する感情問題は無視するとしても、多くのメディアはこの議論を政治的観点から行なっているように思う。これに対し、先週号のNatureとScienceに揃って、この問題をあくまでもクジラの絶滅を防ぐという科学的観点から捉え直した冷静なコメントが載っていたので紹介することにした。

まずScienseの方だが、私も現役時代何度も話す機会があったScienceアジアのコレスポンデンス、Nomileさんが書いている。タイトルは「Japan’s exit from whaling group may benefit whales (日本の捕鯨グループからの脱退はクジラにとっては良いことだ)」だ。

Nomileさんのポイントは以下のようにまとめられるだろう。

1)2000年以降の日本で消費される大半は調査捕鯨から得られたクジラで、今回調査捕鯨が中止になることで、捕獲されるクジラの数は半減することが予想される。さらに、日本は現在のレベル以上にクジラを捕獲しないことを表明しており、IWC脱退でさらにクジラが減るというのは根拠がない。

2)クジラの頭数が回復したという証拠が増えてきている。一方、これとは無関係にIWCでの議論がクジラを殺すことが残酷だという倫理問題に移行していた(実際の沿岸捕鯨はほとんど網で捕獲している)。

3)日本が脱退することで、IWCの食用を巡る議論から、例えば船との衝突、漁網による障害など、これまでないがしろにされていた重要問題を議論することができる。

要するに、クジラの保護に関する科学という観点から、日本の脱退に目クジラを立てるほどのことはないと、ヒステリックで政治的な対応を暗に批判する記事になっている。

Natureのほうは、編集室からの意見として示されており、タイトルは「Save the whales, again (もう一度クジラを救おう)」だ。ただ論旨はNomile さんとほぼ同じで、一番問題にしているのが、IWCの議論が、科学者の議論から、政治的議論に変わっていた点だ。その意味で、日本の脱退は間違いなく国際協調という点から後退を意味するが、IWCが本来の姿に戻るためのいいきっかけになることを強調している。その上で、実際毎年30万頭のクジラ、イルカ、シャチが、船との衝突や漁網による障害で殺されていることを明確な数字をあげて示し、日本と終わりのない政治議論を続けるより、このような新たな問題に取り組むことのほうがクジラの保護に寄与することを強調している。

いずれも科学誌ならではの論調で、捕鯨を道徳や文化の問題にせず、あくまでも生物多様性の維持という科学的問題として議論することの重要性を強調している。科学とは何かを考えるとき、合理的反証が可能かどうかが科学的かどうかを決める条件になるとするカール・ポパーの考えに私も全面的に賛成だ。そう考えると、社会問題も含め何事も、合理的結論を得るためには科学が必要であることを明確に示した、科学雑誌ならではの重要なコメンタリーだったと思う。

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1月13日新しいサイトカインをデザインする(1月9日号Nature掲載論文)

2019年1月13日

今年は私の都合で講義ができなくなってしまったが、京大皮膚科の椛島さんの厚意で、皮膚科の授業として「皮膚科で習えない皮膚の話」と題して、皮膚にまつわる進化の話をさせてもらっている。この時最初に話すのが、2014年に発表された象ザメのゲノムの話だ(Nature 513:574, 2014)。読んだことのある人なら間違いなく驚いたと思うが、免疫学的に最も原始的なサメでは、私たちがCD4T細胞の機能を支える分子として理解している分子群がCD4をはじめとしてほとんど存在しない。その中には、最初の頃にわが国で遺伝子クローニングされたIL2, IL4,IL5もふくまれており、またTregの転写因子FoxP3やリンパ節誘導に関わるinducer cell の転写因子RORγも存在しない。すなわち、これらは免疫系が複雑化するとともに後から生まれてきたことになる。ではこのサメでのT細胞の基本形は何かというと、CD8T細胞で、インターリューキンで重要なのはIL15とIL7だけだ。すなわち、長いCD4T細胞研究の成果が、写真のネガのように象ザメゲノムから抜けている。

前置きが長くなったが、今日紹介するワシントン大学からの論文は進化とは無関係の構造有機化学の話だが、もう一度進化を逆回しするという話に思えたので紹介することにした。タイトルは「De novo design of potent and selective mimics of IL-2 and IL-15 (IL2とIL15の作用を持つ疑似体を新たに設計する)だ。

この研究の目的は、IL2の持っている生物学的な不具合を直した新しいリガンドをコンピュータでデザインすることだ。IL2はT細胞を増殖させる強い活性があるのに、あまり臨床で使えないのは、その原因がよくわからないさまざまな副作用が出るからだが、最近の研究から、CD25がないマウスではこのような副作用が減ることが知られていた。そこで、IL2でCD25に結合しない分子を設計しようと試みている。IL2もCD25も象ザメに無いので、一種の進化の逆戻りを試みているようにわたしには見えた。

IL2受容体はα(CD25)とβ、γの3分子が集まってできているが、IL2とこれら受容体との結合の構造的解析を行い、βγに結合する4本のヘリックスをスタートに、ここはよく理解できていないがコンピュータを使った分子設計を行い、最終的にβγに強い結合性を持ち、STAT5を強く活性化して、しかも比較的安定な100アミノ酸からなる人工リガンドを設計するのに成功した。こうしてできたリガンドは、ヒトIL2とは14%、マウスIL2とは24%しかホモロジーがない。

次にαβγとβγの受容体セットを持つ細胞でその活性を調べると、αを必要とするIL2とは異なり両方同じように刺激することができる。すなわち最初計画したようなリガンドが完成している。また、βγ受容体との結合を構造解析すると、CD25がなくてもIL2と同じように受容体と結合する。

最後に、ではIL2の持つ問題を新しいリガンドは解決できたのか調べている。結果は期待通りで、Tregの増殖はおさえて、CD8T細胞の増殖を強く誘導するリガンドができている。そして、マウスに注射して抗腫瘍効果を調べると、IL2よりはるかに強い効果が得られる。

以上が結果で、臨床でも実用可能なリガンドを設計できるコンピュータのシミュレーションソフトを完成させたという点が本当は一番重要な点かもしれない。

ただ、この研究では、IL15との比較がされていないのが少し不満だ。たしかに、IL15はそれだけではβγに弱くしか結合できないので、比較にならないのかもしれないが、象ザメには存在し、進化の逆回しと言う意味では、IL15との比較は面白いように思った。残念ながら、象ザメでIL15Rαまで詳しく調べていたかどうかわからないが、IL7もあるので、おそらくβγ受容体は存在するだろう。従ってひょっとしたらIL15の原型はβγを受容体に使っていたのかもしれない。もしそうなら、コンピュータで進化の逆回しができるのではと期待した。


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1月12日 黒内症の遺伝子治療(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2019年1月12日

NatureやScienceは一昨年、昨年の重要ニュースに脊髄性筋萎縮症のRNA薬が認可され効果を上げていることを取り上げた。これに続いて、新しい様々な遺伝子治療やRNA薬の開発についての話が論文として発表されるのではと、個人的に期待している。実際、MECP2重複症のように、マウスでは遺伝子治療の効果が明確になっている様な病気は多い。あとは、治療薬として開発する意図と、患者さんに広く利用できるコストをどう実現するかが問題になる。今日は、そんな期待を頭に置きながら、最近読む機会があった2編の論文を紹介したいと思う。

最初はペンシルバニア大学眼科を中心とするグループがNature Medicineに発表した先天性黒内症の遺伝子治療の報告でNature Medicineオンライン版に掲載予定だ。タイトルは「Effect of an intravitreal antisense oligonucleotide on vision in Leber congenital amaurosis due to a photoreceptor cilium defect (硝子体内へのアンチセンス・オリゴヌクレオチド注入の、視細胞のシリアの欠損によるLeber先天性黒内症の視力への影響)」だ。

Leber congenital amaurosは眼球振盪、瞳孔異常、そして重症の視力障害を伴う小児の遺伝的病気の総称で、現在では多くの原因遺伝子が特定されている。今日紹介する論文では、そのうちのcenter-Somalia protein290のイントロンの突然変異によりスプライシングがうまくいかず、視細胞でこのタンパク質の合成が阻害され、その結果視細胞の繊毛形成が障害され視力を失うケースを標的にしている。

このような強いスプライスドナーサイトの変異には、この部分を阻害するアンチセンスRNA を用いることで、正常のスプライシングが回復して病気を治療することができる。この治療は、したがって一回きりの治療で、定期的に遺伝子治療が必要になる。これまでの治験で、アンチセンスRNAの硝子体注射の効果を示す結果が出ており、この研究はこれをさらに十人の患者さんに拡大して効果を調べた第1相の治験だ。ともかく、効果をテストするため、視覚回復について詳細な検討がされているが、その詳細について深く理解するのは専門家でないと難しいだろう。もちろん私も専門家ではない。ただ、結果を見ると、一人の患者さんは自覚的にも他覚的にも著しい改善を見せ、光がみえるという段階から見ているものの輪郭がわかるほどになっている。この患者さんと比べると、残りの人の改善の程度は低いが、それでも様々な視覚を調べる指標が明確な改善を示すという結果だ。

面白いのは、RNAを注射してすぐにスプライシングが正常化しmRNAが生成されると考えられるが、実際の回復は3ヶ月後にようやくはっきりするという事実だ。なぜ一人の患者さんだけで著しい改善が見られたのか、あるいはこの回復までの時間経過の意味などな、今後さらに研究が必要だと思うが、眼科領域は遺伝子を局所に止めておけるという利点があり、遺伝子治療や核酸薬が最も利用される分野になる様な気がする。。

さて、遺伝子をデリバリーするためのキャリアーの研究も進んでいる。デリバリーというとすぐにリポソームなどが頭に浮かぶが、目的に合わせて本当に多様な開発が行われているということをうかがわせるのが今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文で、核酸をネブライザーで肺の上皮に届かせる、肺の上皮特異的な遺伝子治療法の開発研究で、タイトルは「Inhaled Nanoformulated mRNA Polyplexes for Protein Production in Lung Epithelium(mRNAを吸入できる様にしたナノポリプレックスによる肺上皮でのタンパク質剛性)」だ。

ここでいうポリプレックスというのは、カチオン性のポリマーと核酸が複合体になった構造で、やはり核酸のデリバリーに用いられる手法で、すでに吸入による遺伝子治療の方法として開発が進んでいた。特に肺は嚢胞性線維症と呼ばれる遺伝子疾患を治す核酸薬の開発が進んでおり、これを吸入で肺上皮に届けたいと思うのは当然で、これまでも吸入用のカチオンポリプレックスが開発されていた。しかし、これまで開発されていたポリプレックスは長期間肺内に留まるため、さまざまな問題を引き起こすことが示唆されていた。この研究では、同じようなアミンの重合体だが、 生体内で分解されるポリプレックスを作ることに成功している。研究では、こうして完成させたポリプレックスがmRNAを肺上皮に導入し、タンパク質を合成できるか、ルシフェラーゼとCre組み換え酵素をマウス肺に導入する実験を行い、高い効率で肺の隅々までmRNAを細胞へ導入できることを示している。すなわち、安全で効率の高い吸入による遺伝子導入法が開発できたという結論だ。

しかし、元胸部内科医の直感でいうと、気管支拡張が進み、慢性感性が進むと、この治療は簡単でないように思う。すなわち感染により、吸入がうまくいかない可能性はある。したがって、遺伝子導入を感染が始まる前に行い、感染が起こるのを止めることが重要になるだろう。また、Cre組み換え酵素のmRNAを導入した実験をデータとして示しているが、この方がモデル動物の肺特異的遺伝子操作にも使えることを示したいのだと思う。臨床だけでなく、広く肺の研究に利用されていくように思う。

以上、遺伝子治療や核酸薬の開発が加速しており、一つでも多く遺伝子病が克服できることを祈っている。

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