例えば今日紹介するハーバード大学からの論文もそのうちの一つだろう。タイトルは「Tsix–Mecp2 female mouse model for Rett syndrome reveals that low-level MECP2 expression extends life and improves neuromotor function(レット症候群のマウスモデルTxix-Mecp2メスマウスは低いレベルのMECP2発現を維持することで寿命が延び神経機能が改善することを明らかにした)」だ。
MECP2遺伝子の変異で起こるRett症候群も、MECP2重複症も、研究に必要な動物モデルが着々と整備され、それを用いた治療実験もアメリカを中心に進んでいる。ただ、MECP2の機能不全型突然変異によるRett症候群では、MECP2遺伝子がX染色体に乗っているため、X染色体不活化と呼ばれる機構により、半分の細胞は正常、残りの半分が変異を持つという複雑な状態が作られる。このため、異常細胞でももう一方のX染色体を再活性化することで病気を治療できるのではと考えられ、またそれを裏付ける動物実験も成功している。しかし、実験しやすいマウスのRettモデルでは、ヒトと比べると症状が軽い。これは、異常細胞が組織形成に参加する率が一定でないためで、実際人間のRett症候群も症状のバリエーションは高い。
今日紹介する論文は、MECP2だけでなく、X染色体の不活化に関わる分子に導入した変位をMECP2の変異と組み合わせることで、MECP2の突然変異を持つ細胞と、持たない細胞の比率を変化させ、症状の強さが異なるマウス系統を作成することに成功している。このおかげで、正常MECP2レベルと症状の強さの関係を詳しく調べることができるようになっている。今回作成されたTsix領域のCpGアイランドに外来遺伝子を導入したマウス系統では、正常細胞の組織寄与率が5%以下になっており、症状に貢献する正常細胞と異常細胞の比率についても重要な情報が得られているとともに、これまでマウスモデルではうまく再現できなかった運動機能の低下なども症状として再現できるようになった。実際には、2種類のモデル系統が作成され、最も症状の重い系統が、人間のレット症候群に最も近いモデルとして使えることを明らかにしている。特に重要なのは、反復行動や、自傷作用をマウスで再現できた点で、これが生後100日以上経った後現れることは、成長とともに脳回路が変化していることを示している。
以上かなり省略して紹介したが、要するにXsixの変異と組み合わせることで、人間に近いRett症候群モデルが出来上がったという話で、今後はこのマウスを用いてさまざまな問題を確かめることができるだろう。マウスと人間をそのまま比較するわけにはいかないが、私が最も驚いたのはMECP2が機能しない細胞がかなり減らないとヒトの症例と同じような症状が見られない点だ。逆にいえば、ほんの少し後押しすれば、正常の発達が可能になるかも知れない。MECP2遺伝子の変異については、着実に研究が進んでいるのを実感する。
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