1月8日:中高年の健康に対するサプリの効果(1月3日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
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1月8日:中高年の健康に対するサプリの効果(1月3日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2019年1月8日
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わが国のテレビや新聞にはさまざまな健康食品やサプリの宣伝が溢れている。この購買層として標的になっているのはほとんど中高年だが、この層に本当にそんなサプリが効果があるという証拠があるのか、いつも気になる。こんな気持ちから、効果が当たり前と思われているサプリや健康食品の成分について疫学的に調べた論文はできる限り紹介しようと考えている。時に、同じ成分を販売している企業にとっては邪魔な記事を書くことになる。事実、記事に対して脅迫めいたメールを送りつけられたことがある。もちろん企業自体がそんなバカなことをすることはない。もともと論文を紹介しているだけだから、論文には反論論文を書くしかない。しかし不思議なことに、企業の気持ちを汲む学会やメディアが存在して、メールを送りつけたり、反論記事を書く。こんな経験をしたためか、逆に今後も科学的にサプリや健康食品の科学的検討を行った論文は是非とも紹介したいと、天邪鬼精神に火がついている。

今回紹介するのは、わが国でも多くの企業が販売しているサプリの典型のオメガ脂肪酸とビタミンDの中高年のガンや心臓病予防効果に関するハーバード大学からの研究で1月3日号のThe New England Journal of Medicineに掲載されている。2報に分かれているが同じ対象についての治験研究で、「Marine n−3 Fatty Acids and Prevention of Cardiovascular Disease and Cancer (海洋の n-3脂肪酸と心血管疾患とガンの予防効果)」と「Vitamin D Supplements and Prevention of Cancer and Cardiovascular Disease(ビタミンDサプリメントの心血管疾患とガンの予防効果)」だ。

研究はオメガ脂肪酸とビタミンD の中高年の健康への影響をみるシンプルな研究だが、大規模な無作為化二重盲検治験だ。40000人近くの中高年をリクルートし、最終的にその中から条件を満たす2万5千人を無作為化し、オメガ脂肪酸(EPA+DHA合剤)群と、偽薬群にわけ、約5年フォローしてガン、心血管疾患、そして死亡者の発生を調べている。また、同じ対象を全く同じようにビタミンD投与群と、偽薬群にわけているので、実際には、オメガ脂肪酸とビタミンD両方、それぞれどちらか、あるいは偽薬のみの4群に分かれていることになる。従って、4群別々に検討することが必要なのだが、結果が飲んでも飲まなくても、どちらもガンの予防、心血管疾患の予防、そして死亡数に全く影響なかったため、それぞれの効果を調べる以上の解析は行っていない。

すなわち結論を繰り返すと、両方のサプリとも、中高年の2大疾患を防ぐという意味ではあまり効果が得られないという結果になる。

ただこの結果は、オメガ脂肪酸やビタミンDの一般的重要性を否定しているのではない。これらが脳の発達に重要な役割を演じていることは、多くの科学的研究により証明されている。しかし、これは胎児期や発達期の話で、中高年のガンの発生予防や心血管疾患予防効果をうたうには調査が必要だった。この課題に対し世界トップクラスの代表ハーバード大学医学部が、サプリの治験のようなあまり人のやりたがらない問題にコミットし、やり遂げたことには頭が下がる。中高年を対象にサプリメントとしてこれらを販売している企業にとっては残念な、ネガティブな結果に終わったが、ネガティブ結果であってもNEJMは重要な研究として掲載を決めた。

毒でなく本人が満足しているなら、わざわざ検証しなくてもという考えもあるだろう。また医療用医薬品と比べれば目くじら立てるほどの価格でははないという声も聞こえてくる。しかしそんな声を意に介さず、わかっていないことはあくまで追求するという医学者魂を感じさせる論文だった。すでに、高齢になってからの低用量アスピリンに効果がないという治験結果が同じNEJMに昨年発表された。今年も同じような治験論文が発表されると期待しており、積極的に紹介したいと考えている。

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1月7日 膵臓ベータ細胞の数を増やす(3月5日掲載予定Cell Metabolism掲載論文)

2019年1月7日
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私たちのNPOの一つの目標は患者さん団体の活動を、専門知識を通して助けることで、当然の帰結として患者さんへの応用が近いと思われるような論文は見つければ優先的に紹介しようと、いつも目を凝らしている。昨年最も感銘を受けたのが、慢性脊髄損傷患者さんをプログラムできる硬膜外刺激システムとリハビリで自立歩行を可能にしたメイヨークリニックや、ローザンヌEPFLの臨床実験だった。折も折、わが国では岡野さんのiPS由来神経幹細胞による急性脊損の治療が大きく報道されていたが、紹介記事の中で各メディアが枕詞のように「治療法のない脊髄損傷」と述べているのを聞くと、我が国の大手メディアが自ら知識を積み重ねる能力を完全に喪失していることがよくわかった。その意味で、これからも、治療につながる最新の研究を紹介したいと思っている。

そんな中でも、I型糖尿病は多くの治験が現在でも進みつつある、もっとも期待が持てる分野だと思っている。昨年の暮れ、熊本で開催されたIDDMネットワーク子ども会議に参加した時、子供達の生の声を改めて聴くことができたが、早くインシュリン・ポーチを持って学校に行かなくてもいいようお手伝いができればと思った。

今日紹介するニューヨーク・マウント・サイナイ医科大学からの論文は、ヒトの膵島を増殖させる方法の開発で、かなり有望だと思うとともに、この分野のフォローができていなかったなと反省した。タイトルは「Combined Inhibition of DYRK1A, SMAD, and Trithorax Pathways Synergizes to Induce Robust Replication in Adult Human Beta Cells (DYRK1A, SMADそしてTrithorax経路の抑制が組み合わさるとヒトβ細胞の強い増殖が誘導される)」で、3月5日に発行予定のCell Metablismに掲載された。

全くフォローできていなかったが、β細胞の増殖に関しては最近大きな進展があったようで、すなわちDYRK1Aと呼ばれるリン酸化酵素を抑制することでβ細胞を試験管内、体内の両方で少しではあるが増殖させられることがわかっていた。この研究では、このDYRK1A阻害の効果がTGFβに関連するシグナルを阻害することでさらに高められるのではと着想し、先ず死体から得られた膵島にDYRK1A阻害剤(DYI)とTGFβシグナル阻害剤(TGI)を組み合わせて加えることで、ベータ細胞の増殖がDYIだけよりさらに高まることを発見する。同じ結果は、この2種類のシグナルに対する現在得られるどの阻害剤を用いても再現でき、またES細胞由来のベータ細胞を用いても再現できることも確かめている。

次にメカニズムについて検討し、この阻害剤の組み合わせにより細胞周期を抑制するCDKN2B, CDKN1A, CDKN1Cが抑えられ、その結果細胞周期が回ることを発見する。また、TGFβシグナルの下流の転写因子SMADは染色体を活性型にするTrithorax複合体をこれら分子の上流にリクルートしており、このシグナルが阻害されることで、細胞周期抑制分子の転写が抑制され、その結果β細胞が増殖することを示している。

そして最後に、マウスモデル、および糖尿病マウスにヒト膵島を移植した実験系で、生体内でも同じ処理により膵島のベータ細胞数が増殖することを示している。

結果は以上で、ベータ細胞を増殖させるという点から見るとかなり有望な方法が開発されたと思える。ただ、1型糖尿病のβ細胞の場合、常に免疫反応による炎症やERストレスにさらされているため、両方の阻害剤をそのまま体内に投与すると言うのは、阻害剤の副作用、そして増殖させてもすぐに免疫系のアタックを受けるため、薬剤の効果が得られないという問題があるだろう。しかし、膵島移植のため採取した細胞数を試験管内で増やしてから移植する治療法のためにはかなり有望ではないかと思う。膵島移植については、他にも明るい話題が多い。

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1月6日 メラノーマに対する免疫反応の場(Natureオンライン掲載論文)

2019年1月6日
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今年もがん免疫は、トップジャーナルの中のかなりのシェアを占めるようになるのではないだろうか。注目するというより、否応無しに目に飛び込んでくる。ただ、チェックポイントの話で終始する我が国のメディアからは決した触れることができないほど、多様な論文が発表され、この分野の力を感じさせる。この中には、現在のトレンドから見ると古い素朴な研究で、あまりトレンディーに見えないがそこが新鮮な論文もある。そんな例が今日紹介するオーストラリアのメルボルン大学からNatureに発表された皮内でのがん免疫反応を調べた研究だ。タイトルは「Tissue-resident memory CD8 + T cells promote melanoma–immune equilibrium in skin(組織内に常在するCD8陽性T細胞がメラノーマとの皮内でのメラノーマとの並行関係を強める)」だ。

次に、この免疫反応に関わるT 細胞について検討し、組織内に常在するメモリーキラーT細胞が誘導され、顔の周りに集まっていることを明らかにする。そして皮内を観察できるビデオを用いて、この細胞が皮内を動き回ってガンの存在をサーベイし、ガンを抑えていることを発見する。

この研究のきっかけは極めて素朴だ。メラノーマは皮内で発生し増殖するので、ガンを移植するとき注射しやすい皮下組織ではなく、皮膚の層の中に皮内注射してみたらどうだろうと着想し、皮内注射された場合はガンに対して強い免疫が誘導され、がんの増殖が抑えられることを発見する。しかも、メラノーマは完全に除去されるのではなく、増殖しないまま、5ヶ月以上皮内に止まっていることが明らかになった。

最後に、この細胞だけが癌をサーベイし、がんの発生を抑えてくれる細胞か確かめるため、少し凝った実験系を用いている。まず、ウイルス抗原で免疫し、同じウイルス抗原を持ったガンを移植して前以て誘導したT細胞の効果を調べる実験系で、全身を循環しているキラーT細胞を抗体で除去し、組織に常在するT細胞だけでガンに対する免疫反応が起こるか調べ、全身を循環するT細胞がなくても組織に常在するT細胞があればガンの増殖を抑制できることを示している。加えて、この反応にTnfαやインターフェロンが関わることも示しているが、データ自体は完全でないように思った。

以上、そのメカニズムはともかく、皮内に抗原特異的記憶細胞が存在し、それが皮膚の中をサーベイして、キラー活性を含むさまざまなメカニズムでガンを殺しているが、ガン自体も完全に除去されるわけではなく、増殖はしないがじっと皮内で免疫の低下を待っているといったシナリオを提案し、ガンの局所についてもっと調べる必要があることを示唆した論文だと思う。

ちょっとタイムスリップしたのではと思うほど、結構クラシカルなガン免疫研究で、基本的には、ガン細胞を皮内に移植したという素朴さがこの研究の最大の売りではないかと思う。このように、ガン免疫研究は極めて多様になり、活性化している。これからも、さまざまな領域の研究を紹介したい。

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1月5日:生命以前のRNAワールドを合成する(12月26日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2019年1月5日
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現役を退いた後、最も時間を割いたことが、生命の存在しなかった38億年前の地球で生命誕生に必要な分子がどのように作られているのかについて、自分なりに理解することだった。1年近く、文献を読み漁った結果、自分でも十分納得できるシナリオが存在し、少しづつ実験的証拠が積み重なっているということがよく分かった。もちろん一つのシナリオが間違いなく地球上で起こったということは証明できないが、それでも無生物から生物というabiogenesisが十分自分でも想像可能な過程だということがわかった。この分野については学生さんもなかなか系統的に習っていないようなので、今では機会があれば講義もしている。そんなわけで、abiogenesisは個人的に特に注目する分野になっている。

今日紹介するのはAbiogenesis分野の大御所ハーバード大学Szostakの研究室からの論文で、酵素なしにRNA複製が起こる条件を探った研究で12月26日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Inosine, but none of the 8-oxo-purines, is a plausible component of a primordial version of RNA (Inosineは原始的RNAの成分になる可能性があるが、8-oxo-purineが成分になる可能性はない)」だ。

RNAワールドが成立するためには、水の中で定常的にRNAが合成され、それがランダムに重合するだけではなく、出来たポリヌクレチドを鋳型に重合する必要がある。そのためには、どうしても水素結合でペアリングできる最低4種類のリボ核酸を合成することが必要になる。

このリボ核酸のabiogenesisについては2009年マンチェスター大学のサザーランドの研究室からこれまで考えられていた複雑な経路とは全く違うピリミジン合成経路が示され(Nature 459:239)、この経路を基本にプリンについても様々な合成経路が考えられるようになっている。その一つが8-oxo-purineで、ピリミジンと同じ中間体から合成でき、またピリミジンとペアリングできることが2017年に示された。

この研究では、この化合物を用いてRNA複製が可能かどうか調べた研究で、もちろん酵素を全く使わないでRNA複製を行わせる合成系にこの分子を(実際には重合しやすいように活性化したヌクレオチドにして加えている)加えると、複製がほとんど進まず、さらにエラー率が極めて高いことを明らかにしている。すなわち、いかにabioticに合成できても、複製に使えなければRNAワールドは成立しない。

代わりにSzostakらが示したのはイノシンで、ピリミジン(アデニン)からdeaminationでabioticに合成することができ、同じ複製実験系でシチジンと正確にペアリングして複製できるという結果だ。

このように、一歩一歩可能性を積み上げるという分野で、まだまだマニアックな分野で、しかも基本的には有機化学で、全く苦手な分野だが、abiogenesisと思うだけでなんとか理解しようと今年も面白い論文が紹介できたらと期待している分野だ。


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1月4日 自閉症と表情(Autism Research 2018 12月号掲載論文)

2019年1月4日
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論文ウォッチを始めてから、なるべく広い分野の生命科学を紹介しようと思っているが、それでも選ぶ論文には個人的興味というバイアスがかかっている。年初に当たって、みなさんに「私」というバイアスを知ってもらう意味で、新年に際しわたしが特に興味を持っている分野の論文をいくつか紹介しようと思う。

最初の分野は自閉症スペクトラムに関する論文で、できる限り多くの論文に目を通したいと思っている。理由は、人間の社会性やコミュニケーションについて多くのことが学べること、ゲノムから脳科学そして行動心理学まで幅が広いこと、そして何よりも今後様々な治療法が生まれると個人的に信じているためだ。ぜひ今年もこの分野のいい論文を紹介したいと思う。

さてその最初だが、オリジナル論文ではなく、自閉症スペクトラムの表情についての多くの文献をもう一度まとめ直したメタアナリシス論文を取り上げる。カナダ。シモンフレーザー大学からの論文で、昨年のAutism Research12月号に掲載された。タイトルは「Facial Expression Production in Autism: A Meta-Analysis (自閉症での顔の表情の表現:メタアナリシス)。

当然ながら表情は言葉と並ぶ重要なコミュニケーション方法だ。当然社会性や他人との関係に障害がある自閉症スペクトラム(ASD)で障害されていることを示す多くの論文があるだろうと直感的に思う。ただ、1−2編の論文で済まさず、これまでの研究を集めて、自分の目で見直し、様々な結果を再集約するのがこの研究で行われたメタアナリシスだ。
(オリジナルではないと敬遠する向きもあると思うが、特に臨床現場では重要な手法だ。さらに最近では、ウェッブ上に多くのゲノムデータが蓄積されてきているので、これらのデータを集めて計算し直す、メタゲノム論文も多く見受けられるようになった。臨床研究に関わっている多くの若者には、ぜひトライして欲しい方法だ。)

この研究では1967年からの自閉症と表情に関する研究論文1309編から、安心して使えるデータを利用できる論文37編を拾い出し、これらの論文を自分の目でまとめ直している.以下に述べるように結論は単純だが、実際にはそれぞれの論文で使われている概念を統一し直し、研究の仕方をカテゴリー化し、最終的に同じ土俵で比べられるようにする作業は大変で、十分オリジナリティーの高い研究だと私は思う。

この努力の結果を箇条書きにすると以下のようになる。
1) まず、ASDと典型的な人の間には、質的にはっきりした差が認められる。ただし、急な感情的刺激に対する反応の強さや速さなどには差が認められない。
2) 質的な差異についてみると、自然の表情がぎごちないとか機械的などと記述され、また特定の表情を意図的に作ることはうまくない。
3) 社会的な慣習になっているような表情を作るのはうまくなく、また他の人に表情を合わせるのも困難を伴う。
4) 一般的に、自然に出てくる表情の差の方が、何かに反応して出てくる差よりも大きい。
5) 表情の差は、年齢を重ね、知的に成長することで解消に向かう。
これらの結果から、ASDの表情の変化は、社会性や他人とのコミュニケーションの問題をそのまま反映する窓になると結論している。そして、表情をより客観的な指標で評価することで、画像解析や、ほかの生物学的検査との相関研究も可能になる。その上で、より個人に即した記述を重ね、neurodiversityの背景を知り、特にアレキシサイミアとして知られる感情認知障害の理解にも大きな貢献ができると締めくくっている。

このように、ASD研究は多岐にわたっていることが理解していただけたと思う。今年も多くのASD研究を紹介したいと思う。
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1月3日:食べる喜びの調節回路(Cell Metabolism 4月2日掲載予定論文)

2019年1月3日
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さて正月の最後として、昨日の「酒」の話に続いて、「食」についての論文を紹介しようと探していたところ、4月掲載予定というかなり早くから先行出版されていた論文を見つけることができた。私の第二の故郷とも言えるドイツ ケルンにあるマックスプランク代謝研究所からCell Metabolismに発表された論文で、タイトルは「Food Intake Recruits Orosensory and Post-ingestive Dopaminergic Circuits to Affect Eating Desire in Humans (食べ物の摂取は味感覚と食後のドーパミン回路を介して人間の食への欲望を変化させる)」だ。


ずいぶん前に生命誌研究館のブログに、私たちの満足や喜びが、中脳辺縁系のドーパミン回路を中心に、行動への欲望を高めるWanting回路、満足に関わるLiking回路、そして これらを更に高次の脳回路につなぐlearning回路から調整されているBerridge&Kringelbachの研究を紹介した(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000010.html)。一般の人には少し難しいかもしれないが、これを読んでいただくと、中脳辺縁系だけでなく、脳全体に散らばった様々な領域が快感を調節する複雑な回路を形成していることがわかってもらえると思う。ただ、このブログで紹介したのはほとんどラットなどについての話で、人間の快感回路についての論文は少ない。


この研究では健康成人ボランティアのミルクセーキと味のない飲み物を舌先に流し込んだ時の脳の興奮を機能的MRI(fMRI)で、また快感にもっとも深く関わる領域内でのドーパミンの遊離をドーパミン受容体に結合してドーパミンと競合する放射性racloprideを用いたPETで測定し、それらを総合して美味しいものを食べた時に脳全体に散らばる快感回路がどう働くのかを調べている。


実験は徹底しており、味覚だけが刺激されるように、舌先にカテーテルでミルクセーキが流し込まれるようにしている。これにより、視覚などの複雑な回路は対象から除外できる。ミルクセーキも、4種類の味の中から快感反応が最も高いものを選び実験に用いている。


以上の方法で記録すると、脳の様々な領域の活動やそこでのドーパミンの遊離が記録できるが、活動範囲は多岐に渡っている。この研究では、これまでの研究に基づきWanting, Liking, Learning領域として分類し、結果を解釈している。


さて結果だが、

1) ミルクセーキが流し込まれるとすぐに味覚感覚の満足に関わる領域でドーパミン遊離が検出できる。

2) 摂取後しばらくして最初の反応が収まった頃、もう一度様々な脳領域でドーパミン遊離が観察される。

3) ドーパミンが遊離される早い反応と遅い反応に関わる領域はそれぞれ異なっている。

4) この中で、味覚感覚後すぐにドーパミン遊離が観察されるWantingに関わる領域(例えば前帯状皮質)でのドーパミン遊離は、食後におこる例えば被蓋でのドーパミン遊離と逆比例している。

などなどだ。


これらの測定結果から、食べてすぐのWantingやLiking反応は、食後に消化管などからの体性刺激は被蓋を介して高次脳機能に働いて摂食行動を抑制して、食べるのを適量に抑えるが、最初から期待が高く前帯状皮質などの興奮が高まると、被蓋の活動が抑えられる結果、余分に食べてしまうと解釈している。


なるほど、今日はお正月と思ってしまい、視覚からも期待が高まってしまうと、ついつい食べすぎになる理由がよくわかった。

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1月2日 ほどほどの酒は心臓にもいい(12月28日JAMA Network Open掲載論文)

2019年1月2日
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元旦だけは朝から飲む日で、おとそ少々では済まない私のような酒飲みにとってお正月にふさわしい論文はと探して見た。と、いいタイミングで、高齢者の心不全患者さんにとってもほどほどのお酒は飲んでも問題はないことを疫学的に示したワシントン大学からの論文を見つけた。タイトルは「Association of Alcohol Consumption After Development of Heart Failure With Survival Among Older Adults in the Cardiovascular Health Study (心血管健康研究に参加した高齢成人での心不全発症後のアルコール消費と生存率)」だ。

この研究はもともと5888人の65歳以上の高齢者を追跡するコホート研究の一環で、この中で心不全を発症した393人についての詳しい調査だ。この研究では、特にアルコールについては詳しく調べており、全く飲んだことがない、以前飲んでいたが今は飲んでいない、一日一杯程度以下、一日一杯以上と4段階に分けて、ほぼ毎年調査している。 まず、心不全と診断された人のアルコール消費動向だが、少なくとも心不全と診断された高齢者でアルコールを飲んでいなかった人が、264/393(67%)と多い印象だ。米国の人は結構飲むのかと思っていたら、そうではなさそうだ。しかも、飲む人は高学歴、高所得者が多い。個人的には、高学歴、高所得の米国人は、強い意志で節制した生活を送っているのかと思っていたが、逆のようだ。確かに、高学歴の典型といえる国際会議で、お酒を飲まない人をあまり知らない。

しかしアルコール消費と心不全の発症率の相関を調べるのは難しいようだ。実際コホートを始める65歳まであまりにも多様な酒との付き合いがあるだろう。そのため、ほとんどアルコール中毒に近い例を除いては、なかなか相関を調べられないのだろう。

代わりにこの研究では、心不全と診断された後のアルコール消費と、その後の生存年数との相関を調べている。心不全と診断された時の平均年齢は78歳ぐらいで、平均7.5年生存している。心不全と診断されても、結構長生きできることがよくわかる。

さて肝心の結果だが、心不全と診断された後も、一日一杯程度の(だいたいワインで170ml程度)ワインを飲んでいる人の方が、全く飲まない人より生存日数が高い(3045日 vs 2640日)。ただ、この量を超えると、生存日数は下がるが、毎日一杯以上飲んでいる人でも、全く飲まない人より生存日数が長いという結果だ(2806日 vs 2640日)。

酒好きから見た時「心不全と診断されても飲んでいいのか」と嬉しい宣告だが、もちろん数が少ない点や、学歴や収入と、酒の消費量が相関していることから、全てが酒で決まっているわけではないことは心すべきだろう。でもそれを割り引いても、ほどほどなら心臓にまず悪いということはないようだ。

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1月1日 2019年科学の注目点(1月3日号Nature掲載論文)

2019年1月1日
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年末はScienceの2018年の10大ブレークスルーを紹介したので、元旦はNatureが掲載した2019年科学の注目点を紹介する。タイトルは「What to watch for in 2019(2019年に何を注目すべきか?)」だ。記事の順序に従って紹介する。短い記事だが、雑誌のエディターが2019年をどのように期待し、また構えているかがよくわかる。私の感想も交えなが紹介したみたい。

極地プロジェクト
米国と英国が南極の氷河の中でも最も動きのはやいThwaites 氷河が次の数十年で崩壊する危険があるかどうか、共同研究を今年のはじめから始める。これには、自動潜水艇のセンサーだけでなく、アザラシにつけたセンサーが使われる予定だ。 年の後半には、Little Dome Cと呼ばれる氷床を、150万年前に形成された氷の核にまで掘り進み、最も古い氷に記された当時の気候や大気の状態を調べる予定にしている。
(トランプに代表される反科学の影響力を削ぐために、南極は重要な研究フィールドになりつつあると思う。)

大型研究予算
購買力平価で換算して、中国が世界最大の科学技術予算支出国になる可能性がある。研究の質では米国のレベルにはまだまだ及ばないとはいえ、2003年から続く躍進は止まらない。EUも共同プロジェクトHorizonEuropeに2021年より1300億円の支出を決めている。このプロジェクトへの英国の関与についてはわからない。
(我が国の研究水準が低下する理由も良くわかる。結局未来より現在をモットーにした政治家や企業に支えられたアベノミクス7年間は、我が国の研究力低下を大きく後押しした。その上に、借金だけが積みあがって、おそらく金利上昇局面になれば、当然のように科学予算は削られると思う。すでにポピュリズム大統領が就任したブラジルで科学予算は大幅にカットされた。その意味でも、若者には留学を勧めている。)

人類の起源
今年はアジアが熱そうだ。2003年、謎めいた小人の骨がインドネシア・フロレンシス島発掘されたが、フィリピンルソン島での発掘が進むことで、島に隔離された人類からフロレンシスのような小人が生まれる可能性が示されるか注目されている。
(とはいえ、私はホモ・サピエンスの起源のアフリカに今年も注目する)

巨大加速器計画の躓き
わが国の高エネルギー物理学の悲願だった、ヒッグス粒子研究を目指す巨大加速器(リニアコライダー)の東北への誘致は、政府の支援を得られなかった。正式には3月に最終決断が示されるというが、可能性は少なそうだ。ただ日本以外に真剣に考えている国がないのも確かだ。
(私事になるが、岩手の温泉で前高エネ研の山田先生にばったり会ったことがある。リニアコライダーの調査のためにほとんど岩手で過ごしているとのことだった。財政さえしっかりしておれば、こんな記事にはならなかったと思う。科学後進国への道の半分は科学者、半分は政治家の責任だろう。残る可能性は中国への誘致が決まりそうになって、このプロジェクトが科学助成問題から防衛問題へ格上げされるのを待つか?)

ヒト受精卵遺伝子編集の影響
昨年暮れ飛び込んできた、遺伝子編集を受けた子供の誕生のニュースは大きな議論を呼んだ。編集の成否については調査中とのことだが、特に編集の正確性や有害性などについて責任を持って調査し、公開することが求められる。同時に、臨床応用の際に考えられる問題点をさらに明らかにし、全ての臨床試験が正しい規制のもとで責任をもって行われるための枠組みを作ることが求められる。
(倫理問題は全て相対的だ。やる、やらないではなく、どうしたら可能かを議論してほしい)。

科学雑誌の新しいプラン
科学雑誌の支配力と価格の高騰に対して、EUの研究助成当局を中心にコンソーシアムが形成され、昨年合意した、研究論文を基本的にオープンアクセスにするためのプランに対して、出版社の正式見解が今年出されることになる。示されたプランは出版社の死活に関わるため、せめぎ合いが続いている。 また、オランダでは、これまで科学研究の評価に使われてきたcitation indexやインパクトファクターを使わない評価システムを模索し始めた。
(個人的には熊本時代Natureに論文を発表して、様々な助成金をもらえるようになったことはありがたかった。弊害もあるが、コネで決まるよりはずっといい方法だと今でも思う)。

生物実験安全基準
2004年策定された現行のWHO生物実験安全基準の最初の改訂版が発行される。今回の改定では、実験ごとのリスク算定及び、実験室のマネージメントや研究に重点が置かれているが、杓子定規ではない、フレキシブルな基準の運用を目指している。
(確かに、研究に携わる若い人の安全性への意識は低いような気がする)。

気候操作
結局炭酸ガス排出の勢いを止められない。そこで、地球を冷やそうというプロジェクトがスタートしている。成層圏に粒子を散布して地球に届く太陽熱を遮り地球を冷やすというプロジェクトだ。今年に予定される政府のゴーサインは出るのだろうか。
(トランプ好きのプロジェクトに思えるが。)

大麻への高まる期待
カナダは昨年嗜好目的も含めてあらゆる大麻使用を合法化し、これに伴い大麻中毒に対する政府助成は今年全て中止される。一方、今年の終わりには、Guelph大学では、大麻のあらゆる側面を研究する世界初の大麻研究センターが設立される予定になっている。
(脳に効果がある以上、子供には禁止すべきだと思う)

宇宙からのシグナル
中国で500mの半径を持つ世界最大の電波望遠鏡が稼働する。日本円にしてほぼ190億円のプロジェクトだが、50の異なるパルサーを標的にして、最初の放射線爆発を解明しようとしている。 もう一つ期待されているのが、ハワイ・マウナケアの30m望遠鏡で、設置に必要な法的問題は昨年全てクリアされた。
(役に立たないことに金を使う中国、役に立たないと金を使わない日本)。
我が国にとっては、なんとなく暗い年の幕開けを感じさせる記事になってしまているが、若い力で跳ね返して欲しい。
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12月31日 搭乗中の機内で病人が発生した時(12月25日ごうJAMA掲載論文)

2018年12月31日
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大晦日の今日は一般の人ではなく、医師の読者に対しての情報提供として12月25日号の米国医師会雑誌に掲載された搭乗中の機内で病人が発生した時の、医師の心構えについて紹介したい。タイトルは「In flight medical emergencies A review(搭乗中の医学的非常事態 総説)」だ。


私も医師として働いた経験があり、当時新婚旅行で搭乗したYS11で病人が発生し(かなり揺れたための一種の過呼吸発作だった)手当をした覚えがある。ただ、臨床を辞めてからは、基本的には呼ばれても出ていかないようにしているが、その後一度だけ同じような場面に遭遇したが、複数の医師が乗っておられて、アナウンスを聞き流したが罪悪感には見舞われずに済んでいる。


さて、医師として飛行機搭乗中に医学的緊急事態(IME)が発生したときどうするのかについては、何回も論文が出ている。このコラムでも一度紹介したことがあるが(http://aasj.jp/news/watch/4096)、詳しい指示とまでは至っていない。ところが、今回の総説は搭乗中の医師として知っておかなければならないインストラクションをしっかりまとめている。読んでみると、よほど運が悪く自分しか医師免許を持っている人がいなかった場合なら、その気になるかもしれないと思える、良い総説だと思う(実際はそう簡単ではないと思うが)。年末から年始おそらく飛行機に乗る機会も増えると思うが、論文を簡単に紹介しておくので、理由はともかく医師免許を持っている読者のの方には一読を勧める。


まず一般的な話として、IMEは600フライトに1回程度の頻度ということで、そう度々当たる話ではない。他の人と比べると、私自身結構乗っている方だが、それでも年間で70ー80回というところだろう。とすると、10年に一回あるかどうかの頻度で出会う程度だ。おそらく東京に暮らして、国内線など必要ない医師の方なら、ほとんど出会う心配はないだろう。また、論文の表3に詳しく内容が書かれているが、救急に必要な薬品や簡単な医療器具は結構揃っている。さらに、地上からのアドバイスも受けられる体制があるので、しっかり予習していて他に誰もいない場合は覚悟して出て行ってもいい気がする。その結果訴訟になったという話は、これまで1件あるだけで、全員が機内での非常時との理解はしっかり共有されている。それでも、英米の航空会社では呼びかけに応じる義務はない。一方、オーストラリア、ヨーロッパの航空会社のように義務づけていることもある。我が国では、義務はないが、事前登録制度になっているようだ。しかし、これらは全て形式で、やはり少しでも他の人より役に立ちたいという医師の気持ちが大事だと思う。


とすると、ある程度飛行中によく起こる病気について知っておく必要がある。これをこの総説ではわかりやすくまとめているので、最後に紹介する。ぜひ本文を読んで、この表を皆さんもコピーして身につけておけばいいと思う。


1:失神〜失神に近い状態:IMEの30%を占める。

診断:胸痛(心臓発作)、呼吸困難(呼吸器)、言語障害・顔面まひ(脳卒中)、のような症状のない場合は、ほとんど血管迷走神経性の失神。紛らわしい鑑別疾患として低血糖発作がある。これは機内で測定できる。

治療:心臓、呼吸器、脳の器質性疾患でないと診断すれば、あとは足を高くして寝かせる、あるいは仰臥位で頭と足を高くして様子を見る。低血糖発作の場合、グルコースを経口摂取させる。これで症状が悪くなる場合は、搭乗員に告げるとともに、地上専門医と連絡をとる。


2、消化器疾患:IMEの15%程度。

診断:吐き気、嘔吐、下痢、或いは出血の場合も原因究明は難しい。腹痛のある場合は、場所や腹膜刺激症状があるかをしっかり調べる。(個人的経験では飲み過ぎもある)。

治療:キットの中にセロトニン阻害剤、抗ヒスタミンの制吐剤は入っているようで、適宜服用させる。下痢の場合、熱があるときは必ずクルーに感染症の可能性を伝える。それ以外は、キットの中に下痢止めは必ずある。強い腹痛で、腹膜刺激症状や出血がある場合は、クルーに重症であることを告げる。


3、呼吸器症状 IMEの10%に見られる。

診断:聴診と病歴が重要。特に旅行中何をしたかも重要。スキューバダイビングなどでは減圧症による塞栓が見られることもある。重症と軽症を見分けることが最も重要。キットの中に、パルスオキシメーターは必ずあるので、酸素をチェック。

治療:酸素分圧が低い場合、酸素吸入。機内では酸素分圧が低いので、地上より多くの酸素が必要。これ以外の治療法はない。ただ、喘息発作や気管支攣縮が見られるときは、β2刺激剤が機内に用意されている。これで改善しない場合は、クルーに重症と告げる。


4、心臓症状 IMEの7%

診断:病歴、胸痛、呼吸困難、腕の痛みなど心筋梗塞などの重大な状況かどうかの判断が必要。心電計が備えられている場合もある。

治療:重症の場合は機内での対策はない。ニトログリセリン、アスピリンなどを服用させ、酸素吸入して様子をみる。胃からくる症状である場合も多いもで、制酸剤も服用させる。改善しない場合は、重症であることを告げる。


5、脳卒中用症状 IMEの5%

診断:いつから、どのような症状が始まったかをはっきり聞き出すことが重要。例えば、どの場所の運動障害、あるいは感覚障害など。あとは、言語障害、顔面まひ、四肢の筋肉など一般的な卒中を診断するための検査。

治療:酸素吸入はとりあえずやってみる。麻痺などの進行で卒中が確実になった場合、クルーに重症であることを告げるとともに、地上の医療スタッフにも相談し、また緊急着陸後の準備も頼む。



6:てんかん発作 IMEの5%

診断:発作の始まりや様子については周りの人からも話を聞く。運動機能や、失禁の有無なども確かめる。

治療:症状は激しくとも、床に寝かせ、気道を確保しておれば治る。発作中には、bennzodiazepineがあれば投与。また、本人も抗てんかん剤を持っている場合も多い。薬剤の増量などについては、地上の専門医のアドバイスを受ける。



7、外傷 IMEの5%

診断:傷の性状を確かめることが重要。脳損傷・骨折などについては正確には診断できない。事故の原因としては、荷物の落下が最も多い。

治療:多くの場合は軽傷で、圧迫による止血で止められる。必要なら止血帯を使う。骨折が疑われた場合でも、副木を備えていることは少ない。雑誌などで添え木の代わりにする程度。

8、精神疾患 IMEの3%

診断:専門医でないと難しいことが多い。対話を通して患者さんと関係を築き、安心させるとともに、これまでの病気について聞き出し、薬を持参しているか確かめる。

治療:常備されている場合、最も使いやすいのはBenzodiazepine。対話と精神安定剤でともかく様子を見る。ただ、緊張状態や攻撃的になる場合もあるので、この場合はクルーに任せた方が良い。


9、薬物中毒や禁断症状 IMEの3%

診断:おそらく日本の医師は慣れていないことが多い。鑑別診断として頭に置いておくことが重要。治療について私の場合まずお手上げだと思うので割愛する。詳しくは論文を見て欲しい。



10、アレルギー反応 IMEの2%

診断:重症かどうかを判断する。問題になるのは、気管の浮腫、呼吸困難、低血圧、嘔吐などがある場合。

治療:局所的な蕁麻疹などのアレルギー症状に対しては、必ず常備されているdiphenhydramineなどの抗ヒスタミン剤を投与。内服が難しい場合は静注用も常備されている。
重症のアナフィラキシーの場合は、エピネフリンを0.3mg投与(子供は半量)。これは緊急注射可能な形で備えられている。症状が改善しない場合は、地上専門医にアドバイスを頼む。


11、お産  IMEの1%

診断:個人的には全く経験がないため、お手上げだろう。横向きに寝てもらって、地上の医師のアドバイスに従うしかない。


12、心停止 IMEの0.2%

診断:500回に1回という数字だが、IMEによる死亡の80%を占める。最も重要なのは脈があるかないか迅速に診断すること。
治療:蘇生に成功するかどうかは別にして、医師なら方法は熟知しているはずで、診断したらすぐに心臓マッサージにかかる。
心臓マッサージと人工呼吸、できれば他の人と協力してやるともっといい。その間に、自動除細動器を用意して、除細動。戻らない場合、あるいは発火しない場合、心臓マッサージ、人工呼吸。それでダメな場合は、エピネフリン1mg静注。

他にも様々なアドバイスがある。また自分が旅行者として考えた時、IMEにならないような予防ヒントも記載されている。いずれにせよ、ほとんどの場合は軽症で、対応可能なことが多い。読んで少し自信が出たおかげで、呼ばれたら次は手を挙げてみようかななどと考えている。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月30日 自閉症スペクトラムの学童とバイリンガル環境(Autism Research 12月号掲載論文)

2018年12月30日
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今年も自閉症スペクトラムについては重点をおいて研究を紹介してきた。しかし、その研究領域は多様で、思いがけない研究に出会うこともある。今日はそんな一例を紹介する。

自閉症スペクトラム(ASD)の症状は多様で、個人差も大変大きいが、社会性の障害、反復行動とともに、言語障害の3つの症状が最も特徴的だ。個人的には、社会性、あるいは他の人とのコミュニケーションの難しさが、全ての症状の原点にあるように思う。実際、社会性の問題に比して、言語障害の程度や内容は結構多様で、多くのASDではほとんど認められない場合もある。さらに、重度の言語障害があると診断されても、多くの著書を発表している東田直樹さんや、米国のIdoさんのように、文章を書かせたら普通の人よりはるかに高い言語能力を発揮する人もいる。すなわち、ASDは言語に問題があると単純に決めてしまうことは極めて危険で、柔軟に状況を判断し、エビデンスに基づいて対応することが重要になる。

この単純な思い込みの例として、バイリンガルの環境は、それでなくても言語学習に苦労しているASDの学童には負担になるので、なるべく一つの言語に絞るべきだとする考えがあったようだ。確かに言われてみると、一理あるような気がする考えだ。この思い込みに対して、社会や学校の環境がフランス語と英語が並立するモントリオールの公立学校に通うASDの学童について、バイリンガル環境に問題があるかどうかを調べたのが今日紹介する、モントリオールのマクギル大学の論文で、12月号のAutism Researchに掲載された。タイトルは「Bilingual Children with Autism Spectrum Disorders: The Impact of Amount of Language Exposure on Vocabulary and Morphological Skills at School Age (バイリンガルなASDの子供:学童期での言語への暴露量が語彙や言語構築力に及ぼす影響)」だ。

確かにバイリンガル環境でのASDの子供達を普通の環境のASDと比べてみるというのは着想が面白い。ただ、残念ながらこの研究では、バイリンガルと、モノリンガルのASDを科学的に比べるという研究は全く行っておからず、モントリオールの公立学校というバイリンガルの環境に通う子どもについて、言語能力を決めている要因をASD児童と典型的児童で調べただけの研究だ。従って、モントリオールの子どもについての調査を示すので、あとは自分で考えてと言った、ちょっと突き放した論文になっている。

では何がこの研究から明らかになったのだろう?結論は単純で、モントリオールの学童でボキャブラリーを決めているのは、典型児もASD児も、言語に触れている時間が最も重要で、あとは年齢、IQ、そして作業記憶と続くという結果になっている。また、言語構築の能力については、作業記憶が最も重要だという結果だ。

そして、ASD児では典型児と比べた時、同じボキャブラリーを獲得するためには、より長い時間言語に触れる必要があるが、すでに言語障害がはっきりしていても、言語に触れれば触れただけ、ボキャブラリーは増えることが明らかになっている。ただ、言語構築力については、言語障害と診断されている児童の場合、言語に触れる時間が長くてもあまり改善しないという結果になっている。

以上のことから、少なくとも社会性の問題だけで、言語障害が強くない児童では、量的には典型児と比べて少し落ちてはいるが、それ以外に違いはないことから、まずバイリンガル環境が言語学習を妨げることはないと結論している。また、バイリンガル能力を身につける可能性もASDで十分あるので、将来のキャリアを考えると、バイリンガル環境を避ける理由は全くないとも結論している。

ただ最終的な結論は、やはりパリの児童とモントリオールの児童を同じ条件で比べるなどが必要だと思う。個人的感想を述べると、ASDの児童は、人付き合いが苦手でも、決して言葉を嫌っているわけではないことはこの研究でも明らかだ。東田さんなどの文章力をみると、実際には言語にできるだけ触れた方がいいように思う。ただ、このような感想も本当は全て科学的に確かめられるべきで、真剣に取り合わないで欲しい。その意味で、バイリンガル環境とASDを結びつけた着想には感心させられたし、今後も研究を進めてほしいと思う。
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