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2月23日:Fragile X症候群の発病メカニズムの完全解明と治療のための前臨床実験(3月22日発行予定Cell掲載論文)

2018年2月23日
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Fragile X症候群(FXS)はX染色体上のFMR1遺伝子に存在するCGGコドンの数が増加することにより発症する、いわゆるリピート病だが、ハンチントンなどのCAGリピート病のように長いグルタミンストレッチを持つ異常たんぱく質が合成されて細胞を殺すのではなく、CGGリピートによりFMR1遺伝子の発現自体がオフになってしまうため、シナプスの可塑性の異常が起こり、自閉症スペクトラムが起こる病気で、男の子の遺伝的自閉症の中では最も頻度が多い。

患者さんのES細胞を用いたイスラエルの研究からCGGがメチル化され、ヘテロクロマチンが形成されていることが示され、遺伝子発現がCGGリピートが誘導するエピジェネティックなメカニズムで抑制されることが原因と考えられてきたが、このリピートを挿入したマウスモデルでは病気を再現できず、この説明が証明できたわけではない。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学Jaenisch研究室からの論文は、FXS患者さんからのiPSを用いてFMR1遺伝子上のメチル化を消去することで、細胞レベルの異常が治ることを示した力作で3月22日発行予定のCellに先行発表されている。タイトルは「Rescue of Fragile X Syndrome neurons by DNA methylation editing of FMR1 gene(FMR1遺伝子のDNAメチル化の編集によりFragile X症候群の神経細胞の症状を正常化する)」だ。

クリスパ−/Casの技術を用いることで、どんなたんぱく質でもゲノムの特定の場所にリクルートすることができる。Jaenischのグループは、遺伝子切断機能を除いたCas9にDNAのメチル化を外すTet1遺伝子を結合させたキメラ分子を用いて、ガイドRNAで示されるゲノム部位のメチル化を除去する方法を開発している。この研究では、レンチウイルスベクターに組み込んだキメラ遺伝子とガイドRNAをFXS患者さん由来のiPSに導入することで、期待どおりFMR1遺伝子上のCGGのメチル化を除去し、FMR1遺伝子の発現を回復できることを明らかにしている。

この結果、FXSがCGGリピートのメチル化によりFXSが発症するというメカニズムが完全証明された。あとは、この方法を用いた治療可能性のための様々な基礎データを集めている。

治療に向けた問題点は、もしキメラTet1分子により無関係な場所のメチル化が外れると、ガンなど様々な問題が起こると予想される。したがって、ガイドRNAで指示した場所以外のメチル化は影響されないことを、全ゲノムレベルのメチル化DNA解読等で調べ、無関係な場所のメチル化が外れる危険性は最小限にとどまることを示している。

次に、エクソン上のCGGのメチル化が外れることで、FMR1遺伝子のプロモーターのヒストン標識がヘテロクロマチン型から、on型のクロマチンに変化することで転写が元に戻ることを示している。この結果はこのシステムが、DNAメチル化がガイドするエピジェネティックな調節を調べる意味でも優れたモデルになることもうかがわせる。

次に、実際の治療ではレトロウイルスベクターを使わない場合が想定されるので、編集したメチル化状態がiPSでどの程度続くかを、Cas9阻害剤を用いて調べ、かなり長期に新しいメチル化状態が続くことを示している。

最後に、こうしてメチル化状態を編集したiPSから神経細胞を誘導し、正常人iPS由来の神経細胞と遺伝子発現にほとんど違いがないこと、編集した神経細胞をマウス脳に移植すると正常機能を示すこと、さらに分化して分裂が終わった神経細胞に対しても同じ方法でFMR1遺伝子の発現を半分ぐらいは回復させられることを示し、今後の治療法開発に重要な基礎データを示している。基本的にはマウスを使ったレベルの前臨床研究は終わっていると言えるように思う。

さすがJaenischの研究室からと思わせる質量ともに読み応えのある論文で、近々治療研究にまで進むという確信を持った。
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