1月27日 肺魚のゲノム(1月18日 Nature オンライン掲載論文)
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1月27日 肺魚のゲノム(1月18日 Nature オンライン掲載論文)

2021年1月27日
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2年前まで在籍していたJT生命誌研究館に入ると、まず2匹の大きな肺魚が客を迎えてくれる(https://www.brh.co.jp/exhibition_hall/hall/lungfish/)。そのうち1匹は、さらに以前に在籍していたCDBの竹市先生由来なので、肺魚には特別の親しみを感じる。ただ好みの問題を超えて、肺魚は脊椎動物の上陸作戦を知る上で重要な動物だ。陸上で歩くための四肢の原型が生まれ、さらに陸上で呼吸するための肺が最初に進化した。おそらく、上陸が始まった4億年前に同じ様な魚が存在したと考えられ、実際に化石も残っているが、現存の肺魚はたった6種類しか残っていない。

いずれにせよ、陸上への適応を考える上で極めて重要な動物だが、ゲノム解析は進んでいなかった様だ。今日紹介するドイツとオーストリアの数カ所の研究所が共同で発表した論文は、この肺魚のゲノム解析で、1月18日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Giant lungfish genome elucidates the conquest of land by vertebrates(巨大な肺魚のゲノムから脊椎動物の上陸作戦が明らかになる)」だ。

最近動物や植物の全ゲノムを初めて解析したからといって、なかなかトップジャーナルに掲載されることはない。そんな珍しい例となったこの論文を読んでいくと、肺魚のゲノムがNatureに掲載されたのが、進化的に重要な位置にあるだけではないことがよくわかった。

まずゲノムの大きさが半端ではなく、ヒトゲノムの14倍近くある。14人倍シークエンスを読めばいいと思う人もいると思うが、ほとんどお手本のない人間の14倍もあるゲノムを決めるなど、想像を超える事業だ。実際、普通の次世代シークエンサーとはことなり、一本のDNAを端から順番に読んでいくナノポアテクノロジーを使って長いスパンの配列を決定し、そこから全体のゲノムを再構成している。ナノポアを使って、PacBioのテクノロジーを使わなかったのもおそらく私には想像できない意味があるのだろう。結果、これまで動物の中で最も大きなゲノムとして知られていたアホロートルのゲノムより3割も大きな、31120個の遺伝子と、17095個のノンコーディングRNA、そして1042個のtRNA, 1771個のrRNA、そして3974個のmicroRNAを含む43Gbのゲノムがほぼ明らかになった。

確かに遺伝子やmicro RNAはヒトより多いが、14倍というゲノムサイズの違いから考えると、差はほとんどなく、コードされた遺伝子とは異なる部分の大きさがこの大きな差を作っている。その原因の一つは、イントロンが異常に大きいことだが(最大のものはDMBT1遺伝子の第一イントロンの5.8Mb)、それよりも何よりも現在も活動しているトランスポゾン、特にLINEと呼ばれるトランスポゾンが増大して、大きなゲノムを作っている。しかし、これを除くと、ゲノム構造は脊髄動物共通の構造(シンテニー)をとっている。

もちろん、上陸作戦で新たに起こったゲノム変化についても見ているが、正直いって表面を引っ掻いたという程度の結果で止まっているが、ゲノムをみるだけではわからないことも多く、今後の研究が必要だ。とりあえず示された結果を以下に列挙しておく。

  • 259種類の肺魚への進化で変化した遺伝子を明らかにしているが、その多くはメスの生殖に関わるエストロジェンなどの遺伝子。上陸と雌の生殖システムの変化はこれまで考えたこともなかったので、面白そうだ。
  • 肺の進化と共にshhの発現が、両生類型に変化する。また、肺を膨らませるサーファクタント遺伝子が進化する。
  • フェロモンを感じる鋤鼻の匂い受容体の数が増え、陸上での匂い受容体の進化の前触れになっている。
  • 四肢の発生に必須の転写因子Sall1発現パターンは肉鰭類の中では最も四肢動物に近く、またHoxc13の発現パターンもアホロートルに近づいている。
  • Hoxdクラスターのサイズは哺乳動物より大きいが、これはhoxd12以降に長いイントロンが存在するためだが、d8-d11についてはほとんどアホロートルと同じで、肺魚がルーツであることがわかる。言い換えると、アホロートルは肺魚と四肢類のちょうど中間で、その結果d13の発現場所については、アホロートルは肺魚に近く、カエルとは異なる。

以上が結果で、進化の道筋という点ではまだまだ断片的だ。ととはいえ、ただ努力賞の論文というだけでは決してなく、今後の大きな財産を残せた研究だと言える。この大きなゲノムにおじけづかず、果敢に上陸作戦の進化にチャレンジする研究者が出ることを期待したい。

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1月26日 乳ガン治療の新しい可能性(1月18日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年1月26日
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乳ガンというと、ガンの中でも予後が良いと思われているし、それは正しいのだが、21世紀に入って乳ガン治療は様変わりした。手術が可能な症例も、少し顔が大きいと、まず抗ガン剤を用いるネオアジュバント治療を行い、腫瘍を縮小させた後手術、そしてその後も放射線、抗ガン剤と徹底的にガンを叩く。これは徹底すれば徹底するほど、再発を防げることがわかっているからだ。治療を受ける患者さんからすると、何もここまでしなくてもと思われると思う。しかし、ステージIIIになると10%以上の人が再発するし、血中のガン細胞の数を調べる検査で乳ガン細胞が速いステージから血中に流れているのをみると、医者の立場からは念には念を入れたくなるのも当然だ。

ただ、この様な徹底的な治療は、副作用がなく高い効果が期待できる薬剤があれば負担はへる。今日紹介するオーストラリア・アデレード大学からの論文は、エストロジェン依存性乳ガンの増殖を男性ホルモン受容体(アンドロジェン受容体AR)の刺激が強く抑制することを示した研究で1月18日号Nature Medicine に掲載された。タイトルは「The androgen receptor is a tumor suppressor in estrogen receptor–positive breast cancer(アンドロジェン受容体はエストロジェン受容体陽性乳ガンを抑制する)」だ。

男性と女性の2次性徴は男性ホルモンと女性ホルモンとのバランスで決まる様に、両ホルモンは拮抗する作用を持っている。このため、男性ホルモン依存性が強い前立腺ガンは、現在も抗アンドロゲン剤を投与するとともにエストロジェンなどの女性ホルモンを投与することがあるが、乳がんでも随分昔にはアンドロジェン剤を投与して女性ホルモンと拮抗させることが行われていた。ただ、男性化作用が強いのと、エストロジェン受容体阻害を含む優れた治療法が開発されて、男性ホルモン剤の使用は廃れてしまった。

この研究は、男性化作用が少ないアンドロジェン刺激剤が開発されてこともあり、もう一度アンドロジェン剤を見直してみようと考えて始められた。まず確認のために乳ガン患者さんの組織サンプルでAR発現を調べると、ARの発現が高いほど予後が良い。

次に、手術摘出された患者さんのガン組織を立体培養し、AR刺激剤を加えると、ガンの増殖が抑え得られることを確認している。ARもERも共に核内受容体で遺伝子調節領域に直接結合するので、AR刺激による抑制効果のメカニズムを調べるために、AR、ERの結合部位をそれぞれの刺激剤の存在下で調べると、ER結合領域がAR刺激により大きく変化し、その結果ガンの増殖に関わる分子の発現が低下し、さらにARが乳がんの増殖を抑える遺伝子を発現させる多元的な効果を発揮できることを示している。

そして、このER、AR結合部位の変化が、転写のコファクターp300やSRC3をARとERが競合する結果であることを示している。すなわち、ARが活性化されることで、p300/SRC3がARの方に吸い上げられ、その結果ERの作用が弱まることになる。

同じことはER阻害剤でも起こるはずだが、ARで競合させる場合は何百という遺伝子発現の変化による多元的な効果が集まっているため、耐性が現れにくく、長期間効果を維持することができる。

最後に、人間の乳ガンを移植したマウスモデルで、様々なAR刺激剤が乳ガンを抑制する効果を示すこと、ER阻害材に抵抗性を獲得した再発癌にも効果があること、現在使われ始めたCDK4/6阻害剤との併用でも強い効果を示すことを示している。

以上が結果で、ER陽性乳ガンの増殖にはERにより誘導される遺伝子が必要だが、ここに刺激されたARが割って入ると、p300/SRC3がARにとられて、ERの結合が低下すると共に、AR結合により活性化されるガン抑制分子が発現し、その全体の効果がガン増殖を抑制するというシナリオが示された。

明日からでも実際の症例を用いた治験が可能な結論で、基礎的な検討を読んだ後での個人的印象としては結構いける様な気がする。期待したい。

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1月25日 低炭水化物のケトン食と低脂肪食の比較(1月21日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年1月25日
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今日のお昼2時から、難治性てんかんの子供さんをお持ちの保護者の方と、ケトン食についてzoom 勉強会を行い、その模様をそのままYoutube配信する予定だ(https://www.youtube.com/watch?v=f8En4tBse6o)。実際文献を集めてみると、様々な難治性てんかんに、かなりの効果を挙げている。ただ、ケトン食はカロリー制限でも、断食でもなく、一種体の代謝を変化させてケトン体を高いレベルで維持し、代謝だけでなく、ケトン体自体の細胞シグナルやエピジェネティック調節を変化させる力がある。従って、かなり高度な医療と言えるが、これを指導してもらえるクリニックはそう多くない。ぜひ保護者の方と話し合って、いいアイデアが出て来ればと期待している。

今日の勉強会にふさわしい論文はないかと探していたら、タイミングよく1月21日Nature Medicineにオンライン掲載された米国衛生研究所からの論文を見つけたので、紹介する。タイトルは「Effect of a plant-based, low-fat diet versus an animal-based, ketogenic diet on ad libitum energy intake(自由に摂取させた植物ベースの低脂肪食と動物ベースのケトン食の比較。)」だ。

最近食に関する論文が急速に増えているのを感じるが、読んでみるとこんなこともわかっていなかったのかと驚くことが多い。正確に低脂肪食とケトン食の比較をすることがこの論文の目的だが、裏返すとそんなこともできていなかったのかと意外だ。

読んでみると、一定数の人間を長期間拘束し、決まった食事を取らせるということ自体が難しい。この研究では21人のボランティアをなんと28日間も入院させ、低脂肪食2週間/ケトン食2週間、あるいはケトン食2週間/低脂肪食2週間とったときの、体重、エネルギー、脂肪、糖代謝などを詳しく調べ、それぞれの食事の効果を調べている。食事の内容は厳しくコントロールするが、量に関しては自由に食べさせるプロトコルを採用している。

結果は膨大で、しかも何か明確な結論があるというより、詳細なデータが得られたといった論文なのでまとめるのは難しい。とりあえず面白いと思った点だけを箇条書きにする。

  • 最も驚くのは、ケトン食では摂取するカロリー量はかなり高いにもかかわらず、体重の低下は低脂肪食と同等か、それ以上に見られる点だ。すなわち、脂肪を多く摂取し、エネルギー摂取量が多くなるケトン食でも、体重を減らすという意味では機能する。
  • インシュリン分泌量や食後血糖などで調べると、低脂肪食を続けると、当然のことながら、インシュリンの分泌は上昇し、血中グルコースも上がる傾向にある。
  • しかし、インシュリン抵抗性をみる耐糖能試験では、ケトン食がインシュリン抵抗性を高めている。
  • ケトン食をスタートすると、1週間でケトン体の一つβ-hydroxybutyrateが上昇する。

などが気になった。

要するに、食事で何かを達成することがいかに複雑な課題で難しいかがわかった。例えば、ケトン食は低脂肪食と比べるとはるかに植物繊維が少ない。従って、子供に使う場合は、腸内細菌の発達も考える必要が出てくるなどなどだ。栄養学というと、医学から弾き出された感じがあるが、21世紀に入って間違いなく再度重要な医学分野に躍り出たことは間違いがない。

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1月24日 過敏性腸症候群を実験的に再現する(1月13日 Nature オンライン掲載論文)

2021年1月24日
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症状の程度は様々だが、過敏性腸症候群と診断を受けた人は、かなり多いのではないだろうか。特に潰瘍や細胞浸潤を伴う炎症のようなはっきりした病理所見がないのに、腸の運動が更新して腹痛や下痢を訴える病気で、これまで自律神経の反応の問題と片付けられてきたように思う。

今日紹介するベルギー・Leuvenカソリック大学からの研究は、全てではないにしても過敏性腸症候群(IBS)が、食品に対するIgEによる1型アレルギー反応が原因である可能性を、臨床的、実験的に示した研究で1月13日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Local immune response to food antigens drives meal-induced abdominal pain(食物抗原に対する局所免疫により食事に伴う腹痛を誘導する)」だ。

まず読んでいて20世紀を思い出す極めて古典的な免疫研究が、Natureに掲載されたのに驚いた。おそらく、この病気の患者さんが多いのに、明確な原因がはっきりしていなかったからだろう。

この研究では、IBSの多くの患者さんが、発症前に細菌性の腸炎を起こした経験を持つことに注目して、食物抗原と細菌感染が重なると、食物抗原に対するトレランスが破綻し、食物抗原に対する局所的な1型アレルギー反応が成立し、IBSが発症するという仮説に基づいて、まずマウスでIBSを再現することを試みている。

結果は期待通りで、マウスの腸の動きをモニターするトランスミッターを埋め込み、IBSをリアルタイムでモニターできるようにし、このマウスにCitrobacter rodentiumを感染させ大腸炎を誘導し、同時に卵白アルブミン(OVA)を経口摂取させると、OVAを摂取するたびにIBSが再現できる。重要なことは、このアレルギー反応が局所的で、皮膚にOVAを注射しても、反応は起こらない。

重要なことは、IBSと同じで病理学的にも炎症所見は少ない。そして、IgEに対するモノクローナル抗体を投与すると症状を抑えることができるし、逆にOVAに対するIgE抗体を投与しておくと、同じ症状を誘導できる。すなわち、症状は全て食物抗原に対するIgEによる1型アレルギーであることがわかる。これを裏付ける様に、腸管に存在するB細胞のレパートリーを調べると、OVAに対するIgEを産生している細胞が存在する。

以上のことから、感染と抗原感作が重なると、局所で抗原特異的IgE合成経路が成立し、これがマスト細胞と結合して、抗原が入ってきた時にマスト細胞からヒスタミンをはじめ様々なメディエーターが分泌され、これが痛み受容体の閾値を下げて、腹痛を誘導し、また自律神経に働き腸の動きを亢進させるというシナリオが成立した。他にも、このトレランスの破綻と持続的IgE産生システムの成立に、細菌が持つスーパー抗原が関わることも示しているが、詳細は省く。要するに、IBSをかなり正確に再現できるモデルが完成した。

この分野をフォローしているわけではないので間違っているかもしれないが、病気モデルを初めて作ったという点では高く評価できる。ただ、これだけではNatureに採択されなかったのではないだろうか。著者らも、モデルの完成に満足することなく、最後にこのモデルの妥当性を、IBSと健常人を使った一種の人体実験で確かめている。すなわち、直腸鏡を用いた抗原チャレンジテストを行い、自分では食物アレルギーを認識していないIBSの患者さんだけで、様々な食物抗原に対する反応が見られること、この反応がマスト細胞を介していること、バイオプシーでIgEが結合したマスト細胞が神経端末の近くに存在することを明らかにし、モデルマウスでのシナリオが人間でも起こっていることを示している。

残念ながら、IgE産生するB細胞の数は健常人と患者さんで差がなかったので、局所が腸管免疫組織を含む局所化、あるいは粘膜直下をさすのかなど、今後調べる必要があるが、これまで実験的に示されたことがないなら、重要な貢献だと思う。しかし、直腸鏡を用いる抗原チャレンジテストまでやってのける執念には脱帽。

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1月23日 白血球の糖代謝を正常化させてボケを防ぐ(1月20日 Nature オンライン掲載論文)

2021年1月23日
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老化に細胞ストレスと、それが原因の慢性炎症が関わっていることはほぼコンセンサスができている。先日紹介した東大中西さんたちの研究は、この原因になる老化細胞を積極的に除去して、全体を若返らせるSelnolysisの考えに基づいているが、これ以外にストレスや炎症を抑えるという方法も開発が進んでいる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、白血球の炎症を止めることで脳の老化が抑えられることを示した研究で1月20日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Restoring metabolism of myeloid cells reverses cognitive decline in ageing(骨髄細胞の代謝を元通りにすると老化による認知機能の低下を防げる)」だ。

この研究ではまず炎症メディエーターの一つプロスタグランジンE2(PGE2)が高齢化のマーカーになると決めて、血中マクロファージのPGE2を65歳以上と、35歳以下で比較すると、高齢者では倍以上高いことを確認する。

次に血中マクロファージをPGE2で刺激すると、EP2 受容体を介したシグナルを通して、刺激に応じて糖の分解が低下し、ミトコンドリアの酸素消費が低下する。その結果、ミトコンドリアが肥大化し、密度が高まる。このような代謝の変化はEP2の阻害剤で抑制することができ、糖代謝やミトコンドリアの状態を若いレベルに戻すことができる。

そこでCD11陽性骨髄系細胞だけでEP2をノックアウトしたマウスを作成し、高齢化に伴う脳機能は元に戻るか調べると、海馬の長期増強が正常化し、様々な記憶力テストが改善することを示している。EP2は全身に発現しているが、認知改善効果は骨髄細胞の代謝を直すだけで達成できる。

糖代謝については詳細な解析を行い、EP2刺激で糖代謝をグリコーゲン合成へとシフトさせ、糖分解からミトコンドリアでの呼吸回路が低下すること、その結果一種の低酸素ストレスが生まれ、炎症性サイトカインが分泌されるというシナリオを示している。普通は、糖経路がダメな場合、グルタミンやピルビン酸などを用いてエネルギーに使うのだが、高齢者の骨髄細胞ではこれができず、もっぱらブドウ糖だけに依存している。従って、EP2を抑制し、糖分解を戻すことはストレスを除き、炎症を抑えるのに大きな効果がある。

最後に脳にも移行するEP2阻害剤を投与する実験を行い、EP2シグナルを抑えると脳内のミクログリアの代謝も改善し、認知機能が正常化することを示している。

結果は以上で、認知機能を阻害する慢性炎症にマクロファージなどの骨髄細胞の老化が大きく関わっており、この糖代謝を糖分解の方向へ戻してやれば、ミトコンドリアにかかるストレスが低下して、炎症状態が改善し、炎症性サイトカインの分泌が低下させて、認知機能も戻せるという結果だ。

骨髄細胞というちょっと中途半端な用語を使って、脳ではミクログリアが最も重要なのかどうかがボカされている気はするが、全身へのEP2阻害剤による認知改善効果はあるので、結構期待できそうだ。ただ、EP2受容体は神経細胞を含む様々な細胞で発現しており、実際の臨床に使えるかどうか問題も多い様に思う。

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1月22日 母親の炎症から胎児を守るメカニズム(1月15日号 Science 掲載論文)

2021年1月22日
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ある時、米国の健康保険システム(KP)の研究所から発表された妊娠時に受けたインフルエンザワクチンの子供への影響を長期的に調べた研究を読んで驚いたことがある。健康保険システムでは、医療保険を払う側と、健康管理や医療提供側が一体化しており、従って会員が健康であるほど利益が上がる。当然、妊婦さんについてもワクチンを受けてもらいたいというインセンチブが働く。結論は喘息や自閉症など様々な疾患について、インフルエンザワクチン自体は影響がないというものだったが、驚いたのはこのコホートに参加した妊婦さんたちの内訳で、25%がマスター以上の学位取得とあった点だ。これは、この健康保険組合が富裕層に傾いた構造になっていることを示すが、それとともにワクチン接種には自ら情報を収集し、それに基づいて決断するという過程が重要で、そのための教育の重要性を示していると考える。

いずれにせよ、妊娠時に感染症にかかると胎児に様々な問題が起こることは事実で、ウイルス感染の場合、現在それを防ぐのはワクチンかソーシャルディスタンスしかない。とはいえ、長い進化の過程で、この様な状況から胎児を守る方法も進化しているはずで、今日紹介するデューク大学からの論文は、これにエストロジェンシグナルが関わることを示した面白い論文だ。論文のタイトルは「GPER1 is required to protect fetal health from maternal inflammation(GPER1は母親の炎症から胎児を守るのに必要)」で1月15日号のScienceに掲載された。

母親の炎症シグナルの重要な経路は、1型インターフェロン(IFN)を介しているので、この研究では人間の上皮細胞を用いてCRISPR/Cas9ノックアウトスクリーニングを行い、IFNシグナルを抑える分子を探索し、エストロジェンのなかでもエストラジオールに反応する受容体GPER1がIFNシグナルを抑えていることを発見する。

エストラジオールで誘導され、炎症を抑えるという意味ではまさに目的に合致した分子と言え、この分子に焦点を当てて実験を行い、

  • GPER1はエストラジオールを介してインターフェロンシグナルを抑制するが、細胞自体の生存には影響がない。また、この抑制効果は特異的阻害剤G15で完全にキャンセルできる。
  • 母体にインフルエンザを感染させる実験システムで、GPER1を阻害すると、胎盤特異的にインターフェロンシグナルにより誘導される様々な分子の発現が上昇する。組織学的には、胎盤の血管内皮の脱落が見られる。
  • 妊娠中にGPER1の機能を抑制すると、それだけではほとんど影響ないが、インフルエンザ感染マウスでは、出生仔数が低下する。
  • Poly(I:C)アジュバントで妊娠マウスの炎症を誘導する系でも、炎症により誘導される出生仔数の減少がさらに悪化するとともに、胎児死亡率も大きく上昇する。

ことを明らかにしている。

結果は以上で、胎児を母親の炎症から守る仕組みの一端が明らかになった。このメカニズムははっきりしないが、転写レベルでの調節で、さらなる標的を見つけるためにも今後の研究が必要だ。幸い、GPER1に対する特異的阻害剤G15は、他のエストロジェン受容体には影響しないので、母親に炎症が見られる時など、その影響を軽減するために利用される可能性は高い。

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1月21日 うつ病の脳内刺激治療を個別化する (1月18日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年1月21日
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うつ病の治療として、脳領域を直接電気的に刺激する深部脳刺激や、あるいは外から電磁場を照射する経頭蓋磁気刺激療法が使われる様になり、薬剤の効果が全く見られない症例に効果があることが分かってきた。ただ臨床治験で効果が見られたからといって、決まった場所に電極を留置する方法では、極めて多様性の高い脳の病気では、結局効くかどうかやってみないとわからない。

この精度を上げるため、電極を挿入する場所を、電極を留置する手術中に刺激を繰り返しながら患者さんの反応を記録し、最適な場所に留置する方法が始められている。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、刺激に対する脳の反応を徹底的に調べれば最適の脳刺激治療が可能か、実際のうつ病患者さんで調べた研究で1月18日Nature Medicineオンラン版に掲載された症例報告だ。タイトルは「State-dependent responses to intracranial brain stimulation in a patient with depression (うつ病患者さんでの状態に応じた脳内刺激に対する反応)」だ。

この研究の目的は、うつ病患者さんの脳の様々な場所を刺激して、うつ病に関わる気分の変化を見ることで、新しい刺激の方法を探ることだ。このために、脳の外から針を何本もさして、この研究では160箇所の電気信号を拾うとともに、その場所を刺激できる様にして、10日間病院で観察している。また、針を刺した場所は、眼窩前頭皮質、扁桃体、海馬、内包前脚腹側、腹側線条体、前帯状皮質と徹底している。

あらゆる治療に抵抗性で、長期の鬱状態を繰り返し、自殺の心配がある重症のうつ病であるとはいえ、これほどの数の電極を留置して、10日間も過ごすなど、我が国ではほとんど許されない様に感じる。

しかしこの10日間で、様々な場所に100Hzと1Hzの異なる周波数で刺激を加えながら患者さんの自覚的な訴えと、医師の判断を総合して、刺激の効果を検証している。その結果が、図でまとめられているが、膨大なものだ。ただ、これまでうつ病に対して電極が挿入されていた眼窩前頭皮質を始め、内包前脚腹側、腹側線条体、前帯状皮質の刺激で明確な反応が記録されている。例えば眼窩前頭皮質刺激により患者さんは「静かに本を読んでいる喜び」、また内包前脚腹側、腹側線条体の刺激では、「ウズウズする喜び」が得られたと述べている。

これらの反応は再現性が高いが、その領域の活動状態と刺激のタイミングが重要であることもわかっている。例えば、眼窩前頭皮質の刺激の場合、脳の活動が高いときに1Hzの刺激を行うと鎮静効果があるが、活動が低いときに1Hz刺激を行うと余計お落ち込む。逆に前帯状皮質では、活動が低いときに100Hz刺激を行うと、気分が改善するが、もともと高いときに刺激すると逆効果になる。実際にはこの様な記録を、1回10分の刺激を行うというプロトコルで、各電極について詳しく行い、膨大な結果が集められている。

話はこれで終わりで、この結果の最適治療とは何かについては全く述べられていない。ただ、私自身膨大なデータについて全て目を通しているわけではないが、脳に電極を挿入して患者さんの反応を見るという古典的な方法を近代化して、感情や気分といった人間特有の脳活動について調べられたということに感動すら覚える。

ペダルを踏むと気持ちが良くなる刺激を扁桃体に送ると、ネズミはペダルを踏み続けるという実験があるが、考えてみるとこの研究はうつ病の治療に同じ方法を用いようとしていることもよくわかる。とすると、これが本当の治療につながるのか、ペダルを踏んで症状をとるだけで終わるのか、知りたいところだ。もし対症療法効果しかないなら、うつ病を克服するということが、脳内で新しい回路を形成し直して、気分の回路を新しく支配するという大事業であることがわかるはずだ。

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1月20日 苦味感覚が甘み感覚に優先するメカニズム(1月7日号 Cell 掲載論文)

2021年1月20日
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動物にとって、食べられるかどうかの判断は、記憶とともに、その時の匂いと味で決めるしかない。事実、苦味は食物を忌避する重要な引き金になる一方、甘みは食欲をそそる。生存のための重要性で見れば、苦味感覚を直接行動につなげることが重要で、事実鳥類では甘み感覚だけが欠損しているケースが多い(ペンギンは全ての味感覚を失っている:https://www.brh.co.jp/salon/shinka/2015/post_000007.php)。

とはいえ、食べ物の中には苦味と甘みが混ざっているのは当たり前で、少し甘いからといって食欲が亢進してしまうと命に関わる。このとき、苦味に対する忌避行動を優先するメカニズムを探ったのが今日紹介するコロンビア大学からの論文で1月7日号のCellに掲載された。タイトルは「Top-Down Control of Sweet and Bitter Taste in the Mammalian Brain (哺乳動物の脳での甘みと苦味のトップダウンコントロール)」だ。

これまでの研究で、甘みと苦味に関わる神経細胞は、末梢から脳幹へ投射するまで全く分離していることが分かっている。この研究では、脳幹に存在する甘味神経と苦味神経を区別できる分子マーカーをまず開発し、光遺伝学的に、それぞれを特異的に刺激したとき、実際味を感じた時と全く同じ反応を誘導できることを確認する。以上の結果は、脳幹神経で両者が区別され、それが直接行動につながること、そして両者はこのレベルまで全く混じり合わないことを示している。

しかし、苦味感覚の方が甘味感覚に優先されることは、苦味の認識が甘味の感覚を変化させている、すなわち両方がどこかで相互作用していることを示している。そこで、甘味を認識する皮質領域GCbtと甘味を認識する扁桃体領域(CeA)をそれぞれラベルして、それぞれから脳幹へ神経回路が投射しており、これが異なる味の優先性を決める働きをしていることが示唆された。

そこで、苦味の認識を行うGCbt領域の興奮神経を光遺伝学的に刺激したとき、脳幹の甘味神経細胞の興奮を抑えるか調べ、期待通り脳幹の甘味感覚神経の興奮が抑えられることを明らかにする。すなわち、苦味の皮質での認識が、脳幹の甘味刺激を抑える。

次に扁桃体での甘味の認識が、脳幹での苦味神経の興奮に及ぼす影響を調べると、今度は面白いことに苦味神経の興奮を高めることを発見する。これによって、甘いもので満足している時でも、苦味のある危険性に備えていると言える。

この回路をさらに詳細に調べると、GCbtからの脳幹への直接のフィードバックも存在するが、GCbt部位の興奮がまず扁桃体の甘み認識領域へ投射し、ここで発生した抑制回路が脳幹の甘味神経細胞を抑えている経路が主要な経路であることを示している。

以上、極めて理にかなった、単純な回路形成が、苦味シグナルを常に食物忌避行動へ導いているのがよく理解できた。ただ、この様なネズミでの実験結果がそのまま人間に当てはまるかはわからない。というのも、私たちはさらに経験を積み重ねて、苦味も甘みも楽しめることは、ゴーヤやチョコレートやコーヒーを嗜むことからもわかる。これが程度問題なのか、あるいはさらに複雑な回路を獲得したのか、興味が湧く。

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1月19日 ヒトリンパ組織での免疫反応を再現する(Nature Medicine 1月号 掲載論文)

2021年1月19日
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今回の新型コロナ感染に関する研究の世界の動向を眺めていると、我が国では今も免疫学の主流がマウスを用いた研究で、結果新型コロナウイルス感染した人たちの免疫反応を詳しく調べる体制ができていなかったことがわかる。このことは、以前からこのHPでも指摘してきたが、基礎研究が軽視されているという我が国で、人間についての研究が遅れているのは不思議な現象だ。

逆に現在のヒト免疫学を代表するのが、T細胞遺伝子クローニングで有名な分子生物学者M.Davisで、新しく開発された様々な分子生物学的技術を駆使して人間の免疫機能を解析し発表しているのを見ると、一種の感動すら覚える。

そのM.Davisにとって、人間の免疫学を研究するときの様々な制約を突破することは最大の課題で、特に免疫反応が行われる座と言えるリンパ組織を扱いたいと強く望んでいたことは想像に難くない。今日紹介するスタンフォード大学M.Davis研からの論文は、この念願が不十分であっても叶いそうだということを示す研究で1月号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Modeling human adaptive immune responses with tonsil organoids (扁桃のオルガノイドを用いてヒトの適応免疫反応のモデルを作る)」だ。

しかし一つのエポックを作った分子生物学者が、今度はオルガノイド培養の開発を試みているのも感慨が深いが、そのために現在でも様々な理由で行われている扁桃摘出で得られる組織を使うとは、目の付け所に感心する。

そして、扁桃組織細胞の浮遊液を作成して凍結しておき、その細胞を溶かしてトランスウェルと呼ばれる二重構造の培養皿で凝集させて培養する方法を開発する。この培養で凝集させる過程にインフルエンザ生ワクチンを加えて、そこで起こる免疫反応を、様々な生化学・分子生物学的テクノロジーを用いて検出している。

結果だが、トランスウェル内では不思議なことに扁桃細胞は自然に凝集塊を形成し、そこには抹消免疫組織で見られるほぼ全ての細胞が存在し、抗原に対して新しい免疫反応が誘導され、抗体が作られるとまとめられる。もちろん免疫学の新しい概念が生まれるというわけではないが、期待していることがしっかり再現できることがこの研究の主目的で、それはクリアできている。

残念ながら、これまで末梢血を用いた試験管内抗体反応と比べて何が違うのかについては、もう少し議論してほしいところだが、特にサイトカインを加えることなく、抗体が誘導され、しかも抗体の親和性が高まっていくこと、また、インフルエンザ特異的リパートリーが拡大するとともに、クローンの進化やスイッチも起こることが観察できること、そして何よりも試験管内では再現が難しい肺中心の様な構造が形成され、しかも抗原で刺激したとき、胚中心型のB細胞が維持されることなど、かなり満足できる水準に達していると言える。

さらに、かって摂取されたワクチンに対する反応も見ており、期待通りいわゆるメモリー型の反応を誘導できること、また全く新しいタンパク抗原に対する免疫反応誘導に必要なアジュバントの性能を確かめるのにも使えることも示し、今後ヒト免疫組織の反応を調べるためのモデルになると結論している。

そして最後の仕上げとして、新型コロナウイルスのアデノウイルスベクター型ワクチンに対する反応も調べ、スパイクなど異なる抗原に対する中和抗体を含む抗体反応が誘導されることを示している。残念ながら、今注目のRNAワクチンに対する反応は調べられていないが、筋肉注射されたワクチンがすぐにリンパ節で反応を誘導することがわかっていることから、是非調べてほしいと思う。

以上、M Davisの人間の免疫反応解析への執念がひしひしと伝わる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月18日 FOPを理解するための重要な研究(1月12日 Science Signaling 掲載論文)

2021年1月18日
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AASJの二人の理事(藤本、麻生)と私は、全身に異所性の骨化が進む病気FOPを通して知り会った。その結果、FOPに関する重要な論文を見落とさない様常にプレッシャーがかかっている。その意味で、今日紹介するミシガン大学からの論文はFOPを理解する上で極めて重要な貢献ではないかと思う。タイトルは「Augmented BMP signaling commits cranial neural crest cells to a chondrogenic fate by suppressing autophagic β-catenin degradation (神経堤細胞でのBMPシグナルの更新はオートファジーによるβカテニン分解を抑えて軟骨への分化を誘導する)」で、1月12日号Science Signaling に掲載された。

少し余談になるが、この論文の責任著者の三品さんは、発生過程でのBMPシグナル研究の第一人者だが、所属がミシガン大学と知って驚いた。というのも、私の頭の中では、日本に戻って定着していると思っていた。結局彼にとって日本は研究し良い環境ではなく、おそらく最近ミシガン大学に移ったと思う。せっかくUターンしてくれた研究者が、また我が国を離れるという状況を見ると、今、問題になっている科学技術力低下の原因を見る様な気がした。

FOPはBMPシグナルを伝達するアクチビン受容体1(ACVR1)の突然変異による分子機能亢進によることははっきりしているが、なぜ発生過程では大きな異常が見られないのか、何が骨化の引き金になるのか、骨化するのは筋肉細胞そのものなのかなど、わからないことが多い。

三品さんたちは以前から、FOP変異をACVR1の活性化型の影響を調べる目的で研究してきた。今回は、この変異を神経堤細胞で発現する様にして調べたところ、FOPと同じ異所性の骨化が誘導できることを発見する。完全に同じとは言えないまでも、初めてFOPの動物モデルができたことになる。

シグナルを熟知した発生学者の仕事で、詳細は省くが、この骨化のメカニズムを追求する中で、神経堤細胞が鰓弓へ分化した後、様々な系列へとコミットする段階の初期にACVR1のシグナルが高まると、軟骨へと分化が誘導され、それが本来骨でないところに移動した後、骨に分化することを突き止める。

鰓弓細胞を培養してACVR1シグナルを抑える実験で、培養1日目には効果が見られるが、それ以降は全く効果がないことから、このシグナルは軟骨系への分化のコミットメント時のみ働くことがわかる。これは、FOP治療にとっても重要で、どの時期かわからないが、かなり早い段階でACVR1をピンポイントで抑えることの重要性を示唆している。

そして最後にFOP型ACVR1のシグナル伝達機構について解析し、ACVR1活性の亢進は、まずmTORの活性化を誘導し、これが鰓弓細胞の軟骨へのコミットメントに関わることを明らかにする。事実、現在iPS研究所でFOP治療にも使われているmTOR阻害剤は軟骨へのコミットメントを抑える活性がある。ただ、これも鰓弓細胞が分化決定する最初の段階だけで、後には全く効果がない。このことから、細胞分化系で特定される薬剤も、投与する時期が重要で、軟骨への分化決定がFOPでいつ起こったのかを再検討することが重要になる。

この研究ではmTORがなぜ軟骨形成を誘導するのかについても明らかにしている。様々なシグナル経路を調べた結果、mTOR活性化は、オートファジーを抑制し、オートファジーによりβカテニンの分解が抑えられて、Wntと同じ様にシグナルが入って、軟骨への分化が促進されることを明らかにしている。

この研究は盛り沢山で、発生過程での軟骨形成が、一般的に考えられているオーソドックスなBMPやWntシグナルだけでなく、両方がオートファジーを介してクロストークする微調整の支配下にあることを示しており、今後発生や疾患を考える上で新しい概念を提供している。

そして何よりも、FOPの成立機序について多くの示唆を与えている。これまで未分化細胞から骨細胞への分化を抑制する薬剤がiPS研究所の池谷さんたちにより特定されており、またACVR1の機能を特異的に抑制する薬剤も開発されている。この研究から、これらの薬剤は軟骨への分化決定過程にピンポイントで投与する必要があることが明らかになった。とすると、この感受性がFOP発症全過程のどの時期なのか明らかにすることが最も重要な課題になる。さらに、一旦コミットした軟骨が骨化する過程を標的にする重要性も明らかになった。

BMPシグナルと骨化というと、そのままわかった気になってしまうことが落とし穴で、この落とし穴から抜け出せたという意味で、三品さんたちの研究は重要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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