10月20日 腫瘍溶解性ウイルス治験からわかること(10月18日 Nature オンライン掲載論文)
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10月20日 腫瘍溶解性ウイルス治験からわかること(10月18日 Nature オンライン掲載論文)

2023年10月20日
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局所に注入したバクテリアが分泌するタグ分子を表面に取り込んだガンを、それに対するCAR-Tで除去するという新しい方法が10月13日の Science に掲載されていた。しかしガン局所に新しい抗原を誘導してガンを叩くという方法は、既に腫瘍溶解性ウイルスを用いて実用化が進んでいた。

我が国を含め、腫瘍溶解性ウイルスを用いたガン治療法がほぼ出そろってきたように感じる。このブログでも既に何回か紹介しているが、腫瘍溶解性ウイルスが注目されるようになってきたのは、ウイルスにより溶解したガン細胞からのガン抗原に対する、あるいは感染したウイルス自体に対する免疫反応を利用することで、全てのガン細胞を殺せなくても、免疫系を動員してガンを抑制する可能性が示されたからだ。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、腫瘍溶解性ウイルスを最初から免疫誘導抗原として使うことを前提に患者さんの反応を調べた研究で、10月18日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Clinical trial links oncolytic immunoactivation to survival in glioblastoma(臨床治験を通してグリオブラストーマ治療での腫瘍溶解性と免疫活性化が結びついた)」だ。

この治験ではCAN-3110と名付けたヘルペスウイルスがを直接脳腫瘍内に注射する治療が行われている。また、必要に応じて免疫チェックポイント治療を組みあわせている。

CAN-3110の特徴は、これまでウイルス感染が拡大することを恐れてヘルペスウイルスから除いていた ICP34.5遺伝子を、ネスチンプロモーターで別に発現させ、ウイルスの増殖と溶解性を高めた点で、これによりガン細胞が存在すれば新たなガン細胞へ感染を伝搬することが可能になる。

とはいえ、この治療も万能ではなく、治験に参加した患者さんの生存期間を5ヶ月から12ヶ月へ延長するにとどまっている。とはいえ、IDH変異が見られるアストロサイとタイプのガン患者さんでは、3例が長期生存を果たしており、このようなリスポンダーの解析は、さらに効果的治療方法開発に重要になる。

そこで、まずウイルスの持続的感染がガン免疫と相関するか調べる目的で、ウイルスに対する抗体の有無と予後との相関を見ると、ウイルスに対する抗体を持っている、すなわちウイルス感染が一定程度続いた患者さんの方が予後が良い。他のウイルスに対する抗体では全く相関がないので、明らかに腫瘍溶解性ウイルスが感染し持続することが腫瘍拒絶につながることが明らかになった。

次に、繰り返される手術時に標本を作製して、腫瘍組織の細胞浸潤を調べると、ウイルスを感染が持続しているグループで、壊死層の周りに多くの CD8、CD4T細胞が浸潤していることが確認された。

さらに、腫瘍組織のmRNA解析から、腫瘍組織で強い炎症反応も起こっていることが明らかになり、ウイルスによる炎症及び新しいガン抗原発生が抗腫瘍効果に重要であることを明らかにしている。

これに加えてキラーT 細胞の抗原受容体遺伝子化石も行っているが、抗原特異性の解析は行っていないので、おそらく感染症でウイルス感染細胞が除去されるのと同じメカニズムでガン細胞が除かれるのではと推察される。この点については、抗原ペプチドを用いた研究が欲しい。

以上、まだまだ改善の余地があるが、ガン抗原を新たに作ってそれを標的にする治療は、腫瘍溶解性ウイルスの切り札として使われる予感がする。

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10月19日 統合失調症にリンクした遺伝子多型を機能にまで掘り下げられるか(10月17日 Cellオンライン掲載論文)

2023年10月19日
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昨日サルと人間の脳に関わるゲノムレベルの差が如何に膨大かを示す論文を紹介し、この膨大な差をまとめて我々人間独自の能力の説明するのは、まだまだ研究が必要だと結論した。そして、この差が説明されるようになる前に、まず統合失調症のような多くの多型が集まった病気の発症メカニズムを解く方法論の確立が必要だと書き留めておいた。

これを書いた後最新の論文を眺めていたら、タイムリーに統合失調症のゲノムレベルの多型を細胞機能の差として特定するための方法論確立を目指したミュンヘン大学からの論文に行き当たったので紹介することにした。タイトルは「Massively parallel functional dissection of schizophrenia associated noncoding genetic variants(統合失調症と連関する non-coding 遺伝子変異の徹底的な並列機能分析)」で、10月17日 Cell にオンライン掲載された。

これまでのゲノム研究で統合失調症と連関する遺伝子多型は300近く存在することがわかっているが、その多型から発生する機能の差についてはほとんどわかっていない。勿論、一つの多型に絞れば、マウスや iPS細胞を用いて、その機能を追求することが出来る。この作業を繰り返せば、全ての多型の機能的意味をある程度は理解できる。

ただ、この研究では出来るだけ多くの多型を同時に機能的に調べるために、現在利用できる様々な方法論を選び、それを検証することに重点が置かれている。ただ、先に断っておくが、同時網羅的に調べたとはいえ、統合失調症発症メカニズムが新しく見えてきたわけではない。

さて方法だが、この研究では300近い多型の中から、non-coding 領域の多型を選んで、この多型により発現が変化する遺伝子を特定することに焦点を絞っている。

多型から機能への橋渡しとしてまず行われるのが ATAK-seq を用いたクロマチンの解析と、細胞や組織レベルでの遺伝子発現と相関する多型の絞り込みで、ここまではこれまでの研究と同じになる。

この研究の売りは、こうして絞り込んだ non-coding 多型のエンハンサーとしての活性を、レンチウイルスを用いたレポーター遺伝子の発現を指標として、網羅的に調べているところだ。具体的には、神経幹細胞や iPS細胞に多型領域とレポーター及びタグ付けたバーコードを導入し、細胞が神経に分化したところで、神経刺激有り無しの条件で、レポーター遺伝子の発現量で細胞を分け、タグ付けに使ったバーコードの頻度で、遺伝子発現を高める多型、あるいは抑える多型を特定している。

この方法によって、最終的に194種類の多型に絞り込める。このようなレポーターシステムを導入した iPS細胞は、分化方法を工夫すれば、脳内の各細胞特異的な機能を調べることが出来る。また、刺激により初めて遺伝子発現の差を誘導する多型も特定することが出来る。

こうして、non-coding 領域の多型が調節する標的遺伝子を特定できると、次に iPS細胞を用いた CRISPR を用いてこれらの領域を変異させた iPS細胞を作成し、これを神経へと分化させ、single cell RNA sequencing を用いて、non-coding 領域の変異と標的遺伝子の発現量を調べ、最終的に40種類の、全てのクライテリアを満たした non-coding variant を特定している。

結果はこれまでで、統合失調症と相関する多型の機能を明確にするという意味では重要な方法論的貢献だと思うが、実際にこの実験を進めるのは大変だったと思う。今後は、新しく示された40の多型と、これまで知られている rare variant を会わせた上で、ここの症例を検討することで、発症メカニズムを推察する最も困難な過程が待っている。ただ、新しい生成AI のおかげで、これも意外と早く進むような予感もする。

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10月18日 言語野の人間特異的特徴を探して(10月13日号 Science 掲載論文)

2023年10月18日
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私の個人的印象だが、我が国のサル学は人間もサルという点を重視する傾向にあり、一方欧米では人間とサルは違うという点を重視するように感じている。チンパンジーのゲノムが解読されたとき、人間のゲノムと1.2%しか違わないことが強調されたが、逆に1.2%も違っているとも言える。

私たちが最も知りたいのは、脳の発生や機能に関わる分子の働き方の差で、研究が進めば進むほど、人間とサルには様々なレベルで大きな差があることが明らかになり、この大きな差をどう統合して機能の違いを説明するかが21世紀の重要な課題の一つになった。

今日紹介するシアトルにあるアレン脳研究所からの論文は、人間の言語野に相当する領域の皮質組織から分離した核内RNAを single cell level で解析した snRNA sequecing を、人間、ゴリラ、チンパンジー、アカゲザル、そしてマーモセットで比較し、人間とサルの差を細胞レベルで際立たせようとした研究で、10月13日号 Science に掲載された。タイトルは「Comparative transcriptomics reveals human-specific cortical features(遺伝子発現の比較により大脳皮質の人間特異的な特徴を明らかにする)」だ。

この研究ではトータルで60万個に及ぶ質のいい核のデータを集めており、言語野という限られた皮質領域だけでも、150種類近くの細胞に分類することが出来る。それを、個体間、種間で詳しく比較し、個体間の差を差し引いた上で、それぞれの種を代表するデータに転換し、それを各細胞レベルで比較している。

まず、この領域の細胞の種類や皮質内での分布はほぼ共通と言えるが、マーモセットと比べると大きな変化を認めることが出来る。すなわち、皮質構造が広鼻ザルから狭鼻ザルへの進化で大きく変化する。

細胞レベルで比較したとき、人間とゴリラ/チンパンジーの差が最も見られるのは神経細胞ではなくグリア細胞で、中でもミクログリアは大きな差が存在する。

しかし似ているとは言え、100を超す遺伝子発現の違いが神経細胞で見られ、この違いはまずシナプス形成に関わる、マトリックス分子や細胞接着因子に集中している。

これまで人間への進化の過程で変異が促進したゲノム変化がデータベースとして整理されているが、まさにこの違いの多くが、今回細胞レベルで特定された人間とサルの違いを説明できることも明らかになった。

いくつかの個々の遺伝子の差についても議論しているが、省略する。要するに、特定の皮質で見たとき、細胞は似ていても、詳しく見ると人間とサルの差として何百もの遺伝子発現の差が厳然と存在すること、さらにこの差はそれぞれの細胞レベルの差を生み出していることが改めて明らかになった。そう考えると、自閉症や統合失調症のメカニズムと比べても、遙かに膨大な差が存在すると言え、人間とサルが似ていることを強調するのは簡単だが、その違いを説明するのがいかに難しいかわかる。

このために、脳の病気も含めて膨大だが質のいいデータを集め続けているアレン研究所の活動には頭が下がる。

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10月17日 フォスファターゼ阻害剤は夢の薬になるか?(10月4日 Nature オンライン掲載論文)

2023年10月17日
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我々の細胞活動は様々なリン酸化反応によって調節されている。そして、これらのリン酸化反応は、フォスファターゼ(脱リン酸化酵素)によって調節されることで、活性がオーバーヒートするのを抑えている。わかりやすい例が、免疫チェックポイントシグナル PD-1 で、これは SHIP2 と呼ばれるフォスファターゼを介して、T細胞受容体(TcR)下流のシグナルを抑え、T細胞のオーバーヒートを抑える。従って、PD-1 刺激を抗体で抑えると、SHIP2 の作用が抑えられ、T細胞は活性化状態を続けることが出来る。

T細胞は他にも数種類のフォスファターゼを発現しており、PTPN1/2はTcR シグナルやサイトカインシグナルを調節していることが知られている。従って、この阻害剤を開発できれば PD-1 抑制と合わせてもっと強い免疫活性化が可能になると期待されるが、これまで開発された化合物の極性が強く、体内、細胞内への移行が悪く利用できなかった。さらに、フォスファターゼは様々なシグナルに効果があるため、副作用を制御できないという懸念もあり、薬剤開発は進んでいなかった。

今日紹介する Abbie 社とハーバード大学などの研究機関から発表された論文は、PTPN1/2 両方に効果がある化合物を開発し、ガンの免疫治療への効果を示した研究で、10月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The PTPN2/PTPN1 inhibitor ABBV-CLS-484 unleashes potent anti-tumour immunity(PTPN2/1 阻害剤 ABBV-CLS-484 は強い抗ガン免疫を活性化する)」だ。

研究ではこれまで PTPN1/2 の活性基と反応することが知られている thiadiazolidinone をスタートとして、蛋白質の構造にはまり込む化合物 A-650 を設計し、そこからさらに修飾を加えて最終的に経口接種可能で、試験管内ではナノモルレベルの阻害活性のある AC484 を開発した。

後はこの分子の効果を試験管内、あるいはモデル動物系で確かめているが、全てがガンを抑える方向に回ったと言えるほど驚くべき結果になっており、すわ夢の抗ガン剤が見つかったのかとすら思える結果だ。

まず、ガン細胞自体のインターフェロン受容体下流に働き、インターフェロン感受性を上げ、細胞の増殖を抑えるだけでなく、キラー細胞に必要なMHCの発現を上昇させる。

次に免疫細胞側では、T細胞のTcRやサイトカインシグナルを活性化させ、キラー活性が上昇するとともに、PD-1 抑制と同じで抗原刺激による細胞の疲弊を抑えることが出来る。さらに、NK細胞のキラー活性も上昇させる。一方抑制性T細胞は活性化しない。

これらの結果をモデルマウスで確かめると、AC484 を経口投与したマウスでは、腫瘍を移植した部位にT細胞、NK細胞の浸潤が高まり、AC484 単独でも PD-1 阻害を超える効果を認めることが出来る。さらに、両方組みあわせると相乗効果が得られる。勿論、ガンワクチンと組みあわせて、その効果を高めることが出来る。

PTNP阻害は細胞全体のシグナルに関わり、結果として代謝の変化も誘導する。その結果、細胞内のエネルギー代謝も高めることで、TCAサイクルからの代謝物によるエピジェネティックなリプログラムが進行し、T細胞の持続的活性開示にも関わる。

さらに驚くのは、ガン周囲の他の細胞にも働いて、周囲の炎症を高めることが出来る。

以上のメカニズムが集まって、AC484 はガン周囲のあらゆる反応をガン抑制に向かわせる夢の薬剤になり得るという結論になる。

現在既に第1相の治験が始まっているようなので、それを待ちたいが、一番懸念されるのはこれほど多様な作用を持つ PTPN1/2 を止めることで、例えばインシュリンシグナル他、様々なチロシンキナーゼシグナルがオーバーヒートしないかだ。PD-1 阻害のように、特異的シグナル阻害でも免疫オーバーヒートが観察されることを考えると、大変な問題が起こる予感もする。

全て杞憂で夢の薬が完成することを願いたい。

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10月16日 ホモ・エレクトスはアフリカの高地で進化した?(10月12日 Science オンライン掲載論文)

2023年10月16日
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私たちの世代は人類の祖先としてジャワ原人、北京原人などを総称して、直立原人として習った覚えがある。しかし、現在ではこれらは全てホモ・エレクトスとしてまとめられている。ホモエレクトスはアフリカで生まれ、200万年にわたって地球に拡がるが、この進化過程を理解することが、人類発生を理解する最も重要な課題だ。というのも、エレクトスでは犬歯が退化して、かみつく生活から、食べ物を処理する生活へと移行する。これと平行して、石器も進化し、アウストラピテクス遺跡で見られるオルドワン型石器からアシューリアン型と呼ばれる、少し細工が複雑化した石器へと移行する。さらに、男女の体格差も減少することから、メスを巡る争いが減り、オスの体格が一定化したのではと考えられている。

ではエレクトスはどこで発生したのか?アフリカには、エレクトスとアウストラピテクスの中間と言える様々な化石が出土しており、アフリカで生まれたことははっきりしている。今日紹介するローマ大学からの論文は、最も古いエレクトスと思われる下顎骨をエチオピアの2000mに達する高原から発見し、様々な解析からエレクトスと断定した研究で、10月12日 Science にオンライン掲載された。タイトルは「Early Homo erectus lived at high altitudes and produced both Oldowan and Acheulean tools(初期のホモエレクトスは高地に住んでオルドワン型とアシューリアン型道具を使っていた)」だ。

この発掘場所の特徴は200万年前に起こった地磁気の逆転期(オルドバニ・松山境界)に乗っていることで、年代測定が正確に行えることだ。そこから、様々な石器とともに、子供の歯のついた下顎骨が見つかった。これまで最も古いエレクトスの化石は180万年前なので、これがエレクトスであれば最も古い化石になる。残念ながらDNAは利用できない年代なので、もっぱら形態の比較になるが、アウストラピテクスやホモ・ハビリスとは異なり、他のエレクトスに近い。

黒曜石を用いた石器も、オルドワン型とともに、エレクトスを代表するアシューリアン型石器が多く出土し、さらにこれらがまとまって存在することから、エレクトス型石器工房があったと考えられる。

以上が結果で、今回発掘された遺跡は、骨の解析から初期エレクトスの遺跡と考えられ、単純なオルドワン型からアシューリアン型への移行を目の当たりにすることが出来る遺跡であることがわかる。

そして最も古いエレクトスの遺跡が、2000mの高さで見つかったことで、エレクトスの先祖が高地というより厳しい環境に適応する過程で、我々にも見られる人類の基本能力を獲得したことが推察できる。エチオピアは今後の発掘が楽しみな地域になった。

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10月15日 言語モデルの医学への応用2題(10月10日 米国アカデミー紀要オンライン掲載論文 他)

2023年10月15日
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トランスフォーマーなどの大規模言語モデル(LLM)を利用した新しい情報処理モデル形成については、おそらく医学領域が最もアクティブではないだろうか。その意味で、面白いと思ったモデルは今後も紹介していきたい。

今日最初のモデルは10月10日 米国アカデミー紀要 にオンライン掲載されたニューヨーク大学からの論文は、統合失調症の言語テストを自然言語モデルを用いて解析する研究で、タイトルは「Trajectories through semantic spaces in schizophrenia and the relationship to ripple bursts(統合失調症での意味空間の軌跡とリップルバーストとの相関)」だ。

この研究では統合失調症患者さんに、例えば「動物の名前を思いつく限り挙げて」と質問したときにリストされてくる動物の名前を、既に事前学習により単語がコンテキストに従ってエンベッディングされている自然言語モデル(トランスフォーマー以前に開発されたモデル)、すなわち単語の意味空間を用いて分析し、挙げられた単語の意味空間内での軌跡を、正常の人の軌跡と比較している。おそらく同じことは小さなコンピュータでも使うことが出来る GPT-1 や GPT-2 でも可能だと思う。要するに、発せられた言葉の意味空間上での位置さえベクトルとして数値化できればいい。

よほどおかしな動物の名前が出てこない限り、見ただけでは差を見つけることは困難だが、自然言語モデルの意味空間を用いると、小さな差を特定することが出来る。具体的には、正常の人は意味空間の位置が近い動物の名前を挙げてから(例えば哺乳動物)鳥類に移る傾向があるが、統合失調症の患者さんは犬の後、魚に飛んでまたマウスといった具合に軌跡の多様性が大きい。

残念ながら診断的価値があるというわけではないが、この傾向を数値化すると、症状や、統合失調症の人に特徴的に見られる海馬の早い振動の波(リップルバースト)と相関が認められることを示している。従って、言語行動を通して患者さんの頭の中を明らかにするのに役立つ面白い研究だ。

もう一編は、ミュンヘンのヘルムホルツ研究所とドレスデン工科大学からの論文で、直腸ガンに限ってバイオプシー標本をピクセル化して、トランスフォーマーを用いたモデルを開発する研究で、9月11日号の Cancer Cell に掲載されている。タイトルは「Transformer-based biomarker prediction from colorectal cancer histology: A large-scale multicentric study(トランスフォーマーを基盤にする大腸直腸ガン病理組織のバイオマーカー診断:大規模多施設研究)」だ。

これまで主に「たたみ込みニューラルネット(CNN)」を用いた病理組織の機械学習は進められてきた。この研究では pixel 化したバイオプシー標本をさらに小さな四角いパッチにわけ、それぞれのパッチをトランスフォーマーにインプットして診断のためのモデルを作っている。

まず、大腸ガンの診断という意味で新しいトランスフォーマーを用いたモデルは CNN を用いたモデルを凌駕している。さらに面白いのは、ゲノム不安定性についての診断についても、十分臨床に使えるレベルで可能になっている。さらには、まだ確実性で問題はあるが、ガンのドライバーが BRAF か RAS かについても診断することが出来る。

機械学習は処理過程が全くブラックボックスと言われているが、一旦ベクトルかされた結果は確認することが出来る。そのおかげで、統合失調患者さんの単語の軌跡を追跡できるわけだが、同じように病理組織でも、どのパッチにアテンションが向かっているかを調べて提示することが出来るので、診断理由についても検証することが出来る。

以上、LLMの医学利用はますます賑やかになってきた。このことは、将来医師は何をするのかについて、今真剣に考える時が来たことを意味している。大変だ。

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10月14日 従来の哲学課題を科学的に研究する(10月6日 Cell オンライン掲載論文)

2023年10月14日
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今日紹介するチュービンゲン大学からの論文は、ひょっとしたら全く理解できていないかも知れないと思うほど、難しい論文だ。それでもあえて紹介したいと思ったのは、論文の書き方が凝っているように思えたからだ。論文は10月6日 Cell にオンライン掲載され、新しい像を既に存在する要素から構成し直す人間の脳過程を調べた研究で、タイトルは「Generative replay underlies compositional inference in the hippocampal-prefrontal circuit(海馬と前頭前皮質回路での構成的組成に関する推論には生成的再生が背景にある)」だ。

私の感じた凝った言葉の選び方から解説しよう。タイトルの generative という言葉は生成AI を彷彿とさせるし、実際 embedding という言葉とセットで使われている。また、サマリーの書き出しは「Human reasoning depends on reusing pieces of information by putting them together in new ways.(人間の推論は情報の一部を新しい方法で集めて新たに使い直すことに依存している)」で、ほとんどの人は気にならないと思うが、reasoning という単語は、カントの pure reason(純粋理性)を思い起こさせ、また以下に解説する実験の内容も、カントの提出した課題に通じるところが多い。要するにカントから大規模言語モデルまで、全て脳の問題として研究しているという著者の意志を感じてしまった。

この論文は責任著者が筆頭著者の Schwartenbeck さんだが、気になってラストオーサー Behrens さんの論文もいくつか読んでみたが、同じような手法で同じような課題を扱ってはいるが、この論文のような凝った単語の選び方は全く見られないので、Schwartenbeck さん自身の書き様だろう。結局私の深読みかも知れないが、人間の脳研究がカントから ChatGPT までつながっていることをはっきり認識して研究しているように思えた。

話が長くなったが、研究では画面に示された新しい複雑な構築を、イメージの中で要素となるレゴブロックを組み合わせて再構成する課題、すなわちシルエットとして提示される形を、頭の中で要素ブロックを組みあわせて分析している間に我々の脳の中で起こっている過程を調べている。

まず要素ブロックや、それを組みあわせた様々な形を見たときに起こる脳の興奮を fMRI で調べ、ブロック自体の視覚刺激とは別に、要素の数や、複雑性などを判断する reasoning のプランに関わる脳領域を特定している。すなわち経験を処理するための抽象的枠組みが脳に存在することを確認している。

次にブロック数を減らした単純な課題を行っている過程を、時間解像度の高い脳磁図計を使って調べている。この結果、3種類のブロックの組みあわせ程度のシルエットであれば、それぞれの要素ブロックとシルエットの形や大きさの比較が頭の中で1秒足らずの間に進むことを確認する。

その上で、それぞれの要素ブロックの視覚に対応する脳の表象領域の興奮を指標に、ブロックの組み合わせを考える時に頭の中で起こっているとき、それぞれの要素ブロックが同頭の中に浮かぶかを再現し、土台ブロックの上に、様々なブロックを組みあわせる試行を順番に繰り返し、正しい答えに到達していることを明らかにしている。

結論としては、新しい経験は、視覚経験(要素ブロック)を、空間、複雑性などの reasoning にもとづいて構想し直し、一般化しているという結論になる。

最後にこの結論をもう少しカント的に直して終わる。カントは経験を処理する枠組みとして量、質、関係、特性の4つのカテゴリーを示しているが、この研究はまさにこの経験を処理する枠組としてのカテゴリーが脳のサーキットとして存在し、従来の経験をこの回路上で再生しながら新しい知識へと変えていくという結論になる。著者はこの脳過程が生成AI とつながっていることまで、用いる単語に慎重に選ぶことで示しているのに感心した。今後が楽しみな研究者に思える。

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10月13日 ヒト化ブタを用いたブタからサルへの腎臓移植(10月12日 Nature オンライン掲載論文)

2023年10月13日
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遺伝子改変して拒絶反応を抑えたブタ心臓が初めて人に移植されたのはちょうど1年ほど前だが、結果は拒絶反応を抑えることがまだ完全には出来ていないことを示している。すなわち、ブタと人間とはあまりに違いが大きく、全ての違いを無くすことの難しさを物語っている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、CRISPR による遺伝子編集を用いて、人の臓器にサイズが近いユカタンブタ遺伝子を操作して、カニクイザルに移植後2年機能する腎臓を作成するのに成功した研究で、10月12日号 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Design and testing of a humanized porcine donor for xenotransplantation(異種移植のためにヒト化したブタドナーのデザインと検証)」だ。

まず、臓器のサイズが人間に近いユカタンブタを選び、これを遺伝子編集や遺伝子導入を合わせて徹底的に改変して拒絶を抑えようとしている。既に人間に応用される遺伝子改変ブタが存在するのに、後発でも優れたブタを作ろうとする意志に脱帽だ。おそらくCRISPR技術がこのチャレンジを後押ししたのだろう。とはいえ、ここまで来るのに大変な月日とお金がかかったと思う。おそらく、ブタの生殖サイクルを考えると10年はかかりそうな、極めて長期的視野の研究だ。

要するに問題になりそうな違いをリストして、徹底的に除いている。まず αGal として知られる糖鎖抗原で、人間やサルとブタとは全く異なるので、この合成系を完全にノックアウトする必要がある。次に、補体系の活性化ルートを抑えるとともに、ヒトの補体制御系の遺伝子導入を行っている。また、ブタ特有のレトロウイルスがゲノムに59カ所存在しており、それも完全に除去する必要がある。他にも凝固系など考えられる遺伝子改変はなんと69種類のブタ側遺伝子のノックアウトとともに、7種類のヒト遺伝子を発現したユカタンブタが完成している。

それぞれの改変ごとに様々なテストをした上で、両方の腎臓を除去したサルに、ブタ腎臓移植を行っている。驚くことに、レトロウイルスを除去するかどうかは特に移植成績には影響がない。ただ、ヒトに感染することは問題があるので、レトロウイルスノックアウトは重要だと結論している。

さて結果だが、good news は1年以上腎臓が機能した個体が15例中5例存在したことで、現在最も長く機能したのは758日に達している。Bad news は、ここまでしても最短で6日で拒絶が起こっていることで、758日機能した腎臓でも最後は凝固異常と血栓により拒絶している。ただ、長期性着後拒絶されたケースでも、同種移植とは違って、T細胞の浸潤が少ないことから、おそらく抗体を原因とする拒絶や血栓による拒絶と考えられる。

結果は以上で、ここまでしても種間の差を完全に理解し埋めることが出来ていないと言えるが、一方で同種移植とは異なる免疫抑制法を用いることなどで、まだまだ改善できるポイントも明らかになっている。

移植大国の米国ですらここまで努力を重ねているのを見ると、移植後進国であるにもかかわらず我が国で長期的視野の研究が行えていいないことは、患者さんを助ける研究行政という点では反省点が多い。我が国政府は応用研究に傾いていると言われているが、応用研究ですら助成方向が定まっていないのが現状に思える。実用化したとき、我が国に臓器を輸入できる外貨が残っていることを願うだけだ。

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10月12日 ミトコンドリアを標的にした新しい老化細胞除去化合物の開発(10月11日号 米国化学協会雑誌掲載論文)

2023年10月12日
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老化した細胞を積極的に除去することで新陳代謝を促すことで、組織レベル、あるいは個体レベルで若返ることをゼノリシスと呼んでいる。すなわち、老化細胞を分解させるという意味だ。最初、ゼノリシスの可能性は老化した細胞を自殺遺伝子で除去するという方法を用いて示されたが、その後、非特異的キナーゼ阻害剤ダサニティブに抗酸化剤ケルセチンを用いる方法が開発され、これは臨床的治験が進んでいる。他にも、東大医科研の中西さん達はグルタミナーゼ阻害剤でもゼノリシスが促進できるという可能性を示している。

今日紹介する韓国・建国大学と蔚山科学技術院研究所からの論文は、老化に伴うミトコンドリアを標的にした面白いアイデアの研究で、10月11日号の米国化学協会雑誌に掲載された。タイトルは「Supramolecular Senolytics via Intracellular Oligomerization of Peptides in Response to Elevated Reactive Oxygen Species Levels in Aging Cells(老化した細胞の活性酸素によって細胞内でペプチドをオリゴマー化させる超分子的ゼノリシス)」だ。

要するにアイデアが面白い。ミトコンドリアに濃縮されるペプチド (KLAKLAK) を、重合のための活性基Dithiol と老化細胞が高発現するインテグリンに結合する RGDペプチド配列で挟んだペプチド化合物 Mito-K1及びMito−K2 を合成し、これが細胞内に取り込まれ、ミトコンドリアへ移行すると、そこで上昇している活性酸素により重合して、ミトコンドリア膜を損傷し、細胞死を誘導するというアイデアだ。

研究ではこれらの分子が老化細胞に取り込まれると、ミトコンドリア膜上で重合し、ミトコンドリア膜を破壊、細胞死を誘導できることを示している。一方、正常細胞では分解される。実際には、本当に重合しているのか、細胞死の誘導メカニズムは何か、さらには正常細胞への毒性はないのかなど、徹底的に調べている。

その上で、ゼノリシス治療として使えるかについて、眼球内にアドリアマイシンを注入し網膜色素細胞の老化を誘導するモデル系で、Mito-2が老化を防ぎ、さらには視覚機能低下を防げることを示している。また、RNAを誘導する黄斑変性症でも、Mito-K2は老化細胞を除去出来ることを示している。

最後の極めつけは、24ヶ月齢マウス眼球に Mito-K2 を注射し、自然老化で起こる視力低下を抑えられることを示した実験で、この方法が正常細胞への影響なしにゼノリシスを可能にする新たな方法として期待できることを示した。

実際には、質量分析、生理学、細胞生物学、そして single cell RNA sequencing まであらゆる方法を駆使して行われた膨大なデータで、説得力がある。RGD配列で細胞内に取り込ませる方法があらゆる細胞で利用できるかはわからないが、この部分を変化させれば、ゼノリシスの切り札になるかも知れない。

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10月11日 光遺伝学的手法を治療に応用できるか?(10月4日号 Science Translational Medicine )

2023年10月11日
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特定の波長の光を当てて神経が興奮したり、あるいは興奮を抑えたりする方法は光遺伝学と呼ばれ、動物モデルを用いた神経科学を大きく変化させた。これは、光に反応するイオンチャンネルを神経細胞に導入して興奮を調節する方法だが、刺激は光に限らず、チャンネルの開閉を操作できれば、化合物でも、磁場でも刺激を問わない。基本的にはモデル動物を用いた研究だが、それだけでも十分ノーベル賞を授与されることは間違いないと思っている。しかし、原理から考えると、当然人間にも応用されることは間違いない技術だ。

遺伝子導入を領域や細胞特異的に行えば、脳を操作して、不安を抑えたり、あるいは興奮を与えたり、これまで領域非特異的薬剤で対応していた精神疾患治療に大きな変革をもたらす可能性がある。ただ、これが実現するのは病気の神経科学を我々が理解してからのことで、それだけ脳は複雑だ。

代わりにより単純な神経サーキットを標的とした光遺伝学が開発されている。今日紹介するオックスフォード大学からの論文は禁煙を促すために使われるニコチン受容体作動薬バレニクリン刺激により開くクロライドチャンネルを痛みを伝える感覚神経に導入して、痛み刺激による神経興奮を抑えられないかを調べた研究で、10月4日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「A humanized chemogenetic system inhibits murine pain-related behavior and hyperactivity in human sensory neurons(ヒト化した化学反応性システムはマウスの傷み反応を抑え、ヒトの感覚神経の過興奮を抑える)」だ。

クロライドチャンネルを開けることで、細胞内のクロライドが流出することで膜の伝導性が高まる。これにより電圧依存性のチャンネルの閾値が高まって、神経興奮が抑えることが出来る。ただ、脳神経細胞のクロライドの維持量は高くないので、この方法を他の神経に使うと、神経活動全体を抑えてしまうが、クロライドを多く維持している感覚神経に使える可能性は高い。

この研究ではリガンド作動性クロライドチャンネルGlyR をバレニクリン作動性に変化させた遺伝子が試験管内で感覚神経の興奮を抑えることを確認した上で、遺伝子を導入したアデノ随伴ウイルス(AAV)を直接マウスに注射し、その効果を見ている。

臨床的に近い設定としてまず関節炎の痛みを、関節腔に遺伝子を注入して抑えられるか調べている。炎症を誘発して関節痛を発生させたとき、バレニクリンを極めて少量注射するだけで、非ステロイド系抗炎症剤と匹敵する鎮痛作用を示す。

次に脊髄に直接注入して熱に対する反応を見ると、10ヶ月後も導入した遺伝子は維持され、バレニクリンにより熱反応を抑えることが出来る。同じように、神経損傷後に起こる神経原性の痛みも抑制することが出来ている。

最後に、電圧依存性ナトリウムチャンネルの変異により痛みが持続する患者さんの iPS由来感覚神経細胞を用いて、このような遺伝的痛み感受性も抑えることが出来ることを明らかにしている。

以上が結果で、痛みという局所の神経反応であれば、光遺伝学をヒトに応用することが出来ることが示された。勿論痛みは主観的な要素も強く、本当に痛みが取れたと感じられるのか、またクロライドがいくら多いと言っても、慢性的バレニクリンしようが可能なのか、応用までに乗り越えるハードルがあるが、光遺伝学の人間への応用がいよいよ始まったと感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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