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9月29日:迷走神経刺激で植物状態から意識を取り戻す(9月25日号Current Biology掲載論文)

2017年9月29日
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事故で意識を失ったまま何年も経ったある日、肉親の呼びかけに答えて意識が戻るドラマは数多く描かれている。よく脳死と混同されるが、脳死は生命維持に関わる脳幹の活動も全くなくなり、脳波も見られない場合を指す。ただ脳の活動があると言っても、ドラマとは異なり、植物状態も1年以上続くと回復の確率は低くなる。このため、積極的に意識を回復させる方法の開発が続けられていた。

今日紹介するフランス・CNRSのMarc Jennerod認知科学研究センターからの論文は,自動車事故で脳圧上昇を伴う脳出血により脳の広範な障害で植物状態に陥り、そのまま15年経過した男性の意識を、迷走神経刺激により改善したという結果で、9月25日号Current Biologyに掲載された。タイトルは「Rstoring consciousness with vagus nerve stimulation(迷走神経刺激で意識を回復させる)」だ。

意識には視床と皮質をつなぐ回路が深く関わるので、視床を電極で刺激する治療はこれまでも行われ、効果が示されていた。ただ、視床に電極を長期に埋め込むことには限界があり、これに代わる方法の開発が望まれていた。この研究は、難治性のてんかん治療に使われている迷走神経刺激療法が脳幹部の活動に効果を及ぼすことに注目し、視床直接刺激の代わりに植物状態の治療にも使えないか調べている。徐々に強い刺激にしながら6ヶ月パルス療法を行い、結果を専門家による意識レベルの診断、及び脳波、PET、MRIなどにより調べている。

結果だが、論文によると意識レベルは植物状態から、最小限に意識が認められる状態へ移行することができている。例えば、人を目で追いかけたり、声に反応するなどができるようになっている。ただデータをみると、もともとこのスコアはばらつくので、評価には注意が必要だろう。

一方、脳波などの検査による回復は明確で、意識に関わる脳領域に覚醒の指標であるθ波が見られるようになる。また、脳の間の結合を調べる指標でも、様々な領域間での結合がはっきりと回復していることがわかった。さらに、ブドウ糖の取り込みで調べる脳活動のPET検査でも、大きな改善が得られたことから、確かに迷走神経刺激が脳の活動を回復させることは明らかになった。

話はこれだけで、植物状態から意識を回復する方法が開発されたと結論するにはまだ早い。1例報告で、ドラマのように完全な意識が回復したわけではない。しかし、脳波やPET検査による結果からは、期待が持てるし、なによりも迷走神経刺激療法は比較的簡単に行える。とすれば、長期に植物状態を続けている人だけでなく、1年未満の患者さんと2群に分けて、治験研究を行い、この結果を早く確かめてほしいと思う。1例報告とはいえ、私は期待している。
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