朝日新聞9月2日記事:英語学ぶと脳が大きく
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朝日新聞9月2日記事:英語学ぶと脳が大きく

2013年9月4日
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元の記事は以下のURLを参照して下さい。

http://www.asahi.com/tech_science/articles/TKY201309010099.html

 MRIイメージの基本アイデアは、アメリカのラウターバー博士が最初に提案した。この功績で、博士はノーベル賞を受賞している(実際には、最初のアイデアは私だとダマディアン博士が異議をとなえて、新聞広告を出した事も有名な話だ)。この技術は医療だけでなく、人間や動物の脳の活動記録に欠かせない道具となっている。私もその程度の事は知っていた。今回この論文を見て、私が聞きかじっていた血流の差を利用して脳の活動を調べる機能的MRIにとどまらず、今回使われた様に水の動きから神経結合性について調べたり、活動領域の大きさを調べたりするところまで可能になっていることを知り驚いた。この分野の論文を詳しく見たのは今回が初めてだが、論文を見る限りハードからソフトまで外国で開発されたものを使わざるを得ないのは、やはり日本科学の課題だと感じた。さて、今回の仕事では、まずボキャブラリーテストおよびTOEICの成績が、右脳の特定領域(領域の名前については「特定」で済ませておく)の大きさとが相関している事を発見した。次に、この参加者の中からボランティアを募り、英語のボキャブラリーを増やすトレーニングを行うと、同じ領域のサイズが増大し、またこの領域ともう一つの領域間の結合が強まった。しかし、トレーニングをやめるともとに戻ったと言う仕事だ。一方、National  Adult Reading Testで調べた英語能力は相関が認められなかった。英語の苦手な日本人を逆手に取った、面白い仕事と言える。
  さて記事だが、朝日新聞にも関わらず無記名の記事だ。論文は細田さん達がJ.Neuroscienceに発表したものだが、この情報は全く無視されている。多分、国立精神神経医療センターの発表を適当にまとめて掲載したのだろう。そのせいか、このセンターの発表と比べてみると、特に違っている点はない。しかし、日本人が英語教育に高い関心を持っている事を考えると、正確に伝えないといけない部分があった。それは、今回相関が見つかったのは、ボキャブラリーテストの能力で、訓練も単語やイディオムなどに焦点を当てたトレーニングが行われていた点だ。一般的な英語能力は総合的なもので、統語など様々な能力が総合されたものだ。論文でもその点も注意深く議論されている。私も驚いたが、このボキャブラリーテストの方がTOEICと相関している事で、これが誤解を生んだようだ。日本人はTOEICと聞くと総合的英語能力を想像する。残念だが、精神神経医療センターの記者発表でも、ボキャブラリー力が英語力にすり替わっている。今後言語を扱うときは「言葉の使い方」に注意が必要だ。一般の人には、ボキャブラリーも文法もみな同じと考えたのかもしれない。しかし素人ながら言語の魅力に憑かれている私には見過ごせない。私にとって、第二外国語のボキャブラリーが、他の言語能力とは全く異なる場所に形成されるという結論の方が興味がある。論文では一つの考えとして「英語の単語が私たちが普通にボキャブラリーに使う場所からこぼれだし、右脳に形成される」というか説が提案されているが、本当なら面白い。
  いずれにせよ今回は、ボキャブラリー能力をそのまま英語力とした研究所からの記者発表にも責任があるが、多くの人が関心を持つ領域を記事にする場合慎重に調べてほしかったと思う。

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これまで書いた意見のフォローアップ

2013年9月3日
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科学報道を書く記者の方と同じで、科学報道ウォッチを書く私も様々な間違を犯すことは避けられない。わかった時点で改めていくのが重要で、その意味でも是非皆さんからのフィードバックをお願いしたいと思っている。まだフィードバックを受ける所までには至っていないので、今日は、これまで書いたことのフォローアップをしておこう。
   先ず、7月12日朝日新聞の河岡さんの鳥インフルエンザ記事について意見を述べた際、我が国でもし新型鳥インフルエンザで亡くなる人が出る事になれば、河岡さんの研究を無視した行政の責任だと書いた。嬉しいことに、9月2日開かれた厚労省の専門家委員会について今日各紙が一斉に報道した。この委員会ではワクチン開発へのゴーサインが出され、今年中に臨床試験が出来るぐらいのスピード感でワクチン開発が進むらしい。是非揺らぐ事なく、河岡さんの成果を生かしていってほしい。
 もう一つが、8月27日ScienceNewsLineに掲載されたアメリカのグループのチェルノブイリ周辺に生息する野鳥の調査についての記事に対するコメントだ。この意見の中で、政府が真剣に福祉まで動植物への放射線影響の研究を行っているのか疑問を投げかけた。その後私の友人に調べて貰ったところ、環境庁や放医研が平成24年に福島原発近くで動植物のサンプリングを進めており、収集したサンプルについて意見交換会も行っている事がわかった。少し安心した。この記録(http://www.env.go.jp/jishin/monitoring/results_wl_d130314.pdf)を読んでみると、しかし長期的な計画性がないように思える。本当は東北メガバンク構想などと連携し、どのような調査をどの動植物で行えば良いのかなど、しっかりした計画に基づいて進める事が肝心だ。今からでも遅くはない。動物や植物を使えば、ヒトでは決して出来ない様々な実験が可能だ。是非、可能なあらゆるデータを集めて将来世代に手渡す方向で施策を進めてほしい。

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9月2日読売新聞記事:造血する新細胞、マウスで発見

2013年9月2日
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実際の記事は以下のURLを参照して下さい。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130830-OYT1T00210.htm

私にとって元々この分野は良く理解できる。専門と言って良い。また、中内さんは個人的にもよく知っている。骨髄造血幹細胞を単一細胞レベルで調べる研究の世界的第一人者だ。さて、今回の仕事は、放射線照射したマウスの造血系を再構成する能力のある血液幹細胞にはどんな種類があるのかを新しい技術を使って丹念に調べたものだ。しかし専門家の私は、この問題はずっと昔に解決していると思っていた。ただ論文を読んでみると、わかったと納得しないでやってみる事の重要性を強く感じた。実際詳しくは述べないが、これまでの考え方を大きく変える結果だ。これが最終版なら、日本の中内研から出たことを誇りに思う。勿論これから、正常の造血でも同じことが起こっているのか調べる必要がある。あるとわかると、方法はある。結果を知るのはそう遠い話でないだろう。期待しよう。
 さて読売の記事だが、短い紹介ではあるが図入りで力が入っている記事だ。ただ、中内さんの仕事が示す情報を正しく伝えているとは言えない。この仕事の重要なメッセージ、即ち長期にわたってリンパ球以外の血液を作り続ける幹細胞がある事を示した点については正しく伝えている。しかし、これがこれまでの説を大きく書き換える成果である事が全く伝えられていない。それどころか、わざわざ加えてある図では、これまでの説に単純に新しい細胞が付け加わった様な紹介になっている。よく図を見てみると説明書きが挿入されており、旧来の説にただ新しい細胞が付け加わっただけではない事を記者も理解している事はわかる。しかし専門家から見ると、誤解を招く図になってしまっていると判断せざるを得ない。オリジナルの論文にも、新しい説を解説した図がある。なぜこれを正確に参照させた図を作ろうとしなかったのか、極めて残念だ。これまでの説を理解した上で、中内さんの仕事を理解する事は専門家でないと難しいだろう。また、中内さんも正確に伝えなかったのかもしれない。しかし、「読者も結局難しい事はわからないし、正確と言われてもきりがない」と言う考えが記者の頭をよぎっていないだろうか。正確に伝える記事をどう書くのか、これは新聞記者の永遠のテーマのはずだ。もっと精進してほしい。

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Nature Medicine 8月号社説:火に脂肪(油)を注ぐ

2013年8月30日
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今日はNature Medicineの一種社説を取り上げてみた。実際の記事は英語。
http://www.nature.com/nm/journal/v19/n8/full/nm.3301.html

6月シカゴで開かれたアメリカ医師会で肥満を病気と認めるかどうかについて投票が行われた。60%以上の賛成で可決されたが、これに対する意見を述べた記事だ。意見の調子はおおむね否定的で、この決定に対して医師会の専門会委員会自体が疑問を呈していることを紹介するところからはじめている。その上で、医師会が賛成する理由について紹介している。勿論肥満がさまざまな疾患を生むことは当然だ。また、アメリカ人の1/3がボディマス指数で言えば肥満と診断され、世界には5億人を超すという状況を考えれば、当然取り組まなければならない。この目的を手っ取り早く果たすためには、病気であると認定して、ショックを与えた方が効果があるという訳だ。肥満を理由に社会差別が起こることを防ぐためにも肥満を病気と認めるべきという理由になると、さすがにアメリカ的だと思える。いずれにせよ、これだけなら全員一致で賛成だろう。しかし、40%は反対した。勿論科学的にどこまで肥満というのか、基準をどうするのかは難しい問題だなどの理由だ。その上で、最も深刻な問題として懸念されているのが、病気と認めることで医療が発生し、医療費の高騰を招くというものだ。すなわち、脂肪除去術を含め多くの治療が医療のもとに行われることに対する懸念だ。この議論を紹介した上で、Nature Medicine紙は、肥満を病気とするために必要な科学的基準の設定が難しいことを指摘し、更なる研究が必要であると締めくくっている。

   高脂血症、高血圧、糖尿病、いわゆる3種セットと言われる疾患は、境界に多くの病気予備軍と言われる人がいる。また生活習慣病とは言い得て妙で、生活習慣を改めることで結構コントロール可能だ。従って、どこからが医療で、どこからが個人の努力かの境が曖昧になる。実際、これらの病気に対しては様々な薬品が開発され、いずれも会社のドル箱になっている。このドル箱の薬は特許期限が切れて各会社も次の手が必要になっている。このように穿って考えだすと、今回の投票も何となく裏が透けて見える気がするのは私だけだろうか。専門科委員会がこの投票に対して出した意見でも、この点が指摘されている。これから議論しなければならないのは、薬が病気を作るという問題だ。これまではこれは副作用を意味していた。しかしこれからは、薬が開発されることで病気が作られることだ。いずれにせよ、医師会や専門家だけで決めていい問題でないことだけは確かだ。これについては、専門家向けの本では議論されているようだが、薬が病気を作るとなると、あらゆる人の問題だ。日本のメディアでも是非取り上げてほしかった。

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朝日新聞8月26日(富岡):コーヒー1日4杯以上、死亡リスク高め

2013年8月28日
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今日は8月26日朝日新聞富岡記者の記事を取り上げた (http://www.asahi.com/national/update/0825/TKY201308250154.html)。もちろんオリジナルな論文も読んだが、今回は記事の日米英比較を行ってみたい。ネットでアクセスできたのは、英国Telegraph紙(http://www.telegraph.co.uk/health/healthnews/10246709/More-than-four-cups-of-coffee-a-day-increases-the-risk-of-an-early-death-says-study.html)、及び米国USA Today紙(http://www.usatoday.com/story/news/nation/2013/08/15/coffee-consumption-death-risk/2655855/)の記事だ。今少なくとも米国では、コーヒーの安全性について関心が高まっていることは確かだ。ScienceNewsLineにも様々な論文が連日紹介されている。一番新しい記事は26日付で。Cancer Cause and Control紙で発表されたFred Hutchinsonがんセンターからの研究で、1日4杯以上のコーヒーは前立腺ガンの患者さんの再発を抑える働きがあるという嬉しい話だ。タバコ、高脂肪食、砂糖と進められてきた健康キャンペーンが、コーヒーを標的にしだしたかもしれない。しかし、このような嗜好品や生活習慣についての記事を書くのは大変だと思う。なぜなら、査読を通った医学論文ですら賛否両論あるからだ。従って、この仕事だけを正しいとして紹介するわけにはいかない。とは言え、Telegraph紙は淡々と、この仕事を紹介して、余分なコメントを全く加えることなく記事にしていた。これだけ読めば、皆さんコーヒーを控える。一方、朝日もUSA Todayも、一方的な報道は避けるべく、他の意見も記載している。例えば両紙ともNIHからの論文を紹介して、逆の結果もあり得ることを示している。(朝日は「一方で、米国立保健研究所(NIH)などは昨年、50~71歳の男女40万人対 象の 疫学調査 で、コーヒーを1日3杯以上飲む人の 死亡率 が1割ほど低いとの結果 を発表している。」)。同じように、両紙とも最後は各国のコーヒー協会からのコメントで締めくくっていることも面白い。ただUSA Todayはアメリカコーヒー協会の強い反論を紹介している。曰く「今回の結果は通常の科学や科学的研究方法から逸脱している」。さすがアメリカだ。朝日が日本コーヒー協会コメントとして載せているのは「日本人はコーヒーを週平均10・7杯(1日1・5 杯程度)飲んでいる」。なんと大きな違いだろう。どちらも同じような書きぶりだが、今回はUSA Todayの方がうまく書いていたと思う。UA Todayでは、この問題が今現在議論が白熱している領域であることを真っ先に書いている。すなわち、「コーヒーの健康へのリスクの論争はますます白熱してきた」と、一言で読者の注意を喚起している。勿論優劣を付けている訳ではないが、今後このような記事の国際比較もおもしろそうだ。いずれにせよ、この様な記事を読んでも特にコーヒーを控える人はあまりいないだろう。

  しかし、この論文で私が何よりも驚いたのが、この研究の対象が、 The Aerobics Center Longitudinal Study (エアロビックスセンター長期研究)に参加している点だ。どんな組織か知っているわけではないが、当然エアロビックスと関わる組織だろう。日本の研究者が、コホートコホートと旧来の組織を念頭に声高に叫んでいるとき、アメリカではこのようなしなやかな発想で研究が進んでいるのを知ると、少しめげてしまった。

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8月27日Sciencenewsline記事:チェルノブイリの現在から判るフクシマの未来

2013年8月27日
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このサイトの記事は http://www.sciencenewsline.jp/biology/ で読めます。

実を言うと、このサイトで取り上げる科学報道記事のほとんどは、理化学研究所・社会知創成事業に属する浅川茂樹さんが毎朝送って来てくれる科学新聞記事のリストから取り上げている。本当に感謝している。ただ、いつも科学報道記事、特に論文になった研究の仕事がある訳ではない。昨日、今日とそんな日が続いた。このため、敢えて日本の報道がほとんど取り上げない記事を、前に述べたScienceNewsLineの日本語記事から拾う事にした。記事のタイトルは、「チェルノブイリの現在から判るフクシマの未来」と言うセンセーショナルな題だった。
   本題に入る前に、一つ発見した事を報告しておこう。前にScienceNewslineが、経済的にどう運営しているのか不思議だと語った。今回英語の記事をよく見てわかったのは、大学のプレス発表を集めていることだ。もちろんそのまま転載しているわけではない。自分のところで書き直している。いずれにせよ、大学のアウトリーチ活動とつながっている。もし専門知識を持った客観的な記事の書ける集団によるこのようなサイトが出来れば、読む方はそこを見れば全てわかって便利だろう。大学も科学に興味のあるより広い層にニュースを呼んでもらえる。この様なサイトが増えると、ある意味で新聞はいらなくなるかもしれない。報道の目指すべき事を深刻に考えるときが来ている。
   さて取り上げられる回数からみて、報道と、ネットの差が激しいのが福島原発事故についてだろう。福島については、実際ネットだけでなく、我が国の報道は外国の報道とも大きくトーンが違っている。典型的な例が、昨年琉球大学の檜山さん達が原発近くの蝶に遺伝的可能な異常が蓄積した事を発表したScience Reportの記事だろう。もちろんほとんどの日本のメディアは報告しなかった。多分科学的に正しいかどうかj自信がもてなかったのだろう。実際、私の友人、大阪大学の近藤滋君は、コントロールの取り方がおかしいと批判していたのを思い出す。しかし、私は事故の生物への影響を決めようとして、この論文だけ公開の議論を行う事自体が不毛だと思う。科学でどちらが正しいかを近視眼的に議論しても仕方がない。重要なことは、福島原発事故の近くの動植物についての長期的調査研究は、人間についての調査と同様に極めて重要であると言うことだ。一定の条件で、世界の研究者にこの領域を開放し、実際に何が起こっているのか科学的に検証する事で、将来に大きなデータを残すことが出来る。檜山さんが正しいかどうかなども、遺伝子配列を調べていけばより正確なことがわかる。しかし、今の文科省はそのような研究に助成金を出すだろうか?科学的でないと抹殺するのだけではよくない。問題があるかもしれないが、より積極的な研究を促進するために助成金を増やすべきだぐらいの事を文科省に提言するぐらいのセンスが報道にほしい。政策当局が臭い物にふたをするしか能がないとすると、二度と得られない大事な資料は失われていく。例えば福島で野生動植物のフィールドワークをする特別の研究班は編成されているのだろうか?多分ないのではと思う(間違っていたら是非指摘を)。例えば、檜山さんの疑問からスタートして、フィールドワークや動植物についての研究やそれに対する助成が行われているかどうか調べて公開するのも報道の役割だ。
  さて、Sciencenewslineの記事に戻ろう。これはチェルノビリで2011年から2012年に捕獲された1000羽以上の鳥を調べたアメリカサウスカロライナ大学のMousseauさんとMøllerさんの仕事で、PlosOneとMutation Reasearchに掲載されたばかりだ。Mutation Reasearchではアルビニズム(皮膚から色素が失われる)とガンの発生率について、PlosOneに掲載された仕事は放射線障害として知られる白内障の頻度を調べている。いずれも、様々な統計処理を行うと、チェルノビリで捕獲された鳥は上昇しているという結論だ。もちろん、論文はフィールドワークで、実際検出された異常が遺伝的かどうかはまだまだわからない。また、ゲノムなども調べられていない。このように、私もこの論文だけで結果が正しいかどうか判断できるとは思わない。とは言え、あら探しをヒステリックに行うのは愚の骨頂だ。アメリカの研究者がチェルノビリのフィールドワークを現在も続けていることに感心すべきではないだろうか。今東北メガバンクで事故の影響が心配される集団の大規模コホートが行われている。同じように、汚染地にずっと居続けている動植物を採取、様々なデータの蓄積、特に経時的なゲノム解析データの蓄積、および採集した動植物の掛け合わせ実験など、今しかできない基礎的研究をしっかり進めるべきだと思った。

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8月22日朝日新聞(大岩):糖尿病患者の認知症リスク予測

2013年8月22日
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朝日新聞は記事のペーストを許可していません。必要な方は
http://www.asahi.com/tech_science/update/0820/TKY201308200025.html を参照してください。

   今日の朝日の記事は、糖尿病の患者さんが認知症になるリスクを簡単に評価出来る基準を提案する論文について紹介している。論文はLancet Diabetes and Endocrinologyに掲載されているが、まだ私はオリジナルな論文にアクセスできていない。
  患者さんの立場から見た時、役に立つ情報であれば、日本発であろうとなかろうとどちらでもいい。大岩さんは患者さんに役に立つ情報を世界にまで守備範囲を広げて探し出し、レポートした。この点を高く評価したい。特に、リスク度を判定するチェックリストを理解しやすい形で提示している点がすばらしい。実際医師でなくとも、自分のリスクをこの表で調べる事が出来る。これまで紹介して来たSciencenewslineもこのLancet Diabetes and Endocrinologyに掲載された論文について紹介しているが(残念ながら英語版だけ)、このチェックリストは示されていない。論文の内容をしっかり消化して記事にする、当たり前の事が当たり前にできている記事だと感じた。とは言え、私自身はこの論文にアクセスが出来なかったため、オリジナルな論文と比べる事が出来ていない事は断っておく。
   朝日の記事とSciencenewslineの記事を比べて一つ気になったのが、カイザーパーマネント研究所と言う記載だ。SciencenewslineではKaiserPermanent Division of Researchとなっていた。いずれにせよ聞いた事がなかったので、Sciencenewslineの脚注にあったこの組織の概要を覗いて驚いた。この概要は、「カイザーパーマネントはヘルスケアの未来のために、アメリカトップのヘルスケアと非営利の健康増進計画を提供する組織で、900万の会員を擁している。実際には会員と医師や様々な医療スタッフをつなぎ、会員が最適の健康管理と医療を受けられるよう活動している組織」と要約出来る。すなわち毎日の健康管理から医療まで会員に提供する目的で1945年に創立された組織で、現在では研究所を持っており、これが今回論文を発表したDivision of Researchだ。ホームページを見て更に驚いたのは、この組織に17000人の医師が組織化されており、患者さんと繋がっている点だ。このような組織だと多分コホート研究など長期的視野の必要な研究も、ずいぶん楽に進むことだろう。またこの組織は将来の医療についてのはっきりとしたアジェンダを持っている。このことが今回のような明確な研究につながったのだろう。Sciencenewslineでも複雑な診察や検査なしに、病歴からだけこのリスクスコアが得られることの重要性が強調されていた。
   ひるがえって我が国を見渡すと、「これからコホート研究が重要で予算化が必要」と叫ばれている。もちろんヒトゲノムなど様々な進展があってのことだろうが、提案されている研究自体は従来と同じ手法のトップダウン型のコホート研究だ。すなわち科学的にコホート研究を始めることだけが意図されており、10年、20年という将来の展望がほとんど皆無だ。本当に長期的視野で考えるなら、患者さん、かかりつけ医、研究者の関係を再構築していく、ボトムアップの方向性が今こそ求められているのではないだろうか。少し望みすぎかもしれないが、記事でも研究だけではなく、それを行ったカイザーパーマネントについても紹介をしてほしかったなと思った。

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8月21日朝日社説:医療の改革 患者の協力も必要だ

2013年8月21日
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朝日新聞は記事のペーストを許可していません。オリジナルな社説は以下のURLを参照ください。 http://digital.asahi.com/articles/TKY201308200551.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201308200551

原則として報道ウオッチは論文発表の研究に対する報道を対象としているが、今日は朝日の社説の書きぶりが少し気になったので取り上げてみた。「医療の改革 患者の協力も必要だ」と言う社説で、8月21日に閣議設定される社会保障改革について意見だ。今回の案では、「医療機関の設備戦争につながり、過剰医療と医療費高騰を生む医療機関のフリーアクセスを考え直すべき」とうたわれる。社説では、「かかりつけ医が住民に信頼されるかどうかにかかる」という改革案の本質を見抜いている。しかし、結論としては報道中立の原則にとらわれて、「患者に我慢をしいて、簡単な話ではないが・・・将来世代に付け回し出来ない」と結んでいる。しかしこれでは社説でも何でもない。私は科学報道を中心に見ているが、現在の報道が、「出来事を最も常識的にまとめて伝える」事ばかり考えているように見える。少なくとも社説ぐらいはもっと本質を見抜いた将来への提案がほしい。かかりつけ医が信頼されることがこの案の鍵であることは私も同感だ。 
  改革案をまじめに進めるとすると、結局かかりつけ医が信頼されるようになるしかない。そのために何が必要か?最も大事なのは、かかりつけ医の医療知識、技術レベルが高いレベルで安定する事に他ならない。従来これについては教育と倫理の問題で片付けて来た。しかし、IBMの創業者の名前(?)をとった診断ソフトや、ゲノム解析の一般化など、患者さんやかかりつけ医の標準化を促進する新しいトレンドが生まれている。前に紹介したPatientlikemeのように、かかりつけ医の信頼性を、患者さんの知識が補っていく可能性すらある(collective intelligenceでいつか紹介したい)。
  IBMは新しいシークエンサーを開発して100ドルゲノムを目指している。GoogleはGoogle healthでは失敗したようだが、そこから派生した23&meはゲノム解析ビジネスの代表になっている。このように、新しい技術が医療を先端だけでなく、底辺から変えようとしている。また、将来のアジェンダを見据えている企業は既に様々な対応を進めている。そんなとき、もっともらしい話で社説を済ませる気が知れない。
 では私に案はあるのか?いくらでもある。なぜなら、21世紀のアジェンダが患者側からの医療や医学の変革だと確信しているからだ。この視点で見れば、多くの可能性が見えてくる。例えば分子標的薬の中には、これまで大病院でしか可能でなかった治療を、かかりつけ医で対応できるようにするポテンシャルを持った物もがある。今後はこのコラムでいろいろ紹介していきたい。

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読売新聞8月13日がん7000症例調査、22の特徴的変化を発見

2013年8月19日
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読売、毎日ともに、オリジナル記事をペーストする事は許されていない。必要な方は以下のURLを参照していただきたい。(http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130815-OYT1T00274.htm)同じ研究は8月15日の毎日新聞でも「発がん原因:遺伝子異常22種 7042人分解析」(http://mainichi.jp/select/news/20130815k0000m040111000c.html)として紹介された。
   ほんの一部の例外を除いて、がんの発生には遺伝子の突然変異が必要だ。英国サンガーセンターのMichael R. Strattonのグループは、がんのゲノム上に突然変異を引き起こす過程についての数理的モデルを構築し、Cell Report紙に発表している。今回の論文はこの数理モデルを使って、7000以上のがん細胞の全翻訳領域(エクソン)を調べ(エクソーム解析)、様々ながんに見つかる突然変異の成り立ちを22のパターンに分類する事に成功した。私は数理については素人だが、そんな私でもこの論文の「売り」がこの数理モデルであることはわかる。実際、この仕事のほとんどはサンガーセンターの3人が行い、Strattonが全ての責任を負う著者である事が明示されている。
   以前に発表された数理モデリングの仕事は数式が出て来たりで、数理の苦手な私にはよくわからなかった。それでも、今回の論文は十分楽しむ事が出来た。分類された突然変異の出来かたのパターンが生物学的にもかなり理解できるように書かれている。特に、老化、APOBECや AIDなどの脱アミノ酸酵素、乳がんの原因遺伝子BRCA1/2、喫煙等々のいわゆる変異の原因と、数理モデルに基づいて決定される突然変異の出来かたのパターン、そしてそのパターンに対応して予想される分子過程などの相関がわかりやすく提示されており、大変面白い論文だった。また、どのようにがんに突然変異が蓄積するかを分類する事は、がんの成り立ちにとって極めて重要で、いずれは予防にもつながる。
   さて記事であるが、読売の記事は最悪といっていい。まず、このまま読んでしまうと今回の仕事があたかもがんに特徴的な遺伝子変化を探索しているように錯覚する。実際「各部位のがんに特徴的な遺伝子の変化を特定し」「今回見つかった22種類中、いずれか2種類以上の遺伝子の変化か起きているという。肝臓がんと胃がん、子宮がんでは、主に6種類の変化か重なることかわかった。」などと書かれると、読者はがんに特徴的な突然変異自体が発見されたように錯覚する。この仕事はあくまでも、突然変異の起こりかたの分類であり、突然変異自体ではない。記者が理解できているのかどうか、大いに反省が必要だ。
  一方毎日は、内容の点では少しはましだ。「その結果、がんを誘発する22種類のパターンを発見した」と、研究されているのが遺伝子の変異の出来かたのパターンである事ははっきり書いている。また、「各パターンと、生活習慣などとの関係を丹念に調べることで、がんが発生する仕組みの解明につながる」と、突然変異の出来かたと、それが喫煙など生活習慣と関わる可能性がある事にも触れている。しかし、「発がん原因:遺伝子異常22種 7042人分解析」と見出しを書いてしまえば最初から誤解を生む。また、「がんを誘発するパターン」と書いてしまうのもいただけない。この仕事でわかるのは、あくまでも突然変異の出来かたのパターンだ。それをがん誘発パターンと言うのは正しくない。「ネーチャー」、「ゲノム解析」、「ビッグデータ」などの常套句をちりばめれば記事になると言ういい加減さは卒業してほしい。そして両紙とも「国立がん研究センターなとの国際チームか1 5日、英科学誌ネイチャー電子版で発表する」「国立がん研究センター(東京都中央区)を中心とする国際研究チームは」などと、あたかもがんセンターがこの研究の中心であるかのように書いている。しかし、この仕事は数理モデルを考案したグループが、コンソーシアムとしてがんゲノムデータを集めて来た国際チーム(勿論両者は重なっていい)の成果を利用した仕事と言うべきで、論文にも書かれている通り、サンガーセンターが中心の仕事だ。勿論日本の研究を贔屓にしたいのはわかるが、もしStrattonのグループがこの報道を見たらどう思うだろうか。
  ここまで書いて来て、ではがんセンターからの発表はどうだったのだろうかと気になって調べてみた。とすると、「本研究は、国立がん研究センター研究所(中釜斉所長)がんゲノミクス研究分野の柴田龍弘分野長を中心とする研究チームが、国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC)のプロジェクトの一環として進めました 」と発表している。これでは誤解を招くのも当たり前だ。そして何よりも、この研究の根幹がStratton達の数理モデルである事について全く触れていない。書かれている事がそのまま間違いであると言わないが、この様な核心をはぐらかす記者発表を行う事には捏造の根が潜む。科学者側も是非反省してほしいと言わざるを得ない。とは言え、何度も書いているが、報道側も記者発表を鵜呑みにせず、一度は実際の論文にあたればすぐわかる事だ。報道とは聞いて来た事をそのまま伝える事ではあるまい。松原事件の時に紹介した「国家を騙した科学者」を一度読んでいただきたいと再び思った。

 

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8月14日読売新聞記事:情けはボクのためになる・幼児で親切の効用実証

2013年8月19日
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オリジナルの記事をここにペーストする事は読売新聞は許可していません。必要な方は以下のURLを参照ください。 http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130814-OYT1T00830.htm

 これまでは、メディアの記事を調べる時、どうしても自分の分野(幹細胞研究)に重点を置いてしまっていた。しかし、すっかり第一線を退いて、何の偏りもなく様々な記事を眺めだすと、科学記者の方々がずいぶん様々な分野を取り上げている事がわかる。その典型が今回の大西さんの論文を紹介した読売新聞の記事だろう。私がわざわざ論文の内容を紹介する必要は全くない。正確に伝えられている。元々論文自体、方法や実験のデザインの詳述が大きな部分を占めており、素人の私も結構読むのに苦労した。ただ、メッセージは比較的単純で、このため多分大西先生の説明を聞いた方が、論文を読むよりわかりやすいだろう。繰り返すが、結果は記事に書かれている通りで、同じ年の子供の親切な行為を近くで見ていた子供は、親切を行った子供に優しく接すると言う実験結果だ。この記事で是非評価したいのは、見出しだ。「情けは僕のためになる」とはこの結果を一言で表現するのに成功している。実際は誰がこの見出しを付けたのかは私にはわからないが、多分この記事を書いた記者が考えたように思える。内容を良く理解して、わかりやすい見出しを付ける。また、他の研究者からのコメントも記事の内容を更にわかりやすくする効果を持っているように思った。良い記事だ。

   この様な小児の発達についての科学的な研究は、少子化の進むアジアでは重要性が増すだろう。この様な小児発達などの問題は、元々科学性を保証する研究が行いづらいなどの様々な要因を抱えており、今後もいっそう努力が必要な分野だ。この事を考慮して、今回読売の記事を取り上げたついでに、日本のメディアには紹介されなかったもう一つの日本発の仕事を紹介しておこう。これは、岡山大・山川さんの仕事で、乳児期6−7ヶ月に母乳だけで育てた子供は粉ミルクを使った子供より、7−8歳で肥満になる確率が低いと言う結果だ。この論文はJAMAのオンライン版に8月12日に掲載され、以前紹介したScienceNewslineのウェッブサイトで報告された(http://www.sciencenewsline.com/articles/2013081223000028.html#footer)。残念ながら実際の論文が手に入らず、また日本のメディアでも紹介されていなかったので、ここで紹介するのは控えていた。今回、読売の記事に便乗した。両研究とも、最終的な真偽について、本当は介入研究を含めた検証が必要なのかもしれない。しかし、小児を対象に長期の介入研究をする事は許されない。だととすると、この仕事を出来るだけ多くの親に知ってもらって、良いと思う事は何でも試してみていただく事が必要ではないだろうか。私から見ていずれもやってみて問題が起こると言う話ではなさそうだ。ならば、良いと信じてやってみても良い様な気がした。

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