今日紹介するドイツ・エアランゲン大学からの論文は、EDAに免疫グロブリンFc部分を結合させた安定なEDAを開発し、胎生26週から31週の羊水に注射し、予想通り遺伝病を治療した治験研究で4月26日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Prenatal correction of X-linked hypohidrotic ectodermal dysplasia(低発汗性外胚葉異形成症の出生前の治療)」だ。
これまでの研究で、EDAそのものは半減期が短いことがわかっており、EDAに免疫グロブリンのFcを結合させたFc-EDAが胎内で安定で、この病気のモデル動物を用いた前臨床実験でも胎児期の羊水内に一回注射するだけで病気を治療できることがわかっていた。免疫グロブリンのFcは分子の安定性を高めるだけでは無く、Fc受容体を介して胎盤、乳児の腸上皮も通ることがわかっており、動物実験で生後母親のミルクを通してFc-EDAを投与しても皮膚症状を改善させることが出来る。このようなマウス、犬を用いた基礎研究の結果を受けて、実際にこのFc-EDAを2人の妊婦さんに投与、3人のXLHEDの治療を試みたのがこの研究だ。
症例は、すでにXLHEDを持つ子供の親が新しく妊娠し、子供の遺伝子変位が確認されている妊婦さんを2人選んでいる。1人は双子を妊娠しており、治療対象になる子どもとしては3人だ。治療は胎児の体重1kgあたり100mgのFc-EDAを2回、約1ヶ月間隔で羊水に投与しただけで、ほぼどの病院でも可能な手法だ。
まず双子の治療成績だが、結果は目覚ましく、まず最も問題になる汗腺はほぼ正常レベルに発生し、少なくとも2歳まで発熱は起こらなかった。さらに歯の数や、唾液腺、涙腺などもほぼ正常に回復している。
一方、もう一人の子供の場合、汗腺の形成は完全に正常化していいない。しかし、歯や涙腺、唾液腺については、ほぼ正常になっている。この事は、汗腺の発生のスピードは子どもによって多様性があり、投与の回数を増やしたほうがいい可能性を示唆している。ただ、注射回数をあげると流産の危険性が高まる。
結果は以上で、発生学的にも臨床医学的にも、素晴らしい成果だと思う。すなわち、胎児期のみに必要な分子は、母親への影響をほとんど気にする事なく、胎児期に投与できる事、そして、この段階で正常化すると、遺伝子が欠損していても一生生活に支障がない(この研究では2歳までしか追跡できていないが、動物実験から考えておそらく一生問題はないだろう)。とくに、免疫グロブリンFcはリガンドを安定化させる働きがあり、羊水のように流産の危険がある投与法では、投与回数を減らすことが出来ることから、他のリガンドにも利用可能だろう。
体の発生だけでなく、生後の脳の発生にも一回きりのプロセスは多い。遺伝子治療も含めこのような大事な発生過程を標的にする治療法の開発が進むことを期待する。
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