2月20日:染色体の端(2月11日号Cell掲載論文)
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2月20日:染色体の端(2月11日号Cell掲載論文)

2016年2月20日
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   染色体は長い一本のDNA鎖で、当然2個の端が存在する。この端にはテロメアと呼ばれるTTAGGGの繰り返し配列が続くが、最後は2重螺旋が途切れて短い一本鎖DNAが繋がっている。要するに、DNAがそこでちぎれた構造をとってしまっており、そのままならこの断端を繋ごうとする修復メカニズムが働く。この特殊な断端構造を守るため働いているのがシェルタリンと総称される6種類の蛋白で、一本鎖にはPOT1、2本鎖にはTRF1,TRF2が結合し、他の蛋白がこれらを一つの複合体を形成し、これにガイドされたヘテロクロマチン型ヒストンとともにテロメア特有の凝集された不活性は染色体を形成していることが知られている。
   今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、ヒト培養細胞を用いてシェルタリンのダイナミズムを詳しく調べた研究で、少しマニア向きすぎるかもしれない。タイトルはズバリ「Shelterin protects chromosome ends by compacting telomeric chromatin (シェルタリンはテロメア型クロマチンを凝集させて染色体の端を守る)」だ。
  この研究では蛍光標識したTRF2を発現させテロメア全体の大きさを測れるようにした細胞を用いて、テロメアのクロマチン構造の凝集程度を調べている。強く凝集しているときは、テロメア全体はコンパクトなクロマチンにしまわれていることになり、小さい塊にまとまる。例えば細胞周期でテロメアの大きさを追いかけると、S期で最も大きく、分裂中期で最も凝集する。これまで、DNAのメチル化や、ヒストンのアセチル化がテロメア特有の染色体凝集に関わるとされてきたが、この過程を阻害しても凝集が起こることから、テロメアの染色体構造はシェルタリンが直接調節していることがわかる。次に、シェルタリンの構成分子一つ一つの機能を阻害してテロメアの大きさを調べると、TRF2,TRF2,TIN2の3種類の分子の機能阻害で凝集が緩むことがわかる。すなわち、染色体凝集には2本鎖に結合するTRF1,TRF2がTIN2で架橋されていることが重要であることがわかる。次に、これら3種類の分子の突然変異体を作成し、凝集にはTRF1,TRF2それぞれがダイマーを形成することも必要であることを示している。
  このように基本的な役者が明らかになると、あとはこの現象とテロメアの状態を相関させればよい。実際にこの凝集によりDNA障害が防がれていることを示し、シェルタリンがメチル化ヒストンを組織化してクロマチンを凝集させることでテロメアを守っていると結論している。    ある意味では地道な研究のうちに入るだろう。普通あまり気にならないプロセスだが、研究がしっかり行われていることを実感した。
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2月19日:最適なガン免疫治療の模索(2月16日Immunity掲載論文)

2016年2月19日
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   一昨年遺伝子改変Tリンパ球を用いて、それまで治療に抵抗していたB細胞性白血病がほぼ根治できることを示す論文(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2309)が発表され驚いた。ただ、この治療法もガンだけに発現する抗原を見つけることが難しいという問題があった。詳しくは紹介しないが、2種類のシグナルを組み合わせて、2つの抗原を発現しているガンだけを殺す方法が2月11日号のCellにカリフォルニア大学サンフランシスコ校から報告されていた(http://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2016.01.011)。
ちょっと凝りすぎかなという気もするが、2種類、3種類の抗原の組み合わせを使う治療法はぜひ開発してほしい。   同じように、今注目を集めている免疫チェックポイント治療も、まずガンに対する免疫を成立させてから、この治療を使おうとする地道な努力が進んでいる。今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文はその代表例で、単純な癌細胞移植モデルではなく、実際のガンにできるだけ近いモデルを用いてチェックポイント治療を有効にするための条件を探っている。
   論文のタイトルは「Immunogenic chemotherapy sensitized tumors to checkpoint blockade therapy (ガンの免疫原性を高める化学療法はチェックポイント阻害治療の効きをよくする)」だ。この研究ではガン遺伝子を発現させて発生する自己肺がんをモデルにしている。ただ、普通の肺がんと違い遺伝子導入で発生させたガンのゲノムには変異が少なく、ガン特異的抗原が存在しない。そこで、ガン特異的抗原として卵白アルブミンを発現させたガンを用いて研究を行っている。
  こうしてできた肺腺ガンは通常用いられる化学療法には抵抗性で、またガンは卵白アルブミンを発現しているのに免疫チェックポイントを阻害する抗PD-1や抗CTLA4抗体は全く効かない。そこでこのグループは、ガンの細胞死を少しでも誘導できる抗がん剤を探索し、肺癌の場合オキザリプラチンとマフォスファミドを組み合わせたとき、ガンの細胞死が認められることを突き止めた。次にガン細胞障害がガン抗原を吐き出させて免疫を誘導しているかを調べると、細胞障害を受けたときだけガン抗原に対するキラー細胞が浸潤し、またTLR4依存性の自然免疫も成立する。ただ、これだけではガン自体の増殖を止めることができないが、これにチェックポイント阻害として、抗PD-1, CTLA4の両抗体を加えるとガンの進行を長期にわたって抑制できるという結果だ。最後に同じスキームが他のガンにも適用できるか調べると、線維肉腫の場合、オキザリプラチンと抗CTLA4を組み合わせると40%でガンが消失している。以上の結果から、化学療法自体が限定的な効果しかなくとも、ガンを障害することがはっきりしている場合、まず薬剤で細胞を障害しガン抗原を免疫システムに提示させてから、免疫チェックポイント治療を組み合わせることが重要だという結論だ。地道な研究で好感が持てる。
   今後、それぞれのガンにたいして、確率の高い組み合わせを確かめていく研究が必要になる。ただ、多剤を併用する臨床研究は単剤の治験とは違って患者数も必要で、お金もかかる。また、一つの会社が全ての薬剤を提供できない限り、製薬会社の腰は重い。しかし、ガンの根治を目指す限り避けては通れない課題だ。ぜひ医師主導で複雑な治療の組み合わせが進められる体制を我が国でも実現してほしい。そのためには、患者さんの参加も必須で、これまでとは違った新しい医師、患者、研究者の関係も必要になる。このような課題を整理することも本当は日本医療研究開発機構のミッションだと思う。
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2月18日:道徳と宗教(2月18日号Nature掲載論文)

2016年2月18日
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17世紀、ローマカソリックが支配していた西欧で近代科学が成立する。このときの立役者はデカルトとガリレオだ。特にデカルトの役割は、「自分で考えろ」と主観主義を解放しただけでなく、心身2元論の名の下に「わからないことは追求しないでいい」と、現象を全て説明しようとして陥ってしまう作り話の横行を排除することに成功した。しかし、こうして生まれた近代科学の因果性からは、アリストテレスの4因では考慮されていた、目的、道徳、善悪といった因果性は全て排除される。そのおかげで、私たちは一般相対性理論に基づく時空の歪みを観測するという、直感とはかけ離れた世界を真実と認める物理学を打ち立てた。しかし、一種の自然目的が生物に存在し、善悪や道徳が人間の行動に因果性を持つことは間違いないなら、その解明は21世紀の科学の課題になる。
   最近ボノボの研究で有名なde Waalさんの「Bonobo and atheist(ボノボと無神論)」を読んだが、道徳の起源を人間以外の動物に探す研究の思想をよく理解することができた。de Waalさんの本は初めて読んだが、新旧の哲学、科学が身となり肉となっているのがよくわかる。
   今日紹介する2月18日号Natureに掲載されたカナダ・ブリティッシュコロンビア大学からの論文は、これとは違って文化人類学的アプローチの研究だが、Natureもこの分野の論文を採択するのかと感慨深く読んだ。タイトルは「Moralistic gods, supernatural punishment and the expansion of human sociality(道徳的神・超自然的罰と人間の社会性の拡大)」だ。
  この研究では、自分が会ったこともない人との信頼や共感が、裁きを行う普遍的な神について持っている概念と相関しているかどうかを調べている。De Waalさんの本でも同じような文化人類学的研究が紹介されていたが、これまでの研究は例えばキリスト教信者とそれ以外と言った一つの宗教への信仰について行われてきた。一方この研究では、キリスト教、仏教、ヒンドゥー教といった外来の普遍的宗教と、アニミズムや先祖崇拝などの土着宗教が並存する社会を対象にしている。実に591人の宗教的心情について民俗学的な詳しいインタビューを行い、普遍的神の概念、神による裁きの可能性、土着神との関係などを数値化している。その上で、自分が得た利益を、見たこともないが同じ神を共有している集団と、自分自身、あるいは自分の地域の人に分配するゲームをさせて、会ったこともない他人への共感度を測定している。このゲーム自体は、この目的で最もよく使われる方法だ。
  さて結果だが、例えば神の裁きを信じていない人は、見たこともない人へお金を配る思いやりを持っていない。あるいは、普遍的神やその裁きの存在を認識していると、見知らぬ人と利益を共有しようとするおもいやりが働くが、土着の神はこの思いやりに影響を持たないという結果だ。他にも、社会全体の道徳性や、財産などとも相関を調べているが、関係はないという結果だ。結論としては、従来の研究と同じで普遍的宗教が、より広い社会への思いやりの源だという結果だが、土着の神との綿密な比較を行った点が新しいのだろう。今後、普遍的神の退行が続くヨーロッパ社会や、例えば我が国のような独特の宗教観が存在する社会での結果との比較、そしてゲーム自体ももっと複雑な状況を用いて行われるよう深化するのだろう。他にも考えればキリがないほど、多くの要素を調べてみたくなる。
  最後に、今日紹介した研究は、de Waalさんたちのボノボを用いた研究の対極にあるように思えるが、それぞれの対象についての現象論を、脳やその病理と関連付けたときおそらく同じ問題として捉えられるようになるのだろう。まだまだヨチヨチ歩きに見えるが、新しい因果性に関する科学として期待したい。
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2月17日:生命科学の再現性問題(2月4日号Nature掲載コメント他)

2016年2月17日
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   生命科学研究者がデータ捏造に惹かれる背景には、生命科学実験に内在する再現の難しさがあることが指摘されている。とはいえ、多くの研究者には他人の結果を再現実験する余裕はなく、同じような研究を行っているほんの一握りの研究者だけが、再現性がないことに気づくことができる。ただ問題に気づいても、それを公表することは実は極めて難しい。この問題を2月4日号のNature、および2月11日号のScienceが取り上げているので紹介したい。
 2月4日号のNatureは「A tragedy of errors Mistakes in peer reviewed paper are easy to find but hard to fix(間違いの悲劇 査読雑誌に掲載された論文の間違いは容易に見つけることができるが、訂正することは難しい)」とタイトルをつけたアラバマ大学Allisonらのコメントを掲載している。
  Allisonたちは代謝や栄養関係の研究に絞って、論文で使われている統計学の間違いを指摘する努力を2014年から続けているようだ。彼らの指摘を受けて、論文の著者も間違いを認め論文が撤回されることもあるが、ほとんどの場合はこうはいかない。実際には、これまで大きな問題があるとして著者や編集者に注意を促した25編の論文で、エディターに送った手紙がたらいまわしにあったり、無視されたり、挙げ句の果てに撤回には1万ドルかかることを理解してほしいと堂々と述べる出版社もいたようだ。要するに、彼らの18ヶ月の努力は全て無に帰し、結局むなしく時間が取られすぎるとしてこの活動をやめたことを報告している。ただ、この貴重な経験を通して明らかになった科学雑誌の抱える6つの問題を指摘している。
問題1)編集者は間違いの指摘に対して適切な処置を講じる権限がないか、あるいは協力したがらない。
  例:論文で公開されている生データの統計をとり直して、論文の結論が明らかに間違っていることを指摘したが、それから論文撤回を決断するまで11ヶ月かかっている。しかも、このコメントを書いていた時点で、まだ撤回はアナウンスされておらず、間違いを指摘した手紙も掲載されていない。
問題2)誰に問題を指摘していいのかはっきりしない。
 雑誌には間違いを見つけた時、誰にまず連絡すべきかがはっきりと書かれていないことが多い。エディターなのか、スタッフなのか?実際、エディターを個人的に知らないと、エディターに直接連絡することは多くの雑誌で簡単ではない。
問題3)雑誌は論文の間違いを認めても、撤回に慎重すぎる。
  論文の結論が間違った統計学的扱いによることが明らかな場合でも、間違いの指摘を並立する意見として処理しようとする
問題4)間違いの指摘を掲載するのに掲載料を要求する雑誌がある。
2回、この要求があったようだ。一つの雑誌は1716ドル、もう一つの雑誌は1470ユーロ要求したようだ。これは本末転倒で、雑誌の使命を全く履き違えている。
問題5)生データにアクセスできない。
多くの論文が間違った統計処理を採用している。それを正すためには生データを正しい方法で解析することが必要だ。従って、論文掲載の条件として、生データを公開することを義務付けるべきだ。
問題6)非公式な問題の指摘は完全に無視される。
   問題を指摘するサイトと雑誌も用意しており、またPubMed Commonsもあるが、満足な答えが著者から帰ってきたことはない。
  以上、経験に基づく問題分析を基に、この状況を続けることは、科学を後退させることに他ならず、一人一人の科学者が人任せにしないで対策を講じなければならないことを強調している。そして、臨床研究で一番重要なのは、やはり生データの公開だと結論している。
     アカデミアの研究者と違い、企業の研究者にとって、興味を引いたデータが再現できるかどうかは薬剤開発の上で死活問題になる。アムジェンやバイエル研究所から、ガン分野の重要な研究の半分で再現性が取れなかったことを報告した論文が出ており、私もYahooニュース個人で紹介した
  2月11日発行のScienceは「Biotech giant posts negative results. Amgen papers seed channel for discussing reproducibility (バイオテクの巨人がネガティブな結果を公開した。アムジェンの論文は再現性の問題を議論するチャンネルを準備した)」というタイトルで、Baker記者が、新しい試みを紹介している。アムジェンの研究者の呼びかけで、再現できなかったことを示す自分のデータを公開する新しいチャンネルが、論文を評価するため組織された「Faculty of 1000」ウエッブサイト内に設けられた。その手始めとしてこのPreclinical Reproducibility and Robustness (前臨床研究の再現性と頑強性)というサイトに再現実験の結果が3編公開されていた。そこには、
1)レチノイン酸受容体刺激によりアミロイドの発現レベルに影響があるという結果が再現できないこと、
2)USP-14がアルツハイマーやALSに関わる蛋白の沈殿を分解するという結果は再現できないこと、
3)GPR21をノックアウトするとインシュリン感受性を含む代謝が改善するという結果は再現できない。
ことが示されている。
Bakerも懸念しているように、このようなサイトが特定の学説を攻撃目的で利用される可能性はある。しかし、顔を出し、データを示して行うやり取りは健全なもので、もっと推奨すべきだろう。同じサイトに、反論が出れば、なぜ同じ条件で違う結論になるのかより理解できるだろう。今後多くの研究者がこのサイトを見にくるようになればいいと思う。   捏造事件が起こった時だけ、倫理だ、コンプライアンスだと大騒ぎするのではなく、今日紹介したように、研究者自身が捏造の構造分析に基づき休みなく地道に構造変換を試みている姿を見て、我が国の研究者たちも、我が国で何をすればいいのか、押し付けられるのではなく、自発的に考えてほしいと思う。。
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2月16日アデノ随伴ウイルスの(AAV)の受容体の特定(2月4日号Nature掲載論文)

2016年2月16日
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  遺伝子の数は有限で、人間でも2万種程度しかないと言っても、それぞれの遺伝子の機能が完全に理解できているわけではない。さらに、重要な機能であってもそれに関わる遺伝子が明らかになっていないケースはいくらでもある。そんな遺伝子の一つがアデノ随伴ウイルス(AAV)が細胞に侵入するときに利用する受容体だろう。AAVはほとんどの細胞に高い効率で感染することから、現在実現している遺伝子治療に最も広く使われているウイルスベクターだ。私自身今日紹介するスタンフォード大学からの論文を読むまで、AAVの受容体の本体はとっくの昔にわかっていたのではと思っていた。実際にはこの論文が出るまで、受容体の本命は発見できていなかったようだ。論文のタイトルは「An essential receptor for adeno-associated virus infection (アデノ随伴ウイルス感染に必須の受容体)」だ。
  これまでも多くの分子がAAV受容体候補として名前が挙がり、消えていった。この研究ではヒト1倍体(各染色体が1本づつしかない細胞)細胞株の遺伝子を遺伝子挿入法によりランダムにノックアウトした細胞ライブラリーにAAVを用いて蛍光遺伝子を導入し、感染がうまくいかない細胞を単離することで、AAV感染に必要な遺伝子を探索している。もともとウイルス感染は複雑な過程で、この方法で単一の遺伝子が特定されるのではなく、感染を支える様々な分子がリストされている。この研究ではその中からこれまで識字障害と連関すること以外全く研究がされていない膜タンパク質に注目してその後の実験を行っている。詳細を全て省いて結論だけ紹介すると、免疫グロブリン(Ig)ドメインが5回繰り返した細胞外部分を持つ蛋白質をコードするKIAA0319Lは期待通りAAV受容体分子で、N末の2つのIgドメインを用いてAAVに結合する。この分子は小胞体輸送に関わる様々な分子と結合し、ゴルジ体と細胞表面を行き来するフェリーのような運び屋分子で、受容体に結合したAAVはまず細胞内小胞に取り込まれ、ゴルジ体まで運ばれる。ただ、AAVの感染にゴルジ体までウイルスが運ばれる必要は必ずしもない。最後に、この遺伝子をノックアウトしたマウスを作成して、体の中でもこの分子がAAV受容体として働いていることを証明している。    久しぶりに細胞生物学の伝統的論文を読んだ気がするが、この結果は遺伝子治療の効率や安全性を高めるための重要な情報となると思う。特にこのベクターが実用化され始めている現在、その意義は大きいと思う。
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2月15日:消化管ホルモンによる糖尿病治療の危険性に関する警告(3月号Cell Metabolism掲載論文)

2016年2月15日
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  血糖に反応して小腸から分泌され、膵臓β細胞に働いてインシュリン分泌を促す消化管ホルモンGLP-1を糖尿病の治療に使おうと開発が行われ、GLP-1の受容体を刺激する薬剤、あるいはGLP-1の分解を抑制して効果を高める薬剤が現在市販されている。臨床医ではないので、この薬剤が現在どの様に使用されているのか把握できていないが、インシュリンの様な低血糖を起こさず血糖をコントロールできると、かなり普及しているのではないだろうか。
   今日紹介するマイアミ大学からの論文は、GLP-1受容体刺激剤の一つリラグリチドを長期に使用すると、β細胞のインシュリン分泌能が枯渇する危険性を警告する論文で3月号掲載予定のCell Metabolismに掲載された。「Liraglutide compromise pancreatic β cell function in a humanized mouse model (リナグルチドはヒト化マウスモデルに移植したヒト膵臓β細胞の機能を低下させる)」だ。
  研究はいたって単純で、糖尿病マウスの角膜にヒトβ細胞を含む膵島を移植し、リラグリチドを投与した群と、非投与群の糖代謝を比べている。まずこれまでの研究と同じで、投与100日ぐらいまでは、明らかに投与群の方が糖代謝を改善できている。しかし200日間連続投与すると、非投与群と比べて糖尿が再発し、全般的にインシュリン分泌が低下、またブドウ糖負荷に対するインシュリン分泌も遅れることが明らかになっている。
  マウスに移植したβ細胞組織を調べると、リラグリチドで細胞死が亢進しているわけではない。インシュリン分泌の遅れなどに基づいて、著者らは、β細胞への刺激が続くことで、インシュリン分泌能が枯渇したのではないかと想像しているが、本当のメカニズム解明にはさらに研究が必要だろう。
  またヒト化マウスという特殊な状況がこの様な結果をもたらしていないか調べる必要がある。この薬剤が2009年には認可が下りていることを考えると、長期投与を受けた患者さんがいるはずで、おそらく一番重要なのはリラグリチドを長期投与している人たちについての副作用調査だろう。動物実験を取り合う必要はないなどと無視せず、できるだけ速やかにこの調査が行われることを希望する。
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2月14日:ネアンデルタール人の遺伝子遺産(2月12日号Science掲載論文)

2016年2月14日
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ドイツマックスプランク研究所元所長ペーボさんたちによってネアンデルタール人及び、アルタイ地方のデニソーバ人の全ゲノムが解読されて以来、ミトコンドリアゲノムといった限られた解析ではわからなかったことが続々明らかになっている。何よりも私たちの先祖とネアンデルタールは性的交渉を持ち、子孫を残してきたことがわかる。6万年前アフリカを離れて北に向かって移動を開始した現代人の祖先は、既にアジアヨーロッパに分布していたネアンデルタール人と交雑し、彼らの遺伝子が私たちに流入する。もちろんネアンデルタール人との交雑は日常的でないため、世代を重ねるごとに分散していく。このため流入してきた遺伝子は世界中の人を調べればどこかに見つかるのだが、個人個人が持っているネアンデルタール遺伝子はランダムに分布している一部だ。しかし、世界中どこを探しても存在しないネアンデルタール遺伝子がある。例えばサハラ以南のアフリカ人はネアンデルタールと出会っておらず、もともと遺伝子流入がないため、基本的にネアンデルタール遺伝子を持っていない。一方、ヨーロッパ、アジアに移動した私たちの祖先の生存に有害な遺伝子は淘汰されて消失する。一方、普通より高い頻度で分布しているネアンデルタール遺伝子もあり、これは有用な遺伝子として選択されてきたと考えられている。最も驚いた例は、チベット人の高地適応に関わる遺伝子がアルタイで発見されたデニソーバ人のゲノムに由来するという結果だろう。頻度が高いネアンデルタール遺伝子についても研究が進んでおり、皮膚や毛に関わるケラチン遺伝子に高い頻度でネアンデルタール人の遺伝子が保持されていることが示されていた。
  今日紹介するバンダービルト大学からの論文はアメリカで構築されているゲノムと臨床レコードをリンクさせたデータベースを使って、特定の疾患とネアンデルタール人の遺伝子との関連を調べた研究で2月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「The phenotypic legacy of admixture between modern humans and Neandertals (現代人の祖先とネアンデルタールの交雑が残した形質)」だ。これまで現代人の疾患に関連する多型の中からネアンデルタール人のゲノムに関連するSNP(一塩基多型)を探す研究は行われており、私も興味を持って読んできた。ただこの研究はアメリカ医療機関で蓄積されている疾患の臨床データとゲノム配列をリンクさせたデータベースを使ってより完璧を目指している点が特徴だ。正直に言うと使われたアルゴリズムの適切性については私にはよくわからない。ただ、実際の患者さんのゲノムと相関を求めていくと例えばネアンデルタール人の特定の遺伝子を受け継ぐ現代人は血液凝固の高い人が3倍近くになることがわかる。ネアンデルタール特異的な全遺伝子領域について同じような探索を繰り返して、特に病気と相関するネアンデルタール人由来の遺伝子として光によって誘発される角化症、うつ病、感情障害がトップ3としてリストされた。他にも相関の高い疾患SNPが見つかっているが、詳しく紹介するのはやめておこう。重要なのは、病気に関わるSNPは自然選択される運命にあると思っていたら、ネアンデルタールから受け継いだ遺伝子を何万年にもわたって維持していることだ。おそらく、現代人には問題でも、私たちを守る重要な形質だったのだろう。この研究では、気分障害や、うつ病、そして光線角化症は全て日照時間と関係しており、日照時間の短い地域で生きるためには重要な性質ではなかったかと想像している。ぜひ南のアジア人での結果を調べてみたいところだ。いずれにせよ、ネアンデルタール人ゲノム解析により、人間の進化に全く新しい地平が開けていることがわかる。
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2月13日:ヒルシュプルング病治療の可能性(Natureオンライン版掲載論文)

2016年2月13日
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実を言うと今カンボジアに来ていて観光に忙しく、しかも風邪気味で論文紹介記事をアップロードするのが遅れてしまった。とはいえ、Killing Fieldで有名になったカンボジアも、今は平和で、多くの観光客を惹きつけている。
  今日紹介するSloan & Kettering ガン研究所からの論文は、ヒトES細胞から腸管神経を誘導して、この神経細胞の発生異常による巨大結腸を示すヒルシュプルング病をなおそうとする試みで、治療へ向けたかなり重要な一歩を示した研究だと評価できる。タイトルは「Deriving human ENS lineage for cell therapy and drug discovery in Hirshsprung disease (ヒトES細胞から腸管神経を誘導してヒルシュプルング病の細胞治療と治療薬を発見する)」だ。
   ヒルシュプルング病は神経管由来の腸管神経細胞の増殖や移動能の欠損により、腸内の蠕動が起こらないため便の排泄がうまくいかず腸内に溜り、巨大結腸が起こる病気だ。腸内神経を再構築する以外に治療法がなく、腸内神経層の欠損した部分を手術で切除する以外の治療法はなかった。この研究ではCD49Dが腸管神経のバイオマーカーになることを突き止め、Sox10陽性、CD49D陽性細胞の試験管内誘導方法をまず決定している。私たちも他の細胞で同じことを行ってきたが、培養条件の決定が一番難しい過程だ。これでいいと妥協せずにこの研究でもほとんどの細胞が腸内神経の分化マーカーを発現する条件を決めている。次にこうして誘導された細胞が腸管神経として機能するかどうかを調べる目的でこの細胞の立体培養を4日間行い、大腸に移植すると、ヒトの細胞であるにもかかわらずマウス大腸の広い範囲に分布することがわかった。これに勇気付けられ、次にマウスのヒルシュプルング病モデルに移植して腸管の蠕動を再構成できるか調べている。この目的でマウス腸内神経の移動に必須であることがわかっているエンドセリン受容体(ENDRB)ノックアウトマウスの腸管に移植すると、組織に完全に統合されたとは言えないが、広く分布して腸管神経層を形成し、移植されたマウスは少なくとも6週は生き残れることが明らかになった。最後に、こうして確立したES細胞培養方法とマウスへの移植システムを用いて、神経細胞の機能に影響する薬剤をスクリーニングし、ペプスタチンAと呼ばれるタンパク分解酵素阻害剤の試験管内での全処置を受けたEDNCR欠損腸管神経細胞の移動能を部分的に回復させられることも明らかにしている
。  しかし、生後の腸管神経細胞の移植が一定程度効果があることは大きな朗報だ。この研究ではヒトES細胞由来の腸管神経細胞は組織学的には完全な構造をとるには至っていない。これはヒトとマウスの種の壁のせいでもあるし、生後の移植の限界かもしれない。しかし、生後の移植でも症状を軽くすることができる。種の壁がない場合さらに完全な神経叢形成が可能かもしれない。さらにおそらく胎児期に注射することも今後可能になるだろう。組織適合抗原をマッチさせたiPS細胞利用の重要な標的になるはずだ。一人でも多くの子供達の生活の質がこれで改善されることを願う。
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2月12日:ため息の神経生物学(2月8日号Nature掲載論文)

2016年2月12日
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   どんな現象でも説明しようとすると膨大な研究が必要になる。実際それを考えると「ため息」が出る。しかし、その「ため息」を研究している人がいたとは、また「ため息」が出てしまった。
   今日紹介するスタンフォード大学からの研究のタイトルはズバリ「The peptidergic control circuit for sighing(ため息のペプチド作動性のサーキット)」で、2月8日号のNatureに掲載されている。たまたまなのか、本当に最初からため息のメカニズムを標的にしていたのか?論文はため息の講釈から始まって、preBotCと呼ばれる領域がため息に関わってそうだというこれまでの研究を紹介し、ため息のプロセスがカエル由来のペプチドボンベシンにより影響されるという独自の研究に基づいて、マウスでもペプチドが生理的神経伝達因子であると狙いをつけている。
  次に、マウスの呼吸に関わる後脳での遺伝子発現を探索し、neuromedinB(Nmb)をまずため息の神経因子の候補として特定している。Nmbの発現を調べると、期待どおりpreBotCに投射する神経細胞に発現している。また、NmbをpreBotCに注射するとため息の頻度が上昇し、逆にNmb受容体を欠損したマウスはため息の回数が半分に減る。しかしため息を完全に止めることができないので、さらに他のペプチドが存在することが疑われた。そこで、もう一つのボンベシンに似たペプチドgastrin releasing peptid(Grp)に狙いを定めpreBotCに注入すると、Nmbを超える効果が見られ、受容体遺伝子が欠損したマウスは、Nmb受容体と同様、ため息の回数が半減する。そして、両方の受容体機能を阻害剤で抑制するとため息の発生が強く抑制されることを示している。最後に、ボンベシンに細胞毒を結合させて、ラットのNmb受容体、Grp受容体を発現する細胞を障害すると、低酸素状態になっても深呼吸が起こらないことを確認している。
  低酸素による深呼吸と、失恋によるため息が同じだとすると少し寂しい気はするが、ため息の回路を解明した論文を生きているうちに読めるとは、やはりため息が出る。
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2月11日:The British Medical Journalに見る医学雑誌の使命(2月3日号The British Medical Journal 掲載論文)

2016年2月11日
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  様々な機会に紹介した、タミフルの予防効果についての治験の不正、あるいは3種混合ワクチンが自閉症の原因であると報告したWakefield論文の不正など、社会的問題になった臨床研究の不正解明にはいつもThe British Medical Journal(BMJ)が主要な役割を演じている。間違いなく編集方針として、人の命に関わる臨床研究での不正は絶対許さないとの使命感を持って、不正に目を光らせ、患者さんに安全な医療を少しでも安く提供するための活動を行っている。この編集方針は、医学の信頼性を保つためあらゆる雑誌が持つべきものだが、BMJほど徹底してこの方針を貫くことは難しい。本当にこの徹底性には頭がさがるといつも感じている。
  今週もBMJの面目躍如たる論文が2編掲載されていたので紹介しよう。最初の論文は2月3日に発行され、タイトルは「Rivaroxaban: can we trust the evidence ?(リバロキサバン:エビデンスは信用できるか?)」だ。リバロキサバンは心房細動患者さんの脳卒中を防ぐ経口抗凝固剤(第Xa因子阻害剤)としてバイエル薬品が開発し、ROCKET-AFと名付けられた大規模3相治験の結果を元に、多くの国で使われている薬剤だ。治験は卒中予防の目的で長く利用されているワーファリンとの比較で、卒中予防効果ではなく、服用した時に予想される脳出血などの副作用の頻度が調べられた。結果はバイエルの期待通りで、リバロキサン投与群では優位に脳出血とそれによる死亡が低下したという結果で、各国で承認され、治験結果もThe New England Journal of Medicineに掲載された(Patel et al, N Engl J Med;365:883, 2011)。
  この5年も前の治験になぜ今BMJが噛みついたのか?少し複雑だが、詳しく説明しよう。リバロキサンのセールスポイントは、凝固時間をモニターせずに決まった量を経口投与するだけで凝固を抑えて卒中を防ぐというものだった。一方、古くから使われていたワーファリンは患者さん自ら検査をして適量を服用する必要があった。従って2重盲検治験ではリバロキサン投与群ではワーファリンの偽薬を、ワーファリン投与群ではリバロキサン偽薬を与え、更にワーファリン群では必須の凝固時間をモニターする機器を、リバロキサン投与群にも提供してモニターさせ、自分がどの群に入っているのかわからない様にしている。驚くのは、被験者の緊張感を保つために、リバロキサングループの機器はコンピューターで制御された数値が出る様にして、ワーファリンの偽薬量を自ら調節させるという念の入れ様だ。
  一見すばらしい治験に見えるが、2014年FDAが測定の正確性に深刻な問題があるという警告を発した機器がこの治験のワーファリン群に使われていることが明らかになり、状況は一変した。すなわち、ワアーファリン群の患者さんが不正確な結果に基づき、必要以上の薬剤を服用した結果副作用が増えた可能性が出てきた。とすると、確かに煩わしいモニタリングから解放されるというメリットはあっても、薬剤としての優位性はないことになる。さらに、この機器の問題についてFDAはずっと前から把握しており、2005年に警告文書を会社に送っていることも明らかになった。もしこの警告が意図的に無視されてこの機器が治験に使われたとすると、最悪の場合副作用を誘導する様な細工が行われたことになり、大変な事件に発展してしまう。そんなことはないだろうが、少なくとも不正確な機器で行われた研究論文は撤回すべきだとBMJは主張している。現在のところ、治験を取りまとめたDuke大学や製薬企業から満足できる回答はない様だが、おそらく追求は続くだろう。この論文でも一番重要なのは、治験に参加した患者さん全員の個人記録を第3者にも利用できる様にして、何があったか検証することだ。しかし個人データも含む治験データの開示を製薬企業に義務付けるのは難しい様だ。   この状況を変えようと、個人記録も含む治験データの開示を論文掲載のための必須条件にしようと臨床研究を扱う雑誌編集者が立ち上がった話が1月23日のThe Lancetにレポートされている(「Sharing clinical trial data: a proposal from the international committee of medical journal editors (治験データの共有:医学雑誌編集者国際委員会からの提案)」)。現在研究の科学性を保証する唯一の方法がピアレビュージャーナルでの審査であることを考えると、大きな一歩だと思う。全ての治験データを開示することを決断した製薬企業のコンソーシアムも進んでいる。不正事件を倫理の問題として片付けず、構造問題として分析して、研究社会全体を変化させるための具体的な対策が提案され採択されていることを、我が国各機関で研究不正対策に関わる人たちもよく学んでほしいと思う。
もう一遍の論文は2月4日に掲載され、タイトルは「Pacemaker Battery Scandal (ペースメーカーの電池問題)」だ。スキャンダルと言っても、例えば製造会社を訴えるわけではなく、ペースメーカーの電池が10年以内で交換しなければならない現状を変えるべきだと訴えている。実際には10年より早く交換されることが多く、その度に手術が必要になり、また高価なペースメーカーも交換される。この状況は確実な需要が保証される点で病院と製造会社にとっては本当は望ましい。そのため新しい機器開発のインセンチブが生まれていないことをBMJは嘆いている。そして25年以上の寿命を持つペースメーカーの開発を呼びかけている。告発だけでなく、患者の視点に立った様々な記事が今後も掲載されることを楽しみにしている。
カテゴリ:論文ウォッチ
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