12月5日:ガン治療は確実に進んでおり、進み続けなければならない(12月3日号The Lancet掲載論文)
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12月5日:ガン治療は確実に進んでおり、進み続けなければならない(12月3日号The Lancet掲載論文)

2014年12月5日
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我が国でも3人に1人がガンにかかる時代だ。と言っても、実は我が国全体のガン罹患統計はない。我が国では地域ガン登録、院内ガン登録と称して、病院や地域で別々にガン患者さんの登録が行われているが、予後調査を正確に行える体制とは言えない。私自身、大学時代から考えると、6回県をまたいで引っ越ししている事を考えると、ガン登録は国レベルで行うべきなのは明らかだ。これで対ガン10カ年計画を建てようというのも乱暴な話だ。我が国にシンクタンクが育たないのは、おそらくデータを大事にする習慣がなく、その場の思いつきで政策が行われるからだろう。一方以前も紹介したが、英国では国レベルで疾患の発症と予後を追跡するシステムが出来上がっている。今日紹介する英国ガン研究所からの論文は、1971年から2011年の間にイングランドと、ウェールズでガン登録された患者さんたちの予後を追跡した研究で12月3日号のThe Lancetに掲載されている。タイトルは「40 year trends in an index of survival for all cancers combined and survival adjusted for age and sex for each cancer in England and Wales, 1971-2011:a population based study(全てのガンを合わせた生存指標と各年齢、性別に調整した生存率の40年の傾向。イングランドとウェールズの1971−2011年の集団調査)」だ。羨ましいことに770万人の登録患者さんのデータだ。また、1971−2011の40年間というと私自身の大学卒業から引退するまでの期間とほぼ重なり、感慨が深い。論文自体は膨大な統計データで、詳細は割愛して面白いと思った点だけを列挙しておこう。1)生存率(診断後1、5、10年で算出している)はこの40年で着実に伸びている。ガン全体で見たとき、現在では診断後10年生きれる可能性は約50%だ。ただ、これはあくまで生存率で、ガンが完全に治ったわけではない。完治を目指すのが医学の目標になる。2)予後の点から3群に分けることができる。予後の最も良いのは精巣ガンだが、乳がん、前立腺がん、子宮体がん、ホジキン病、黒色腫が含まれる。次が中程度で、これには直腸がん、白血病などが含まれる。そして最後が予後が悪いグループで最悪が膵臓癌、次が肺がん、食道癌、脳腫瘍、胃がんと続く。3)予後のいいグループでは40年で生存率の大幅改善が全ての時点で見られる。しかし、例えば膵臓癌だと1年生存率では確かに改善が見られるが、5年生存率では全く変化がない。医学が総力をあげてチャレンジすべきゴールがはっきりとわかる。4)多くのガンで高齢者の生存率の改善ははかばかしくない。特に、化学療法が必要なガンになると医学の進歩は高齢者には届いていない。しかし標的治療など新しい方法の導入で、オーストラリアやカナダから高齢者のガン治療成績の上昇が報告されており、これからの医学が貢献できる領域だ。5)国の対ガン政策が効果を上げているかも検証できる。詳しく見ると、イングランドとウェールズで対ガン政策導入の時間差が2年あったようだが、1年生存率の差として現れている。6)最後にどのガンで見ても生存率はプラトーに達していない。すなわちまだまだ改善の余地があり、これに医学は答える必要がある。まだまだデータは眠っており、政策に活かせる情報が満載だろう。こんなデータを見ると、本当に我が国の官僚は何を目標にしているのか、暗澹たる気持ちになる。

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12月4日:アンジェルマン症候群の治療(Natureオンライン版掲載論文)

2014年12月4日
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神経疾患には、例えばアルツハイマー病、パーキンソン病といったように、発見者の名前がついた病気が多く、学生の頃神経疾患を学ぶのに苦労するに原因になっていた。私の学生時代は、これらの病気の原因はほとんどわかっておらず、高々遺伝性があるかどうかぐらいが精一杯だった。その後分子生物学が発展し、多くの病気のメカニズムが明らかになり、治療法開発も視野に入ってきた疾患の数は確実に伸びている。今日紹介するテキサス・ベーラー大学からの研究は、アンジェルマン症候群と呼ばれる病気の治療が可能であることを示した研究でNatureオンライン版に掲載されたところだ。タイトルは「Towards a therapy for Angelman Syndrome targeting a long non-coding RNA(長いノンコーディングRNAを標的にしたアンジェルマン症候群治療に向けて)」だ。このアンジェルマン症候群はUBE3Aとなずけられたタンパク質ユビキチン化酵素遺伝子の突然変異で起こる遺伝病だ。と言っても普通の遺伝病と違って、インプリンティングという一方の染色体からの遺伝子だけを抑制するメカニズムを巻き込んだ複雑なメカニズムで起こる病気で、教師の側から言えば試験に出したくなる病気だ。この遺伝子の存在する領域では、母方の染色体でインプリンティングされている領域がある。ただこの領域はUBE3A自体の調節領域ではなく、遺伝子をコードしていない長いRNA(ncRNA)の転写を調節している領域がインプリンティングで抑制されている。すなわち、このncRNAは母方の染色体では抑制されているが、父方の染色体では発現している。さらに複雑なことに、神経細胞ではこのncRNAが離れているUBE3A遺伝子の転写を抑制するところまで伸びてくるのだが、他の細胞では途中で伸長が止まる。その結果として父親側からきた染色体のUBE3A遺伝子だけが、神経細胞だけで抑制されるという極めて複雑な状態になっている。なぜこのように複雑な制御が必要かを考えると、おそらく神経細胞ではUBE3A分子の量を半分にしておかないと分子が毒性を発揮しだすからだと思うが、ヒトでもマウスでも同じような調節を受けていることから、大事な調節機構なのだろう。この状態で母親側のUBE3A遺伝子が変異を起こすとどうなるだろうか?残っている父親側からのUBE3Aはサイレンスされているため、神経細胞だけでUBE3Aが欠損する状態が生まれる。これが病気の原因だ。しかし、父方の遺伝子は実際には全く正常で、エピジェネティックにもメチル化されているわけではなく、ただncRNAで抑制されているだけだ。そうなら、このncRNAを抑制するRNAを細胞内に導入すれば治るはずだと、この可能性に挑戦したのがこの研究だ。まだ全てマウスの段階の研究で、詳細は全て省くが、結果は明瞭だ。培養細胞はもちろんのこと、この抗ncRNA作用のあるRNAを直接脳脊髄液に注射したり、時には海馬に投与すると、完全ではないが脳内でのUBE3A分子が回復し、安定に作られるようになった。さらに、行動解析から記憶の回復も見られることから、この方法が治療として有効であることを示している。もちろん、ncRNAの転写を止めたわけではないので、治療としては他の方法を組み合わせる必要があるだろう。しかし、一旦成長した脳でも効果があることは勇気づけられる。ぜひ治療まで持って行って欲しいと思う。現役の頃なら試験に出したくなる論文だった。

 

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12月3日:腎臓繊維化の原因(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2014年12月3日
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肝炎でも、腎炎でも、慢性炎症治療の重要な目標は一旦起こると戻ることができない繊維化を防ぐことだ。しかし、現在も炎症自体を抑える以外、繊維化を防ぐ明確な治療法はない。このため、繊維化自体のメカニズムの解明が待たれている。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は腎臓の繊維化に関わると思われる少し意外なメカニズムを示した研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Defective fatty acid oxidation in renal tubular epithelial cells has a key role in kidney fibrosis development (腎尿細管での脂肪酸化の異常が腎繊維化の鍵になる)」だ。この研究でもまず繊維化のメカニズムを探るべく、慢性腎炎(CDK)患者さん95人から得られた腎組織の遺伝子発現を正常と比べている。もちろん炎症に伴い上昇する遺伝子が多くリストされてくるが、それと同時にいわゆる脂肪を燃やす酵素群の発現が低下していることに気づいた。同じ現象がマウスの実験モデルでも見られることを確認した後、モデル実験系で脂肪代謝と腎繊維化の関連を調べる実験へと進んでいる。脂肪肝と同じで、腎炎でも尿細管上皮細胞に脂肪が蓄積することが知られている。この研究でも、腎尿細管は体の細胞の中でももっとも脂肪代謝が高く、エネルギーを脂肪酸化によって得ていることを確認した。そこでまず、腎尿細管に脂肪が蓄積するようにした遺伝子改変マウスを調べたところ、脂肪が蓄積するだけでは腎繊維化は起こらない。腎尿細管が繊維化の起点になるのではというアイデアを検証するため、尿細管細胞株に繊維化を強く誘導するTGFβ1で刺激すると、やはり脂肪酸化システムが抑制され、その結果細胞死に至ることを発見する。すなわち、腎炎組織で分泌されるTGFβ1が直接細尿管細胞に働いて、脂肪代謝を抑制する。普通の細胞なら他の回路でエネルギーを調達できるが、尿細管のエネルギーは脂肪に依存しており、その結果細胞死が始まり、繊維化に移行するというシナリオだ。では脂肪代謝を改善すれば繊維化を防ぐことができるか?。尿細管に様々な脂肪代謝に関わる酵素を発現させると、確かに繊維化が遅れる。そこでコレステロールを下げることが知られている脂肪代謝改善剤フェノビブラートや試験的な薬剤C75を投与したところ、尿細管の細胞死が抑制できることを見出している。私自身これまで繊維化を脂肪代謝と関連させて考えることはなかったので、興味深く読んだ。特に、すでに脂肪代謝改善に使われている薬剤が人の繊維化進行を抑制するなら重要な発見だと思う。ただ、モデルマウスのように腎尿細管特異的に脂肪代謝を改善させることは困難だ。このアイデアが本当に慢性腎炎患者さんの朗報になるのか、あるいは実験モデルだけの話か、期待を持ってもう少し様子を見たい。

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12月2日:破傷風毒素(11月28日号Science掲載論文)

2014年12月2日
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日本の医学生にとって破傷風といえば北里柴三郎だ。コッホ研究室でベーリングとともに、嫌気性菌の培養法を確立し、破傷風に対する血清療法を確立した。パストゥールの免疫原(ワクチン)に対し、北里は血清(抗体)の発見と位置づけられる。北里は熊本県小国村出身だ。ずいぶん前、熊大医学部の教授になって第一回目の免疫学の講義の時、熊大だから北里から話をするべきだと意気込んで、「君たち、抗体を初めて発見した人は誰か知っているか?」と切り出したら、誰も知らず白けた覚えがある。今日紹介する英国ガン研究所からの論文は、破傷風毒素が細胞内に取り込まれる経路を特定した研究で11月28日号のScience誌に掲載されている。タイトルは、「Nigogens are therapeuticc targets for prevention of tetanuss (ニドジェンは破傷風治療の標的分子)」だ。私も知らなかったが、破傷風毒素は2つの分子の重合体で、小さな分子が筋肉興奮を抑制するシナプスを阻害するタンパク分解酵素で、この結果筋肉痙攣が続く悲惨な症状を引き起こす。一方大きい方の分子は、毒素が神経細胞内に取り込まれ、軸索を通って神経細胞体へと移動するのに必要であることがわかっていた。しかし、毒素がまずどの分子に結合して細胞内に取り込まれるのか実は明確ではなかった。この研究では、まずタンパク化学を駆使して、毒素が運ばれているエンドゾームを解析し、この分子がニドジェンと呼ばれる神経細胞の基底膜を形成する分子に結合することを突き止める。そして、エンドゾームに取り込まれた後、ニドジェンと毒素は安定に維持され、毒素が長期に渡って働くのに一役買っていることを明らかにした。ニドジェン遺伝子がノックアウトされた神経細胞には毒素は結合せず、また取り込まれない。他にも多くの実験が行われているが、この発見がこの研究の全てだろう。破傷風治療の観点から見たとき、この論文で最も重要なのは、ニドジェンと毒素の結合を阻害するペプチドを特定したことだろう。このペプチドを投与すると、毒素の神経への結合が阻害され、完全ではないが神経痙攣が起こるのを抑えることができる。北里とベーリングによる破傷風血清療法(1890年)から125年を経て、初めて新しい治療法の可能性が生まれた記念すべき論文だと思う。毒素はニドジェンをうまく利用して、ほんの少量でも神経細胞に濃縮され、細胞を殺すことなく恐ろしい痙攣を維持するための完璧なメカニズムを備えていた。このメカニズムを知れば知るほど、どうしてこんなメカニズムがどこにでもある嫌気性菌に必要だったのか、進化の不思議に圧倒される。

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12月1日:遺伝子変化と生活習慣(11月27日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年12月1日
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これまでなんども紹介してきたように、ガンが発生するためには、ガン特有の性質を発揮させるための遺伝子突然変異が必要だ。だからと言ってガンを単純に遺伝病と考えてはいけない。体の細胞に突然変異が蓄積する大きな要因は生活習慣だ。もっともわかりやすいのがタバコで、喫煙者の細胞には多くの遺伝子変異が蓄積していることがわかっている。他にも肥満とガンの関係などが統計的に示されており、このような解析からひょっとしたら突然変異の起こりやすい生活習慣を特定できるのではと期待されている。遺伝子変異と生活習慣との関係を探るためには、まだガンの発生していない集団を経時的に追跡し、遺伝子突然変異が発生する過程を追跡する必要がある。コホート研究と、ゲノム研究の融合だ。今日紹介するハーバード大学医学部からの論文は、一般集団を追跡する22コホート研究から、血液細胞のエクソーム(遺伝子のうちタンパク質に翻訳される全ての部分)の解読が終わった17000人あまりについて、ガンに関係することが明らかな突然変異を調べている。タイトルは、「Age related clonal hematopoiesis associated with adverse outcomes (有害な結果と関連する高齢者血液のクローン性増殖)」で、11月27日号のThe New England Journal of Medicineに報告された。いずれにせよ1万7千人ものエクソームが解析されていることに驚く。高齢者になるとガン化を引き起こす突然変異が、血液細胞中に見つかるようになるという結果は、11月11日このホームページで紹介した論文と同じだ。母数が多い分さらに明確な結果になっている。まず40歳以前ではほとんど突然変異は検出できない。ところが60−69歳では5.6%、70−79歳では9.5%、80−89歳では11.5%、90歳以上では実に18.4%の人で末梢血にガン化に関わることがわかっている突然変異を検出できる。末梢血細胞は多くの幹細胞により生産される血液細胞の総和と言えるため、変異が見つかるということは、突然変異の結果増殖力が上昇し、クローン性増殖を起こした血液クローンが存在することを示している。幸い問題になる突然変異の数は742例中693例で1個だけなのですぐにガンを心配する必要はない。おそらく以前紹介した115歳の方の血液が2種類のクローンしかなかったというのも、骨髄がクローン性増殖を起こした細胞で占められた後でも、正常血液を作り続ける能力が十分あることを示している。さて、変異が起こっている遺伝子のトップ3は、高齢者に多い骨髄異形成症候群の原因遺伝子と考えられている、DNMT3a.Tet2,Asxl1などDNAのメチル化を調節する遺伝子だ。この結果も、高齢になると骨髄異形成症候群が増加するといる事実と合致する。また、突然変異の原因となった塩基変換の種類もほとんどが、老化による突然変異の特徴を有している。集団コホート研究では、白血病の発生と突然変異の関係を調べることもできる。予想通り、突然変異があると確かに白血病発症確率は上がる。とはいえ白血病の発症する絶対的確率は突然変異があるからといって期待したほどは高くなく、一部の細胞がクローン性増殖を起こし、ガンの突然変異を持っているからといってすぐ心配する必要はなさそうだ。さて、この研究の面白いのはこれからだ。突然変異の存在と、その後の生存をプロットすると、血液の突然変異があると余命が明らかに短いことがわかる。ただ、死因を調べてみると血液疾患の死亡率が上がって余命が短くなったわけではなく、死亡率上昇の原因のほとんどは心血管疾患だ。特に、突然変異があって、赤血球の大きさが大きい集団の死亡率が高い。赤血球の大きさが上昇することは心血管病のリスクファクターだが、これだけでは説明できないレベルの死亡率上昇だ。示された結果はこれだけで、論文の結論としては、血液細胞の遺伝子突然変異を起こしやすい人は、心血管病で亡くなるリスクが高いと述べられているだけだ。ここからは私の想像だが、高齢になって血液に突然変異が起こりやすくなる特定の生活習慣があるような気がする。もしそうなら、その習慣を突き止めることの意義は大きい。論文を見ると、106人の70歳以上の突然変異を持つ集団について、全員が死亡するまで200ヶ月に渡って追跡した記録があるようだ。詳しい死亡原因と、他の検査データとの相関を是非報告してほしい。これまでなんどもガンと生活習慣が語られてきた。ほとんどは統計学的解析結果に基づいている。しかし、これからは疫学から得られる結果の背景にあるメカニズムを理解することができるのではと期待している。

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11月30日:論理的にがん免疫療法を進める手段が揃った(11月27日号Nature掲載論文)

2014年11月30日
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11月21日このホームページで、ガンに起こった多くの突然変異の中から、ガンだけに発現している抗原を特定して、ガンに対する免疫が成立するかどうかを調べる方法について紹介した。同じ趣旨の論文が11月27日Nature 誌にドイツのベンチャー企業から発表された。この2編の論文は、ともに、ガンのタンパク質に翻訳される全遺伝子部分(エクソーム)検査を行うことで、免疫療法が可能かどうかが予測できる可能性を示している。今このようなガンの免疫療法が期待される背景には、免疫反応を弱める細胞表面分子に対する抗体療法が実際の臨床に応用されようとしていることがある。11月21日紹介したCTLA4と呼ばれる分子と、今日紹介するPD1及びPDL1分子だ。これまで高い可能性があるとして期待されてはいたが、結局試行錯誤が続いていたガンの免疫療法が、合理的な予測可能な治療に転換するための材料がついに揃ったという実感を私はひしひしと感じている。しかしこれは私だけではない。このことをアナウンスするために、なんとPD1/PD-L1抗体についての臨床論文3編が同じ号のNatureに同時掲載された。これは特殊なことだが、Natureの編集者もガン免疫療法の急展開を実感してのことだろう。この3編の論文のうちロンドンのクィーンメリー大学から発表された最初の1編のみを紹介するが、他の論文のメッセージは全く同じだ。タイトルはMPDL3280A(anti-PD-L1) treatment leads to clinical activity in metastatic bladder cancer (MPDL3280A(anti-PD-L1)治療は転移性膀胱癌に効く)」だ。転移性膀胱癌は現在治療が困難だ。研究では、この患者さんからまず生検組織を送ってもらい、ガン組織に浸潤する細胞について、免疫を弱めるPD-L1の発現程度を0−3段階に分類し、その後ロッシュ社が提供する抗PD-L1抗体を投与して経過を見ている。要するに、免疫を弱めるPD-L1分子が強く発現しているガンほどこの抗体療法が効くという予想が当たるかどうか調べている。結果は予想通りで、発現程度が最も高い3度の患者さんでは50%、2度で40%、1度で13%、0度で8%と、発現が高い場合に効果が得られる。ただこの発現と効果の完全な一致が得られないのは、組織が今回の治験の1−10年前に採取されており、抗体治療時のガン組織の状態を反映していないからと想像している。これまで全く打つ手がなかった転移性膀胱癌に大きな光がさしてきたことは確かだ。ただ、この論文の最も重要なメッセージは、CTLA4やPD1/PD-L1に対する抗体療法は、免疫反応が成立し、その反応をこれら分子が抑えているときにだけ効果があることを示している。この種の抗体はこれから続々上梓されると思うが、きちっと検査をした上で効果を予測し投与することが重要で、ともかく注射して様子を見てみましょうなどといった試行錯誤に頼らないことが大事だ。おそらくこの抗体治療は1回数十万円するのではないだろうか。とすればまずお金をかけて、組織の免疫抗体法検査、エクソーム検査を組み入れても、無駄な治療が行われるよりずっとコストは安上がりだろう。これまでワクチン療法、ガンの細胞移入など多くのガン免疫治療は「理論的には効くはずですからやってみましょう」と試行錯誤が続いてきた。今回の研究も含めて現在急展開しているガンの免疫療法は、その効果を合理的に予測し、患者さんの期待に100%答える治療法に大きく前進したことを意味する。エクソームを調べれば、個人用のワクチンを設計することも可能だ。期待を裏切らないガンの免疫療法元年が始まった。そのためにも、まず医療現場で新しい免疫療法の意味を完全に把握し、従来の試行錯誤的治療を排除していく努力が必要だと思う。

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11月29日エボラビール遺伝子ワクチン(11月27日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年11月29日
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11月28日アメリカ疾病予防管理センターが発表した数字では、エボラビールス感染者は15000人を突破した。このような数字をほぼリアルタイムで報告し(WHOのサイトよりずっと見やすい)、軍隊を中心に緊急援助を展開するアメリカの貢献には頭がさがる。一方、我が国の首相はエボラ援助に関する国際会議のスピーチで「何としてもエボラ出血熱の流行に終止符を打たねばなりません。日本としても能うかぎりのことをする決意であります。・・・これまでの取組を強化するため、新たに4000万ドルの支援を行うことを、この場でお約束します。」と、結局は援助金の増額を約束するにとどまらざるを得なかった。国際会議でのスピーチで金の話しかできず、専門家10名を現地に派遣したのが精一杯という状況でスピーチを強いられて、世界の前で恥をかかされた首相はさぞ悔しかったことだろうと察する。アメリカに目を移せば各国への人的支援だけではない。新しい治療やワクチンにも緊急援助を行い、感染を早期に食い止めようと必死だ。今日紹介するアメリカNIHからの論文は、エボラワクチンの臨床試験が加速しており、実現に近づいていることを報告する論文で、11月27日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Chimpanzee adenovirus vector Ebola vaccine-preliminary report(チンパンジーアデノウィルスベクターを用いたエボラワクチン、予備的報告)」だ。パストゥール以来様々なワクチン製造法が開発されてきたが、徐々に遺伝子工学をもちいる手法に変わりつつある。安全性や、ウィルス側の変異に迅速に対応するためにも、機動性が高い。今回使われたウィルスベクターはチンパンジーのアデノウィルスを改変したベクターで、このベクターにエボラウィルスのグリコプロティンを組み込んでワクチンを作成している。論文を読むと、2011年に開発が始まったらしいが、サルを用いた研究でこのウィルスベクターのワクチンとしての高い能力が示されていたため、このベクターが選ばれたようだ。2014年5月にエボラの発症が確認されたすぐからFDAと話し合い、認可までの道筋を圧縮することが決まり、今回の第1相試験が行われた。エボラウィルスのグリコプロテインも系統により異なるので、2種類のグリコプロテインを組み込んだベクターを含む様々なベクターが作成され、健常人に200億個、2000億個のウィルス粒子を一回投与して、抗体とT細胞免疫の出来方を調べている。結果は上々で、2000億個を投与すると4週で抗体価が平均で500倍上昇し、T細胞免疫記憶も成立しているという結果だ。特にT細胞記憶は、2度目の免疫やビールスの進入で、強い2時免疫反応が起こることを期待させる。第1相なので、もちろん安全性の確認が目的だが、ワクチン接種後すぐに発熱した人が2割に出ているが、対応可能ということで次の段階に進める。かなり期待できる結果だと思う。この論文についてはNBCニュースもHope at last, trial Ebola vaccine seems to work (ようやく希望の光、エボラワクチンの効果がありそうだ)と詳しく報告している。エボラの死亡率は感染者の半分以上と恐ろしい。しかしパストゥールが立ち向かった狂犬病は死亡率100%だ。この緊迫感の中で、着実に技術を開発する医学はやはり誇らしく思う。しかし、我が国の国際貢献のあり方についてはせめてアメリカの10%の能力が出せる程度を目標に再検討すべきだろう。

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11月28日:バンパイア伝説の検証(11月26日PlosOne掲載論文)

2014年11月28日
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今日は出張で朝時間がないので、読みやすい結論のはっきりした論文を取り上げる。何年か前ルーマニアをレンタカーでまわったが、もちろんドラキュラ伝説で有名なブラン城も訪れた。城郭としては普通の作りで、ヨーロッパではどこにでもある城だが、観光客の列が途絶えない賑わいようで、やはりドラキュラ伝説の後押しが大きいことを実感する。実際、周りの土産物屋はドラキュラグッズで満ち溢れているが、一歩城に入ると伝説を偲ぶためには想像力が必要で、この落差もまた面白い。今日紹介する南アラバマ大学からの論文は、ドラキュラではないが、17世紀のポーランドの村落で、バンパイアを人々がどう考えていたかを研究した面白い論文で、PlosOneに11月26日に掲載されている。タイトルは、「Apotropaic practices and the undead: a biogeochemical assessment of deviant burials in post-medieval Poland (厄除けとゾンビ:中世以後のポーランドで特別の埋葬が行われた遺骨の生物地質化学的評価)」だ。まずこの研究に参加しているのはアメリカとカナダの研究所だけで、ポーランドの研究所は参加していない。しかし、著者名を見るとGregorickaとPolcynという名前があり、アメリカ在住のポーランドゆかりの人が、故郷の研究を行っているような雰囲気だ。研究ではポーランドのDrawskoという村のお墓の調査で見つかった6体の魔除けが行われた遺体が、よそ者なのか、それとも村落の構成員なのかが調べられている。論文によると、東欧のバンパイアは、外部から来て村人を襲うと考えられていたよそ者と、死に切れずに悪霊になてしまった村民の霊が屍体を生き返らせたバンパイアに別れるようだ。ポーランドの民話は後者の方で、多くの霊は霊界をさまようだけだが、一部の霊はバンパイアとして屍体を生き返らせ災いをもたらすように描いている。では誰の霊がバンパイアになるのか?よそ者なのか?ノートルダムのせむし男のようなハンディキャップを持った人たちか?これを調べるにはこれまで文献を当たる以外になく、誰が悪霊とみなされたのかの基準についてはよくわかっていなかったようだ。今回、多くの屍体の中で、首に石が置かれ、口の中にはコインを詰められた遺骨や、あるいは草刈り鎌が首に置かれた遺骨が見つかり、明らかにバンパイア封じが行われている証拠が見つかった。これを利用して、ではこの魔除けを施された遺体はどんな人だったのかを調べようとしている。まず、遺骨には特にハンディキャップはない。年齢も多様で、特徴はない。最後に、よそ者か地元の人かどうかを、ストロンチウム87とストロンチウム86の比を調べて検定している。この比は、その土地の土の成分を反映し、村で長く暮らしている村民の骨は食物からこの土地の成分を摂取するため、ほぼ土壌と同じ値を示す。すなわち、普通に埋葬された遺骨の示す値から大きく逸脱しておればよそ者の遺骨と結論できる。さて結果だが、魔除けを施された遺骨も、普通に埋葬された遺骨と同じ値を示しており、よそ者でなかった。結果はこれだけで、結論として疫病が流行する初期に最初に亡くなった人がバンパイアとして疫病を広めるのではと想像している。もちろん将来は遺骨から遺伝子も回収できるはずで、このような村落の成立をゲノムから見直すこともいつか行われるだろう。リチャード三世だけでなく、墓からもう一度歴史を調べ直す動きは今後もますます加速すると思う。次は何が出てくるか楽しみだ。

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11月27日:マウスY染色体から見える男女の競争(11月6日Cell誌掲載論文)

2014年11月27日
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論文を読んでいると、知識はあると思っていたのに何も知らなかったことに気づき驚く。今日紹介するマサチューセッツ工科大学から発表されたマウスY染色体の話もその典型だ。これまでY染色体はなんとなく消え去る運命にあると思っていた。構造上ヘテロクロマチンと呼ばれる凝縮した染色体構造をとり、存在する遺伝子も少なく、組み換えが起こらない。このような構造から見て、なくなってもいい染色体と思っていた。しかしこのマウスY染色体塩基配列の完全解読の論文を読んで認識が変わった。タイトルは「Sequencing the mouse Y chromosome reveals convergent gene acquisition and amplifyication on both sex chromosomes(マウスY染色体全塩基配列から、両性染色体での遺伝子の収斂的獲得と増幅が明らかになった)」で、11月6日号のCellに掲載されている。もともとY染色体は繰り返し構造が多く、完全に塩基配列を解読することができていない。このグループはY染色体を完全にカバーするライブラリーを作成して99%まで完全と言える解読を完成させている。完全と言えるまで一人になってもやり遂げるという強い意志を感じる仕事だ。その結果、常識は覆された。まずマウスY染色体はヒトY染色体とは違い凝縮が全くないユークロマチンで、数多くの遺伝子が存在している。たとえヒトやサルでY染色体が消え去る運命にあっても、マウスでは全く様相を異にする。次に、性染色体が常染色体から分離した時に存在していた最初の頃の遺伝子をほとんど失っており、この部分は全体の2.2%しかない。言い換えるとX染色体から大きく分化している。驚くことに、古い遺伝子を捨て去った後の残りの98%にはマウス独自の新しく獲得された遺伝子で満たされている。さらに、この新しい遺伝子8種類のうち、3種類(Sly, Srsy, Ssty)で、それぞれ126,197,306と凄まじい増幅が起こっていることだ。また、これらの遺伝子の相同体がX染色体にもあり、これらにも増幅がみられる。重要なのは、X染色体上にある相同遺伝子も精子に発現している点だ。増幅は、XYの組み換えで起こったとは考えられない。すなわちX、Y独立して増幅を行っているようだ。なぜこんなことが起こるのかを解明するには、もう少し様々な種を比べる必要があるだろう。面白いことに、Y染色体が短くなってこれら遺伝子の量が減ったマウスでは、不妊になる代わりに性比がメスに偏ることが知られている。ここから想像を逞しくすると、X、Y染色体がメス、オスの比を自分に有利にしようと軍拡競争を行っているように思える。Yはオスを増やすために3種類の遺伝子をできる限り増やそうとする。一方、Xも負けじと相同遺伝子を増幅しメスの割合を増やそうとする。この競争の結果Y染色体は消え去るどころか、ますます存在感のある染色体へと発展する。逆に人間はこの軍拡競争はやめて男女の平和共存を進めてきたようだ。Y染色体の存在感が薄れて女性化するのは人類が選んだ戻ることのできない道だ。競争か共存のどちらが種の繁栄をもたらすのか、見届けられないことははっきりしているが面白い。大変勉強になる論文だった。

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11月26日:いい匂いはどう認識されるのか(11月19日号Neuron誌掲載論文)

2014年11月26日
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匂いの基本は、化学物質と嗅覚受容体の相互作用により誘導される細胞の電気的興奮だが、個々の嗅覚受容体は反応できる化学物質の特異性が厳格に決まっている。一方、私たちが匂いを感じる時は、様々な化学物質が複雑に混じり合った混合物を、一つの匂いとして特定している。例えばワイン、ウィスキー、日本酒とそれぞれを感じ分けている(少なくとも私は)。すなわち複数の嗅覚細胞の興奮を統合して一つの表象と対応させることが必要だ。この過程について研究したのが今日紹介するシカゴ、ノースウェスタン大学の論文で、11月19日号Neuron誌に掲載された。タイトルは「Configuration and elemental coding of natural odor mixture components in the human brain (自然に存在する匂い物質の混合物を人間の脳内で構造的かつ要素的コード化)」だ。さすがアメリカの研究で、ニオイ物質としてピーナツバターを選んでいる。まず、ピーナツバターの匂い成分をガスクロマトグラフィーと質量分析機で14種類の要素に分解している。もちろん他にも検出できない多くの要素があり、全部を要素化することは困難だ。これが自然の匂いを研究する難しさだ。この問題を克服するアイデアが面白い。全要素を突き止めて再構成するのは諦めて、この14要素とピーナツバターとして感じられる匂いの関係に絞って調べている。そのために、実験ではなんと被験者にピーナツバターを嫌という程食べさせて、もうピーナツバターは見たくないという気持ちが、各要素の認識にどう影響するか、自覚的評価とMRIによる脳内の活動状態を調べている。思わず笑いがこみ上げる実験だ。これを思いついた時点で実験は終わっていると言える。ピーナツバターが好きでも、やはり嫌になる程食べた後でまた匂いを嗅がされると、好感度は落ちる。この時脳内のどこで活動の変化が見られるかを調べると、OFC(眼窩前頭皮質)、AM(扁桃体)、AI(前部島)の3カ所で反応の低下がみられる。すなわちもう十分という意識に影響される部分が特定できた。次にピーナツバターを食べさせた後、個々の成分を別々に嗅がして、脳内の3領域で反応が低下するかどうかを調べている。さて結果だが、12の要素のうち、4要素で自覚的好感度が落ち、これと対応して、4要素を嗅いだ時のOFC、AMの反応も低下する。しかし残りのほとんどの要素はPBを食べ過ぎた影響を受けないという、曖昧なものだ。結論も、脳は個別の匂い要素に対応しつつ、全要素を構造化して認識していると明快でない。しかし私も結論がそう簡単に出るとは思はない。ピーナツバターをいやになる程食べさせたというアイデアだけで十分だ。読んで思わず笑いがこみ上げる論文など、そうお目にかかるものではない。今後に期待しよう。

カテゴリ:論文ウォッチ
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