今日紹介するベルリンにあるマックスプランク分子遺伝学研究所からの論文は、遺伝子重複によりこの区分化が狂うかどうかで、ほんの小さな違いが大きな形質の変化につながることを示した研究で10月5日号のNatureに掲載された。タイトルは「Formation of new chromatin domains determines pathogenicity of genomic dupl.ications(新しいクロマチン領域の形成の有無が、ゲノム領域の重複による異常を決める)」だ。
ヒトの突然変異の中には、ゲノム上の変異が完全に解読されても、その変異により起こる形質の変化を理解するのが難しい例が数多くある。特に、遺伝子調節領域だけに変異が起こると、解釈が難しくなる。
このような例の一つが、Sox9遺伝子上流の0.5Mbにわたる領域の重複により起こる、女性から男性への転換で、この場合性染色体はXXでも外見は男性になる。この形質から、この領域はsex reversal(性逆転)と呼ばれていた。ところが、同じ領域を含んだもう少し長い領域が重複すると、性転換は見られず、代わりに重複領域の長さに応じて、指が短く、爪が発達しない異常を特徴とするCooks症候群が起こることが知られていた。
これを染色体区分の変化による、遺伝子発現の変化から説明しようとしたのがこの研究で、性転換に関わるSox9エンハンサー領域、 Sox9遺伝子、そして隣の染色体区分に存在するKCNJ遺伝子が直接相互作用を起こしているか4C法を用いて調べている。
結果だが、
1) 正常と比べると、性転換型重複の場合、重複部位とSox9遺伝子との結合が上昇する。この結果、Sox9発現調節が乱れ、余分に発現した結果性転換が起こる。この場合は、しかし、染色体区分は完全に維持され、隣のKCNJ遺伝子と、重複領域との相互作用は阻止されている。 2) ところが、重複する領域が少し長いと、それまで2個の染色体区分の間に新しい染色体区分が生まれる。この新しい染色体区分の中に全く遺伝子が存在しない場合は、重複によっても異常は起こらない。 3) ところが、重複が少し長くなって、新しい区分の中にKCNJ遺伝子が引きずり込まれると、重複部位はSox9と結合せず、代わりにKCNJ遺伝子と相互作用を起こし、本来四肢での発現のなかったKCNJ遺伝子がSox9の発現部位に発現する。この遺伝子はBMP4シグナルの異常を誘導するのでCooks症候群が起こる。
とまとめられる。
実際にCooks症候群型変異でKCNJ遺伝子が発生段階で指に発現することを示すため、マウスでヒトと同じ重複を誘導、予想通り染色体区分の再構成により発生異常が起こることを示している。
これまで難しかったヒトの遺伝子変異を見事に説明した面白い仕事だ。
一方発生学者にとっては、染色体区分が変化するような重複で、これほど大きな形質の違いが起こりうることは進化を考える上で示唆に富む発見だ。おそらく、このような変化は、大きな形質の違いを生むための進化の駆動力として重要だったのではと想像される。病気から進化まで、想像をかきたてる面白い研究だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ