ではソビエト型社会が崩壊した後は、実力主義社会が生まれたのか?
今日紹介する英国キングスカレッジからの論文は、バルト三国の一つエストニアを対象に、ソビエトの支配が崩壊する1991年前後で教育のレベルと、職場の地位でみたとき、西欧型の実力主義が定着したのか調べた研究で4月号のNature Human Behaviourに掲載された。タイトルは「Genetic influence on social outcomes during and after the Soviet era in Estonia(ソビエト支配前後のエストニアで遺伝要因が社会的結果に及ぼす影響)」だ。
さて問題は、実力主義が本当に定着しているのかをどう調べるかだが、驚くなかれゲノム解析を用いている。教育やステータスなどと相関する多型をもとに、社会的ステータスに対する遺伝要因の寄与度計算し、実力主義社会の指標として用いている。方法の詳細は省くが、本当の実力には必ず遺伝形質が関与しており、従って、教育程度や社会的地位とゲノムの相関が高まるという考えに基づいている。事実英国で、最終学歴、職業的ステータスと、特定のセットの遺伝子多型との相関を計算すると、遺伝的要因が6%程度と計算できるようだ。
この研究では、英国で行われたのと同じ方法を、エストニア人のコホート集団に適用して、ソビエト支配中に教育をうけ、職業についた人たちの、最終学歴や職場でのステータスに遺伝要因がどの程度関与しているか計算すると、2%程度で英国と比べると遺伝的寄与が低い。ところが、エストニアでもソビエト支配が終わると、特に若い世代で最終学歴や職業的ステータスへの遺伝的寄与が英国と同じ6%近くまで上昇していることがわかった。
以上の結果を素直に解釈すると、ソビエト支配社会では実力主義が定着するのを阻害する要因が多く存在することになり、これまで自由資本主義社会で語られて来たことを裏付けることになった。
しかし読んだ後様々なことを考えさせる論文だ。もし実力主義を同じセットの遺伝的な寄与度で客観的に図れるなら、ぜひ我が国の政治家も調べて見たいとおもう。と言うのも、多くが2世議員で、新しい階級社会を形成している最大の職業だからだ。こんな場合、この方法で計れる遺伝的寄与度は、一般に私たちが能力が高いとしている指標と一致するだろうか?そして何よりも、本当の実力主義社会は、一定のセットの遺伝子の組み合わせで計れる遺伝的寄与度を高めることだろうかと言う疑問も感じる。要するに人間もサラブレッドと同じと言ってしまえば終いだが、これをそのまま続けると、政治の世界だけでなく、世の中全体に新しい階級社会が生まれることになる。今後もこの方法で社会を評価するなら、遺伝的寄与度が一定の範囲に収まるような社会を目指すことも重要な気がした。
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