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10月20日:解剖学・組織学の可能性(10月7日号Science掲載論文)

2016年10月20日
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    解剖学と組織学はセットになって、医学部学生が最初に触れる医学の伝統だが、私の時代ですでに学問自体はなんとなく古くなってしまっていた印象があった。しかしよく考えてみると、私たちの体がなぜこのような形態を持っているのかについて理解することは、分子の機能を理解するよりよほど難しい。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、人間の脳を理解するために形態学がいかに重要かを示す研究で10月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Extensive migration of young neurons into the infant human frontal lobe(新生児期に見られる若い神経細胞の大規模な前頭葉への移動)」だ。
   脳の発達には、生まれてから様々なインプットに対応した成長が必要なことがわかっている。特に前頭葉の発達は著しく、当然細胞の増殖も伴っている。この新生児期の脳発達を担う細胞がいつ、どこで、どのように作られるのかは神経科学の重要な問題で、様々な動物を使ったモデル実験系で詳しく研究されている。しかし、ほとんど介入実験ができない人間でも同じことがいえるのかどうかは、細胞標識などの実験手法では明らかにできなかった。
   これに対し、この研究は、丁寧な解剖学的、組織学的な観察を積み上げることで、この問題をある程度解決できることを示しており、新鮮な印象を持った。
   細胞が増殖する場所は脳室周辺帯とわかっているので、生後様々なステージの新生児の死後脳を集め、まず細胞の密度が高い場所を特定している。次に、この場所での、移動細胞が発現しているマーカー発現を調べ、移動細胞が脳の様々な層でどのように存在しているか明らかにするとともに、移動している細胞の形態学的特徴から、移動方向が推定できることを示している。さらに、移動中の細胞の形態学を電子顕微鏡を用いて調べ、確かに細胞の形態から移動の方向性がわかる組織学的理由についても示してくれている。
   このような特徴から、脳室周辺帯で作られた神経細胞は、まず次の層へまっすぐ移動してから、脳皮質へ向かって様々な方向へと分散することを示している。この結果、脳出周辺帯にくさび形の神経細胞集団が形成され、そこから分散した細胞が、アーチ状の集まりを形成することを示している。そして、これらの一時的な構造が、MRIで確かに検出可能であることも示している。
   最後は、比較的新鮮な脳スライスを用いて、実際に細胞が移動することをビデオで示しているが、そこまでしなくとも観察を頭の中でつないで見れば、十分説得力のあるシナリオだと思う。この論文を読んで、生後7ヶ月までに急速に作られた神経細胞のほとんどは介在ニューロン細胞へ分化し、さらに介在ニューロンとして多様化することで、神経間の結合を高度化していることがよくわかった。
   このように、優れた解剖学的、組織学的理解は、ヒトの脳研究に欠かせない。AIだ、人工知能だと浮ついた議論を避けて、形態の美しさに魅せられる若者が生まれることは、我が国の脳研究に欠かせないと思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ
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