癌ゲノム時代に入って最初、肝臓癌も適切な標的薬が見つかり、テイラーメイド治療が可能になるのではと期待が膨らんだが、現在もなおオバマ元大統領が唱えたプレシジョンメディシンは実現していない。
今日紹介する論文は癌ゲノム研究を推進してきた癌ゲノムアトラスネットワークが、この現状を打開しようとさらに多角的に肝臓癌を解析し直した研究で6月15日号のCellに掲載された。タイトルは「Comprehensive and integrative genomic characterization of hepatocellular carcinoma(肝臓癌の網羅的、統合的ゲノム解析)」だ。
研究では363の肝臓癌(HCC)についてエクソーム解析、コピー数の変異を調べ、このうち196種類についてはDNAメチル化状態、マイクロRNA、そして必要に応じて翻訳されたタンパク質の解析も行っている。
まず結論的に言ってしまうと、自分がHCC患者さんを見る立場だとして、今回の論文でどれだけ助かるだろうかと考えると、大きな期待は持てない。すなわち、プレシジョンメディシンはまだまだだという印象の方が強い。一方、これまで知らなかった話も見つかっているので、このような解析が無意味というわけではなく、HCCに関する限りゲノム解析に大きな期待を抱くのはまだ早いということだろう。
さてデータ全体を統合的に眺めてHCCで異常が起こる過程を特定すると、1)細胞周期、2)チロシンキナーゼ、RAS経路、3)テロメラーゼ、4)Wntシグナル経路、5)クロマチン調節経路、6)炎症経路、が存在し、それぞれにはすでに様々な癌で知られている多くの変異が見つかる。各過程に関わる変異分子の種類をベースに、HCCを3種類に分類することができ、この分類から将来の予後をかなり正確に予想することも可能だ。ただ、他の消化器癌と比べると、圧倒的多数を占めるドライバー変異が見つからない点が最も難関で、薬剤の開発という面では簡単ではないなという印象を持った。
細胞周期抑制分子の変異やテロメラーゼの発現は必須だが、これも薬剤開発は難しい領域だ。
個人的に学んだのは、B型もC型も肝炎ウイルスはしっかりゲノムに統合されており、B型を持つHCCはヒストンメチル化酵素MLLの変異と、テロメラーゼの発現が高いこと、一方C型肝炎ウイルスをもつHCCではCDKN2A(細胞周期阻害分子)のサイレンシングとテロメラーゼプロモーターの変異が多い点だろう。
原因でいうと、一部に植物毒に起因する変異が見つかっていることで、肝臓は解毒臓器として常に癌の危険性と隣り合わせであることもわかる
代謝的にはアルブミンとAPOBの変異の頻度が高いことに興味を持った。肝臓細胞自体の機能には多くの資源が必要なので、癌になるまでに正常の機能を抑制する方がいいのだろう。またIDH1の変異や、Mycの増幅などを考えると、高まった癌の代謝システムを標的にしてみるのも一計かと思う。 最後に、はやりのチェックポイント治療の可能性についても検討されており、浸潤が強い場合はPD1,CTLA4,PDL1など役者が揃っており、また抑制性T細胞の数が増えていることを示している。
あえてまとめると以上のようになるが、おそらくこのことをよく頭にいれて患者さんを見て新しいことを気づくことが最も重要かと思った。
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