例えばシマウマのシマができた理由を研究した論文は、2014から約2年間になんと3編も論文が出ていたのに驚いた。しかし一見トリビアのように見える論文にも、本当は深刻な問題がある場合もある。例えば以前「スパイスの効いた食事と死亡率」という論文を紹介したことがあるが(http://aasj.jp/news/watch/3931)、これが中国四川省からの論文だと知ると、その土地の人たちには極めて重要な研究であることがわかる(結論は酒を飲まずスパイシーな食事をしている人ほど死亡率は下がるという結果)。
今日紹介する英国・ノッチンガム大学からの論文もそんな研究の一つで、「また面白いタイトルで人を引きつけて」と読み始め、「あくびの研究は重要だ」と真面目に読み終わることになった。タイトルは「A neural basis for contagious yawning(あくびがうつる神経的基盤の一つ)」で、9月11日号のCurrent Biologyに掲載された。
確かに誰かがあくびを始めると、あくびが広がるという現象は誰もが経験している。個人的には、前の日に飲みすぎたり、話に飽きたり、部屋の炭酸ガス濃度が上がるからではと単純に考えていたが、この現象が真面目に研究されてきたことが論文を読むとよくわかる。
これまでの研究で最も有力な説は、ミラーニューロン仮説だ。
ミラーニューロンは、サルがエサを取る行動時に活動する神経を調べていたイタリアの研究者が、サル自身がエサを取るときだけでなく、たまたまサルが実験に関わる研究をしていた研究者が同じエサを掴んだのを見たサルの脳でも同じように興奮する神経があることに気づいて発見された細胞だ。
要するに、他の個体の行動を自分の行動に映すのに関わる神経細胞だ。この説では、あくびがうつるのは、ミラーニューロンが興奮して行動を真似ようとすることが原因になる。実際、あくびがうつるのは人間以外の動物でも見られる。しかし、MRIを用いた研究では、人間のミラーニューロンがあくびで興奮する証拠はなく、また個人差が大きいことから、ミラーニューロン仮説の可能性は低い。
もう一つの仮説が、他人のあくびが私たちの本能を刺激して、相手を真似る行動を誘発するという仮説がある。実際、生後すぐの赤ちゃんでは、あくびも含めて他人の真似をする回数が多いが、3歳児をすぎるとただ身振りを真似る行動はなくなる。この本能の名残があくびがうつる現象として大人になっても残っているという考えだ。
この研究では、あくびのうつりやすさが、あくびを見ることで起こる刺激に対する運動野の感受性を反映している可能性を調べている。この論文のタイトルはあくびがうつる神経基盤についての研究になっているが、実際にはあくびのうつりやすさの個人差についての研究といったほうがいい。
実験では実験に参加したボランティアにテレビであくびのビデオを見せ、被検者にあくびがうつるか観察すると同時に、被検者が自覚的にあくびをしたいと感じる程度を刻々とレバー操作で報告させる。次に、同じ実験をあくびをこらえるように命令をしたあと繰り返す。最後にこの一連の実験を、運動野を頭の外から磁場で刺激して運動野の感受性を低下させた条件で繰り返し、運動野の感受性があくびのうつりやすさに関わるかを調べている。
結果だが、
1) まずあくびはビデオで見ても確かにうつる、
2) あくびをするなと言われると、なんとか押し殺すことができるが、外から見ても抑えたあくびが出ているのがわかる。これをカウントすると、あくびをするなと命令してもあくびの数は減らない。すなわち本能的な行動だ。
3) あくびをするなと命令されると、自覚的には余計にあくびをしたくなる。
4) 運動野を磁場で刺激すると、あくびが強く抑えられる。
とまとめられる。
あくびをするなと命令する実験から、あくびがうつるのは自分の意思ではどうにもならない、本能的な行動であること、そしてうつりやすさの個人差は、運動野の刺激感受性が大きく関わるという結論になる。
最初は興味本位で読み始めたが、最後は結構シリアスな研究だということがわかった。特に、運動野の感受性の問題は、てんかんや自閉症の研究に取っても重要だ。あくびがうつるかどうか、様々な病気で見直してみれば、全く新しい課題が生まれるかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ