ゲノム解析が可能になってから、多くの精神疾患の遺伝的背景に関するデータが蓄積し続けている。ただ、身体的な病気と比べると、想像以上に多くの遺伝子の関連が示唆され、病気の成り立ちを理解するにはあまりにも複雑であることがわかって、はっきり言って研究者も途方にくれているというのが現状かもしれない。
この複雑さを、neurodiversity(脳の多様性)と片付けるのは簡単だが、ゲノム解析を疾患理解と治療に結びつけるためには、モデル動物で遺伝子多型の因果性を調べることが次の一手になる。ところが、自閉症や、統合失調症など重要な疾患をモデル動物で再現することは実際には不可能に近い。そこで、遺伝的背景と、遺伝子やたんぱく質の発現を関連させて、疾患の成り立ちを理解することが行われるが、膨大なデータをどう処理するか研究者の構想力が問われる。
今日紹介するUCLAからの論文では、脳の皮質での遺伝子発現の違いを手掛かりに遺伝背景を理解しようとしているが、データは増えても、疾患理解にまで至るのが難しいことを思い知らされる。結果、「Shared molecular neuropathology across major psychiatric disorders parallel polygenic overlap(主要な精神疾患共通に見られる分子病態は多くの遺伝子の重なりと並行する)」という消極的な論文のタイトルをつけざるをえなくなるようだ。
少し否定的に紹介し始めたが、それでもなんとかしようとする気持ちは重要だ。この研究では、まず自閉症、統合失調症、双極性障害、大うつ病、アルコール中毒症の5種類の主要精神疾患の脳皮質の遺伝子発現を比べることから始めている。とはいえ、自分の患者さんで調べるのではなく、これまでの研究によって集められた大脳皮質細胞の遺伝子解析データベースから、多くのデータを集め、まず相互に比べられるように平準化したデータで、各疾患の同一性差異を浮き上がらせようとしている。
書くと簡単だが、別々に集めたデータを統合して比べることは決して簡単でない。様々な困難を経て、異なるデータベースを統合したことは高く評価できると思う。
こうして統合したデータベースを用いて、各疾患での遺伝子発現異常の重なりを調べると、統合失調症と双極性障害が最も関連が深く、ついで自閉症と統合失調症、自閉症と双極性障害と続き、主要な精神疾患で多くの遺伝子発現異常が重なっていることが明らかになった。
次に発現異常を示す遺伝子を、様々なタイプのニューロン、アストロサイト、ミクログリア、血管内皮などに分類し、アストロサイトが発現する遺伝子の上昇が自閉症、双極性障害、統合失調症で重なっている一方、ミクログリアの発現する遺伝子の発現異常は自閉症特有であること、一方様々な神経で発現する遺伝子は自閉症、双極性障害、統合失調症で抑制されていることを明らかにしている。特にシナプス機能に関わる遺伝子の発現抑制が自閉症で最も著名に見られることも示している。論文では詳しく議論していないが、発現で見ると自閉症が発現異常の程度が最も大きい印象を持った。
このように、各疾患で遺伝子発現の異常があることはわかったが、この背景に遺伝要因があるのかをゲノム解析データと送還させ、遺伝子発現異常のかなりの部分が、遺伝的な背景を持つことを明らかにしている。
結局データが多すぎて、頭の整理は難しい。しかし、遺伝子発現とゲノム解析を組み合わせてさらに関連を追求することは重要だと思う。 このような研究は、結局明確な因果性を得るチャンスが少ないことを覚悟しながら、データ処理を繰り返して糸口を見つける努力と言っていいだろう。一見論文のための論文に見えてしまうが、それでも様々なヒントは得られているように思える。例えば、なぜ自閉症でミクログリア遺伝子の発現が上がっているのかを理解することができれば、大きなブレークスルーになるように思える。
すでに存在するデータベースを利用する研究とはいえ、大変な努力と構想力の必要な一種の分類学になっている。データがいくら蓄積しても、それを解釈することが最も難しい。データベースが急速に蓄積しつつある今、想像力の勝負が始まっていると思う。ぜひ、我が国の若者も、これにチャレンジしてほしい。
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