3月20日 リンパ球が小腸での炭水化物吸収を促す(3月19日 Science 掲載論文)
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3月20日 リンパ球が小腸での炭水化物吸収を促す(3月19日 Science 掲載論文)

2021年3月20日
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昨日紹介した血液での増殖ドライバー変異が、回り回って動脈硬化を促進するといった話を読むと、なんとなく風が吹くと桶屋が儲かる話を思い出してしまう。その意味では、今日紹介するイェール大学からの論文は、さらに風と桶屋の話に近い。

タイトルは「γδ T cells regulate the intestinal response to nutrient sensing(γδT cellが小腸での栄養の感知に対する反応を調節している)」で、3月19日号Scienceに掲載された。

人間を始め、多くの動物は雑食だが、人間を除くと肉食から得られる脂肪と炭水化物、草食から得られる炭水化物が同時にバランスよく摂取されることなどまずありえない。しかも、次にいつありつけるかもしれない食物を最大限に吸収するためには、入ってきた食物の種類を感知して、それに合わせた消化を行う必要がある。

今日紹介する研究は、最初炭水化物を摂取したときに、小腸の遺伝子発現がどう変化するか調べるところからスタートしている。

炭水化物を摂取させると、期待通り小腸上皮の遺伝子発現が、炭水化物の代謝に対応できるようリプログラムされる。そして、このプログラムの書き換えは、細胞がより未熟な上皮に変化することで行われ、炭水化物摂取を止めてもその細胞は維持されるが、5日サイクルで新しい細胞へと置き換わることで元に戻ることがわかった。すなわち、普通はタンパク質・脂肪型の消化システムが、炭水化物摂取で炭水化物型に変化する。

当然この感知システムは小腸上皮に備わっていると思うが、上皮だけのオルガノイド培養では、この変化は誘導できない。そこで、他の細胞が関与すると踏んで、小腸に多いリンパ球の関与がないかと、リンパ球欠損マウスを調べると、炭水化物に対する反応が低下していることを発見する。さらに、様々なノックアウトマウスを調べ、最終的に小腸の固有層に存在するγδ T cell細胞が、このセンサーの働きをしていることを発見する。

この発見が、この研究のハイライトで、その後様々な実験を重ねて、γδ T cellが炭水化物センサーとして働くメカニズムを追求しているが、風と桶屋的なごちゃごちゃした話で終わってしまっている。

概要を紹介すると、炭水化物を感知するのは上皮細胞で、Jagged2を発現すると、γδ T cell上のNotchを刺激する。また、小腸上皮のセンサー細胞であるタフツ細胞も、炭水化物に反応してプロスタグランディンを分泌してγδ T cellを刺激する。この結果、まだよくわからない経路でγδ T cellが、自然免疫に関わるILC3のIL-22分泌を抑制する。このIL-22は通常脂肪・タンパク質型食事に備えるために炭水化物型代謝を抑えているが、この経路で抑制されることで、小腸上皮が炭水化物対応型に変化する。

おそらくもう少しスッキリしたシナリオを期待して研究を進めていたのだと思うが、そうは問屋が卸さず、結局風と桶屋以上に複雑な話になってしまった。しかし、γδ T cellがないと、カーボは摂取しにくいことは間違いない。農耕へと進んで、炭水化物型の食事へと移行した人間の進化を考えると、追求しがいのある面白い問題だと思う。

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3月19日 動脈硬化にも発ガンのメカニズムが関わる(3月17日号 Nature 掲載論文)

2021年3月19日
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学生の頃は、病気を代謝、炎症、変性、腫瘍と分けて考えていた。ただ、その後それぞれの過程の分子メカニズムが明らかにされるにつれ、境界はますます不明確になってきている。特に、ほとんどの細胞に炎症メカニズムが備わっているという認識が浸透した後は、炎症はほぼ全ての領域にかぶさってきている。

当然発ガンや進展、転移に炎症が深く関わることが明らかになっているが、発ガン機構が直接炎症に関わるという逆の話はあまり聞いたことがなかった。今日紹介するコロンビア大学からの論文は、血液細胞の遺伝子変異により増殖が高まることで動脈硬化リスクが上がるという面白い研究で3月17日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「The AIM2 inflammasome exacerbates atherosclerosis in clonal haematopoiesis(クローン性の造血による動脈硬化をAIM2インフラマゾームが増悪させる)」だ。

これまで見逃していたのだが、Tet2欠損により血液前駆細胞の増殖活性が上昇すると、それにつれて動脈硬化のリスクが高まることが知られていたようだ。このTet2欠損などによる血液細胞のクローン性の増殖は、老化の指標として現在最も注目されている分野で、当然高齢者で血液細胞のクローン性増殖が増えると、動脈硬化巣に増殖性の高いマクロファージがリクルートされ、動脈硬化を悪化させる可能性は十分納得できる。

この研究では、血液前駆細胞の体細胞突然変異により、マクロファージの増殖が亢進し、これが引き金となって動脈硬化が進む可能性を研究するモデルとして、血液細胞の増殖が高まるJak2遺伝子の617番目のアミノ酸がバリンからフェニルアラニンに変異したVF変異をマクロファージに導入し、このマウスの骨髄細胞を動脈硬化が起こりやすいLDL受容体欠損マウスに移入する実験系を用いている。VF変異は白血病の原因にはならないが、かなり高い頻度で一般の人で見られる変異なので、臨床的にも重要なモデルだと思う。

結果だが、Jak2-VF変異を持つマクロファージは、早い段階で動脈硬化を発症し、さらに大きなネクローシスを伴うプラークを形成することが明らかになった。一方、例えば好中球の増殖が同じVF変異で起こっても、動脈硬化に全く影響はない。

この発見がこの研究の最も重要なメッセージで、今後大きなネクローシスを伴う動脈硬化を見た場合、血液のクローン性増殖が背景にあるかどうかを頭に置いて患者さんを見る必要があることになる。

後は、VF変異で起こってくる硬化巣の特徴と、そのメカニズムについて、主にノックアウトマウスを組み合わせた遺伝学的アプローチを用いて、

  • Jak2-VF変異は動脈硬化巣でのマクロファージの増殖を高めるだけでなく、代謝が活性化され、活性酸素によるDNA損傷まで誘導することで、AIM2インフラマゾーム依存性の炎症を誘導し、その結果IL-1βの分泌と共に、マクロファージ自体はgasdermin活性化により細胞死に陥る。このため、VF変異が関わる動脈硬化巣は、大きなネクローシスを伴う。
  • このメカニズムに基づいて、様々な介入方法が考えられるが、VF変異の場合はマクロファージ増殖と活性化のサイクルを止めるIL1β阻害が一番有効で、細胞内のインフラマゾームだけを標的にしても、マクロファージの増殖が続くため、ネクローシスは抑えられても、動脈硬化は進む。
  • これまで、Tet2欠損によるクローン性増殖に伴う動脈硬化では、インフラマゾーム(NLRP3)阻害が効果を示すことが示されており、クローン性増殖による動脈硬化の場合、ガンと同じように、増殖のドライバーを確かめて治療する必要がある。

私にとっては思いもかけない話だったが、読んでみると納得でき、この分野の新しい展開になるような予感がする。

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3月18日 手話の認識に関わる脳領域 (Human Brain Mapping 2月号掲載論文)

2021年3月18日
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人間に抽象的なシンボルを用いてコミュニケーションを可能にする言語能力が、生まれつき備わっていることを示す最も雄弁な例が、ニカラグアで親から捨てられ、何の教育も受けずに暮らしていた聾唖のストリートチルドレンが、施設に収容された時、自然にその施設全体で共有される手話が発生したことで、現在もなお言語発生の謎を探ろうと研究が続いている。この例から想像できるのは、抽象的なサインを理解するための脳領域が生まれつき存在し、言語がどのようなインプットで入ってこようと、信号はこの領域で処理され、理解されることになる。したがって、音を通して入ってくる言語も、手話などのサインを通して入ってくる言語も、最後は抽象的サインを処理する同じ領域で処理されると考えられ、両方の言語を理解する時活動する脳領域を比べる研究が続けられている。

今日紹介するドイツ・ライプチヒのマックスプランク人類認知脳科学研究所からの論文は、これらの研究から生まれた機能的MRIのデータを再解析した研究で2月号のHuman Brain Mappingに掲載された。タイトルは「Functional neuroanatomy of language without speech: An ALE meta-analysis of sign language(音を用いない言語の機能的神経解剖:手話のALEメタ解析)」だ。

当然手話を理解するとき活動する脳領域の研究は進んでおり、口頭言語と同じ領域の多くが共通に使われていることも知られている。この研究では、そのような論文で公開されている機能的MRIデータを、タイトルにもあるactivation likelihood estimation(ALE)と呼ばれる、異なる測定画像のボクセルを同じ座標に調整し直し、反応の確率マップを作成する方法を用いて、手話、身振りによるコミュニケーション、そして口頭言語を理解するとき活動する脳領域を調べ直している。

結果をまとめると、

  • 手話の認識には、言語に関わる最も有名なブロカ領域(BA44、BA45)が両側で動員され、他にもいくつかの領域が関わる。
  • BA44、BA45は当然だが、これらの領域のいくつかは口頭言語でも反応が見られる。同様に、身振りの理解に関わる領域と共通の領域も特定できる。
  • 両側のBA44、BA45が反応するが、反応の程度から、口頭言語と同じで、左脳優位の処理が行われ、特に抽象的なサインの理解に関わるBA44は完全に左脳のみ使われている。

これらの結果を総合して、手話の理解について次のようなシナリオが示されている。

聾唖の方が手話を理解するとき、視覚信号はブロカ領域を中心に両側の脳半球で処理され、そこで抽出された抽象的サインについては、左脳のブロカ領域他で処理される。特に最初の処理で動員される右脳のブロカ領域は、手話の認識にのみ働いており、口頭言語処理では、上側頭回の役割に相当する。

以上、言語に関わる脳の研究も着実に進んでいる。

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3月17日 脳血管全体を定量的に観察できる標本(4月7日号 Neuron 掲載予定論文)

2021年3月17日
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脳から血管だけを残して他の細胞を取り去った立体標本を見ると、その美しさに驚くが、各局所の実測となると、顕微鏡の観察範囲に限定されるため、毛細血管レベルの詳細に至るまで、立体血管標本を使って計測することは簡単ではない。しかし、機能的MRI では脳の神経活動を局所の血流上昇で測定しており、様々な計測が行える脳血管立体標本の必要性が高まっている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、立体血管標本を2光子共焦点顕微鏡で観察して、それをコンピュータで再構成し、脳全体の血管の構築を毛細管レベルで調べた研究で、4月7日号のNeuronに掲載予定だ。タイトルは「Brain microvasculature has a common topology with local differences in geometry that match metabolic load(脳の微小血管は代謝の必要性にマッチした局所的幾何学的違いを備える共通の立体構造を持っている)」だ。

この研究では、まず脳血管を壊さないように蛍光タンパク質で還流した後固定、こうしてできた標本を240ミクロンの立方体に分解して、2光子共焦点顕微鏡で血管の立体構築を再構築し、脳全体(約50000個の立方体に当たる)を、コンピュータで完全に結合させて、1ミクロンの解像度で分析できる、しかも全体が犯されることなく再構成された立体標本を完成させている。すなわち、立体標本は、実際に作成し、それを計測可能な標本にするため、部分観察を統合して、コンピュータ上に移していると言える。

このおかげで、毛細血管の走行や密度が脳の各箇所でどう変化しているのかなど、動的ではないが正確な測定が可能になり、脳機能の構造的背景が明らかになった。私はこの分野は全く素人だが、やろうとしたことはわかる。そして、50000個もの部分ごとに血管の完全立体標本を画像化し、さらにそれを脳全体へ再構成することがどれほど大変な作業かがわかる。

その結果、

  • ねじれが少なく、比較的ストレートに伸び、ループが小さいデザインで血管ができており、一部の毛細血管が機能しなくなっても、可塑性が維持できる。
  • これまで想像されてきたように、神経の構築に合わせて血管の分布も構築されており、これが脳領域の血管構築の違いの小本になっている。
  • 各領域で、血管の長さが調整され、実質への酸素などの供給が一定に維持できるようになっており、脳組織の酸素分圧は進化とともに低下している。

などが示されているが、実際には課題に合わせてこのデータを使うことで、脳血管の機能を深められる、発展的なプラットフォームが完成したと言えるだろう。

方法論については、ほとんど理解できていないとは思うが、全体を詳細にわたって観察し、測定したいという本当の解剖学がここにあると思う。

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3月16日 Risdiplam: RNAスプライシングを調節する画期的飲み薬(3月11日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2021年3月16日
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1型脊髄性筋症は、MSN1と呼ばれる運動神経の生存に必須の遺伝子変異により、生まれた時から筋肉を動かすことができず、ほとんどの子供が1歳までで亡くなるという悲惨な病気だ。しかし、運動神経に子供が元気に歩くところまで回復させることができる遺伝子治療法が開発され、大きな話題になった。さらに、現在利用できる2種類の治療薬の初期費用コストがいずれも1億円を越すと聞いて、医療費高騰問題のシンボルになっている。

このように、遺伝子変異による病気の場合、対応する遺伝子や遺伝子断片を導入するしか治療方法がなく、直接標的の細胞に遺伝子を導入する治療法になり、決して飲み薬で治すことなど難しいように思う。

これに対し、ロッシュ社は脊髄性筋症を治療できる飲み薬の開発にチャレンジしており、その第2−3相の治験論文が3月11日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Risdiplam in Type 1 Spinal Muscular Atrophy(1型脊髄性筋症に対するRisdiplam)」だ。

なぜ遺伝子変異による病気を飲み薬で治せるのか?

まず、SMN遺伝子はSMN1以外にSMN2が存在し、SMN1変異があっても、正常なSMN分子を合成できる。ただ、SMN2は元々イントロンの配列のせいで7番目のエクソンがスプライシングの際に飛んでしまうため、ほとんど役に立たない。このエクソンスキップを抑えることができれば、SMN2を復活させ運動神経死を防ぐことができる。実際、エクソン7近くの特定部位にアンチセンス遺伝子を結合させてエクソンスキップを抑え、機能的SMN2遺伝子を復活させる遺伝子治療が、ヌシネルセンで、髄膜注射で神経に導入する。

同じことを、小分子化合物でできないかチャレンジして開発されたのがRisdiplamで、スプライシング自体がRNAと結合タンパク質の3次元構造に基づいていると考えると、それを阻害する小分子化合物があってもいいと思うが、特異性など二の足を踏む要素が多いにもかかわらず、チャレンジを続け、2014年ついにマウスの脊髄性筋症モデルを治療できることをScience に発表した。

メカニズムを完全に特定するのは難しいようだが、2016年にNature Communicationに発表された論文では、この分子がスプライスに関わるhnRNPGがエクソン7に結合するのを阻害して、エクソン7が飛ばないSMN2分子が合成できることを示している。

Risdiplamは、その後サルを用いた前臨床研究、そして臨床研究を経て昨年8月FDAの承認を得ており、現在いくつかの治験が並行して進んでいるが、この論文では最重症の、幼児発症のケース21人について、用量を変えて毎日薬剤を服用させたオープンラベルの治験結果が報告されている。

前臨床試験から予想されたとはいえ、驚くべき結果で、この薬剤を服用することで血中のSMN2レベルが上昇、維持される。そして、治療途中で肺炎で亡くなった人を除くと、全て平均寿命の10ヶ月を超えて生存しており、最長例では3歳になっている。しかもほぼ全例自分で飲み込むことができ、全く呼吸補助を必要としていない。

この研究の最も重要な目的の一つは副作用を確かめることで、最も深刻な問題は肺炎(3人が亡くなっている)だが、もともと筋肉の働きが低下しているため肺炎は起こりやすく、オープンラベルで対照がないため、副作用かどうかはわからない。ただ、白血球減少が見られていることから、感染症には最も注意する必要がある。いずれにせよ、ほとんどの患者さんで治療が継続していることは、副作用の問題はなんとかコントロールできる範囲と考えていいだろう。

結果は以上で、科学的にはスプライシングを遺伝子特異的に飲み薬で制御する画期的な薬剤が実現したというだけでなく、RNAワールドの広がりを感じさせる。一方臨床サイドから見ると、遺伝子治療、アンチセンス治療、そして小分子化合物とレパートリーが揃った脊髄性筋症で、どの治療が最後に残るのかが問題になるように思う。飲み薬は有利なようにも思うが、一生飲み続けることを考えると、個人的には最終的に、遺伝子編集へと収束するように思う。

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3月15日 炎症性腸疾患に真菌:Debaryomyces hanseniiが関わる(3月12日号 Science 掲載論文)

2021年3月15日
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潰瘍性大腸炎やクローン病は炎症性腸疾患(IBD)と総称され、腸内細菌叢の乱れ(dysbiosis)により炎症を抑えるT細胞が減少していることが、粘膜損傷後の炎症を長引かせる結果発症すると考えられている。腸内細菌叢の重要性については、腸粘膜を損傷する実験系で、腸内の細菌叢を抗生物質で除去してしまうとIBDが発症する実験モデルが利用されるが、この場合、炎症を促進する側の要因については明確ではない。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、その要因に真菌の一種Debaryomyces hanseniiが関わることを示した研究で3月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Debaryomyces is enriched in Crohn’s disease intestinal tissue and impairs healing in mice(Debaryomycesはクローン病患部に存在し、マウスの損傷治癒を障害する)」だ。

この研究で炎症促進要因としては最初から真菌に焦点を絞っている。抗生物質投与と粘膜損傷を組み合わせたIBDモデルに、一般の抗炎症剤を投与してもIBDを抑えることはできないが、アムホテリシンBと呼ばれる抗真菌剤を投与すると、損傷治癒が正常化し、IBDが起こらないことを発見する。すなわち、真菌が炎症促進に関わることを明らかにした。

そこでマウスのIBD病巣部の真菌について調べ、IBD発症群前例でDebaryomycesがほぼ100%を占めることを発見する。また、Debaryomycesは抗生物質処理で上昇することから、細菌叢によって通常抑えられているのが、細菌叢除去で増殖し、炎症を誘導すると考えられる。

次にDebaryomycesがIBDの原因であることを明らかにするため、正常マウス(抗生物質処理をしない)にDebaryomycesを食べさせる実験を行い、Debaryomycesだけで損傷が起こること、さらには硫酸デキストランで誘導する腸内損傷の修復が抑制されることを示している。

次に、炎症が誘導されるメカニズムを調べ、Debaryomycesがマクロファージに貪食されることで、TLR3などを介して自然免疫反応が誘導され、1型インターフェロンが誘導され、CCL5ケモカインを介して白血球浸潤が続き、修復が抑えられIBDが発症するシナリオを示唆している。

最後に、実際のクローン病患者さんの組織を培養や遺伝子検査で調べ、クローン病患者さんのみでDebaryomycesの比率が上昇していること、病巣から分離したDebaryomycesによりマウスの損傷治癒が遅れること、そしてそれをアムホテリシンBで抑制できることを示し、Debaryomycesが人間のIBDの原因になっている可能性を示している。驚くことに、患者さんの血中にはDebaryomycesに対するIgA抗体の上昇が見られ、さらにこのレベルとCCL5レベルが相関するらしい。

以上の結果は、腸内細菌叢は炎症を抑制するT細胞を誘導するだけでなく、Debaryomycesの増殖を抑えることで、腸内の炎症抑制に関わっているが、これが乱れると、Debaryomycesが増殖して、IBD発症の引き金を引くという可能性を示している。

シンプルなシナリオで、しかも様々な介入点、抗真菌剤、CCL5などが示されているので、人間で検証することは容易だろう。ぜひIBD治療の切り札を開発して欲しい。

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3月14日 B細胞を標的とする抑制性T細胞の分子メカニズム(4月1日号 Cell 掲載論文)

2021年3月14日
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免疫反応はただ強ければいいと言うものではなく、必要な時に一定期間反応が起こればいい。このため、免疫が高まりすぎると、それを抑える仕組みが働く。本庶先生が発見したPD−1もそのメカニズムの一つだが、T細胞免疫に関して言うと、現在大阪大学の坂口先生が発見した抑制性T細胞(Treg)が主役になる。

現役の頃はTregも一種類で、全ての反応をT細胞のバランスとして捉えれば済んでいたのだが、研究が進むと、B細胞を標的にする免疫反応が起こる濾胞に存在するTreg言い換えればTfrが発見され、自己免疫などを抑えることがわかってきた。

今日紹介するオーストラリア・ジョンカーティン医科大学からの論文は、Tfrがneuritinという分子を介してB細胞免疫を調節することを発見した論文で、4月1日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Follicular regulatory T cells produce neuritin to regulate B cells(濾胞抑制性T細胞はB細胞を調節するためにneuritinを分泌する)」だ。

この研究ではTfr分化に必須のBcl6分子をTregで欠損させてTfrが欠損したマウスを作成し、このマウスではこれまで示されてきたように、自己抗体が高まり、IgEやIgAへのクラススイッチが高まる。またB細胞分化でみると、プラズマ細胞への分化が亢進していることがわかった。

すなわち、Tfrがこれらを抑制していることが明らかになったので、次にその分子メカニズムを探るため、Tfr細胞をT細胞を標的とするTfh細胞で発現遺伝子を比べ、Tfrに強く発現している分子の中で、リンパ節のT細胞とB細胞領域の境界に存在するTfrに特に強く発現しているNeuritinに着目する。

試験管内でヒトT/B相互作用システムにNeuritinを加えると期待通りNeuritinはB細胞内に取り込まれ、特にプラズマ細胞への分化が抑制される、またIgE産生を抑制することを明らかにする。残念ながらneuritinの受容体についてはまだ明らかになっていないが、B細胞に結合するとすぐに細胞質へと移行し、mTORをはじめ様々なシグナル分子をリン酸化して、B細胞の活動調節をしていることを示している。

最後にNeuritinをFox3陽性Tregからノックアウトする実験を行い、ほぼTfr欠損マウスと同じように、IgEのレベルが高まり、胚中心でのプラズマ細胞への分化が高まり、自己抗体の産生が上がること、またこれらの異常をneuritinを投与することで抑制できることも示している。

以上が主な結果で、これまで抑制性T細胞というとIL10やCTLA4をエフェクター分子として使っていると考えてきたが、

  • TfrはB細胞を標的にする制御性T細胞で、IL10やCTLA4ではなくneuritinを分泌することで抑制機能を発揮する。
  • Neuritinは胚中心でのプラズマ細胞への分化を抑制することで、自己抗体の産生をおさえ、必要な抗原にだけ反応するまでのB細胞の成熟を支える。
  • IgEへのクラススイッチを抑えてアナフィラキシーを防ぐ。

を明らかにした。

今まで発見されなかったのが不思議なぐらい、面白い分子で、しかも細胞内でその機能を発揮して様々な分子のリン酸化を調節しているとしたら、全く新しい分野につながる重要な発見だと思う。おそらく、新型コロナ感染を考える上でも重要な気がする。

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3月13日 新型コロナウイルスのアミノ酸欠損型変異 (3月12日 Science 掲載論文)

2021年3月13日
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新型コロナウイルス(Cov2)は、ウイルスとしては巨大なゲノムを持っており、しかも30以上の機能的分子が必要なため、変異が起こるとウイルスの活性がすぐ失われるので、RNAポリメラーゼ複合体には、nsp14のようなミスマッチを検出して切り出し、校正するプルーフリーディング機構を持っている。実際、この分子が変異したウイルスでは、変異の数は20倍増えることが知られている。

一方最近世界が警戒を強めているイギリス型変異や、南アフリカ型変異では、スパイクだけでも10種類近くの変異が起こっている。なぜプルーフリーディング機構を持つコロナウイルスでこんなに変異が蓄積するのか不思議な気がする。ただ、イギリス型にしても、南アフリカ型にしても、長期間感染した人の中で複製を繰り返した後現れたと考えられており、しかもプルーフリーディングでは修復しようがない欠損を有している。

考えてみると、ゲノムと発現タンパク質が一致している我々の細胞と違い、ウイルス粒子のゲノムと発現している分子は必ずしも一致しない。すなわち、複製と翻訳が別々に行われて、その後パッケージされて出てくる。従って必ずしも欠損が感染力を落としたとしても、変異株は感染できるし、一つの細胞の中で組み換わったり様々な変異が蓄積できる。

この可能性を示す論文がピッツバーグ大学から3月10日号のScienceに掲載された。タイトルは、「Recurrent deletions in the SARS-CoV-2 spike glycoprotein drive antibody escape(SARS-CoV-2スパイク糖タンパク質の繰り返す欠損が抗体作用を回避する)」だ。

この研究では、免疫抑制があるガン患者さんが長期間にわたってCov2を排出し続けた症例(同じような症例は昨年紹介したことがある:https://aasj.jp/news/watch/14412)について、診断後72日目のウイルスを調べたところ、スパイクタンパク質N末端ドメインに2種類の欠損変異があることの発見から始まっている。さらに同じような患者さんのデータをデータベースから調べると、感染が長い場合には多くの例でやはり欠損が見られているのが明らかになった。

あとは、世界中のデータから、スパイクタンパク質遺伝子で繰り返して見られる欠損(RDR)を分類し、繰り返し欠損が起こっている領域を4種類特定、

  • 全ての変異は一回きりではなく、現在進んでいるパンデミックの全ての時点で繰り返し起こっている。
  • それぞれの領域は変異の多様性で異なり、RDR2、RDR4では変異が多様だが、RDR1、RDR3では制限があり、RDR3のほとんどは3アミノ酸欠損。
  • RDR2、RDR4は世界に広がる様々な変異系統で認められる。一方、RDR1、RDR3が起こる系統には強い偏りがあり、これに対応して地理的にも偏りがある。
  • このような中から感染性の高い系統が急速に広がる。
  • RDR1、RDR3での欠損は一つのモノクローナル抗体(4A8)に対する反応に大きな影響はない。一方、RDR2、RDR4あるいはRDR1+RDR2欠損では、同じ抗体の結合性が低下する。

以上が結果で、プルーフリーディングの効かない欠損変異、及び1人の患者さんの中で様々な変異が共存することで、抗体が効きにくい新しい系統が生まれる可能性を示した重要な研究だと思う。

この研究は現在問題になっている英国株などの欠損変異が特定される以前に始められた研究である点が重要で、欠損変異がACE2結合性を維持しながら抗体を回避し、進化する過程を研究することで、今後の変異を予想することも可能になるかもしれない。

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3月12日 遺伝子操作で痛みをとる(3月10日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年3月12日
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様々な原因で長く続く痛みは、肉体的にも精神的にも私たちを疲弊させてしまう。このため、痛みをとるという技術は、医療にとって最も重要な技術で、これまで様々な方法が開発されてきた。しかし、今もなお慢性的な痛みのスタンダードが麻薬であることをみると、この分野の薬剤開発の進展が遅いことを示している。

しかし、局所原因に起因する慢性痛の伝播については研究が進んでおり、voltage dependent Na チャンネル、特にNav1.7が重要な働きをしていることがわかっている。実際、局所麻酔に使うリドカインはこの分子を標的にしているが、効果は短い。また、これまで開発された薬剤は、Nav1.7以外のvoltage gated Naチャンネルにも結合することから、副作用の問題を抱えていた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校から発表されたNav1.7遺伝子発現を抑制して痛みを抑えるという論文を読んで、なるほどこの手があったかと感心した。タイトルは「Long-lasting analgesia via targeted in situ repression of NaV 1.7in mice (局所的なNaV1.7発現抑制による長期の鎮痛作用)」だ。

確かに、持続的な痛みの原因が局在している場合は、局所を支配する感覚神経のNav1.7発現を抑えてしまうのが最も効果的治療なのは十分納得できる。この分子の変異で無痛症になる人もいるが、生命機能には影響しないこともわかっている。事実、これまでmiRNAを用いたり、shRNAを用いて治療する試みは進められていたようだ。

今日紹介する研究は、ストレートにNav1.7 mRNAを抑えるのではなく、Nav1.7遺伝子領域に結合して遺伝子発現を抑制する一種エピジェネティックな方法をとっている。具体的には、切断活性のないCas9に遺伝子抑制活性のあるKRAB遺伝子を結合させたキメラ分子と、Nav1.7遺伝子を標的にするためのガイド遺伝子を導入する方法、及びNav1.7遺伝子に直接結合できるよう設計したZinc FingerにKRABを結合させたキメラ分子を作成し、それぞれの遺伝子を神経指向性があるAAC9ベクターに組み込んで、脊髄に髄膜内投与し、様々な痛みを抑制できるか調べている。

マウスに脊髄髄膜注射を行っているのには驚くが、結論は明確で、どちらの方法でも様々なタイプの痛みを抑制することができる。また今流行のCas9と比べたとき、標的遺伝子との結合が上手く設計されて居れば、zinc fingerも十分な効果を発揮するし、AAV9ベクターにもパッケージしやすい。さらに驚くのは、鎮痛効果が持続することで、AAV9ベクターはゲノムに組み込まれないものの、zinc fingerの場合なんと300日も効果を発揮している。

今後は、RNAを直接標的とする方法との比較になるが、遺伝子発現のレベルでNav1.7を抑制する方法は、特に局在する慢性の痛みを断つ方法として、将来最も普及することを予感させる結果だ。期待したい。

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3月11日 哺乳動物精子間の競争を高めるメカニズム(3月5日号 Science 掲載論文)

2021年3月11日
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精子が卵子に我先に向かう写真は、生存競争が精子レベルから始まっているとの印象を与え、またなるほどと納得してしまうのだが、哺乳動物の精子の場合、独立した細胞になった後は、新しい転写はほとんどないし、翻訳もミトコンドリアのシステムを使って細々とできる程度だ。したがって、精子間の競争、すなわち発現分子の優劣を発揮するためには、競争に関わる分子が早い段階で精子に分配されている必要がある。

今日紹介する米国ボストンにあるOhana Biosciencesという組織からの論文は、減数分裂をした精子同士が細胞質で繋がっている段階に、減数分裂後のそれぞれの核から転写されたmRNAの一部を他の精子へと移行させないことで、精子間の競争を促す仕組みを明らかにした研究で、3月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Widespread haploid-biased gene expression enables sperm-level natural selection (広範囲に広がるハプロイドにバイアスがかけられた遺伝子発現により精子レベルの自然選択が可能になる)」だ。

減数分裂後の精子はまだ細胞質が繋がっているが、この時期の精細胞と細胞質の結合が消失した精子を、それぞれの染色体がSNPで区別できるF1マウスから採取、それぞれの段階でどちらの遺伝子が発現しているかをsingle cell RNA seqで調べている。

すると、なんと41%もの遺伝子が、転写された核を持つ側の精子に分布していることがわかった。次に、なぜ細胞質が繋がっているのにこんなことが可能かを調べると、核内に残るmRNAは別として、転写された側の細胞に残る遺伝子の多くは、細胞質の結合部をシャトルしてmRNAを輸送するRNA結合タンパク質との結合部位が欠損していることを見出している。また、このメカニズムは、マウスだけでなく、サルや人間でも保存されているが、面白いことにその数は人間では少ない。

すなわち、かなり多くの遺伝子が転写された側の精子に残り、原理的に精子間の競争に関わることができる。もしこの精子間の競争が、進化上重要な役割を演じているなら、その遺伝子は当然強い選択にさらされることになる。そこで、各遺伝子の選択圧を配列から計算すると、確かに転写された核側に残る遺伝子は、より強い選択圧にさらされている。

面白いことに、このような遺伝子ほど遺伝子機能欠損変異は生命に関わる。また、マウスではこのような遺伝子は精子特異的に発現しているものが多いが、人間ではその傾向は見られない。

このようにmRNAの他の精子への移行を抑制する機構があることは分かったが、自然選択に関わるためには、タンパク質の方も同じ精子にとどまる必要がある。タンパク質は細胞質を素通りすることから、これが可能になるためには、細胞質の結合が切れる直前に翻訳が起こる必要がある。実際調べてみると、予想通り、精子間の選択に関わる遺伝子では、翻訳が遅れて起こることで、タンパク質が不均一に分布できるようになっていることがわかる。

結果は以上で、ではそれぞれの遺伝子がどう精子間競争に関わり、さらにこのような精子間競争の仕組みを使う遺伝子が、生死だけでなく多くの細胞に広く発現しているのか、まだまだ調べる必要がある。しかし、わざわざ細胞質間のシャトルに乗らない仕組みが保存されていることは、面白い話がまだまだ隠れていることを匂わせる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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