ところが今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、まさに正真正銘の臨床治験研究で、臓器移植に用いる臓器の新しい保存方法を従来の方法と比べた研究だ。もちろん科学性を重視した研究論文とは言え、Natureの編集者が純粋な治験論文を掲載したのを見て少し驚いた。タイトルは「A randomized trial of normothermic preservation in liver transplantation(肝臓移植での室温肝臓保存法の無作為化治験)」で、オンライン先行出版されている。
臓器移植でドナーの臓器をレシピエントへ運ぶ方法というと、氷が入ったコンテナーというのが定番で、移植が始まってから30年全く変わっていない。代謝を低下させ、細胞内に代謝による様々な老廃物の蓄積を防ぐ目的で冷やさざるを得ないが、よく考えると細胞骨格などは完全にバラバラになると思われるし、その結果細胞間の接着装置も痛んで、もう一度体内に戻したとき様々な問題が起こるように思ってしまう。さらに、代謝は氷温でも完全に停止するわけではなく、どうしても排除されない活性酸素などの代謝産物が時間とともに蓄積し、移植後の再灌流障害を引き起こしてしまう。
この問題を改善するには、臓器を取り出した後も血液循環を維持できれば代謝物を排出し、細胞骨格の障害も最小限に抑えられる。おそらくこれまでもこの可能性は追求されてきたと思うが、今日紹介する研究でも取り出した臓器に血液を循環させ、代謝を維持する装置を開発し、実際の肝移植の現場でこの臓器保存法を、従来の氷を用いる方法と比較している。
装置自体は一定量の血液を臓器と肺の代わりをする酸素付加装置の間を行き来させ、門脈系と臓器を浸す液を循環させ代謝物の交換を行うという、小型だが結構複雑な装置だ。研究では、脳死および心臓死後の肝臓を用いた移植を対象に、保存法だけを無作為化して常温保存、冷温保存に分けている。ただ手術での話なので、二重盲検法というわけには行かない。それぞれ最終的に120名、100名の手術を行って結果を比べている。
詳細を省いて結論を述べると、最も重要なのが臓器の利用率高まる事で、廃棄率は50%以下に低下している。移植後の肝臓機能だが、トランスアミナーゼの上昇を指標とする急性毒性は抑制できる。しかし、1年後の死亡率、移植定着率、肝機能で見ると両者に違いはないという結果だ。
まだ当局の認可が下りているわけではないと思うが、FDAなどの認可は問題はないだろう。しかし、1年後の結果で差がないとすると、如何に急性毒性を防げたとしても、導入は価格次第ということになるだろう。さらに、機械を動かすためのスタッフも必要だし、移動中の事故は機械の方が多いだろう。現在のところ、移植機関が導入する最終決断の決め手は貴重な臓器を廃棄する率を半減させられる点で、心臓死後の移植にとっては重要かもしれない。もちろん、もっと長期に観察することで、初期の肝毒性に対応する違いが見えるのかも知れない。このためには更に長期の追跡を待つしかない。
個人的には、やはり純粋な臨床治験研究がNatureに掲載されたことのほうが驚きだった。できれば程々にしてほしいなというのが希望だ。
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