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12月2日:ミトコンドリア置換によるミトコンドリア病予防(Natureオンライン版掲載論文)

2016年12月2日
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    ミトコンドリアは母親の卵子からだけ子供に受け継がれ、また細胞とは半独立に増殖することができる。この過程で一部のミトコンドリアだけにミトコンドリア(Mt)上の遺伝子突然変異によるMt機能不全が起こることがある。もちろん全てのMtが変異を起こしているわけではないので、病気として現れないことも多いが、変異ミトコンドリアの割合が増えると様々な異常が出てくる。中でも最も症状の重い病気の一つがリー脳症で、生後まもなく精神や運動発達の遅延が起こる。
   最近この病気を発症を防止するために、卵子のミトコンドリアを変えてしまう治療が試みられようとしている。これには変異ミトコンドリアの割合が多くなった卵子の核を、正常卵子に移植することが必要で、今日紹介するオレゴン大学の論文の著者であるMitalipovのグループは、分裂が停止している卵母細胞の紡錘糸を、除核した卵子に移植し受精させる方法で、これが可能であることを示してきた。今日紹介する論文はこの研究の続きで、実際のリー脳症の子供を持つ四人のお母さんの卵子から正常卵子へ紡錘糸移植を行い、本当に治療が可能かを調べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Mitochondrial replacement in human oocytes carrying pathogenic mitochondrial disease(ミトコンドリア病を起こす異常ミトコンドリアを持つヒト卵子のミトコンドリア置換)」だ。
  この研究ではミトコンドリア遺伝子の突然変異が特定されたリー脳症3例、リー脳症と診断されても遺伝子が特定できなかった1例が研究に用いられている。他にも、MELASと呼ばれる病気についても調べているが、紹介は省く。
   これらのお母さんから卵子を採取して、正常卵子へ紡錘糸移植を行うのだが、卵子を採取する過程で、異常ミトコンドリアを持つお母さんは、排卵誘発に対する反応が悪いこともしっかり書いてある。このことは、今後治療を行う上で極めて重要な情報だ。
   次の問題は、紡錘糸移植をした卵子が受精後正常に発生するかだが、このグループがこれまで示して来たように卵子のミトコンドリア異常があっても、紡錘糸はほぼ正常に機能し、ES細胞を作成することができる。また、卵子のドナーと遺伝子がある程度離れていても、ほぼ正常に発生することを確認している。
   最後の問題は、紡錘糸移植時にどうしても異常ミトコンドリアを持ち込んでしまうことで、これが移植された卵子由来の細胞で増えてしまうと元の木阿弥になる。この悪い予想が的中し、移植卵子に由来するES細胞は培養を続けると、最終的に異常ミトコンドリアが優勢になることが分かった。異常ミトコンドリアの増殖程度はまちまちだが、87%で異常ミトコンドリアが増殖することも確認されている。移植時には99%が正常ミトコンドリアであることが確認されていることから、驚くべき結果だ。ただ、同じ異常ミトコンドリアを持っていても、違うドナーに移植した場合は異常ミトコンドリアが増えないケースも観察される。すなわち、ドナー卵子との相性が重要であることが示唆された。
   異常ミトコンドリアが増える原因をさらに調べているが、異常ミトコンドリア自体の増殖能が高い場合と、異常ミトコンドリアを多く含む細胞がよりよく増殖することの両方があることが分かった。
   これらの結果から、異常ミトコンドリアが持ち込まれる限り、リー脳症ではミトコンドリア置換によっても治療ができない可能性があり、また増殖の有無を予測することが難しいことが明らかになったと結論している。
   論文を読むと、このグループは一時革命と大騒ぎした体細胞核の卵子への移植を含め、生殖工学の高い技術力を持っていることがわかる。すなわち、結果は信用できる。したがって、安心してこの技術をリー脳症発生の防止に使うためには、新しい技術の開発が必要なことを示す重要な貢献だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日:インフルエンザワクチンは自閉症の発生に影響はない(11月28日JAMA Pediatrics掲載論文)

2016年12月1日
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   妊娠中の様々な感染や発熱は、生まれた子供の自閉症の発症に関わることが様々な調査によって指摘されている。これを聞くと、まずお母さんは最も身近な恐怖としてインフルエンザ感染を心配することになる。これを防ぐためには、今の所効果は限定されているとはいえ、インフルエンザワクチン接種以外に方法はない。しかし、妊娠初期のインフルエンザワクチンも同じように自閉症の発症率を上げる可能性を指摘している論文もある。逆に、全く影響がないとする論文も発表されているが、一般の人だけでなく、医療関係者ですらどちらを信じていいのかよくわからない状況になっている。
   この状況を打開しようと米国で900万人近くの会員を擁する保険維持機構カイザー・パーマネンテが、会員の妊婦さんを対象に大規模調査を行ったのが今日紹介する論文だ。タイトルは「Association between influenza infection and vaccination during pregnancy and risk of autism spectrum disorder(妊娠中のインフルエンザ感染とインフルエンザワクチンの自閉症スペクトラム発症リスク)」で、11月28日号のJAMA Pediatricsに掲載された。
   結論は明快で、妊娠中のどの時期でも、ワクチンだけでなくインフルエンザ感染自体も生まれた子供の自閉症の発生とは関係がないと、自信を持って言い切っている。
   ただ、相関関係があるとする論文と比べて、今回の論文はより信用に足るのかという点が問題になるが、私自身は信用できるという印象を強く持った。
   まず対象が、2000年から2010年に生まれた約20万人の子供を対象で、母数としては十分だ。
   加えて、子供達の成長記録及びお母さんの病歴、妊娠中の記録などが完全に把握できている。これは、すべての対象がカイザー・パーマネンテ(KPNC)の会員として、傘下の病院でケアを受けているからで、ワクチン接種からインフルエンザ感染の確定診断まで正確な記録が存在している。
   さらに、このサービスを受けられるのが収入の高い階層で、生活環境が一定している点も見逃せない。事実、今回対象となったお母さんの実に20%近くが大学院が最終学歴で、全体の8割が大学以上の学歴を持っている。いうまでもなく、白人が大多数で、次がアジア系アメリカ人だ。おそらく、これほど対象の階層を揃えた研究はこれまで行われたことがなかったのではないかと思う。
   実際のデータを見ると、妊娠初期(12周まで)にワクチン接種を受けたグループでは少し自閉症の発症率が高い。しかし、対象についての完全な記録が揃っているため、自閉症と関係する様々な要因を加味して、統計を取り直すことが可能で、その結果著者らは、インフルエンザワクチン、インフルエンザ感染と自閉症の発症は無関係と言い切っている。
   もちろん、社会階層が全く異なれば同じ結果になるかどうかはわからない。しかし、健康な生活を送っておれば、この結果を他の階層に当てはめてもいいのではと思う。
   この論文を読んでいて、KPCNに属する著者らの極めて自信に満ちた論調に驚いた。会員のすべての記録を電子化し、共通化して把握していることの強みをひしひしと感じる。
   同じ週にNature GeneticsにもKPCNの会員を対象に行った高血圧の遺伝子多型の論文が発表された。この論文を読んでも、200万近い、しかも様々な医療記録が完全に揃った対象について、ゲノム検査を着々と進めているKPCN傘下の研究者たちの自信に満ちた論文の書きぶりが強く印象に残った。
   保険と医療サービスを一体化したサービスに関して、これまで様々な問題が指摘されていたが、ここまでくるとKPCNの長期展望を評価せざるをえない。トランプ体制になれば、さらに揺るぎない地位をKPCNは固めていくのだろう。一方、オバマケアは風前の灯のようだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月30日:DNAメチル化阻害剤デシタビンによる白血病治療(11月24日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2016年11月30日
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     誰でも、やりたいと思っていた研究を、誰かが見事にやってのけているという論文に出会うという経験を持っていると思う。私にとって今日紹介するワシントン大学のグループがThe New England Journal of Medicineに発表した論文がそれにあたり、感慨を持って読んだ。タイトルは「TP53 and decitabine in acute myeloid leukemia and myelodysplastic syndrome(急性骨髄性白血病と骨髄異形成症候群におけるp53とデシタビン)」だ。
   2005年ぐらいから、メチル化阻害剤が骨髄異形成症候群に効果があるという報告が続いていた。なぜ非特異的なメチル化阻害がそんなに効果があるのか、原因を調べてみたいと考えていた時、勤めていたCDBが次世代シークエンサーを導入することになり、治療前後で白血病細胞のメチル化状態と、遺伝子配列検査を調べる計画を立てた。
   多くの臨床の先生と話をし、デシタビンを導入するジャンセンファーマの人にも話をつけ、助成金も得られ、最初の2年でメチル化状態や、遺伝子を調べる体制を整え、いざ我が国でのデシタビン治験の始まるのを待っていたところ、デシタビンの長期効果が見られないからと、我が国での治験が中止になってしまった。その後大慌てで、5AZに変えたり、今も苦い思い出だ。
   今日紹介する研究も同じで、急性骨髄性白血病(AML)や骨髄異形成症候群(MDS)にデシタビンを投与し、反応した患者さんと、反応しなかった患者さんの白血病ゲノムとメチル化状態を比べている。さすがに症例数は多く、116例に投与して、骨髄検査上では約半分で白血病のブラスト細胞の現象が見られている。
   デシタビンが効いた患者さんの多くは、p53に突然変異を持つグループで、驚くことに効果のなかった白血病の全てでp53変異がないことが分かった。一方、DNAメチル化については、効果の有無で明確な差が認められなかったという結果だ。
   また、デシタビンが効いた患者も、がん細胞を完全に消滅させることはできず、再発が必至であることも分かった。このデータを見ると我が国での治験を中止するという判断が下された理由もわかる。
   もちろんp53に突然変異のない人でも効果がある場合がある。さらに、なぜデシタビンがもともと通常の化学療法に反応しないp53変異を持つグループに一時的とはいえこれほど効果があるのか、この研究は何の答えも与えていない。おそらく、詳しくデータを解析していけばさらに重要な発見が出てくるような気がする。実際には、メチル化に関するより詳しいデータ解析から重要な発見があるような気がする。
   高齢化社会を迎えて骨髄異形成症候群の患者さんは増加している。ただ、骨髄移植が難しい高齢者では治療の決め手がなく、メカニズムの研究から薬剤を開発することが必要になる。その意味で、p53変異があるとデシタビンが効くという結果はメカニズムは全く不明でも、今後の治療開発に大きな貢献をしたのではないかと期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月29日:ガン発生率の男女差を説明する(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2016年11月29日
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   肺がん、膀胱ガン、腎臓癌のように、男女の生活習慣の違いが少なくなった現在も、男性の発生率が明らかに女性より高いガンが存在する。この原因について、ホルモンの影響など様々な理由が考えられてきたが、本当に納得できるところまでには至っていない。
   今日紹介するMITからの論文はX染色体を2本持つ女性では、ガン抑制遺伝子の一方が欠損しても、普通はエピジェネティックに不活化されているもう一方の遺伝子が不活化から逃れることでガンを抑制するセーフガード機構が働くことが、男性よりガン発生率が低い原因であることを示した研究でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Tumor suppressor genes that escape from X inactivation contribute to cancer sex bias(X染色体不活化を逃れたガン抑制遺伝子がガンの性差に寄与している)」だ。
   結論はタイトルの通りだが、もう少し詳しく説明しよう。何度も紹介したが、哺乳動物のX染色体の片方はエピジェネティックに完全に不活化されている。これは、男性と女性で遺伝子の数が異ならないよう調整する一つのメカニズムだ。しかし、エピジェネティックな変化はリプログラムできる可能性がある。
   X染色体上のガン抑制遺伝子が発ガンに寄与するとすると、男性の場合、もともとX染色体は一本しかないため、突然変異が起こるとそのまま発ガンのスイッチが入る。女性でも通常は一本が完全に不活化されているため、原則的には男性と同じだが、不活化メカニズムがリプログラムされる可能性があると、片方のガン抑制遺伝子が働くことで発ガンのスイッチが入らずにすむ可能性がある。
   この研究は、この可能性を、すでに積み上がっている4000近くのガンゲノムデータを使って確かめようとしたものだ。実際、言われてみるとどうしてこの可能性を思いつかなかったのか不思議なくらいだ。おそらくこれまでも着想はあったのだろう。しかし、大規模に確かめることは難しかった。幸い、ガンゲノムプロジェクトが進み、今や何万もの遺伝子配列を擁するガンデータベースがある。
   この研究はこのガンデータベースを用いて、X染色体の不活化から逃れたガン抑制遺伝子が、女性の発ガン率を下げているという仮説の検証を行っている。具体的には、4000のガンゲノムデータで、ガンだけに発生した突然変異を、「並べ替え検定」という手法を用いて、発生の有意差を男女で比べている。
   驚くことに、18000常染色体上の遺伝子の突然変異で比べると、発生率に全く男女差がない。一方、X染色体上で不活化を受けている783遺伝子のうち、なんと6遺伝子で明確な男女差が見られたという結果だ。そして、この6種類の遺伝子のうち4遺伝子はすでにガン抑制遺伝子として特定されていたという結果だ。
   あとはそれぞれの同じ問題を他のガンでも検討することの重要性、また全Y染色体欠損の問題など多くの面白い問題を扱っているが、説明は省く。結論としては、X染色体の不活化は可逆的であることを念頭に発ガン過程をもう一度見直すことの重要性を説いている。
   ビッグデータベースも、questionがあって初めて利用できることを示す素晴らしい仕事だ。逆に言うと、面白いquestionを着想できれば、データの方から微笑みかけるということだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月28日:植物繊維が重要な理由(11月17日発行Cell掲載論文)

2016年11月28日
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     ビッグデータを通してシステム全体の動態を理解し、最終的にはシステムの反応を予測しようと研究が進んでいる。しかし昨日も述べたように、ビッグデータの解析を間違うと、結局複雑なものをより複雑にして、好き勝手な結論が導かれてしまう。したがって、いわゆるボトムアップと呼ばれる個々の反応から因果性を追求する手法が重要だ。実際、脳もボトムアップとトップダウンの両方が組み合わさって、初めて外界を認識できる。このコンビネーションをどう実現するかは、ビッグデータ研究の鍵だと思うが、ディープラーニング以外の方法も着々と開発されているのだろうか。
   同じ問題を腸内細菌叢研究に見ることができる。次世代シークエンサーを使って腸内細菌を網羅的に解析することが可能になったが、複雑な全体の変化を示されても理解が深まったという気がほとんどしない。一方、腸内の細菌が完全に把握できているgnotobioticな系で行われた研究は、免疫にしても、栄養にしてもよく理解できる。この状況を見ると、急速に広がった細菌叢のメタアナリシスブームは、gnotobioticなボトムアップの研究の進展が追いつくまで、結局理解できないまま残るような気がする。
   このことを示す典型的な論文がルクセンブルグ大学と、ミシガン大学の共同研究として11月17日号のCellに掲載された。タイトルは「A dietary fiber-deprived gut microbiota degrades the colonic mucus barrier and enhances pathogen susceptibility (食物繊維が欠乏すると腸内細菌が大腸粘膜バリアーを分解し病原菌に対する感受性をあげる)」だ。
   この研究で行われた研究は、基本的に、無菌マウスに17種類の完全にゲノムが解読された細菌を移植したgnotobiotic系を作り、このマウスに食物繊維の含まれない餌を与えるとどうなるかを調べている。ただ重要なのは、それぞれの菌を様々な糖鎖とともに試験管内で培養したデータもちゃんと採っている。
その上で、食物繊維が欠乏すると、
1)どの細菌が増えるのか、
2)その結果、何が起こるのか、
3)この変化が病気に関わるかを調べている。
17種類に細菌が減らされると私たちの頭の中でも十分データを処理できる。多くの実験が行われているので、かいつまんで結論だけをまとめておこう。
1) まず、食物繊維を減らすと、多糖類を分解して栄養にする細菌の比率は急速に低下する。(完全に納得)
2) これに代わって、腸から分泌される粘液を分解する能力を持つ菌が増える。(これも納得)
3) 遺伝子発現からも、腸内細菌叢全体で粘液を分解する酵素の発現が上昇していることが確認できる。
4) この結果、当然腸内の粘液が分解される。問題は、粘液に腸上皮の保護作用があることで、この保護作用が無くなることで、病原性の高いバクテリアが直接上皮に結合する。(納得)
5) これを確認するため、Citrobacter rodentiumと呼ばれるバクテリアを加えて実験すると、多くのバクテリアが上皮に直接接触して腸内から洗い流されない。(納得) 6) この結果、腸上皮が侵食され、潰瘍が形成される。(納得)
以上がシナリオだ。
   これまでメタアナリシスだけで同じ問題を扱った論文を読んだが、それと比べるとデータもわかりやすく、直感的に納得できる。
   もちろん、gnotobioticな系だけで実際の現象を理解できることはない。このボトムからの結果を、腸内細菌叢全体の変化と対応させていく努力が必要だろう。
   食品やサプリメントの開発も、すべてこの基盤の上に進める必要がある。決して、複雑な話にしてから都合のいい結果を選ぶようなことは慎むべきだ。    
カテゴリ:論文ウォッチ

11月27日:サルの序列と免疫力(11月25日Science掲載論文)

2016年11月27日
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   多くの免疫学者がその解明のために日夜努力している極めて複雑な免疫システムを、免疫力という一言で片付けて、あとは生活上の習慣やストレスと関連付けてわかりやすく(?)解説するような本が、書店で多く平積みされている。さらにこの免疫力という言葉を使って様々な商品を宣伝することが横行している。テレビや新聞広告を見ると、大手企業ですら「免疫力を高める・・・」という宣伝を根拠もなしに臆面もなく使っている。
   要するに「免疫システムは複雑すぎるため、何を言っても問題にならない」と考えているのだろう。実際には、例えば今話題の抗PD-1抗体はガンの免疫力を高めると同時に、自己免疫という副作用も高めてしまう。自己免疫やアレルギーは厄介な免疫反応だが、病原体やガンに対する免疫反応は私たちを守ってくれる。このように、常に2面性を持つ免疫システムを免疫力という一言で語ってしまう著者や、企業に強い違和感を抱くのは私だけでないだろう。
   このような風潮の背景にある構造をわからせてくれるデューク大学からの論文が、こともあろうに11月25日号のScienceに掲載された。タイトルは「Social status alters immune regulation and response to infection in macaques (アカゲザルの社会的地位は感染症に対する免疫調節と反応を変化させる)」だ。すでにお分かりのように、この論文に対して私は極めて批判的だ。
   この論文は我々人間社会で社会的地位と健康が相関しているという社会問題から始まっている。すなわち、「社会的地位に応じて健康が増進する」理由の解明を目的に据えている。
   しかし次の瞬間、この問題の生物学的側面を研究するにはアカゲザルの序列と免疫系が適していると、ほとんど論理にもならない論理で研究が正当化されている。しかし、人間の社会的地位ほど複雑なものはない。例えば清貧に甘んじ世の中を楽しむ達観できる人間はいても達観するサルはいないだろう。
   この飛躍には目をつぶるとして、研究を見てみよう。このグループの所属は進化人類学で、サルの序列についての実験はさすがにプロだと感心する。45匹の猿を9グループに分け、それぞれのグループで序列ができた後、それぞれ1位同士、2位同士とグループをシャッフルして、さらに新しい序列が生まれるのをトータル2年もかけて確認している。
   では、こうして生まれた序列と、免疫力(?)は相関するのか?確かに、ランクが上がるとT細胞や、NK細胞の数は上がるようだ。なら、ワクチンに対する反応や、アレルギーなど「いわゆる免疫反応」を調べるのかと思いきや、CD4、CD8、CD3、CD20、CD26などの表面抗原を組み合わせて細胞を分別し、各ポピュレーションが発現している遺伝子を調べ、その遺伝子の中からサルの序列と相関の強い遺伝子に注目してその後の研究を行っている。
   例えば序列と相関する遺伝子の数がNK細胞で最も多いので、NK細胞は序列の指標になるという具合だ。しかし、最初から統計学的に相関のある遺伝子のみ抜き出した時点で、その後の解析に大きなバイアスをかけている。
   さらに、サルの感染に対する免疫力(?)を調べると称して試験管内でバクテリアの成分LPSによるTLR4刺激反応を調べている。しかしここでも、細胞の反応自体ではなく、細胞が発現している遺伝子を調べ、序列と相関する遺伝子を選んで調べている。
   この結果から、序列が低いとMyd88シグナル、序列が高くなるとTRIF シグナルを使うと結論しているが(分子の名前は気にせずに読み飛ばしてほしい。要するに違う刺激伝達系がLPSにより活性化される)、実際のデータから見ても強引すぎる。おそらく、統計処理での小さな差を上手く使いすぎて、データを見たときの直感と離れても気にしないのだろう。
   サルの序列を免疫反応と相関させるアイデアは全く悪くない。野生社会ほど、健康は序列の第一条件だ。しかし、免疫反応を調べるなら、まず実際の抗体産生やT細胞反応の測定から始めるべきだろう。各ポピュレーションの遺伝子発現という複雑性をさらに導入して直感から現象を切り離し、後は数理でなんとか結論を出すなど、スマートな人間が考えそうだが、私には受け入れられない。著者らは、CD4T細胞にはヘルパーも、抑制T細胞もあることを知らないのだろうか。方法が根本的に間違っている。
   これと同じ論理が、我が国の「免疫力」という言葉に潜んでいると感じる。
 ビッグデータ時代「複雑なものをさらに複雑にすれば、どんな結論でも可能」という論理を打ち砕ける理論武装が必要なことを実感した。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月26日:時差に潜むガンの危険(12月12日号Cancer Cell掲載論文)

2016年11月26日
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   生物進化の過程を、生物による環境の同化と捉えることができる。例えば今年7月22日に紹介したカメの甲羅の起源は面白い(http://aasj.jp/news/watch/5537)。この時紹介した論文は、カメの甲羅形成に向けての進化は、まず穴を掘るための骨格を形成するため方向に進んだことを主張している。もしこれが正しければ、次のステップで穴そのものが甲羅として実現したことになり、環境を自己に同化したと見ることができる。
   この例にもまして生物による環境の同化を見ることができるのが、概日リズムだ。すなわち、単細胞生物から私たちまで、細胞の一つ一つが地球の自転による太陽光のリズムに合わせて遺伝子転写のリズムを持つようになっている。このリズムは皆さんも感じることができる。それが一足飛びにアメリカやヨーロッパに旅行する時煩わされる時差だ。この意味で、時差を人間の文明が生物進化を犯している典型と考えることができる。と言っても、ホモサピエンスの誕生以来20万年の歴史の中で、時差が問題になったのはほんの五十年ほどのことだ。もちろん、定期的深夜労働などを入れると100−200年の歴史はあるかもしれないが、いずれにせよほんの最近のことといえる。
   当然、自然の摂理に逆らうことが一時的な体の変調を超えて、深刻な影響を及ぼすのではと心配することになる。今日紹介する米国農務省の栄養研究センターからの論文は、時差のある地域を定期的に行き来すると肝臓ガンが発生する危険性が高まるという恐ろしい論文で12月12日発行予定のCancer Cellに掲載されている。タイトルは「Circadian homeostasis of liver metabolism suppresses hepatocarcinogenesis(肝臓代謝の概日リズムの恒常性が肝臓ガンの発生を抑えている)」だ。
   このグループは、部屋の明かりが12時間ごとにオン・オフする部屋を2室用意し、片方のオン・オフ周期が8時間ずれるようにして、例えば日本からヨーロッパに旅行したのと同じ時差環境を用意している。次に、マウスをケージごと、この2つの部屋を1週おきに移動させ時差により概日周期が乱されたマウスを準備している。
   あとは、このように生後4週から概日周期を乱したマウスの寿命、発がん率、そして代謝や遺伝子発現を詳細に調べているが、なんといってもこの研究のハイライトは、普通のマウスの概日周期を毎週乱し続けると、驚くことに8.75%のマウスに肝臓ガンができるという発見だろう。一方、同じ部屋で買い続けて概日周期を維持させたマウスでは発生率は0%だ。いくらマウスの話とはいえ大変だ。これが概日リズムの乱れによることは、遺伝子ノックアウトを用いて概日リズムを乱したマウスでも肝臓ガンが起こることを示して証明している。
   この恐ろしい現象の分子メカニズムを探るべく膨大な実験を行っているが、詳細は省いていいだろう。結論は以下のようにまとめられる。
   概日周期が乱されると、まず肝臓の代謝が変化し、いわゆるメタボ型になる。この結果肝臓は非アルコール性脂肪肝と同じ状態に陥り、実際非アルコール性肝炎まで進む。概日周期は細胞の転写のリズムを形成しているが、これが乱れると転写パターンが変化し、恐ろしいことに肝臓ガン型の遺伝子発現パターンに近づく。さらに、アンドロスタン受容体の発現を上げて、胆汁の肝内うっ滞を誘導し、この作用でDNA損傷などが進んでガンが発生するというシナリオだ。
   恐ろしい話だが、これは動物モデルの話として笑ってすませればいいのだろうか?
  ほとんどの人は毎週ヨーロッパと日本を行き来することはない。したがって、まず気にすることはないだろう。ただ、職業によってはそんな生活が何年も続くことは十分ありうる。今後、この発見を元に国際線の搭乗員を始め、様々な職業で疫学調査が必要だろう。
  もし人でも危険が明らかになっても悲観することはない。この研究は肝ガン発生までの道筋を明確に示した。従って異常を早期発見することは可能だ。さらに、アルドスタン受容体が欠損すると、この危険は完全になくなることも明らかにしている。すなわち、この分子の阻害剤により異常を抑えることができる。
   しかし、脳の活動から生まれた文明と、ゲノムの進化が今ぶつかり合っていることを実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月25日:肉芽種性炎症とマクロファージ(11月17日号Cell掲載論文)

2016年11月25日
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    卒業後研修医として働き始めた頃は、我が国でも多くの結核患者さんがおられた。私自身は当時講師だった泉孝英先生についてサルコイドーシスの特殊外来にも参加した。両方の疾患とも病理的には肉芽種性炎症疾患と分類され、構造化されたリンパ球やマクロファージの集積によって、一般の炎症と一目で区別できた。病理像の中でも目を引くのは、多核の巨大マクロファージの存在で、結核ではラングハンス細胞、サルコイドーシスでもアステロイドボディーを持った巨細胞が、あたかもオーケストラの指揮者のように存在していた。事実、同じオーケストラも指揮者によって全く異なる演奏ができるのと同じで、それぞれの肉芽の形に合わせて、違うマクロファージ由来巨細胞の顔は異なっている。
   今日紹介するドイツ・フライブルグ大学からの論文は、結核菌をモデルに巨細胞形成の分子基盤に迫った研究で11月17日号のCellに掲載された。タイトルは「DNA damage signaling instructs polyploidy macrophage fate in granulomas(DNA障害により誘導されるシグナルが肉芽での多核マクロファージの運命を決める)」だ。
   この研究では、1)マクロファージを巨核細胞へと誘導するシグナル、2)巨核になるメカニズム、3)巨核細胞が増殖できるメカニズムなどについて実験を行っており、示されたデータは膨大だ。さらに、論文も話が飛んでわかりにくい。従って、著者らの結論だけを以下にまとめる。
  通常マクロファージは、M-CSFなどの作用で増殖するが、ここに様々なサイトカインや病原菌の刺激が入ると、特殊な分化過程をとる。最もわかりやすいのが、RANKL刺激により多核の破骨細胞が分化する過程だが、結核菌(実際にはBCGを使っている)の場合、BCGによりTLR2が刺激され、さらに慢性炎症でTNFなどのシグナルが加わることで巨核細胞への分化がトリガーされる。これにより、マクロファージの発現する分子が代謝や炎症の観点から完全にリプログラムされ、特有の炎症組織形成につながる。
   BCGによる多核形成は、菌がつくるリポタンパク質により細胞分裂がうまく進まないことによりおこる。ただ、普通はこのような細胞はDNA障害が起こり、分裂が止まり、最終的に死滅するが、TLR2からのシグナルにより、DNA合成が続く。この結果、リポタンパク質の刺激は持続し、DNA障害により誘導される様々な細胞反応が起こる。またTLR2はMycの発現を誘導し、DNA障害を乗り越えて細胞の増殖を維持することに寄与する。結果、炎症が遷延し、肉芽種が形成される。
   以上が、マクロファージが多核化しても増殖を続け、また独特の形の炎症像を形成するシナリオで、十分納得できる。実験としては特に目新しいものはないが、あらゆる方法を駆使して、ほとんどの研究者が顧みなくなった肉芽の巨細胞の成立を突き詰めた点には拍手を送りたい。
  ようするにそれほど、肉芽オーケストラの指揮者の顔には魅力がある。   
カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日:教科書は書き換えられる(11月18日Science掲載論文)

2016年11月24日
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   まず次のウィキペディア収録図を見てもらおう(https://en.wikipedia.org/wiki/Autonomic_nervous_system#/media/File:The_Autonomic_Nervous_System.jpg)。
  これは医学部で誰もが習う自律神経の解剖と生理をまとめた図だが、自律神経には交感神経系と、副交感神経系が存在し、交感神経系は胸部から腰部の脊髄から、副交感神経系は脳神経及び、仙骨部の脊髄から投射していることが示されている。1886年、Gaskellらが報告し、1921年有名なラングレーの教科書に自律神経系の構造として記載されてから今まで疑われることなく、信じられてきたドグマだった。
   もちろん疑われることがなかった十分な理由はあった。自律神経系は、交感神経系と副交感神経が拮抗して内臓の活動を調節しているとされ、例えば瞳孔の散大や収縮はこのドグマに基づいて医療が行われてきた。脳神経由来の副交感神経が来ていない膀胱や外性器などは、腰部からの交感神経に加えてどこからか副交感神経が必要で、仙骨神経は副交感系だとする方が理にかなっていた。
   しかし100年以上信じられてきても、ドグマは書き換えられるためにある。今日紹介するフランス・高等師範学校からの論文は仙骨神経は交感神経であることを示した論文で11月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「The sacral autonomic outflow is sympathetic(仙骨からの自律神経投射は交感神経だ)」。
   おそらくこのグループは神経発生を研究するうちに、仙骨からの神経発生過程で副交感神経特異的な分子マーカーが染まらないことに気づいたのだろう。研究では、副交感神経の代表、迷走神経発生過程での分子発現を、胸部交感神経、及び仙骨からの自律神経発生と比較し、仙骨からの自律神経系発生過程が、副交感神経系発生とは全く異なり、逆に交感神経の発生過程で発現する分子が出ていることを明らかにしている。
   はっきり言うと実験はこれだけだが、この分子マーカー発現に基づき、仙骨神経は、骨盤神経節に集まり、腰部からの交感神経とともに、直腸、膀胱、外性器を支配すると結論している。たしかに解剖学的に見ると、仙骨神経と脳神経が同じ副交感系を作ると考えるより、副交感系は脳神経、それ以降は全て交感系と考える方がすっきりする。しかし、では直腸、膀胱、ペニスなどの外性器の自律神経支配は説明がつくのかと心配になる。特に排便、排尿などの調節は重要だ。
   これについても著者らは明快で、これまでの生理学的研究は先入観に基づくもので、これらの臓器は交感神経だけで支配されていると考えても、生理学的に説明がつくと主張している。
   これほど明確なパラダイムシフトが提案されたからといって、この考えがドグマになるためには様々な検証が必要だ。しかし、排便、排尿だけでなく、性機能など人間にとって重要な生理機能がもう一度検討され直し、新しい治療法の開発に繋がる確率は高い。
   しかし驚いた。
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11月23日:芸術は科学で説明できるか?(10月30日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2016年11月23日
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Adobe Photoshop PDF    最近読んだ本の中でオススメを一冊選ぶとすると、記憶研究でノーベル賞を受賞したエリック・カンデルの「Reductionism in art and brain science: Bridging the two cultures (芸術と脳科学における還元主義:二つの文化を橋渡しする)」だ。今年の9月に出たばかりでまだ邦訳はないが、訳されるのもそう遠くないと思う。
    いろんな読み方ができるだろうが、私にとってマーク・ロスコの絵が表紙に使われているこの本で取り上げられた問題は、「なぜ抽象絵画が私たちの心を揺さぶることができるのか?」だと思えた。
   これに対しカンデルは、ターナー、モネ、カンディンスキー、モンドリアン、クーニング、ポロック、ロスコ、ルイス、フラビン、タレル、カッツ、ウォーホールなど絵画を解説しながら、それぞれの画家が「見たもの」をどのように要素還元したのか、そしておそらく直感的に行われた還元過程が、視覚認識についての脳科学からみていかに理にかなったことかを説明している。
   要するに、カンデルの答えは、「私たちが視覚認識として行っている様々な脳過程の一部を、画家が直感的に取り出して表現しているのが抽象絵画である」とまとめていいだろう。
   カンデルの美術に対する専門的な造詣の深さに感心するとともに、その脳科学に基づく説明に納得し、舌を巻いた。もちろん、この説明が正しいかどうかを問うても意味がない。面白い説明に出会うとともに、抽象絵画も理屈から楽しむ可能性があることがよくわかった。カンデルの提案を頭に入れて、NY近代美術館をもう一度訪れたいという強い気持ちが湧いてきた。
   これと比べると、音楽の歴史を単純に要素還元的に説明することは難しいような気がする。これは、絵画と違って、音楽はもともと抽象的で、コンテンツそのものがないからだろう。これを研究するのは大変だが、それでも今日紹介するバルセロナ大学からの論文のように、音楽を聞いたときの快・不快をなんとか分析しようとする研究も行われている。タイトルは「Neural correlates of specific musical anhedonia(音楽特異的な不感症の神経的基盤)」で、10月30日号の米国アカデミー紀要に掲載されている。
   この研究では、45人の大学生を、筆記テストで、音楽好き、普通、無関心にわけ、次に古典から現代まで様々なクラッシック音楽を聴かせて、1)好感度の採点、2)皮膚伝導計による興奮度の測定、3)機能MRIによる脳活動の測定、を行い、音楽に対する感受性の違いを脳科学的に説明しようと試みている。
   詳細を省いて結果をまとめると、
1) BMRQと名付けられたテストで特定した音楽不感症の人は、快い音楽も、不快な音楽にも同じような身体的反応を示す。(ちなみにここで不快な音楽とは例えばシェーンベルグの弦楽四重奏曲3番)
2) 一方、音楽好きだけでなく、普通の人も、ぞくぞくする音楽には強く反応する。(ちなみにここでぞくぞくする音楽とは例えばベートーベンの第9交響曲と、チャイコフスキーのクルミ割り人形の中のシュガープラムの踊り。)
3) 音楽好きの人は、MRI検査で側坐核を含む腹側線条体が好感度の高い音楽ほど反応する。しかし、音楽不感症の場合は逆に興奮が低下する。一方、ギャンブルでの喜怒哀楽については、音楽好き、不感症を問わず、大体同じ。
4) 音楽不感症の人では、一次聴覚野から側坐核への神経結合がもともと低下している。
    要するに、音楽不感症に対して脳科学から一定の説明が可能だと主張している。しかし、この論文は始まりに過ぎないだろう。今年7月21日にここで紹介したように、人間が生まれついて持っているハーモニーへの感覚でさえ、文化と教育の産物であることがわかってきた(http://aasj.jp/news/watch/5533)。これは言葉の獲得と同じだ。
   像がコンテンツとして外的、内的に存在する絵画と異なり、音楽に対する私達、あるいは音楽家の行動を脳科学的に説明するには、まだまだ調べなければならないことが多い。実際、この論文を読んでいて、いくら音楽不感症とはいえ、ベートーベンの音楽と、シェーンベルグやウェーベルンの音楽に対して同じように反応するとは到底信じられなかった。
   いずれにせよ、この論文も、カンデルの著書も、芸術と科学を二つの文化として並置するのではなく、なんとか接点を求めようとする試みが21世紀に求められていることを伝えようとしている。カンデルの本が、CP Snowがかって表明した「二つの文化に接点はない」というテーゼの説明から始めているのも、接点は必ずあるという信念があるからだろう。ぜひ若い人たちに読んで欲しい本だ。
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