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10月11日:円形脱毛症治療薬治験(10月5日Journal of Clinical Investigation/Insight 掲載論文)

2016年10月11日
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    覚えておられる方もおられるかもしれないが2014年8月20日「円形脱毛症が本当に治る」というタイトルで、円形脱毛症の患者さん3例にJAK阻害剤を服用してもらうと、全員完全に治ったことを示したコロンビア大学からのNature論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/2050)。完全な脱毛状態が正常化した写真を見て大変感激したのを覚えている。
   今日紹介するスタンフォード大学からの論文は同じ治療をもう少し大規模に行った治験で10月5日号のJournal of Clinical Investigation/Insightに発表された。タイトルは「Safety and efficacy of the JAK inhibitor tofacitinib citrate in patients with alopecia areata (円形脱毛症の患者さんに対するJAK阻害剤トファシチニブの安全性と効果)」だ。
   この論文を読むと、JAK阻害剤を使って円形脱毛症が治療できることについては紹介したコロンビア大学だけでなく、このグループを含め全部で3編の論文が発表されていたようだ。いずれにせよ実験的治療から2年で治験がここまで進んだのは驚きだ。
   この治験では、少なくとも6ヶ月脱毛が改善しない被験者を70人募って、トファシチニブを1日2回服用させ、3ヶ月後の回復状態を調べている。病気の性格上か、対照は2人だけと医療統計学的には問題があるが、毛が生えてくればよしとする治験だ。
  円形脱毛症は一種の自己免疫疾患で、毛根の活動期への誘導が抑制されており、トファシチニブは免疫系への抑制効果を期待する治療だ。
  さて結果だが、頭髪だけが脱毛する円形脱毛症では70%の人で症状の改善が見られるが、全身の脱毛がある場合は10%程度の人しか改善が見られていない。したがって、この治療はまず頭髪のみの脱毛患者さんだけに適応がある。
   次に、すぐ治療に反応したグループと、反応が遅い、あるいは全く反応しなかったグループの、治療前の皮膚で差が見られる遺伝子をリストし、それを元に予後が予測できるかを調べ、一つのマーカーではなく、多くのマーカーを組み合わせて皮膚を調べることで、治療に反応できるかどうか予測できることを確かめている。
   他にも、治療開始までの時間が長いほど反応が遅いことも明らかになった。
  以上の結果をまとめると、円形脱毛症で、他の部分の体毛に影響がないばあい、できるだけ早く皮膚バイオプシーによる遺伝子発現検査で予後を予測し、トファシチニブ治療を始めることで、かなりの効果が期待できると結論できる。
   ただ、一つ大きな問題が残っている。すなわち、薬をやめると2ヶ月ほどでまた脱毛が始まることだ。すなわち薬剤の服用を続ける必要がある。
   今回の治験では安全性が確かめられているが、3ヶ月の服用の話で、もっと長期については心配だ。    完全な治療法確率までは、まだ時間がかかりそうだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月10日 Theory of Mind (10月7日号Science掲載論文)

2016年10月10日
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    現役時代には個人的興味として読んでいた様々な本も、現役をやめてから本や講義の下調べとして読み直す必要が出てくる。ダーウィンの残した課題、すなわち無生物から生物への過程についてはだいたい調べは終わり、自分でも納得できるシナリオができたが、デカルトの残した課題、すなわち二元論の克服になると先が思いやられる。
   ともかく本を読むことからしか考えはまとまらないので、イメージが湧いてくるまでいろんな本を読むしかない。今はジョン・サールのDiscover Mindを読んでいるが、クワイン以来のアメリカの現代の哲学者の多くは二元論の克服を模索している点、そして脳科学や心理学研究についての科学的研究を積極的に取り込んでいる点で群を抜いている。
    私自身、脳科学の多くの問題を彼らの著作から知ることが多かった。今日の話題「Theory of Mind」について初めて知ったのは、デネットの「Consciousness explained」だった。しかしデネットに限らず、サールも、ネーゲルもアメリカの哲学者たちは、Theory of Mindを哲学と科学をつなぐパイプとして考えてきたことは間違いない。
   Theory of Mindとは、「他人の心を知ることはできないが、他人は決して心のないゾンビではなく、自分と同じ心を持っている」と私たちが信じていることを指している。
   Theory of Mindを私たちが確かに持っていることを実験的に確かめるためには、間違った思い込みを持つ他人の行動を予測できるか調べる実験が行われる。実験では、ある人間が間違った思い込みを得るまでのすべての過程を見せたあと、実際にその思い込みに従って行動するとき、その行動を予測できるかどうかを調べる。要するに、経過を見た後、自分だったらこう間違うだろうなと思うのと同じ行動を他人もとると予測できるかどうかを調べるテストだ。ただ、「あのおじさんどちらを選ぶ?」と聞く必要があり、質問を理解するための被験者の能力が必要なため、Theory of Mindは4歳児以降の人間にしか認められなかった。
   ところが、視線を追跡する方法が開発され、研究は新たな進展を見せる。すなわち、質問を理解する能力の縛りがなくなり、どこを被験者が見ているかで被験者が考えていることを判断できるようになった。この結果、Theory of Mindは2歳児にも認められることが明らかにされた。
   この進展を受けて、人間特有とされていたTheory of Mindがチンパンジー、ボノボ、オランウータンにも存在することを示した画期的な研究が今日紹介するデューク大学と京都大学からの論文で10月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「Great apes anticipate that other individuals will act according to false beliefs(類人猿は他の個体が間違った思い込みに従って行動することを予測できる)」だ。
   実験は熊本にある京大のチンパンジー施設と、ドイツ・ライプチヒにある類人猿施設でそれぞれ独自にデザインされた課題で行われている。要するに、一人の人間が、キングコングの縫いぐるみを着た人間に騙される過程をビデオで見た類人猿が、最後に騙された人間がとる行動を予測しているかどうか、視線の方向を記録して測定して判断する実験だ。実験の様子は百聞は一見に如かずで、論文の動画が朝日新聞に転載されているのでそれを参考にして貰えばいい(http://www.asahi.com/articles/ASJB64STSJB6PLBJ002.html)。
   先にも述べたが、同じ課題を全く異なる状況を設定して行い、騙された人間が行う選択を類人猿は前もって予測し、先に選択するアイテムに視線を集中させることを明らかにしている。すなわち、自分の心に浮かんだストーリーを、他人も持っていることを類人猿も想定できているという結論だ。
   私自身はこの実験だけで最終結論とするのはまだ早いと思うが、しかし同じシステムで、様々な課題を工夫することでTheory of Mindの科学は進むと思う。
   アメリカの哲学者も即刻この結果に反応するだろう。この論文のラストオーサーは言語の起源について優れた著書を書いているマイケル・トマセロだが、このような研究者が人文科学とのパイプとして大きな役割を演じ、アメリカ特有の哲学の発展に寄与しているのだと思う。しかし、この論文を読んで、熊本のチンパンジー施設が京都大学に移管されたことを初めて知ったし、トマセロがライプチヒからデューク大学に移りつつあることもわかった。両施設から今後も面白い研究が生まれることが期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月9日:寝る前に水を飲む習性(9月29日号Nature掲載論文)

2016年10月9日
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     脳梗塞は早朝から朝にかけて起こりやすいことが知られているが、この理由の一つが、睡眠中に脱水が進み血液成分濃度が高まるためだ。従って、大量の汗をかく夏は寝る前の水分摂取が大事になる。しかしこのことを知って就寝前に水を摂取することはあっても、寝る前に水が飲みたくなることは普通はないように思う。
   これに対し今日紹介するカナダ・マクギル大学からの論文は、ネズミは就寝中の脱水を予想して、就寝前に盛んに水を飲む習性を持っていること、そしてそれが概日周期にリンクしていることを示した研究で9月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「Clock-driven vasopressin neurotransmission mediates anticipatory thirst prior to sleep (概日周期によって誘導されるバソプレシンが寝る前の予見的渇きを誘導する)」だ。
   この研究のハイライトは、実験室で飼われているマウスが、寝る前の準備として水を飲む習性を持つという発見だろう。これがわかってしまえば、現在の脳科学でこの習性の背景にあるメカニズムを解明することは簡単だ。
   もともと渇きはOVLT(終板脈管器官)と呼ばれる、脳弓の下部にあって血液のイオン濃度を感知して体液バランスを調整している部位により調節されていることがわかっているので、この部位の興奮を記録すると、期待どおり寝る前に活動が高まる。すなわち、通常はイオンやホルモン濃度で興奮するOVLTが概日周期とリンクしていることになる。
   実際、概日周期に関わる視神経が交差する視交叉上部のSCNとOVLTの結合をトレーサーで調べるとSCNからOVLTに神経が投射している。また、就寝前の最初のシグナルはSCNが興奮することで発生し、このシグナルが体液バランスを調節するバソプレシンを分泌する神経投射を介してOVLTを刺激、これにより水を飲む行動が誘導されることを明らかにしている。最後は、光遺伝学でOVLTの興奮を操作し、この行動を思うように亢進させたり、低下させたりすることができることを示している。また、バソプレシン受容体遺伝子を欠損させたマウスでは、寝る前に水を飲まなくなることも示している。
   一つの行動が明らかになると、解剖学、生理学、行動学をつないでシナリオを仕上げる現代脳科学の到達点を示してくれるいい例だ。いずれにせよ、マウスでは本能的に寝る前に渇きを覚える回路があるようだ。しかし、自分自身の経験では、特に寝る前に渇きを感じて水を飲みたくなるわけではない。だとすると、私たちの渇きは概日周期から解放されたのだろうか?もしこの本能がそのまま残っていたら、脳梗塞はもっと防げるのかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月8日:着実に進む核酸薬治療(The Lancetオンライン版掲載論文)

2016年10月8日
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    実験室ではアンチセンスRNAやRNA干渉を当たり前のように使っているのだが、個人的にはRNAを用いる核酸薬開発は、分子の安定性と細胞内へのデリバリーの面から難しいのではと思っていた。たしかに、肝臓ではこのような核酸薬の取り込みがよく有望な分野だと聞き知ってはいても、それほど大きな期待を持ってはいなかった。
   しかし今日紹介するイオニス・ファーマとワシントン大学からの論文を読んで、RNA薬は難しいという私の考えが間違っていることを思い知った。タイトルは「Antisense oligonucleotides targeting apolipoprotein(a) in people with raised lipoprotein(a): two randomized double-blind, placebo-controlled, dose-ranging trials (アポリポ蛋白質(a)が高い人に対するアンチセンス核酸薬の効果:偽薬を対照とした二重盲検無作為化治験)」だ。
   この研究が標的にしたのはリポプロテイン(a)で、肝臓の膜上でLDLを構成するアポプロテインBと共有結合し、アポリポプロテインへ転換される。なぜこのような分子が必要なのか完全にわかっているわけではないが、動脈硬化を促進する独立の因子として現在注目されている。問題は、リポプロテイン(a)の血中濃度と、虚血性心疾患との関連が明確に示されているにもかかわらず、現在開発されている高脂血症治療薬には全く反応しない。そこで、アンチセンスRNAを用いて肝臓内でのリポプロテイン(a)の生産を止めてしまおうというのがこの治療のアイデアだ。
  この治験はまだ第2相までの小規模治験で、それぞれ50人程度の対象者で行われているが、偽薬を用いた完全な統計学的手法で行われている。    結果はすでに述べた通り、素晴らしい。
    リポプロテイン(a)のmRNAに対応するアンチセンスオリゴ核酸を100mgから300mgまで、週一回皮下に注射、12週まで続けている。皮下に注射するだけで、肝臓でのリポプロテイン(a)生産を低下させられるのかと思うが、なんと血中リポプロテイン(a)を80%低下させることができている。また、リポプロテイン(a)と結合する様々な分子も同時に低下し、LDL-Cすら25%程度低下する。また、注射を止めた後も効果は2ヶ月ぐらい持続する。
   その後、このアンチセンスオリゴ核酸に糖鎖を結合させることで、効果を三十倍に高められることがわかり、新しいフォームのオリゴ核酸も同じように治験を行っている。結果は期待通りで、今度は10mg-40mgという1オーダー低い濃度で治験を行い、80%以上血中リポプロテイン(a)低下に成功している。また、糖鎖を結合させないオリゴ核酸で見られた様々な副作用は、糖鎖結合型では全く見られなかったという結果だ。
   皮下に週1回注射するだけで効果があるということは、アンチセンスオリゴ核酸は使いにくいという私の先入観を完全に払拭した。特に糖鎖をつけたフォームは驚くべき効果だと思う。今後、リポプロテイン(a)の数値を改善させるだけでなく、虚血性心疾患の頻度を減らせるかなど、時間のかかる治験が必要だろうが、期待を持てる。あとは、値段だが、長期間投与が必要なはずで、手頃な価格設定をお願いしたいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月7日:人間の寿命(Natureオンライン版掲載論文)

2016年10月7日
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   20世紀が始まったとき、人間の平均寿命は「人間50年、化天のうちを比ぶれば・・・」と唄われたように50歳だった。その後、平均寿命は男女共80歳を超え、女性は90歳に近づこうとしている。ではどこまで寿命は伸びるのか、誰もが関心がある。これとは別に、人間の寿命の限界を科学は予測できるようになるのかも知りたいところだ。
   この問題に人口統計学から迫ったのが、今日紹介するアルバート・アインシュタイン大学からの論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Evidence for a limit to human lifespan (人の寿命の限界を示す証拠)」だ。すでにマスメディアの多くも、人間の寿命が分かったとして取り上げているようだ。しかし、よく読むとそんな単純な話ではない。
   研究は先進国の人口統計を元に、様々な計算をしただけの研究で、特に方法に工夫があるわけでもない。ただ、「人間の寿命の限界」をストレートに問うたという話題性でNatureに掲載されたと思う。
   まず平均寿命から見ている。これまで、感染症や栄養など、人間の寿命を縮める外的な要因を一つ一つ解決することで平均寿命は延びてきた。そして今先進国はガンと生活習慣病を克服することで、平均寿命を伸ばせるのではと考えている。これに対し、年次ごとに平均寿命の上昇率をプロットし直すと、1980年でほぼ横ばいになっていることを示して、今後平均寿命は大きく伸びないと予想している。要するに、今の医学は平均寿命を伸ばすという観点から見たときの健康に対して対策がないということだ。
   次に、平均寿命が向かう限界、すなわち人間の寿命の限界を、フランス、日本、英国、米国での最高齢者の年齢を年次ごとにプロットして算出しようとしている。これによると、2000年の115歳前後を境に、最高齢者の年齢は低下傾向にあり、2010年では110歳を少し超えたぐらいになっている。これは最高齢者だけでなく、1位から5位までの最高齢者の年齢をそれぞれプロットしても同じになる。これらのデータから計算すると、125歳に達する人がでてくる確率は、0.01%、すなわち「万に一つもない」ようだ。以前紹介したように、115歳の方の血液幹細胞がたった2個まで減っているよう(http://aasj.jp/news/watch/1464)ではさもありなんと思う
   結局この研究は統計という科学からうまれた結論で、ガンや生活習慣病に対する対策が進み、また人間の老化について理解が深まれば、違った結論になる可能性はある。逆に言うと、命を相手にする医学と寿命を相手にする統計学のギャップを示している
   私自身は、どこまで寿命が伸びるかの予測が医学の問題ではなく、医学にとっての平均寿命は、病気を一つ一つ克服して個々の命を伸ばした結果だと思っている。その意味で、まだまだ克服できていない病気は多い。
   一つはっきりしていることは「死ぬまで私たちは生きていることだ」。その日を生きることが否定されない世の中を守るために、まだまだ努力が必要だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月6日:マイクロサテライト不安定性(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2016年10月6日
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    DNA合成時に高い確率で生じる塩基ミスマッチを修復する機能が低下すると、突然変異の頻度が上昇し、ガンになりやすいことがわかっている。実際、この機構に関わる酵素が生まれつき欠損した人では、高い頻度でガンが発生するし、またそのガン細胞を調べると、正常の何百倍もの突然変異を見つけることができる。
   また、大腸癌では、このミスマッチ修復機構の異常が他の遺伝子異常に先行するのではないかと考えられている。特に、最初にこの機構に関わる遺伝子が欠損した大腸癌では、突然変異が蓄積することから、リンチ症候群として特別に分類している。
   リンチ症候群のようなミスマッチ修復異常を診断するため、私たちのゲノムに広く分布する短い反復配列、マイクロサテライトの変異(マイクロサテライト不安定性:MSI)を調べるが、検査の基本は繰り返し配列をPCRで増幅して長さの分布を調べる方法が中心で、ゲノム上に分布した個々のマイクロサテライトを調べることはほとんど行われていない。
   今日紹介するワシントン大学からの論文は、ガンのエクソーム配列データベースから個々のマイクロサテライトを特定するソフトを開発し、ガンでMSIが起こっているかどうか調べた研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Classification and characterization of microsatellite instability across 18 cancer type(18種類のガンに見られるマイクロサテライト不安定性の分類と特製)」だ。
   この研究のハイライトは、多くのデータが存在するガンのエクソーム配列から、マイクロサテライトを抽出し、正常組織と比べて各マイクロサテライトの変異を算出するソフトを開発したことに尽きる。そのおかげで、私がこれまでマイクロサテライトやMSIについて持っていたイメージが大きく変わった。18種類、5930のガン細胞とそれに対応する正常組織のエクソーム配列を元にMSIを調べる膨大な研究で、詳細を省いて結論だけをまとめる。
1) MSIは特定のガンに集中するのではなく、頻度は異なるがほとんどのガンで見られる。すなわち、ミスマッチ修復機構の機能異常はガンで起こりやすい。
2) MSIは他の遺伝子に見られる変異と完全に相関するわけではなく、独自の変化を示す。
3) 全てのマイクロサテライトで変異が生じるのではなく、ガンに応じて変異が見られるマイクロサテライトは限られている。
4) MSIを示すマイクロサテライトの分布によりガンを分類することができるが、これはMSIが発ガン過程に何らかの影響を及ぼしていることを示唆する。
5) MSIにより変異の頻度は上昇するが、ガンの予後についてみると、MSIがあるほうが予後が良い。おそらくこれは、修復機能低下のため抗がん剤に対する感受性が上がったり、あるいは突然変異により新しいガン抗原が生まれ、免疫系の標的になるからだろう。
   今後、各MSIと発ガンについて研究が進むと、これまでわからなかった発ガンの仕組みも明らかになるかもしれない。また、新しく開発されたソフトは、エクソーム配列からMSIを正確に抽出してくれる。これは、ガンの治療戦略を決めるときの大きな力になる。
   現在PD1の使用をめぐって我が国では診療報酬の面から議論が行われているが、この研究からわかることは、チェックポイント治療にあたって、まずガンのエクソーム解析を行うことの重要性だ。今ならエクソーム解析はおそらく15万前後でできるのではないだろうか。抗体薬のおそらく1/4の価格だ。正しい順序で、効果の得られる人を予測し、適切に高額な薬剤を使うという順序が、価格議論の前に必要だが、我が国ではこの当たり前の議論を行うのは難しいようだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月5日:つわりの効果:通説を科学的に確かめる(JAMA Internal Medicine オンライン版掲載論文)

2016年10月5日
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    食事を用意している時、若妻が急に吐き気を催して「あ、つわりだ」と家族が妊娠に気づくのは、妊娠したことを表現するための映画やテレビの定番になっている。つわりがひどいお母さんは、つわりなんてないほうがいいと思っているだろうが、つわりは胎児を守るための重要な反応であると考えられてきた。実際、つわりがないと流産が多いというのが専門家の理解だ。しかし今日紹介する論文を読んで、この説が本当は完全に検証されていないことを知った。
   米国国立衛生研究所からの論文で、アメリカ医師会雑誌の内科版(JAMA Internal Medicine)に掲載された。タイトルは「Association of nausea and vomiting during pregnancy with pregnancy loss, A secondary analysis of a randomized clinical trial (流産と吐き気と嘔吐の関連:無作為化臨床治験の2次解析)だ。
   もちろん私もつわりがないと、流産が多いと思っていた。ただ著者らによると、これを確かめたほとんどの研究は、妊娠が確認されたあと女性を集めてつわりと流産率を調べており、診断される前のステージは全て無視した研究だったようだ。
   この研究では妊娠に対するアスピリンの効果を調べる無作為化臨床試験(こんな研究も行われているのかと驚くが)に参加した対象の中から、過去に1、2回の流産を経験している女性をリクルートし、妊娠の診断がつく前から日記などの記載を通して、吐き気、嘔吐の有無を調べるとともに、妊娠経過中に起こる流産の頻度を調べている。
   つわりは妊娠2週ぐらいから現れ、6週でほぼピークに達する。流産を経験しているお母さんも、8割は多かれ少なかれつわりを経験する。また、対象は流産経験がある女性は、全体の流産率は23.6%と高い。
    次に、つわりの有無と、流産の相関を調べると、着床前後で見るとつわりがあるほうが、流産率が4割ほど低い。また、流産全体について見ても、吐き気、あるいは吐き気と嘔吐がある場合は流産率が約半分に減る。
   以上のことから、これまで通り、つわりは良いサインということが結論できる。この研究では、吐き気だけと、嘔吐まで進む強いつわりを比較している。データで見ると、つわりが強いほうがさらに流産率が低いという結果だが、統計的には有意な差ではないようだ。
   話はこれだけだが、私が学生の時習ったような話が、今ももう一度科学的に確かめられているのを見ると、感銘を受ける。また、論文として掲載されていることから、雑誌の編集者も、その重要性を理解していることがわかる。妊娠している女性に、できるだけ正確な知識を提供するため、科学的検証の手を緩めない。その意味で、素晴らしい研究だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月4日:光化学で網膜機能を取り戻す(10月5日号発行予定Neuron掲載論文)

2016年10月4日
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    今年もノーベル賞はクリスパーかと予想していたが、嬉しい誤算で大隅さんが受賞した。
このHPをオートファジーで検索すると、14編の論文が出てくるので、この現象の広がりを理解するための参考にしてほしい。
   いずれにせよ、水島さんや吉森さんなど、大隅さんの優れた弟子たちが活躍しているので、オートファジーの解説に私の出番はない。代わりに、一言だけ感想を述べる。
   大隅さんは、細胞の形態という揺るぐことのない現象の背景にある複雑な分子メカニズムを解明した細胞生物学者だ。現象は違っても形態と分子をつなぐ細胞生物学研究分野には世界をリードする日本人研究者が多い。細胞間結合で優れた研究を残した月田さんもその一人だ。残念ながら、月田さんは亡くなってしまったが、大隅、月田の両人が東大を離れた後、岡崎の地で自分の研究室を立ち上げたことは、私には偶然でない気がする。
   岡崎研究機構には、生理学研究所と、基礎生物学研究所があるが、「基礎生物学研究所」という名前は、当時の文部省が「基礎生物学」を積極的に推進した歴史を語る証となっている。この時の精神は、科技庁と合体して新しく再編された文科省には残っていないようだが、今回のノーベル賞は、大隅さんの研究が「基礎生物学研究所」で行われ、旧文部省も基礎研究を推進するためわざわざ新しい研究所を設立する気概を持っていたことをもう一度思い出すいい機会になったのではないだろうか。
  前置きが長くなってしまったが、今日紹介したいカリフォルニア大学バークレー校からの論文は視細胞が失われた網膜機能を化学物質で取り戻すという研究で10月5日号のNeuronに掲載された。タイトルは「How azobenzene photoswitches restore visual response to the blind retina (いかにしてazobennzene光スイッチが失明した網膜の視覚反応を取り戻すのか)」だ。
   一昨年2月24日、光により構造変化を起こす化学化合物を眼球内に注射すると、もともと光に反応しない網膜神経節細胞が光に反応して視覚を回復させることができることを示した同じグループからの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/navigator/1194)。この現象は素晴らしい話だが、実はなぜ化合物を注射するだけで視覚が回復するメカニズムについてはよくわかっていなかった。
   化合物が網膜神経節細胞内にどのように浸透するのか?網膜神経節細胞は光に対してOn型、On/Off型、Off型の3種類があり、全体が統合されて光を感じるが、もしこれら全てが化合物で同時に興奮するとしたら脳は混乱するはずなのに、光が感じられるのはなぜか?など、解くべき問題が残っていた。
   この問題を解明したのが今回の研究で、
1) 光スイッチ化合物は、視細胞の変性に反応して神経節細胞に起こる変化の一環として発現するP2X受容体を介して細胞内に侵入する。
2) 前回ももちいた光スイッチはシアンチャンネルに結合して、光感受性のチャンネルを形成する。ただ、化合物を変えるとナトリウムチャンネルや、カリウムチャンネルを光感受性に変えることができる。
3) 不思議なことに、P2Xを介して光スイッチが流入するのはOff型の網膜神経節細胞に限られる。
以上、光スイッチ化合物がどうして網膜神経節細胞内のチャンネルを光感受性に変えることがほぼ明らかになった。
   これまで光遺伝学では光感受性チャンネル遺伝子を細胞に導入して細胞を光により興奮させていたが、この方法は、全く新しい光生理学の始まりといえるだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月3日究極の遺伝子操作T細胞(10月6日号Cell掲載論文)

2016年10月3日
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    T細胞の抗原特異性を遺伝子操作でガンに発現している抗原に反応するよう変更しガンを殺す治療、CART(T細胞キメラ抗原受容体)治療は、ガンに対する免疫系の力を多くの研究者に認識させた(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2309)。しかし、この方法の利用はまだリンパ性白血病に限られており、先月紹介したように固形がんなどに広く応用するにはまだまだ超えなければならないハードルがある(http://aasj.jp/news/watch/5729)。このハードルを超えるために、現在新しい方法の開発が進んでいるが、今月号のCellに2種類の方法に関する論文が発表された。
  一つ目はスローンケッタリングガン研究所からの論文で、従来のCARTを刺激によりガンの増殖を抑える分子を分泌できるように改変することでCARTの効果を高めようとする試みだ。この方法が試みられるのはそう遠くないと思われる。
   もう一つの論文はさらに未来型の遺伝子操作T細胞利用の可能性を追求した研究で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校から10月6日号のCellに発表された。タイトルは「Engineering T cells with customized therapeutic response programs using synthetic notch receptor(合成ノッチ受容体を用いて注文に合わせて反応をプログラムするT細胞操作)」だ。
   この研究では、従来のCARTのようにT細胞受容体を用いるのではなく、Notchと呼ばれる特殊なシグナル伝達経路を持つ分子の一部を使った、完全に独立した転写活性系をT細胞内に構築して、治療に必要な任意の分子をガンの周辺でのみ発現させる方法で、いわばT細胞の完全作り変えと言っていい。
   筆者がSynNotchと呼ぶ受容体はNotchの細胞膜貫通部分と、細胞外にはガンに発現する抗原に対する抗体遺伝子、細胞内のシグナル伝達には強い遺伝子転写活性によく使われる分子カセット遺伝子、の3者を結合させたキメラ分子だ。期待通り働くと、この受容体を導入されたT細胞が、ガンに発現する抗原に結合すると、分子カセットが切断され、細胞膜から核内に移行、そこであらかじめ組み込んでおいた様々な遺伝子の転写を誘導できることになる。ただ、これまでのCART療法と異なり、発現させたい遺伝子もT細胞に組み込む必要がある。これにより、治療上の注文に応じてどんな分子でも発現させることができる。
   論文では、理論通りサイトカイン、抗体から、T細胞の運命を決める転写因子までありとあらゆる分子を期待通り発現させられることが示されている。もちろん話題のPD1に対する抗体もT細胞が分泌するようにして、ガンの周りでだけ働かせることもできる。また、T細胞受容体を架橋できるキメラ抗体を分泌させて、本来のT細胞刺激を誘導することもできる。実際この方法を用いてガンを消失させる実験も行っている。
   データは全てめでたしめでたしで、期待を持たせる。しかしよく考えると、完全に独立した転写調節系を構築しているので当然といえば当然だ。しかし、実際に利用するとき、何種類もの遺伝子を同時に導入して、期待通りの効果が得られるのかなどまだまだ越えるべきハードルは高い。間違うと「下手な考え休むににたり」で、全てが絵に描いた餅になるかもしれない。
   とはいえ、ガンのキラー細胞をさらに運び屋として改変し、抗がん効果を高めるための開発競争は続くと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

殺し合うは「ヒト」の定め(Natureオンライン版掲載論文)

2016年10月2日
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「人が殺しあうのは、生まれつき持っている逃れられない性だろうか?」という問いは、人間の歴史の中で何度もなんども繰り返し問われてきた。考えてみると、人間同士の闘争と殺し合いの記録が歴史の大きな部分を占めている。剥き出しの闘争を抑制することに成功した現代社会でも、人気のある映画やドラマは、殺しにまつわる話が多い。
   当然ホッブスを始め、古今の哲学者や政治学者も「殺し合うは人の定めか」という問いと向き合ってきた。しかしこの問いに科学的に迫ろうという意気込みの論文を読んだのは今回が初めてだ。スペイングラナダ大学からNatureオンライン版に発表された論文で、タイトルは「The phylogenetic roots of human lethal violence(殺人を犯す人間の暴力性の系統学的起源)」だ。
   「科学的意気込み」と言ったが、実際にこのグループが行ったのは哺乳動物とヒトの同種間で命が失われるに至る暴力について記録している膨大な文献を検索し、全体をまとめ直した研究で、利用した文献自体の正確性などについては完全に把握されているわけではない。従って、この論文に対して多くの異論が出ることは間違いないが、この問題を科学にしようとする意気込みと、そのための卓越した着想は十分Natureに掲載される価値はあると思う。
   まずこの研究では、動物の同種間の致命的暴力に関する記録を調べ、他の個体を殺すという行動が、ダーウィン的進化の結果として考えられるかを検証している。すなわち、進化に従って殺しあう暴力の頻度が持続的に上昇する傾向を持つ系統が存在するかどうかを調べている。もしそのような系統があれば、致命的暴力が進化過程で選択されてきたことになる。
   1500種類の哺乳動物で調べると、多くの種で殺し合いが起こるのを見ることができる。一般的に、致命傷を負わせる力を持ち、社会生活を営む陸上動物で殺し合いの頻度が上昇する傾向が見られる。このような種全体の平均では、全死亡のうち約0.8%が同種間の殺し合いによる結果だ。
   中でも注意を引くのが猿が現れてからで、多くの種で殺し合いが見られ、系統が進むとともに、この頻度が上昇するという結果だ。そしてこの進化の傾向を元に、様々な比較統計学的手法で計算して、人間での殺人による死亡率を約2%と計算している。
  次にこの数字と、様々な記録から算出される人間の殺人率を比較すると、旧石器時代の遺物から計算される死亡率と予測値が一致している。その後、時代が進むにつれ、殺人による死亡率は上昇し、6世紀から13世紀ぐらいにピークを迎え、その後は低下を続け、現代では世界大戦があったものの、系統学的に予想される数値より2−3割低いレベルで収まっているという結果だ。しかも、文明化していない部族社会では、今でも殺人による死亡率は推定値より高い。
   以上の結果から、殺し合うという傾向は、進化とともに私たちが獲得してきた生まれつきの性だが、文化によりそれを克服することは可能だと結論している。最初に述べたが、調査には様々な問題がありそのまま結論を鵜呑みにはできないだろう。しかし、イントロダクションでホッブスのリバイアサン、ディスカッションではルソーの社会契約論が引用され、哲学や宗教問題を科学的に扱おうとする強い意志が感じられる研究で、感銘を受けた。
カテゴリ:論文ウォッチ
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