2013年11月10日、このホームページで京大の岡村さんたちが細胞時計に関わるRNAメチル化の役割についての明らかにした論文を紹介するまで、私も酵母からヒトまで、真核生物にRNAをメチル化したり、脱メチル化したりする機構があることは考えたこともなかった。しかし最近論文を見ていると、この分野は結構賑やかになってきているようだ。例えば2月27日号のScienceではイスラエルのHannaがRNAメチル化酵素を欠損したES細胞は多能性状態からの抜け出しが遅くなって、正常な分化が進まないことを示している。ただ、これまでの研究ではRNAのメチル化は、核からの移行や、RNA自体の安定性など一般的な性質の調節に関わるとされてきた。これに対し、今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、メチル化がマイクロRNAの調整に重要な役割を持つことを示した研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「N6-methyladenosine marks primary microRNA for processing (N6メチル化アデノシンはプライマリーマイクロRNA処理の標識)」だ。マイクロRNAは20−25塩基の短いRNAで、たんぱく質をコードするのではなく、様々な形で遺伝子調節に関わることが知られている。このRNAは先ずプライマリーマイクロRNAとして転写され、その後DGRC8、DROSHA,Dicerなどの分子の作用による処理を受けて短いマイクロRNAが作られる。このグループの本来の研究目的は、マイクロRNA調整過程の解明だったのだろう。マイクロRNAに高頻度に存在している核酸配列を探索していたところ、プライマリーマイクロRNAにRNAメチル化の標識配列が特に選択的に分布していることを発見した。また、100種類の脊椎動物のプライマリーマイクロRNAを比較すると、ほぼ全ての動物でこの標識配列が保存されていた。この結果から、プライマリーマイクロRNAからマイクロRNAへの処理過程にメチル化が関わるのではないかと狙いをつけ、次にRNAメチル化酵素Mettle3をノックアウトして見ると、期待通り様々なマイクロRNAの発現が低下する一方、プライマリーマイクロRNAが増える。即ちプライマリーマイクロRNAの処理が停止することが確認された。詳細は省くが、様々な生化学的研究から、プライマリーマイクロRNAがメチル化されることで、処理に関わるDGCR8が結合するヘアピン構造形成が促進され、DROSHAによって切断される量が上昇するというシナリオを提案している。これまでのメチル化RNAの研究から一歩進み、この機構がRNAの特異的処理にも関わることが明らかになった。メチル化がマイクロRNA処理だけに関わることはないだろうが、おそらく、この結果をもとに岡村さんやHannaの研究も再検討されるだろう。しかしますます生命維持機構は複雑になっていく。