7月14日:減数分裂に関わる分子を網羅的に探す(7月6日号Nature掲載論文)
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7月14日:減数分裂に関わる分子を網羅的に探す(7月6日号Nature掲載論文)

2015年7月14日
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20世紀後半の20年の生命科学は遺伝子ハンティングの時代だった。特定の過程に関わる分子を特定するために、様々な方法が開発されたし、それぞれの研究室は工夫を凝らし、クローニングの一番乗りを果たそうとしのぎを削った。しかしこの挑戦に直接関わる大学院生や若手研究員にとっては、一番乗り以外は意味がないという熾烈な力仕事で、大きなプレッシャーの中で苦労を重ねていたと思う。当時の逸話は挙げればきりがない。ただ21世紀に入るとゲノムが解読され、存在する遺伝子は原則すべてわかったという時代が来た。このためそれぞれの遺伝子や遺伝子ネットワークの働きを解明するエレガントな研究が増えた印象がある。とはいえ、生命科学には素朴な力仕事の伝統は生きている。今日紹介する英国MRCからの論文はそんな伝統を彷彿とさせる研究だった。タイトルは「Live imaging RNAi screen reveals genes essential for meiosis in mammalian oocytes (ライブイイメージを用いたRNAiスクリーニングにより哺乳動物卵の減数分裂に必須の遺伝子が明らかになる)」で、7月6日号のNatureに掲載された。哺乳動物の卵子は1回目の減数分裂の途中で止まったまま受精を待ち、その後2回目の減数分裂を完成する。その結果、極体と呼ばれる小さな細胞と、大きな卵が形成される。このプロセスは複雑で、しかも失敗が多く、この失敗が流産につながったり、染色体異常の原因になると考えられている。ただ、培養細胞でこのプロセスを再現することは大変で、これに関わる分子の探索は簡単でなかった。この研究ではこの課題を、マウス卵巣から採取した一個一個の卵の減数分裂を試験管内で誘導し、そのすべての過程をビデオで記録する時、RNAiと呼ばれる方法で遺伝子の機能を抑制してその影響をイメージングで読み取り、減数分裂各過程に関わる分子とその機能を明らかにしようという、まさに力仕事だ。もともとRNAiは大きな卵内の遺伝子操作には向いていないとされていたが、この研究では卵巣から採取したばかりの卵に注入する方法でこの問題を解決している。あとはビデオを撮り続けて異常を起こすRNAiをただただ探し続けている。この結果、この時期の卵に発現が高い774種類の遺伝子の中から、減数分裂時に染色体維持に関わる分子、紡錘糸形成に関わる分子、細胞分裂に関わる分子を特定している。一つ一つの分子について紹介するのは割愛するが、すでに機能が特定されていた遺伝子も当然この中に含まれており、哺乳動物卵の減数分裂に関わる分子のリストとしては包括的なリストが出来上がったと評価する。今後、リスト中の分子の関わりについて、同じアッセー系(分析系)を用いて調べていくのだろう。20世紀分子生物学の力仕事の伝統を改めて感じさせてくれた仕事だった。
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7月13日:第6の絶滅(6月19日号Science Advance掲載論文)

2015年7月13日
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昨年のピュリッツァー賞ノンフィクション部門は、ニューヨーカー元ライターのコルベルトさんが書いた「The Sixth Extinct(第6の絶滅)」だ。私もKindle版を買ってはいるが、まだ通して読んではいない。このThe Sixth Extinctと言うタイトルは2008年カリフォルニア大学バークレー校のWakeたちがアメリカアカデミー紀要に両生類が地球から急速に失われる事を警告した論文を発表した時に使った定義で、おそらくコルベルトさんもこの定義を踏襲している。すなわち、大陸移動、火山、隕石衝突などで、1)オルドビスとシリル紀の移行期、2)デボン紀、3)ペルム紀、4)三畳紀後期、5)白亜紀に起こった生物の大規模な絶滅を5回の大絶滅としている。そして第6番目は人間が原因で今地球上で起こっている生物の絶滅を意味している。この生物多様性の問題に生物学者は警鐘を鳴らすことができても、何もできない。例えば、1万年前には人間とペットや家畜が陸上脊椎動物に占める割合は0.1%だったが、現在は97−98%になろうとしていることは生態学の常識となっている。しかしどうすればいいのか。すなわちこれも言ってみれば科学の成果だ。   今日紹介するメキシコ大学からの論文はThe Sixth Extinctという言葉をそのまま使って生物絶滅について警告している論文で、6月19日号のScience Advanceに掲載された。タイトルは「Accelerated modern human-induced species losses: entering the sixth mass extinction (人間が原因の種の喪失の加速:第6の大量絶滅期に入っている)」だ。研究自体はおそらく大学生でも十分できる。すなわち、2014年国際自然保護機関が公表した、レッドリストを元に1500年以降の脊椎動物の絶滅を丹念に計算している。この時、見積もりはできるだけ控えめに行っているが、更に控えめに最低レベルの絶滅数も計算している。結果だが、人間の数の影響を直接受ける種は1600年ぐらいから絶滅数が増えている。ただやはり工業化が始まる19世紀からあらゆる種で急速な絶滅が始まり、化石などに残る種から計算される100年に1万種の中で2種起こるという自然絶滅の頻度に対して、少なめに見積もっても1900年からは哺乳動物で28種に、通常の見積もりだと55種に達すると計算されている。この論文のメッセージはこれが全てで、また十分だろう。このような議論に対して常に科学者の中から反論が出されるのも科学だが、多い少ないは別にして、今地球は、人間によりグローバルな変化を強いられており、それが第六の絶滅として現れていることは確かだ。残念ながら、科学者はこのようなグローバルな問題に対してほとんど無力だ。というのも、この変化の起源は科学技術の発達にあるからだ。これまで社会は「more science, more future」という考えに立って、科学のアウトカムは人間の立場からだけ評価してきた。ただ、違う視点に立てば必ずひずみが見える。ただ、ひずみに対しても科学が対応できるとうそぶくと必ず反科学が生まれる。20世紀、家庭が機械化した時代に起こった温暖化問題、産業革命とともに始まった人口増大と第六の絶滅、そして医学の発展が抱える格差の発生など、私たちは科学と政治(社会の意思決定)の共通問題として捉え直していく必要がある課題を多く抱えている。残念ながら生物多様性の議論についてのわが国の科学者からの声は大きくない。これは科学者の頭の中で政治家がお金をねだる対象としてしか存在していないからだろう。実際には、科学だけで解決できない問題は多く、同じ問題を違う角度から一緒に考える相手として政治家と付き合う必要がある。わが国の科学者も政治家も、このような関係を築けるほど成熟しているかどうかわからないが、それなくして何も前には進まないだろう。
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7月12日:脳はCPUか?跳んでる研究(Scientific Reports掲載論文)

2015年7月12日
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brain-machineインターフェース(BMI)についての研究が盛んだ。もともとは脳波を利用して機械を意のままに動かすための様々な条件を調べる研究で、わが国も重要分野として助成が行われている。実際の脳活動と、20世紀の情報科学の成果であるコンピュータを結合させて、メカニズムのわかっている機械部分との相互作用を通して実際の脳の仕組みを探るとともに、新しい技術の開発を目指す挑戦的分野だ。SFの世界にちかく、跳んでる分野に見えるが、論文や成果報告を見ていると、ほとんどは堅実で、荒唐無稽という印象はない。ところが中には確かににわかには信じ難い研究に挑戦している論文もある。例えばアメリカにいる人間が考えていることをインドにいる人間に脳波を通して伝えるというまさにSFと思える論文も査読を受けて掲載されている。しかし今日紹介するデューク大学からの論文はさらに上を行く。完全に理解できなかったが、跳んではいても何か大きなポテンシャルを感じた。タイトルは「Building an organic computing device with multiple interconnected brains(相互に複数の脳を結合させて生物コンピューターデバイスを作る)」で、7月9日発行のScientific Reportsに掲載された。研究はラットの脳を計算機のプロセッサーとして使うための条件を探っている。研究では、ラットの大脳皮質体性感覚野にインプットとアウトプットの複数電極をもつクラスター電極を挿入し、これを通してラットの脳を結合させるとともに、刺激を入力し、反応を記録する。こうして結合させた脳CPUともいうべきプロセッサーは、まず同調しないと使い物にならない。そのため、4匹のラットの皮質に一定のパルス刺激を与え、その後脳を互いに同調させた時だけご褒美を与えられるようにして同調するよう訓練する。とはいえ相手は生き物で、うまく同調する確率は訓練してもだいたい6割だ。重要なことは麻酔をかけた脳にはこのような活性はないことだ。このシステムに、1)刺激のパターンに合わせて同調できるか、2)コード化した情報を認識して同じようにアウトプットできるかどうか、3)情報をネットの中で維持し、出力できるか、最後に4)並列処理とシーケンシャル処理を組み合わせてインプットを計算して期待値に近い出力ができるか調べ、全て可能であると結論している。実際には、簡単なアルゴリズムで天気予報すら可能であることまで示している。ただ、はっきり言って、この結果から脳がCPUとして働くか結論するのは難しいと思う。インプットとアウトプットの関係をどう解釈するかはまだまだ恣意的な印象が強い。あとはご褒美のないところでは全く機能しないことなど、ラットが覚醒していることがこの結果に必要だということを、計算できていることの証拠としている。したがって、多くの研究者には荒唐無稽と映るだろう。ただ、私自身はポテンシャルを感じる。それは発想が跳んでいるからというわけではなく、システムとしての脳を理解する重要な方法になるポテンシャルを感じるからだ。コンピュータは研ぎ澄まされた再現性の高い動作を行うCPUやメモリーを基礎に作られている。一方私たちの脳細胞は、ノイズは高いし、神経興奮活動は細胞の維持に必要な活動と比べるとほんの一部の機能で、無駄が多い。逆に、このような制約の中でシステムができている点がコンピュータに今まで真似のできなかった最大の特徴かもしれない。さらに、PETやMRIから、活動している場所に血液が動員されていることもわかるが、どうしてこんなことが起こるかもわかっていないし、コンピュータに真似させることもまだできていない。私から見て、脳とコンピュータはシステム設計の方向性が全く違うように見える。その意味で、脳はCPUかというこの研究の問いは貴重だと思う。他にも、動物を用いて主観について研究する糸口になるかもしれないと感じた。こんな荒唐無稽なことをやっていく研究者がいないと科学は進まないと思う。
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7月11日:糞を通して知るアフリカ草食動物の共存戦略(6月30日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年7月11日
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一度アフリカに行って動物を現場で見てみたいと思っているが、まだ果たせていない。もちろんサファリツァーのハイライトといえば、ライオンなどの肉食獣だろうが、やはり野生でないと実感できないだろうと思うのが草食動物の多様性と数の多さだろう。さて、今日紹介するプリンストン大学とスミソニアン研究所からの論文は多くの数の多様な草食動物の共存を支える食性についての研究で、6月30日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「DNA metabarcoding illuminates dietary niche partitioning by African large hervivores (DNAバーコードを用いたメタ分析はアフリカの大型草食動物の食物ニッチの分割を明らかにする)」だ。この研究の目的は、アフリカの大型草食動物同士が食物をめぐる競争をどう回避しているのかを明らかにすることだ。この目的で、ケニアにあるMpala研究センター内の草食動物の食性を2013年6月から7月にかけて調べている。これまでの研究と大きく違う点は、それぞれの動物の食性を糞の中に含まれるDNAを用いて調べている点で、この研究のハイライトはこの方法に尽きる。これまで私たちの腸内細菌叢を大便から抽出したDNAの中の16SリボゾームRNA遺伝子を指標に調べる研究が急速に進んでいることを何回も紹介した。ただこれは腸内で生きて活動している細菌のDNAの話で、食べた植物のDNAとなると話は別だ。消化や腸内細菌の作用を受けてDNAは他の分子共々分解される。このグループは、この難しい条件でも植物共通に存在する葉緑体のトランスファーRNAの一つをコードする葉緑体ゲノム遺伝子が腸内での分解に耐えて糞の中に検出できることを見出した。この研究はこの方法が全てで、あとは一定の区域で、2種類のシマウマ、バッファファロー、家畜、ゾウ、インパラ、アンテロープの一種ディクディクを追いかけ、排出されたばかりの糞便を採取、DNAを分析してどの植物を食べているかを調べている。おそらく大変な仕事だろうが、それでも毎日楽しくやれる研究だろう。この方法だと、どの植物を餌にしているかはっきりと特定できる。この研究からわかった面白い結果を次に列挙しておく。 1) シマウマ、バッファロー、インパラ、ゾウ、ディクディクの順序で、完全に草だけを食べる動物から、潅木や葉っぱなど雑食性の動物まで連続的に食性が変化しているのを確認できる。 2) 草食性の中ではシマウマが食べる植物のレパートリーが少ない。 3) アフリカのサバンナで草食性の動物が最もよく食べるのが、イネ科の植物で、一方雑食性の動物はマメ科が多い。私たちもあまり変わらない。 4) それぞれの動物の餌は重なっているが、食べる植物種の種類の多様性と割合は明らかに異なっており、それぞれが違う食性を持つことが同じ場所の共存を可能にしている。 要するに、それぞれが食性のニッチを持つことで、サバンナで共存しているという結論だ。もちろん、まだまだ落とし穴があるように思う。しかし古代人のゲノム研究を見ればわかるように、方法は確実に進化する。同じ手法を様々な動物に当てはめていくことで、野生動物の食性マップをより正確に知ることができる。これが絶滅危惧種の保護につながる可能性も高い。改めて次世代DNAシークエンサーが生物学全体を変えていることを思い知った。
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7月10日:乳ガン増殖を抑えるプロゲステロン受容体(Natureオンライン版掲載論文)

2015年7月10日
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乳ガンの悪性度を測るとき、今一番頼りになる指標がエストロゲン(女性ホルモン)受容体(ERα)、プロゲステロン(黄体ホルモン)受容体(PR)、そして受容体型チロシンキナーゼHER2の3種類の分子の発現だ。例えば最も予後がいい乳ガンはERα陽性PR陽性HER2陰性のタイプだ。この3種類の分子のうち、ERαとHER2は正常の乳腺にとって必須の増殖シグナルで、これが乳ガンでも働いているということは、ガンになっても正常乳腺と同じ増殖因子を必要としていることを意味する。従って、エストロゲンの阻害剤タモキシフェンや、HER2に対する抗体が乳ガンの増殖を抑える可能性が高く治療がしやすい。一方、3種類の分子の発現が見られないトリプルネガティブと呼ばれる乳ガンは、全く異なる分子メカニズムを増殖に使っており治療が難しいと説明されている。しかしこの説明ではPRの役割は見えてこない。実を言うと、なぜPR陽性のガンが陰性のガンに比べてたちがいいのかよくわかっていなかった。今日紹介するケンブリッジ大学からの論文はこの長年の疑問に答えた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Progesterone receptor modulates ERα action in breast cancer (プロゲステロン受容体は乳ガンでのエストロゲン受容体αの作用を変調させる)」だ。ERαとPRはともに核内受容体と呼ばれ、エストロゲン、プロゲステロンと結合して核内に移行、DNAに結合して様々な遺伝子の発現を誘導する分子だ。このグループはプロゲステロンの作用でPRがERαと直接結合するのではと考えSILAC(http://aasj.jp/date/2013/12/08参照)という同位元素を用いた方法でこれを調べ、乳ガン細胞にプロゲステロンを加えるとERαに結合する様々な分子複合体の中にPRが加わることを確認した。次にこの複合体がゲノムのどの領域に結合するかをChip-seqと呼ばれる方法で調べ、PRと複合体を作ることで、通常のERα結合領域に加えて、本来PRが結合している15000箇所にERαが結合するようになることをつきとめた。この新しく活性化される遺伝子には細胞死や細胞分化に関わる分子が多く、プロゲステロンが細胞増殖を抑制すること合致している。この時、ERαに結合しているFoxA1がパイロット因子(http://aasj.jp/news/watch/3300参照)として転写因子の近づきにくい閉じた領域にも複合体が作用できるように働き、普通の乳腺なら働かない細胞死や分化の遺伝子が発現するという結果だ。次に乳ガン細胞株や切除したばかりの乳ガン細胞にプロゲステロンを添加すると、ガンの増殖が抑制され、タモキシフェンでERαの機能を抑制している場合もプロゲステロンは高いガン抑制効果を持つことを示し、プロゲステロンを乳ガンにもっと積極的に使っていいのではないかと示唆している。最後に、実際のガンのPR遺伝子を調べ、PR陽性でも多くのケースで片方の遺伝子が失われていること、また遺伝子の量が半分になることで予後が悪くなることを示し、ガンにとってPRは確かに邪魔者で、PRの発現だけでなくその量を調べることの重要性も示している。まとめると、プロゲステロンによりPRが核内に移行してERαと結合することで、ERαの周りに集まった様々な転写因子をPR結合部位に再分配し、活性化することでガンの増殖が抑制されるという結果だ。タモキシフェンの結合したERαは核内に移行し複合体を作っているので、PRと複合体を作った後細胞増殖を抑制する効果は特に阻害されていない。従って、タモキシフェンとプロゲステロンの併用はより強い効果があるのも納得できる。長年の臨床的疑問に答えた素晴らしい研究だと思う。これまでメカニズムがわからないためとためらわれていたプロゲステロンも再発例にはもっと積極的に使われるのではと思う。
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7月9日:平均寿命・男女差のルーツ(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2015年7月9日
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我が国の平均寿命は2013年の調査で男性80・21、女性86・61と女性の方が6歳以上長生きだ。ただこれは我が国特有の現象ではなく、統計調査が行われているほぼ全ての国で見られる。このため、この傾向が歴史的に変わらなかったのかなど疑問に思ったことはなく、女性は生まれつき長生きだと思い込んでいた。今日紹介するUCLA・地域社会健康センターからの論文は、平均寿命の男女差をなんと200年にわたって調べ直した研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Twentieth century surge of excess adult male mortality(20世紀の成人男性の死亡率の過剰上昇)」だ。この研究では37カ国の年代別の死亡統計を集めたHuman Mortality Database (死亡率データベース)の中から、19世紀初頭からデータが利用可能な1763に及ぶ出生コホートを抽出し、各世代、各年齢での死亡率を比較した研究だ。戦争などの影響を除くために、40歳になってから80歳までの各年代で男女の死亡率を計算している。まず驚くのは、確かに女性の方が長生きである傾向は昔から見られるが、この差が20世紀に入って生まれた世代から急速に拡大している。少なくとも40歳を超えた時点で男女の余命がこれほど大きくなったのは20世紀特有の現象ということになる。各国別にこの差の経緯を調べると、フランス、スイスではこの傾向が早く始まり、北欧の国々では遅くから始まっている。さらに、英国では1930年代以降に生まれた世代でこの差がまた縮小している。そして最も驚くのは、この差のほとんどが心血管病によるもので、この要因を除くと男女差は19世紀に見られた差のレベルまで戻る。そして、この心血管病の差を生み出した要因の35%は喫煙の広がりによるものだと計算している。実際喫煙習慣が広がったのは市民が豊かになり始めた20世紀からで、それ以外はタバコを買えるのは金持ちに限られていたのを再認識する。この結果から、40歳以降の死亡率の男女差は確かに存在するが、豊かになり心血管病による死亡が男性で急上昇することがこの差の最も大きな要因となっていることがわかる。心血管病が増えた最も大きな原因は、個人が豊かになることで動物性脂肪摂取の増加したことが一番大きい。しかし、男女差の原因を作るもう一つの要因が、男性に多い喫煙で、喫煙率の低下している先進国ではこの差が減ると予測できる、と結論している。当たり前と思っていることを、エビデンスで正確に裏付ける気持ちの伝わる面白い論文だった。この論文を読んでいて「21世紀の資本論」で注目されているトマ・ピケさんの論文や本を思い出した。この本を書く前からピケさんは結構有名で、経済学は素人の私も友人に勧められてPicketty and Saezが2012年に発表した「Optimal labor income taxation(労働収入への最適な課税)」レポートを読んだほどだ。100年にわたる統計を掘り起こし、計算機という新しい道具で処理することでより科学的な指標で歴史を見直す手法だが、歴史に学ぶというアナール派の伝統を感じる。この論文も同じ延長にある。そして、個人の記録をできる限り残すことが、為政者や有識者の観点よりはるかに歴史にとって重要であることを再確認した。
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7月8日:長期記憶を担うプリオン型分子(6月17日号Neuron掲載論文)

2015年7月8日
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エリック・カンデルといえば、アメフラシという海生軟体動物の反射を用いて、長期記憶が神経興奮により神経細胞自体が変化し新しいシナプスが形成されることによることを示し、ノーベル賞に輝いた脳科学者で、1929年生まれだからもう86歳になる。これまで論文を直接読んだ記憶はないが、彼の書いた総説で「記憶は神経細胞発生・分化だ」と書いてあったのに感心したおぼろげな記憶がある。今日紹介するのはそのコロンビア大学カンデル研究室からの論文で、長期の神経変化誘導にプリオン型の分子が関わることを示している。6月17日号のNeuronに掲載され、タイトルは「The persistence of hippocampal-based memory requires protein synthesis mediated by the prion-like protein CPEB3 (海馬を介する記憶の維持にはプリオン型タンパクCPEB3によるタンパク合成が必要)」だ。神経細胞刺激による細胞分化が誘導され、シナプス形成が変化すると言っても、ホルモンやサイトカインのシグナルと比べると、神経刺激は刺激時間が短い。そのため、短い刺激を持続型の細胞変化に変える仕組みが必要になる。カンデルたちは、これを細胞内で重合し分解されにくいというプリオン型のタンパクが担っているとにらんでいたようだ。すなわち、短い刺激で誘導されると、すぐプリオンのように重合化して分解されない形態に変化する性質は、長期に遺伝子発現を維持することができる転写因子としてうってつけの性質だと考えて、候補分子を探し、CPEB3に行き着いたと思われる。この研究では、この考えが正しいかどうかを検証している。結果をまとめると、1)長期記憶が成立するとCPEB3が誘導され神経内で重合する、2)生後CPEB3遺伝子をノックアウトしてもほとんど神経症状はない、3)しかし記憶の固定は障害され、シナプスの長期増強が消失する、4)またこのマウスでは神経細胞のAMPA受容体遺伝子の発現誘導ができない。以上の結果から、神経刺激によりCPEB3が誘導され重合体を形成することで、長期間AMPA受容体を含む様々な分子の発現が維持され、それにより新しいシナプス形成が誘導されるという結果だ。最後に、CPEB3の重合に関わるN末を変化させ重合ができなくなった分子をノックアウトマウスに導入しても機能が回復しないことから、神経内で分子が重合することが機能に必須であることを示している。プリオンがなぜこの世に存在するのか、ポジティブな意味を考えることから思いついたシナリオをよくここまで実験的に証明したと、カンデルの執念に感心する。このまま信じていいのか、私には正しい評価をする知識がないが、もし本当ならプリオン型タンパクは転写を持続させるため欠かすことのできないメカニズムで、プリオン病はその負の側面を見ているということになる。そしてプリオン病の伝搬から考えると、一個の神経細胞内で形成されたCPEB3重合分子がシナプスを超えて新しい神経にゆっくりと伝搬するかもしれない。おそらくカンデルもそこまで研究を進めていくような気がする。
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7月7日:単細胞プランクトンの眼(Natureオンライン版掲載論文)

2015年7月7日
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単細胞プランクトンも眼点(eye spot)と呼ばれる光センサーを持っていて、種によっては太陽光を感じて慨日リズムを調整し、住む深さを変えることがあることは知っていた。しかしまさか単細胞プランクトンの中に、構造的に角膜、レンズ、そして網膜を備えた光を感じる器官を持つ者がいるなど想像もしなかった。今日紹介するカナダ、ブリティッシュコロンビア大学からの論文は渦鞭毛藻と呼ばれる仲間の単細胞プランクトンが持つオセロイドと呼ばれる光を感じる器官の形成に関する論文でNatureオンライン版に掲載された楽しい論文だ。著者として我が国の国立遺伝学研究所の早川さんという女性研究者も参加している。タイトルは「Eye-like ocelloids are built from different endosymbiotically acquired components (眼に似たオセロイドは異なる細胞内共生により獲得された構成要素からできている)」だ。写真を示せないのが残念だが、この論文は海外で大きく取り上げられたようでGoogleには単細胞プランクトンの眼、オセロイドの写真が溢れているので見て欲しい(例えばEurekAlert サイト参照: http://www.eurekalert.org/multimedia/pub/94600.php)。どうしてこれほど美しい器官が細胞の中に形成できるのか誰もが不思議に思う。これほど複雑な器官を、単純な眼点を基盤に一から作り上げることは大変だ。このグループは、ミトコンドリアや葉緑体など、元は細胞自体が由来の細胞内共生器官が変化してこの器官ができたのではないかと考えた。実際、葉緑体は光を感じて光合成を行うことから、十分可能性はある。これを証明するため、詳しい電子顕微鏡解析と、細胞中のオセロイドを単離してDNA解析を行ったのがこの仕事だ。まず遺伝子解析から紹介しよう。葉緑体やミトコンドリアは細胞内共生と呼ばれ、それぞれの機能を持った細菌が細胞中に取り込まれて共生するようになった器官で、細胞から独立した活動をしている。ただ渦鞭毛藻類は最初単細胞性紅藻由来の色素体(plastid)を持っていたが、その後様々なプランクトンから色素体を取り入れ、現在その多くは機能を失った器官として残っているという複雑な進化を辿っていることがわかっている。従って、オセロイドの由来は単純でない。周りの遺伝子が汚染しないようよく洗ったオセロイドのDNAの配列を調べると、予想通り色素体の光合成機能に関わる遺伝子の存在を確認した。すなわち、色素体が特殊に分化したものがオセロイドであることが分かった。最後に形態学的にオセロイドの構成要素と細胞内小器官との関係を調べると、まず網膜体は周りの色素体につながっていること、また角膜やレンズはミトコンドリアとつながっていることを発見した。これらの結果から、オセロイドは単独で進化したのではなく、色素を失った色素体が特別に分化しミトコンドリアや小胞体を巻き込んで形成される器官だと結論している。残念ながら、このプランクトンは培養ができないため、分裂過程でオセロイドも独自に分裂するのか(おそらく構造的には分裂は難しいように感じる)、あるいは新しく形成されるのかなどはよくわからない。葉緑体のチラコイド構造が光依存性に新たに形成されることを考えると、分裂時に新しいオセロイドができてもいいだろう。ではなぜ眼点のような単純な光センサーではダメなのかという疑問が湧くが、これについては他のプランクトンの出す蛍光を検出するためではないかと想像しているようだ。いずれにせよ、このプランクトンの培養が次の問題で、この技術が開発されれば楽しい世界が待っていると思う。今日は楽しい細胞内共生の話で七夕向きだと思って選んだ。
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7月6日:続くras変異ガン制圧の戦い(7月2日号Cell掲載論文

2015年7月6日
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おそらく上皮性のガンの半分近くは変異型ras遺伝子が細胞異常増殖のドライバーとして働いている。このため発見以来30年にわたってこの分子を制御してガンを治す試みが続いてきた。しかしこの歴史は新しいアイデアの提案と失敗の連続の歴史で、結果、大手の製薬会社はrasをドライバーとするガンに対する薬剤開発には及び腰になっていることを4月22日このホームページで紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3288)。rasにより誘導される細胞死を防ぐメカニズムを標的にした薬剤の開発もこの歴史の一ページを飾った失敗の一つで、ras変異ガン制御の手段としては誰も見向きもしない過去の方向性になっていると思っていたら、どっこい諦めない面々は必ずいる。今日紹介するドイツケルン大学医学部からの論文は、K-ras活性化によっておこる細胞分裂チェックポイント阻害剤がK-ras変異を持つガンに効くことを示した論文で7月2日号のCellに掲載された。タイトルは「A synergistic interaction between Chk1-and MK2 inhibitors in KRAS-mutant cancer (K—ras変異ガンではChk1阻害剤とMK2阻害剤が相乗作用を示す)」だ。繰り返すがK—ras変異がおこると細胞毒性が出てしまい、細胞は自発的に死ぬ。ガンはこれを抑制する変異を重ねて、このK—rasの毒性部分を制御し、異常増殖する。このグループは、もともと同じ過程に関わる異なる標的に対する阻害剤を組み合わせた時に相乗効果がある薬剤の組み合わせを計算するソフトを開発し、薬剤併用の効果を調べていたようだ。この過程で、細胞分裂を調節するChk1,MK2に対する阻害剤を組み合わせた時K-rasやB-rafの変異をドライバーとして持ち、CDKN2Aを介する細胞周期抑制機能を喪失しているガンに選択的に効果を示すことを発見した。はっきり言ってこの論文のメッセージはこれに尽きる。後はこの阻害剤の組み合わせの作用機序を調べ、細胞分裂を抑制するCDK25Bの機能が阻害剤により選択的に抑制され、分裂が制御できなくなり、結果DNAの切断が起こり細胞死に至ることを示している。そして、この薬剤の組み合わせがK-rasやB-raf変異を持つガンを移植したマウスモデルでガン増殖を抑制すること、K-ras変異を導入したマウス肺がんモデルで作用を示すこと、そして肺ガン患者さんの胸水から分離した細胞の細胞死を誘導することを確認している。ガンの研究としては極めてオーソドックスで、なぜこれまでわからなかったのか不思議なぐらいだ。しかし、この研究で使われた阻害剤はともにファイザー社が開発したもので、おそらく同じような薬剤は数多くあるだろう。もしこの研究が示すように大きな副作用がないなら、すでに開発された薬剤を見直すための臨床研究を始める価値は大きいと思う。ただ最近、特異的な標的薬を使うほど、ガンの方もそれを上回る方策を開発して薬剤抵抗性を獲得する強さを持つことが分かってきた。この新しい方法も結局ガンの根治には届かないかもしれない。しかしそれを覚悟して臨床研究を待つ価値は十分あると思う。
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7月5日:パーキンソン病を引き起こす感染性病因(Annals of Neurology掲載論文)

2015年7月5日
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論文を読んだ後紹介しようかどうかためらう場合がある。多くは、患者さんを混乱させる心配がある場合や、逆に患者さんに対する間違った考えを植え付ける懸念がある場合だ。例えば新しい病気の原因や治療の可能性についての論文で、科学的妥当性はあっても、まだまだ研究が必要な場合だ。結論だけが一人歩きしないようにどう紹介するか難しい。実際、紹介を見合わせる場合の方が多い。今日紹介するデンマーク・オーフス大学からの論文も紹介するか迷った。ただ、特に患者さんの不利益になるわけではないので、あえて紹介する。タイトルは「Vagotomy and subsequent risk of Parkinson’s Disease (迷走神経切除のパーキンソソン病の発症リスク)」で、Annals of Neurologyオンライン版に掲載された。研究は単純で、1977年1月から1995年12月までに十二指腸潰瘍を抑えるために迷走神経切除術をデンマークで受けた患者さんを20年にわたって追跡し、パーキンソン病の発症を調べている。なぜ迷走神経切除術とパーキンソン病の関係を調べるかというと、パーキンソン病の中には、外来の病因が腸管から体内に侵入し、迷走神経を通って脳に到達することでおこる一群があるのではないかという考えが根強くあるからだ。わかりやすく言うと、パーキンソン病が狂牛病と同じメカニズムでおこるとする考えだ。実際、パーキンソン病の原因の一つとしてここでも紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3590)αシヌクレインは、変性すると神経から神経へと、シナプスを超えて伝達できることも知られており、パーキンソン病もプリオン病だとする考えにも一理ある。もしこのメカニズムがパーキンソン病の一部を説明できるなら、迷走神経を切除してしまえば感染は防げることになる。これを疫学的に確かめようとしたのがこの研究だ。さて、迷走神経切除術には2種類あって、消化管を支配する全ての神経を切断する術式と、食道と胃を支配する神経だけを選択的に切断する方法だ。もしパーキンソン病の病因が腸管から侵入するとすると、後者の術式では防げない。6万人の対照群、5339人の完全切除群、5870人の選択切除群のパーキンソン病発症率が比べられた結果、1年間の発症率が対照群で0.128%、全切断群で0.065%、部分切断群で0.096%という結果を得ている。すなわち、全切断群ではパーキンソン病の発症率が対照群の51%、部分切断群の67%に低下するという結果だ。この結果が他の要因を反映している可能性を考察した後、現時点の結論として、疫学的にはパーキンソンの一部はプリオン病である可能性が高いと結論している。この研究は一見キワモノ狙いに見えるが、もし本当なら病因を特定し、パーキンソン病を予防できる可能性がある。デンマークだけでなく、食生活の違う様々な国で同じ調査を行い、病因を探ることが重要になるだろう。ただ、迷走神経切除術が潰瘍治療として使われなくなった今、このような調査が可能な国は、患者登録システムが長年にわたって行われている欧米に限られてくる。残念ながら、わが国でも迷走神経切除例の追跡調査は不可能だろう。こんなところで過去の衛生行政の不備が実感されるとこの国は本当に先進国なのか心許なくなる。
カテゴリ:論文ウォッチ
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