8月5日 核内で染色体を局所的に引っ張ってみたら?(7月29日 Science 掲載論文)
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8月5日 核内で染色体を局所的に引っ張ってみたら?(7月29日 Science 掲載論文)

2022年8月5日
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昨日紹介したJacob Hannaの研究もそうだが、普通考えない目標を設定してマニアックなチャレンジを繰り返す人たちがいる。現役の頃、いわゆる1分子の挙動を追いかけていた研究者の話を聞いたときも同じような印象を持った。

今日紹介するフランス・キュリー研究所からの論文を読んで、1分子の研究もこんなところまで来ているのかと驚いた。タイトルは「Live-cell micromanipulation of a genomic locus reveals interphase chromatin mechanics(生きた細胞のゲノム上の一つの場所を操作することで間期の染色体の力学がわかる)」で、7月29日号 Science に掲載された。

テトラサイクリン(tet)により遺伝子発現をon/offする仕組みがあるが、この研究では細胞のゲノムに、tetによる調節遺伝子配列が約2万個並んだトランスジーンを導入し(従って決して1分子の研究ではない)、この領域に結合するTetR分子とGFPに対するナノボディー(ラクダなどのH鎖抗体で、細胞内で働く)を結合させた分子を、やはりトランスジーンとして発現させる。この結果、tetO領域にaGFPナノボディーが結合した細胞が出来るが、この細胞に鉄を結合するフェリチンにGFPを結合させた分子をマイクロインジェクションすると、tetOの並んだ領域がGFPで可視化されるとともに、鉄が結合した状態が出来る。

ここに磁場をかけて鉄を引っ張ると、核内でこの領域が一方向に引っ張られる。その後で、磁場を止めると、今度はストレスにより核内に生じた力で、この領域が動くと予想される。

はっきり言って、研究は引っ張ったら何が起こるかということだけに集中しており、DNAが切れるか?とか、転写が変わるか?などは全く気にしていない。しかし、核内の中央部にある領域が、核膜直下まで引っ張り上げられ、その後少し戻るのだが、完全には戻らないことを写真で見せられると、今後様々な実験に使えるなという実感を持つ。

研究では、引っ張った後磁場を止めて自由に運動させるときの動きから、核内の染色体はポリマーが液体の中を動くのと同じような法則(Rouse法則と言うらしい)に従い、これまで予想された居たようなガチガチのポリマーゲルの中にいるわけではないことを示している。すなわち、クロマチン全体は弱いゲル状構造を持っており、それ自体が一つの領域の移動を弱く制限しているが、この構造のおかげで染色体の離れた領域が会合し、そこで比較的安定な構造を維持することが出来る基盤があることがわかる。

結果は以上だが、今後遺伝子発現との関係や、染色体上での相分離などとの関わりを考えていくためには、面白いテクノロジーになるような気がする。直接の関係があるわけではないが、明日はクロマチンの相転換の研究を紹介することにする。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月4日 マウス個体を ES 細胞から試験管内で作成する(7月28日 Cell オンライン掲載論文)

2022年8月4日
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動物の個体発生で、原腸形成期は細胞の塊が個体へを変化する重要な段階で、高等動物の細胞がオーガナイズされ、Organism へと発生する過程と考えられている。従って、この段階を超える前後で個体性が発生したかどうかの境にしようとする宗教倫理もあるぐらいだ。科学的にもこの境は明瞭で、ウニですらこのステージを超えると、個体をバラバラにして細胞塊にしてしまうと、そこから個体を再構成することは難しい。

実際マウスES細胞を培養して、embryoid body を形成させて、その中で様々な細胞を分化させることは出来るが、現在行われている培養では、無秩序な細胞の塊という段階を超えることはない。これに対し、今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所、Jacob Hanna 研究室からの論文は、ES 細胞からほぼ完全な8.5日胚ができたという実感を持つ研究ではないだろうか。タイトルは「Post-Gastrulation Synthetic Embryos Generated Ex Utero from Mouse Naïve ESCs(マウスナイーブ ES 細胞から誘導した原腸形成期を超えた合成胚)」で、7月28日 Cell にオンライン掲載された。

Hanna は個人的にも知っており、Jaenisch の研究室でも常に異色の存在だったが、出来ることは間違いないが、誰もが実現できなかったことをやり遂げるというスタイルの研究者だ。その Hanna がついに ES 細胞からほぼ完全な個体を作ることに成功したというのがこの論文だ。

このような実現のための努力は、ドラマにはなっても、解説は難しい。「ついに実現した、すばらしい」という以外にない。どうして Hanna のグループが成功したかと見てみると、

  1. 未分化な ES 細胞に加えて、Cdx2 の発現による栄養外胚葉細胞、そして Gata4 の発現による原始内胚葉細胞を別々に誘導し、それを混ぜた細胞塊を培養したこと、
  2. そして、注入するガスの量などを厳密にコントロールできる回転培養器を開発したこと、
  3. そして慣れた目で正常に発生した5日胚を選び、選択したこと、

などが挙げられるが、書くのがむなしいぐらいで本当は大変だろう。

その結果、神経形成、体節形成、Yolk sac や allantois まで備えたほぼ完全な8.5日胚が形成されている。Single cell RNAsequencingで調べて、栄養膜細胞由来の細胞以外完全に存在している。この方法では、一般の胚培養と異なり、どうしても8.5日胚で発生が止まるのは、おそらくこの欠損による可能性が高い。もう一つの課題は成功率で、5日目で1回選んだ後も、完全な胚まで進むのは2%に満たないようだ。

結果は以上で、これまでほとんど不可能と思っていたことが可能になるとともに、この方法の限界も正確に述べたさすがの仕事だと思う。オープンアクセスなので、是非論文にアクセスして、示された写真を見て欲しい。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月3日 有酸素運動は膵臓ガンを抑制する(7月11日号 Cancer Cell 掲載論文)

2022年8月3日
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最近は、代謝や免疫に対する運動の効果についての研究を目にする機会が増えたが、今日紹介するニューヨーク大学、グロスマン医科大学からの論文は、膵臓ガンに対する免疫を有酸素運動が高めるという話で、何でも思いついたら実験してみるのが良いという典型研究に思う。タイトルは「Exercise-induced engagement of the IL-15/IL-15Ra axis promotes anti-tumor immunity in pancreatic cancer(運動が IL-15/IL-15Rα シグナルを介して膵臓ガンに対する免疫を高める)」で、7月11日号 Cancer Cell に掲載された。

この研究の全てはマウスを用いて持続的な運動が膵臓ガンの増殖を抑えないか思いついたことだ。このようなアイデアは思いついてもなかなかやる気にならないのだが、このグループはマウスのトレッドミルをつくって、週5日、1日30分、15cm/秒の速度で走らせ、ガン遺伝子を発現させたマウスで膵臓ガンの発生や、移植した膵臓ガンの増殖を調べた。

結果は期待通りで、運動により膵臓ガンの自然発生は抑制され、また間質反応は抑えられ、膵臓ガンの病理型も腺房型を保つ。さらに、膵臓にガンを注射してから運動させてもガンの増殖を抑えることが出来る。勿論治すというより、抑制するだけだが正直ここまでの効果があるとは驚きだ。この差があれば、後はメカニズムを探索し、以下のシナリオに到達している。

腫瘍局所では、運動によりキラー CD8T 細胞が増加し、逆に免疫を抑える白血球の浸潤を抑えることが出来る。この変化の一部は、運動による交感神経興奮がノルアドレナリンを分泌を介して CD8T 細胞の循環と、局所への浸潤を促須子とで誘導される。

またシグナル経路は不明だが、運動により膵臓局所で IL-15 の分泌が高まり、CD8T 細胞の増殖や、機能維持を誘導し、キラー活性を高める。また、こうして誘導されるキラー活性はチェックポイント治療にも感受性で、PD1 に対する抗体と運動を合わせると、腫瘍局所の T 細胞は増加し、腫瘍抑制効果も高まる。

運動についての結果は以上で、全てが交感神経を介しているのかどうかはよくわからないが、ともかくガンの免疫に関して言えば、IL-15 を介して免疫を高める効果がある。

後は、運動でなくとも IL-15 と可溶性 IL-15 受容体を結合させ、γ 受容体刺激活性を強めたスーパーアゴニストと、PD1 抗体、そしてさらにジェムシタビンとパクリタクセルを組みあわせることで、根治ではないが生存期間を高められることを示している。

以上は全てマウスの話で、人間でも同じ効果があるのか気になる。実際に同じような実験が人間でも行われており、膵臓ガンの手術前に運動を続けさせ、切除後ガン組織を調べるコホート研究を利用して、運動により腫瘍組織の CD8T 細胞が上昇すること、またCD8の数が増えた患者さんでは予後が良いことを示している。

結局、現在治験が進行中の IL-15 スーパーアゴニストを組みあわせた免疫療法を膵臓ガンに使える可能性があることと同じ話になるのだが、運動に限らず少しでも、薬剤とは別のアプローチも真面目に考慮していくことの重要性を示す研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月2日 ネアンデルタール人の脳細胞は分裂時の失敗が多い(7月29日 Science Advances オンライン掲載論文)

2022年8月2日
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久しぶりにネアンデルタール人のゲノムを解読し、またそれまで明らかでなかった新しい古代人デニソーワ人の存在を証明したペーボさん論文を紹介する。ペーボさんは現在沖縄科学技術大学院大学にも所属されているので、OISTも研究場所に入っている。

前回紹介したペーボさんの論文はネアンデルタール人由来の遺伝子が新型コロナウイルスの重症化や、場合によっては抵抗力に関わることを示した論文だったが、今日の論文はペーボさんのライフワークになっている、現生人類と古代人類の脳の違い、特に言語の発生をゲノムから探る研究方向で、7月29日 Science Advances にオンライン掲載された。タイトルは「Longer metaphase and fewer chromosome segregation errors in modern human than Neanderthal brain development(現生人類の脳発生では、ネアンデルタール人より中期が延長してエラーが減少している)」だ。

これまでと同じく、私たちホモサピエンス(HS)とネアンデルタール人のゲノムを比較して、HSが出始めて現れた変化を特定し、その機能の変化をもう一度ヒト細胞やマウス細胞を用いて検証する研究手法だ。

今回ペーボさん達が注目したのは、細胞分裂時のチェックポイントに関わる遺伝子で見られる、現生人類特異的変異だ。というのも、類人猿と人間のiPS由来脳オルガノイド培養での細胞分裂を比べると、細胞が二つに分かれる分裂期の中期で、人間の神経細胞の方が時間がかかることを発見していたからだ。時間がかかる方が効率が悪いと思ってしまうかもしれないが、中期は紡錘体微小管と染色体が正確に結合するまで分裂を待たせるチェックポイントの役割があり(spindle assembly checkpoint:SAC)、このチェックポイントがうまく働かないと分裂時のエラーが増え、染色体レベルの大きな変異が入りやすい。従って、この過程に関わる遺伝子の変化は、分裂時の大きなエラーにつながる可能性が高い。

この過程に関わる分子を HS とネアンデルタール人で比べると、KIF18a と KNL1 、そして SPAG5 で、類人猿とネアンデルタール人の間には変化がないが、HS だけで起こったアミノ酸変化が全部で6種類のアミノ酸置換を特定している。

面白いことに、マウスも類人猿、ネアンデルタール型なので、実験ではマウスのアミノ酸を人間型に置き換え、新皮質の神経細胞増殖を調べると、KIF1a、 KNL1 それぞれの置換により少しではあるが、中期の延長が見られる。そして、KIF1a,、KNL の変異が合わさると、はっきりと中期の延長が見られることが分かった。

逆に、ヒト iPS の KIF1a、KNL1 をネアンデルタール型に変化させ、脳のオルガノイドを形成させた後、神経細胞の分裂を観察すると、今度は中期が短縮している。すなわち、現生人類の脳神経細胞は、ネアンデルタール人より中期のチェックポイントに時間がかかることがはっきりした。

最後に、この差の細胞学的基盤を調べ、HS 型の分子が合わさると、キネトコアでの SAC の数が増え、染色体の分離時のエラーが起こりにくい、すなわちチェックポイントがより厳しくなることで安全性が高まっていることが明らかになった。

以上が結果で、せっかくマウスが出来ているので、マウスの脳機能を是非知りたいところだが何も言及がない。ひょっとしたら、賢いマウス生まれたという論文が近々発表されるのだろうか。期待したい。

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8月1日 ヒスタミンまで合成するやっかいな細菌(7月27日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年8月1日
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先日はオレンジの絞りかすに含まれるドーパミンを腸内細菌叢が遊離させるという話を紹介したが、細菌叢自体も様々な生理活性物質を合成できる。この能力を明らかにするには、細菌が持つ代謝経路を特定する方法が必要になるが、細菌叢の全ゲノム配列から、合成物を予測する方法の開発も進んでいる。この結果、現象論から離れられなかった細菌叢研究も、より因果性のはっきりした学問に変わっていくと期待される。

今日紹介するカナダ・クイーンズ大学からの論文は、細菌が合成するヒスタミンが、腸内のマスト細胞に働いて、炎症性腸疾患の腹痛の原因を作る可能性を示した研究で、7月27日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Histamine production by the gut microbiota induces visceral hyperalgesia through histamine 4 receptor signaling in mice(腸内細菌叢によるヒスタミン合成がヒスタミン4受容体を介して腹部の痛覚過敏症を引き起こす)」だ。

今回調べてみて初めて知ったが、ヒスタミンを含む魚を食べたり、あるいは発酵性の食品を食べたとき、含まれているヒスタミンが中毒を起こすことが知られていた。このグループは、炎症性腸疾患(IBD)の腹痛がヒスタミン中毒に当たるのではと、これまで発酵性の低い糖分からなる食品を開発し、ある程度の効果を得ていた。

この研究では、まず尿中のヒスタミンが上昇して腹痛を訴える IBD患者さんを選んで、この便を無菌マウスに移植すると、それだけでマウスの尿中ヒスタミン濃度が上昇し、さらに腹部症状が現れることを確認している。すなわち、細菌叢からヒスタミンが分泌されている。

細菌によるヒスタミン合成は、これまでヒスタミン中毒症の原因ではないかと研究されており、histidine decarboxylase(hdc) 分子の作用であることがわかっている。そこで、IBD 患者さんの便を探索すると、hdcを持つ Klebsiela aerogenes の割合が上昇しており、またこのバクテリアだけを移植しても同じ症状が誘導できることから、K.aerogenes の有無で、ヒスタミン中毒が起こるかどうかが決まると結論している。

これまで IBD の痛みを乳酸菌が抑えることが知られているが、面白いことに hdc 活性は環境が酸性に傾くと低下する。実際、乳酸菌と K.aerogenes を共培養してヒスタミンの合成を調べると、低下することも確認している。

後は K.aerogenes 由来のヒスタミン腸の痛みを誘導するメカニズムだが、ここからは少しわかりにくい。結局ヒスタミンが直接神経端末に働くのではなく、自らもヒスタミンを合成するマスト細胞を腸管に遊走させ、そこで様々なメディエーターを分泌することで、後根神経端末を刺激するとするシナリオを示している。すなわち、マスト細胞などに発現するヒスタミン受容体の一つ H4R にバクテリア由来ヒスタミンは高いアフィニティーを持っており、これによりマスト細胞の遊走とメディエーター分泌が刺激されるというシナリオになる。実際、H4R 阻害剤で K.aerogenes 由来ヒスタミンによる神経刺激を抑えることが出来る。

以上が結果で、あとは実際の臨床で使えるか、またヒスタミンの原料の由来の特定が重要になるだろう。しかし、バクテリア単独で生理活性物質が出来てしまうことは、やっかいな問題になると思う。

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7月31日 脳に見られる体細胞突然変異の徹底解析(7月29日号 Science 掲載論文)

2022年7月31日
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成熟してからの脳では増殖細胞は多くないので、これまであまり突然変異の解析はされてこなかった。しかし、DNAシークエンスパワーが高まって、頻度の低い変異を発見できるようになってからは、体細胞突然変異の探索が行われ、自閉症や統合失調症の発症に、新たに生じた(de novo)の変異が大きな役割を演じていることがわかってきた。

今日紹介する米国メイヨークリニックを中心とした多施設共同論文は、44例の神経学的健常人、19例のトゥーレット症候群(チックを主症状とする神経疾患)、9例の統合失調症、そして59例の自閉症スペクトラムの死後脳から、皮質、線条体、海馬組織を採取、これを200カバレージ以上繰り返し配列を読み、脳で起こる変異の包括的カタログ作成を目指した研究で、7月29日 Science に掲載された。タイトルは「Analysis of somatic mutations in 131 human brains reveals aging-associated hypermutability(131人の脳で見られる体細胞変異の解析により老化に伴う突然変異上昇が明らかになった)」だ。

131人で少なくとも3カ所の脳領域について徹底的にシークエンスを行った研究で、シークエンスパワーが飛躍的に上昇し、100ドルゲノムが実現した現在なら可能といえば可能なのだが、それでも元々頻度の高くない突然変異を特定するのは高いレベルの情報処理能力が必要とされる。このような基礎臨床一体となったチーム研究ができることがゲノム時代の研究力で、我が国でも点検が必要な分野だと思う

研究の詳細は省いて、結論だけを箇条書きにする。

  • このレベルの deep sequencing では、1−10%の頻度の体細胞突然変異を特定できる。こうして発見される変異は、一人の脳あたり、20−60個にのぼる。
  • この研究では、突然変異がシークエンスミスでないかを single cell RNA sequencing を用いて調べており、7−8割の変異が sing cell RNA sequencing で確認できている。
  • タイトルにもあるように、この研究の最大の発見は高齢者では、時に1000近くの変異が起こる可能性が示されたことだ。しかも、この変異の上昇は、変異を持った細胞のクローン増殖の結果であることが確認された。一つの可能性は、年齢とともに変性、グリア反応と言った変化が起こり、クローン増殖が起こる可能性だ。他にも、発生期に起こる変異の結果、突然変異率が高くなることも考えられる。血液のクローン増殖とエージングの関係が注目されているが、まさに同じことが脳でもわかっているのかもしれない。
  • 突然変異は皮質で最も多く検出される。
  • 自閉症スペクトラムや統合失調症でも、全体の変位数は、正常脳とほとんど同じだ。ただ、機能異常を起こすことが明瞭な体細胞変異は、自閉症スペクトラムで高い。また、染色体レベルの大きな変異も、自閉症スペクトラムで高い。また、自閉症スペクトラムの変異は、ホメオボックス分子の結合部委の多型型会頻度で見られる。

もっと多くの結果が示されているのだが、個人的に面白いと思ったのは以上になる。脳の deep sequencing ではそれほど面白い結果は出ないと思いがちだが、本当は他の組織よりずっと面白いことがわかることがはっきりわかった。今後まだまだ分析される脳の数は上がっていく。楽しみが増えた。

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7月30日 ラクターゼ持続症の進化(7月27日 Nature オンライン掲載論文)

2022年7月30日
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進化過程の選択圧に、単純な環境だけでなく、種が持つゲノム自体を反映した能力が関わることを、それを指摘したボールドウィンの名前からボールドウィン効果と呼んでいる。この最適の例としていつも挙げられるのが、ミルク利用とラクターゼ持続症の関係で、通常離乳とともに低下する乳糖分解酵素ラクターゼの発現が、大人になっても持続する人間が新石器時代に現れたことを指す。

実際、ラクターゼが低下した後でミルクを飲むと、下痢など様々な症状を起こすことがあり、まさに家畜を飼うという高い人間の能力の進化が、身体機能に関わる遺伝子を選択した例として教科書的知識になっている。

ただ、乳糖への耐性がそれほど決定的な選択圧になるかは従来から議論されてきた。実際、ラクターゼを持たなくても、ミルクを毎日大量に消費する人たちはいる。

今日紹介する英国ブリストル大学を中心にした国際チームからの論文は、ミルク消費の歴史とラクターゼ持続症 (LP) の関係を詳しく調べ、ミルクや乳製品の消費自体が LP の選択圧として働いたわけではないことを示した、まさに先日紹介したリバースエンジニアリングの面白い研究で、7月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Dairying, diseases and the evolution of lactase persistence in Europe(酪農、病気、そしてラクターゼ持続症のヨーロッパにおける進化)」だ。

酪農というと誤解があるかもしれないが、動物のミルクを重要な食物として利用したかどうかについて調べるために、出土した土器の脂肪成分を調べる方法が確立しており、これを元に、ヨーロッパ全土での酪農の盛衰を調べることが出来る。

この論文を読むまで、一度酪農が定着すると、ヨーロッパではコンスタントに維持されていたのかと思っていたが、これは思い違いで、紀元前4000年前に中央ヨーロッパに急速に普及した後、それぞれの地域で盛衰を繰り返している。この地図に、LP遺伝子多型を重ね合わせてみると、LP遺伝子多型と酪農は全く相関しないことがわかった。すなわち酪農のヨーロッパでの広がりがLPを選択したという考えは否定される。また、現代人でもラクターゼがないと言うことと、乳製品の消費とはあまり関係がないことを、UKバイオバンクの30万人の解析から確認している。

では、何故新石器時代に LP 遺伝子多型が誕生し、現在まで維持されているのか?この点については、LPと飢餓などによる人口構成の変化に着目したシミュレーションから、ヨーロッパで飢餓が起こったとき、LPが優勢に選択されたと結論している。すなわち、LPがない状態で、急速な飢餓時に乳製品を消費すると死につながる重篤な障害をうけることが知られているので、この厳しい状況でLPが乳製品で命をつなぐのに役立ったと考えている。

もう一つの要因としては、乳糖を分解することで腸内細菌叢が変化し、これにより家畜と生活することによる様々な感染症から人間を守る働きをLPがした可能性も指摘している。

以上、リバースエンジニアリングの常で、完全にクリアというわけではないが、次の講義からはボールドウィン効果も違った例で教えることにした。

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7月29日 卵子についての面白い研究2題:2,ヒトの体外受精の効率が悪い原因(7月19日 Cell オンライン掲載論文)

2022年7月29日
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トランスジェニックマウス作成の経験がある人から見ると、一回の採卵あたりの体外受精成功率が35歳以下でも40%というのは低く感じられると思う。この原因については、初期分裂の過程で染色体異常が起こりやすく、その結果着床しないと考えられている。しかし、何故マウスとヒトで大きな差があるのか、また染色体異常が起こる詳しいメカニズムはわかっていない。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、受精後の卵子の分裂過程を詳しく調べ、ヒトの初期分裂で何故染色体異常が発生しやすいのかを明らかにした膨大な研究で、7月19日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Replication stress impairs chromosome segregation and preimplantation development in human embryos(ヒト胚では、複製時のストレスが染色体分離と着床前発生を傷害する)」だ。

昨日紹介したのは、一部だけヒト卵子を使った研究だったが、今日紹介する研究では、ほとんどの実験を、受精あるいは無為性生殖で分裂を誘導したヒト卵子を用いて行っている。これだけのことが出来るのは、その背景に膨大な生殖補助医療があり、そこから実験に使える卵子が供給されていることが覗われる。

最初の分裂時に染色体異常が起こるとすると、分裂時のストレスで DNA 切断が起こり、この修復が進まない前に分裂が始まり、染色体の断裂が起こることが想像される。この研究では、DNA 切断による修復コンプレックス形成を受精卵で観察し、DNA 合成期と分裂期の中間にある G2 期で、DNA 切断部位が増加し、そこに修復コンプレックスが集まることを観察する。すなわち、卵子の初期分裂では DNA 合成自体が強いストレスと鳴って DNA 切断を起こすことを突き止める。

このストレスの原因をさらに探ると、複製が遅れてしまう場所は、遺伝子が少ないメチル化された領域で、この部位の複製は、各鎖での伸長や修復のスピードが異なっており、結果、完全な複製に時間がかかり、G2 期までだらだらと続く。

わかりやすく言うと、遺伝子が少ないメチル化された領域では DNA 合成がスムースでなく、G2 期に入っても合成は続いており、この時ストレスで DNA 切断が起こり、修復が行われる。ただ修復が完全でないまま、G2 のチェックポイントが効かずに分裂期に入ると、そのとき染色体の欠損や増幅が起こることを突き止める。

実際、保持しきれずに染色体から切れてしまった断片は、微小核を形成することを、微小核を取り出し遺伝子配列を調べることで示している。

以上簡単にまとめたが、single cell レベルのゲノム解析を繰り返す大変な実験量だ。この結果、息を潜めて活性化を待ち、排卵、受精とたどり着いた卵子は、最初の分裂で、新しいゲノム体制をとるため、まさに産みの苦しみを経ることがよくわかる。

とはいえ、それならヒトもマウスも同じはずだ。この研究では、マウスの DNA 合成を G2 期で阻害する実験を行い、ヒト卵子と比べることで、マウスでは G2 期の修復能力が高く、政情分裂の確率がヒトの場合より遙かに高いことを確認する(実際ヒト受精卵 G2 期に DNA 合成を阻害すると正常分裂はほぼ0になる)。すなわち、マウスでは初期複製の問題を修復する力が強い。

さらに、ヒトでは G2 チェックポイントに関わる遺伝子発現が弱いため、完全に複製や修復が終わったまま分裂期に入る可能性が高くなっている。

以上、質的と言うより、量的な違いで、ヒトの体外受精卵発生確率が低下していると考えられる。

このように体外受精という面から考えると、確かにマウスは優れているが、人間の場合、このようにわざわざ高いハードルを最初の分裂に課すことで、良い性質を選んでいるのかもしれない。以上、2日ににわたって卵子の研究を紹介したが、プロの世界を感じる。

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7月28日 卵子についての面白い研究2題:1,卵子が長期間息を潜められる理由(7月20日 Nature オンライン掲載論文)

2022年7月28日
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個人的だが、面白いと思ったヒトの卵子についての論文が Nature と Cell で見つけたので、今日、明日と紹介することにする。

今日紹介するスペイン・バルセロナ科学技術研究所からの論文はヒトの卵子が、発生後、時によっては50年近く息を潜めて待機していても、発生能力を持ち続けられる理由に迫った研究で、7月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Oocytes maintain ROS-free mitochondrial metabolism by suppressing complex I(卵子はコンプレックスIを抑えることで活性酸素の出ないミトコンドリア代謝を維持している)」だ。

言うまでもなく、老化の重要なトリガーの一つは活性酸素だが、ATP 合成酵素活性を維持するためにミトコンドリアが備えている電子伝達系により自然に発生してしまう。このため、多くの幹細胞では代謝を落とし活性酸素の発生を抑えるとともに、発生した活性酸素を除去する仕組みを備え、老化が進まないように出来ている。

この意味では、活性化されるまでジッと息を潜めて待っている卵子も、当然活性酸素を抑える仕組みがあるはずで、この研究はその仕組みを突き止めることだ。この研究では、アフリカツメガエルの卵子を参照において、手術で摘出された卵巣から取り出してきた卵子を使って、様々な実験を行っている。ただ、得られる卵子の数は多くないはずで、大変な実験だと思う。

まず、予想通り活性酸素がほとんど存在しないことを確認し、またカエルの卵子も同じ目的に使えることを確かめた上で、阻害剤を用いた研究から、活性化前の卵子では活性酸素の合成そのものが抑えられていることを発見する。

次に、ヒトとカエルでこれが予想通りミトコンドリア電子伝達系の活動低下であることを確認した後、阻害剤を用いたカエル卵子の実験から、complex I の活性が選択的に低下していることを発見する。そして、この原因がcomplex I に必要な蛋白質が集合せず、complex I 自体が初期卵には存在しないことを発見する。

また、卵子が活性化され成熟して行くにつれ、complex I が卵子内で形成されることも確認している。

結果は以上で、人間の卵子を使った実験は、卵子が活性化される前は活性酸素がが存在しないこと確認しただけで、後は全てカエルの実験なのだが、カエルであっても活性酸素発生と代謝のバランスを整える機能を、complex I 複合体の形成調節が担っているという発見は、重要だと思う。

今回確認されたわけではないが、おそらく人間でもcomplex I 複合体形成が同じように調節されている可能性は大きい。通常complex I が欠損しているなどまず思いつかないので、卵子だけでなく、多くの幹細胞システムでも調べてみる価値はある。一方、ガンのミトコンドリア代謝を押さえる目的でcomplex I 阻害剤を使うと、ガンを休止期に追い込んで、根治を困難にするかも知らない。今後 single cell 技術を使った研究が期待される。

しかし、この研究は卵子が活性化されるまで、文字通り「息を潜めている」ことを示して面白い。

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7月27日 草原のネズミが森に棲む様になるまでの進化(7月22日号 Science 掲載論文)

2022年7月27日
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ダーウィンの進化論により、科学に初めてアルゴリズムの概念が導入され、物理法則では説明できない生命現象の因果性として働くことが示された。ただ、アルゴリズムが生命の因果性として認められるには、このアルゴリズムを反映した変化が情報として解読され、示される必要があった。これには、やはり非物理的因果性について研究が進んだ20世紀の情報科学と、DNAの解読が必要で、これがそろったのが21世紀だ。その結果、今回のコロナ禍、DNAの変異とウイルス感染性の進化の大ドラマを、全世界の人が、科学をガイドに見ることが出来た。しかし、こうして提示されたドラマも、実際にはスパイクという一つの主人公から見たドラマで、大きな過程のほんの一部でしかない。しかし、ドラマはドラマで、進化研究の醍醐味は、隠れているこのドラマの脚本を見つけることといえる。この作業を米国の哲学者デネットはリバースエンジニアリングと呼んでいる。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、米国に棲むシカシロアシマウス(シカマウスと呼ぶ)(https://www.britannica.com/animal/deer-mouse)が、森で生息できるようになったドラマの脚本についてのリバースエンジニアリングで、7月22日号 Science に掲載された。タイトルは「A chromosomal inversion contributes to divergence in multiple traits between deer mouse ecotypes(染色体逆位がシカマウスのエコタイプを決める複数の性質を決めている)」だ。

シカマウスには森型と草原型が存在し、森型は長い尻尾を持ち、毛色が黒っぽい。相互に交雑可能な種なのに、森と草原で混合はほとんど見られない。この進化過程の脚本を特定するのがこの研究の目的で、このためにはまず起こった変化が記録されている情報を明らかにする必要がある。

おそらく現在なら、全ゲノムシークエンスでほぼ特定できると思うが、この研究ではもう少し古典的な方法、すなわち人間による森型と草原型の間の交雑実験を組みあわせ、F2世代についてゲノム解析することで、尾の長さ、毛色と相関するゲノム領域特定を容易にしている。

結果、15番染色体上の41Mb、すなわち極めて大きな領域での染色体逆位が森型だけで起こっていることを突き止める。そして、この逆位が起こった領域に、尾の長さと毛色を決める遺伝子が複数存在し、これが森型と草原型を決めていることを突き止める。

大事なことは、逆位が起こるとこの領域では、森型と草原型の間では組み換え変えが起こらないことで、組み換えによる変異の固定はが大幅に低下する。従って、森型と草原型の形質は分離したまま維持される。

これを確かめるために、森と草原の境でシカマウスを採取、その形質と遺伝子を調べると、まず森と草原で逆位の分布はほぼ100%になる。しかし森と草原の境界 50Km 内では、森型、草原型の両方が混在し、また尾の長さ、毛色ともに中間体が見られることがわかった。

以上の結果から、元々草原に棲んでいたシカマウスで、10万年から5万年前のいつかに15番染色体の大きな転座がおこり、それぞれの領域は混じり合うことなく独自の進化を遂げ始める。この時、逆位が起こった方に、毛色と尾の長さを決めるいくつかの変異が入ったマウスが現れ、これが徐々に森での生息に適した変異を重ねて、現在に至るというシナリオになる。

染色体逆位が、一種の種の分離効果を発揮してくれたこと、そして毛色が暗く尾の長いマウスの進化が、森に適応したという脚本が現れた。後は、脚本の詳細を調べることが残っているが、既に毛色では森型変異が暗い毛色を示すことも確認されているようなので、時間はかからないだろう。

最後に、では誰が脚本を書いたのか? 地球上に40億年前に現れた進化というアルゴリズムに他ならないが、「盲目の時計職人」と擬人化してしまうのは避けたい。

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