今日紹介する英国ケンブリッジ大学からの論文は、異なる集団に独立に発生した2種類のDFTを徹底的に調べてその由来や治療法を探した論文で4月9日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「The origin and vulnerabilityies of two transmissible cancers in Tasmanian Devils(タスマニアデビルの2種類の感染性ガンの起源と弱点)」だ。
DFTの謎は、
1) どうして同じような伝搬性のガンが独立に発生したのか?
2) どうして免疫監視機構を逃れているのか?
の2点に絞っていいだろう。特に独立して同じようなガンが存在することは、この2種類を比べ、また正常細胞とも比べることで、ガン発生につながる変化を見つけやすい。そう考えてこの研究は行われたが、結論的に言ってしまうと、それでも完全な答えは遠いということがわかる。これは人間のガンでも同じで、最初ゲノム研究が進んでガンの成り立ちが数年で理解できるようになるのではと期待したが、ゲノムは複雑すぎてまだそこまで至っていない。
この研究では、ゲノム解析を通して、
1) DFTの変異の入り方から、ウイルス感染や、紫外線や発ガン物質などの外的要因で起こったものではないこと、またタスマニアデビル特有の遺伝子変異機構があるわけではないこと、
2) 両方のDFTに共通の遺伝子変異はないが、ともにHippo経路に関わる分子の変異が見られ、またDFTではこの経路が活性化されている証拠があること、
3) 転座やテロメアなど染色体構造に関わる変異で、両方に共通の変異メカニズムがありそうだが、完全に特定はできないこと、
4) PDGF受容体のコピー数の増加が両方で認められること、
5) 免疫監視機構をすり抜ける機構については、一つのガンでβ2ミクログロブリンの片方での欠損が見つかったが、両方に共通のメカニズムについては理解できなかったこと、
が結論として得られている。結局、2種類しかないガンでも、完全に理解することは難しいことがよくわかる。ましてや、人間のガンになるとさらに難しいと思う。
ただ、これで終わっては研究者魂が満足しない。著者らは、多くの抗がん剤をDFT細胞に試し、チロシンキナーゼ阻害剤の中に、人間のガンと比べてもはるかに効果が高い薬剤があることを発見している。これは、今後の治療を考えると大変重要なことだと思う。
この研究から見えてきたDFTの発生を考えると、人間の進出などでタスマニアデビルの生存環境が変わり、高い密度で群れて生活するようになり、もともと持っていた口をかみ会う習性により顔面の損傷と再生の頻度が上がった。この結果増殖を繰り返した神経堤由来の細胞がガン化し、その中から免疫機構をすり抜ける変異体が発生して、感染が拡大したというシナリオになる。
残念ながら、このガンがなぜ免疫監視をすり抜けられるのか、わからずじまいで終わるが、おそらくこれは、現在最も期待されている免疫療法を理解する上でも最も重要な課題だと思う。研究の進展を願う。しかし、タスマニアデビルの絶滅を防げないようでは、私たちはガンを制圧することなど到底出来ないだろう。
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