7月19日 天然変性領域を認識できるタンパク質をデザインする (7月17日 Science 掲載論文)
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7月19日 天然変性領域を認識できるタンパク質をデザインする (7月17日 Science 掲載論文)

2025年7月19日
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論理的に正しいことをどう証明できるかという問題は19世紀から20世紀に盛んに議論され、ヴィトゲンシュタイン、ゲーデル、ラッセルなどがこの議論を担った哲学・論理学者だが、結局絶対的に正しい一つの体系は存在せず、文脈依存的に正しいかどうかが決まるという方向に集約した。そんな中で、アラン・チューリングは、物理世界で実現・操作可能かという問題にこの問題を置き換える見事なアイデアを提出し、コンピュータの理論的基礎を築くとともに、哲学にも大きな影響を及ぼしたと思う(我が国では少し事情は異なるが)。

昨年、ノーベル化学賞は、遺伝情報にコードされた一つの文脈、タンパク質の3次元構造を予測する大規模言語モデルに授与されたが、このような情報を実際の物理世界に実現することは、チューリング的意味で極めて重要な課題になる。これを実現するために、様々なモデルを作り、そこから予想される新しいタンパク質を実際に合成し、その検討を通してさらに新しいモデルを開発し続けているのがワシントン大学の David Baker さんだと思う。

そのBakerさんが、タンパク質の構造を決定したとき、きちっと折りたたまれない領域、Intrinsically disordered region(天然変性領域:IDR)を高いアフィニティーで認識するタンパク質の設計方法の基盤について示したのが、今日紹介する論文で、7月17日 Science に掲載された。タイトルは「Design of intrinsically disordered region binding proteins(天然変性領域に結合するタンパク質のデザイン)」だ。

IDR は構造化できない部分だが、柔軟なタンパク質相互作用に重要な役割を演じていることがわかっており、例えば相分離を媒介する領域としての IDR や、Tau など病理的タンパク質の持つ IDR も重要な課題になっている。しかし、構造がはっきりしないため特異抗体を作ったり、ましてや薬剤を開発することは困難だった。

この IDR を認識するタンパク質の設計を、これまで開発された様々なモデルを組み合わせて行う方法開発がこの研究になる。機能的記述と構造や配列を一つの多次元空間で扱う ESM と違って、Bakerさんの方法は段階的に、人間の頭も使いながら方法を組み立てていくのが特徴だ。

この研究ではまず短いペプチド配列に結合するタンパク質を、標的を包むようにという指示を出した上で設計し、その構造をこれまで Baker研で独自に開発してきた構造から、タンパク質の折りたたみ構造、そしてアミノ酸配列を決定するモデルを駆使して作成し、繰り返し配列を持つ IDRペプチドに対する1000以上の結合タンパク質ライブラリーをまず形成している。

このライブラリーの中から、実際の IDR の各部分にフィットする結合タンパク質を選び、それをつないで全体の IDR にフィットする一つのタンパク質を設計している。これまで様々なペプチドを特異的に認識する目的で抗体作成が行われてきたが、これを読むとほとんどその必要が無くなる気がする。

脱線したが、今度はこの方法でこれまで抗体や薬剤が全く開発できなかったペプチドdynorphinA に結合するタンパク質を設計し、この方法のポテンシャルを示すとともに、実際の結合タンパク質と dynorphin A の結合様式を分子を結晶化させて、実際の物理世界で調べ直している。この情報と実世界とのシャトルがBakerさんの研究を発展させている。

最後に IDR が問題になるいくつかのタンパク質相互作用の実験系を用いて、細胞内でもこうして設計したタンパク質が標的に結合することを示し、この方法の高いポテンシャルを示している。

結果は以上で、特定のタンパク質を IDR を指標に生成したり、細胞の中での分子の追跡をしたり、そして dynorphin のようにこれまで全く調べる手段のなかった神経伝達因子の操作を可能にしたりと、Bakerさんの目指す完全なタンパク質デザインにまた近づいている感がある。

Bakerさんたちは同じ方法を用いて、異なる RAS分子を認識する結合タンパク質が2月に bioRxiv に発表され、細胞内で特異的な Ras の膜へのリクルートが追跡できることが示されているが(https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2024.08.29.610300v4)、今後は IDR をもちいた細胞内でのタンパク質の追跡や、操作が加速するように思う。

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7月18日 細胞内へのRNAデリバリー(7月16日号 Science Translational Medicine )

2025年7月18日
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Covid-19 RNAワクチンで火がついたのか、RNAデリバリーについての論文を目にする機会が増えてきた。先月21日に紹介した、抗体を結合した RNAナノ粒子を用いて体内のキラー T細胞をガン特異的CAR-T細胞に変える RNAデリバリーはひょっとしたらこの分野のゲームチェンジャーになる可能性がある(https://aasj.jp/news/watch/26970)。この感覚を裏付けるように、最新の Science Translational Medicine に2報も RNA デリバリーの論文が掲載されていたので紹介する。

最初はハーバード大学からの論文で、経口投与によって腸の細胞で遺伝子発現して炎症を鎮める RNA デリバリー法の開発で、タイトルは「Oral delivery of liquid mRNA therapeutics by an engineered capsule for treatment of preclinical intestinal disease(カプセルを用いてmRNAを経口的にデリバリーして治療に使う前臨床実験)」だ。

この論文の紹介は簡単に済ますが、腸管細胞に遺伝子を届ける目的で、まず腸管まで内容物が漏れないように届ける経口カプセルを工夫し、次にその中に詰める RNA がカプセルから出たときに、腸管の粘液バリアを超えて上皮細胞にたどり着き、細胞内に取り込まれたあと、エンドゾーム外に RNA を吐き出せるナノ粒子を設計している。蛍光タンパク質の mRNA を用いて遺伝子導入の効率を示しているが、狙った場所に驚くほど高い効率で遺伝子導入が可能になっている。もちろんカプセルを調整することで、空腸から大腸まで異なる場所に遺伝子を届けられる。

前臨床として、腸炎に対して IL-10mRNA を腸上皮で発現させる治療を行い、ラットやブタで炎症を一定程度抑えることに成功している。ともかく腸上皮に遺伝子を届けるという目的では、かなり高い効率が達成できており、IL-10 にとどまらず、腸上皮特異的な面白い医療技術として発展できる気がする。

今日最も紹介したいのはイェール大学からの論文で、抗体を用いて細胞内に RNA を届けるという、常識には完全に反する RNAデリバリーで、タイトルは「Systemic administration of an RNA binding and cell-penetrating antibody targets therapeutic RNA to multiple mouse models of cancer(細胞内に浸透するRNA 結合性抗体を静脈注射することで様々なガンモデルを治療する)」だ。

タイトルにある cell penetrating antibody をみると、ちょっと知識があれば驚いてしまう。即ち抗体は体中に到達して細胞外で働くが、細胞内には浸透しない。もちろん Fc を介してエンドゾームに取り込まれることはあるが、そこで分解される。

読んでいくと、この研究は1966年、このグループが自己免疫マウスから分離した抗DNA抗体がなんと細胞内に到達して核の DNA に結合するという発見に始まっている。最初はマトリックスと DNA の両方に反応することで、マトリックスとともに細胞内に入るとしていたが、その後の研究で結合した DNA を細胞内に取り込むトランスポーターとともに抗体が細胞内に入ることを明らかにしている。

ただ、大きな mRNA を運ぶ方法としてはまだ使える段階にはないので、細胞内の RIG-1 というセンサーに結合してインターフェロンを誘導するヘアピン型RNA を細胞内に届けて、ガン免疫を助ける方向で研究を行っている。

まず以前に分離していた DNA結合抗体を少し変化させた TAMB3がRNA と結合できることを確かめ、これに RIG-1 を刺激するヘアピン型RNA を結合させ、静脈注射する方法を開発している。

この抗体は同じ結合サイトを用いて DNA と結合し、その DNA が細胞内に取り込まれるときに細胞内に入る。このとき働く ENT2 というトランスポーターは、正常細胞でも少しは発現しているが、核酸を必要とするガンでは発現が高く、その結果静脈に注射した抗体もガンに選択的に取り込まれると期待できる。

膵臓ガンやメデュロブラストーマなどの難治性のガンを移植したマウスに、TAMB3/ヘアピンRNA を静脈注射すると、期待通りガンに比較的選択的に取り込まれ、ガン細胞のインターフェロンを誘導する。その結果、リンパ球の浸潤程度の低い膵臓ガンにも CD8T細胞が浸潤し、ガンに対する免疫が増強することが示されている。

この研究ではチェックポイント治療との併用などは行われておらず、もちろんこれだけで根治には至らない。しかし、ガンに選択的にインターフェロンを発現させられるとすると、面白い治療に発展できる。何よりも、自然に抗体を細胞質の取り込ませるメカニズムがあることは、今後様々な可能性に発展できると思う。

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7月17日 我々ホモサピエンスとネアンデルタール人との交雑の歴史を探る(7月12日 Science 掲載論文)

2025年7月17日
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ネアンデルタール人の全ゲノムを解読し、我々のゲノムの中にネアンデルタール人のゲノムが5-6万年前以降に起こったネアンデルタール人との交雑の遺産として残っていることを明らかにしたのはライプチヒ・マックスプランク研究所のペーボさんの業績だ。このとき、サハラ以南のアフリカ民族にはネアンデルタール人ゲノムは存在しないことが強調されたが、その後のネアンデルタール人のゲノムとアフリカ人ゲノムとの比較から、10万年以上前に現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流入があったことが示唆されている。

今日紹介するプリンストン大学からの論文は、全ゲノム解析が終わっている3種類のネアンデルタール人と1000人ゲノムプロジェクトで得られた2000人という大規模なゲノム配列を比較して、ペーボさんたちが特定した遺伝子流入以前の交雑史を詳しく解析した研究で、7月12日 Science に掲載された。タイトルは「Recurrent gene flow between Neanderthals and modern humans over the past 200,000 years(ネアンデルタール人と現生人類の間の遺伝子流入は20万年以上に渡って繰り返し起こっている)」だ。

遺伝子多様性は時間とともに発生し、蓄積される遺伝子変異と考えると、我々の先祖の多様性を反映している。ただ、他の集団との交雑があると、当然その多様性も取り込むことになる。多様性は我々が2本持っている染色体のヘテロ接合性の度合いを計算していくことで、交雑の結果としての多様性を追跡できる。この結果、ネアンデルタールゲノムのヘテロ接合性の高い領域で現生アフリカ人のゲノムと一致しているが、アジアやヨーロッパ人とは一致しない領域がネアンデルタール人で100カ所以上特定できるが、デニソーワ人では見つからないことがわかった。すなわち、Out of Africa より前に現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流入が間違いなくあったことが確認される。

そこで、最近開発された IBDmix と呼ばれる流入した遺伝子断片を見つける方法を使って特定された遺伝子断片の歴史的由来を探って、例えばアフリカ人に発見されるネアンデルタール遺伝子断片の由来を調べると、最初にネアンデルタール人へ流入した遺伝子領域が、今度は現生人類へと流入し、それが現生人との交流でアフリカに戻るという歴史を特定できる。

これまで古代人の人口はゲノムの多様性から計算していたが、多様性が他の人類から、即ちネアンデルタール人への現生人類ゲノムの流入によりもたらされるとすると、これによる多様性を計算して人口を推定する必要がある。この研究では、この影響を算定し、これまで推定されていたネアンデルタール人の人口が2割程度低くなることを示している。これは、その後のネアンデルタール人の絶滅を考える上でも重要な情報になる。

最後に近似ベイズ計算を用いて、シミュレーションを何度も繰り返しベイズ計算を行う方法で、遺伝子流入の歴史についての様々なモデルを検証し、最終的に現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流入がまず20万年から25万年前に起こり、その後10万年から12万年頃にも同じように起こっていること、そしてあとの交雑の遺産はアルタイネアンデルタールには見られず、その後シャギルスカヤやヴィンジャネアンデルタールには見られること、そしてその後6万年以降2回に渡ってネアンデルタール人から現生人類への遺伝子流入が起こったという歴史が推定されている。

重要な問題は、20万年前の遺伝子流入がどこで行われたかだ。ネアンデルタール人は40万年前にはアフリカから出ていたことを考えると、これまで知られていた場所とは違う場所で現生人類とネアンデルタールの交雑があったことになる。この研究では、ギリシャやサウジアラビアが候補とされているが今後の研究になる。今後この新しいスキームに基づいて古代ゲノム解析が進むことで、これまで特定されている遺伝子流入が一方向性なのかなど、様々な疑問に答えが得られるように思う。また、ネアンデルタール絶滅史もこれからの重要なテーマになると思う。

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7月16日 エクササイズによるガン免疫増強効果の解析(7月9日 Cell オンライン掲載論文)

2025年7月16日
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病気になると安静という時代は今や大きく変化しており、慢性腎臓病などでは適度な運動が腎機能の悪化を防ぐことが示されているし、ウイルス性急性肝炎は別として、慢性肝炎や非アルコール性脂肪肝などではステージにもよるが適度な運動が推奨されている。これはガン治療でも同じようで、前向きな気分を持ってもらうと言った精神的な効果以外にも、直接ガン治療効果を高めることが指摘されている。

今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、運動によるガン免疫増強効果が細菌叢から由来するギ酸塩の CD8キラー細胞への直接効果であることを示した研究で、7月9日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Exercise-induced microbiota metabolite enhances CD8 T cell antitumor immunity promoting immunotherapy efficacy(エクササイズにより誘導される細菌叢の代謝物が CD8T細胞の抗ガン免疫作用を高めて免疫治療効果を促進する)」だ。

研究では免疫チェックポイント治療にセンシティブなメラノーマを移植したマウスに、移植前後に様々な方法でエクササイズを課し、チェックポイント治療効果を運動しない群と比べ、様々なモダリティーのエクササイズが少しではあるが生存期間を延長させられることを示している。この効果は強制的な運動でなくても、マウスの横にランニングホイールを置いておくだけでも効果が見られる。

この研究のハイライトはこの効果が抗生物質の投与でほぼ消失することを発見したことで、即ちエクササイズの効果が細菌叢を通して現れるという不思議な現象が見つかった。さらに便移植の実験でエクササイズ効果が細菌叢の変化にあることを確認している。

この抗ガン効果のほとんどが CD8T細胞特異的に働いていることが確認できるので、細菌叢の培養に分泌される代謝物の効果を調べ、運動で変化した細菌叢由来の代謝物が直接 CD8T細胞のキラー活性を高めることを明らかにしている。

この代謝物を特定するため、変化した細菌の代謝経路解析から、細菌叢の one carbon 代謝経路が上昇し、この経路で合成される代謝物の一つギ酸塩が最も大きな変化を示すことを突き止める。また、腫瘍抑制効果が高いマウスでは血中のギ酸塩の濃度が高い。

ギ酸塩を摂取するのはちょっと抵抗感があるが、しかし安全が確認されている 200mg/kg を経口摂取させると、運動しなくとも腫瘍抑制効果が得られる。これはギ酸塩が直接 CD8T細胞に働いて、酸化還元に関わる状態を調節する転写因子Nrf2 を活性化する結果である事が、ノックアウト細胞を用いた実験から確認される。ただ、ギ酸塩がどのような経路で Nrf2 を誘導するのかは、完全には明らかにできていない。ギ酸塩は一種の異物なので、最も敏感に反応するのはダイオキシン中毒を媒介するので有名な AhR核内受容体だが、ただギ酸塩の効果は AhR なしでも見られるので、ギ酸塩により Keap1 によるユビキチン化が低下することで Nrf2 の活性化が起こるのだろうと推察できる。

そして最後に、チェックポイント治療の効果と血中ギ酸塩のレベルを調べ、ギ酸塩が高い患者さんの予後がいいことを確認している。

一方、ギ酸塩を合成しているバクテリアについてもギ酸塩合成に必要な pyruvate formate lyase 発現レベルの高い Erysipelotrichaceae 族の Dubosiella 属と Lachnospiraceae 族が運動で誘導されることを示している。ただ、なぜ運動がこのような細菌のバランスを変化させるのかについてはわからない。

着眼点は面白いが、免疫には2面性があることを考えると、運動が自己免疫のリスクを高める可能性もあり、人間での丁寧な研究が必要だと思う。

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7月15日 コウモリの主観を探る(7月9日 Nature オンライン掲載論文)

2025年7月15日
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今日紹介するのは、コウモリの飛行時の場所細胞の興奮ルールを調べたカリフォルニア大学バークレイ校からの論文で、「コウモリの主観を探る」というのは誤解を生むかもしれない。ただ、この論文を読んでいて米国の有名な哲学者トマス・ネーゲルの What is it like to be a bat? を思い出してしまった。論文のタイトルはもちろん主観を研究するというものではなく、「Replay and representation dynamics in the hippocampus of freely flying bats(自由に飛行するコウモリの場所の認識とその想起のダイナミックス)」で、7月9日 Nature にオンライン掲載された。

ネーゲルはこの本の中で、当時の脳科学では主観的認識については客観的に解析できないと問題提起し、還元主義ではない新しい科学の必要性を説いた。ジョン・サールなどのクオリアなどの概念もこの批判から生まれている。

ネーゲルの批判にチャレンジしたいというわけではないだろうが、最近コウモリを用いた海馬の場所細胞の研究をよく見かけるようになった。これは大きな部屋で自由に飛び回るコウモリの行動軌跡を追跡できるようになったことと、クラスター電極を脳内に設置し2100-300個の神経細胞の活動を検出するとともにリアルタイムで記録できるようになったことが大きい。

行動観察する部屋の大きさは、研究で使われたエジプトオオコウモリが枝から果物を取りに行く通常の行動範囲を模している大きな部屋になる。

この研究でコウモリが飛行しているとき、また休んでいるときの海馬神経を250個程度記録するとともに、その領域全体の脳波活動 (LFP) を記録している。まず飛行中のコウモリの場所細胞の活動を見ると、他の種での研究と同じで特定の場所に来ると興奮する場所細胞が存在し、行動範囲が大きくても地図が頭の中に圧縮されて表象されていることが確認できる。

この研究では、餌を取りに行くときに飛行した記憶をもう一度頭の中で繰り返すリプレイ(想起)、即ち休んでいるときに場所細胞が飛行しているかのように順々に興奮する過程に焦点を当てている。

数多くのレコーディングを解析してわかるのは、想起は飛行が終わった後や飛行前に準備的に行われるのではなく、休んでいるときに自発的に起こっている。ただ、想起が起こる前には脳波上でリップルと呼ばれる短い波長の脳波が現れる。そして、通常はスタートから飛行の終わりまでの前向きの想起が起こるが、一定の頻度で逆向きの軌跡も想起される。以上のことは、どんなに大きな範囲での行動でも、マウスやラットで見られたように実際の行動で興奮した場所細胞が、想起に合わせて順番に興奮することがわかる。

想起の時間を調べると、実際の飛行時間とは無関係に一定の時間に納められており、これまでマウスやラットで示されてきた一定の行動の想起時間は、行動にかかった時間と比例するという結果とは異なる。これを種が違うからと決めつけずに考えることが重要で、我々でも夜トイレに行った行動の想起と同じ時間で、もっと長い距離の移動を想起できる。ただ、そしてその時間は、エピソードの数によっても変化する事から、ずっとフレキシブルだと思う。今後、長距離を移動するコウモリで渡りのルートがどう想起されるかおそらく研究されるのではないだろうか。

マウスやラットと比べて最も大きな違いとしてこの研究で示されたのが、テータ波カプリング現象が無いことだ。動物が行動しているとき、海馬では4−12Hのテータ波が発生し、これに合わせて次に行く場所細胞の興奮が起こる。即ち、テータ波が過去、現在、未来を場所として表象し治すのに使われる。

ところがコウモリの飛行中にはテータ波は全く存在せず、代わりに時間のリズムを行動に提供しているのが翼の動きのサイクルで、これに応じて次の場所細胞が興奮し始めるようになっている。このような身体の運動自体が時間の方向性を行動の方向性にかぶせるメカニズムはわからないが、テータ波理論のように、内在的時間で行動が決まるという現象は哲学的に考えてしまうが、我々の行動は行動と脳のリズムがもっとフレキシブルにリンクしていると考えた方が良さそうだ。実際、コウモリの場合翼のリズムにロックされていた場所細胞の興奮は、超音波で場所を特定する行動により抑えられてしまう。

以上が結果で、オキーフ、モザー夫妻の研究がどんどん野外に出て実際の行動を調べるようになっていると思う。そして、時間と空間の研究は間違いなく主観の問題に迫るので、面白い。最近ではフィンチやフクロウでも場所細胞の存在が確認されているので、研究が渡り鳥にまで広がるのも時間の問題かもしれない。ただ、鳥にとってはたまったものではないだろうが、いつかコウモリだけでなく、ムクドリであることがわかる日も来る気がする。

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7月14日 栄養分に対する小腸の反応を見る(7月9日 Nature オンライン掲載論文)

2025年7月14日
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腸管では固形物によるメカニカルシグナルだけでなく、栄養分を感知して腸の動きが調節され、場合によっては腸脳相関を介して食欲などを調節するという話は何度も聞く。しかし、栄養分を感知するとすると、味覚やフェロモンのような水溶性の化合物を感知する仕組みが必要になるが、よくわかっていない。おそらく研究者も多くはいないと思う。

今日紹介するベルギー・ルーベンカソリック大学からの論文は、空腸で栄養成分が感知されるメカニズムを解析した研究で、7月9日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Nutrients activate distinct patterns of small intestinal enteric neurons(栄養成分は異なる小腸の腸管神経の興奮パターンを誘導する)」だ。

この研究は体外に取り出した空腸の一個の絨毛を対象として、組織学的、生理学的に研究している。まず、一個の絨毛に浸透性の蛍光色素をミクロピペットで塗り、ラベルされる神経を特定、粘膜下神経叢 (SMP)と筋層間神経叢 (MP) から神経端末が来ていることを明らかにする。

次に神経活動を蛍光で追求できるカルシウムイメージング法を用いて、絨毛の先に神経興奮を誘導するカリウムを添加、この神経結合が機能的である事を確かめたあと、グルコース、酢酸、フェニルアラニンを一個の絨毛に添加し続け、そのときの SMP、MP の興奮を調べると、SMP ではコリン作動性神経が、MP では NOS + 神経やカルビンディン陽性神経が興奮すること、それぞれの刺激に対して10-20%程度の神経が反応することを確認する。即ち、様々な栄養成分が直接絨毛に働いて、神経活動を誘導している。

面白いのは、ミクロピペットを上皮層の下に突き刺し直接栄養分を神経端末に添加しても反応しない点で、栄養分に直接反応しているのは上皮細胞であることがわかる。実際上皮のカルシウムイメージングで刺激に対する反応を見ると、絨毛には先に挙げた栄養成分に直接反応して興奮する能力がある。そしてそれぞれの栄養成分に反応する細胞は別々に絨毛上に存在している。そしてブドウ糖に対する反応は SGLT1トランスポーターがセンサーの役割を演じていることを明らかにしている。即ち、鼻や舌の感覚細胞のような特殊な細胞の代わりに、普通の腸上皮細胞が間隔受容体の役割を演じていることがわかる。

ではこの反応がどのように神経に伝えられるのかを探索し、セロトニンと、ATP が上皮から神経への伝達分子として働いていることを明らかにしている。気になるのは、これら伝達因子は細菌叢でも合成されるので、食事だけでなく腸内での様々な化学的変化を感知している可能性がある。

この様式のおかげで、SMP、MP の神経端末は上皮から刺激を受け取り、またそれぞれにシナプスを介して相互作用しているが、ブドウ糖と酢酸の刺激を比べると、ブドウ糖では SMP を介する経路、酢酸では MP を介して SMP に伝わる回路を通って感知される複雑な回路が示された。

最後に、生きたマウスの空腸で栄養分を腸内に注入したときの MP の反応をしらべ、それぞれの成分に応じて異なる腸管神経が反応していることを確かめている。

以上が結果で、腸でも独自のシステムで化学物質が感知されている神経回路がよくわかった。しかし、私たちは無数の絨毛を持っていることを考えると、例えばグルコースを摂取したときの神経全体のインパクトも含めて腸の栄養分感知と反応を考えていく必要がある。

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7月13日 歯のエナメル由来ペプチド配列解析はこれまで以上に古い化石に使える(7月9日 Nature オンライン掲載論文)

2025年7月13日
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古生物由来の DNA は50万年が限度で、現在まで様々な保存条件が整ったおかげで解読ができた DNA の記録は160万年前のマンモスになる。しかしこれは例外で、例えばデニソワ洞窟でも、土に守られた15万年前の DNA がようやく読めた程度だ。

これに対しペプチド解析は急速に進展し、200万年以上の鮮新世時代の化石であれば適用可能になっている。この進歩は質量分析技術の進歩、経年変化(例えばデアミド化など)の正確な測定、ペプチド配列を照合できるデータベースの充実、そして情報処理技術の進化などが背景にあり、より古い時代の系統解析に使えないかチャレンジが進んでいる。

今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は、現在は4種類しか残っていないサイが多様化した時代をカナダから出土した化石の歯のエナメル分析から解析した研究で、7月9日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Phylogenetically informative proteins from an Early Miocene rhinocerotid(初期中新世のサイ由来の系統学的に有用なタンパク質)」だ。

この研究はグリーンランドと接するカナダ最北の地で発掘されたサイの歯の化石を分析して、サイの系統進化に役立てられないかを調べている。私も門外漢で初めて知ったが、現存のサイには4万年ほど前に絶滅した大きな角を持つ一角獣Elasmotheriumという種が存在し、遺伝子解析から現在のサイと4千万年前に分岐したとされている。

今回分析されたのは、2千万年以上前のサイの歯のエナメルを形成していたペプチドで、最終的には100を超すタンパク質に由来する1000近くのペプチドを解析するのに成功している。この中のエナメル形成成分 amelix のペプチドの比較から、今回解析したサイの amelix は、サイや Elasmotherium とも異なる配列を持っていること、即ち分析されたサイは、サイと Elasmotherium が分岐するより前に分岐していた種であることを突き止めている。

論文のほとんどは、このエナメル組織からのデータが信用できるかどうか、ペプチドの変性プロセスの検証にあてられており、この徹底的な検証を通ったペプチドからサイとも Elasmotherium とも違う種であるという結論を得ている。これが正しければ、古生物学プロテオーム解析を2000万年以上前の動物に適用できることを示すとともに、サイの種の多様化が3500万年ぐらい前から始まっていたことがわかる。

同じ日にオンライン掲載された論文の中にはハーバード大学も同じようにケニアの地溝地帯で発見された様々な哺乳動物の歯のエナメル解析を行い、カナダと比べて厳しい高温多湿環境に晒されてきた標本でも、1800万年前のペプチド配列を回収することが可能で、この配列を使って一定程度系統解析も可能であることが示されていた。

タイトルは「Eighteen million years of diverse enamel proteomes from the East African Rift(1800万年前の東アフリカの地溝帯の動物の多様なエナメルタンパク解析)」で、論文のほとんどが抽出されたペプチドの経年変化を評価し、正しい配列を決定するかについての方法に充てられていた。

以上、子供たちの好きなジュラ紀や白亜紀の恐竜の解析にはまだまだ遠いが、哺乳動物の進化研究については強い味方になると思う。

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7月12日 人間を対象とした脳ミクログリア入れ替え治療の実施(7月10日 Science 掲載論文)

2025年7月12日
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様々な脳疾患でミクログリアを対象とする治療開発が進んでいる。その究極が、異常ミクログリアを正常ミクログリアに置き換えてしまう移植治療で、2ヶ月前にマウスでリソゾーム病の治療に使えることを示したスタンフォード大学からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/26716)。そして、今日紹介する上海交通大学医学部からの論文は、CSF-1 受容体変異でミクログリア異常を示す遺伝病の患者さんに対し、組織適合性をマッチさせた骨髄細胞を用いてミクログリア入れ替え治療を行ったという研究で、7月10日 Science に掲載された。タイトルは「Microglia replacement halts the progression of microgliopathy in mice and humans(ヒトとマウスでミクログリア入れ替えによりミクログリア異常症の進行を止めることができる。)」だ。

これまでの研究から、脳内のミクログリアの入れ替えに必要な方法は確立しつつある。特にミクログリアの生存に必要な CSF-1 受容体シグナルを抑制してニッチを開けるというのが定番になる。個人的な話になるが、この CSF-1 には格別の思いがある。熊本大学で初めて教室を持ったとき、オクラホマ大学から教室に参加してくれた林さんが、大学院生の吉田君と一緒に大理石病マウスop/opが CSF-1 の突然変異であることを突き止めた。そのとき、ヒトの大理石病の中には CSF-1 や受容体の変異が見つかると予想したが、残念ながら予想は外れた。しかしその後、leukoencephalopathy と呼ばれる病気が CSF-1 受容体の変異で起こることがわかり、驚いた。

この研究では CSF-1 受容体変異によりミクログリアの維持が低下している leukoencephalopathy の患者さんを移植治療の対象に選んでおり、最初のミクログリア入れ替えとしては最適の症例選びが行われている。

ただ、すぐに患者さんの治療を行ったわけではなく、患者さんと同じ変異を持つマウスモデルを作成し、人間の leukoencephalopathy が再現できるかを徹底的に確かめている。この病気を起こす変異は数多く知られているが、比較的症例の多い794番目のアミノ酸がチロシンに変わった変異を中心に研究をすすめている。

詳細は述べないが、この変異はヒトでは機能喪失変異とされており、この研究でもそう考えているようだが、示されたリン酸化実験では、無刺激での自己リン酸化が高く、また下流のリン酸化カスケードも高まっているので、脳だけでなく他の組織のデータもほしいと思った。マウスの場合、受容体の変異は大理石病を起こすので、病理の解釈についてはもう少し突っ込んでほしかった。

しかし、目的はミクログリア入れ替え治療の前臨床研究なので、機能や病理解析から明らかにした様々な指標をサロゲートマーカーとして、これまで開発されてきた CSF-1 阻害とブスルファン投与を前処置とする骨髄移植で、leukoencephalopathy の病理や機能の低下を防げることを確認している。

そのあと、人間にトランスレートする際にすぐに認可が得られないことを考え、造血抑制後の骨髄移植という広く行われている骨髄移植方法でも、モデルマウスでミクログリア置き換えが可能であることを示している。 CSF-1 受容体が元々抑制されている leukoencephalopathy を最初の患者さんに選んだ理由がよくわかる。

そして最後に8人の患者さんを選び、通常の骨髄抑制処置を行ったあと、組織適合性をマッチさせた骨髄を移植している。もちろんバイオプシーで確かめるわけにはいかないので、マウスで骨髄移植の効果を反映できると確認したグルコースの取り込みを見る FDG ペットで病気の進行が止まっていることを確認したあと、MRI や脳機能検査を行い、治療が病気の進行を抑えたことを確認している。

結果は以上で、脳で本当にミクログリアが回復しているかなどは評価ができないとはいえ、進行性の遺伝疾患の進行が止まったことは、予想通りの入れ替えが起こったと考えていいように思う。マウスの論文を紹介してから2ヶ月もたたない間に人間での治療論文が行われるというめまぐるしさで、今後他の病気にも拡大していく予感がする。

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7月11日 凝集した Tau 繊維を引きちぎる繊維の設計(7月9日 Nature オンライン掲載論文)

2025年7月11日
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アミロイドβ を標的にするアルツハイマー病 (AD) 治療が一定の成功を収めた今、競争は神経細胞死に直接繋がる Tau を標的にする治療法の開発に移ってきている。もちろんこのブログでも紹介しているように、AD 治療標的候補は数多く存在し、例えば昨年紹介した細胞膜直下の細胞骨格を回復させて細胞内カルシウムを安定化させる方法などはかなり期待できるのではないかと思う (https://aasj.jp/news/watch/24592 )。 しかしアミロイドベータから tau への2段階説はわかりやすく、エビデンスもしっかりしているので、アンチセンスから抗体まで様々な治療方法が研究されている。

そんな中で今日紹介する UCLA からの論文は、凝集によって形成された Tau繊維にまとわりついて、最終的に繊維を引きちぎるという面白い方法の開発で、7月9日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「How short peptides disassemble tau fibrils in Alzheimer’s disease(どのようにして短いペプチドがアルツハイマー病でおこる tau繊維を分解するか?)」だ。

このグループは、細胞内で形成された Tau線維を、自然界には存在しない D型アミノ酸が7つ並んだペプチドが分解できることを報告しており、この論文ではこのメカニズムをさらに詳しく調べ報告している。

最初使われたのは D-TLKIVWC という7つのアミノ酸が並んだペプチドだったので、特に最後のシステインによる S-S 結合の必要性などについて検討し、Tau繊維の分解には S-S 結合は必要無く、一定の疎水性が必要で、システインを他のアミノ酸で置き換えることができることを示している。

また、せっかく D-ペプチドで tau繊維を切断しても、それが新しいシードとして tau凝集を誘導しては元も子もないので、決して新しい凝集のシードにならないことを確認している。

その上で、X線回折やクライオ電顕を用いて、このペプチドが tau繊維と結合する状態を詳しく解析し、ペプチドが tau繊維と結合したあと、tau繊維のねじれに沿ってペプチド自ら繊維構造を形成することを見いだしている。そして、ペプチドからなる線維が一定の長さになると、急に破断しそのときに tau繊維も破断し、分解されることを示している。

即ち、何の操作も必要無く、ペプチドが tau繊維にまとわりついて伸びると、自然に tauごと切断が起こることになる。このときに必要なエネルギーを計算し、最終的に以下のシナリオが提案されている。

ペプチドは D型アミノ酸からできているので、自然では右巻きの線維を形成する。しかし、tau繊維と結合してそれを核にして伸びることで、左巻きで伸びることを強制される。そしてこの左巻きの繊維の伸びが一定の長さに達すると、自然の右巻のねじれを巻き戻そうとするエネルギーがたまり、このエネルギーが tau繊維を切断するというシナリオだ。

ペプチドは脳に移行できれば細胞内にも到達できるので、是非人間の治験へと進んでほしいと思う新しい方法だ。また、tauでなくてもこのようなアミロイド繊維は様々な病気を誘導することがわかっているので、この原理に従って D型ペプチドを設計することで、他の神経疾患の治療法として発展する可能性もあると期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月10日 気になる臨床研究4題(6月30日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2025年7月10日
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最も気になった臨床研究から始める。

熊本大学医学部で免疫学を担当していたとき、講義の最初に抗体を最初に発見したのは誰か知っているか?と訪ねることにしていた。残念ながら答える学生さんはいなかったが、答えはベーリングと北里で、彼らが抗体の発見者と言われる理由は、破傷風の嫌気性培養に成功し、破傷風の血清療法を開発したからで、抗体を用いて治療が行われたのは、彼らの破傷風やジフテリアの治療が最初になる(von Behring E, Kitasato S. Ueber das Zustandekommender Diphtherie-Immunität und der Tetanus-Immunitätbei Thieren. Deutsche Medicininischen ochenschrift1890;49:1113-4.)。特に北里は熊本県小国村出身ということで、一人ぐらい答えてほしいなといつも期待していたので残念だった。

現在は外傷の状態から破傷風のリスクがあると判断すると、ワクチン接種歴のある人はブースターワクチンを接種して様子を見るが、接種歴が不明だと免疫グロブリン注射が行われる。今最初に紹介する中国から論文は、ヒト免疫グロブリンの代わりにジフテリアトキシンに対するヒトモノクローナル抗体の第三相治験に関する報告で、7月8日 Nature Medicine に掲載された。

治験は中国全国の救急外来から外傷で破傷風のリスクがある患者さんを388名集め、ヒト免疫グロブリンかモノクローナル抗体を投与して、破傷風の予防効果と安全性を見ている。このうち70名はワクチンも接種している。実際の効果については、全例で破傷風が発症しなかったので比較はできない。代わりに、投与後90日目までの血中の中和抗体価を測定し、モノクローナル抗体の方が長期間有効濃度を維持できることを示している。

結果は以上で、わざわざモノクローナル抗体を開発する必要が無いと製薬会社は取り組んでいないのだと思うが、1890年のベーリング・北里論文から135年。感慨が深い。

2番目のフランス リヨンにあるガン研究会からの論文は、2008年から2017年に生まれた人たちが将来胃ガンになる確率を予測した論文で、7月7日 Nature Medicine にオンライン掲載された。

詳細は知らないが、各国での胃ガン発生率を元に、ATLASというモデルを使って将来の胃ガン発生率を計算している。

世界全体で1600万人の胃ガン患者が発生し、そのうち76%はピロリ菌によると予想できることから、ピロリ菌のスクリーニングと駆除が重要という結論だ。各国の統計の中で、我が国は患者さんが減少している先進国の一つだが、ヨーロッパと比べると数は多い。一方、アフリカでは発症率の増加が続き6倍以上になると予想している。要するに予測統計が示されているだけの論文で、図や表を眺めるための論文だが、論文の主張は胃ガンは子宮頸がんと同じで予防可能なガンなので、我々日本も含めてピロリ菌対策を徹底する事が最も安上がりな公衆衛生策ということになる。

3番目のワシントン大学からの論文は、身体に良くない3大フード、加工肉、甘い飲料、そしてトランス脂肪酸の健康リスクを計算した研究で、7月1日 Nature Medicine に掲載された。

この研究家過去の論文についてのメタアナリシスで、Burden Proof Meta-regression メタ回帰を用いてリスク算定を行っている。結果はこれまで言われているとおりで、加工肉の場合、糖尿病が11%、直腸大腸ガンが7%増加する。砂糖を添加した甘い飲料の場合は8%糖尿病リスクが高まり、虚血性心疾患リスクが2%上昇する。最後にトランス脂肪酸の場合は3%心疾患リスクが高まるという結果だ。2型糖尿病で見ると、加工肉が最も問題のように見えるが、これら3大フードの取り過ぎには警鐘を鳴らし続ける必要がある。

4番目のオレゴン大学からの論文はお風呂、伝統的サウナ、遠赤外サウナの身体への急性効果を調べた研究で、5月7日 American Journal of PhysiologyのRegulatory, Integrative and Comparative Physiology セクションにオンライン掲載された。

研究では20人の男女に、1週間づつのインターバルで、40.5度のお風呂45分、伝統的サウナ10分3回、そして低温赤外サウナ45分を経験してもらい、入浴中も含めて心拍出量、血圧、体温、満足感などを測定するとともに、入浴1時間後の血液検査で炎症指標を調べている。

結果だが、体温上昇、心拍出量、発汗などでは入浴が最も効果がある。しかしIL-6など炎症性のサイトカインも入浴で上昇する。即ち、40.5度でも、入浴が身体に対するストレスとしては最も強いという結論になる。私も十和田温泉で一度ひっくり返って病院のお世話になったが、温泉好きの日本人には気になる研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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