意外なことにアルコール依存症の大きな要因は遺伝的要因であることが一卵性双生児の研究で示されている。はっきり言えばまず酒に強いという遺伝的要因が必要なわけだが、ADHのような直接アルコール代謝に関わる遺伝子を除けば、メカニズムの解析は進んでいない。今日紹介するバージニアコモンウェルス大学からの論文はこの問題に意外な方法で迫った研究で、3月10日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「SWI/SNF chromatin remodeling regulates alcohol response behaviors in Caenorhabditis elegans and is associated with alcohol dependence in human (染色体再構成に関わるSWI/SNFは線虫のアルコール反応調節に関わり、人のアルコール依存症と関連する)」だ。この研究では最初から染色体の構造変化調節を通して遺伝子発現調節に関わるメカニズムの中核を担っているSWI/SNF複合体がアルコールに対する反応とどう関わるかに焦点を絞って研究を行っている。もちろん、最初からヒトで研究できることではないので、モデル動物を使って研究している。ただこの動物選びの際、ヒトに近いマウスなどを選ぶのではなく、一足飛びに線虫という体全体の細胞数が1000個余りで、それぞれの細胞の機能や由来がはっきりしている動物を使っている。この動物を使うもう一つの利点は、RNAiという方法で遺伝子発現を抑えることが容易な点だ。問題は線虫のような単純な動物でアルコールに強いという性質をどう調べるかだ。この研究では線虫をアルコールに30分晒し続けると、最初麻痺していた運動が回復してくるという性質を、アルコールに強い事を示す性質として使っている。すなわちこの研究では、線虫は全て酒に強いと見なしている。次に、染色体再構成に関わるSWI/SNF複合体の遺伝子をRNAi法を用いて抑制して、アルコールに弱くなるかどうか調べる。この複合体は13の分子からできた複合体で、エピジェネティックスによる遺伝調節の基本分子であるため、分子はヒトも線虫もよく似ている。この方法で、実に13分子のうち9分子がアルコールが強いという性質に関わることが明らかになった(逆に言うと遺伝子機能を抑制するとアルコールに弱くなる)。この研究では、機能が落ちると最初からアルコールに強くなる分子コンポーネントがあることや、この検査系でアルコールの強さを決めているのが筋肉と神経であることも示している。線虫の実験はこれで終わりだが、ヒトでも同じことが言えるのかを確かめようと、アルコール依存性とこの複合体遺伝子の多型との関連をデータベースで調べている。予想通りこの複合体の一つの遺伝子の多型が強くアルコール依存性と関わっていることを見出し、線虫による実験結果がヒトのアルコール依存性の発症メカニズム解析にも役に立ったと結論している。線虫で分子を特定し、それをヒトのゲノム解析結果とつなげる一見スマートな研究に思える。しかし、読者の気を引きつけた割には結局何もわかっていないこともたしかだ。すなわちSWI/SNFのような染色体構造調節の中核にある分子の関わりがわかっても、それによって調節されアルコールに強い性質をつくる遺伝子を見つけないと結局具体的なメカニズムは何も語れない。昔と違って、染色体の構造をゲノム全体で調べるのはそう難しいことではない。できればそこまでやってほしいというフラストレーションが残った。残念ながら、私のアルコール依存生活には何の示唆も得られなかった。
3月29日:アルコール依存性遺伝子(3月10日号米国アカデミー紀要掲載論文)
2015年3月29日
カテゴリ:論文ウォッチ