今日紹介するハーバード大学からの論文はジカウイルスにより引き起こされる胎児脳の発生異常の原因を探るためアカゲザルを用いた感染実験で5月17日発行予定のCellに掲載される。タイトルはそのものズバリ「Fetal neuropathology in Zika-virus infected pregnant female Rhesus monkeys(ジカウイルスに感染した妊娠アカゲザルの内の胎児の脳病理)」だ。
ブラジルでジカウイルスによる小頭症が発見されてからのジカウイルス研究の速度は凄まじく、ある意味で現代医学の力を示すといつも思う。症例が報告されて一年もたたたいうちに、クライオ電顕、iPSなどを駆使して、ウイルスの構造や感染の標的細胞などが特定され、またワクチンの準備もできるようになった。ところが、肝心の胎児に対する影響を見るための感染実験系が、免疫不全マウス以外に存在せず、これまで行われた猿を用いた研究は、人間の病態を反映できなかったようだ。
この研究ではアカゲザルで人間と同じ病態を再現できることが結論だが、サルでは再現が難しかったという前提を知らないと、どこが新しいのかおそらく不思議に思ってしまうだろう。
研究では、受精後6−7週の妊娠早期と、12−14週の後(アカゲザルの妊娠期間は23週程度)に、通常の量のジカウイルスを感染させ、その後の胎児の発育を徹底的に調べ、出産時期が来ると帝王切開で出産させ、新生児の脳の病理を調べている。結論としては、小頭症をはじめとする人間で見られる病態がほぼ完全に再現できるというものだが、実験系を用いることでよくわかった点だけまとめておこう。
1) ウイルスは母親の脳など様々な組織で持続的に増殖する。抗体が作られるが、出産後もウイルスは作り続けられる。
2) 胎盤の絨毛細胞と血管に強い異常が誘導され、流産、胎児発育低下を来す。胎盤にウイルスが検出できる。
3) ほぼ100%の胎児の脳と脊髄に病理的異常が見られる。これは、早期に感染した場合により強い症状がある。他にも、筋肉炎なども見られることから、ほぼ全身に感染すると考えられる。
4) 病理的には、強い血管障害、神経前駆細胞の過剰増殖と移動の異常、細胞死の増加、その結果起こる脳構築の形成不全、
とまとめられるだろう。これまでの人間での報告より、より強く血管障害が強調されているのが印象的だ。いずれにせよ、母親の抗体ができる前に感染して、抗体ができてもウイルスが出続けているとすると、ワクチンなど戦略が難しくなる。最初、ジカウイルスはそれ自体問題ないと考えられたが、結構深刻な感染症であることがよくわかった。いずれにせよ、感染症に関しては世界の総力を挙げて研究する体制ができていることは間違いない。
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