5月3日 Tauの神経生理学的解析(4月28日Cell オンライン掲載論文)
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5月3日 Tauの神経生理学的解析(4月28日Cell オンライン掲載論文)

2025年5月3日
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アルツハイマー病 (AD) の腫瘍病理は異常Tauによるシナプス喪失、そして神経変性により形成されるとされているが、病理学的変化が起こるまでにシナプス伝達の低下や細胞内カルシウム制御異常が起こることも報告されている。

今日紹介する University College of London からの論文は、この問題に神経生理学的手法を用いてチャレンジした研究で、4月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Alzheimer’s disease patient-derived high-molecular-weight tau impairs bursting in hippocampal neurons(アルツハイマー病患者さん由来の高分子量Tauは海馬神経細胞のバースト発火を低下させる)」だ。

読んでみるとこれまでこのような研究が行われなかったのかと思うくらい、シンプルな問題設定を行い、実験を行っている。即ち、ADの海馬神経の生理学的変化をクラスター電極で検出することから始めている。人間でもマウスでも海馬の神経細胞の活動を記録すると、一本のスパイクとして検出される興奮とともに、興奮がクラスターしてみられるバースト発火が見られる。

これをアミロイドβとTauの両方の異常が起こるマウスの脳で記録すると、特にバースト発火が低下していることがわかった。ここまで読んで、こんな実験が今まで行われていなかったのかと驚くが、気にしないで進むことにする。

バースト発火の低下がアミロイドβの異常か、Tauの異常か、を調べるため、それぞれ単独の異常が起こるマウスで調べると、Tauの異常が起こるマウスのみでバースト発火の低下が観察される。従って、Tauが神経内でバーストを抑える働きをしていると想像される。

そしてこの論文のハイライトになると思うが、このバースト発火の低下は、Tauの凝集が始まるよりずっと前に検出される点で、おそらくTauのリン酸化が始まる時期にすでに生理的変化として現れ、その後凝集によるシナプス喪失や神経変性に繋がっていくと考えられる。そして、この生理学的変化はCAV2.3カルシウムチャンネルの発現がTauにより低下させられる結果であることを明らかにしている。

そして、Tauが神経細胞のバースト発火を抑えることを直接示すため、神経生理学の極致と言える実験を行っている。即ち、マイクロピペットで様々な形のTauを細胞内に導入し、その神経のバースト発火を検出している。この結果、リン酸化を受けて多量体を形成し始めているが、まだ繊維状の凝集には至っていない可溶性の高分子Tauを細胞内に導入したときに、CAV2.3タンパク質の発現低下とそれに伴うバースト発火の低下が起こることを突き止めている。

結果は以上で、おそらくTauを細胞内に直接注射したあと、長時間神経活動を連続記録した研究は初めてではないだろうか。最近紹介したようにリン酸化Tauは早期からAD患者さんの血清に見られる。このように早くからリン酸化Tau、そしてその結果としての高分子Tauによるバースト発火の抑制が見られるとすると、ADでの認知障害は少なくとも生理的変化の段階と病理的変化の段階の2段階に分けて考える必要があるだろう。今後生理学的変化がADの症状や進行にどの程度関わるかなど、生理学的異常の意義を詳しく知る必要がある。特にCAV2.3の役割とADの関わりを解析することは重要だ。もし、この段階が明らかにシナプス喪失や神経変性と直接繋がっているなら、この時期を標的にすることでADの予防が可能になるかもしれない。

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5月2日 「2度目のワクチンは初回と同じ側の腕に打つべし」の根拠(4月24日 Cell オンライン掲載論文)

2025年5月2日
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オーストラリアは伝統的に免疫学に強みを持っており、学生時代からM.Burnetやその弟子のNossal 、また胸腺の役割を解明したJacque Millerが活躍していた。個人的印象と断っておくが、ユニークな方法論を駆使して仮説を証明する研究が多い様な気がする。例えば、リンパ節の輸出リンパ管から流れてくるリンパ球を集めてリンパ球が再循環していることを示した研究などはその典型だろう。

今日紹介するオーストラリア シドニーにあるGarvan医学研究所からの論文は、リンパ節内でのメモリーB細胞の動きをモニターする独自の技術を用いて、抗原を注射した側のリンパ節でのメモリーB細胞の動きが抗原を経験しないリンパ節とは全くことなることを示し、ワクチン接種で2度目のブーストは同じ側の腕に行うことが重要であることを示した研究で、4月24日 Cell にオンラインに掲載された。タイトルは「Macrophages direct location-dependent recall of B cell memory to vaccination(ワクチンに対する局所依存的B細胞メモリー反応はマクロファージにより指示される)」だ。

コロナワクチンは最初は2回に分けて接種され、まずプライミングで記憶を誘導したあと、もう一度ブーストでB細胞メモリーの強い反応を誘導するプロトコルがとられた。Gowansたちが発見したように、メモリーB細胞は再循環するので、2回目のブーストは同じ腕に接種する必要がないように思われるが、実際には局所に免疫メモリーがより多く残存している可能性を考え、同じ腕にブーストすることが勧められていたと思う。私も聞かれたとき、同じ腕の方がいいと思うと答えていた。

この研究はこの問題を動物と人間を用いてメカニズムレベルで解明しようとしている。使われたのはこのグループが独自に開発した、リゾチーム抗原に対するメモリーB細胞をリンパ節内でライブイメージングする技術で、ホストと区別できるB細胞を注射したマウスの片方の脇腹に抗原を注射、支配リンパ節でのメモリーB細胞の行動を追跡している。

生きたマウスのリンパ節で、ここまで美しいイメージングが可能なのかと驚くが、抗原を注射した側のリンパ節 (dLN) での動きは反対側のリンパ節 (ndLN) と全くことなっていることが明らかになった。即ちdLNではメモリーB細胞はマクロファージが並ぶリンパ節被膜近くを移動し、あまり胚中心には移動しない。一方ndLNでは通常の再循環型のメモリーB細胞の示す行動、即ち皮膜から胚中心までまんべんなく移動している。この移動は被膜下のマクロファージ層により調節されており、CSF-1受容体をブロックしてマクロファージ層の形成を妨げると、メモリーB細胞の動きは止まってしまう。

この抗原でプライムされた側のdLNのメモリーB細胞とマクロファージ層との相互作用は、次のブーストの結果に大きな影響を持つ。抗体反応ではなく、リンパ節内でのB細胞の反応を調べるとdLNでは抗原特異的メモリーB細胞の増殖は10倍以上になり、これはブーストを受けたdLNでメモリーB細胞が速やかに胚中心に移行してT細胞などと相互作用する結果であることがわかる。このことから、ブーストに対するメモリーB細胞の反応は抗原でプライムされた側で圧倒的に高く、これに抗原に暴露されたマクロファージが関わることが示された。しかも、ブーストにより胚中心へと速やかに移行するため、抗体の親和性をブーストに合わせて調節することも可能になる。即ちバリアントの抗原にも対応できるようになる。このとき、抗原でプライムされたT細胞は当然重要な働きを演じているが、胚中心へをメモリーB細胞をリクルートするのはあくまでも被膜下のマクロファージだ。

この行動の差を誘導する分子メカニズムを探索しているが、おそらく様々な相補的分子がマクロファージとメモリーB細胞で働いて、B細胞の移動を決めていると考えられる。実際、接着因子やケモカインなど様々な分子の発現がdLN側で上昇している。

そして最後に以上のマウスの結果を人間のCovid-19ワクチンで試している。即ち、一回目の摂取の後、2回目を同じ腕と、反対側の腕に接種するグループに分け、ブースとした後抗体価をを調べると同時に、リンパ節のニードルバイオプシーを行い、細胞の反応を調べている。

結果は予想通りで、抗体価で見ると同じ腕にブーストした方が早く強い反応が得られる。また、他のコロナウイルスバリアントに対する反応も同じ腕にブーストした方が誘導できる。そして、この反応の違いが胚中心のメモリーB細胞の増殖がdLN側で強く起こっている結果であることを示している。

以上が結果で、ワクチンは同じ腕に接種する方が良いことをメカニズムレベルで示した面白い研究で、オーストラリア免疫学の伝統の感じられる研究だと思う。

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5月1日 言語、文化、宗教の共有で人々がまとまったフェニキアという進歩した国家形態(4月23日 Nature オンライン掲載論文)

2025年5月1日
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4月23日 Nature にオンライン紹介されたフェニキア人ゲノムに関する論文は、すでに多くのメディアや研究者により紹介されており、わざわざ私が紹介するまでもないとスキップする気でいたが、読んで興奮したのとフェニキアに対して私なりに調べたことがあったので、独断と偏見をいとわず自分流に紹介することにした。

まずこの論文はハーバード大学のゲノム歴史学の世界の中心と言っていいDavid Reich研究室から発表された論文だ。Reich研究室からの論文はこのホームページでも何度も紹介したが、古代ゲノム科学としてだけでなく、歴史書を読むような興奮を経験できる論文が多く、ゲノム時代のシュリーマンと密かに名付けていた。事実、Reichグループからの論文は、伝聞などの歴史的記録が存在して考古学的議論が行われている歴史的事象を選んで、伝聞についての議論をゲノムから確かめ直す研究が多い。

今日紹介する論文はフェニキアを研究対象としており、フェニキアという都市国家がどう成立していたのかについて100体に上るゲノムを詳細に解析して調べている。タイトルは「Punic people were genetically diverse with almost no Levantine ancestors(ポエニの人たち(フェニキア人)は遺伝的に多様でレバントの先祖とはほとんどつながりがない。)」だ。

論文の紹介の前に、私がフェニキア人に興味を持っていた理由についても述べておく。理研CDBを退職したあと5年ほどJT生命誌研究館の顧問を務めていたが、その時、頭の整理をかねて、ゲノム科学、生命誕生、ゲノム進化、脳進化、言語誕生、そして文字誕生に至るまで、当時の論文を読みあさって自分なりの考え方をまとめた。このときの蓄積が分野を超えて論文を理解するのに本当に役立っているが、生命誌研究館最後の1年前は文字の誕生に集中して調べた(JT生命誌研究館のHPからも見られるが、このHPでも再掲しているので読んでいただきたい*https://aasj.jp/news/lifescience-current/11129)。この時、母音のないフェニキア文字を自分の言語に適応させる過程で最初の表音文字ギリシャ文字が発明される経過に一章を割いてまとめているが、地中海に散らばった2つの都市国家の文字を中心とする文化力に驚いていた。

当時からフェニキア人は、言語、文字、文化、そして宗教まで共有する集団だが、民族的には単一でないと考えられていたが、そのルーツは現在のイスラエル、レバノンに相当するレバント人を地中海へ分散する過程で地元民を巻き込んで形成された都市国家ではないかと考えられてきた。

この研究では、紀元前5−8世紀にかけて地中海に散らばったフェニキア人都市に埋葬されている骨からDNAを分離し、最低2万以上のSNPが解読できた157人のゲノムを解析している。もちろんゲノムだけでなく、炭素同位元素による正確な年代測定を行うとともに、同じ場所から出土したゲノムについては詳しい家族関係まで調べている。

結果は明確で、フェニキア人と確認できるこれらの人たちのゲノムは多様で、フェニキア人としてのゲノム統一性はほとんど存在しないことがわかった。そして、フェニキア人の由来とされるレバントのゲノムは、レバント近辺で都市国家を形成したフェニキア人には受け継がれているが、他のフェニキア都市にはほとんど見つからない。

逆に、フェニキア都市が形成される前の先住民のゲノムと比べると、それぞれの都市のフェニキア人には先住民のゲノムが受け継がれていることがわかった。即ち、フェニキア人がレバントから移動して地中海に植民都市を形成したのではなく、様々な形でフェニキア文化が伝えられ、各地で文化を共有した人たちによってフェニキア都市が誕生していることがわかる。

もちろん文化は人によってもたらされることから、極めて少ないが(今回の研究では3人)、レバントのゲノムを持つゲノムが、他の地域から発見されている。このようにフェニキア文化はおそら宗教のように伝えられていったのではないだろうか(と私には見える)。また、フェニキア都市間では主に男性の移動があった証拠もさまざま見つかっており、例えば、Y染色体の多様性が大きいことは、航海を通して少ないが男性の交流が存在したことを示している。さらに、7親等以内の親戚関係にある個体がシチリアと北アフリカのフェニキア都市に海をまたいで見つかっており、都市間で男性の移動はあったと考えられる。

他にも近親相姦の頻度なども調べているが、今回は割愛する。以上紹介した結果だけで本当に興奮する。即ち文化が異なる民族にそっくり伝わって、フェニキア人の統一性が成立している点だ。即ち、優れた文化や経済は人間をまとめる力があり、生殖とは無関係に、脳のレベルでフェニキア人が拡大したことになる。これに宗教がどのような役割を演じたのかも興味を引く。

カルタゴとギリシャの戦争の例からわかるように、もちろん文化の共有だけで国家を維持していくのは簡単でない。ただ、数百年にわたってこのような都市国家が維持されたことも確かで、それを可能にした要因について、今度は考古学から新しい視点が生まれることを期待する。

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4月30日 サイトメガロウイルス感染はガン免疫を高める(4月23日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2025年4月30日
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Covidパンデミックの頃BCG摂取による免疫トレーニングにより、特異性の異なるコロナウイルスに対する反応が高まる可能性が盛んに議論された。同じようなトレーニングがガン免疫にも存在することは十分考えらるが、ヒトのガン免疫に関する報告はあまり見かけない。

ずいぶん前、2015年に双生児の免疫状態を200項目もしらみつぶしに調べて、免疫状態はトレーニングにより作られることを示したM.Davis の研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/2743)が、このとき免疫状態に最も影響力が強いのがサイトメガロウイルス (CMV) の感染であることが示されていた。

今日紹介する英国オックスフォード大学を中心とするグループからの論文は、このCMV感染によりガン免疫が高まることを示した研究で、4月23日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「CMV serostatus is associated with improved survival and delayed toxicity onset following anti-PD-1 checkpoint blockade(CMVに対する抗体の有無はチェックポイント阻害治療の効果を高めるとともに、副作用の発生を遅らせる)」だ。

この研究では転移性のメラノーマでチェックポイント治療を受けた患者さん341人のコホート研究で、この中にはPD-1抗体単独治療と、PD-1+CTLA-2抗体併用両方を含んでいる。この患者さんをCMV抗体を持つ感染者と非感染者に送別して調べると、CMV感染者は末梢のリンパ球の数が多く、またガンの予後に関わる白血球・リンパ球の比率が低く、その結果としてCD8キラーメモリー細胞も高まっている。

この免疫状態に呼応して、PD-1単独治療の場合、CMV感染者の方が圧倒的に治療効果が高い。この原因を遺伝子発現を手がかりに探索すると、CMV感染者ではインターフェロン産生型のT細胞へと誘導するTBX21の発現が高まっている。また、CMV感染の有無を問わず、T細胞のTBX21発現の高い患者さんでは生存期間が延びている。これらの結果から、CMV感染により免疫システムがトレーニングを受ける過程でTBX21を発現するようになり、この結果キラー活性の強い、またインターフェロン分泌も行うT細胞が誘導され、ガンの増殖を抑制すると考えられる。

面白いのはPD-1+CTLA-4抗体を併用している患者さんでは、CMV感染にかかわらずTBX21を発現しており、感染の効果は見られない。

このように非特異的に免疫反応性が高まっているとすると当然副作用が問題になると思うが、不思議なことにグレード3の高い副作用の頻度が低下しており、副作用を抑えるためのステロイド投与の必要性も減じている。中でも、腸炎や肺炎の頻度は大きく低下する。ただ難しいのは、皮膚の副作用は上昇しており、今後のメカニズムの解明が必要だと思う。

最後に、CMV感染者のメラノーマの発生率を調べると、BRAF変異を持つメラノーマの発生率がCMV感染で低下していることが明らかになった。

以上、CMVは我々の身体に住み込んで免疫が低下すると重症の感染を引き起こすが、我々の免疫をトレーニングすることでガンから守っていることがわかった。2015年のMark Davisの論文を思い出しながら面白く読んだ。

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4月29日 アミロイドβ蓄積を神経細胞死へと誘導する分子PHGDH(4月23日 Cell オンライン掲載論文)

2025年4月29日
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現在アルツハイマー病 (AD) の発生プロセスに関しては、アミロイドβ (Aβ) の蓄積が最終的にはTauのリン酸化、細胞内蓄積、そして細胞間伝搬を伴うTaunopathyを誘導しないと神経細胞変性は起こらないと考えられている。しかしマウスにADを発症させるモデルのなかには、3種類のヒトの遺伝的Aβ変異を2種類のAβを切り出す酵素プレセニリンの変異と組み合わせた5xFADマウスのようにTaunopathyをそれほど起こすことなくシナプス喪失が起こることがある。おそらくTaunopathyも誘導されると思うが、Aβ蓄積だけでも炎症を誘導してシナプスの変化が起こる可能性を示しておりAD病理の複雑さを示している。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文はAβとシナプス喪失を直接繋いでいるメカニズムの一つにPHGDH分子が存在することを示した研究で、4月23日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Transcriptional regulation by PHGDH drives amyloid pathology in Alzheimer’s disease(PHGDHによる転写調節がADに起因するアミロイドプラーク病変を誘導している)」だ。

この研究で着目したのは最近示されたADの海馬や前頭葉ではグルコース代謝でフォスフォグリセリン酸をフォスフォヒドロキシピルビン酸に変換する酵素PHGDHで、この作用はセリン合成に必須であることから、セリン供給が増えてグルタミン酸受容体の過剰活性がADを誘導すると考えられていた。

この研究ではAβとTauの変異を誘導した3xTgマウス脳局所にPHGDHを過剰発現させるとAβプラーク形成とシナプス喪失を高められることから、PHGDHがADの病理に直接関わることを確認したあと、ヒトES細胞から誘導した脳オルガノイドにヒト血清を加えてAD様の病変を発生させる大変なモデル系を用いて、AD誘導とともにPHGDHが上昇すること、そしてこのときPHGDH発現をノックダウンで抑制するとAD病理の発生を抑えられることを明らかにしている。

このようにPHGDHはADのマーカーだけでなく、AD 発症に直接影響する分子であることが明らかになった。そこで、このメカニズムを探索する目的で、まずセリン合成に関わる酵素活性部位を欠損させたPHGDHをオルガノイドに導入する実験を行ている。結果は驚くべきもので、酵素活性がノックアウトされたPHGSDHでもAD病理と促進することができる。すなわち、この分子はセリン供給とは別の経路を介してAD病理を誘導していることになる。

そこでPHGDHの様々な部位を変異させ、AD病理誘導能力を調べると、核移行シグナルとbHLH構造が必須であること、即ち一種の転写因子として働いてAD病理誘導に手を貸していることが明らかになった。

そこで、PHGDHにより変化する遺伝子発現の中から、AD病理発生に最も関わる遺伝子を探索し、PHGDHが発現することで起こる変化の中で、IKKとHMGB1が最も重要であることを突き止める。即ち、PHGDH発現上昇とともにこれらの分子の発現が上昇し、またそれぞれをオルガノイドでノックダウンすると、オルガノイドでのAD病理の発症を抑えることができる。

IKKはNFκBを介して炎症を誘導し、またHMGB1はTLRなどの発現を調節して炎症誘導に関わることがわかっている。また、PHGDH効果によるAD病理ではTaunopathyの関与は少ない。即ち、PHGDHはAβ蓄積と炎症を直接つなぐ分子であることを示している。

幸いこれまで開発されたPHGDH阻害剤の中には分子の立体構造を変化させる阻害剤があり、これを用いるとIKKやHMGB1の遺伝子誘導に関わる転写調節因子としての作用も抑制できることがわかった。この化合物を脳オルガノイドのAD病理誘導系に加えると、Aβ蓄積、シナプス喪失を防ぐことができる。最後に、Taunopathyの影響の少ない5xFADマウスに投与すると、認知機能の改善が見られた。

以上が結果で、Taunopathyだけでなく、場合によっては炎症誘導だけでAD病理が起こることを示した面白い研究だと思う。

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4月28日 男性の中年太りの原因は脂肪細胞が増殖する結果かもしれない(4月25日 Science 掲載論文)

2025年4月28日
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神経細胞と同じで、脂肪細胞は大人になると新しいリクルートがないと考えられてきた。即ち、脂肪太りはもっぱら脂肪細胞が大きくなる結果で、数は増えていないことになる。これに対し、人間の神経細胞が成長後も増殖をしていることを原爆実験時に取り込んだアイソトープの減衰から調べた同じ方法を用いて、脂肪細胞も増殖していることが証明された。

今日紹介する米国シティーホープ医学センターからの論文は、さらに一歩進んで、発生後一度は新しいリクルートが途絶えた脂肪細胞が、中年になると俄然新しい細胞がリクルートされることが我々の中年太りの背景にあることを示した研究で、4月25日 Science に掲載された。タイトルは「Distinct adipose progenitor cells emerging with age drive active adipogenesis(年齢とともに新しく出現する特別な前駆細胞により年齢に伴う脂肪合成が起こる)だ。

新しい脂肪細胞のリクルートを調べるため、成長期に分化した脂肪細胞の全てを遺伝的に標識する方法を用いることで、新しいリクルートが寄与した場合、標識細胞が薄まって行く現象を使っている。結果は、これまで示されてきたように新しいリクルートがあることが確認されるのだが、驚くことにこのリクルートはマウスが9ヶ月例になるまでにはほとんど見られず、9ヶ月目ぐらいから急速に新しい脂肪細胞が作られて脂肪組織に供給されることがわかった。そして12ヶ月例を超えるとこのリクルートは減少するので、マウスで言えば一種の中年期に新たな脂肪細胞合成が起こって、肥満の原因になっていることになる。

次に異なる時期の脂肪細胞を移植する実験から、若いマウスの脂肪細胞は新しい脂肪細胞を供給する能力は低く、12ヶ月例の白色脂肪組織にリクルーターが存在していることを確認している。

次に脂肪組織の single cell RNA解析から、中年期に数が増えてくるリクルーター集団を特定し、なんとES細胞の維持にも用いられるLIFに対する受容体とPDGF受容体αを同時に発現している細胞としてセルソーターで生成することができることを発見する。

この集団を取り出して試験管内で培養すると、12ヶ月例の脂肪組織では増殖性の高い細胞を分離することができ、この培養に脂肪細胞分化のカクテルを加えると脂肪細胞への分化を観察することができる。また、この細胞を精製して移植する実験を行うと12ヶ月例の幹細胞は組織内で強く増殖して組織の脂肪細胞を増加させることを確認している。

このように脂肪細胞をリクルートするこれまで記載されていない幹細胞をLIF受容体とPDGF受容体αを組み合わせて特定できるようになったわけだが、LIF受容体はたまたま発現しているだけなのか、幹細胞の増殖に必要なのかをノックダウン実験や、阻害剤を用いて検討し、脂肪幹細胞の増殖にLIF受容体が必要であることを明らかにしている。また、若いマウスの脂肪細胞にLIF受容体を過剰発現させる実験も行い、増殖能が2倍に増えることを示している。

LIF受容体阻害自体は正常組織にあまり大きな影響がないので、脂肪幹細胞が働き出す9ヶ月目から10週間長期に阻害する実験も行い、内臓脂肪が選択的に減少することを明らかにしている。

最後に、人間の中年男性から脂肪組織を提供してもらい、PDGR受容体αとLIF受容体を発現している脂肪幹細胞が中年のヒトにも存在することを明らかにしている。 以上が結果で、もちろん代謝で脂肪細胞が肥大することも重要な要因だが、中年になると脂肪細胞自体が、特に内臓脂肪でリクルートしやすくなっているということで大変面白い研究だと思う。ただ、人間でも同じかどうかはこの研究だけでは不十分なので、是非調べていってほしい。

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4月27日 ハワイオアフ島で見つかったクモの巣を利用する毛虫(4月25日 Science 掲載論文)

2025年4月27日
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現在まさに移動中で飛行機を待っているところなので、時間のかからないということで、ハワイの希少な習性を持つ毛虫のゲノムを決定したというハワイ大学からの論文を紹介する。タイトルは「Hawaiian caterpillar patrols spiderwebs camouflaged in insect prey’s body parts(ハワイの毛虫の一種は蜘蛛の巣をパトロールして餌を探し、餌の死骸を身体に巻き付ける)」だ。

要するに極めて珍しい毛虫をふ化させたあと、許可を得てゲノム配列を決定したという話だ。「で、どんな珍しい毛虫か?」ということになるが、百聞は一見にしかずなのだが、この論文はオープンでないので写真が見られない。そこでググった結果、Scientific Americanにこの論文に掲載されている論文が全て再掲載され、アクセスできることを知った。そこでURLを掲載するのでまずご覧いただきたい(https://www.scientificamerican.com/article/carnivorous-bone-collector-caterpillars-wear-corpses-as-camouflage/)。

まず毛虫だが、最初の写真にあるように、caterpillerが自分の周りに棘のようなキチン質を巻き付けているのがわかる。この棘の由来を観察していると、蜘蛛の巣に残っている昆虫の死骸から切り出してきて、ちょうどいい長さに剪定して巻き付けていることがわかる。そのため、連続殺人犯についての推理小説のタイトル bone collector という名前がつけられている。

この死骸をどう調達しているかだが、同じウェッブサイトの2枚目の写真は、bone collector が卵を抱えたクモと、同じ蜘蛛の巣に(といっても美しいウェッブというより、シート状の蜘蛛の巣を指す)存在しているのがわかる。

そしこの bone collector が蜘蛛の巣をパトロールして残った死骸や、あるいは引っかかったばかりの昆虫を餌にしている、珍しい肉食のcaterpillerであることがわかる。しかも、同じ巣の上で、同じ種同士が殺し合うことが観察される。この結果、一つの蜘蛛の巣には1匹の bone collector だけが存在する。

この種は極めて出会うのが難しく、オアフ島の15平方Kmの限られた場所でしか見つかっておらず、これまで22年にわたり150回以上の生態調査が行われ、全体で62匹しか見つかっていない。面白いのは、この死骸を身体に巻き付ける結果、bone collector がクモに襲われた例は全く見つかっていない。

このcaterpillarの一匹を孵化させて、標本を作るときに腹部からDNAを取り出し、ゲノム解析を行っている。その結果、太平洋で孤立したハワイ諸島のヒポスモコマ属の一員で900万年前に分岐してそのまま現在まで続いていることがわかった。

以上が結果で、ともかく習性が面白い昆虫を大事に孵化させ、なんとかゲノム解析まで進んだという研究で、ゲノムの意味についてはこれからの話になるが、絶滅危惧種というより絶滅してしまったかもわからない状態の昆虫なので、おそらく研究はネアンデルタール人の研究と同じような考古学的研究になると予想できる。

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4月26日 大腸ガンの地域や年齢差を突然変異の特徴から探る(4月23日 Nature オンライン掲載論文)

2025年4月26日
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2020年以前の統計しか見ていないが、我が国で大腸直腸ガン (CRC) は増加を続けて、おそらく現在では男性でも胃ガンの発生率を超えていると思う。一方欧米では発生率の低下が認められているようだ。また最近の傾向として、50代以前の若年層のCRCは世界中で増加をしており、その原因についての探索が行われている。例えば欧米と我が国の違いにについては、脂肪分の多い欧米型の食事や肥満による影響とされ、我が国で増加している傾向は同じ枠組みで説明されてきた。しかし、若年層での増加が世界的に見られることから、これを単純に生活習慣の問題として片付けることはできない。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校を中心とする我が国の東大医科研や国立ガンセンターを含む国際チームからの論文は、800近くの世界各国から集めたCRCの遺伝子配列解析から、ガンで起こった突然変異の特徴を解析し、突然変異を誘導する要因について調べた研究で、4月23日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Geographic and age variations in mutational processes in colorectal cancer(大腸直腸ガンの突然変異過程の地域と年齢による違い)」だ。

このブログでも何度も紹介しているように、ガンで見られる突然変異の起こり方の特徴から変異の起こる原因を特定することができる。これらはCatalogue of Somatic Mutations in Cancer (COSMIC) としてカタログ化しており、例えばSBS1は加齢とともに起こるタイプで、SBS4はタバコなどの化学発ガンで起こるタイプと分類され、ガンでこれらの特徴を調べることで、ガンの変異の原因をある程度推察することができる。

この研究ではまず1000近いCRCを集めて全ゲノム解析で変異のタイプを調べている。ただ大腸ガンの場合、遺伝子修復機構に変異が起こるタイプが存在して変異の特徴に大きく影響するので、注意深く修復の低下しているCRCを除いた800例について、地域差、年齢差などを調べている。

この研究では、なんと我が国が、集団の年齢差を調整したCRCの年齢調整罹患率で今や世界トップになってしまっていることが述べられており、まず驚いた。

この研究では若年層と高齢層のCRCに分けて比べている。もちろん老化とともに起こってくるような変異は若年層のガンでは低い傾向にあるが、世界中で見られる若年層の増加傾向の原因を明確に示すようなはっきりした変化は認められていない。

次に地域での差を調べると、コロンビアやアルゼンチンで地域特異的な変異が特定された。この地域特異的な変化の原因は特定できていないが、南米で特に目立っていることから、強い環境要因の関与が考えられる。とはいえ、この環境要因を単純な化学化合物の暴露と決めつけることはできない。というのも、腸内細菌叢の違いも地域差の原因になり得るからだ。

その最も顕著な例として、この研究では大腸菌の分泌するコリバクチンにより起こると考えられているSBS88と呼ばれる一塩基変異とID18と呼ばれる挿入/欠損タイプに注目している。このタイプは、若年層でのガンで特に目立つ。驚くのは、このタイプが我が国で多い点で、大腸ガンより直腸ガンでそれが目立っている。即ち、我が国のCRC増加はコリバクチンへの暴露と相関している可能性がある。

ところがCRCの患者さんでコリバクチンを作る大腸菌が見つかるわけではない。従って、コリバクチンの暴露は発生期から幼児期にかけて一過性に起こっている可能性がある。特にID18タイプは早期におこるAPC変異の特徴のかなりの部分を占めていることから、成長期に一時的にコリバクチン産生バクテリアに晒されたことが、発ガンを促進している可能性が明らかになった。

以上が結果で、細菌叢に紛れ込んだ発ガン物質産生のバクテリアがCRC発ガンにとってかなり重要な役割を演じていることがわかる。とすると、極めてユニークな変異のパターンが目立つコロンビアやアルゼンチンなどのCRC発症に関しても、特定の細菌が原因になっている可能性がある。

いずれにせよ我が国でコリバクチンによる変異型が多いことにおどろいたが、もしこれが我が国でのCRC増加の重要な一因だとすると、いつ暴露されたかも含めて詳しく調べると面白いはずだ。うまくいけば子宮頸がんのように幼児期にCRCを予防することも可能かもしれない。

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4月25日 新しい膵臓ガンの治療標的(4月23日 Nature オンライン掲載論文)

2025年4月25日
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KRAS阻害剤の開発が進むことで、少しは膵臓ガンの治療にも光が差してきた気がする。ただ、薬剤抵抗性の出現など一つの標的だけでは根治は難しい。従って、免疫治療を組み合わせるか、あるいは他の標的に対する薬剤を使う併用治療の開発も進められている。そのうちの一つが、このブログでも紹介したオートファジー阻害剤による治療だが、現在のところ切り札にはなり得ていない。

今日紹介するミシガン大学からの論文は、PIKfyve1分子が膵臓ガンの新しい治療標的としてかなり有望であることを明らかにした研究で、4月23日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Targeting PIKfyve-driven lipid metabolism in pancreatic cancer(PIKfyveによる脂肪代謝は膵臓ガンの新しい標的になる)」だ。

すでに述べたが膵臓ガンの新しい標的としてオートファジーを含むリソゾーム活性が注目され、いくつかは治験にまで進んでいる。この研究も細胞内でリソゾームの活性に必要なphosphatidylinositol 3,5-bisphosphate (PtdIns (3,5) P2)やphosphatidylinositol 5-phosphate (PtdIns5P) を合成するPIKfyve1を標的にすると膵臓ガンの増殖を抑えられるのではと仮説を立て研究を進めている。

まず正常膵臓上皮と比べて膵臓ガンではPIKfyve1が強く発現していることを確認した上で、膵臓上皮でPIKfyve1をノックアウト、その後ガン遺伝子を導入して膵臓ガンの発生を見ている。すると期待通り、PIKfyve1がノックアウトされていると膵臓ガンの発生を強く抑えることができる。

PIKfyve1阻害剤はすでに治験で安全性が確認された薬剤が2種類あるので、この薬剤を予防的に投与すると、ノックアウトマウスと同じで膵臓ガンの発生を抑えることができる。

以上PIKfyve1が何らかの形で膵臓ガンの発生に関与していることは間違いない。元々リソゾームでのオートファジーなどの活性を変化させることを念頭にこの分子を選んでいることから、他のリソゾームやオートファジー阻害剤と比較すると、他の薬剤より効果が高く、オートファジー以外の過程もPIKfyve1により起こっていると考えられる。

そこで阻害剤による遺伝子変化などを調べ、最終的にPIKfyve1阻害により脂肪代謝が高まることが明らかになった。すなわちPIKfyve1阻害によりリソゾームの調節異常が起こり、リソゾームからリサイクルされた様々な脂質の供給が止まった結果、これを補うためにに脂肪酸合成経路が上昇して必要なスフィンゴ脂肪酸やコレステロールが作られることがわかった。

この代償的脂肪代謝に関わる経路を探ると、膵臓ガンのドライバーとして働くKRAS-MAPK経路により誘導されたMYCが脂肪代謝に関わる遺伝子セットを誘導していることが明らかになった。即ち、PIKfyve1で誘導された脂質代謝の問題を、KRAS-MAPK経路で補っていることになる。だとすると、PIKfyve1阻害と同時にKRAS阻害を組み合わせると膵臓ガンの増殖をさらに強く抑制できるはずで、人の膵臓ガンを移植したマウスモデルで治療実験を行うと、両方を併用したときに最も強い抑制効果が得られる。さらに、マウスにガン遺伝子を導入して誘導される膵臓ガンでも、両方併用で強い効果が認められた。

以上が結果で、、これまでのオートファジー阻害の枠組みを拡大して、脂肪代謝のバランスという意外な膵臓ガンのアキレス腱を狙ったなかなか面白い標的で、すでに第1相の終わった薬剤が使用できることを考えると、結構期待できそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月24日 プリオンタンパク質が腎臓の繊維化を促進する(4月26日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年4月24日
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プリオンタンパク質は、一旦、神経変性につながる異常型に転換すると、正常タンパク質を異常型に変え、治療法のない狂牛病などの神経疾患を誘導する。しかも、異常型のプリオンタンパク質を食べることで異なる個体に伝搬する。このように、病気の原因としてのプリオンタンパク質はよく知られているが、正常型の機能については一般にはほとんど知られていない。ノックアウトマウスが作成され、ほとんど異常が見られないとされたこともあるが、現在ではプリオンタンパク質の様々な機能が明らかになっている。さらに、神経系だけでなく、腎臓など他の組織での発現と機能についても報告されており、欠損すると蛋白尿や薬剤による腎障害の重症化が起こることが知られている。

 今日紹介する中国杭州にある南方医科大学からの論文は、正常型プリオンタンパク質が慢性腎疾患で腎臓の繊維化を促進する働きがあることを示した研究で、4月16日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Condensation of cellular prion protein promotes renal fibrosis through the TBK1-IRF3 signaling axis(細胞内でのプリオンタンパク質の相分離はTBK-IRF3シグナルを介して腎臓の繊維化を促す)」だ。

これまでプリオンタンパク質 (PrP) は腎臓を保護する分子として知られていたが、このグループは様々な腎障害のバイオプシー標本を調べ、PrPが腎臓の尿細管上皮で上昇していることを発見する。さらに、PrP発現レベルは腎臓の機能を示す eGFRと逆相関している。また、この上昇が腎臓の繊維化誘導因子として知られるTGFβによって誘導されていることを発見する。

PrPの上昇が腎臓の繊維化に寄与しているかどうかを調べる目的で、尿細管上皮特異的にPrPをノックアウトすると、尿管を閉塞させた時に起こる腎臓の繊維化を軽減することができる。すなわち、PrPの発現は腎臓の繊維化の一因になっていることを示している。

そこで、尿細管特異的にPrPを過剰発現させPrPにより誘導されるシグナルを探ると、TBK1-IRF3を中心とするインターフェロン反応性経路が特定され、この刺激により上皮から線維芽細胞刺激分子 (CXC5) などが分泌され、繊維化が促進することを明らかにする。さらにこの経路の活性化はPrPが細胞内で相分離を起こすことで誘導されることを様々な実験から確認している。

最後に、TBK1経路を阻害する化合物を用いて、腎臓の繊維化を一定程度抑えることができることを示し、この分子経路が慢性腎障害の標的になると結論している。

結果は以上で、正常型のプリオンも病気を悪化させる分子として働くのかという意外性が売りの論文だった。ただ治療標的になるかどうかは使われている腎障害モデルが限られているのでわからない。一つ気になるのは、腎臓の尿細管でも異常型のプリオンが発生しているのかだ。一つでも異常型タンパク質が発生すると正常型を異常型に転換させるが、他の細胞に伝搬させる仕組みがないので、気づかれないのかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ
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