12月8日:幸い我が国では必要のない研究(2016年1月号Epidemiology掲載論文)
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12月8日:幸い我が国では必要のない研究(2016年1月号Epidemiology掲載論文)

2015年12月8日
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先進国の中で米国の銃による犯罪率と死亡率は際立っている。私自身、アメリカの都会を訪れるとなんとなく不安な気持ちで身構えてしまう。もちろん2-30年ほど前と比べると今はずいぶん安全になっている。まだ熊本大学にいた頃、コロンビア大学にセミナーに行く機会があった。そのときHostのTom Jesselは地下鉄の出口から走れと冗談めいてアドバイスしてくれたが、実際路上に出てみると全く当たっていないわけではないと思った。米国で10−24歳までの若者の死亡率2位は銃創らしい。死亡の原因を探り、それを予防するのが医学の役目なら、当然銃による若者の死亡を防ぐ事は、ガンによる死亡を防ぐのと同じように医学の務めだ。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文はまさにこの米国特有の問題に取り組んだ研究で2016年1月号のEpidemiology(疫学)に掲載された。タイトルは「 Mapping activity patterns to quantify risk of violent assault in urban environment (人の行動パターンと都会での暴力的犯罪の危険度を統合する)」だ。どの都会でも、安全な場所と危険な場所がある。実際、犯罪の発生率などはこれまでもプロットされており、米国の都会を訪ねる場合はある程度この地図を頭に入れておくのは重要だ。ただ、ほとんどの場合、地区別の犯罪は示されるが、実際そこにどんな店が存在したのか、警察署はどこにあったのか詳しく相関させた分析はなかったようだ。この研究では、フィラデルフィアという都市での様々な要因マップを作り、それに犯罪の犠牲者の1日の行動パターンをかぶせて分析するという手法で、犯罪の起こりやすさを統計的に調べている。都市の条件とは、例えば警察署や消防署の位地、暴力発生頻度、空き地、公共物の破壊頻度、アルコール消費量、失業、大学教育、地域の連帯に至るまで27項目にわたっている。こうして作成した地図に143人の銃による襲撃被害者、206人の銃以外の襲撃被害者、283人のコントロールをインタビューし、犯罪時の行動パターンを重ね合わせている。結果を見ると、わざわざこれほどの調査を行わなくとも常識でわかるような事で、例えば一人で歩いている時のほうが襲撃されやすいとか、地域の連帯があるところでは襲われにくいなどだ。ただ、少なくともこのような犯罪に慣れていない私たちから見て驚く結果もある。例えば、銃の保有率の高い地区ほど逆に銃犯罪が多く、銃を使わない襲撃は少ない。すなわち犯罪者の頭の中にも、同じようなマップが出来上がっているようだ。驚くのは、警察署や消防署の近くでも銃による被害が多い事で、よく理解できない。いずれにせよ、浮き上がってくるのは不登校が多く、空き家や空き地が多い地域で暴力が日常化している光景だが、アメリカ映画の定番だ。これまで読んだ事も、また考えた事もない分野で、ただ好奇心だけで読んだが、わざわざこんな研究が必要のない国に生きてよかったと思う。一方、同じような研究をイジメや自殺に広げて行う事は重要だと思った。被害者の声を、学校以外の第3者が調査として聞いて、研究論文として残す。我が国の場合、ほとんどの調査は役所の本棚に収まって終わりになる。査読された論文として様々な調査をぜひ残していってほしい。
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12月7日:短命(=長命)のゲノム(12月3日号Cell掲載論文)

2015年12月7日
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最初の生物ゲノムとしてインフルエンザ菌のゲノムが1995年に解読されて30年になるが、すでに5万を越す細菌のゲノム、2500を越す真核生物のゲノムが解読され、この勢いは今も止まらない。簡単になったとはいえ、しかしゲノムを解読することは今でも金も時間も必要な大変な作業だ。そして、解読できたからというだけでトップジャーナルに掲載される保証は全くない。おそらく珍しい生物のゲノム解読結果をどう論文にしようかと多くの研究者が苦労していると思う。ただ、読む側からみると、ゲノム研究のおかげで、思いもかけない生物の存在を知ることになる。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、アフリカに生息する卵生メダカの一種African Turquoise Killifishのゲノムの話で12月3日号のCellに掲載されている。タイトルは「The African turquoise killifish genome provides insight into evolution and genetic architecture of lifespan(アフリカブルー・ターコイズ・キリフィシュのゲノムから寿命の進化と遺伝的構造についての示唆が得られる)」だ。この論文を読むまで私もこの魚のことについては全く知らなかった。この魚はアフリカ南東部に生息する全長5cm程度の卵生メダカで、生息する池に水が存在する期間が4−6ヶ月で、後は干上がるので、その間は長い休眠期間に入る。ただ、実験室の水槽ではこの休眠期間は必要なく、平均の寿命は4−6ヶ月と短い。おそらく早く生殖サイクルを終えるため寿命が短くなったと考えられるが、おそらく脊椎動物では最短の寿命を持つ魚らしい。ショウジョウバエの寿命が2ヶ月程度であるのと比べると、確かに短い。ただ同じ種の中でも5年近く生きる種もあり、環境に適応して寿命を縮めてきた面白い魚だ。したがって、この魚のゲノムから、寿命を決める遺伝子群のを特定できる可能性があり、また長い乾季を生き延びる休眠の秘密もわかるはずだ。この研究では、寿命が最短のキリフィッシュのゲノムを解読し、他の種や、同じ種で長い寿命を持つゲノムと比べ、寿命に関わる遺伝子リストを作ることを目的にしている。残念ながら、調べた遺伝子変化の性質についの機能的検証はないため、ゲノム比較から様々な推察を行うことでとどまっているが、私にとってはこんな魚を勉強できただけで十分だ。もちろんCellに掲載するためには、一般の興味を引く結論も必要だ。詳細を飛ばしてそのうちの幾つかを紹介しておこう。
1) 強く選択された形跡を残す遺伝子の中に、これまで長寿遺伝子として知られている遺伝子が多く含まれる。中でもインシュリン様増殖因子1は、長寿に関するこれまでのほとんどの論文で特定されている。すなわち、長寿に関わる遺伝子は、寿命を縮める時に変化する遺伝子だ。
2) 面白いのは、乾季に休眠する形質の進化に関連する遺伝子の中には、短命(長寿)で進化した遺伝子も含まれる。
3) こうして特定された短命遺伝子は、キリフィシュ間で変異が大きい。
4) 種内の変異が存在する寿命遺伝子は性を決定する遺伝子の近くに集中している。おそらく、性決定遺伝子と、寿命遺伝子は協調的に進化したと考えられる。
詳しい遺伝子の説明を全て省いてまとめたが、結論としては寿命、休眠、性決定の背景に、共通の進化圧力があるということになりそうだ。いずれにせよ、ゲノム情報は公開されており、寿命や休眠に興味のある研究者には有力な武器となるだろう。この様なデータベースが整備されると、高校生や、場合によっては中学生が面白い研究を行い論文にする時代もすぐ来る気がする。
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12月6日:腸内細菌叢へのメトフォルミンの作用(Natureオンライン版掲載論文)

2015年12月6日
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生活習慣病と腸内細菌叢の研究が盛んに行われている。それぞれの論文を個別に読んでいると、なるほどと納得することが多いが、これまでの研究が同じ結果に収束するのかいつも心配になる。今日紹介するドイツ、フランス、デンマークを中心とした国際共同研究は、おそらく同じ懸念から始まったと思える研究で、独立に行われた2型糖尿病の腸内細菌叢についての結果を検討し直している。タイトルは「Disentangling type 2 diabetes and metformin treatment signatures in human gut microbiota(ヒト腸内細菌叢に見られる2型糖尿病とメトフォルミン治療の特徴を明らかにする)」で、Natureオンライン版に掲載された。この研究では、デンマーク、スウェーデン、中国で行われた糖尿病の腸内細菌叢を調べた別々の調査結果を、同じ統計数理の手法で解析しなおした、いわばメタアナリシスだ。したがって、研究内容を完全に理解するためには、使われている多変量解析などの数理を完全に理解する必要があるが、これが私の最も苦手な分野であることは先に断っておく。すなわち、データの解釈を自分の目で再吟味するということができず、著者の結論を鵜呑みにしていることになる。それでも3つの独立した研究を調べ直すという研究目的は重要で、イントロダクションに述べられているように、これまで発表された論文から、一致した結論を導くことは難しかったようだ。この研究が対象にした3調査も、全てをまとめた上で分析すると、2型糖尿病に明確に相関する特徴を掴むことは難しい。結局、腸内細菌叢は食事を含む様々な条件による影響が大きく、糖尿病という身体条件の寄与は大きくないという結果だ。もちろん同じ糖尿病患者さんでも様々なステージがあり、受けている治療も異なる。次に、これらの条件のうち腸内細菌叢に相関性が高いものを探索して、メトフォルミン服用による腸内細菌叢の変化が、全ての調査で認められることを発見する。この変化の主役となる細菌種を探すと、全ての調査でIntestinibacterという種類が低下しており、中国の調査を除いて、大腸菌が上昇していることが明らかになった。この結果は、メトフォルミン服用により多くの患者さんで起こる下痢などの副作用の原因の一つが、大腸菌の腸内での選択的増殖であることを示唆している。一方、同じ大腸菌により、短鎖脂肪酸が分泌されることで、インシュリンに対する反応性が改善するなど糖尿病の代謝に好影響を及ぼすことから、メトフォルミンの効果の一部は腸内細菌叢を介しているのではないかという結論だ。当然のことながら、メトフォルミンを服用している正常人はいないので、今回の結果は2型糖尿病というよりメトフォルミン服用の腸内細菌叢への効果を示しただけのように思う。私が面白いと思ったのは、糖尿病、正常にかかわらず、中国人で大腸菌の比率が高く、メトフォルミン投与によって逆に比率が下がる傾向だ。これがアジア人の特徴なのか、中国の食生活の結果なのか是非調べる必要がある。また、もし大腸菌の選択的上昇がメトフォルミンの副作用の主因なら、この副作用は中国人では問題にならないことになる。この点についても、もう少し突っ込んだ議論が欲しかった気がする。しかし、腸内細菌叢の変化を完全に把握することの困難がよく理解できる論文だった。
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12月5日:ガン細胞の生存に必要な分子を全て洗い出す(12月3日号Cell掲載論文)

2015年12月5日
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最近CRISPR/Casによる遺伝子編集の論文をこのホームページで紹介することが減ったと思うが、これは研究が下火になったのではなく、あまりにも論文が多すぎて紹介する意欲が失せているというのが本当のところだ。この拡大スピードはおそらくiPSを上回ると思う。また、これまで研究が困難だった問題が、この技術のおかげで新しく研究対象として浮上してきている。我が国のメディアでは、特定の遺伝子編集の効率が上がったという捉え方しかできていないようだが、ゲノム全体にわたって分子の機能を包括的に解析するための技術としての可能性が最も重要なポイントではないかと思う。例えば、複雑な個体レベルでは9割近い遺伝子が発生や生存に必要だが、ヒト細胞が生きるためだけに必要な遺伝子となると実はよくわからない。これをCRISPRによる網羅的な遺伝子編集を用いて調べる論文が散見されるようになり、だいたい2000ぐらいの遺伝子が一般的なヒト細胞の生存に必要であることがわかって来た。今日紹介するカナダトロント大学からの論文は、ガン細胞が試験管内で生きるために必要な分子を網羅的にリストするための技術開発についての研究で12月3日号のCellに掲載された。タイトルは「High-resolution CRISPR screen reveal fitness genes and genotype specific cancer liabilities (高解像度のCRISPRを使ったスクリーニングによりガンの強みと弱みを明らかにする)」だ。この研究はガンの生存に必要な遺伝子を全て明らかにするための技術の開発だ。これまで紹介してきたように、CRISPRシステムでは、Cas9というDNA切断酵素を配列特異的なガイドRNAを用いて特定の遺伝子部位に導き、遺伝子を切断することで、効率の高い遺伝子ノックアウトや編集を行う。この研究では、ゲノム配列データを基礎に、タンパク質として翻訳されるエクソン全てに対するガイドRNAを設計して、無作為にエクソンの機能を消失させるための技術を開発している。すなわちヒトゲノム中に存在する各エクソンを全てカバーする90,000、および173,000種類のガイドRNAを新たに設計して、どの遺伝子が壊れるとガン細胞が死に、またどの遺伝子が壊れるとより高い増殖が可能になるのかを調べている。いうのは簡単だが、最も効率の良い特異的なガイドRNAを設計するためにはかなり高い能力が必要になる。この研究は、設計に必要な各ステップを示した論文で、特定された遺伝子の解析が主眼ではない。詳細を全て省いて結論を述べると、新しいガイドRNAライブラリーを用いることで、同じ目的でこれまで開発されたシステムの2倍の感度で必要な遺伝子をリストでき、調べた5種類のガンで、おおよそ2000の遺伝子が生存に必要な遺伝子として特定できたという結果だ。これに加えてこの方法は、遺伝子が壊れると細胞が余計に増殖する分子のリストも作成できる。こうしてリストされる遺伝子の中には、特定のガンでだけ必要とされる遺伝子も含まれる。このガン特異的分子リストを作成し、ガンを殺すための標的分子を見つけることができることも、モデル実験系で示している。CRISPRが報告された当時この系の可能性を聞かれて、創薬にこの系を駆使できるよう準備したほうがいいとアドバイスしたことがある。この研究も同じ発想で始めたと思われるが、CRISPRを知ってすぐ準備したとしたら、条件を完全に整えるのにやはり数年必要だったことになる。我が国の企業やアカデミアでここまで準備を整えているところがどれほどあるかわからないが、もしまだならすぐこのライブラリーを使えるようにしたほうがいいと思う。次は、ES細胞に同じシステムを応用して、そこから正常細胞やガン細胞を作って、生存だけでなく、分化にも必要な全遺伝子をリストすることが進むだろう。ガンのゲノム研究から、ガンで起こる突然変異のカタログ化が進んでいるが、このデータベースと連携させて、制ガンのための標的発見を加速させることもできるだろう。ショウジョウバエで始まった高等動物の全遺伝子突然変異リスト作成が、ゲノム解読とCRISPRのおかげでヒトでも可能になってきたことを実感する。
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12月4日:スマフォ経済学(11月27日号Science掲載論文)

2015年12月4日
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ルワンダと聞いて私がすぐに思い浮かべるのは、1994年に勃発した内戦と、フツ族による大虐殺で、今でも当時テレビで放映された路上でフツ族がツチ族をナタでことも無げに切り倒している光景を思い出す。Jeffery Sachsの「 The end of poverty (貧困の終り)」を読むと、結局内紛と感染症が成長可能性の高いアフリカの経済発展を阻害する最も大きな要因であることがわかる。今日紹介する米国ワシントン大学からの論文を読んで、そのルワンダが150万人の携帯電話を所有する国に生まれ変わっていることを知った。人口1千万強であることを考えると、国民の15%が携帯を所有できるようになっていることから、政治が安定し、成長が始まっていることがわかる。この論文はこのルワンダをモデルに、国内の富や活動性のマップを携帯の通話記録から把握できないか調べた研究で、11月27日号のScienceに掲載された。タイトルは「Predicting poverty and wealth from mobile phone metadata(携帯電話のメタデータを使って貧困と富を予測する)」だ。この研究では、ルワンダの最大携帯ネットワークからデータを分析し、通話の頻度や相手の多様性、通話場所や通話先の変化など様々な属性を使って地域間の貧富の差を明らかにできるのではという仮説を検証している。そのため、ルワンダ各地から万遍なく選んできたサンプル856人の承諾を得て、財産や家の所有など経済状況を調査する。この結果と、通話記録から得られるデータを付き合わせて、携帯電話所有者の経済状況をどこまで正確に推定できるかをまず検討している。このサンプル856人のデータから、通話記録から推定される富と聞き取りで調べた富とが十分な精度で相関することを確かめている。すなわち、裕福な地域では携帯電話がより頻繁に使われる。他にも、通話記録から推定される行動の広がりは、バイクの所有と相関するし、また身近な人とだけ通話が限られる場合は貧困度と相関することがわかる。こうしてパラメータを設定した上で、ルワンダの富と貧困のマップを描いて見せている。このマップの正確性を確かめることは、他の手段がないため難しいが、ルワンダ政府が出している国勢調査や、衛星から捉えた地域の明るさのマップと矛盾しないことから、携帯通話記録から描く富の分布マップは利用価値があると結論している。一般的に国勢調査には金がかかり、開発途上国ではそう簡単に行えない。一方この調査は12000ドルで済んだそうで、今後同じ手法で国内の富の分布をリアルタイムで把握できることは、開発途上国の政策決定に有効な方法を提供するのではと提案している。しかしルワンダですでに15%の人が携帯を使っていることに驚くとともに、携帯の通話記録から平和と戦争を推定することもできるはずだと思った。
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12月3日:図鑑から計算される鳥の羽色の進化(11月19日号Nature掲載論文)

2015年12月3日
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熱帯雨林を歩く楽しみの一つは様々な羽色をした鳥に出会えることだ。写真は今年エクアドルで出会ったスズメ目のフウキンチョウの一種アオバネヤマフウキンチョウだが(写真を撮ると人に見せたくなるのが常だ)、このパターンをなんとか説明するのも科学の使命だ。このフウキンチョウは一夫多妻でメスは地味だ。したがって、一般的にオスがメスを獲得するため美しい羽色を獲得すると言われている。もし個別のパターンを説明したいなら、鳥の視覚からこのパターンがどう見えるのかを知るところから始める必要があるだろう。まだまだ難しそうだ。今日紹介するニュージーランド国立数学研究所からの論文は、メスを巡っての競争だけでなく、鳥の羽色に影響のある要因を数理的に割り出そうとした論文で11月19日号のNatureに掲載された。この研究の鍵は、鳥の羽色のパターンをオス・メス別々に取り込み、オスとメスの差を色の派手さにとらわれず一つの指標で数値化する方法の開発だ。こうして調べると、メスが派手な鳥はほとんどおらず、派手なのはオスであるのがわかる。しかし同時に、オスもメスもほとんど同じ色彩を持っている鳥も数多くいることもわかる。この基礎データに今度は鳥の習性との相関を重ねて、羽色の進化に関わる要因を調べている。これにより、例えばオス・メスの羽色が大きく違う種のサイズは小さく、気候の影響が強く、渡りの習性とも関わることがわかる。こうして計算すると、やはり一番大きく影響するのは相手をめぐるオスの競争で、この影響でメスはますます地味に、オスはますます派手になる。一方体や羽の大きさに比例して羽色指標も上昇する。他にも渡りの習性、熱帯気候も羽色に影響することが計算される。まとめると、オスのメスをめぐる競争だけでなく、他の要因も羽色に影響するという結論だ。結論が当たり前すぎて、狐につままれているような気がする論文だが、図鑑をスキャンして、それを数値化する作業だけでNatureの論文にしたのは頭がさがる。PCがあれば、高校生でもできるだろう。誰もが当たり前と納得していることでも、科学にするための手続きとは何かを教えてくれる面白い論文だと思う。一番大事なのは、現象から明確で実験可能なquestionを抽出することだ。あとは論文を書く訓練をすればいい。高校生が、金をかけずにトップジャーナルを狙って論文を書く時代が来れば我が国の科学も安泰だ。
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12月2日:ガン免疫を成立させるための治療法の開発(11月25日Science Translational Medicine掲載論文)

2015年12月2日
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手術のできない進行ガンの根治のために現在考えられるのは免疫療法しかないのではないかと思える今日この頃だが、現在は免疫チェックポイント阻害に注目が集まって、肝心の免疫を成立させる研究はあまり報道されていない。免疫刺激を持続的に維持しないとチェックポイント治療も無力で、逆にガンの方をよりステルス型に変えてしまう。これまでは免疫刺激療法としてはワクチンや樹状細胞治療が存在するが、今日紹介するバーゼル大学からの論文は、毒素をつけた抗体を用いてガンを殺し、その場に樹状細胞やT細胞を引きつけることで免疫を成立させ、それにチェックポイント治療を組み合わせるという理論的な枠組みを確かめる研究で、11月25日号のScience Translational Medicineに掲載されている。タイトルは「Trastuzmab ematasine(T-DM1) renders HER2+ breast cancer highly susceptible to CTLA-4/PD-1 blockade (トラスツズマブエムタンシン(T-DM1)はHER2陽性乳がんでCTLA4/PD-1治療の効力を高める)」だ。T—DM1はロッシュが開発し、進行乳がんに現在使われている薬剤で、乳ガンが発現しているHER2に対す抗体にエムタンシンという毒素を結合させた治療薬だ。わざわざ毒素をつけなくとも、HER2に対する抗体は細胞障害性があるはずで、なぜ毒素をつけたほうが延命効果があるのかを調べる過程で、エムタンシンが障害されたガン細胞を処理する樹状細胞活性を上昇させる効果があることに気がついた。抗体のみの投与、エムタンシン結合抗体T-DM1の投与患者の組織を比べると、確かにTDM-1投与群の組織では、樹状細胞とともにT細胞の浸潤が高まっている。また、T細胞を殺す操作をすると、毒素をつけた効果がなくなる。期待通り、 T-DM1がガンを殺すとともに免疫刺激を誘導していることを示している。そこで実際に免疫刺激が成立しているか調べる目的で、マウスのモデル実験系を用いて、T-DM1投与と同時に免疫チェックポイントCTLA-4とPD-1両方を抗体で抑制すると、ほとんどのマウスで完全に腫瘍を消失させることに成功し、9割以上のマウスで観察した200日は再発がないという画期的な結果が得られている。あとはなぜ免疫がどう成立しているか調べているが、この毒素のおかげでガン周囲のマクロファージのPD-L1が上昇し、様々な炎症誘導性のサイトカインが上昇し、さらに都合のいいことにガンの増殖を助けるVEGFやM-CSFは抑制される。あまりに都合良すぎて目を疑うが、実験モデルでのガン抑制効果には嘘はないだろうから、納得できる。ただ、このフレームワークはおそらくガン免疫に関わる人なら誰もが考えていたはずで、このグループがエムタンシンを用いた点がうまくいった理由だとおもう。私にとって最も面白かったのは、この治療の組み合わせではガンに浸潤するTreg (昨日のホームページを参照してください。http://aasj.jp/news/watch/4492)はそのまま残っているという発見で、ガン免疫抑制にあまりTregは関わらないという結論だ。チェックポイント治療が強い自己免疫反応を起こすことが最も重大な副作用になるが、Tregが残ることで自己免疫反応を抑えながら、ガン免疫だけを高めることができれば、これは一石三鳥に四鳥にもなる。理論的だし、ガンの根治への期待が持てる結果だと思う。
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12月1日:1型糖尿病に対する抑制性T細胞(Treg)移植(11月25日号Science Translational Medicine掲載論文)

2015年12月1日
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1型糖尿病は膵島移植の対象で、変性性の病気だと思っている人が多いと思う。確かにインシュリンを分泌する膵臓β細胞が徐々に失われるが、これを引き起こしているのはT細胞による炎症で、自己免疫疾患がその本体だ。したがって、初期の段階では自己免疫反応をなんとか抑えて病気の発症を抑えられないかという試みが続いており、例えば抗CD3抗体治療など臨床治験が進んでいる治療もある。中でも期待されているのが、我が国の坂口さんが発見し抑制性T細胞(Treg)を移植して、免疫を抑える方法で、癌で行われているチェックポイント治療の逆をいく治療だ。今日紹介するサンフランシスコ糖尿病研究センターからの論文は、26人の1型糖尿病患者さんからTregを取り出し、試験管内で増やした後、患者さんに戻す治療法の第1相治験で11月25日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Type1 diabetes immuneotherapy using polyclonal regulatory T cells(多クローンのTregを用いた1型糖尿病の免疫治療)」だ。このグループが開発したTregを精製する方法がこの研究の鍵で、この方法により、Tregだけを試験管内で増やすことができるようになっていた。この方法を使って26人の初期患者さんからTregを調整、試験管内で増殖させた後、異なる細胞数を投与したのがこの研究で、第1相治験なので、目的はこの方法で調整したTregの安全性を確かめる研究だ。Tregは抗原特異的細胞で、本来ならβ細胞をアタックするT細胞だけを特異的に抑える細胞を取り出したいところだが、難しいのでこの研究ではTregの量を増やすという戦略をとって調べている。2年以上の経過観察で有害事象は何もなかったので、Tregを安全に選択的に増殖させ、移植もできることを確認する第1相試験としては成功している。もちろん2年も追跡するのだから、安全性以外にも幾つかの項目を調べている。まず、水素同位元素を用いたTreg標識で移植した細胞の持続性を調べているが、多くの患者さんで2年以上にわたって持続することが分かった。そして、少ない細胞数を投与された患者さんでは、インシュリンの分泌を表す血中Cペプチドの低下を抑えることができている。この結果より、Tregを試験管内で増殖させ投与するという方法は安全で、今後患者さんのステージ、投与細胞数、投与回数などをさらに調節することで、治療効果が見られるようになるのではと結論している。データをみると、目覚しい効果というわけにはいかないし、患者さんもインシュリンを手放せない。しかし、長く待たれていたTregを使った治療の第一歩としては上々の滑り出しではないかと個人的には思っている。
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11月30日:未熟児壊死性腸炎へのビフィズス菌の効果(11月25日号The Lancet掲載論文)

2015年11月30日
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新生児医療が大きく進歩し、早産児の命を助けることが可能になってきた今も、壊死性腸炎は重症化すると外科的処置以外に治療法のない死亡率が15−30%に達する病気だ。これに対する期待の治療法として、最近いわゆる「善玉菌」を投与するプロバイオ治療が登場している。特にこれまでの研究をまとめたコクラン財団のメタアナリシスもこの可能性を支持しており、積極的に治療に取り入れるべきだと結論している。   今日紹介するロンドン大学医学部からの論文は、23−30週で生まれた早産児を2群に分けて、出産後48時間以内に我が国のヤクルトが準備したビフィズス菌と偽薬を毎日腸内に直接投与し、壊死性腸炎と敗血症を指標としてその効果を検証する研究で、11月25日号のThe Lancetに掲載された。タイトルは「Bifidobacterium breve BBG-001 in very preterm infants: a randomised controlled phase3 trial(早産児のBifidobacterium breve BBG-001治療:第3相無作為化治験)」だ。研究では2010年7月から2013年7月までの3年間にロンドン市内24の病院で23−30週で生まれた1300人余りの早産児を2群に分け、凍結乾燥したビフィズス菌を、非投与群と比べた大規模研究だ。この研究は英国衛生研究所とともに、我が国のヤクルトが助成を行っている。さて結果だが、壊死性腸炎は投与群で9%、非投与群で10%、敗血症は投与群で11%、非投与群で12%、院内での死亡率は投与群で8%、非投与群で9%と、基本的にはビフィズス菌の効果がなかった。ただ、ビフィズス菌自体が早産児に悪影響を及ぼすこともない。今回の研究では投与したビフィズス菌の定着をきちっと調べており、早産児では44%と低いことが示されている。より定着を高めた上での研究も必要だろう。またこの研究はビフィズス菌のみの投与で、2種類のビフィズス菌とストレプトコッカス一株の3株混合を投与するオーストラリアの介入研究では、敗血症の予防に効果が見られると報告されている。もともと腸内細菌叢が様々な菌のバランスの上に成立していることを考えると、一株のみ投与する方法には限界があるのかもしれない。この論文はいわばネガティブデータの論文だが、このような困難な治験をしたヤクルトには拍手を送りたい。食品とのボーダーにある保健機能食品はわが国だけでなくほとんどの国で効果検証についての規制がなく、基本的にはマーケティングの領域になっている。そんな中で、外国とはいえ、プロバイオ製品の科学的検証を目指す態度は、ぜひ他社も見習って欲しいと思う。
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11月29日:着眼点の勝利:Wntによる副睾丸での精子成熟(11月19日Cell掲載論文)

2015年11月29日
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  一般の人はWntと聞いてもなんのことかよくわからないだろうが、Wntを理解しない発生学者・幹細胞生物学者・ガン研究者はもぐりと言ってもいいぐらい、ほとんどの細胞系列の正常・異常発生に関わっている。Wntによって刺激されるシグナル経路に関わる分子も詳しく研究されており、下流のリン酸化酵素GSK-3を抑制することがシグナル伝達の鍵になっていることがわかっている。残っていた一つの謎が、これまで主に研究されてきたGSK-3によりリン酸化され分解されるβカテニン以外に、Wntの下流のシグナル分子がないかどうかだ。例えばマウスのES細胞やiPSを最も確実に培養するにはGSK-3阻害剤を用いるが、この時βカテニンがノックアウトされている細胞を用いても同じ効果がみられる。したがって、必ずβカテニン以外のWnt下流で働く分子があるはずだと考えられてきた。しかしほとんどの細胞はβカテニンなしに生存できず、またβカテニンの作用は広範に及ぶため、これ以外のシグナル経路を特定するのは至難の技だった。今日紹介するドイツ・ガン研究所からの論文は副睾丸に移動してきた核内での転写が全く必要のない精子を用いることで、βカテニンの関与を完全に排除してWnt/GSK3の作用を調べることができることを着想した頭のキレをうかがわせる研究で、11月19日号Cellに掲載された。タイトルは「Post-transcriptional Wnt signaling governs epididymal sperm maturation (Wntシグナルは副睾丸での精子の成熟に関わる転写後の過程を制御している)」だ。しかし、染色体が凝縮して転写がほぼ停止している精子だけで働いているCCNY1分子ノックアウトマウスを使えば長年の謎が解けると着想した頭の切れる研究者は誰かと思って著者欄を見ると、Christof Niehrsさんだ。彼がいかに頭の切れる研究者かということは、彼の同門で亡くなった、やはり頭の切れる笹井さんからなんども聞かされていたが、この研究はこの評判に新しいエピソードを加えることだろう。   前置きが長くなったが、精子のWntシグナル活性化に関わるCCNY1分子をノックアウトしたマウスを用いてWntの作用を特定したのがこの研究だ。詳細を全て省いて結論だけをまとめると、1)転写活性のほとんどない精子でもWntシグナルがβカテニンを介さず多様な作用を持つことが初めて明らかになった、2)精子でWntが働かないと、GSK3はβカテニン以外にも多くのタンパク質をリン酸化し分解している、3)WntシグナルはGSK3によるseptinn4分子リン酸化を抑制して安定な重合体の形成に関わり、これにより精子の尻尾に一種の壁ができて分子の局在を調節する、4)Wntシグナルは脱リン酸化酵素PP1を阻害することで、それまでPP1により止められていた精子の動きを誘導する、5)副睾丸でWntシグナルはエクソゾームと呼ばれる小胞を介して精子を刺激する、という盛りだくさんの結果だ。専門外の人にはWntがGSK3を阻害して働くなど、少しわかりにくいところはあると思うが、この分野の知識を持つ研究者や学生にとっては、様々なモヤが晴れる研究だった。しかし、Wntとはまず関係がなさそうに見えた成熟精子を使うと着想した頭のキレがこの研究の全てだと思う。楽しい論文だとおもう。
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