2月18日 RNAウイルスから我々を守るネアンデルタール人のレガシー(2月15日 米国アカデミー紀要オンライン 掲載論文)
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2月18日 RNAウイルスから我々を守るネアンデルタール人のレガシー(2月15日 米国アカデミー紀要オンライン 掲載論文)

2021年2月18日
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昨年10月、ネアンデルタール人ゲノム解読を成し遂げたペーボさんたちは、Covid-19による重症化リスクに関わるゲノム多型の一つがネアンデルタール人由来であることを証明した衝撃的論文をNatureに発表した(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/13992)。実際、この論文は多くのメディアで取り上げられた。このとき、ゲノム人類学者としてCovid-19理解に貢献したいと思うペーボさんの気持ちが伝わってくる気がすると述べたが、その後もCovid-19とネアンデルタール人遺伝子との関りについて研究を続けていたようで、今度はCovid-19から我々を守ってくれるネアンデルタール人のレガシーを発見し、2月15日米国アカデミー紀要にオンライン発表している。タイトルは「A genomic region associated with protection against severe COVID-19 is inherited from Neandertals(ネアンデルタール人から受け継いだCovid-19重症化から守るゲノム領域)」だ。

研究手法は前回と同じで、Covid-19患者さんのゲノム研究から明らかになった遺伝子多型の中から、アフリカ人には全く存在せず、ネアンデルタール人には存在する多型を探し出し、見つかると発見された領域が本当にネアンデルタール人由来かどうかを様々な方法で検証している。

こうして今回見つかったのが12番染色体上の75kbの長さの領域で、現代人に流入後、全くランダムに組み換えを繰り返した場合に想定される最長のネアンデルタール人由来ゲノムの長さ16.3Kbを遥かに超えているので、環境による選択圧がかかって維持されてきたと考えられる。

前回と異なり、ネアンデルタール人由来多型を持っている人は、集中治療が必要になる率が2割程度下がる。すなわち、この多型を持っていると、重症化しにくい。

さらに、前回と違いこの多型の領域にOAS1-3の3つの同じ機能を持つ遺伝子が存在しており、これらはインターフェロンや二重鎖RNAにより誘導され、RNAを分解する酵素を活性化し、二重鎖RNAを分解するという、まさにRNAウイルスの防御に関わる遺伝子であることがわかった。

しかも、ウイルス感染でのOAS変異の役割についての研究が行われており、ネアンデルタール型スプライシングにより形成される分子が、通常型より高い酵素活性を持つことが明らかになっている。

さらに、OAS1のネアンデルタール型のミスセンス変異がSARSに対する抵抗性を付与することも、小規模な研究だがすでに報告されている。

以上のように、今回見つかったネアンデルタール型多型は、ドンピシャでRNAウイルスに対する防御機構がネアンデルタール人から受け継がれ、現在も維持され、今回のコロナ禍で人類を守ってくれていることが明らかにした。

最後にペーボさんは、これまで調べられた様々な時代のホモサピエンスのゲノムを調べ、時代とともにこの多型の頻度が上昇し、現在ユーラシア全土で2−3割の割合で広がっていることを示し、人類がこの遺産を使って生き延びてきたことを示している。

前回以上に楽しんだ論文だった。

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2月17日 新型コロナウイルスRNAの構造解析(2月9日 Cell オンライン掲載論文)

2021年2月17日
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Covid-19に対する基礎研究も、ある程度落ち着きを見せてきている。ウイルスに対する免疫機能や、重症化についての論文の数は増えているが、例えば夏前に読んだ論文と比べて驚く結果が続々という印象はない。一種の安定期に入ったと言えるのかもしれない。しかし、これまで期待してきたウイルスプロテアーゼなどに対する薬剤の開発はまだまだだし、次々世代型のワクチン開発なども、このような安定期から生まれるような気がする。

今日紹介する中国北京清華大学からの論文は、じっくり腰をすえて新型コロナウイルスのRNAの2次元構造を明らかにし、新しい治療法の開発へ道を開く、ウイルスを調べ尽くすという意味では重要な研究で、様々な分野の専門家がこのウイルスにチャレンジしていることを実感させてくれる。タイトルは「In vivo structural characterization of the SARS-CoV-2 RNA genome identifies host proteins vulnerable to repurposed drugs(SARS-CoV-2 RNAゲノムの細胞内での構造的解析は既存薬に感受性のホスト分子を明らかにする)」で、2月9日Cell にオンライン掲載された。

細胞内のRNAはよく教科書に出てくるように一本の伸びた鎖の形で存在するわけではない。実際には、相補的部分で結合しあうことで、複雑な3次元構造を形成している。そして、この3次元構造がホストの様々な分子と相互作用するのに重要な働きをする。このことは、クリスパーのガイドRNAの構造とCas9の相互作用を考えてもらうとわかるのではないだろうか。

この研究では、icSHAPEと呼ばれる約5年前に発表された方法を用いて、細胞中に存在するRNAの2次元構造を決めている。RNAはステムループと呼ばれる相補的二重鎖構造とその間の一本鎖構造が入り混じった構築をとるが、icSHAPでは細胞内のRNAの一本鎖部分にNAI-N3と呼ばれる化合物でラベルを入れ、細胞外に取り出してからビオチンへと変換、この位置で逆転写酵素の転写が止まることを利用して、一種のchain terminationのような過程で発生する逆転写されたDNA配列を読み取ると、RNAの1本鎖部分と2本鎖部分がマッピングできるという原理を用いている。

原理はわかるが、データから正確にRNAの2次構造を再構成するには、ソフトウエアだけでなくインフォーマティックスの能力が必要だろう。この研究では他にも多くのインフォーマティックスが駆使されており、能力の高さを窺わせる。また、細胞内だけでなく、細胞内から回収したRNAに試験管内で構造化させて比べるという念の入れようだ。いずれにせよ、CoV-2全長及び、派生した翻訳に関わる部分RNAの全2次元構造が決定された。

このような研究はこれまで発表されたことがないとすると、いくら複雑だといっても今ようやく発表されたということは、ほとんどチャレンジしようという研究室がなかったのではと推察する。

では、このように構造が明らかになって何がわかるのか?

  • コロナウイルス共通の構造が明らかになり、ウイルス進化を考える上で、重要な情報となる。
  • 全長から翻訳のために派生した部分RNA構造と、翻訳の効率の相関が明らかになった。
  • 二重鎖構造を取らないRNA部分が明らかになり、アンチセンスRNAを設計しやすくなった。
  • ウイルスRNAに結合するホスト分子をインフォーマティックスで42種類予想することができた。またこの予想に基づき合成したタンパク質の多くは、ウイルスRNAに結合した。このうちの一部は、薬剤によりRNAとの結合を阻害することで、ウイルスの増殖を抑えることができた。
  • 構造化されたウイルスRNAの活性には構造をほどくヘリカーゼが必要だが、ウイルス自体のヘリカーゼ以外に、ホスト側のDDX42をハイジャックして使っていることがわかった。このヘリカーゼは、ガンに用いられているnilotinibやsorafenibのようなキナーゼ阻害剤によりATP結合が阻害されるが、実際ウイルスの増殖をこれらの薬剤で抑えることができる。

などを明らかにしている。今後、ウイルス由来タンパク質だけでなく、ウイルスRNAとそれに結合するホストタンパク質を含む大きな枠組みで感染を捉えることができるだろう。

私自身、細胞の中のRNAの構造を決定することができるようになっているとは夢にも考えていなかったので、きわめて新鮮な気持ちで読めた。

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2月15日 脳のファイブロブラスト(Nature Neuroscience 2月号掲載論文)

2021年2月15日
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ファイブロブラストは身体中に散らばって存在しており、傷口の修復に関わるだけでなく、炎症に伴う線維化による瘢痕形成の主役だ。一般の人なら、当然脳にもファイブロブラストが存在して、他の組織と同じ様な働きをしていると考えるのが普通だ。事実、卒中で神経が失われた空隙と脳組織の間には瘢痕ができているし、炎症が起こるとコラーゲンが沈着する。

ただ、少し脳のことを習うと、脳にはファイブロブラストはいないと思ってしまう。確かに、脳組織を描いた組織図譜には線維芽細胞はほとんど記載されていないし、何よりも私も2018年6月の論文紹介で「脳には間質の中心となる線維芽細胞が存在しない」などと口走ってしまっていた(https://aasj.jp/news/watch/8550)。

しかし、これは勝手な思い込みで、今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、脳にも髄膜周囲に線維芽細胞がちゃんと存在し、脳の炎症が起こるとそこから移動してきて線維化が誘導されることを示した研究で2月号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「CNS fibroblasts form a fibrotic scar in response to immune cell infiltration (中枢神経系に存在するファイブロブラストが免疫細胞の浸潤に反応して線維性瘢痕を形成する)」だ。

この研究では、マウス多発性硬化症の実験モデルで、脳に炎症細胞を浸潤させ、それに対する組織反応で出てくるコラーゲン合成細胞を追跡している。まず、様々な細胞マーカーで調べると、PDGFRα/β共に陽性のまさにファイブロブラストがコラーゲンを作っている。

次に、様々な細胞系列をラベルする実験を行い、炎症部位の線維化に関わる細胞の系列を調べると、アストロサイトは言うに及ばず、これまで考えられていた様に血管周囲の平滑筋由来でもなく、正常時にコラーゲンを発現しているまさにファイブロブラスト由来であることを確認している。

さらに、正常時及び炎症時に脊髄に存在するコラーゲン陽性細胞をsingle cell RNA seqで調べ、そのほとんどが細胞系列としては全てファイブロブラストと定義できることを確認している。

最後に、コラーゲンを発現している細胞を遺伝的に導入したチミジンキナーゼを用いて除去する実験を行い、ファイブロブラストの移動と増殖を抑えると、線維化が抑制され、炎症組織にグリア細胞が集まりやすくなっていることを示している。すなわち、ミエリンを修復する細胞が集まりやすくなってはいるのだが、実際のミエリン化は進んでいない。従って、ファイブロブラストの増生を抑制することは重要だが、さらに正常のミエリン修復を高めるには壁が残っていることを示している。

最後に、炎症時にファイブロブラストがインターフェロンγ受容体を強く発現していることに着目し、インターフェロンγを炎症時に抑制すると、線維化を抑えることができるので、神経炎症でファイブロブラストの活性を調節する主役は、免疫細胞由来のインターフェロンγではないかと結論している。

結果は以上で、脳内での炎症に、繊維化を抑制するため開発された様々な方法や、インターフェロンγシグナル阻害が利用できる可能性を示唆している。しかしなんといってもこの研究は、私の先入観を完全に取り去ってくれた。

脳にはリンパ管もあるし、ファイブロブラストもある。

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2月14日 骨髄全体の組織構成を理解する:組織学の必要性(2月8日 Nature オンライン掲載論文)

2021年2月14日
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造血研究は、コロニー法やFACSによる細胞学など多くのテクノロジーをいち早く実現化して、毎日起こっている造血幹細胞から分化細胞への階層的プロセスを明らかにしてきた。ただ、最大の問題は、研究のほとんどがバラバラの細胞についての細胞学的研究にとどまり、組織学的研究はほとんど使われてこなかった。確かに、未熟幹細胞など特定の細胞に的を絞ってピンポイントで組織学的局在を調べることが行われてはいるが、階層全体の中でそれを位置付けることはできていない。これは骨髄が骨に閉じ込められ、しかも壊れやすいため、全体を見たい時に使われるwhole mountでの観察が難しかったためだ。

今日紹介するシンシナティ医療センターからの論文は様々な工夫を凝らして、骨髄組織のwhole mount解析に成功したと言う話で、長年造血に関わってきた人間としては美しいの言葉でしか表せない研究だ。タイトルは「In situ mapping identifies distinct vascular niches for myelopoiesis (骨髄球のin situマッピングにより骨髄球造血の異なる血管ニッチが特定された)」だ。

要するに骨髄全体をWhole mount 免疫染色ができたと言う話だが、この分野を理解する者からみると、いくつか成功の鍵がわかる。

まずマウス骨髄というとすぐ大腿骨を考えてしまうのだが、骨が厚くて割るときに組織が破壊される。これに代えてこの研究では胸骨を用いている。人間では骨髄採取する部位なのだが、マウスでは小さすぎて骨髄細胞採取という意味では役に立たない。しかし、Whole mount 免疫染色という点では素晴らしい着眼点だと思う。

もう一つは、造血については様々なマーカーがわかっているので、どうしても骨髄幹細胞からの全ての階層を見たいと思ってしまう。この研究では、焦点をwhole mountが可能かに絞っているため、欲を出さずに骨髄球、すなわち顆粒球、マクロファージ、樹状細胞の分化に限定して調べることで、わかりやすい結論になっている。もちろん同じ手法は今後、他の細胞系列や未熟幹細胞の研究に用いられるだろうが、顆粒球だけでも十分面白かった。また、組織所見を定量化するために、分化段階の異なる細胞同士の距離を示すなど、データ表示も工夫されており、さすが組織学者と思わせる。

結果は膨大なので、面白いと思った結論だけピックアップしておく。できれば論文を見ていただいて、組織写真だけでも眺めてもらうだけでいいと思う。要するに、骨髄のwhole mountができる様になった。

結論だが、

  • 顆粒球系の造血は、骨髄幹細胞造血場所とは全く離れて、それぞれの系列へ分化した前駆細胞が別のニッチに到達して始まる。
  • それぞれのニッチには、別の場所で作られた前駆細胞が持続的にリクルートされる。
  • 顆粒球系、単球系、樹状細胞系の増殖分化は別々のニッチに支持されており、単球、樹状細胞の増殖分化はCSF-1発現の血管内皮が存在する場所で起こる。
  • 通常、それぞれの前駆細胞由来クローン数は少ないが、感染が起こるとそれぞれのニッチでの前駆細胞の自己再生が高まる。これにより、顆粒球系が刺激依存的に末梢にリクルートされる。

個人的に気になったのは、上に述べたが、他にの面白い話は多いと思う。今後、同じ方法でより未熟な幹細胞が調べられるだろうし、さらに骨髄抑制や白血病など様々な条件がwhole mountで調べられるだろう。個人的意見だが、大きな貢献だと思う。

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2月13日 ネアンデルタール人の脳をどこまで再現できるか(2月12日号 Science 掲載論文)

2021年2月13日
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ドイツマックスプランク研究所のペーボさんたちによりネアンデルタール人のゲノムが明らかになってから、彼らの形質について様々なことを理解することができた。もちろんゲノムだけから形質を特定することはまだ難しいが、幸いネアンデルタール人由来の遺伝子は私たちのゲノムに多型として流入しており、多型の違いによる形質の差を利用できる。一方で、この様な流入の見られない遺伝子の機能を調べることは簡単ではない。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、ホモサピエンス特異的なゲノム多型を探し出し、ネアンデルタール人やデニソーワ人などの古代人との多型と、iPSを用いて機能的に比べた研究で2月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Reintroduction of the archaic variant of NOVA1 in cortical organoids alters neurodevelopment(NOVA1遺伝子の古代人型変異を脳皮質のオルガノイドに再導入することで神経発生を変化させる)」だ。

この研究では脳に発現してスプライシングに関わることがわかっている遺伝子NOVA1に、ほぼ全てのホモサピエンスに存在するが、ネアンデルタール人、デニソーワ人などの古代人や、他の動物には存在しない、アミノ酸配列の違いを発見し、次にクリスパー遺伝子操作を用いて古代人型配列に変化させたiPSを作成し、iPSから誘導した脳オルガノイドを用いて、機能的違いがないか探している。古代人が出てくるため話が大きくなってはいるが、実際行われているのは、NOVA1遺伝子の200番目のアミノ酸がイソロイシンからバリンに変わったらどうなるかという話だ。

おそらく結果は予想以上で、脳オルガノイドの増殖が低下しており、できたオルガノイドの大きさが小さい。さらに、オルガノイド表面がスムースでないという特徴を持っていることがわかった。細胞学的に調べると、増殖は高まっているのに、成熟が遅れる特徴を持っている。

この遺伝子はスプライシングに関わるので、それぞれのNOVA1分子のRNA結合について調べている。残念ながらこのレベルでは特に大きな変化は見られていないが、古代人型の分子はオルタナティブスプライシングの起こる、最後のエクソンや、3‘非翻訳領域に結合する傾向が見られている。

この様に直接のスプライシングに関わる機能の差は小さいものの、その効果は増幅されて、最終的に多くの遺伝子の発現の差を生み出している。詳細は省くが、発生や増殖、さらにはシナプス結合に関わる分子に差が出ている。

また、single cell RNA seqを用いてオルガノイド中の細胞を調べると、古代人型では成熟が遅れていることがわかる。

ただこの様な発現解析だけでは機能的差がはっきり分からないので、最後にシナプス結合に絞って様々な探索を行い、

  • 古代人型のオルガノイドのシナプスでは、グルタミン酸受容体を含む重要なシナプス特異的分子の発現が低下している。
  • その結果、オルガノイドの神経間で見られる、シナプス接合が低下している。
  • 神経興奮を生理学的に調べると、興奮自体は古代型オルガノイドで高まっているが、神経同士の同調性ではホモサピエンス型が優っている。

を明らかにしている。

結果は以上で、「ではネアンデルタール人の脳は本当に我々より劣っていたのか」と問うても、答えが出る様な結果ではない。そもそもiPS培養や、分化培養は不安定で、結果がばらつき易い。そのため示された変化のどこまでが、古代人との差を反映しているのかももう少し丁寧に検証した方がいい様に思う。とはいえ、ゲノムをもとに、古代人の機能を少しでも現代に蘇らせることは21世紀の課題だ。その意味で、個人的にはこの研究は高く評価したい。

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2月12日 新しい経皮的腫瘍局所削除法(2月10日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年2月12日
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肝臓ガンの9割は慢性肝炎が合併しているため、ガン自体が手術可能と分かっても、肝機能不全に陥る可能性があると、肝臓移植以外に外科的治療の余地はない。代わりに現在では、ガンに直接針を刺して電気的にガン細胞を焼きゃくする方法が主流になっている。他にもエタノールを直接注射して、ガン細胞を殺す方法も試みられているが、焼きゃく法にはかなわない様だ。

今日紹介するアリゾナ州フェニックスにあるメイヨークリニックからの論文は、細胞膜障害分子を用いることで、現在は分が悪いアルコール注入療法に代わる、ガン局所注入治療開発を目指した全臨床試験で、2月10日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Percutaneous liquid ablation agent for tumor treatment and drug delivery(腫瘍の治療と薬剤デリバリーのための経皮的液体細胞除去剤)」だ。

この研究では、ガン内に直接投与して癌細胞を障害する溶液として、Cholin bicarbonateとgeranic acidを混ぜることで、粘性を持って長期に組織内に留まり浸透圧の低い低張液として働き、さらにgeranic acidが細胞膜の脂肪酸と相互作用して膜をスカスカにする効果が得られると着想し、この処方(LATTEと名付けている)をマウス肝臓ガンで調べている。

LATTEの至適濃度を決めた後、マウス肝臓ガンに注射すると、期待通り長期間ガンに留まり、エタノール注入と比べると、ガン縮小効果がかなり高いことがまず明らかになった。組織的にも、増殖細胞はほとんど消失し、細胞死マーカー陽性細胞が何十倍にも跳ね上がる。すなわち、アルコール注入に変わって、電気焼きゃくに匹敵する効果が得られる注入液が得られた。

次に、注入液には焼きゃく法にはない利点があることを示す目的で、ドキソルビシン(アドリアマイシン)を注入液に溶かし、細胞膜障害による抗腫瘍効果に抗ガン剤の効果を加えることができるか調べている。

まず試験管内でヒト肝臓ガン細胞をLATTEとドキソルビシンの混合液に晒すと、ドキソルビシンの細胞内への移行が2倍高まり、細胞の活動が強く抑制できることを確認している。

この上で、最後にウサギの肝臓ガンモデルで、超音波モニターによる眼内注入を行い、周りの組織をそれほど傷めないで、ガンを除去できることを示している。最後に、障害の広がりを調べる目的で、正常の豚の肝臓にLATTEを注入(LATTEにはMRI造影剤が混ぜてある)、LATTEの組織内浸透スピードが大体90分で22.8倍に達すること、これをMRIでモニターできることなどを確認し、注入液の効果が大体ガン特異的になる様計画できることを示している。

以上が結果で、実際の臨床研究はまだ行われていない様だが、需要は多く、治験もすぐに行われる様に思う。焼きゃく法と比べると単純で、しかも抗癌剤と組み合わせられる点で、結構利用が広がる様な予感がする。

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2月11日 1型糖尿病早期発見の努力(2月4日 米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2021年2月11日
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先月、すでに臨床に利用されているTNFαに対するモノクローナル抗体が、診断後早期であれば、1型糖尿病の進行を遅らせることを示した治験論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/14635)。もし発症リスクのある患者さんをもっと早期に把握できれば、さらに様々な治療法が開発できる期待は大きい。この可能性を求めて、1型糖尿病の遺伝的リスクの高い子供さんを集めて発症までの経過を調べるコホート研究が世界中で行われている。

今日紹介するコロラド大学からの論文は、コホート研究で集まった臨床サンプルを用いて、発症に関わる自己抗原を探索した研究で2月4日米国アカデミー紀要にオンライン出版された。タイトルは「T-cell responses to hybrid insulin peptides prior to type 1 diabetes development(1型糖尿病発症前に見られるハイブリッドインシュリンペプチドに対するT細胞反応)」だ。

最近自己抗原の中には、細胞内でシトルリン化など、タンパク質ができてから様々な変更を受けた分子が存在することが示されてきた。インシュリンや膵臓ベータ細胞に対する自己抗体が検出されている1型糖尿病でも例外でなく、インシュリンペプチドとベータ細胞由来の他のペプチドがキメラになった分子に対するT細胞の反応が存在し、マウスモデルでは発症までの経過と強く相関することが知られている。

この研究ではMHC など1型糖尿病の遺伝リスクが高い6ヶ月から2歳の子供のコホート研究で集められた末梢血を用いて、これまで特定されているインシュリンのキメラペプチドに対する反応を追跡した研究で、インターフェロンとIL-10分泌を指標に、炎症促進型のT細胞反応か、炎症阻害型のT細胞反応かについて調べている。また、子供たちをインシュリンに対する抗体陽性と、抗体陰性群に分けて調べている。インシュリンキメラペプチドとして特定されている分子の中には、他の分子ととキメラだけでなく、インシュリンの前駆体やインシュリン自身がキメラを形成している分子があり、ここではインシュリン内キメラと呼んでおく。

結論は以下の様にまとめられる。

  • インシュリン自己抗体の有無にかかわらず、1型糖尿病遺伝リスクの高い子供たちには、インシュリン内キメラペプチドおよびキメラペプチドに対するT細胞反応が検出できる。
  • インシュリン内ペプチドに対してはIL-10分泌反応が優勢の傾向がある。また、自己抗体陽性の子供では、インターフェロン優位の反応が起きやすくなっている。
  • 発症までの過程では、多くの自己免疫病でみられる様に、T細胞の反応が揺れる。特に、インターフェロンとIL10の比で想定される炎症の変化は大きく触れる。一方、ワクチンに対する反応はインターフェロン優勢の炎症型で固定している。
  • キメラペプチドに対するT細胞反応は、炎症型への変化と、病気の発症、病態に明確に関与する。

結果は以上で、臨床データなので明快とはいかないが、1型糖尿病の発症が抑制性T細胞と、炎症型T細胞のバランスの上に存在し、それが炎症型へと傾いて、最終的に自己抗体産生、そして発症につながることがわかる。この反応をそのまま検査に使って早期診断まではいかないだろうが、以前紹介したRNAワクチンも含めて(https://aasj.jp/news/watch/14693)、早期に発見できれば今後発症を止めることができる可能性は高いと思う。

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2月10日 エピジェネティックス超大御所が見るCovid-19:プラトン対話編(Review前のbioRxivプレプリント)

2021年2月10日
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なるべく査読を通る前の論文は紹介しないことを心がけているが、今日は別だ。新型コロナウイルス禍の中でも、独自の研究成果を着々と発表しているエピジェネティックスの2人の大御所、Rudolf JaenischとRichard Youngが、なんとCovid-19にも一言とばかりに論文をまとめたのだ。今は査読前だが、これまでの実績からデータは信頼できるし、それ以上に2人の意思を拒否できるレフリーもそうはいまい。結局ほとんど変更なしにどこかに掲載されること間違い無い。

しかし「わざわざ、covid-19にお出まして頂かなくともいいのに」、と論文を読んでみると、大御所たちと若者の会話の中でふっと湧き上がった疑問を、ちょっと確かめてみようかと腰をあげた、と、言った感じの軽い論文なのがわかった。しかしタイトル「SARS-CoV-2 RNA reverse-transcribed and integrated into the human genome(SARS-CoV-2  RNAは逆転写されてヒトのゲノムに統合される)」は人騒がせだ。大御所たちがニンマリしているのがわかる。

そこで仲野徹さんを真似して、関西弁、プラトン対話編形式で論文を紹介することにした。

プラトン:世間では、PCRが陰性になったのに、また感染する人がいると騒いでるで。

弟子:またPCR陽性になっても、人にはうつらんらしいです。

プラトン:しかしcovid-19の完成度は結構高いし、そう簡単に中途半端なウイルスができるとは考えられんな。ひょっとしたら、RNAウイルスも、ゲノムに飛び込むのと違うか?それなら不完全な配列ができてPCRで引っかかるかもしれん。

弟子:ホンマなら、コロナが感染した細胞のデータベースでわかるかもしれません。

プラトン:ええアイデアや。ウイルスとホストのゲノムがキメラになったRNAが見つかるかデータベースで調べてみて。

弟子:先生、結構みつかります。感染した培養細胞以外でも、患者さんの肺の洗浄液では結構見つかります。気づいとらんだけです。

プラトン:ほな、RNA 逆転写酵素が高い細胞にCov-2を感染させて、ゲノムに飛び込むか調べてみて。発現RNAの多いNタンパク質配列で調べるだけでエエし。

弟子:先生、エイズウイルスの逆転写酵素でも、LINEトランスポゾンの逆転写酵素でも、細胞に発現させると、ゲノムからウイルス配列を検出できます。

プラトン:予想通りや。ホナ、ちょっとしんどい実験やけど、FISHでほんまにNタンパク質配列がゲノムにあるか確かめて。

弟子:先生、なんと35%の細胞のゲノムがN配列を持ってます。

プラトン:予想通りや。これほど高い確率ちゅうことは、コロナに感染するとLINE-1が活性化して、普通よりはゲノムに飛び込みやすいのかもしれんな。もう一回コロナ感染細胞データベースで見てみて。

弟子:先生、予想通りです。感染するとLINE-1が増えてます。ホンマか自分でも調べてみます。これも気づいとらんだけです。

プラトン:頼むわ

弟子:先生、確認できました。感染させると、LINE-1も上がり、ウイルスがゲノムの中にも飛び込んでます。多分LINE−1の逆転写酵素が働いたみたいです。気になってついでにやってみたのですが、サイトカインが出ているいろんな細胞の培養液でもLINE−1が出てます。結局、細胞にストレスがかかればLINE-1がでて、ウイルスがゲノムに飛び込めるみたいです。

プラトン:なかなかエエ実験や。これやったら論文にできるな。

弟子:ありがとうございます。

ソクラテス:要するにコロナが感染して、LINE−1が上がり、その逆転写酵素でウイルスの一部がDNAになってゲノムに入るちゅうことですな。チョット恐ろしい気もするけど、別に完全なウイルスがゲノムに入るわけとは違うし、問題ないやろ。ただ、感染したあと細胞が生き残ったら、T細胞免疫を刺激して、免疫記憶ができるかもしれんな。要するにクリスパーみたいな仕組みが人間にもあって、ウイルスから守ってくれてるちゅうことやな。おもろい。

最後のソクラテスは私の脚色です。

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2月9日 頭部神経堤細胞が多能性を獲得するメカニズム(2月5日号 Science 掲載論文)

2021年2月9日
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顎口類の進化に伴って新たに発生する頭部組織は、胚発生初期にまず外胚葉、そして頭部神経管細胞へと分化したあと発生する頭部神経堤細胞に由来する。すなわち頭部神経堤細胞は初期発生での分化制限から解放される必要がある。ずいぶん昔紹介したが、アフリカツメガエルでは、初期発生で通常失われる多能性幹細胞のプログラムの発現を維持できる細胞が存在し、その末裔が頭部神経堤細胞に分化して多能性を発揮するという可能性が提案された(https://aasj.jp/news/watch/3363)。ただ、現役時代、一度多能性プログラムが消えた細胞から多能性マウス神経堤細胞分化することを示した本人としては、もし彼らの解釈が正しければ、マウスはツメガエルと異なる発生様式をとるはずだと思っていた。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はマウス頭部神経堤細胞の多能性は、新たに発現したOct4などの多能性プログラムが発現することで獲得されることを示した研究で、マウスがアフリカツメガエルとは異なることを示して安心させてくれた。タイトルは「Reactivation of the pluripotency program precedes formation of the cranial neural crest(多能性のプログラムの再活性化が頭部神経堤の形成に先んじて起こる)」だ。

この研究は様々な発生時期の頭部細胞をsingle cell RNA seqで解析、4体節期に神経堤細胞へ分化前のWnt1陽性細胞で多能性因子Oct4、Sox2、Nanogが発現し、神経管から分離する過程で発現が消失することを発見する。またこの時期にOct4を発現する細胞を標識する実験を行い、これらが期待通り頭や鰓弓の細胞へと分化することを示している。

次に、この時期のOct4遺伝子をノックアウトする実験を行い、神経堤から神経への分化は正常に起こるが、顔部組織形成が強く抑制されることを確認し、多能性プログラムが、外胚葉以外の分化能の獲得に必須であることを示している。

最後に、ATAC-seqなどを用いて、これらの多能性プログラムが神経管細胞に及ぼすエピジェネティックな変化を調べ、主にホメオボックス遺伝子が結合する遺伝子のクロマチン構造が変化する体幹部神経堤細胞と異なり、Otx2、Soxなどの神経上皮プログラムに反応する遺伝子とともに、エピブラストと同じ多能性のプログラムに反応する遺伝子のクロマチンが開いていることを明らかにしている。

以上、頭部神経堤では新たにエピブラストと同じ多能性のプログラムが再活性化されることで、外胚葉に新しい分化能が付与されるというシナリオが明らかになった。

どの様に再活性化が部位特異的に起こるのかなど、まだまだわからない点も多いが、個人的には「なるほどなるほど」とうなずいて喜んでいる。

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2月8日 アップルウォッチで日常のパーキンソン病症状を記録する(2月3日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年2月8日
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最近では脈波だけでなく、酸素飽和度から心電図まで測定可能になったアップルウォッチ などのスマートウォッチの課題は、そこで集められた結果を、個人の自己満足ではなく、医学医療に使ってもらうための仕組み作りだろう。

今日紹介するパーキンソン病の日常の症状を記録して臨床に使うためのアプリの開発についての論文は、最初から医師と患者をつなぐ目的がしっかりしている開発研究で、その有用性を評価されて2月3日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Smartwatch inertial sensors continuously monitor real-world motor fluctuations in Parkinson’s disease(スマートウォッチの慣性センサーを用いてパーキンソン病患者さんの日常の運動変化を持続的に記録する)」だ。

論文ではスマートウォッチと書かれているが、実際に用いられたのはアップルウォッチだ。残念ながらアプリ開発の詳細についてはわからないが、アップルウォッチが備えているモーションセンサーをインプットとして、動いていない時の腕の震えと、意図しない大きなての動き(dyskinesia)を連続的に記録することをまず可能にした。

震えについては、0.1cmの振幅から2cmの振幅まで、振幅を正確に検出記録できる。この感度の高さには、驚いてしまう。これにより、運動していない時ではあるが、1日を通して震えの量と質を調べることができる。例えば、朝起きたばかりだと、小さな振幅の震えが多いが、夜にかけて大きな振幅の震えが増える。また、お薬を飲むと、震えは止まるが、お薬の効果がなくなると震えが高まるといった変化をほぼ捉えられる。

一方、薬剤の副作用として発生することが知られるdyskinesiaは、お薬と服用したあと30分ごろから回数が増え、お薬の効果がなくなると増えてくることがわかる。

あとは、このデータを実際の診療に生かせるかを調べ、教科書的な、薬剤と震え、dyskinesiaの関係から、薬剤の効きが悪くなり、症状が悪化してきたことを捉え、お薬のスケジュールを変えて成功した例を示している。また、この方法で記録することで、これまで専門家でも見落としてきた変化が捉えられるかについても検討し、専門家もこの記録を参考にしたほうが、より適切な判断が可能になり、それに合わせて治療も変えることができることも示している。

結果は以上で、今後仕事をしたり、歩いたりしている時間の正確な記録が可能になると、運動の質と合わせてより詳しい診断が可能になるだろう。パーキンソン病を抱えながら仕事をされている人も多いことから、様々な危険性を察知するためにも重要だろう。しかし今のままでも、普通なら自覚症状として簡単に済ませていた症状の記録が可能になることで、よりキメの細かい診断治療が可能になると期待できる。我が国の患者さんにも早く使える様にしてほしい。

いずれにせよ重要なことは、医者と患者のどちらもハッピーになる様な工夫をすることで、これが可能になると、技術的には小さなイノベーションでも、医療にとっては大きなイノベーションになる可能性は高い。

カテゴリ:論文ウォッチ
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