1月17日朝日新聞(山本)抗生物質でぜんそく悪化 筑波大学研究チームが解明
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1月17日朝日新聞(山本)抗生物質でぜんそく悪化 筑波大学研究チームが解明

2014年1月18日
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いいか悪いかは別に、生命化学の研究者なら自分の仕事をCell, Nature, Scienceの3誌に載せたいと考える。これは他の研究者に読んでもらう可能性が上がるだけではなく、研究助成金を貰う確率も上がるからだ。これは日本だけの事でない。ただ20年ぐらい前から、Cellプレスと、Nature 出版はこの高いプレステージをうまく利用して、それに続く雑誌を発行しだした。Cellを頂点に階層的に雑誌を配置して、いい研究は全て自分の出版社で独占しようと言う発想で、一定の成功を収めている。そのCellプレスが2007年新しい雑誌を始めた。一誌が私も準備段階に関わったCell Stem Cellで、もう一誌が今日朝日新聞が紹介した研究が掲載されたCell Host and Microbeだ。即ち、野望を持ったCellプレスが当面重要な分野と考えているのが、幹細胞領域と感染症領域と言う事になる。このように、新しい雑誌がどの分野で生まれているのかを見ると、世界のトレンドを知る事が出来る。実を言うとCell Stem Cellの企画に関わった私も、Cell Host and Microbeを手に取った事はなく、朝日新聞の記事を見て始めて手に取る事になった。そのぐらい、研究者のほとんどは狭い専門領域だけで生きている。さて、渋谷さんについては私も昔から知っており、ヒトのアレルギー疾患を念頭にモデルマウスを使った堅実な仕事を積み重ねるしっかりした研究者と言う印象がある。今回の仕事は、抗生物質を服用して腸内細菌が変化すると、カンディダと言うカビが増殖して、気道のアレルギー性炎症が起こりやすくなると言う事を示した研究だ。ヒトでも十分あり得る話で、渋谷さんらしい仕事だ。仕事では、抗生物質服用による腸管での細菌叢の変化から気道のアレルギー性炎症の間に何が起こっているかをしっかり調べた仕事だ。即ち、腸内細菌が減少し、カンディダが増殖、それによりプロスタグランジンE2と言う物質が上昇し、気道でマクロファージを活性化し、最後にそのマクロファージが気道のアレルギー性炎症を引き起こすと言う結果だ。これまでも紹介して来たが、私たちは腸内の細菌と一種共生関係にある。抗生物質はこの共生関係を遮断する危険があり、使用にあたっては注意が必要で,実際患者さんの治療に当たっても注意が払われている。渋谷さんの仕事は、これまで知られなかった新しい問題の存在を指摘している。さて、紹介した記事だが、山本さんの書いた文はなかなかスキがない。例えば、渋谷さんの論文では活性化マクロファージが出来ると、別に特異免疫に関わるT,Bリンパ球がなくても同じ病変が起こる事が示されている。即ち、一般的にぜんそくとして知られている免疫性の病態ではない。この点をこの記事では「一部のぜんそくでは」と表現して、あらゆるぜんそくに対応していない事を伝えている。もちろん、この仕事を紹介するのにぜんそく患者さんへの朗報と言う側面を強調する事は問題ないと思う。ただ、山本さんも認識しているように急性から慢性までぜんそくは多様な病態の集まりだ。従って、この仕事から生まれる示唆はまさに一部のぜんそくの患者さんにだけにあてはまる。喘息患者さんの一部として済まさないで、渋谷さんの仕事で示されている気道炎症が、どのぜんそくの気道炎症に関わっているのかもう少し丁寧に説明していただけると良かった。
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1月14日:アロマターゼ阻害剤による閉経後の乳がん予防(The Lancet online版記事)

2014年1月15日
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これまで、多くの乳がんでは女性ホルモンのエストロジェンが増殖のモーターとなっている事を紹介して来た。エストロジェンの作用を止めるために、エストロジェン受容体とホルモンの結合を阻害する薬剤(例えばタモキシフェン)が用いられるが、閉経後や卵巣摘出を行った女性では男性ホルモンがエストロジェンに代わる代謝過程を阻害する薬剤が用いられる。これがアロマターゼ阻害剤だ。今日紹介する論文は、このアロマターゼ阻害剤を乳がん発症後ではなく、乳がんの予防に使えないかを確かめた国際的大規模治験の結果についての論文で18カ国149もの施設が参加している。タイトルは「Anastrozole for prevention of breast cancer high-risk postmenopausal women (IBIS-II):an international double blind, randomized placebo-controlled trial(乳がんリスクの高い閉経後の女性に対するアナストロゾールによる予防)」でランセット誌オンライン版に掲載された。この研究では血縁者に乳がんがあったり、これまでに良性の腫瘤が出来た経験を持つ女性が4000人弱集められている。このグループを無作為に2つに分け、片方にはアナストロゾール、もう一方には偽薬を5年間投与し、その間の乳がん発症率を調べている。効果判定のための臨床治験のデザインは完璧に行われている。結果は単純明快だ。乳がんの発生がアナストロゾールを投与されたグループでは半分に低下していた。特に、浸潤性を持つより悪性の乳がんの発症で比べると、その差はより顕著である様だ。アナストゾールは既に安価に手に入る薬である事を考えると、乳がん発症の予防薬として認める事が出来ると言う結果だ。もちろん、病気になる前から薬剤を服用する事がいいか悪いか?安価と言っても一錠300円を超す薬剤をずっと飲み続けるかどうか?様々な問題はある。しかし偽薬を服用した群のうち4%以上の方が乳がんを発症した事を考えると、2,000人のうち40人以上の患者さんのがん発症を止められた事は重要だと思う。気になる副作用だが、血圧上昇など、予想できる副作用はたしかに認められているが、この論文の結論としては深刻ではないとしている。残念ながら、この治験には日本人は含まれていない。乳がんの発症には民族差も関わると考えられるので、もし日本ではもう一度同じ様な治験をやり直さなければならないとしたら残念だ。
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8割近い大型肉食哺乳動物種は減少し続けている(1月10日Science誌掲載総説)

2014年1月13日
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安倍首相がモザンビークを訪問し700億円のODA提供を申し出た事が今朝の新聞に出ている。豊富な埋蔵量の石炭や天然ガスの開発を支援すると言う我が国に取っても戦略的な提案なのだろう。テレビで見る首相は喜色満面だ。しかし、モザンビークは1994年まで15年の内線を経験し、アフリカ大陸のほとんどの動物が暮らす豊かな国立公園が完全が破壊された事を知っているのだろうか。これに対し、アメリカの実業家グレッグ・カーは私財を提供し国立公園の復活に着手し、徐々に成果が出はじめている(ナショナルジオグラフィック日本版2013年6月号)。もし外務省が今回の訪問にあたってこのことを認識し一定の額を国立公園の復活に提供していたら、安倍首相の国際的評価は大きく変わっただろう。今の日本の政府にそこまでの構想を期待するのは無理なのかもしれないが、科学の知識と言うのは外交にも使える。
  これはともかくとして、事実世界中で大型肉食動物が減少し続けている。既に日本オオカミは絶滅したし、オーストラリアのタスマニアンデビルも疫病のための風前の灯である事が報じられている。今日紹介する1月10日にサイエンス誌に掲載された論文はそんな状況を動物毎に分析している。「Status and ecological effects of the worlds ;argest carmovpres (大型肉食層物の現状と生態学的影響)」がタイトルだ。総説であり、現在の問題を分析するのがこの論文の目的であるため、研究と言うものではない。実に77%の大型肉食動物が今も減り続けており、この原因の大半は人間の生活圏の拡大と、人間による攻撃で、気候変動などの貢献は少ないと言うことが述べられている。大事な点は、これらの動物が食物連鎖の頂点にいる事で、頂点が消滅する事で生態系も大きく変わることだ。実際、イエローストーン公園ではオオカミが戻ったことで、20年後に森にポプラの木が戻った事が例として示されている。この分野に興味のある人にとっては、100を超す文献が引用されているこの総説は貴重だろう。現状はわかるが、解決に着手する事すら難しいこういった問題にどう取り組むのか、21世紀の課題だ。特にアフリカの状況は深刻だろう。アフリカの野生動物問題は、アフリカの経済を発展させ、紛争をなくし、貧困を乗り越えることとセットである事ははっきりしている。ただ、経済的に安定し野生動物保護が意識されるようになった南アジアでも野生動物は減っているようだ。このように経済だけ問題ではない。しかし逆に経済の問題を取り上げた時、野生動物問題をセットとして挙げるぐらいの構想力がほしいと思った。

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I型糖尿病に対する新しい薬剤(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年1月12日
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11月19日このコーナーで、小胞体ストレスを防ぐ薬剤が1型糖尿病モデルマウスに高い効果を示す事を紹介した。ただこの実験で利用された薬剤がヒトで使える様になるには時間がかかる。今日紹介するのは、既にヒトで利用が進む、しかも経口で服用できる薬剤が、同じI型糖尿病マウスに有効である事を示したコペンハーゲン大学を中心とする研究で「Lysine deacetylase inhibition prevents diabetes by chromatin-independent immunoregulation and beta cell protection (リジンのアセチル化阻害はクロマチンとは関係のないメカニズムにより免疫反応を変化させ、β細胞を守る事で糖尿病発症を抑制する)」がタイトルだ。この研究で使われた薬剤はgivinostatとvorinostatで、ともに染色体上のヒストン脱アセチル化を阻害してがんの増殖を抑制する目的で開発された。ただ、これら薬剤が阻害するのはヒストンだけではない。多くの蛋白質でアセチル化・脱アセチル化が起こっている。このため、薬剤の標的は脱アセチル化酵素に特異的でも、その下流で影響を受ける分子は多く、効果のメカニズムも複雑にならざるを得ない。従って、薬剤の標的はわかっていても効果や副作用については使いながら手探りするしかない。とは言え、マウス1型糖尿病モデルについてはこれら薬剤は「良いとこずくめ」であると言うのがこの研究の結果だ。まず、効果に必要な量はがん治療に使う量の1/100で副作用の心配は大きく減る。実際マウスに100日前後投与している。そして何よりも、膵島周囲の炎症がほぼ抑制され、糖尿病発生は著明に抑制される。患者さんに取ってはこれで十分かもしれないが、なぜ炎症が抑制できるのか、β細胞の元気が続くのか細胞レベルで調べている。免疫制御について明らかになって来たのは、調節性T細胞が活性化や抗炎症性サイトカインの分泌を促進して炎症を抑える事だ。この調節性T細胞は免疫調節の切り札と考えられている細胞で、現在阪大教授の坂口さんが発見した細胞だ。坂口さんはこの発見で、山中さんに次いで世界に知られる日本の医学者になっている。他にもヒトβ細胞の試験管内での細胞死を遅らせるなど、論文から見る限り悪い点が全くないようにさえ思える。もちろん炎症が進む前に早期診断をして治療を始めるなど、治験をどのように進めるか議論が必要だ。脱アセチル化酵素阻害剤は日本でも抗がん剤として開発されて来た。日本製の薬剤も含めて、是非真剣に治験について早期に検討を始めてもいい様な気がする。(これについては1月18日4時からのニコニコ動画で取り上げます。)

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血液・脳関門を破る(1月8日Neuron誌掲載論文)

2014年1月11日
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炎症やがんの特異的抗体による治療が急速に拡がっている。しかし、この方法を脳内の病変の治療に利用する事は困難だった。何故なら、脳の血管が特殊な構造を持つため、投与した抗体が脳内に移行しないからで、この現象は血液・脳関門と呼ばれていた。今日紹介する論文はスイスの製薬会社Rocheの研究所からの研究で、この関門を突破する方法の開発についての報告だ。今月号のNeuron誌に掲載され、「Increased brain penetration and potency of a therapeutic antibody using monovalent molecular shuttle (一量体分子シャトルを利用した治療用抗体の脳内への移行と治療応用への可能性)」がタイトルだ。
   これまで血液・脳関門の突破のために、トランスフェリン分子を細胞の表から裏へと運ぶシャトルとしてのトランスフェリン受容体が使えるのではと予想されていた。このこのシャトルに抗体を乗せることが出来れば、関門は突破できる。しかし、残念ながらこれまで開発された方法ではうまく行かなかった。トランスフェリン受容体シャトルに抗体を乗せるための方法を改良したのがこの研究のポイントだ。受容体に乗せる目的で使う受容体結合抗体の部分をこれまでの2価から1価にして運びたい抗体に結合させると抗体が脳内に移行する事を発見した。細胞レベルの実験から、あららしい方法でシャトルに乗せた抗体は一度リソゾームに取り込まれ、その後細胞外へと放出される事で細胞外へ移行する事も示された。理由はわからないが、懸念されていたリソゾーム内での抗体の分解も最小限にとどまるようだ。これまで不可能とされて来た技術がついに開発された。この方法を、βアミロイド物質が蓄積するマウスアルツハイマー病モデルで試すと、トランスフェリン受容体に結合出来る構造を与えた抗体だけが脳内に移行し、アミロイドの蓄積により形成されるアミロイド斑の成長を抑える事を示している。もしこの方法がヒトでも使えるようになれば、脳内病変を抗体により治療できるだけでなく、脳内病変の状態をPETなどで診断する事も可能になる。勿論脳内の炎症抑制や、がんの抑制にも応用できる期待の大きい画期的技術へと発展する。ロッシュ社は抗体薬の草分けだが、またあたらしい抗体の可能性を開発したようだ。

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19世紀のコレラ菌(1月8日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年1月10日
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ネアンデルタールやデニソーバ人の骨や歯から得られるDNAのゲノム解析が可能になる事で、これまで考古学的にほとんど研究が出来なかった多くの事が明らかになって来た事をこのホームページで紹介した。同じ事は人間と深い関わりを持って来た様々な細菌についても言える。人類が歴史上経験した選択圧という観点から見た時、疫病の影響は自然災害に匹敵する。ペストによってイングランドの人口が1/3に減少した事は有名な話だ。従って疫病のインパクトを科学的に評価して歴史を深く理解するためには、当時のペスト菌についての情報が必要だ。ではどこに行けば当時の疫病を起こした菌が残っているのか。この問いに答えたのが今日紹介する研究でカナダマクマスター大学からの研究で「Second-Pandemic strain of vivrio cholerae from the philadelphia cholera outbreak of 1849 (1849年フィラデルフィアを襲ったこれら大流行の原因コレラ菌)」と言うタイトルだ。たまたま1849年のコレラ大流行で亡くなった患者さんの腸が固定液につけて保管され、ミュター博物館に展示されていた。これに目を付けた研究者には脱帽だ。期待通り十分なDNAが標本から得られ、現在のコレラ菌と比べる事が出来たと言う結果だ。勿論標本として保存されている間に多くの科学的変化が加わっている。このため配列決定にはネアンデルタール人ゲノム解析に使われたのと同じ方法が必要だ。コレラ菌は現在もなお小規模の流行が見られ、2012年だけでも10万人の死者が出ていると言う。ただ単発の発生は別として最近の流行は、2系統のコレラ菌のうちEl Torと名付けられた系統だけで、どうしてもう一方の系統が流行を引き起こさないのか謎だった。今回調べられた1849年のコレラ菌はもう一方の古典型系統に分類できるが、その中でもEl Torに近く、毒性に関わる部分が増強している事がわかった。詳細は省くが、このゲノムと、現在菌として保存されている多くのコレラ菌系統の配列と比べる事で、この菌が最初のコレラ流行が記録された1817年頃に生まれた事など、コレラ菌の進化の歴史も明らかになる。どんなに医学が進もうと、将来も私たちはこのような疫病にさらされるだろう。その時、菌の進化の情報は役に立つ。そして何よりも、人間の歴史の理解に疫病の流行は欠かせない。考古学や歴史研究と分子生物学が近くなっている事を実感する。しかし、日本で生命科学者と歴史学者の合同会議がもたれるのはいつになるだろう?

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報道に急性ストレス患者が拡がる(アメリカアカデミー紀要1月7日号掲載論文)

2014年1月9日
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アメリカアカデミー紀要に目を通していると、医学や生物学だけでなく様々な分野で行われている研究の見出しが目に飛び込んでくる。たまには、ちょっと読んでみようかなと思う専門外の論文にも出会う。その例が今日紹介する論文で、「Media’s role in broadcasting acute stress following the Boston Marathon bombings (ボストンマラソン爆弾テロ後の急性ストレスの拡がりにマスメディアが果たした役割)」というカリフォルニア大学アーバイン校からの研究だ。1月7日号のアカデミー紀要に掲載されている。確かに普通学術雑誌では出会わない見出しだ。日本でも大きく報道されたボストンマラソンを標的にした爆弾テロ事件の2週間後からメールを使って質問を行い、爆弾テロによる市民ストレス反応にマスメディアがどれほど関わっているのかを調べている。対象は、爆弾事件を直接体験した可能性のあるボストン市民、対照として9.11の体験を持つNY市民、そしてそれ以外の地域のアメリカ人だ。勿論全ての対象者は事件後かなりの時間テレビ報道を見ている。この結果起こったと思われるストレス反応を調べてみると、事件後1週間続いた報道が明らかに視聴者の急性ストレスを誘導したと言う結果だ。面白いのは、ボストンでもNYでもストレスを起こした人の割合に差がない事から、直接の経験よりマスメディア報道の方がストレス反応に貢献しているようだ。さらに、9.11貿易センタービル事件やSandy Hook小学校の銃乱射事件を何らかの形で直接経験した人達は有意に急性ストレスを起こしやすかったが、巨大ハリケーンに出会った人が急性ストレスになる確率は経験のない人と変わりはなかった。即ち、テロ攻撃を受けたと言う特異的な経験が、その後テレビによる他のテロ事件報道に対するストレス反応を高める事がわかったと言う結果だ。私はここで使われた統計的手法が心理学的に正しいかどうかは判断できない。しかし、大きな事件が起こるとすぐに反応して、事件の人間への影響を様々な角度から調べ、科学論文にしていくバイタリティーは強く感じる。12月23日前ニューヨーク市長Bloombergが市の衛生局の人に査読を受ける雑誌への論文掲載を目指すようにと促した事を紹介したが、同じ精神がこの論文に現れていると思った。9.11やボストンマラソン爆弾テロは何度も起こってはならない大事件だ。しかし、それを報道するだけでなく、機会を逃さず報道そのものの役割まで検証する心理学者魂には脱帽だ。そしてこの様な積み重ねが思いつきではない政策へとつながる。
   我が国では先の東日本大震災により多くの人が影響を受けた。不幸を嘆くだけでなく、その影響を科学的に調べ、論文としてまとめて行く事は科学者の使命だ。幸いウェッブで調べてみるとこの大災害の心理的影響についても査読を受けた学術論文が出されている。今後この様な論文も紹介して行こうと思った。

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1月8日:進むガンの突然変異カタログ作り(Natureオンライン版掲載論文)

2014年1月8日
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これまで何回か、がん細胞の突然変異を網羅的に調べている論文を紹介して来た。ただ、乳がんや白血病のように、多くのがんで共通に見られる突然変異もあるが、がん関連遺伝子の多くは高々20%以下の頻度でしか見つからない。本当にがんに関わっているのか、がん治療に役に立つのかなどまだまだ調べる事は多い。このため世界中で発がんに関わると考えられる遺伝子変異のカタログ作りが進んでいる。今日紹介するのはそれを代表する研究でハーバード大とマサチューセッツ工科大からの論文だ。タイトルは、『Discovery and saturation analysis of cancer genes across 21 tumor types (がん遺伝子を全て見つけて記載する目的で行った21種類の腫瘍についての解析)』。この研究では得られる4742にも上るがんのエクソーム解析データを調べ、いつになれば完全な突然変異のカタログが出来るのかを調べている。5000近いエクソームを調べるともう十分な気もするが、まだまだ完全なカタログには数が足りないと言うのが結論だ。それでもこれだけの数調べると、乳がんや子宮内膜がんなどでは多くの遺伝子が突然変異を起こしてくる事がわかる。また神経芽腫や横紋筋種などの小児がんでは突然変異の見つかる遺伝子が極端に少ない事がわかる。(突然変異より遺伝以外の要因が考えられる)。当然これまで重要だとされて来た遺伝子は今回のカタログに全て含まれている。加えて33の新しい遺伝子の突然変異も発見された。ただ、理論的に計算すると一つのがんで1000から2000の異なる腫瘍を調べないと完全なカタログは完成しないようだ。世界中が協力すれば可能なはずで、是非進めて欲しいと思う。
   ただ、論文自体は調べましたと言う報告でストーリーはなく、一般の方にはあまり面白くない論文だ。ただ敢えて取り上げたのは、エクソーム検査が今日では当たり前の臨床検査になりつつある事が感じられるからだ。これまではがんの候補遺伝子を決めてPCRを使って診断しており、検査法の開発もそのコストをさげ速度を上げることが主眼だった。しかしエクソーム解析は発現している遺伝子全てを調べる点で、これまでの検査とは全く違う。これまではその遺伝子配列決定にかかるコストの高さから候補遺伝子を決めて行う方法にはかなわなかったが、コストは低下しており、普及すれば候補遺伝子に絞った検査を逆転し、がんの発生や経過を考える点では2−3年のうちに間違いなくコストパーフォーマンスの高いはるかに有用な検査になると思う。日本の大きな一般病院でいつからこのような検査が利用できるようになるのか心配する?折しも今日の読売新聞の記事で、経産省が個人ゲノム研究の規制問題を話し合う委員会を立ち上げた事が出ていた。これも重要だが、先ず医療現場にどれだけ最新の遺伝子検査を利用できるようにするかが先決だと思う。アメリカは2004年1000ドルゲノム計画をスタートさせ、ゲノム検査は決して研究所で行う事ではなく、一般病院や個人が気軽に調べられるようにすべきだと言うメッセージを発した。そして10年、予言通りこの方向に時代が進んでいる。日本がこの点で空白地帯になろうとしているなら、逆に民間にとっては大きなチャンスが来たのかもしれない。

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1月7日:当たり前だが頑張れば痩せられる(American Journal of Preventive Medicine1月号掲載論文)

2014年1月7日
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昨日(1月6日)肥満の薬剤治療について紹介した。しかし、本当に薬を飲んでまで減量する必要性があるのかには疑問を持った。かくいう私も、15年前に85Kgを超える肥満になり、その後カロリー制限(アルコールは含まず)と運動などで77Kgまで減量に成功した。神戸に来て10年ほど80Kgを切る体重を維持して来たが、最近少し気が緩み、特に退職後は80Kg−81Kgを行ったり来たりするようになってしまった。それでも、最も太ったときよりは5%は減っているだろう。このように、減量を目指して一度は頑張る人は多いはずだ。ではどこまで摂生が必要なのだろう。そんな疑問を抱きながら文献を見ていたらうってつけの論文を見つけた。ブラウン大学の研究でAmerican Journal of Preventive Medicineという予防医学の雑誌の今月号に掲載されていた。「Weight-loss maintenance for 10 years in the national weight control registry (全国減量登録参加者は10年間減量を維持できている)」がタイトルだ。先ず感心するのは、全国減量登録がブラウン大学により1994年から行われている事だ。このサイトには現在約1万人が登録している。研究はこの登録の中から最初の努力で30ポンド(13.6Kg)減量できた人をピックアップし(2000人を超えている)その人達を10年間追跡した研究だ。これまで何度も繰り返して来たが、多くの人を登録し記録を蓄積する事は科学的な健康維持に必須の要件だ。はっきり言って、この研究では減量しようと頑張った人だけが対象になっており、その頑張る気持ちが維持できたかどうかを体重の変化として調べている。結果は90%近い参加者が調査開始時よりは太ってしまうものの、まだ10%程度の体重減を維持できていると言う結果だ。参加者のほとんどは、日に1回以上体重測定をし、運動を欠かさず、脂肪の少ない食事を10年にわたって続けることが出来ている。昨日紹介した最も強い食欲抑制剤でも1年で10%の減量と考えると、やはり頑張って痩せる方が良さそうだ。痩せようと先ず頑張ってみる事の重要性を実感した。また各自治体でも是非減量登録などを始めたらどうだろうか思った。

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肥満の薬剤による治療(アメリカ医師会雑誌1月1日号掲載)

2014年1月6日
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8月30日「火に脂肪(油)を注ぐ」と言うタイトルで、6月アメリカ医師会が肥満を病気と認定した事をこのホームページで伝えた。その時、これまで患者でなかった人が患者になる事で医師会や製薬業界が潤うのではと懸念を示した。一般的に肥満の人の体重が5−10%減るだけで様々な成人病の予防に大きな効果がある事がわかっている。しかし、自己努力のダイエットはなかなか難しい。もし安全なら、せっかくだしアメリカ医師会の決定に従って医師の管理の下に痩せようかと考えるのが普通だ。こんな折、医師会にとって(?)タイムリーな論文がアメリカ医師会雑誌の1月1日号に掲載された。アメリカ国立衛生研究所からの論文で「Long-term drug treatment for obesity  A systematic and clinical review (肥満の長期薬剤治療、臨床研究の包括的検討)」がタイトルだ。研究と言うより調査で、これまでに正しい統計的手法を用いて行われた抗肥満薬の臨床治験論文をリストし、それを再評価する事で薬剤が本当に効果があるかを検討している。驚くべき事に抗肥満薬の臨床研究論文が2013年までに597報もある。ただ、十分大規模で統計的にも適性に研究が行われている論文は21報になり、それを詳しく再検討している。このうち15報はオリスタット(リパーゼの阻害剤で脂肪をそのまま便に排出させる)、4報がロルカセリン(セロトニン受容体刺激で食欲抑制)、2報がフェンテルミン+トピラメート(GABA受容体刺激/AMPAグルタミン受容体抑制を合わせて食欲抑制)についての論文だ。勿論個人の努力も促しての事だが、オリスタットやロルカセリンでは3%、フェンテルミン/トピラメート合剤では9%の体重削減効果が1年の経過観察期間で得られる。また、論文によって効果を示した患者(?)の率は違うが、それぞれ37−47、35−73、67−70%と効果てきめんで、心臓やメタボのリスクファクターもはっきり低下したと言う結果だ。いずれにせよ、効かない人もいるので医師の管理下に投与して、効かないときは治療を中断すれば有効な治療(?)になるが、長期に投与する事で本当に心疾患が減るかどうかは更なる研究が必要と結んでいる。これに従うと、アメリカでは3割以上の人が病気になる。さ〜て我が国でも保険薬として認定されるのかどうか興味がある。

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