今日紹介する英国・ロンドン大学からの論文は、このブレーキについての研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルはずばり「Brain adapts to dishonesty(脳は不誠実さに慣れてしまう)」だ。
おそらく自分が嘘をつくのを観察されるのは誰でも嫌だ。そのため、嘘をつかす心理学実験は難しい。さらに、嘘をつかせながらMRIで脳の活動を調べるのはさらに難しい。この課題をなんとかこなしたのがこの研究だ。
さて、嘘のつかせかただが、実験のためにやってきた被験者をまずダミーのもう一人に紹介し、これから一緒に実験に参加してもらうことを伝える。そして二人に実験の説明をした後、被験者にはパートナーの決断のためのアドバイザーにまわってもらうことを伝えて実験に入る。
さて実験だが、大きなガラスジャーにコインが入っていて、いくら入っているかをパートナーに当てさせる。指南役の被験者には大きな写真が示され、パートナーには小さな写真しか見せない。さらに15−35ポンドのコインが入っていることを被験者だけに教える。そして、様々な条件下で、ジャーに入っている金額の推測のための情報を、被験者がパートナーに正しく伝えるかを調べている。
例えばパートナーが高めに見積もった場合、被験者に多くのお金が与えられ、逆にパートナーは正確な判断をするほど多くのリターンがあるとすると、嘘をつくほど自分が儲かり、パートナーは損をする。 一方、パートナーをミスリードして間違わせたほうが両方に多くのリターンがある場合は、嘘をついてもパートナーに不利益にならない。
最後にパートナーが正確な予測するほど被験者は高いリターンを得、逆にパートナーは多めに見積もるとその分リターンを得られる様な条件では、嘘をつくと自分の損になりパートナーは得をする。
これらの条件でトライアルを繰り返し、嘘の程度を調べると、嘘をついて自分が得する場合は回を重ねるごとに、嘘の程度が拡大する。幸い、自分の嘘で相手が損を被る場合は、嘘の程度は少し抑制されるが、それでも回を重ねると拡大する。
一方、嘘をつくと自分が損する場合、ほとんど嘘はつかない。というより、できるだけ正確な情報を伝える。
さてこの時、機能的MRIで脳の活動を調べると、嘘をつく時に扁桃体が活性化しているのがわかる。しかし、この脳活動は嘘が拡大するほど、低下する。逆に、この活動を調べると、被験者が嘘をつくかどうか予測することが可能だという結果だ。
結論としては扁桃体が嘘を認識してブレーキ役になるが、嘘が続くと活動は低下し、ブレーキを失うことになる。
面白い論文だが、小さな嘘についての話だ。ぜひ政治家が大きな嘘をつく時の扁桃体の活動を調べてみたいと思った。ヒットラーは「Die meisten Menschen werden leichter Opfer einer großen Lüge als einer kleinen.(ほとんどのひとは小さな嘘より大きな嘘に簡単に騙されてしまう)」と言ったが、この質の差を決めているもの脳のどこなのか興味が尽きない。
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