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3月2日:他人の心を推し量るための神経細胞(Cellオンライン版掲載論文)

2015年3月2日
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考えてみれば、週刊誌は言うに及ばず、大手のメディアも、私たちが他の人間の心を知りたいという欲望を満たすために活動していると言える。逆にいうと、私たちはそれほど他人のことが気になる。あかの他人のゴシップでも気になるのだから、身近な人ならなおさらだ。しかし、他人の気持ちを汲もうとするこの欲求が、私たちの社会性の基盤になっていることは間違い無い。もちろん科学もこの気持ちを研究しようと努力している。例えば他人の行動を自分の行動と重ねるときに興奮するミラーニューロンが神経科学の大発見と言われる所以はここにある。今日紹介するハーバード大学からの論文も方向性は似ているが、さらに難しい課題、すなわち目に見える行動ではなく、他人の気持ちを推察するときに関わる神経活動をサルで調べた研究でCellオンライン版に掲載された。タイトルは「Neuronal prediction of opponent’s behavior during cooperative social interchange in primates (サルの社会交流時に相手の行動を予測する神経活動)」だ。この研究では、ミラーニューロン研究と異なり、相手の決断を知らない時に、それを自分の意図や行動とは切り離して推察するというさらに抽象的な過程を課題にしている。これをサルで調べるために、囚人のジレンマという課題をサルに行わせている。囚人のジレンマは2人の共犯者が、相手を裏切り警察と取引できるという状況での決断を調べる有名な行動課題だ。相手が裏切らず、自分が相手を裏切った場合が一番見返りが良い。逆に両方裏切ると、今度は刑が両方とも重くなる。両方裏切らなかった場合は、刑には服するが、量刑は軽いという設定だ。この研究では、懲役ではなく幾つのジュースを手に入れるかが褒美になっている。両方協力するときは4個のジュース、両方裏切った場合は2個のジュース、片方だけが裏切った場合は裏切った方に6個のジュースがもらえる設計だ。実験では、それぞれ別々の決断をさせ、決断結果を画面に示し、褒美を与えるという過程を何回も行わせながら、相手の行動を推察して協力することで褒美の量が安定することを学習させながら、推察に関わるとされている前帯状皮質にある300ぐらいの神経細胞の活動を同時に記録している。2匹のサルを同じ部屋で隣同士座らせ、囚人のジレンマを続けさせると、ヒトと比べた時サルは裏切りを選ぶ頻度が多い傾向はあるが、徐々に信頼を基礎とする決断をするようになる。この時、その前のトライアルで相手が裏切ったことを知ると、次の回は裏切る確率が上がる。すなわち、徐々に両方が相手の気持ちを推察すると得をすることを学習する。ただ、これは隣同士座っている場合で、相手をテレビ上のバーチャルのサルに変える、あるいは他の部屋に隔離し結果だけを提示するというセッティングで同じ実験を繰り返すと、協力する確率が半分以下に落ちる。すなわち、近い社会関係が存在していることが協力関係成立に必要なことがわかる。とはいえ、もし相手の決断が先にわかるようにしてやると、完全に自分が得する決断を行うので、純粋に利他的行動ではない。このような複雑な行動時の神経活動の記録を分析し、1)前帯状皮質に相手の決断を推定するときにのみ活動する神経細胞がる、2)これらは自分自身の決断で興奮する神経細胞とは重なっていない、3)この細胞は相手の以前の決断に影響される、4)相手の決断に関わる神経細胞は置かれた社会的状況に大きく影響される、5)この神経活動が抑制されると、協力関係が成立しない、ことを示している。その上で、推察する神経活動が確かに相手の決断と相関することを統計的に示している。少し長くなったが、要するに、行動結果を見なくとも相手の決断を想定して協力関係を成立させるために働いている独立した神経細胞が存在するという結果だ。論文を読むのは大変だが、行動に関する神経科学ほど外野の人間にとって面白い研究はない。ただ、やっている本人はおそらくサルを見たくなるほど大変だと推察する。

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