6月25日:サルを用いた遺伝的発達障害モデル(5月20日号Nature掲載論文)
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6月25日:サルを用いた遺伝的発達障害モデル(5月20日号Nature掲載論文)

2019年6月25日

先日もこのブログでNMDA型グルタミン受容体の機能異常が、自閉症を含む様々な発達障害の原因を示す論文を紹介したが(http://aasj.jp/news/watch/10416)、このタイプの異常の中で多い遺伝的発達障害が、グルタミン酸受容体が形成される時の基質となるSHANK3遺伝子が片方の染色体で機能を失う変異で、Phelan-McDermid症候群と呼ばれている。自閉症様症状だけでなく、筋力低下、睡眠障害、様々な程度の知能発達障害を示すが、同じ様な症状は多くの遺伝性発達障害でもみられる。

自閉症スペクトラム(ASD)全体から見ると、遺伝的な発達障害は一部に過ぎないが、原因となる機能分子がわかっているという意味で、遺伝的ASDは疾患メカニズムの研究に欠かせない。ただ、ほとんどのモデル動物はマウスを中心とするげっ歯類で止まっていた。たしかにSHANK3欠損マウスは社会性や学習異常を示すが、しかし人間と異なりヘテロではほとんど症状がない。したがって、もっとヒトに近いモデル動物が求められていた。

昨年はクリスパー遺伝子操作を行ったクリスパー遺伝子操作受精卵を移植、出産させたとして中国の研究が一躍注目を浴びたが、これからもわかる様に中国はこの技術の利用の幅広さでは世界一といってもいい。今日紹介する深圳先端科学研究所からの論文はSHANK3遺伝子変異サルを作成し、自閉症モデルとして使えることを示した研究で、先週号のNatureに掲載された。タイトルは「Atypical behaviour and connectivity in SHANK3-mutant macaques(SHANK3変異を持つカニクイザルは非典型的行動と神経結合の異常を示す)」だ。

この研究では受精卵のSHANK3遺伝子のエクソン21にCRISPR/Cas9を用いて機能欠損変異を導入し、最終的に5匹のSHANK3変異サルを得ている。それぞれゲノムレベルで起こっている変異は多様で、2匹は異なる変異が両方の染色体で起こったcompound ホモになっていた。さらに、2匹のサルから精子を採取し、同じ様にSHANK3変異のヘテロ個体を繰り返して作れることも示している。すなわち、金はかかるが、ASHNK3モデルサルを欲しいだけ作れる体制が整った。

さて、症状だが、個体ごとに多様な症状と、全ての個体で一様に存在する症状がある。例えば活動性は全ての個体で低下しており、睡眠障害でも、特に寝るまでに時間がかかる。

社会性で見ると、正常では多様だが、変異サルでは全ての項目で一様に低下している。

また筋肉の低緊張もヒトと同じで一様にみられる。

マウスではほとんど不可能な視線を追いかける実験も行える。この結果、視線が落ち着かないという特徴が一様に存在することがわかった。ただ、同じ様な症状はASDでは指摘されているが、SHANK3変異では調べられていないので、ヒトでも調べる必要があるだろう。

最後にテンソルMRIで各領域間の結合性を調べ、感情やモチベーションに関わる領域と前頭葉や運動野との結合が低下していることを示している。一方、やはりヒトで指摘されている様に、各領域内での結合性は高まっている。

まだ始まったばかりだが、ヒトの症例をかなり反映したモデルができたと言えるだろう。また、サルで初めて見つかる症状も存在することから、今後詳しい解析が進めばそのままヒトの症例へフィードバックできる可能性がある。

そして最も期待されるのが、発達過程の解析、そして介入実験だ。マウスSHANK3変異を用いた研究からロイテリキンの効果が示されている(http://aasj.jp/news/watch/9990)。ぜひ、サルを用いて組織レベルの変化まで詳しく調べ、新しい介入法の開発につなげて欲しい。

しかしこの分野の中国の実力はすごいと思う。

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6月24日 顕微鏡を一切使わず、細胞の構造をDNAの配列データだけで画像化する(6月27日号Cell掲載論文)

2019年6月24日

チューリング以来、論理的情報は、機械の動きに変えられることが明らかになり、情報から現象を再構成する技術が急速に進んでいる。その結果、この分野に明るくない私は、AIに限らず、最近の多くの生命科学の論文を、隅々まで完全に理解することが極めて困難になった。しかし、そんなことにはお構いなく、情報科学を用いた思いも及ばなかった論文が相次いで発表される。

そんな論文の中でも今日紹介するハーバード大学からの論文には驚いた。細胞の構造を顕微鏡なしに観察する可能性を示した研究で、6月27日号のCellに掲載された。タイトルは刺激的な「DNA Microscopy: Optics-free Spatio-genetic Imaging by a Stand-Alone Chemical Reaction (DNA顕微鏡:光学機器の必要ない空間的遺伝的イメージングを化学反応だけで可能にする)」だ。

乱暴に言ってしまうとこの研究では、ある領域に分布する人間の数と、その中の個人同士の物理的距離がわかれば、その場所の地図が描けるという、最近利用され始めた情報処理技術を利用している。ただ、地図を描くことも、距離を測ることもこれまで全て視覚を通して行われてきた。ただ、最近だとスマフォ同士の距離は電波の強さでわかる。

この研究で場所にあたるのが組織で、人間にあたるのが任意に選んだ複数の遺伝子のmRNAだ。と言われてもよくわからないと思うので、実際に論文に使われている例で話を進める。

まずGFPとRFPを別々に導入した細胞を用意し、混合して培養する。こうして、GFP+細胞と、RFP+細胞が混合する一種の組織ができる。この組織でGFP、RFP、そしてアクチン、GAPDHの4種類のmRNA(個別の)の間の距離を調べ、それを情報処理して細胞の分布地図を作っている。

と聞いても。本当にできるのかにわかには信じられないが、例えば核内で染色体の各部の接触確率を調べるHiCを用いて核内の染色体地図を書く様なイメージで、ネットに繋がる携帯電話の分布地図を描くために開発された技術らしい。

では組織上で各mRNA間の距離を見るという過程なしにいかに測定するのか?この研究ではcDNAを結合させる反応の起こりやすさを距離の近さとして用いている。

まず末端を特異的配列でラベルしたプライマーを用いて、組織上でcDNAを合成し、次にそれぞれのcDNAを標識配列ごと増幅する。すると、増幅されたDNAはその場所からゆっくり拡散で広がり始め、距離に応じて他の場所から拡散してきたRNAと混じることになる。そこでOverlap-extension PCRを用いて、異なるcDNAが近くに来た時だけ一本のcDNAとして結合させると、距離に反比例してoverlap-extensionされたcDNAの数が増える。この時overlapしたcDNA同士の間に、個々のextension反応を示すユニークな標識がランダムに挿入される様にしておくと、個々のoverlap-extension反応の個別標識として解析できる。

こうして合成されたoverlap-extension DNAの配列を決定することで、最初にcDNA合成されたmRNA同士の距離が計算でき、この結果を処理すると地図がかけるというわけだ。原理はおわかりいただいただろうか?

残念ながら細胞内のmRNAの分布を示すだけの分解能はまだないが、もっとmRNAの種類を増やしていけば、原理的に解像度は上がる。しかし、全く顕微鏡なしに細胞を見る(?)ことができる日が来るとは想像しなかった。

しかし、自分が何かを見て認識しているという脳の過程を考えると、かなり近いことが行われている。とすると、脳と同じである程度トップダウンで形態の類型を加えてやれば、顕微鏡のいらない日が来るのかもしれない。

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6月23日 トランスポゾンから学ぶ新しいクリスパーテクノロジー(Natureオンライン版掲載論文)

2019年6月23日

クリスパーはもともとバクテリアが、外来のウイルスやプラスミドから自分のゲノムを守るために進化してきたシステムだが、逆にウイルスに取り込まれて、バクテリアの免疫を抑える方向にすら使われている、融通無碍のシステムだ。従って、クリスパーの利用法を学ぶ目的で、今も自然に存在するクリスパー/Casシステムを探索して、新しい機能を探す研究が行われている。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、クリスパーシステムを特定の遺伝子サイトに潜り込むために使っているトランスポゾンの発見でNature オンライン版に掲載された。タイトルは「transposon-encoded CRISPR–Cas systems direct rNA-guided DNA integration(CRISPR-Cas システムをコードするトランスポゾンはRNAのガイドによるDNAへのインテグレーションを可能にする)」だ。

この研究では、自然に存在するCRISPRシステムを探索している中で、コレラ菌に存在するトランスポゾンが、CRISPR/Casを持っているが、DNA切断活性を持つCas9は持っていないことを発見する。

もともとトランスポゾンは、自身でDNAを切断し、ホストゲノムと統合できる活性を持っている。ただ、これには全くゲノムの場所特異性はない。著者らは、新たに見つけたクリスパーシステムを持つトランスポゾンが、クリスパーをゲノムへの統合場所の特異性を決めるのに使っているのではと考えた。

詳細は全て省くが、まずこのトランスポゾンのコードするTniQとCas8,Cas7, Cas6が繋がった分子が、ガイドRNAに導かれてバクテリアゲノムの特定の場所に結合し、次にその場所にトランスポゾン分子tnsCをリクルートしてトランスポゾン複合体が集められ、自らのDNAを統合させる過程を明らかにした。

実験のほとんどはこの生化学過程の解析だが、最後にガイドRNAを用いて、狙ったところに正確にトランスポゾンが挿入されていることを示している。

本当は大事な生化学的過程の詳細は省いてしまったが、この論文のメッセージは、ゲノムへの侵入を防ぐ目的のクリスパーを、ゲノムへ統合するために用いているシステムがあるということで、バクテリア間での重要な遺伝子のやりとりができる新しい系が進化したと言えるかもしれない。

ただ、クリスパーを技術として見る観点から言えば、トランスポゾンと組み合わせると、これまで悲願だった大きな遺伝子の狙った場所への挿入が可能になったことになる。おそらくこのためには、システムを2−3個の独立したベクターに組み込む必要があると思うが、近いうちにそんなシステムが販売される様な気がする。

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6月22日 発達障害とNMDA型グルタミン受容体(6月18日Science Signaling掲載論文)

2019年6月22日

Rett症候群は運動障害、知能発達障害、自閉症様症状などの発達障害を示す病気で、DNAのメチル基に結合するタンパク質をコードする遺伝子MECP2の機能が片方のX染色体で失われることで起こる。この病態を理解するためにはMECP2が脳神経細胞で何をしているのか理解することが必要だが、MECP2自体は多様な過程に関わっており、特定の機能とピンポイントで結びつけるのは難しい。

最近ゲノム解析が進み、これまでRett症候群として分類されていた中にCDKL5やFoxG1の様な分化誘導因子の変異が存在していることがわかり、この発達過程で多くの遺伝子が働いていることがより明らかになってきた。今後、一つ一つの遺伝子のRett症候群での機能を解明することが、治療法開発につながる。ただ、この様な臨床例を基礎的に調べなおす力がある研究グループは多くない。

今日紹介するバロセロナ大学からの論文は、GRIN2に変異を持つ極めて稀なRett症候群を生理学的に詳しく解析し、症状を改善させる治療法を開発した研究で6月18日号のScience Signalingに掲載された。タイトルは「L-Serine dietary supplementation is associated with clinical improvement of loss-of-function GRIN2B-related pediatric encephalopathy (GRIN2B遺伝子欠損による小児の脳症をL-serineを混ぜた食事で改善する)」だ。

この研究は一人のRett症候群の子どもから始まっている。症状からRett症候群と診断されたが、MECP2遺伝子は正常だったため、エクソーム検査を行い、グルタミン酸受容体を構成するGRIN2B自体に変異が発見された。この遺伝子の変異はウェスト症候群や巣てんかんなどの原因遺伝子として知られていたが、553番目のプロリンがスレオニンに変わる変異はほぼRett症候群に近いことがわかる。

そこで、この変異を片方の染色体に持つ場合、何が起こるかを、細胞学的、生理学的に調べ、グルタミン酸への結合力が低下してチャンネルのコンダクタンスが低下すること、またこの結果としてシナプス形成が低下することを発見する。

NMDARはグルタミン酸だけでなくセリンのラセミ体D-serineやグリシンによって側面から活性化されることでシグナルの調節が行われていることが知られている。そこで、試験管内でD-セリンを加える実験を行うと、変異による様々な異常を改善することがわかった。

最後にこの結果を受けて、患者さんの症状をセリン投与で改善できないか調べている。D-セリンは薬剤として使われ始めてはいるが、子供に投与する時の予想できない副作用を考慮し、この研究では普通のL-セリンを食べさせている。事実、D-セリンはL-セリンより脳内で合成できることがわかっており、この患者さんでもL-セリン投与でD-セリンが上昇することが確認できる。投与量は、500mg/kgなので、5歳児(20kg)とすると、10gという大量の投与が必要だが、食事に混ぜて食べさせることで行動異常が大きく改善したことを示している。

話は以上で、一人の臨床例をここまで解析できた研究グループには頭がさがる。結果については、一見NMDARの変異に限った話と思われるが、MECP2の変異によるRett症候群でもNMDAR受容体の活性が低下しているという指摘もあることから、他の様々な発達障害の治療方法になる可能性がある。RettやMECP2重複症はiPSも存在し、神経を誘導できる。是非この可能性も積極的に調べて欲しいともう。

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6月21日 皮膚の上から血中のメラノーマ細胞を検出する(6月12日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年6月21日

毎日論文に接していると、専門の医学に限っても、全く知らないところで新しい技術が生まれていることを実感する。今日紹介するアーカンサス医科大学からの論文は、1860年にグラハムベルによって原理が発見された光のパルス・エネルギーを音に変換する光音響効果を用いて、血中を流れるメラノーマを検出しようとする技術の開発で6月12日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「In vivo liquid biopsy using Cytophone platform for photoacoustic detection of circulating tumor cells in patients with melanoma (Cytophoe技術を用いた生体中のliquid biopsyによりメラノーマの患者さんの血中を流れるガン細胞を検出できる)」だ。

今回私が驚いた技術が、光音響効果を用いた技術なので、少し解説しよう。実際、我が国も含め世界中で研究が進んでいるようだ。分かりやすくいうと、超音波を照射し返ってくる音波を検出して体内の様子を画像化する超音波診断と同じようなものだ。ただ、超音波を照射する代わりに、パルスレーザーを照射し、レーザーがぶつかった細胞が温められた時に発するナノバブルの音を検出して、体内の様子を調べるものだ。したがって、特定の波長のレーザー光の吸収とそれによる超音波発生の細胞ごとの効率が検出されることになる。

ただ、超音波診断が聴診器の代わりになり始めている現状で、この技術の優位性を見つけるのは容易ではない。色々試行が重ねられて、ついにこのグループは血中を流れる色素を持ったメラノーマ細胞の数を血液を抜かずにカウントするという、ドンピシャの適用法を着想した。

最近になって血中を流れるガン細胞を検出して、ガンの状態をモニターする方法が続々開発されているが、流れていると言っても血中のガン細胞の数は少なく、採血可能な血液量では検出に限界があった。一方、直径1mmぐらいの血管を1時間近くモニターすると、なんと1リットルの血液に相当する量をモニターすることができる。

この研究では、最適なレーザー波長、エネルギー、データ処理システムなどを至適化して単一のメラノーマ細胞、メラノーマ細胞の固まり、メラノーマ細胞と白血球の塊、白血球などを、連続してシグナルを送る赤血球の中から区別して検出できるようになった。そしてこの方法をメラノーマの患者さんで試してみると、18例中17例で間違いなくメラノーマ細胞を検出することができた。

最後に同じプラットフォームでもう少し強いレーザーを当ててメラノーマを血中で殺せるかという実験も行っている。驚くことに、18例中6例でたしかに処理後、血中のメラノーマ数が減少したことを示し、治療にも役立つと結論している。

しかし、わざわざ2兎を追わなくても、持続的モニターだけでも十分価値があると思う。特にメラノーマはチェックポイント治療、ガンの標的療法など、最先端の治療法が使われている分野だ。しかも、皮膚に病巣があり、支配血管を特定することもできる。とすると、治療効果をガンの周りの血管で調べる新しい研究が可能だ。この分野でまず技術を磨いて、その後適用を拡大すればいいと思う。

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6月20日 動物の起源(6月19日号Nature 掲載論文)

2019年6月20日

真核生物は、次に植物が属するバイコンタと動物とカビが属するオピストコンタ、そしてどちらにも属さないアメーバに分かれる。動物をさらに菌類からわけてホロゾアと呼んでいるが、このホロゾアに属する単細胞生物が分化した細胞を持つ多細胞生物が生まれるが、この段階を代表すると考えられているのが単細胞の襟鞭毛虫と、この細胞によく似た襟細胞を持つスポンジだ。

今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学からの論文は、この襟細胞の類似性に着目し、発現遺伝子のパターンから、動物進化を読み解こうとした論文で、一種の機能ゲノミックスを絵に描いたような研究だ。タイトルは「Pluripotency and the origin of animal multicellularity(多能性と多細胞動物の起源)」だ。

この研究ではまずスポンジから、襟細胞、上皮細胞、多能性の間質細胞(原始細胞)の3種類の細胞を目視で分離してきて、それぞれの発現遺伝子を解析している。この発現パターンをもとに主成分分析を行うと、襟細胞がほかの2種類の細胞から最も分かれていることがわかる。また、これまで知られていたように、スポンジでは原始細胞が増殖や分化に関わる遺伝子を強く発現してスポンジの幹細胞として働いていることがわかる。

次にスポンジの遺伝子を、襟鞭毛細胞とメタゾアが分かれる時点から見て、新しい遺伝子と古い遺伝子(前メタゾア、後メタゾア)、そしてスポンジに特異的な遺伝子に分け、それぞれの細胞でどのタイプが発現しているか調べると、原始細胞では前メタゾア遺伝子が、襟細胞ではスポンジ特異的遺伝子の割合が多いことを見つけている。すなわち、襟鞭毛細胞とより近いのは、襟細胞ではなく原始細胞の方だ。

一見、矛盾するように見えるが、襟鞭毛虫は異なる生活サイクルを持っており、多細胞の集合体を形成することがある。この襟鞭毛虫の生活サイクルで現れる異なる段階と、スポンジの3種類の細胞とを比べると、原始細胞の遺伝子発現パターンが、襟鞭毛虫が細胞集合体を作った時の発現パターンに似ていること、逆に形は似ていても襟細胞や上皮細胞はこれらの単細胞生物とはほとんど似ていないことが明らかになった。

このパターンと、3種類の細胞の分化能を比べるため、細胞を標識して分化を追跡する実験を行い、スポンジの体を支える幹細胞が原始細胞で、全ての細胞へ分化すること、そして面白いことに、襟細胞は原始細胞と可逆的に分化転換を起こしていることがわかった。

以上の結果を総合して、可逆的に分化転換が起こっている襟細胞と原始細胞のセットは単細胞生物時期にすでに進化しており、このシステムを形態形成に使ったのが多細胞動物の始まりであると結論している。

単純にゲノムだけを比較するゲノム進化研究から着実に機能ゲノミックスが発展していることがよくわかる論文だ。この研究で使われたスポンジはqueeslandicaという学名がついており、大学と同じ名前のついた生物をわざわざ選んで研究する洒落っ気が感じられるのも好感が持てた。

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6月19日 マウスは食べ物の安全性を他の個体に教えることができる(6月7日Science掲載論文)

2019年6月19日

おそらく人間の幼児の場合、好き嫌いはあっても、食べ物の安全性は習わないとわからないと思う。これは他の動物でも同じで、習わない場合は結局進化の過程で本能に備わった好き嫌いが、ある程度安全性を担保できるようになっているとおもう。実際、昆虫などは食性が極めて限定されている。

もちろん人間やサルに限らず、マウスのような動物でも他の動物の行動から食の安全性を習うと思われるが、食べ物の安全性を習うという行動を実際に実験するとなるとどのように調べればいいか、簡単ではない。今日紹介するジュネーブ大学からの論文は他の個体の行動からマウスが食の安全性を習う神経回路を調べた論文で6月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「Social transmission of food safety depends on synaptic plasticity in the prefrontal cortex (社会的な食の安全性の伝達は前頭前皮質のシナプス可塑性に依存している)」だ。

この研究のハイライトは、食べ物の安全性が伝えられるプロセスを調べるための課題の設計に尽きる。この研究では同じ食べ物にクミンとタイムの匂いを染み込ませ、マウスに選ばせる実験系を用いている。それぞれの匂いに全く未経験の場合、マウスはすぐにタイムの匂いを選ぶようだ。ところがそこに、クミンの匂いを持つ食べ物になれたマウスを同居させると、初めてのマウスもクミン臭の食べ物を時間をかけて調べるようになる。よくまあこんな実験系を思いつくものだと感心する。

行動実験系が出来上がれば、あとは脳の反応を調べることになる。まず他の個体から学習した時に反応する神経を調べると、前頭前皮質で反応細胞が増えているのがわかる。そこで次にモティベーションに関わる側坐核への投射が機能しているか光遺伝学など様々な方法で調べ、側坐核へ投射する中型のスパインを多くもつ神経細胞(MSN)がクミン臭の食べ物の安全性を習うときに増えることを発見する。

全く初耳だったが、マウスはこのような状況では二硫化炭素を用いてコミュニケーションを行うらしく、実際マウスから習わなくとも、二硫化炭素を嗅がすと同じ回路のMSNが増加する。そして確かにこの匂いを感じる梨状皮質から側坐核へ神経投射している前頭前皮質の神経細胞へ神経投射があることを確認している。すなわち、習うときに二硫化炭素を感じて、それが前頭前皮質を介して側坐核を活性化する。

次に、こうして食の安全性を学習することが、梨状皮質、前頭前皮質、側坐核の回路の特性を変化させるか調べるため、行動実験時に光遺伝学で梨状皮質から前頭前皮質へ投射している神経を刺激すると、学習時の側坐核の神経興奮がさらに増強することを確認している。シナプスを化学的にブロックできるようにしたマウスをもちいて、この回路を特異的に遮断すると、学習が消失する。

以上の結果から、クミン臭になれたマウスは硫化炭素を介した、匂いのシグナルでマウスの前頭前野から側坐核への神経細胞を増加させて、食の安全性を伝え、また学習することが示された。

脳生理学的には特に驚くことはない話だが、マウスが食べ物の安全性をしっかり伝えており、またその行動を調べるための実験系が工夫されていることを知って、感動した。

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6月18日 抗体だけでT細胞活性化するガン免疫治療(6月12日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年6月18日

現在成功しているガン免疫治療は、PD-1抗体のように活性化T細胞に対するチェックポイントを抑制する治療か、あるいはガンに対して反応するよう遺伝子操作したT細胞(CAR-T)による治療だが、ガンに対する免疫を活性化させる方法はまだまだある。すなわち、様々な治療が次から次へと開発されてくることが予想され、現在行われている治療もいつ古くなるか気が気ではないと思う。

今日紹介するのはまさにそんな競争を繰り広げている製薬会社ロッシュの研究所からの論文で、ガンの近くにT細胞をリクルートしてそれを抗原とは無関係に活性化してしまうというガン免疫治療開発で6月12日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Tumor-targeted 4-1BB agonists for combination with T cell bispecific antibodies as off-the-shelf therapy (ガン組織に集まる4-1BB活性化分子と2種類の特異性を持つT細胞活性化抗体は誰にでも用いられるガン治療を実現する)」だ。

T細胞を刺激するためには抗原ペプチド+MHCによるT細胞受容体(TcR)の刺激と、CD28や4-1BBのような共刺激シグナルの両方が必要で有ることがわかっている。実際今話題のCAR-T治療で用いられるキメラ抗原受容体はシグナル部にCD3とCD28の両方の刺激が入るようにできている。

この研究のアイデアは、共刺激シグナルと、TcRシグナルをガン局所で、非特異的に刺激してやれば、そこにいる全てのT細胞を活性化してガンを攻撃できるというものだ。このために、ガン抗原やガンの間質に存在する抗原に対する抗体と4-1BB刺激リガンドを合体させたキメラ分子と、ガン組織の抗原に対する抗体とTcRに対する抗体を合体させたキメラ抗体の両方を用いて、ガン組織に存在するT 細胞だけを、全身の副作用なしに刺激できる治療法を開発している。繰り返すと、T細胞への刺激は非特異的だが、刺激分子が両方ともガン組織に集まるようにしてあるので、ガン組織だけで免疫反応が起こる。

他の組織で活性化が起こらないよう様々な工夫が行われているが全て割愛する。まだ動物モデルだが、両方の活性化分子を注射すると、CAR-Tのように白血病を根治できるのはもとより、ガンの間質に集まりやすくした共刺激シグナル活性化分子を用いると、様々な固形がんにも利用可能であるという期待の持てる結果だ。

すなわち、CAR-Tのように治療のたびに患者さんのT細胞を遺伝子操作する必要もなく、抗体だけの投与でCAR-Tと同じ効果が得られる方法だ。従って、やすくはないが、同じものを多くの人が使えるという意味で、CAR-Tよりはかなり安価に治療できる可能性がある。さらに、固形がんにも効果が示されていること、がん細胞上の抗原に限らず、がん組織に対する抗原で十分治療効果を得られることは、普遍的がん免疫治療に一歩近づいたのではと期待する。

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6月17日 パーキンソン病治療薬L-ドーパを分解してしまう腸内細菌(6月14日号Science掲載論文)

2019年6月17日

パーキンソン病の運動障害はドーパミンを分泌する神経細胞が変性により失われることで起こるが、これを治療するための最も重要な薬剤がL-dopaだ。ドーパミンではなく、L-dopaにするのは、ドーパミンが脳血管関門を通過できないためで、L-dopaが脳内に入った後AADC と呼ばれる酵素で脱炭酸化されてドーパミンになる。問題は、末梢にもAADCが存在するため脳に入る前にドーパミンになるL-dopaの方が6割近くあり、脳内には1−5%しか到達しない。また、末梢でドーパミンが上昇すると血管緊張性を変化させ、立ちくらみや、不整脈がおこる。

このようにもともと摂取量の調節が難しいL-dopaの効果をさらに複雑にする要因として最近腸内細菌叢が着目されるようになった。今日紹介するハーバード大学からの論文は腸内細菌によるL-dopaの代謝経路を明らかにした研究で6月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「Discovery and inhibition of an interspecies gut bacterial pathway for Levodopa metabolism (腸内細菌の種間が協力するLevodopa代謝経路の発見と阻害)」だ。

研究ではまずデータベースからL-dopaの脱炭酸化能力のある細菌を検索し、E.Faecalisのチロシン代謝システムがL-dopaの脱炭酸化能力を持つ可能性を突き止める。そして、小腸に存在するE.Faecalisを培養して、この能力を確認している。

もし細菌叢により変換されたドーパミンがそのまま吸収されると先に述べた循環系の副作用の元になる。ただ、さらに脱水分解が進んでm-tyramineになれば問題はなくなるので、この経路を持つ細菌を腸内から分離することと次に試みている。

実際には、ドーパミンだけが電子受容体として働く培地で便を培養し、最終的にE lentaを分離し、この細菌がdopamin delydroxylaseを確かに持っており、ドーパミンをl-tyramineに変換できることを確認している。ただ、腸内に存在するこの種類の細菌のドーパミン脱水化の能力は極めて多様で、細菌の種類の検査だけではこの活性が予測できないことも明らかにしている。

次に人間の腸内でこれらの細菌が働いてL-dopaを分解しているかどうかを、便中の細菌叢の培養を用いて調べ、17例中12例の便でl-dopaがm―tyramineへ分解することを確認している。また、この活性がE.Faecalisの量と比例することも明らかにしている。またドーパミンからm-tyramineへの分解は、脱水化酵素の506番目のアミノ酸がアルギニンである系統のみが人間の腸内での分解と相関していることを示した。これにより、L-dopaを服用した時のドーパミン産生とその分解についてある程度予測可能であることが明らかになった。

最後に、L-dopaの脱炭酸化を阻害する薬剤をスクリーニングし、現在人間の脱炭酸化酵素を阻害する薬剤は細菌には効果がないこと、また新しく開発したAFMTでは腸内細菌叢特異的にL-dopaの脱炭酸化を抑えられることを示している。

以上の結果は、L-dopaが腸内細菌叢によりドーパミンになる経路を明らかにしただけでなく、患者さんたちが必要量のL-dopaを正確に摂取できるための腸内細菌叢の寄与度を確かめる臨床検査法開発、またこの活性を抑える薬剤開発までカバーした重要な貢献だとおもう。

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6月16日 母体から胎児への抗体の移行を決める要因(6月27日号Cell掲載論文)

2019年6月16日

昨日は抗体の膣腔への移行に、B細胞が膣組織へと移動する必要があることを示す論文を紹介し、全身を循環する抗体が必ずしも全ての組織に同じように浸透できるわけではないことを知った。

今日紹介する論文は母体から胎児への抗体の移行を決める条件についての研究で、6月27日発行予定のCellに掲載されている。同時にハーバード大学及びデューク大学から2編の論文が掲載されており、母親の抗体が必ずしも平等に胎児に移行できるわけではなく、移行しやすい抗体と、そうでないものに別れることを示す研究だ。

この多様性の原因についての解明についてはハーバード大学からの論文が進んでいるが、胎児の感染症予防という臨床研究として見ると、デューク大学の方が苦労がにじみ出ているのでそちらを中心に紹介することにした。タイトルは「Fc Characteristics Mediate Selective Placental Transfer of IgG in HIV-Infected Women (Fc部分の特徴がHIVに感染した母親のIgGの胎盤通過の選択性を媒介する)」だ。ちなみにハーバード大の論文では「Fc Glycan-Mediated Regulation of Placental Antibody Transfer(Fc糖鎖が抗体の胎盤通過の調節に関わる)」と、より明確だ。

さてデュークの論文に移ろう。この研究では、米国とマラウィで行なわれているHIVに感染したエイズの妊娠女性のコホート研究を利用し、出産時に母親の血清と臍帯血中の血清を比較して、抗体の胎盤通過性に差があるのか、差があるとしたら何により差が生まれるのかを調べている。

まず様々な抗原に対する抗体を母親と胎児で比較し、母親により胎盤通過性が大きく変化していることを発見する。特に重要なのは、比較的病気がコントロールされ、状態のいい米国の母親と比べた時、マラウィの母親では抗原にかかわらず、抗体の胎児への移行率が低く、新生児の抵抗力を伝えることができていないことがわかる。

このように、エイズの程度と抗体の胎盤移行度が反比例することがわかったので、この差を決めている要因を探っている。このために、抗原に対する抗体の移行率から、移行のしやすさを数値化し、それと母体の状態や抗体の性質との相関を順番に調べている。

母親側の問題としては、エイズの重症度を示すCD4T細胞の数、及び高ガンマグロブリン血症との相関は見つかったが、これは予想されていることで、メカニズムを示すはっきりしたものは見つかっていない。

そこで抗体の生化学的性質との相関を調べ、最終的に胎盤に発現するFc受容体との結合性を決める、サブクラス(IgG1とIgG4が移行しやすい)、そして糖鎖修飾の差が移行度に影響することを示している。そして糖鎖が、フコース化、2分化、シアル化されていると、胎盤を通過しにくいことを発見している。

これらの結果から、胎盤移行は一つの要因だけで決まるのではなく、様々な要因が重なって抗体の胎盤通過が決まると結論している。

エイズ患者に絞った目的のはっきりした研究だが、はっきり言って明確な答えを出すという点ではフラストレーションの残る論文だった。一方、ハーバードの方は、出産時の母親と臍帯血の血清の解析から、NK細胞を活性化する抗体が胎盤通過をしやすいことに着目して、抗体の糖鎖に2つのガラクトースが結合した場合に通過しやすくなることを明確に示している点で、結論は明確で、今後の臨床応用への目標は設定しやすい。

今後、それぞれの結果はさらに検討されると思うが、この研究により、母親へのワクチン接種で子供を守る際の免疫方法へのヒントが示されると期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ
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