昨日紹介した論文では、MRIを用いた解剖学的変化と、様々な様式の記憶能力との相関を調べ、顔の詳細な違いを弁別するには海馬の持続的発達が必要であることを示していた。このように、形態と機能のような、別々の特徴の比較するのはまだ易しい方だが、記憶の形成や呼び起こし過程で起こっている、脳細胞の刺激状態を人間で調べるのはさらに難しい課題になる。
今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、記憶の形成とその呼び起こし過程に関わる脳の活動を、機能的MRI(fMRI)を用いて調べた研究で、9月27日号のNeuronに掲載されている。タイトルは「Consolidation promotes the emergence of representational overlap in the hippocampus and medial prefrontal cortex (神経の連結強化により海馬と内側前頭前皮質のでの表象が重なる)」だ。
これまで、fMRI を用いた研究は、何か課題をこなしている間にどの部位が興奮するのかを調べることが主流だった。しかし、この研究では異なるアイテムの記憶形成と呼び起こし過程に関わる脳活動の類似性を調べるという難しい課題に挑戦している。
この研究では、示された様々なアイテムを覚え、覚えてすぐ、また一週間後にそれを思い出す一連の課題をこなす間にfMRIで脳活動を記録し、脳の活動パターンから記憶がどこに、どのように形成されるかを調べようとしている。これに用いた課題では、様々なアイテムを、都市、海岸、ジャングル、寝室の情景写真とともに提示して記憶させ、もう一度アイテムを見せて、どの情景と共に提示されたかを当てさせる。ボランティアになった大学生では、課題を記憶した直後は95%の正解率だが、一週間経つと54%に落ちる。それでも、間違いなく記憶が形成されており、あてずっぽうで答える場合よりはるかに高い正解率で答えられている。この時、幾つかのアイテムと共に提示する情景は例えばジャングルの写真のように重複させ、それ以外の情景にはアイテムが一つだけになるよう設計している。
課題の意図が分かりにくいかもしれないが、異なるアイテムの表象を重複して同じジャングルという情景の表象と連結させることで、脳内に既存のジャングルという回路にアイテムの表象が合体して記憶され、本来関係のないアイテムの記憶回路がつながって、脳の反応性が似てくることを期待している。
様々な領域で、各アイテムから情景を思い出す際の脳活動を記録すると、ジャングルという情景と連結させたアイテムを見て答える時のみ、異なるアイテムに対する反応パターンが似てくる。それも、記憶後すぐは全く似ていないのに、一週間後の記憶を呼び起こす時のみ、内側前頭皮質の反応が類似を示す。同じように、海馬の後方でも同じような類似が見られるが、前方では類似は見られない。この結果から、時間をかけて記憶が前頭皮質と海馬の一部に持続的回路として固定される過程で、それぞれのアイテムがジャングルという情景と連結されることがわかる。
次に、アイテムを記憶する時の反応と、思い出す時の反応の類似性を調べ、この場合は右側の海馬でのみ、情景とは関係なく、同じアイテムに対してだけ、記憶形成と呼び起こしの反応の類似が見られることを示している。また、この類似性も一週間後に記憶を呼び起こす時だけ見られ、ここのアイテムの表象が、海馬で安定に保持されていることがわかる。
最後に、記憶に関わる内側前頭皮質と海馬との連結性をそれぞれの領域のアイテムに対する反応の類似性から計算し、時間をかけて安定化された記憶が成立することに並行して連結性が高まっていることを示している。
かなり複雑な実験で、さらにfMRIや推計学的手法は理解し難い点も多いが、結論としては、アイテムに対応する表象が脳内に記憶として安定化される際、海馬の前方と後方に分離し、記憶が固定化する過程で海馬と前頭皮質の結合が高まることで、前頭皮質にすでに存在している情景の表象に関連付けられたネットワークと、後方のアイテムの表象の記憶が統合され、アイテムと情景が結びついた新しいネットワークが形成されると理解すればいいと思う。
この研究では同じ細胞が反応しているとか、どの回路が反応しているかは一切わからない。ともかく、人間で研究することの困難がひしひしと伝わってくるが、納得の結果で安心した。今、言語の発生について考えをまとめているが、大変参考になった。
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