過去記事一覧
AASJホームページ > 2016年 > 10月

10月31日:タンパク質のスプライシング(10月21日号Science掲載論文)

2016年10月31日
SNSシェア
    プロテアソームで切断されたタンパク質が分断された後再結合するタンパク質のスプライシングを発見したのは、今年のノーベル賞を受賞した大隅さんが大学院を過ごした研究室の教授、安楽さんだが、オートファジーと比べると、この現象はなかなか表舞台に現れることはなかったと思う。実際私の様な門外漢でも、オートファジーについては数多くの論文を読んだが、今日紹介するベルリン・シャリテ医大とロンドン・インペリアルカレッジからの論文を読むまで、タンパク質スプライシングについての論文を読んだ記憶はほとんどない。
   この論文は、タンパク質スプライシングがT細胞を刺戟するペプチド抗原の生成に大きな役割を演じていることを示しており、今後、ウイルス感染免疫やガン免疫成立を考える時、避けては通れない現象になる可能性を示唆している。タイトルは「A large fraction of HLA class I ligands are proteasome-generated spliced peptide (クラスI組織適合抗原に結合するリガンドのかなりの部分がプロテアソームでスプライスされたペプチド)」で、10月21日号のScienceに掲載された。
   タンパク質スプライシングが重要な役割を演じるかもしれないと期待できるのが、T細胞刺激を誘導するペプチドの生成だ。私自身、このT細胞刺戟ペプチドは単純にタンパク質が9−12merに切断されてできてきたと信じ込んできた。しかし、もしタンパク質がスプライシングを受けるとすると、ペプチドの配列はもっと多様になる。
   幸い、最近細胞内のペプチドを網羅的に解析するプロテオーム解析が進み、データベースが整備され、タンパク質スプライシングが決して稀な現象でないことが明らかになってきた。
   この研究では、この様な進展を活かせる情報処理方法を開発し、様々な細胞表面上のHLA抗原に結合しているペプチドを溶出、解析してスプライシングによるペプチドがどの程度存在するか調べている。
   驚くことに、三種類の細胞で調べた時、なんと3割近くのペプチドがスプライシングにより生成されたペプチドであることが分かった。さらに、メラノーマを用いた別の研究から、スプライシングを受けたペプチドがT細胞の試験管内反応を誘導することも確認しており、タンパク質スプライシングにより本来ゲノムにはない新しい免疫原性のあるペプチドができることも示している。
   そして、同じタンパク質から生成されるスプライス型とノンスプライス型のペプチドを比べて、自己抗原ペプチドの三分の一がスプライス型であること、組織適合抗原と結合しやすい様なアミノ酸部位でスプライスを受けていることなどを明らかにしている。
   今後外来抗原やガン抗原での解析が待たれるが、著者らはプロテアソーム内でのタンパク質スプライシングにより、組織適合抗原上に抗原として提示されるペプチドのレパートリーが増えるため、このメカニズムが進化過程で選択されてきたと考えている。確かに、どのペプチドも組織適合抗原に提示されるわけではないことを考えると、スプライシングにより、抗原性を持つペプチドのレパートリーを増やすことは免疫系の多様性にとっては重要に思える。
   繰り返すが、次は外来抗原やガン抗原でのタンパク質スプライシングの役割についての研究を進めて欲しいと期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月30日:自己中心的な衝動を乗り越える(10月19日号Science Advances掲載論文)

2016年10月30日
SNSシェア
    昨日に続いて今日も心理学の論文を紹介する。
   今日紹介するスイス・チューリッヒ大学からの論文は、外から電磁気刺激で脳を操作して自己中心的な気持ちを克服する行動がどう変化するかの研究で、脳と行動を関連させるための操作介入研究だ。論文は10月19日にScience Advances に掲載され、タイトルは「Brain stimulation reveals crucial role of overcoming self-centeredness in self-control(脳刺激研究によって自己中心主義を乗り越える行動が自制心に重要な役割を演じていることが明らかになった)」だ。
   私たちは、将来のため、あるいは他の人との関係を維持するため、現時点の欲望を我慢することができる。この研究の目的は、将来や人間関係を考えて我慢が必要な二つの行動が、側頭頭頂接合部(TPJ)と呼ばれる支配を受けているという仮説を検証するために行われている。この脳領域は、今月10日に紹介した(http://aasj.jp/news/watch/5895)Theory of Mindと密接に関わると考えられている
  この仮説を証明するために、著者らは経頭蓋磁気刺激法(TMS)でTPJ領域の脳活動を操作し、被験者の行動が影響されるかどうかを調べている。
  将来のために我慢できるかどうかを調べるために、満期まで待てば160フラン、すぐに受け取る場合は0−160フランまでのお金がもらえるという条件で、どちらを選ぶかを決めさせる。例えば、1年待てば160フラン、今受け取る場合は50フラン、あるいは1ヶ月待てば満額、今受け取る場合は30フランと条件を変化させて、それぞれの場合で被験者に選ばせる。この実験をTMSでTPJを操作して繰り返し、影響を調べている。
  同じ様に、今度は最も近い親戚から赤の他人まで、様々な関係の人に自分の取り分をどれだけ他人に提供できるか、決めさせる。この時やはりTMSで刺激を加えて影響を受ける過程を調べている。
   結果だが、「今は我慢する」、あるいは「他の人と取り分を分かち合ってもいい」という気持ち自体はTPJ領域の帰納をTMSで乱しても影響されない。しかし、何ヶ月待てるか、今いくら受け取れるなら我慢できるか、あるいは、関係の大事さとそれに合わせた提供する額のような、量的な指標は大きく変化する。すなわち、我慢する、あるいは大事にするという判断の基準がより厳しくなる。
   最後に、これが自制心と関わることを示すために、他人の視点に立てるかについて調べる課題を行わせ(詳細は省く)、TPJ領域をTMSによって乱すと他人の視点に立つことが障害されることを示している。
   結論的には、TPJ領域は他人の視点に立つ、すなわちTheory of Mindと関わる脳の高次機能を介して、将来のために我慢したり、他人との関係を大事にする行動を支配しているが、我慢しても良い、他人との関係を大事にする気持ちそのものではなく、どの条件なら我慢するかといった気持ちの強さを支配しているという結論だ。
   最初に結論ありきの印象を強く持つが、しかしTMSがこの様に特定の脳領域操作に使えるなら、行動心理研究はかなり進展する気がする。
  一方、頭蓋の外から脳操作が可能だとすると、少し背筋が寒くなる。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月29日 嘘をつく心を分析する(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2016年10月29日
SNSシェア
嘘をつかないひとはまずいないと思うが、だからと言って世の中が大混乱に陥るわけではない。それは、ほとんどの人が嘘を小さな嘘で終わらせるブレーキを持っているからだ。従って、嘘の問題は、嘘をつくことに慣れてしまうことだ。
   今日紹介する英国・ロンドン大学からの論文は、このブレーキについての研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルはずばり「Brain adapts to dishonesty(脳は不誠実さに慣れてしまう)」だ。
   おそらく自分が嘘をつくのを観察されるのは誰でも嫌だ。そのため、嘘をつかす心理学実験は難しい。さらに、嘘をつかせながらMRIで脳の活動を調べるのはさらに難しい。この課題をなんとかこなしたのがこの研究だ。
   さて、嘘のつかせかただが、実験のためにやってきた被験者をまずダミーのもう一人に紹介し、これから一緒に実験に参加してもらうことを伝える。そして二人に実験の説明をした後、被験者にはパートナーの決断のためのアドバイザーにまわってもらうことを伝えて実験に入る。
   さて実験だが、大きなガラスジャーにコインが入っていて、いくら入っているかをパートナーに当てさせる。指南役の被験者には大きな写真が示され、パートナーには小さな写真しか見せない。さらに15−35ポンドのコインが入っていることを被験者だけに教える。そして、様々な条件下で、ジャーに入っている金額の推測のための情報を、被験者がパートナーに正しく伝えるかを調べている。
   例えばパートナーが高めに見積もった場合、被験者に多くのお金が与えられ、逆にパートナーは正確な判断をするほど多くのリターンがあるとすると、嘘をつくほど自分が儲かり、パートナーは損をする。    一方、パートナーをミスリードして間違わせたほうが両方に多くのリターンがある場合は、嘘をついてもパートナーに不利益にならない。
   最後にパートナーが正確な予測するほど被験者は高いリターンを得、逆にパートナーは多めに見積もるとその分リターンを得られる様な条件では、嘘をつくと自分の損になりパートナーは得をする。
   これらの条件でトライアルを繰り返し、嘘の程度を調べると、嘘をついて自分が得する場合は回を重ねるごとに、嘘の程度が拡大する。幸い、自分の嘘で相手が損を被る場合は、嘘の程度は少し抑制されるが、それでも回を重ねると拡大する。
  一方、嘘をつくと自分が損する場合、ほとんど嘘はつかない。というより、できるだけ正確な情報を伝える。
   さてこの時、機能的MRIで脳の活動を調べると、嘘をつく時に扁桃体が活性化しているのがわかる。しかし、この脳活動は嘘が拡大するほど、低下する。逆に、この活動を調べると、被験者が嘘をつくかどうか予測することが可能だという結果だ。
   結論としては扁桃体が嘘を認識してブレーキ役になるが、嘘が続くと活動は低下し、ブレーキを失うことになる。
        面白い論文だが、小さな嘘についての話だ。ぜひ政治家が大きな嘘をつく時の扁桃体の活動を調べてみたいと思った。ヒットラーは「Die meisten Menschen werden leichter Opfer einer großen Lüge als einer kleinen.(ほとんどのひとは小さな嘘より大きな嘘に簡単に騙されてしまう)」と言ったが、この質の差を決めているもの脳のどこなのか興味が尽きない。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月28日 自閉症治療の2つの治験(10月25日号Lancet及びMolecular Psychiatryオンライン版掲載論文)

2016年10月28日
SNSシェア

自閉症は治すことのできない病気だと思い込んでいる人がいるが、着実に治療のための科学的取り組みは進んでいる。科学的治療といったのは、医師が思いつきで行う治療ではなく、その効果を治験という形で調べることだ。

   嬉しいことに、先週はこの様な科学的治験についての論文が2報も報告されたので、紹介する。

   最初の論文はロンドン・キングスカレッジを中心に自閉症児の両親に対する教育プログラムの効果を確かめた治験論文で10月25日号The Lancetに掲載された。タイトルは「Parent-mediated social communication therapy for young children with autism (PACT): long-term follow up of a randomized controlled trial (自閉症児童に対する両親を介するコミュニケーション治療(PACT)長期追跡治験)」

   この研究では、テンカンや知恵おくれなどの症状を持たない2−4歳の自閉症児童をリクルート、その中から無作為に選んだ半分の児童の両親に、2週間に1回6ヶ月間、自閉症のことをより深く知り、子供を観察し、責任を持ってコミュニケーションを高めるための一回2時間の教育プログラムを受けてもらい、そこで学習したことを元に子供に接してもらうことが自閉症の子供の成長に及ぼす影響を調べている。

   実はこの治験の短期効果は2010年すでにLancetに報告されている。今回は、さらに5年を経た長期効果だ。効果の判定は徹底している。ADOSと呼ばれる自閉症総合診断テストに加え、言語能力は言うに及ばず、8ミリビデオの記録を使ってコミュニケーション能力の判定も行っている。さらには、両親や学校の先生の評価も加えてこの方法の効果を確かめている。

   結果はあらゆるテストで、PACTにより自閉症児の症状の改善がみられ、6ヶ月のプログラムだけで少なくとも6年にわたって効果が続いたという結果だ。2週間に一回のコースなら負担も大きくない。特に自閉症児を持つ両親はすでに大きな負担の中で生活されている。おそらく治療のための重要な時期があるはずなので、早く普及するといいと思う。また、日本版の作成も期待したい。

   次の米国アーカンサス小児病院からの論文は自閉症児自体を対象とした治験で、Molecular Psychiatryオンライン版に掲載された。タイトルは「Folinic acid improves verbal communication in children with autism and language impairment: a randomized double blind placebo controlled trial(葉酸は言葉の問題がある自閉症の言葉によるコミュニケーション能を改善する:偽薬を用いた無作為二重盲検治験)」だ。

   不勉強で知らなかったが、自閉症児の多くは葉酸を細胞内に取り込む受容体に対する抗体ができているらしい。この研究ではこのデータに基づき、葉酸投与により自閉症の症状改善が可能か二重盲検法を用いて検討している。この治験では、投与群23人と偽薬群25人を選び(7歳時点)、2mg/kgの還元型葉酸folinic acidを2週間投与している。

   両群とも半分の患者さんに葉酸受容体抗体がみられ、これまでの結果を確認している。さて結果を簡単にまとめると、12週目で見たとき、folinic acid投与により言葉によるコミュニケーション能力の低下を阻止し、逆に改善がみられたという結果だ。この効果は、抗体陽性群で高いが、陰性群でも認められることから、一般的な自閉症治療として利用できると結論している。

   詳しいデータはすべて省略しているが、両方の治験とも明日からでも実施可能な方法で、副作用もほとんどないことから、臨床応用を早期に検討して欲しいと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月27日:MCL1阻害剤の開発(10月27日発行Nature 掲載論文)

2016年10月27日
SNSシェア
    昨日に続いて、今日もアカデミア発の新しい分子標的薬についての論文を紹介しよう。今日紹介するオーストラリア・ウォルター・エリザホール研究所からの論文が報告しているのは細胞死を防ぐBcl2ファミリーの一員、MCL1に対する薬剤だ。
   これまで、ガン遺伝子が活性化して細胞の増殖が促進すると、安全機構が働いて細胞が死にやすくなること、そしてガンではこの安全機構の作用を逃れるため、Bcl2ファミリー分子の発現が上昇することが知られていた。中でもMCL1は血液のガンの多くで発現してガンを細胞死から防いでいることが明らかになっていた。
   この様にMCL1は当然ガン治療の格好の標的になっていいが、ノックアウトマウスの解析から、正常血液幹細胞などの幹細胞自己再生に必須の分子であることも明らかになっており、薬剤開発は進んでいなかった。
   これに対しウォルター・エリザホール研究所はBcl2ファミリー分子の研究で伝統があり、MCL1についても多くの優れた研究を行ってきた。この伝統が後押しして、MCL1を標的とする薬剤開発を地道に進めていた様で、ついにポテンシャルの高い薬剤が開発されたことを本日発行のNature で報告している。タイトルは「The MCL1 inhibitor S63845 is tolerable and effective in diverse cancer models (MCL1阻害剤S63845は様々なガンモデルに効果を持ち薬剤として許容できる)」だ。
   述べた様にこのグループは最初からMCL1阻害剤の開発を目指していた。ただ、肝心の薬剤開発までの過程は詳しく書かれていない。多くの化合物をスクリーニングしたのではなく、小さな化合物とタンパク質との結合に関する構造データをもとに、最終的に化合物をデザインしてS63845を完成させている。いわゆるin silico創薬と言ってよく、メディシナルケミストの腕の見せ所だろう。MCL1に対する阻害剤はこれまでもあるにはあったが、それと比べてS63845は1000倍活性が高い様だ。
   あとはS63845がどの様なガンに効くのか、ガン細胞株を用いて調べている。もともとMCL1を強く発現している骨髄腫は17/25の確率で、これまで試されていたBcl2阻害剤より有望だ。また、マウスに人のガンを移植したモデルでも効果を示している。他にも、ヒトのリンパ腫や白血病、あるいはマウスのリンパ腫モデルでも高い効果を示す。最後に、患者さんから採取したばかりの急性骨髄性白血病でも試し、5/25で効果が見られている。
   最後に様々な固形ガンにも試しているが、単独ではほとんど効果がない。しかし、キナーゼ阻害剤と組み合わせると多くのガンで効果が見られる。そして、何よりも不思議なことに、200日投与した例でもマウスは生存し、投与されたマウスの造血系にも大きな異常が見られない。
   今後なぜ副作用がないのかなど、メカニズムの解析が必要だが、おそらく期待以上の結果が出たと思う。残念ながらすべてのガンや白血病に効くわけではないが、効果を予測するマーカーが存在することから、様々なガンで試されることが期待される。
   昨日のAPC、今日のMCL1と、これまで標的として期待されていなかった分子に対する薬剤がアカデミアで開発されたのは心強い。特に今日紹介した薬剤は、新しい手法でデザインされており、今後の期待が膨らむ。
  AMEDの旗振りで我が国のアカデミアも薬剤開発を唱えているが、現状はどうなのか、専門家が見て是非率直な評価をして欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月26日:最初のAPC阻害剤(10月19日号Science Translational Medicine掲載論文)

2016年10月26日
SNSシェア
    APC遺伝子は、家族性大腸ポリポーシスの原因遺伝子として現シカゴ大学の中村祐輔さんらにより特定された分子だが、ポリポーシスの患者さんは高率に大腸癌へと進展すること、また多くの原発性の大腸癌でも変異が見られることから、大腸癌発生の鍵になる分子と考えられている。ただ私もそうだが、多くの人はAPCはガン抑制遺伝子なので、この分子に対する薬剤の開発は難しいと思い込んでいたようだ。
   今日紹介するテキサス大学サウスウエスタン医療センターからの論文は、この思い込みが間違いで、APCを標的にした薬剤が開発できることを示した研究で10月19日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Selective targeting of mutant adenomatous polyposis coli (APC) in colorectal cancer (大腸癌のAPC遺伝子変異を選択的に標的にする治療)」だ。
   この研究では、ガン抑制遺伝子とはいえAPCはほとんどの直腸癌で、ただ欠損するわけではなく、短い分子が発現していることに注目した。すなわち、この短い分子がガン抑制というより、ガン増殖促進作用があると考えた。
   そこで、この短いAPC遺伝子APC-mを持つ大腸上皮細胞株を樹立し、APC-mを持つ細胞株の増殖のみ抑制する化合物を探索し、20万種類の化合物の中から最終的にTASIN-1と名付けた化合物を特定している。
  あとは、期待どおりTASIN-1がかなりの割合の大腸癌細胞株の増殖を抑えること、正常のAPCには全く影響がないこと、大腸ポリポーシスの動物モデルで、ポリープ発生と増殖を抑えられることなどを示している。
   最後に、なぜTASIN-1がAPC-mだけを効果があるのかについて調べ、TASIN-1がコレステロール合成系のEBPを阻害作用を持ち、ガン特異的コレステロール合成阻害を介して増殖を抑えることを明らかにしている。
   この結果は、大腸癌でAPCは、従来考えられていたWntシグナルを介する増殖異常のみならず、コレステロール代謝を細胞の増殖に都合のいい様にかく乱していることを示唆している。この経路のさらに詳しい解析が進むと、大腸癌の弱点がさらに明らかになり、根治は無理でも、ガンの進行を遅らせることができる様になるだろう。
   APCの作用について、一つのシナリオで納得するのではなく、それに対する小さな疑問から薬剤の開発まで進んだいい研究だと思う。APC-m特異的なので、実用化は早いのではと期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月25日:猿も道具を使うだけでなく、石を加工する(Natureオンライン版掲載論文)

2016年10月25日
SNSシェア
    人類の歴史を遡る考古学は、「骨と石」の学問と呼ばれている。最近、骨の役割は、そこに含まれるDNAまで広がっているが、石、すなわち石器により人類をサルから区別することはこれまでと同じだと考えていた。この分野を知りたい人たちにはRobin Dumbar 「Human Evolution,(邦訳あり)」を進めるが、この本でもアフリカで2足歩行の先祖がサルから別れた後、かなり時間が経った後Homo Habilisの出現とともに石器を使うようになったと書かれている。
   では、サルは石器を作らないのか?これまで道具を使うサルは、ニホンザルも含め何度も記述されてきた。ただ、石を貝殻状に割ってナタのように加工したり、尖らせたりすることはほとんど観察されていなかった。特に、ボノボに石器作りを見せても、自分から石器を作ることがないという観察から、石器は人類の証拠という枠組みを疑う人は少ない。
   これに対し今日紹介するオックスフォード大学からの論文ではブラジル国立公園に棲むカプチンザルの一種は、石器(のようなもの)を繰り返し作ることを報告した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Wild monkeys flake stone tools (野生猿は石器を削る)」だ。
   ただ、タイトルは少し誤解を招く。というのも、本当はこれが石器、すなわち道具として使われるという証拠がないからだ。
   この研究ではブラジルのカプチンザルが小さい石に重い石をぶつけて、貝殻状のシャープな刃を持った石器様の石を多く作ることが詳しく観察されている。重い石は600gに及ぶことを考えると、間違いなく偶然ではなく、何かの意図を持って作っている。そして、この方法で生まれる石器様の石は、Homo habilisとともに発見される石器に酷似している。
   実際話はこれだけだが、「猿も石器を作る」とは結論できない。
   まず、この石器様の石には植物であれ、動物であれ生物を処理するのに使った痕跡がないことだ。著者らも、石と石をぶつけるのは、それにより生まれる石の粉を食べるため、あるいはそこに付着している地衣類を剥がして食べるためではないかと考えている様で、決して道具作りとは考えていない。
   しかし、この発見は「骨と石」の考古学にとっては重要な意味を持つ。すなわち、初期石器時代と言われる、石と石をぶつけただけの石器が、実際に石器だったかどうかを証明しないと、これからは石器=人類とは言えないことだ。過去についての学問の難しさがはっきりと示された研究だ。    次にどんな反論が出るのか、あるいは旧石器時代の研究がどう変わるのか、楽しみだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月24日 ヒトの抗原特異的Treg細胞の役割(11月3日号Cell掲載予定論文)

2016年10月24日
SNSシェア
    昨日に続いて、今日も人間の免疫機能に関わる研究を紹介しよう。屠殺して様々な臓器を調べることができる実験動物と異なり、末梢血に流れるリンパ球だけが利用できる条件で、ヒトの免疫反応を詳しく解析することは難しい。しかし、そのような制限と格闘しながら、研究を進めているグループは増えてきている。
   今日紹介するベルリンのシャリテ病院と、ドイツリュウマチ研究センターからの論文は抗原特異的な制御性T細胞(Treg)が確かに人間で働いていることを証明した研究で11月3日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Regulatory T cell specificity directs tolerance versus allergy against aeroantigen in human(制御性T細胞の特異性がヒトの飛沫抗原に対する免疫寛容かアレルギー科を決めている)」だ。
   Tregは、言わずと知れた、現在阪大の坂口さんが免疫寛容のメカニズムを研究する過程で発見したT細胞の亜集団で、この細胞を無視して免疫系は語れない中心的概念になっている。抗原に反応して活性化され、同じ抗原に対する免疫反応を抑制するために存在し、自己に対して免疫反応が起こらないようにしている。
   坂口さんによってTreg誘導のキー分子として特定されたFOXP3が機能不全に陥ると、新生児期から強いアレルギーに陥ることが知られており、ヒトでもTregが免疫調節に重要であることが明らかになっていた。しかし、通常の抗原特異的T細胞を検出する方法でTregが検出できないため、抗原特異的なTregの機能を厳密に調べる研究は遅れていた。
    抗原特異的Tregを直接検出できないため、この研究では、ヒト末梢血を試験管内で刺激後、Tregを純化する新しい方法を用いて、すでに抗原に感作されたメモリーTregを定義することで、なんとか抗原特異的Tregを検出している。この方法を用いると臍帯血ではTregを検出できない。
   この方法で検出されるTregは、卵を含む食物に対しては誘導されにくいこと、一方吸い込んでアレルギーになる花粉やダニ抗原などに対しては反応性が高いことがわかり、Tregの誘導しやすさが抗原により違うことが明らかになった。以上の結果は、成長過程で誘導されたTregは、ヒトの末梢血に存在し、いつでも抗原に反応できることを示していることを示している。
  次に、アレルギーを起こすT細胞も同じように刺激して、使っているT細胞受容体遺伝子を解析すると、同じ抗原でも違った受容体が反応していることが明らかになった。
   この基本実験システムを用いて、次に樺由来抗原(Birch)に対してアレルギーになっていない正常ヒト末梢血を調べ、Birchにより誘導されるTregが存在し、Birchが空気中に飛散する3−5月には上昇して、免疫反応を抑えるのに一役買っていることを示している。
   一方アレルギーになっているヒトでは、Treg自体の反応性は変わらないものの、アレルギーに関わるT細胞の数が著明に上昇している。この結果は、アレルギーになるヒトでは、Tregとは異なるタンパク質が通常のT細胞を刺激するため、反応が抑制できないと考えられる。
   これを確かめるため、それぞれの抗原を構成タンパク質に分けて反応を調べると、構成している抗原によりTregと通常のT細胞の誘導性が異なること、そして、抗原粒子から溶け出やすい分子量の小さなタンパク質ほどアレルギーを誘導するT細胞を活性化できることを明らかにしている。
   まとめると、空気中に飛散しているアレルゲンはTregを誘導して、アレルギーを誘導するT細胞の活性化を抑え続けているが、アレルゲンを構成するタンパク質の中で溶けやすく、アレルゲンから分離しやすい抗原はTregの抑制から逃れて、アレルギーを誘導するという結論だ。
   今後、抗原特異的Tregを直接検出する方法の開発など、やらなければならないことは多いが、ヒトでも抗原特異的Tregが体内を循環し、通常のT細胞の抗原反応を抑制していることを示す実験系を確立したことは重要な貢献であることは間違いない。他にもガンや自己免疫病など、多くの分野で役にたつ方法が確立された。
   この概念を最初に確立した坂口さんを擁する我が国にとっては、ヒトでもこの概念の正しいことが明らかにされるのは嬉しい話だ。ただ、次世代シークエンサーが普通に利用されるようになってから、ヒトの免疫機能を解析した研究がトップジャーナルに多く掲載されるようになったにもかかわらず、ヒトの免疫機能研究で我が国のプレゼンスが低いように見えるのは問題だ(私の見落としならそれでいい)。免疫に限らず、人間についての研究も我が国でどう取り組むのか真剣に考える時が来ている。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月23日:人種と免疫機能、そしてネアンデルタール遺伝子の役割(10月20日号Cell掲載論文)

2016年10月23日
SNSシェア
    アフリカ祖先の人種とヨーロッパ祖先の人種で免疫機能が大きく異なることはよく知られている。例えば、SLEはアフリカ祖先で重症化しやすい。また、この差をもたらす一塩基遺伝子変異SNPや遺伝子欠損や挿入の多くがすでに特定されており、遺伝子診断サービスにも生かされている。ただ、病気ではない正常人の免疫機能の違いを決める遺伝子背景を特定する研究は始まったばかりだ。
   今日紹介するフランス・パストゥール研究所からの論文は、末梢血から採取した単核球の自然免疫に関わる3種類のTRLシグナルを試験管内で刺激した時の反応の差をアフリカ祖先とヨーロッパ祖先で比べ、この差を生むSNPを特定した研究で10月20日号のCellに掲載された。
   異なる刺激方法を使ってはいるが、ほとんど同じラインの論文がカナダ・モントリオール大学から発表されているが、私自身がわかりやすいと印象を持ったパストゥール研からの論文を選んだ。
   まず大変な力作だ。アフリカ祖先、ヨーロッパ祖先それぞれ100人づつボランティアを募り、単核球を3種類の異なる方法で刺激し、刺激前後の遺伝子発現を次世代シークエンサーを用いたRNAの配列決定により測定する。並行して、それぞれのゲノムを調べて遺伝子発現の差をゲノム上のSNPの差と相関させている。
   詳しい方法は一般の人にはあまり重要でないのでわからない単語はすっ飛ばして読んでほしい。この研究ではまず、刺激により変化する遺伝子を、感染症に対する防御反応に関わる4種類のモジュール(それぞれNFκb、IRF1、GATA2反応性を反映している)に分けられることを示している。
   次にこの遺伝子リストの中で、アフリカ系とヨーロッパ系で差がある遺伝子リストを、ゲノム解析データと相関させて、その遺伝子発現の差を説明できるゲノムレベルの遺伝子変異を幾つか特定している。
   中でもヨーロッパ系に特異的に見られるTLR1シグナルに対する反応の低下に関わるSNP、rs573618が、ヨーロッパ系とアフリカ系の免疫機能の差の重要な部分を説明できることを突き止める。アフリカ系にはrs573618はAAとCA型しか見られないが、ヨーロッパにはCC型が存在し、CC型ではTLR1に対して反応する多くの遺伝子の発現が低下することを示している。すなわち、TLR1シグナルがヨーロッパ系だけで弱まっている。
   それぞれのSNPを持つポピュレーションの進化過程を計算すると、rs573618など、明確な差を示すSNPがヨーロッパでの生活で選択されていることがわかる。すなわち、感染等に対する優位性で選択されてきたことがわかる。
   さて、アフリカ祖先とヨーロッパ祖先が決定的に異なる大きな差は、ネアンデルタール人遺伝子の流入だ。当然この研究でも、免疫反応に関わるSNPのどれがネアンデルタール人から流入したのかを調べている。残念ながらrs573618自身がネアンデルタール起源ではなさそうだが、PNMA1遺伝子発現に関わるハプロタイプを特定し、それがヨーロッパ系で選択されていることを示している。
   おそらくデータが膨大で、解析を続ければこれからさらに面白い遺伝子座が見つかるだろう。特に、ほとんど同じ研究を行ったカナダのデータと比べる研究は面白い。
   このようにヒトを使ったポピュレーションレベルの機能ゲノミックスが急速に進んでいる。このような論文を読むと、我が国のゲノム研究の遅れが気になる。ゲノム研究は通常大型プロジェクトで、大隅さんが基礎研究といった分野とは違う。しかし、このような大型プロジェクトでさえ、我が国は何か脇道に逸れてしまっている気がする。科学研究のあり方について、根本的に見直す必要があると思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月22日:意外にも年齢が高い程、体外受精による胎児発生異常は少ない(10月17日International Journal of Obstetrics and Gynecologyオンラン版掲載論文)

2016年10月22日
SNSシェア
最初の体外受精は英国の医師ロエドワーズ博士により1978年に行われた。そして、普及は急速に進み、我が国では全出産の2%を超えているのではないだろうか。様々な批判はあったが、この普及ぶりを認めて、エドワーズ博士には2010年のノーベル医学生理学賞が送られている。
   すでに30年以上が経過し体外受精が当たり前の技術になっても、この技術については倫理的、医学的な根強い批判が続いている。その最大の理由は、生殖補助医療(ART)による出産では、発生異常の確率が高いことと、この治療を受けるカップルの経済的・精神的負担の問題だ。
   今日紹介するオーストラリア・アデレード大学からの論文は、南オーストラリア地区で1986年から2002年にかけて生まれた児童を対象にARTの影響を追跡調査した研究だが、私の予想を完全に裏切る結果に驚いた。タイトルは「Maternal factors and the risk of birth defects after IVF and ICSI: a whole of population cohort study(体外受精と顕微授精による出産時異常発生リスクに関する母体要因:全出産児対象コホート研究)」で、10月17日にInternational Journal of Obstetrics and Gynecologyオンライン版に掲載された。
   この調査では約30万人の出産を対象に、自然妊娠、体外受精、顕微授精による出産に分け、死産、早産、異常発生の診断に基づく人工流産、400g以下の体重など全てを出生に関わる異常としてカウントし、統計を取っている。
   さて結果だが、予想通り体外受精、顕微授精では出生時異常が7.1%, 9.9%と自然妊娠の5.8%に比べるとかなり高く、これまでの統計を裏付けている。しかし驚くのは、出産時の年齢を30歳から40歳以上と、5歳づつ区切って統計を取ると、正常妊娠では出産時異常率が、年齢とともに上昇する(30歳前は5.6%だが、40歳異常では8.2%)のに対し、驚くことに体外受精と顕微授精での異常率を各年齢ごとに調べると、30歳以前(9.4 and 11.3%), 30−34歳(6.1 and 9.9%), 34歳から40歳(7.7 and 9.4%)、そして40歳以上では(3.6 and 6.3%)と年齢が高いほど異常率が著明に低下している。
  もちろん母親の他の健康条件により、異常率は大きく左右されるが、30万人という十分な数で見たとき、予想に反しARTによる出産は、年齢が高いほど異常率が低下するという結果だ。
   体外受精の場合、受精後試験管内で胚を培養して正常胚のみを着床させるが、おそらくこの選別過程で年齢の高い母親からの胚ほど選別容易であるためだろう。要するに、年齢の高い母親からの胚では小さな異常でも試験管内及び着床までの過程が損なわれ、よほど強い胚だけが着床できるため、その後の異常率が減るのだろう。他にも様々な理由は考えられ、今後基礎的な研究も必要だ。研究から、新しい正常胚の選び方が明らかになるかもしれない。いずれにせよこの分野にとっては、重要な発見だと思う。
   もちろん年齢が高くなるほどARTの成功率は落ち、またこの技術は個人のスキルに負うところも多い。従って、一概にこの調査結果が我が国に当てはまるかどうかはわからないが、我が国でも正確な調査を行って欲しいものだ。
カテゴリ:論文ウォッチ
2016年10月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31