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6月15日:他人の気持ちを理解する感情の遺伝的背景(Molecular Psychiatry掲載論文)

2017年6月15日
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  今週はempathy、すなわち他人の気持ちを理解して共感する心についての論文を2編も読む機会があった。
   詳しい紹介は省くが、6月21日号のNeuronに、心を動かす実話を聞かせながらMRIで脳の活動をモニターし、何かしてあげたいという気持ちと、悲痛な気持ちの共感に関わる脳領域を特定した論文だ。この研究が面白いのは、物語を聞いた後実際に寄付をお願いして平均20ドル程度集めている点と、なんと脳の活動から被験者の寄付額を予想している点だ。ともかく既存の観念にとらわれない面白い研究だ。
    今日紹介するもう一つの共感についてのケンブリッジ大学からの論文は、この他人の気持ちを理解する心の遺伝的背景を調べる研究で、このための方法に興味を惹かれた。タイトルは「Genome wide meta-analysis of cognitive empathy:heritability, and correlates with sex, neuropsychiatric conditions and cognition(他人への共感の気持ちのGWAS解析:遺伝性と性、精神的状態、認知との関連)」で、Molecular Psychiatryオンライン版に掲載された。
   他人への共感の心を調べるためには、通常上に述べたような時間のかかる検査が必要で、その遺伝子背景を調べるために必要な人数を考えると、到底実施できないと思ってしまう。ところがこの研究では、それをほとんど金をかけないでやってしまったところに驚いた。
  この研究では共感度を調べるために、オンライン上で様々な目の写真を見せてその目が表現している感情を判断するThe Eye Testを指標に用いている。このテストは公的にも重要な指標として心理や精神医学領域では利用されているようだ。
   研究では23&meのゲノム解析を受けた100万人以上の方に連絡し、その中から約9万人のボランティアを募って、このThe Eye Testを受けてもらい、その結果をすでにわかっているゲノムデータと対応させ、The Eye Test指標と相関するゲノム領域を調べている。さらに、遺伝性を確かめるため、ゲノム解析が行われている双子のコホートを利用して、The Eye Test指標の遺伝性を数値化している。いずれにせよ、9万人という数が簡単に揃うことに感心する。
   23&meのデータではすでに、被験者の様々なデータが蓄積されており、まずこれとThe Eye Testスコアの相関を調べると、年齢、性と強く相関することがわかる。また、性格でいうと寛容さと最も相関する。一方、意外なことに自閉症傾向とは強い相関がないが、食思不全症とは強く相関する。したがって、これらを補正してゲノムとの相関を計算する必要がある。
   次にゲノムデータと相関させると、高い相関を示す一塩基多型(SNP)がSUMF1と呼ばれるスルファターゼ遺伝子の近くに見つかる。他にもLRRN1,SETMARなどの遺伝子領域にSNPが見られる。双子のコホートを用いた遺伝性の検証からもThe Eye Test指標には確かな遺伝性が見つかる。
   以上が結果の全てで、結局他人の心を理解する能力を遺伝子から説明するには程遠いと言える。
   しかし、すでに集まったSNPデータをいかに有効活用するかという点では習うべきところの多い研究だと思う。また、現在チンパンジーとボノボを比較する研究などから感情移入についての進化も徐々にわかってくると思う。その意味で、今回の研究も利用価値が高まると期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ
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