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9月16日:古代人ゲノム研究の先駆者ペーボ博士に学ぶ(著書Neanderthal Manから)

2017年9月16日
今日は7月に抜けた穴の2日分の最後の埋め合わせとして書いている。

ただ、論文紹介というより、古代人ゲノム研究の先駆者で、前ライプチッヒ・マックスプランク人類進化研究所、スバンテ・ペーボ博士の著書「Neanderthal Man」の紹介と言えるかもしれない(和訳は「ネアンデルタール人は私たちと交配した」と少し品を落としたタイトルになっている。どうせならストレートに「・・セックスした」にしたほうが良いように思う)。

先日ドイツ科学の卓越性について書いたが、おそらくペーボさんはドイツ科学を支える精神性を示す代表者の一人と言えるだろう。

まずドイツ人ではないが(スウェーデン人)、新しいマックスプランク研究所の設立を任された。
また、ミレニアムへの意気込みを持って支援された領域が、人類進化学で、はっきり言ってすぐに役立つような研究対象でない。
そして、彼がスタートさせた研究所は、ゲノム、人類学、サル学、言語学、心理学などの研究が行われる、まさに分野を超えた研究所だった。
さらに、ネアンデルタール人のゲノムが解読できそうになると、リクエストに応じて必要な支援が惜しみなく提供されていることにも驚いた。

「Neanderthal Man」にはこの間の事情がよく書かれており、ドイツ科学の卓越性の秘密の一端を知ることができる。我が国の政策担当者には「ネアンデルタール人は私たちと交配した」という知識を仕入れる目的より、ライプチッヒ研究所の成功がどう計画され、成し遂げられて行ったのかを学んで欲しいと思っている。

そしてもう一つ、ドイツと我が国の不倫に対する寛容さの大きな違いもこの本から読み取って欲しいと思う。「急に不倫とは何事ぞ?」と思われるかもしれないが、何を隠そう私がこの本を読んで最も感銘を受けたのは、自分の不倫を隠さないペーボさんの率直さだ。

長くなるがペーボさんが奥さん、Lindaさんと初めて出会った一節を私の拙い訳で引用する。
「 ・・・バークレーで興奮の毎日を送っているとき、毎日ラボにバイクで通ってくるLindaのボーイッシュなルックスと彼女の頭の良さに強い印象を受けていた。それでも当時は、私にはボーイフレンドがおり、エイズの支援活動に心が向いていたので、MarkとLindaが付き合ったと知っても特に打ちのめされることはなかった。MarkとLindaはその後ペンシルバニア大学に移り、結婚、二人の子供を授かることになる。しかし、私とLindaの関係はこれでは終わらなかった。」


これに続いて、Mark/Linda夫婦がドイツを訪れたのを機会に、映画館でLindaさんと不倫に至ることになる。そして、こんな不倫にいたった気持ちについて以下のように率直に述べている。

私はこれまで自分がゲイだと思ってきた。道を歩いていても、常にイケメンに目が向いていた。それでも、付き合ってみたいという気持ちを隠さない積極的な女性にも惹かれていた。


結局、Lindaさんはペーボさんと結婚するが、経緯については是非「Neanderthal Man」を読んで欲しい。

ドイツを代表する研究所の所長が、自らの不倫と性的傾向を赤裸々に述べている。そして、ドイツではこのことを問題にしてペーボさんに辞任を迫る人はいない。

ドイツに留学して、政治家や科学者の不倫への寛容さを実感してきた私は、最近の我が国の不倫報道とバッシングを見ていると、耐えられないし、ドイツと日本の精神的成熟度の差を感じる。そしてこれがドイツの科学の卓越性と無関係だとは思わない。

こう感じるのは私だけでないだろう。最後に今年4月に亡くなった熊本大学医学部が科学研究で卓越した機関になるために心を砕かれた林先生からいつも聞かされていたエピソードを紹介して終わろう。

とある教授選考の際、業績では他を圧倒していた候補者について、不倫問題を出して反対する意見が出たらしい。そのとき林先生は「あやかりたいね!」と一言発せられ、不倫を教授選考に持ち込む愚を諭されたらしい。
亡くなられる前お見舞いに伺うと、この話を繰り返し語られたが、おそらく林先生も、日本を指導する人たちの精神的成熟を願ってこの話をされたのだと思う。
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9月16日:肝臓癌発症とカスパーゼ8(9月11日号Cancer Cell掲載論文)

2017年9月16日
ほぼすべての肝臓癌は、様々な原因による肝臓の慢性炎症に伴う肝細胞の細胞死と,それを補うための肝細胞再生の繰り返しにより起こってくることがわかっている。従って、慢性炎症はただの引き金で、肝細胞の細胞死を慢性的に誘導すれば肝がんが発生するはずで、実際その様な研究が行われてきた。

今日紹介するチューリッヒ大学と、ドイツガン研究所からの共同論文は、肝臓の細胞死を起こりやすくしたマウスで発症する肝がんに関わる分子メカニズムを追求した論文で9月11日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「A dual role of caspase-8 in triggering and sensing proliferation associated DNA damage, a key determinant of liver cancer development (カスパーゼ8増殖に伴うDNA損傷の引き金を引くとともに、損傷を検出する2つの役割を持っており、肝がんの発症の鍵を握る)」だ。

この研究では肝臓特異的に細胞死を防いでいる分子が欠損したマウスを作り、肝がんが発生する過程を追跡、期待どおり細胞死が上昇すると、肝細胞の再生が上昇、その結果増殖ストレスが上昇して、遺伝子の増幅や欠損、そして切断が起こること、またこのストレスを修復するシステムが動員され、発がんを予防することを示している。これとともに、肝がんが発生する前からALT,AST(トランスグルタミナーゼ)の血中濃度を調べることで、細胞増殖の亢進を検出できることも示し、実際の臨床にも役立つ情報になっている。

次に細胞死を誘導するシグナル分子を探索し、炎症とは無関係にTNFシグナルが肝細胞の細胞死を誘導しており、その下流にカスパーゼ8(Cas8)が存在することを明らかにし、炎症とは無関係に細胞死が高まると、細胞増殖が上昇、その結果ゲノムの不安定化が起こり、肝がんが発生するということが確認される。

期待どおりCas8は細胞死を誘導して発がんに関わる、とめでたしめでたしで終わってもいいが(当たり前で面白くないが)、この研究ではこの系でさらにDNA修復機構を追求することで、なんとCas8がDNA損傷を検出するのに重要な働きを演じていることに気がつく。ここから話は分かりにくくなるので、詳細を省いてまとめてしまうと、Cas8により細胞死が誘導される前に、いわゆるインフラマトゾームと呼ばれる多数の分子が集まるシグナル複合体の形成の核になり、JNK転写システムを活性化、最終的に修復に関わるヒストンバリアントのリン酸化に関わることを明らかにする。

以上の結果は、細胞死誘導で発がんを促進しているCas8が、増殖細胞ではゲノムの安定性に寄与するという矛盾する働きを持っていると結論できる。

ただこれは肝がん発生という点から見た話で、普通の状態では障害された細胞を速やかに取り除き、安全にそれを補うという合目的な役割を演じていることになる。何事も過ぎてしまうと、安全装置も働きようがない。
カテゴリ:論文ウォッチ
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