このような研究論文や著書を読むと、熱帯雨林や動物園で観察を続けることが、結局人間や自分自身を考えることになり、研究自体に見識と想像力が必要であることがよくわかる。事実、ボノボ研究というと多くの著書のあるdeWahlが頭に浮かぶが、彼の「ボノボと無神論」という本などを読むと、本当に深い教養と思考に裏付けられた研究者であることがわかる。残念ながら、我が国の科学者の本を読んでも、同じような印象を持つことはほとんどない。これは経験を面白いよそ事と捉えるのか、我が事と捉えるのかの教養の体系の違いのような気がする。
前置きが長くなったが、今日紹介するのはボノボのハンティングの後の予想外の行動について調べたリバプール・ジョン・ムーア大学からの論文で4月5日号のHuman Natureに掲載された。タイトルは「Food Sharing across Borders(群れの境界を超えた食料の共有)」だ。
チンパンジーが肉を求めて群れでヒヒなどの小型サルをハンティングすることはGoodallの研究などで有名で、私も生命誌研究館のブログに狩りの様子について説明したことがある(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000022.html)。単純化してチンパンジーの狩りを表現すると、他の個体と目的を共有することがないため、群れで狩りをしていても、各個体の頭にあるのは、自分が餌にありつくだけだ(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000023.html)。従って、獲物を分け合うのはかなり近い間柄の個体だけで、群れの中でも、一緒に狩りをした仲間でも餌を共有することはあまりない。
一方、ボノボは平和的で狩りをほとんどしないと考えられていたが、最近で小型猿や他の哺乳類をハンティングすることが知られるようになった。その結果、ボノボでは、獲物をメスが仕切って分け合うことが明らかになり、ここでもボノボとチンパンジーの差が浮き彫りになった。
この研究では、この獲物の共有が、グループを超えて起こるのかどうか観察を続け、ついにその現場を確認したという論文だ。現場はコンゴの熱帯雨林で、もともと別々の縄張りで生活している2つのグループを長期的に観察する中で、一つのグループのオスが捕まえたダイカーを、他の群れのメスにも分け与える行動を発見した。ダイカーは比較的大きいので、このようなことが起こったのかもしれないが、自分の群れだけではなく、メスに主導されて他の群れにも肉を与え、メスはそれを子供にも分ける。もっと驚くのは、異なる群れのメス同士でももらった獲物を分け合うことだ。
このように群れの境界を超えて、獲物を分け与える行動が観察できたのは、今回が初めてのようだ。メスが仕切る社会構造のボノボならではの行動だが、ボノボと700万年前に別れたアウストラロピテクスはボノボ型か、チンパンジー型かぜひ知りたいところだ。その後、erectusに進化してから男女の体格差がなくなっており、おそらく一夫一婦になると思うが、この過程もボノボ型の乱交型を経て起こったのか(私はそう思っているが)、オス主導で起こったのか、今後もボノボ研究から目が離せない。
カテゴリ:論文ウォッチ