5月19日 骨髄環境による乳ガンのリプログラムが転移を促進する(4月19日号 Cell 掲載論文)
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5月19日 骨髄環境による乳ガンのリプログラムが転移を促進する(4月19日号 Cell 掲載論文)

2021年5月19日
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ガンは遺伝子変異の蓄積が基盤にあるが、エピジェネティックな機構の関与もはっきりしている。例えば、同じガンでも、ガンの幹細胞と呼ばれる細胞集団が存在しているということは、ゲノム変化ではなく、遺伝子のオン/オフを調節するクロマチンの構造の違いで、ガン内に多様性が生じていることを示す。このことから、エピジェネティック機構に介入する抗ガン剤の開発も現在進んでいる。

そこで、今日から2回に分けて、ガンのエピジェネティックスを扱った論文を紹介する。全てマウスを用いたモデル研究だが、ヒトでも同じことは十分起こっていると思う。最初のテキサス・ベーラー医科大学からの論文は乳ガン細胞が骨髄でリプログラムされ、多臓器転移のハブになるという研究で4月29日号のCellに掲載された。タイトルは「The bone microenvironment invigorates metastatic seeds for further dissemination (骨髄に転移した細胞は骨髄微小環境により活性化され他臓器に転移する)だ。

このグループは以前、エストロジェン受容体(ER)陽性の乳ガンも、骨髄に転移するとERの発現が低下、薬剤が効かなくなることを示していた(Developmental Cell 56:1100)。すなわち、骨髄により乳ガン細胞がリプログラムされることが示された。

これまで乳ガンについては、まず骨髄に転移した後、そこから多臓器に転移が進むと考える人も多かった。このグループも、骨髄の環境により、転移しやすい細胞へとリプログラムされるのではと着想し、研究を始めている。

結構マニアックな仕事で、まず骨髄に選択的に転移させる方法として、血管支配回腸動脈へのガン細胞注射、先に全身に回る回腸静脈注射を使い分けている。さらに、骨髄へ直接ガンを注射する実験も組み合わせて、全身転移が骨髄を経由しているのか、原発巣から直接他臓器に転移するのかを調べ、乳ガンが骨髄に転移すると、ここでリプログラムされ、他臓器へ転移する能力が高まる可能性が高いことを示している。面白いことに、骨髄転移した細胞はもう一度元のガン組織に侵入するが、乳ガンの原発巣が骨髄に転移する頻度はそれほど高くないことを示している。

以上のことから、乳ガンが転移しやすいのは、骨髄転移がおこったとき、リプログラムされ、新たな細胞に変化するからという可能性を示唆している。これを確かめるため、クリスパーとガイドRNAをコードする遺伝子を発現させ、導入したガイドに隣接するPAM配列自体に突然変異を導入して細胞を標識し、異なるタイミングで何度も何度も変異標識を加えながら転移を追いかけることで、原発、骨髄、他臓器転移でのクローンの多様性を調べている(詳細は省くの興味がある場合は以下の論文を読んでほしい。簡単で面白い方法だ)。

この結果、転移がゲノムの変異に基づく、クローンレベルの現象ではなく、多くのクローンがリプログラムの結果、他臓器へと転移するモデルが正しいことを示している。

最後に、リプログラミングのメカニズムを検討し、ポリコム因子EZH2が誘導され、ガンの幹細胞が発現するALDH1やCD44の発現を始め、転移に必要な遺伝子の発現が誘導される結果であることを示している。

これを確かめるため、EZH2ノックアウトガン細胞を作成し、同じように移植、転移を調べると、原発巣の増殖には影響がないが、転移は強く抑制できることを示している。

実際に同じことが人で言えるのかどうかは検討が必要だが、乳ガンでは初期から末梢血のガン細胞の数が多いなど、乳ガンの転移しやすさの原因が、検出不可能な骨髄転移が早くから起こっているため、末梢血に入りやすいと考えることもできる。だとすると、乳ガンの他の臓器への転移も、骨髄を介して起こっている可能性はある。乳ガン手術の際に、骨髄も採取して転移を探索するなど、今後の研究が待たれる。

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5月18日 全能性と多能性を行き来する培養法の開発(5月27日号 Cell 掲載論文)

2021年5月18日
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5月14日、文字を手書きするときの脳内表象を解読して文字をPCに書かせる技術( https://aasj.jp/news/watch/15671  ) 、15日の経口投与できるアンチセンスRNA( https://aasj.jp/news/watch/15675  )など、私が現役の頃には考えがつかなかった様々な技術が開発されているが、山中さんのiPS以来少し落ち着いていたように見えた全能性や多能性細胞の培養法も、最近様々な動きが出てきた。Austin SmithとKinoshita らが示したgerm cellとsomatic cellへの培養が高効率に誘導できるFormative Stem Cellの概念はその典型だろう。

この分野でもう一つ残された大きな問題は、胚盤胞期の内部細胞塊と最も全能の受精卵が卵割して、内部細胞塊とトロフォブラストの両方に分化できる全能性の細胞の培養だ。ESやiPSなどほとんどの細胞は、体の全ての細胞に分化できるとはいえ、胎盤などを形成するトロフォブラストには分化できないことが知られている。そのため、全能性の細胞とは呼べない。現在間違いなく全能性の細胞と呼べる受精卵から4細胞期の細胞をそのままの状態で培養することはむずかしい。

ところが今日紹介する北京大学からの論文は、なんとスプライシングを抑制するだけで、ES細胞が2−4細胞期相当の細胞へ転換できることを示した、この分野では画期的な研究で5月27日号のCellに掲載された。タイトルは「Mouse totipotent stem cells captured and maintained through spliceosomal repression(マウスの全能性幹細胞をスプライソゾーム抑制により把握し維持できる)」だ。

この研究の発端は、受精卵から胚盤胞期まで、RNAスプライシングに関わる遺伝子の発現を調べると、4細胞期から8細胞期でほとんどの分子の発現が急速に増加することの発見だ。この意味を探るため、14種類のスプライシング因子を選んでsiRNAでノックダウンすると、10種類の因子のノックダウンにより発生初期の全能性遺伝子と呼ばれている分子の発現が上昇し、多能性因子とされているOct4、Sox2、Nanogなどの山中因子の発現が低下することを発見する。

この結果を、全能細胞の培養法開発へ進めるため、まずスプライシング複合体SF3B阻害剤pladienolide BをES細胞の培養に加えると、増殖は低下するものの、1週間以内に多能性分子が低下、全能性に関わる分子が上昇し、しかもゆっくりではあるが細胞増殖を維持できることを発見する。

単一細胞のRNA発現解析から、pladienolide Bを加えて培養できる細胞の遺伝子発現プロファイルは、2−4細胞期のプロファイルに対応すること、またメチル化DNA解析、ATAC-seqによるクロマチンの構造解析でも、pladienolide B添加で培養できる細胞は2−4細胞期に相当することを明らかにしている。

つぎは、この細胞を8細胞期の胚に注射し、どの細胞へと分化するかを、試験館内分化、およびマウスに戻して胚発生を行わせて調べている。結果は全能性を証明するもので、内部細胞塊およびトロフォブラスト由来のほぼ全ての臓器に、注射した全能性細胞が寄与していることを証明している。

最後に、スプライシングのような基本的な生命機能を抑制することで、なぜこのようなドラマチックな変化が誘導できるのか、多能性因子および全能性分子のスプライシングについて調べると、全能性因子のみがイントロンが短く、またスプライシングをあまり必要としない構造をとっている一方で、多能性因子はスプライシングが抑制されると機能が失われる構造をとっていることを明らかにする。

以上、ついに全能性と多能性を行ったり来たりできる培養システムが、スプライシング抑制という意外な方法で可能になった。残念ながら、pladienolide Bを添加した現在の培養条件では細胞の増殖に問題があり、クローン化したりするのはい簡単ではないようだ。また、研究ではキメラ個体が生まれて、そこから次世代ができるのかも示されてはいない。また、ヒトES細胞でも同じことが言えるのかも知りたいところだ。とはいえ、この領域も急速に忙しくなってきた。

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5月17日 老化免疫細胞は他臓器の老化を促す(5月12日 Nature オンライン掲載論文)

2021年5月17日
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老化研究により、体の全ての細胞でほぼ同じ老化のメカニズムが働いていることがわかってきた。だからといって、体の全ての細胞が同じ様に老いる訳ではない。例えば、皮膚のように紫外線などの照射により、DNA損傷が起こりやすい場所では老化が起こりやすい。

今日紹介するミネソタ大学からの論文はリンパ球などの免疫系細胞の老化は、自身だけでなく、他の臓器の細胞老化を促進するという、ちょっと恐ろしい研究で、5月12日Natureにオンライン出版された。タイトルは「An aged immune system drives senescence and ageing of solid organs(老化した免疫システムは固形臓器の老化と加齢を促進する)」だ。

研究自体は、典型的な遺伝モデルを用いた老化研究で、コケイン症候群の原因遺伝子の一つで、UVやDNA鎖をクロスリンクする様な薬剤によるDNA障害に関わるとされるERCC1遺伝子を血液系で欠損させたマウスを用いて、老化モデルとしている。これまでの研究で、ERCC1が欠損すると、おそらく自然に起こるDNA鎖同士のクロスリンクが修復できないため、p53の活性化が起こることで、細胞周期が阻害され、細胞老化、そして個体全体の老化が進むと考えられている。

このグループも、初めは血液細胞が老化するモデルを作成して研究しようとしていたのだと思う。血液だけでERCC1が欠損すると、5ヶ月でリンパ球を含む白血球数が低下し、様々な血液細胞で細胞周期の抑制を示すp21などの発現が高まり、また抗原に対する細胞性免疫機能や、抗体反応も強く低下することを示している。同じ変化は、2年以上飼育した正常老化マウスでも見られることから、ERCC1欠損により、老化が時間的に強く促進されていることがわかる。

これだけならなんのことはない研究だが、血液系だけで老化が進んでいると考えられるこのマウスの様々な臓器の細胞でのp21やp16の発現を調べると、驚くことに、血液ほどではないにせよ、細胞老化が高まっていることに気づく。老化で上昇する様々なサイトカインのうち、IL-1βやGDF-15、MCP-1などが上昇していることから、おそらく免疫系の細胞老化が、様々なサイトカインを通して、他の臓器の老化を促進するのではと着想した。

そこで、8-10か月齢のERCC1を血液で欠損させたマウス脾臓細胞、あるいは2年齢の正常マウス脾臓を若いマウスに注射すると、どちらの場合も、他の臓器のp16の発現が高まり、実際の寿命も短くなることを示している。この実験の結果、ERCC1欠損血液細胞だけでなく、正常血液細胞も老化すると、移植により他の臓器の老化を誘導できる(実際にはERCC1欠損血液細胞以上の効果がある)が明らかになり、通常の老化でも免疫細胞を若返らせることで、全体の老化を遅らせる可能性が示唆された。

これを確かめるため、今度は全身でERCC1が欠損したマウスに正常脾臓細胞を移植する実験を行い、若い細胞の移植ですぐにp16が正常化する臓器が存在することを示している。すなわち、全てではないが、臓器の一部は、老化した免疫細胞から分泌される様々な因子の影響で細胞周期が阻害され、細胞老化に陥っていることを示している。

最後に、ERCC1欠損による免疫系の機能低下と、老化促進作用は、現在老化抑制に使われているmTOR阻害剤ラパマイシンでかなり改善し、血液のp16,p21の発現が抑制されるとともに、MCP-1やTNFの分泌が抑えられることも示している。

結果は以上で、免疫系の細胞の老化が、体全体の老化を促進する作用があると言う結論は、本当なら、新しいアンチエージング法の開発や、逆に老化が急速に進む腎硬化症などの理解にも重要だ。ただ、正直実験のプロトコルや、結果の示し方が少しわかりにくく、そのためか論文サブミットから掲載までに2年以上かかっている。また、老化には炎症が関わっていることは疑う人はいない事実で、炎症とこの研究とがどう違うのかも明確にする必要があるだろう。今後、モデルマウスではなく、若いマウスと老化マウスとの間で、詰めていく必要があると思う。

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5月16日 2000年前の人間の腸内細菌叢 (5月12日号 Nature オンライン掲載論文)

2021年5月16日
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古代の遺跡から、化石と言っていいのか、糞便が石の様に固まった糞石が得られ、古代人が何を食べていたかについて重要な情報を提供してくれる。当然糞便には細菌叢が存在し、最新の古代DNA分析技術をもってすれば、古代の人間の細菌叢を分析できるかもしれない。とはいえ、骨の中に残る細胞DNAとは異なり、我々の体のほとんどのDNAと同じで、糞便のDNAも環境の分解力により、土に還るのではないかと思っていた。

しかし最近紹介した様に、土に還ることで、場合によっては環境の鉱物に吸着してDNAが守られることもある様で(https://aasj.jp/news/watch/15388)、ともかく糞石DNAの分析にチャレンジすることは意味がある。そう考えて、2017年ぐらいから、保存のいい古代の糞便遺物を解析する研究が進んでいた様だ。

今日紹介する糖尿病研究で有名なジョスリン研究所からの論文は、2000年前後のアメリカ原住民の糞便遺物(米国とメキシコより出土)からDNAを取り出し、当時の人間の細菌叢を再構成したと言う面白い研究で、どこまでできるのだろうと興味をもって読んでみた。タイトルは「Reconstruction of ancient microbial genomes from the human gut(古代人の腸内細菌叢を再構成する)」だ。

タイトルを見ただけで、だれでも気になるのは、人間の糞便由来の細菌叢であることを、本当に決めることができるかだ。人間自身のDNAなら、ハイブリダイゼーションで濃縮もできるし、古代DNAを現代のDNAから区別することもできる。しかし、細菌となると、無限の可能性から、動物の腸内細菌であること、そして最後に人間の腸内細菌であることを証明する必要がある。こんなこと本当にできるのか?

研究方法を読んでみると、腸内細菌叢は独自の進化を遂げており、古代の細菌叢ゲノムも、現代人の腸内細菌叢を指標に、他の細菌から選別できると言う仮説に立っている。これにより、現代人細菌叢ゲノムを手本に、人間由来と思われる細菌DNAを選び、最後に現在の家畜に存在する細菌叢も指標として用いて、最終的に人間の腸内細菌叢由来DNAライブラリーを選び出している。この方法が妥当かについては私の知識を超えているので、あまり詮索せず、当時の人間の細菌叢のDNAライブラリーが再構築されたとしておく。

さて結果だが、腸内細菌叢全体の構成、存在した細菌の全ゲノムレベルの再構成、そしてゲノムが再構成できた細菌の進化についての詳しい解析、に分けて示されている。

  • まず細菌叢の構成については、現代人の細菌叢とほぼ同じ細菌成分が特定できる(これは方法論から考えると当然と思えるが)。さらに、読めた回数からそれぞれの細菌の頻度を計算しており」これを用いて細菌構成を計算すると、古代人の細菌叢は、工業化された地域に住む人たちの細菌叢より、田舎に住む人の細菌叢に似ていることを示している。具体的には、田舎の人に多いFirmicutesは多く、都会の人に多いBacteroidetesは少ないといった具合だが、なんとなく説得されてしまう。
  • 古代人だけで多い細菌種もいくつかある。ただ、なぜこれらの細菌が現在マイノリティーになったのか理解するためには、他の時代の細菌叢を調べ、細菌叢の地理と歴史を再構成する必要があるだろう。
  • 現代の腸内細菌叢をお手本とせず、読めた配列からできるだけ完全な細菌のゲノムを再構成することにもチャレンジし、厳しい条件で配列を選別することで、古代人糞便由来のほぼ完全な細菌ゲノムを181種類決定することに成功している。これらの多くは現代人腸内細菌叢に存在する種に属しており、腸内で独自の進化が続いていたことを示す。
  • その中の1種類の細菌を用いて、人類進化と腸内細菌進化の関係を調べると、なんと細菌の方も、人類が出アフリカを果たした時に一致して進化をはじめ、またホモサピエンスがアメリカに進出したのと同時に、アメリカ原住民特異的系統が出現している。
  • 一方、再構成できた181種類の細菌ゲノムのうち、61種類は、種レベルでこれまで現代人の解析からは発見されていない古代のみに存在した細菌であることがわかった。すなわち、人間の歴史とともに大きな選択圧にさらされていることも示している。
  • この様な選択圧を調べるため、機能的見地から古代人の腸内細菌を比べると、例えば抗生物質に対する耐性に関わる遺伝子は古代人細菌叢にはほとんど存在しない。一方、古代人や田舎の人の細菌叢はデンプンを分解する遺伝子が存在しているが、都会人になると減少している。すなわち、人間の様々な歴史的変化により、腸内細菌が強く選択されることを示している。

以上が結果で、2000年と言う古代ゲノム解析からは比較的新しい時代とはいえ、よくまあここまで解析できたなと言う印象だ。ただ、結果は完全に想定内で、細菌叢の進化は、私たち自身の進化の繁栄だとでもまとめておこう。

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5月14日 アンチセンスRNAを経口投与できる(5月12日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年5月15日
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様々なモダリティーの新型コロナワクチンの中で、RNAワクチンが、スピード、量産性、そして効果で他を凌駕したことは誰もが認めるところだ。実際、我が国では現在までファイザー/ビオンテックのワクチンだけが接種されており、ようやく17日から始まる新しいワクチンもモデルナのRNAワクチンだ。これまで何度も紹介してきた様に、これらのワクチンにはRNAによる自然免疫を抑えるためのテクノロジーが用いられ、免疫と副反応の間の絶妙のバランスをとっている。

この様にRNAを異なる目的に合わせて化学的に修飾する技術は、現在大きな進展を見せている。しかし、流石に経口投与可能なアンチセンスRNAが可能だとは思わなかった。今日紹介するアストラゼネカ社の研究所からの論文は、肝臓細胞を標的にする場合なら、アンチセンスRNAを経口投与することも可能であることを示した目から鱗の驚くべき研究で、製薬企業では、素人には考えも及ばない様々な試みが行われていることを実感した。タイトルは「An oral antisense oligonucleotide for PCSK9 inhibition(PCSK9阻害のための経口投与可能なアンチセンスオリゴヌクレオチド)」だ。」

タイトルにあるPCSK9は、LDL受容体に結合して分解を早める分子で、これを抑えることでLDLコレステロールの処理力を高めることができることから、新しい高脂結晶治療標的として注目されている。現在、モノクローナル抗体を用いてPCSK9を抑える方法が先行しているが、以前紹介した様にアンチセンスRNAを用いて肝臓でのPCSK9 mRNA を抑える方法の開発も、大手の製薬会社を中心に研究が進んでいる(https://aasj.jp/news/watch/1135)。

このとき紹介したアンチセンスRNAは、新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンと同じで脂肪のナノ粒子に包んで静脈投与する方法だったが、アストラゼネカ社は、化学的に安定化させたアンチセンスRNAに、GalNacを結合させて、選択的に肝臓に取り込まれる様にする方法で、静脈ではなく、皮下投与でPCSK9のmRNAを抑えるアンチセンスRNA薬AZD8233を開発していた。

今日紹介する研究は、これまでのAZD8233研究を通して、その体内での安定性に自信を持った結果、ひょっとしたら経口投与も可能ではないだろうかと着想し、今可能性を追求したもので、具体的にはAZD8233を安定に小腸まで到達し、腸上皮を通って門脈に移行できる様、Sodium Caprateと混ぜた錠剤を開発し、これをテストしている。

研究は単純で、ラット、犬、サルを用いて、実際にAZD8233が経口投与で肝臓へと到達でき,PCSK9の分泌を抑え、最終的にLDLコレステロールの値を低下させるか検討し、全ての動物でAZD8233が期待通り門脈を通って肝臓に到達し、PCSK9の分泌をおさえ、結果として血中のLDLコレステロールを低下させることを示している。

ともかくうまくいったと言うこと自体が驚きだが、例えばサルを用いた実験で、毎日28mgのAZD8233を投与すると、LDLコレステロールが60%低下するのを見ると、ついにRNAテクノロジーも、経口投与可能なところまで到達したかと言う感慨が深い。

もちろん皮下投与と比べると、必要な量も多く、おそらく価格も眼玉が飛び出るのではないだろうか。しかし、RNA テクノロジーが着実に進んでおり、その氷山の一角にRNAワクチンがあることを理解できる論文だと思う。

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5月14日 手書きモーションの脳活動を解読して、字を書いてくれる脳コンピュータインターフェース(5月12日 Nature オンライン掲載論文)

2021年5月14日
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様々な原因で四肢の麻痺が進むと、他の人とのコミュニケーションが取れなくなる。この問題を解決する切り札が、脳コンピュータインターフェース技術で、ある行動を意図した時興奮する脳活動を解読し、どの字を書こうと意図したのか、PC上に書くことができる。おそらく多くの方が、例えばALS患者さんが脳内でPCのキーボードを操作してコミュニケーションしている情景を一度はご覧になったのではないだろうか。

この技術は、それぞれの文字の脳内表象がどう形成されているかといった、脳科学的検討はすっ飛ばして、文字を表出する時に一定の領域で見られる活動を、文字と対応させる一種のAI技術で、どのような脳活動を、文字と対応させるのかで競っている。これまで、目で見えるPCの画面上でカーソルを動かす動作や、言葉を話すときの運動皮質の活動を読み取って文字に変える技術が報告されている。すなわち、表象した文字を表出する運動野の活動を解読する手法が主流になっている。

私のような素人は、運動野の活動を解読するなら、単純な動きほど解読できるように感じるが、話すときの運動野活動を使う方が、より単純と考えられるカーソルの動きに対応する運動野活動を使うより成功を収めているのは、面白い。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、同じように複雑な動きが必要と思われる文字を手書きする運動に関わる皮質の活動を解読して、自然なスピードで文章が書けるようにした研究で、5月12日号Natureにオンライン掲載された。タイトルは、「High-performance brain-to-text communication via handwriting (手書き動作を介して脳活動を高いパーフォーマンスでテキストに変える技術)」だ。

この研究は、AIで区別させるには複雑であっても、違いがはっきりする方が良いと決めて、字を書くことを脳内で意図した時に、手指を動かす運動野の活動を、文字と対応させて、PCに学習させている。脳内に埋め込んだ1000個程度の電極が並んだクラスター電極で読み取り、それがコンピュータ上で文字として現れる様になっている。

具体的な方法やソフトなどについては、私自身機械学習として理解できているだけだ。面白いのは、最終的な文字に変換するだけでなく、実際に頭の中で書いた文字の形も読み取れる様にしており、この形を見るのが面白い。また、線を欠かせた時と、字を書かせたときの軌跡を調べることができる。この結果、単純な線を書こうと意図するより、複雑な文字を描こうと意図したときの脳活動の方が、文字の区別という点では優れており、しかも速いことを示している。

特に文字を書くとき、それぞれの文字に費やす時間的な差異は解読目的に大きな情報になることも示している。そしてその結果として、1分に90文字という、驚異的なスピードでコミュニケーションすることを達成している。他にも、脳活動として区別がしやすい文字の形まで提案できているのも、頭の中で描いている文字の軌跡が把握できているからだろう。

あとは、電極を留置することに関する問題の解決だが、これがクリアされれば、四肢麻痺の人たちと自由に筆談が可能になる日は近いと思う。

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5月13日 チェルノブイリ事故被爆の次世代への影響(4月22日 Science オンライン掲載論文)

2021年5月13日
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昨日に続いて、米国国立衛生研究所が中心に行ったチェルノブイリ事故による放射線暴露の影響についての研究で、今日の焦点は、両親の被曝は生まれてくる子供に影響があるのかという問題だ。

昨日紹介した甲状腺ガンで見られるゲノム変異は、原子炉の爆発で飛び散った放射線ヨードを吸収した甲状腺が直接受けた放射線照射の結果で、内部被曝と呼ばれている。これに対し、爆発時の放射線暴露、あるいは事故処理時に受ける放射線による被曝は外部被曝で、今日紹介する論文は、原子炉の事故処理に当たった人や事故時強い放射線を浴びた人たちのへの放射線の影響を、被曝した人たちから生まれた子供に見られるゲノム変異を指標に調べた研究だ。タイトルは「Lack of transgenerational effects of ionizing radiation exposure from the Chernobyl accident(チェルノブイリ事故の放射線の影響は、次世代の子供には見られない)」だ。

この研究では0-4Gy(平均0.36Gy)の照射を受けた父親、あるいは0-0.55Gy(平均0.019Gy)の照射を受けたと推定される母親から生まれた子供の血液を調べ、親には認められない子供独自のde novo変異がどの程度あるか調べることで、両親の生殖細胞ゲノムへの放射線の影響を推定している(胎内被曝とは異なることに注意)。

DNAが放射線により切断され、その修復過程で様々な変異が発生することは、昨日紹介した内部被曝の論文からも明らかだが、トータルで0.5Gyといった低線量の持続的被曝の影響を調べるのは難しい。

事実、知り合いの長崎大学医学部の宮崎先生たちは、爆心から1kmで被曝し、その後明確に急性放射線障害を示した父親から生まれた3人の子供と両親について全ゲノム解析を行い、子供だけに検出できるde novo変異は、若干の増加傾向はあるが、統計的には被曝していない平均値と違いがないという結果を報告している(Horai et al, J. Human Genetics 63:357-363, 2018)。すなわち、正常発生後という選択がかかっているとしても、予想外に放射線照射の精子や卵子への影響は少ないことを示している。

宮崎さんたちの研究で解析していたのは3人だったが、今日紹介する論文ではなんと130人の被曝2世と、両親の全ゲノム解析を行い、子供だけに見られるde novo変位の数とタイプについて探索している。

結果は次のようにまとめられる。

  • 1度に2−4Gyという線量で行われる動物実験と異なり、原発事故で見られる被曝状況では、どのタイプの変異についても、放射線照射によりde novo変異が増加しているということはない。
  • また、蓄積被曝線量とde novo変異の数も相関がない。
  • 一方、同じ子供で父親の年齢とde novo変異の数を比べると、年齢が高くなるほど変異数が増える。
  • 両親の喫煙もde novoの変異とは強く相関しない。

これは宮崎さんたちの長崎原爆による被爆者の結果と一致しており、結論的には全身被曝で、放射線による障害が出たとしても、次世代の子供のde novoの変異数には影響がないという結論になる。

ただ、この結果は放射線障害が存在しないことを示しているのではない。昨日見たように、放射線は量依存的にDNAを切断する。従って、特定の遺伝子に限って、放射線照射の影響を見ると、放射線にさらされると確率的に必ず変異は上昇する。ただ、私たちの細胞は毎日分裂し、mRNAに転写される。この時に生じるストレスによる変異は、放射線被曝による変異数を遥かに凌駕しており、放射線効果が薄まっているだけのことだ。

2日にわたって、チェルノブイリ原発事故のゲノムへの影響に関する研究を紹介したが、不幸な事故を人類の遺産として守るためには、地道な科学的蓄積が必要なことがよくわかる論文だった。

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5月12日 チェルノブイリ事故後に発生した甲状腺ガンのゲノム解析(4月22日 Science オンライン掲載論文)

2021年5月12日
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チェルノブイリ原発事故が起きたのは1986年で、放射線が人体に及ぼす影響についての研究は、35年たった今も続けられている。重要なのは、例えば甲状腺ガンの発生頻度が高まるといった疫学的結果を、細胞や動物をモデルとして明らかになってきた放射線障害のメカニズムとリンクさせることで、特に大規模ゲノム研究が可能になった今、放射線の人体への影響について理解が深まると期待される。

この期待に応え、2編の論文が4月22日のScienceに米国国立衛生研究所から発表された。今日、明日とそれぞれの論文を紹介することにした。今日紹介する論文は事故後、特に児童で発生が急上昇した440例の甲状腺ガンサンプルの前ゲノム解析を行った研究で、タイトルは「Radiation-related genomic profile of papillary thyroid cancer after the Chernobyl accident(チェルノブイリ事故後、甲状腺乳頭ガン発生に関与した放射線によるゲノム変化のプロファイル)」だ。

この研究では、放射線障害を受けた時、どのようなメカニズムで遺伝子変異が起こるのか、そしてそれがどのようにガンを誘導するのか、について明らかにすることだ。

放射線暴露とは無関係に発生する甲状腺ガンのゲノムについては既にデータベースができており、突然変異の数は極めて少ないこと、さらにガンのドライバーとしてはほとんどがMAPキナーゼ経路の遺伝子の異常活性によることがわかっている。

今回解析した440例については、被曝した場所などから、推定の被曝量を計算し、これまで影響がないとされている100mGy以下、100−200mGy、200−500mGy、そして500mGy以上に分けて、変異と被曝量の相関が取れるようにした上で、440例のガンサンプルとともに、同時に採取した血液サンプルや、正常組織のについて、全ゲノム解析を、高いカバー率で行っている。これほどの解析が行えるようになるとは、事故当時想像だにできなかった。

結果は次のようにまとめることができる。

  • まず放射線量と相関する変異の種類だが、挿入や欠失、および構造的変異と呼ばれる、大きな変化が多い。
  • 挿入、欠失のタイプを調べるとID8と呼ばれる、DNA切断の後におこる非相同末端結合により生じたタイプの挿入欠失が多く、相同組み換えや、マイクロ相同性を利用する代替末端結合の関与はほとんどない。
  • 被曝とは関係のない甲状腺ガンと同じで、ガンのドライバーについてはMAPキナーゼシグナル経路に集中している。
  • 遺伝的変位以外のエピジェネティック過程に、被曝による影響は全くない。
  • 発ガンのドライバーの活性化を誘導する変異には、はっきりと放射線による影響が認められ、なんと41%が遺伝子融合によりドライバーが活性化される。また、このような融合の起こる頻度は、放射線量と創刊している。

以上の結果から、甲状腺に大量の放射性ヨードを取り込むことで起こった、ランダムなDNA切断を修復する過程で、挿入欠失、構造変異などが多発し、この変化がたまたまMAPキナーゼシグナル回路に関わる遺伝子をヒットしたとき、ガン化のスイッチが入り、後様々な遺伝子変異が重なって、潜伏期間ののちに癌が発症するというシナリオが示された。

考えてみると、広島や長崎の原爆被爆後、8年ぐらいに、Bcr―Ablの融合遺伝子による慢性骨髄性白血病のピークが来たことも、同じように理解できると思う。

このように大規模ゲノム検査により集まる知識は、不幸な事故によるとはいえ世界遺産として長く維持される知識だ。その意味で、我が国の被爆者についても、このような大規模ゲノム研究が行われ、世界遺産として維持されることを期待している。

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5月11日 赤血球増殖刺激を飲み薬で可能にする(4月29日 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2021年5月11日
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赤血球の増血はエリスロポイエチン(Ep)が必要で、おそらく骨髄がまだ存在せず造血が腎臓で行われていた魚類の名残だろう、我々のEpは腎臓で作られる。このため、慢性の炎症により腎臓の実質が障害される慢性腎疾患(CKD)では、Epの分泌量が低下し、時に輸血が必要な貧血が起こってしまう。特に透析では失血も重なり、以前は深刻な問題だった。

幸い、組み換えEpが臨床応用されて以降、この貧血の問題は解決されたが、今度は赤血球が増えすぎて心血管障害が起こらないよう、注意を払う必要がある。臨床に用いられるEpの方も着実に進化を遂げており、最近の分解されにくいEpは、2ー4週間に一回皮下注射や静脈注射で貧血をコントロールできるようになっている。

このように安定していた治療法の中に割って入ったのがAkebia Therapeuticsにより開発された、低酸素を感知して転写を誘導するHIF分子の安定化させる化合物Vadadustatで、EpもHIFの支配を受けているため、HIFが安定化されることで、Epの分泌が上がる。

今日紹介する2編のVadadustat国際治験グループからの論文は、透析を受けていないCKD患者さんと透析を必要とするCKD患者さんそれぞれの、貧血治療効果と副作用について、新しい経口剤Vadadustatと現在すでに用いられている長期効果型Ep、Darbepoietinを比べた研究で、4月29日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。

2編続いて掲載されており、最初の論文は透析は受けていないCKD患者さん1751人についての治験、後の論文は透析を受けているCKD患者さん3923人についての治験になっている。基本的には同じ結果なので、透析を受けている患者さんについての治験論文を紹介する。タイトルは「Safety and Efficacy of Vadadustat for Anemia in Patients Undergoing Dialysis (透析を受けている患者さんの貧血に対するVadadustatの安全性と効果)」だ。

Akebiaはボストンにあるベンチャー企業だが、薬剤は大塚製薬に導出するようで、スポンサーとして大塚製薬も名を連ねている。参加各国でリクルートされた3923人の透析患者さんを無作為化して、Vadadustat群とDarbepoietin群に分け、40ー50週間経過を観察し、赤血球数を高めることによる心臓血管障害の発生頻度、および血中ヘモグロビン濃度の維持効果について両者を比較している。

結果は、死亡を含む有害事象の発生については、両者全く変化なし。一方、ヘモグロビンの目標値達成については、投与初期の効果は、Darbepoietinの方が改善スピードが速いが、半年目以降はほぼ同等だった。

以上が結果で、一応効果も副作用もEpとほぼ同じと言っていいのだろう。おそらく、Akebia/大塚もこのような結果を望んでいたと思う。

Epをきっかけとして、サイトカインのクローニングが続いた時期に現役時代を過ごした人間としては、組み換え分子そのものではなく、それを誘導する化合物でEpと同じ効果を得たという結果は感慨深い。

この結果から、炎症により障害された腎臓では、HIFが働いていない状態になっており、HIFを安定化させる、すなわち低酸素状態にすることで、Epの転写が誘導されることがよく理解できた。

臨床的に見ると、毎日投与の経口剤ということで、状態を見ながらのさじ加減は楽かもしれない。ただ、Darbepoietinのように月一回で済むとなると、定期的に通院しているCDK患者さんにとっては、病院で投与してもらえること自体は苦にならないだろうし、安心かもしれない。そう考えると、CKD貧血治療剤としてEpを駆逐する力は弱い印象を持った。

さらに、Vadadustatは、腎臓だけでなく、全身の細胞を一種の低酸素状態に置くことになる。したがって、Epは誘導されても、他の作用が心配になる。52週間投与して、ほぼ問題がないということだが、注意が必要だろう。例えば、ガンの幹細胞を活性化させることはないのかなど、気になる問題は多い。

CKDという切り口では、最終判断は難しいが、しかし全身の細胞でHIFが低いレベルで安定化したら何が起こるのか、興味の尽きない薬剤だと思う。ぜひ、今回参加した患者さんのさらに詳しい追跡が望まれる。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月10日 Cavernoma (海綿状血管腫)の薬剤治療(4月28日号 Nature オンライン掲載論文)

2021年5月10日
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海綿状血管腫は血管が異常増殖して、海綿状の血管の塊を形成する病気で、一種の奇形と考えられたこともあったが、家族性のcavernomaで、遺伝子の欠損が見られる3種類の遺伝子が特定され、腫瘍性増殖として考えられるようになってきた。問題になるのは脳に発生するcavernomaで、出血の心配だけでなく、てんかんなどのリスクになる。現在、手術以外にほとんど治療法がないが、脳幹を含め様々な領域に多発する場合も多く、手術ができないことも多い。

今日紹介するフィラデルフィア大学からの論文は、動物実験と人間での検証を行き来して、cavernoma発生の分子メカニズムを、腫瘍発生の観点から明らかにした研究で、この病気に新しい治療法を提示できた点で重要な貢献だと思う。タイトルは「PIK3CA and CCM mutations fuel cavernomas through a cancer-like mechanism(PIK3CAとCCMの変異がガンと同じメカニズムでcavernomaを増殖させる)」で、4月28日Nature にオンライン出版された。

多くのcavernomaは単発性に起こるが、紹介したように、遺伝子変異が特定された家族性のcavernomaも存在する。こうして発見された遺伝子はKRIT1、CCM2,、PDCD10で、いずれも細胞内シグナル伝達に関わることがわかっており、マウスの研究からいずれもMEKK3-KLF2/4シグナル経路に関わることがわかっていた。しかし、これら遺伝子変異を導入したマウスでは、血管の拡張などは見られても、cavernomaは発生しない。

この研究では、ほとんどcavernomaの発生しない血管特異的KRIT1KOマウスでも、精巣だけにはcavernomaが発生するという現象に注目し、精巣の血管内皮の高い増殖性がcavernoma発生を後押ししているのではと考え、それまで血管内皮増殖を誘導することが知られていたPIK3CA遺伝子変異をKRIT1の変異と組みあわせるとcavernomaが発生するのではと着想する。要するに、KRIT1がガン抑制遺伝子で、これが欠損しても、ガンのドライバー遺伝子が活性化しないと腫瘍はできないという発想だ。

この可能性を確かめるため、tamoxifenで遺伝子をonにする方法を用いて、両方の遺伝子変異を生後すぐに導入すると、脳内血管全体にcavernomaを発生させられることがわかった。さらに、アデノ随伴ウイルスベクターを用いて脳局所だけで両方の遺伝子を活性化させると、臨床例に近いcavernomaが発生することも明らかにしている。

以上の結果は、家族性でない孤発性のcavernomaは、一般のガンと一緒で、局所の血管内皮で、CCM遺伝子欠損とPIK3CAの活性化変異が積み重なった時に起こる病気である可能性を示唆している。

そこで、家族性と孤発性のcavernoma手術サンプルのゲノムを調べると、期待通りPIK3CAの変異がほぼ8割に見られ、CCM遺伝子の欠損も3割で見られることを確認している。また、単一細胞の核を取り出し遺伝子配列を調べ、変異が確認できる血管内皮では、CCMとPIK3CAの変異が重なっていることを確認している。

次に、CCMおよびPIK3CAそれぞれのシグナル伝達経路について検討し、PIK3CAの下流でmTORが活性化され、一方MCC遺伝子が欠損するとMEKK3の抑制が外れ、KLF32/4活性が誘導され、最終的にcavernomaに発展することを明らかにする。

最後に、PIK3CAシグナル経路のmTOR活性をRapamycinで阻害する実験を行い、例えばアデノ随伴ウイルスベクターでKRIT1、PIK3Cを活性化して発生するcavernomaの発生を抑制できることを明らかにしている。

結果は以上で、cavernomaが発見された後でも同じように効果があるか、rapamycin以外の阻害剤の探索など、知りたいことは多くあるが、cavernomaに対する外科以外の治療開発が着実に進んでいることを示している。

カテゴリ:論文ウォッチ
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