カテゴリ:論文ウォッチ
8月3日:ハンチントン病発症を遅らせられないか(7月30日号Cell掲載論文)
2015年8月3日
ハンチントン病は、舞踏様運動と呼ばれる突発的に起こる踊るような手足の不随運動が特徴的な脳神経変性性疾患だ。他の変性性疾患と同様、進行性で現在のところ治療法がなく、唯一細胞治療の可能性がフランスなどで試みられている程度だ。多くの神経変性性疾患と異なり、病気の原因については、4番目の染色体に存在するハンチントン遺伝子(HTT)に存在するCAG繰り返し配列の数が増えることにより、神経細胞内にHTTタンパク分子が沈殿し細胞が死ぬことが主因であるとわかっている。したがって、繰り返し配列を遺伝子から除去しない限り、病気を治すことはできない。今日紹介するハーバード大学を事務局とするハンチントン病修飾因子探索コンソーシアムからの論文は、この厳しい状況をなんとか打開するきっかけを見つけようと、多くの機関が連携して病気の経過に影響を及ぼす遺伝的素因について調べた研究で7月30日号発行Cellに掲載された。述べた様に、HTT遺伝子の繰り返し配列の長さとハンチントン病発症が相関していることは明らかだが、同じ長さの繰り返し配列を持っていても、発症時期はまちまちだ。ほとんどの患者さんで最初の運動症状を示すのは35歳−40歳だが、20歳代で発症する症例もあり、大きなばらつきがある。もしこの差を生んでいる遺伝子背景が見つかれば、進行を遅らせるための方法が開発できるのではと考え、この研究では多くの患者さんの発症時期と相関するSNPをDNAアレー法を用いて調べている。千人規模の解析から、15番染色体と、8番染色体にハンチントン病発症時期と相関するSNPを見つけている。特に15番染色体の同じ場所に見つかった2つのSNPの一つは発症時期を6年程度早める効果があり、もう一方は1年半ほど遅らせる効果を持つことが分かった。この領域にはFAN1と呼ばれるDNA2重鎖の片側がの断裂を修復するときに働くヌクレアーゼと、MTMR10(脱リン酸化酵素活性を失ったフォスファターゼファミリー分子)が特定される。以前の研究でやはりDNA修復に関わるMLH1機能異常により病気の発症が早まることが示されていたことと合わせて考えると、ここでもDNA修復機構が病気発症の修飾要因として働いていることがわかってきた。今後この研究で発見されたSNPがなぜ発症時期に影響するのか実験モデルを使ったメカニズムの研究が行われるだろう。iPSも利用可能だ。だからといって、すぐ治療法が開発できると保証できるものではないが、遺伝病だからと諦めず、病気に関わるあらゆるプロセスを洗い出すことは治療法開発に重要だ。このような研究は実際にハンチントン病患者さんを診ている医師が集まって進めるしかなく、その意味で一つの方向性を示した研究と言える。私自身はこの論文を読んで、6月7日に紹介した、神経興奮はDNAが切断を誘導して細胞の転写を変化させるという研究を思い出した(http://aasj.jp/news/watch/3560)。ハンチントン病は生まれたときに診断が可能だ。もちろん「考えない」という治療法はないだろうが、脳内のFOS分子誘導が抑えられるような生活法もひょっとしたら将来の治療の選択肢にならないかと思う。次はおそらく全ゲノム解析の結果が出てくるだろう。諦めず、期待したい。
8月2日:調節性T細胞と妊娠(7月30日号Cell掲載論文)
2015年8月2日
私が免疫学に関わっていた頃は、異物に対する免疫反応と、自己に対する免疫寛容の2元論で話が済んでいた。そんなとき、千葉大学、のちに東大に移った多田先生のグループが、抗原特異的サプレッサーT細胞の存在を示す論文を発表し一世を風靡した。しかし、その後T細胞受容体とそれが認識する組織適合性抗原の遺伝子が明らかになることで、サプレッサーT細胞の概念はあっという間に消滅してしまった。あのときのフィーバーはなんだったのかと思うが、そんなときクローン選択による免疫寛容だけでなく、免疫反応を調節する抗原特異的T細胞が存在することを示したのが現大阪大学阪口さんだ。サプレッサーT細胞へのアレルギーがある頃で、論文を通すのに苦労していたのを覚えているが、今やこの概念は免疫学の中心に躍り出て、今年ガードナー賞を受賞している。今日紹介するシンシナティ大学からの論文はこの調節性T細胞(Treg)が、母親の免疫的自己を記憶することで妊娠時に胎児への反応が起こる確率を減らしていることを示唆する極めて概念的研究で7月30日号のCellに掲載された。胎児は母親から見ると父親の遺伝子を持つ異物になる。そのため免疫反応を抑制するため様々な仕組みが発達していることが知られているが、Treg誘導もそのひとつだ。ただ、これまでの考えは、この防御機構は妊娠時の母親と胎児の関係だけに通用し、その胎児が次の世代を妊娠する時まで影響はないとしてきた。この研究では、母親の細胞が子供に維持されることで、子供がさらに多様な抗原(子供には母親の持つ抗原の半分しか伝わらない)に対するTregが維持され、この維持が次の世代の妊娠、特に遺伝的に異なるオスと交配した時の胎児への免疫寛容に重要な働きを演じることを証明しようとしている。詳細は全て省くが、母親からの抗原とそれに対する反応を完全にモニターできる凝ったトランスジェニックマウスを使って、母親の細胞が子供に維持されているか、母親の細胞が発現している抗原に免疫反応が起こっているか、それに対するTregが誘導されているかなどを、様々な条件で調べている。その結果、1)子供の様々な臓器で母親の細胞が長期間維持されている、2)この結果母親の細胞に対する寛容を維持するTregが誘導されている、3)Tregの維持誘導には胎児期と同時に、母乳を通して母親の細胞が子供に流入することが必要、4)また成長後母親の細胞を除去するとTregが減少し、寛容が壊れること、5)Tregが誘導されないと、組織型の異なる父親胎児を妊娠した場合、子宮内感染などによる流産が増えること、6)Tregを妊娠途中で除去すると、組織型の異なる胎児の流産率が上がることなどを示している。これらの結果から、母親の細胞を長期間体内に維持することで、自分とは異なる組織適合性に対する寛容性を高めておいて、組織型の一致しないオスとの子供を持つチャンスを上昇させるという、少し概念的すぎる結論を導いている。ただ、そこまで考えを広げなくても、母親の細胞が子供に維持され、子供の免疫学的自己のレパートリーを拡大している点については納得できる。もともと高次脳機能の自己は、様々な他を受け入れて自己を形成できる点で、自己のゲノムを超えている。一方身体の自己も、自分のゲノムだけで決まるとしてきたこれまでの前提が、腸内細菌叢、そしてTregによる免疫学的自己の登場で大きく変化しているような気がする。しかしTregの概念がここまで広がっているのかと感心する。
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8月1日:全ゲノムレベルで個人間の遺伝子発現の違いを調べる(7月21日号Cell System掲載論文)
2015年8月1日
Cell Pressがまたまた新しい雑誌を発行することになった。Cell Systemsと言うタイトルで、いわゆるSystembiology全般を扱うための雑誌だろう。ただ、わが国でSystembiologyというと圧倒的に生物の行動を力学的数理処理により予想することが中心になっているが、7月29日の最初の雑誌に掲載された多くの論文が、全ゲノムレベルの情報処理を扱っており、生物をシステムとして全体的に眺める研究なら全て扱うように思える。しかし、CellとNatureによる寡占体制が急速に進んでいることを強く認識した。
さて、せっかくの第一号ということで、一つ論文を選ぼうと眺めたところ、一番興味を引いたのが今日紹介するスタンフォード大学からの研究で、個人間の遺伝子発現の違いを全ゲノムレベルで調べる研究で、タイトルは「Individuality and variation of personal regulomes in primary human T cells(T細胞のゲノムレベルの遺伝子発現状況の個人間の変異)」だ。例えば、全身性の自己免疫病は女性の方に多いが、なぜこの差が生まれるのかは遺伝子の配列の違いより遺伝子の発現調節の差によるところが多い。もちろん病気のリスクが個人個人で異なる原因の多くもそうだ。ただ、塩基配列の明らかな違いとして現れる差と違って、この発現量調節に関わるゲノムの差を特定するのは難しい。遺伝子発現はゲノム配列を反映していても、その発現は細胞ごとに異なる。エピゲノム研究が進んで、遺伝子発現の状態を調べることが各細胞で可能になってきたが、技術的にもコスト的にもハードルは高く、気軽に使えない。特に必要な細胞数を患者さんから集めるのも一苦労になる。この問題を解決するATAC-seqと呼ばれる方法を開発したのがこのグループで、これにより500−50000個の細胞があれば、現在活動可能になっている全遺伝子領域をマップすることを可能にした。原理は、タンパクの結合していない裸のDNA部位に選択的に挿入されるトランスポゾンを使っている。核を抽出してこれをトランスポゾン反応を支持する溶液に浮かべ、そこに遺伝子シークエンスに用いるプライマー配列を挿入したトランスポゾンを感染させる。すると、染色体の裸のDNA部分にトランスポゾンが飛び込み、これによりゲノム全領域の中で染色体の開いた場所を標識することができる。この標識はシークエンスプライマーになっているので、この標識部位をシークエンスるだけで、開いた染色体、すなわち転写が活性化されている場所とその頻度を調べることができる。大変よくできたシステムで、多くの研究室で使われるようになるのではと予感がする。研究ではこの方法を用いて、T細胞での遺伝子発現の男女差について焦点を当てた研究を行っている。この研究から、
1) X染色体不活化(http://aasj.jp/news/watch/3802参照)の際、同じ染色体にありながら不活化を免れる遺伝子の特定、
2)女性特異的に染色体が開いている場所の多くが、インターフェロンなど免疫エフェクターの転写に関わること、
3)このような部位の多くは一分子多形探索研究で様々な自己免疫病に関わるSNPとして特定されている領域と重なること。
4)試験管内でのT細胞活性化の経過をこの方法で追いかけて、病気と比較することができること。
などが示されている。論文では、それぞれの結論を他の方法と比べる膨大な実験を行っているが、それを割愛してもこの新しい方法が極めて優れた検出法であることがよくわかると思う。おそらくキット化され、臨床研究にも利用は拡大し、これまで特定が難しかったなんとなく家族に多いと言った病気リスクについての理解に大きく貢献すると思う。しかし、いい論文を軒並みさらっていくCell Pressの寡占体制は当分揺らぐようには思えない。
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7月31日:ユーイング肉腫発症メカニズム(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)
2015年7月31日
腫瘍が遺伝子の変異を基盤に発症することはまず間違いないが、ゲノムに起こった変異が特定されても、なぜ腫瘍が発生するのかわからないケースも多い。聞きなれない方も多いと思うが、そんな腫瘍の一つがユーイング肉腫だ。間葉系幹細胞に起こる腫瘍ということで私もずっと興味を持っているが、EWSR1(ユーイング腫から遺伝子の名前が付けられている)とFlI1(他のETSファミリー遺伝子の場合もある)が転座によってキメラ遺伝子を形成することが原因変異として特定されている。また、マウスの線維芽細胞株にこの転座キメラ遺伝子を導入することで腫瘍が発症することから、このキメラ遺伝子に発がん性があることも確認されている。しかし、この遺伝子が発現するとなぜ異常増殖が始まるのかはよくわかっていない。特にこの腫瘍は、この転座遺伝子以外に明確な遺伝子変異がなく、それも研究を困難にしていた。今日紹介するフランス・キュリー研究所からの論文はこの問題解明へ大きな一歩となる研究でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Chimeric EWSR1-FLI1 regulates the Ewing sarcoma susceptibility gene EGR2 via GGAA microsatellite (EWSR1-FLI1キメラ遺伝子はユーイング肉腫発症の感受性に関わるEGR2遺伝子をGGAAマイクロサテライトを介して調節する)」だ。ゲノム全体の変異を探索する研究から、EWSR1-FLI1遺伝子に加えて腫瘍発生の感受性を上昇させていると考えられる遺伝子部位がいくつか特定されていたが、この研究では細胞の増殖に関係ありそうな10番目の染色体にあるEGR2に狙いをつけている。この分子の発現をユーイング肉腫で調べると、発現が異常に亢進していることを発見した。この発現を抑えると、腫瘍の増殖は抑えられる。また、この分子を上流で制御している増殖因子のうち、FDF受容体がEGR2分子の発現に関わり、この腫瘍のドライバー遺伝子として働いていることを明らかにした。最後に、ではどうしてEGR2遺伝子の発現が上昇するのか、この領域のDNA配列を詳しく調べると、マイクロサテライトと呼ばれるGGAAの繰り返し配列が存在し、ユーウィング肉腫の患者さんでは、この中の配列が変化して2つのマイクロサテライトが結合して長いマイクロサテライト配列が新たに形成され、EWSR1-FLI1により誘導される遺伝子発現を大幅に亢進させ、発がんに至ることを突き止めている。これまで私は、EWSR1-FLI1キメラ遺伝子が発現すれば、多くの遺伝子の発現が上昇して、その結果腫瘍が発生するのかと単純に考えていた。しかしこの論文により、EWSR1-FLI1転座とともに、これに反応する側の遺伝子の変異が存在する必要があることが明確に示された。今後、同じようなマイクロサテライト変異が他の遺伝子領域に存在するか調べられ、他の治療可能性も探索されるだろう。長年興味を持ってこの病気についての論文を読んできたが、この論文のおかげでだいぶん整理がついた。
カテゴリ:論文ウォッチ
7月30日:核酸代謝をガン治療の標的に(Natureオンライン版掲載論文)
2015年7月30日
今書いている本で生命の始まる前の化学について考察する必要があり、有機物の代謝を勉強中だが、学生時代から代謝、特に代謝マップを見るのは苦手だった。基本的な代謝経路を含め、今でもほとんど頭に入っていないため、代謝経路に関わる論文を読むときはどうしても苦労する。それでも、医学部に入って最初のころ早石先生が核酸代謝とその異常について講義していたのを不思議と覚えている。今日紹介する英国オックスフォード大学からの論文はその核酸代謝の話だが、代謝嫌いの私が面白く読むことができた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「CDA directs metabolism of epigenetic nucleosides revealing a therapeutic window in cancer(シチジンデアミネースはエピジェネティックな修飾を受けた核酸代謝を調節し、ガン治療の一つの可能性を示す)」だ。この研究は素朴な疑問から発している。私たちの核酸、特にシチジンはメチル基やハイドロオキシメチル基で修飾されることで、遺伝子発現の調節に一役買っている。核酸は分解された後再利用されることがわかっているが、もし修飾された核酸がそのまま複製時に取り込まれたら、エピジェネティックな標識が乱れてしまうはずで、それを抑制する機構が必要となる。この研究はこの機構の解明を目指して行われ、代謝研究のテクニックを使って、修飾を受けたシチジンが分解され、その後2番目のリン酸を付加されるときに働く酵素がメチル化シチジンやハイドロオキシメチルシチジンには働けないことを突き止めた。この過程が壁になって、修飾されたシチジンがゲノムにとりこまれることが防がれている。実際の細胞でも、この防御が働いているかを調べる目的で細胞を高い濃度の修飾したシチジンと培養した所、ほとんどの細胞は期待通り正常に増殖した。すなわち修飾シチジンはとりこまないよう防御が働いていたが、幾つかのがん細胞で細胞死が認められるのに気がついた。なぜ防御が敗れたかを調べた結果、これらのガンではシチジンデアミネースという酵素の発現が上昇しており、これがシチジンのアミノ基を外して、メチル化シチジンをウリジンに、ハイドロオキシメチルシチジンをハイドロオキシメチルウリジンに転換してそのままゲノムにとりこませていることに気がついた。ウリジンは問題ないが、ハイドロオキシメチルウリジンはとりこまれると遺伝子が切断される。すなわち、デアミネースの上昇で他の核酸リサイクル経路が働いてしまって、本来存在していた防御が崩壊していることになる。様々な腫瘍でこのデアミネースが上昇していることがわかっているので、この現象を逆手にとって、デアミネースの高いガンを修飾シチジンで殺せるか調べると、正常組織には影響なく、ガンが縮小する。したがって、ガンのシチジンでアミナーゼの発現量は治療計画に結構重要な検査項目としてもっと注目すべきだという結論だ。質問も素朴で、最後も十分納得できる面白い代謝研究だった。
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7月29日:Common variable immunodeficiency (分類不能な免疫不全症)の新しい原因:臨床研究から基礎研究へ(7月24日号Science掲載論文)
2015年7月29日
Common variable immunodeficiency(CDI)という診断名がある。よく原因がわからないが、免疫不全と自己免疫病や、リンパ球増多症が同居する不思議な状態で、現役の時も分かったという感じがしなかった。特に免疫領域で阪口さんの制御性T細胞(Treg)が定着してからは、全体の反応バランスがブレーキとアクセルで微妙に調整されていると考えられるようになり、単純化して状態を把握することが難しくなった。さらにTregが発現して免疫のチェックポイントを調節するCTLA4のシグナルも一筋縄ではいかない。細胞内の小胞に蓄えられていて、刺激とともに急に表面に出る。とはいえ、CTLA4の機能を阻害したり、CTLA4の代わりになる物質が開発され、免疫を上げたり下げたりする目的で使われている。今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、CDIの一つの原因遺伝子を突き止めて、なぜこの変異がCDIを引き起こすか調べた研究で7月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「Patient with LRBA deficiency show CTLA4 loss and immune dysregulation responsive to abatacept therapy (LRBA欠損の患者さんはCTLA4の発現が低下し、abataceptに反応する免疫異常を示す)」だ。タイトルにあるabataceptというのは、CTLA4の作用を真似する目的で開発されたCTLA4とヒト免疫グロブリンFc部分のキメラ蛋白で、免疫を抑える目的で現在リュウマチに利用されている。経緯は詳しく書かれていないが、おそらくゲノムを調べるうちCDIの患者さんの中にLBRA分子の突然変異がある症例が発見されていたのだろう。この研究では両方の染色体でこの分子が突然変異を起こしている患者さんを調べている。患者さんは特に自己免疫による炎症が強く、また肺の炎症で呼吸機能が強く低下している。この患者さんの治療の一環としてabataceptを投与したところ、大きな効果が見られ、炎症が治まり、呼吸機能も回復したことから、このグループはLRBA機能不全がCTLA4の発現異常を起こしているのではと考え、今回の研究につながっている。詳細は割愛して結論だけをまとめると、LRBAは小胞体で蓄えられるCTLA4と結合し、リソゾームに移動して分解させないようにし、リサイクルを促進する過程に関わるという結論だ。このため、この分子が欠損すると分解が進み、CTLA4のリサイクルがうまくいかず、免疫のチェックポイント機能が働かなくなるという結論だ。これまでスッキリしなかったCDIについて、ある程度頭の整理がついてきた気がする。私がまだ免疫学にタッチしていた頃にホットトピックスだった話が、CDIという複雑な病気の理解に総動員され、その結果患者さんを治療することができるようになったという話で、納得の論文だった。しかし、CDIをはじめ原因がよく分からない病気はゲノムから調べてみることの重要性を再認識した。
カテゴリ:論文ウォッチ
7月28日:カメムシは場所に合わせて色の違う卵を産む能力がある(8月3日号Current Biology掲載論文)
2015年7月28日
翻訳があるかどうかわからないが、Stuart Firesteinという異色の経歴を持つコロンビア大学の神経科学者が書いた「Ignorance: How it drives science (無視することがどう科学を動かすか)」という本がある。科学者が何かに焦点を当てることで、他の事象を無視することの問題を取り上げた面白い本だ。焦点を当てた事象とともに無視した事象も同時的に起こっているなら、どう全体を把握していけばいいのかは21世紀の課題の一つだろう。一つの方法は、一般の人がもっと科学に参加するという集合的手法を開発し、無視する領域を縮めることだ。もちろん科学者も常に先入観を捨ててしっかり観察をする必要がある。今日紹介するカナダからの論文はそんな典型で、カメムシの一種が白から黒までの卵を状況に応じて産むという意外な現象の観察記録でCurrent Biology8月3日号に掲載されている。おそらくこのグループは卵の殻の色の多様性に興味を持って研究していたのだろう。事実、鳥でも昆虫でも、卵の色の多様性があるのは誰もが知っている。しかし、これは食べ物や環境による多様性の一つと考えられ、わざわざ環境に合わせて産む卵の色を変える動物がいるなど誰も想像しなかった。この論文のハイライト、はカメムシの仲間マクリベントリスのメスが色素含有量の異なる卵を産むことができるという発見だ。一匹のメスをシャーレの中で産卵させる実験を行い、黒く塗ったシャーレでは場所を問わず黒い卵が、透明のシャーレでは、ヘリや蓋の裏側に産卵するときは白い卵になることを見つけた。すなわち、光とともに、場所の特徴によって産卵する卵の色を変える。野生の状況で調べると、葉の表に産卵すると黒い卵、裏側に産卵すると白い卵になっている。これらから、おそらく重力などを感じて、葉の表か裏を感知して、それに合わせて産む卵の色を変えていることが分かった。葉の表は直接日光に当たり強い紫外線を受けることから、紫外線から卵を守るためではないかと考え、紫外線照射をすると、確かに黒い卵の方が影響を受けにくい。最後に、この色素の性質を調べ、メラニンではなくイカのセピアメラニンに近いことを、日本の色素科学の専門家伊藤さんや若松さんの助けを借りて調べている。話はこれだけで、どのように色素が卵に付加されるのかなど、メカニズムの研究はまだ何もできていない。しかし、一匹のメスが、色の違う卵を意図的に産むことができるという発見だけで十分だろう。焦点を当てながらも、目配りのできる科学者も数多くいる。これに一般の人が加われば全く新しい可能性が開けることは、ギャラクシー・ズーで証明済みだ。すなわち、コンピュータでは分類の難しい天体写真を、25万人の天文ファンが参加することで分類が進んだという成功を生物学も真剣に学ぶべきだと思う。
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7月27日:初期乳ガン補助療法としてのアロマターゼ阻害剤(7月24日The Lancetオンライン版掲載論文)。
2015年7月27日
明らかに有効な治療法を、新しい治療法で置き換えることはなかなか難しい。同じぐらいの効果なら、わざわざ新薬を使う理由にならないし、治験ではわからなかった長期服用による副作用の心配もある。この状況が乳ガンの再発を抑えるための薬剤タモキシフェンとアロマターゼ阻害剤の間で起こった。エストロゲン受容体陽性の初期乳ガンの場合、手術と局所放射線療法の後、エストロゲン受容体を阻害する薬剤を投与し続けるのが普通になっている。最初この目的でタモキシフェンというエストロゲンとその受容体の結合を阻害する薬剤が使われてきた。多くの治験によりタモキシフェンが再発を抑えることは確認されている。その後、閉経後の乳ガン患者さんの治療として、アロマターゼ阻害剤がタモキシフェンに代わって使えることが示され、薬剤の利用が始まった。閉経後の女性は男性ホルモンを変化させて女性ホルモンを作る。アロマターゼ阻害剤はこの過程を阻害するため、基本的には女性ホルモンの量を減らす治療だが、エストロジェン受容体の機能を抑え、ガンの再発を防止するという点では同じだ。しかし、タモキシフェンの効果があまりにも優れていたので、これをアロマターゼ阻害剤に変えるというプロトコルに変えることは難しく、アメリカ臨床ガン協会も、まずタモキシフェンを使った後アロマターゼ阻害剤に変えるのがいいと提言している。ただ、基礎研究から考えると、タモキシフェンのようにエストロゲンと受容体を競合する阻害剤は、受容体の突然変異を誘発しやすく、薬剤耐性の出る可能性があると思う。今日紹介する英国からの論文はタモキシフェンとアロマターゼのどちらがガン再発防止効果が高いかを調べるため、これまでの治験を調べ直した研究でThe Lancet オンライン版に掲載されたタイトルは「Aromatase inhibitors versus tamoxifen in early brest cancer: patient-level metaanalysis of randomized trials (初期乳ガンに対するアロマターゼ阻害剤とタモキシフェンの比較:無作為化治験の患者レベルのメタアナリシス)」だ。この研究では9つの別々の治験(全員で35129人)から、患者データを全て抽出し、治療プロトコルとガン再発抑制効果と、生存率を調べている。様々なプロトコルが使われていて、比べるのは大変だったと思う。また結果も複雑でわかりにくい点もあるが、最終結果は明確で、最初からアロマターゼ阻害剤を使う方が、タモキシフェンだけ、あるいはタモキシフェンを使った後、アロマターゼ阻害剤に変えるより、再発を2−3割抑制できるというものだ。再発乳ガンのゲノム研究を見ていると、患者さんの多くがエストロゲン受容体自体に新たな突然変異を起こして少ないエストロゲンでも増殖ができるよう変化している。同じことがアロマターゼ阻害剤で起こらないとは言えないが、その後からタモキシフェンを使える可能性もあるのではないだろうか。だとすると、アロマターゼ阻害剤から始める方法に改めた方がよさそうに思える。もちろん、治療の副作用として骨折の起こる頻度はアロマターゼ阻害剤の方が高いことは覚悟する必要がある。しかし、学会のガイドラインまで見直す徹底性には頭がさがる。
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7月26日:慢性リンパ性白血病の徹底的研究(Natureオンライン版掲載論文)
2015年7月26日
わが国では比較的患者数が少ないが、慢性リンパ性白血病(CLL)は人口構成が高齢化すると共に欧米諸国では増化傾向にある。問題は高齢の患者さんに使える治療法はどうしても限られる。このため、分子標的薬や免疫療法など、患者さんが十分耐えられる治療法の開発が待たれおり、公的研究助成も充実しているようだ。今日紹介するスペインの様々な機関が共同して発表した論文はCLLを徹底的に研究するという意気込みが表に出た研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Non-coding recurrent mutations in chronic lymphocytic leukemia(慢性リンパ性白血病に一定の頻度で見られるノンコーディング領域の突然変異)」だ。最初この論文を読み始めた時は、普通のガンのゲノム研究かなという印象だった。しかし読み進むと、あらゆる先進技術を駆使したガンの基礎研究であることがわかる。1年前まではある程度の患者数のエクソームを調べればトップジャーナルに掲載されていたが、この論文は、150例は全ゲノムを調べ、440例ではエクソームを調べるという膨大なガンゲノム研究になっている。もちろん数多く調べたからといってそう新しい結果が出るわけではない。発がんに関わると考えられるドライバー遺伝子のほとんどがこれまで指摘されたものだ。中でもNOTCH分子の変異が一番目立つ。少し意外だったのは、もともと突然変異が起こりやすくできているB細胞白血病のエクソームの変異が平均29/患者さんとそう多くないことだ。この論文でも突然変異に関わるAIDが発現していても、その効果は免疫グロブリンと一部の限られた遺伝子に集中しているようだ。このようなエクソームレベルの変異と予後も調べており、ドライバー遺伝子の変異が多いほど生存率が急速に低下することも10年以上の追跡結果で示している。論文では半分のケースで標的薬を使える可能性があると結論しているが、印象としてはゲノムがわかればわかるほどガンは多様化しており、治療が簡単ではないことも思い知る。ただこの論文のハイライトはタイトルにもある全ゲノムを調べることで明らかになってきた、エクソン以外の場所に見られた変異だろう。中でも2種類の変異が詳しく調べられている。一つはNOTCH遺伝子の変異で、スプライシングの異常を誘導する3’領域の突然変異の頻度が高い。これまでスプライシングに関わる分子の変異が白血病を誘導することが知られていたが(http://aasj.jp/news/watch/3416)、スプライシングを受ける側の遺伝子の頻度の高い突然変異が示されたのはこの論文が初めてではないだろうか。もう一つの変異はPAX5と呼ばれるB細胞分化に必須の分子のエンハンサーに見られる突然変異だ。話としてはこれだけになるが、驚くのは研究の徹底性だ。例えば、スプライシング異常により、分解を受けにくい短いNOTCH分子が作られていることを示すのは当然としても、PAX5エンハンサーに関しては、染色体のトポロジーを調べる方法でエンハンサーと相互作用をする遺伝子領域を特定し、クロマチン沈降法でその領域のヒストン修飾に関するマップを作っている。その上で、細胞株のエンハンサー部位をクリスパーを用いたゲノム編集法で操作し、この突然変異によりPAX5の発現が低下することまで示している。臨床経過との対応もきちっと調べており、NOTCHのノンコーディング領域の変異があると、コーディング領域の変異よりはるかに予後が悪いことも調べている。今あるあらゆる分子生物学的テクノロジーを集中させ、臨床データと対応させる包括的な研究が行われている。明確には述べられていないが、さらに集められた患者さんのデータは技術の進歩とともに進化できるようになっているのだろう。実際これだけの研究は臨床と基礎がしっかりタッグを組んでしか行えない。もちろん、国を挙げて協力関係があるからできるのだろうが、わが国で同じような協力関係が本当に可能で、ゲノム、エピゲノム、クロマチントポロジーまで最先端の解析を集中できるのだろうかと考えると心配になる。わが国でも新しく次世代ガンの研究助成が決まったという。本当にお金を配るだけでない、研究協力のオールジャパン体制がとれているのかぜひ見守っていきたい。
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7月25日:四つ足の蛇(7月24日号Science掲載論文)
2015年7月25日
「パンダの親指」、「ニワトリの歯」と、余分にあったり無くなってしまった形態を材料に進化の面白さを一般の人に伝えたのは、ティーブン・J・グールドだが、彼なら飛びつくキャッチーなタイトルの論文が英国ポーツマス大学からScienceに発表された。「4本足の蛇」とタイトルがついた論文(実際のタイトルは「A four-legged snake from the early Creataceous of Gondwana(白亜紀初期のゴンドワナ大陸に生息した4本足の蛇)」。)で、ブラジルのクラト近郊にある白亜紀の生物の化石が原型のまま保存されている地層で発見された蛇の化石についての話だ。南米白亜紀の地層はこれまでも多くの新しい発見を生んでおり、爬虫類や哺乳類の進化に興味を持つ古生物学者はこの地層に狙いを定めで化石の発掘を続けている。蛇に関して言うと、アルゼンチンの地層からNajashやSimoliophiidaeと名付けられた後ろ足と仙椎がハッキリ残る化石が出土していた。次は当然4本足が全て残る化石を発見しようとおそらく発掘が続けられていたのだろう。と言っても、努力だけでは今回のような発見はできないだろう。幸運の女神が微笑みかけた研究者の興奮が伝わる論文だ。話は、初めて4本足を持った蛇とみられる化石が見つかったという結果に尽きる。それではそっけないので、少し詳しく紹介しよう。もちろん百聞は一見に如かずで、論文に示された図を見ることなので、ぜひ一度ウェッブサイトを開いてみることを勧める。さて写真からわかるのは、間違いなく脊椎が150以上ある蛇だ。なんと腸のあたりには、食べた動物の骨が残っており、脊椎動物を餌にしていたこともわかる。後ろ足の腸骨、腓骨は後ろ足のある蛇NajashやSimoliophiidaeと同じだ。現在の蛇と比べると、顎が細く全般的に未熟な形態をしている。そして、退化はしていても明らかに前足が存在している。素人の私が見ても、人間の腕の構成とほとんど変わるところがない。残念なのは、後ろ足と違ってどこからどのように突き出しているのかがハッキリしないし、実際明確には述べられていない。いずれにせよ、初めて四つ足の蛇の存在が確認された。様々な形態的特徴を元にすると、オフィディアと呼ばれる蛇の先祖が、まず顎の骨の関節を獲得した蛇型の頭部構造を獲得し、体で締め上げるための構造を獲得し、歩くのに邪魔になった四肢をダウンサイズし、脊椎の数を増やして体を伸ばした後、前足から失ったという系統図が描ける。最後に、南米に見られる蛇の多様性から、おそらくこの系統進化はアフリカと南米が一つの大陸として繋がっていたゴンドワナ大陸で起こったのではと仮説を提唱している。また、これまで蛇はひょっとしたら水生の動物に変わることで手足を失ったのではという仮説があったようだが、4本足の蛇が見つかったことで、陸上進化説の可能性が強まったようだ。
自然史博物館を訪れると子供達は大型の恐竜の化石に群がるのを目にする。しかし、中学生以上にはぜひ、今回のような発見の重要性を教えてあげたいと思う。21世紀は一般の人たちが科学にもっと進出する時代になると思っている。化石の発見から得られる興奮は、これを担う次世代を育むための重要な教材になると思う。おそらくグールドもそんな思いで多くの本を書いたのだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ