今日紹介するフランス・パストゥール研究所からの論文は、末梢血から採取した単核球の自然免疫に関わる3種類のTRLシグナルを試験管内で刺激した時の反応の差をアフリカ祖先とヨーロッパ祖先で比べ、この差を生むSNPを特定した研究で10月20日号のCellに掲載された。
異なる刺激方法を使ってはいるが、ほとんど同じラインの論文がカナダ・モントリオール大学から発表されているが、私自身がわかりやすいと印象を持ったパストゥール研からの論文を選んだ。
まず大変な力作だ。アフリカ祖先、ヨーロッパ祖先それぞれ100人づつボランティアを募り、単核球を3種類の異なる方法で刺激し、刺激前後の遺伝子発現を次世代シークエンサーを用いたRNAの配列決定により測定する。並行して、それぞれのゲノムを調べて遺伝子発現の差をゲノム上のSNPの差と相関させている。
詳しい方法は一般の人にはあまり重要でないのでわからない単語はすっ飛ばして読んでほしい。この研究ではまず、刺激により変化する遺伝子を、感染症に対する防御反応に関わる4種類のモジュール(それぞれNFκb、IRF1、GATA2反応性を反映している)に分けられることを示している。
次にこの遺伝子リストの中で、アフリカ系とヨーロッパ系で差がある遺伝子リストを、ゲノム解析データと相関させて、その遺伝子発現の差を説明できるゲノムレベルの遺伝子変異を幾つか特定している。
中でもヨーロッパ系に特異的に見られるTLR1シグナルに対する反応の低下に関わるSNP、rs573618が、ヨーロッパ系とアフリカ系の免疫機能の差の重要な部分を説明できることを突き止める。アフリカ系にはrs573618はAAとCA型しか見られないが、ヨーロッパにはCC型が存在し、CC型ではTLR1に対して反応する多くの遺伝子の発現が低下することを示している。すなわち、TLR1シグナルがヨーロッパ系だけで弱まっている。
それぞれのSNPを持つポピュレーションの進化過程を計算すると、rs573618など、明確な差を示すSNPがヨーロッパでの生活で選択されていることがわかる。すなわち、感染等に対する優位性で選択されてきたことがわかる。
さて、アフリカ祖先とヨーロッパ祖先が決定的に異なる大きな差は、ネアンデルタール人遺伝子の流入だ。当然この研究でも、免疫反応に関わるSNPのどれがネアンデルタール人から流入したのかを調べている。残念ながらrs573618自身がネアンデルタール起源ではなさそうだが、PNMA1遺伝子発現に関わるハプロタイプを特定し、それがヨーロッパ系で選択されていることを示している。
おそらくデータが膨大で、解析を続ければこれからさらに面白い遺伝子座が見つかるだろう。特に、ほとんど同じ研究を行ったカナダのデータと比べる研究は面白い。
このようにヒトを使ったポピュレーションレベルの機能ゲノミックスが急速に進んでいる。このような論文を読むと、我が国のゲノム研究の遅れが気になる。ゲノム研究は通常大型プロジェクトで、大隅さんが基礎研究といった分野とは違う。しかし、このような大型プロジェクトでさえ、我が国は何か脇道に逸れてしまっている気がする。科学研究のあり方について、根本的に見直す必要があると思う。
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