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日本での希少難病治療薬開発の現状 その1

2018年7月20日
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 (1) 2017年に稀少疾患用医薬品として承認された新有効成分を含む医薬品

今年5月に製薬協の医薬産業政策研究所(政策研)が「新医薬品の承認状況と審査期間」として平成29年のまとめを公表しましたが、その新有効成分(NME)を含む医薬品の24品目の中に、稀少疾患用医薬品が8品目(33%)と高い比率で承認されていることが判かりました。

わが国での新薬承認の遅れ(ドラッグラグ)解消の手段として、平成21年に未承認薬・適用外薬検討会議が発足し、主要国での既承認薬について利害関係者からの申請によって、公知申請を受け入れるなど迅速審査に注力した結果、ドラッグラグはほぼ解消し、併せて多くの希少難病治療薬が承認されることになりました。

その後も医療上特にその必要性が高いと優先審査の適用が可能となり、実際に審査区分別の集計では、2017年に承認されたNMEのうち、通常審査品目が15品目(63%)、希少疾病用医薬品(全て優先審査品目)が8品目(33%)、希少疾病用医薬品以外の優先審査品目が1品目(4%)でした。過去10年間で見ると、希少疾病用医薬品の割合は全体の16~37%であり、2017年の33%は比較的高い割合でした(図3)。180604_稀少疾患治療薬承認状況

さらに、本年5月9日の厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会では、医薬品医療機器等法(薬機法)改正を見据え、「条件付き早期承認制度」や「先駆け審査指定制度」の法制化の検討が始まっています。薬価制度抜本改革が断行され、新薬創出等加算が抜本的に見直される中で、研究開発型企業を中心に薬事承認制度を含めた開発上のインセンティブを強く望む声が業界内からあがっていて、この日の制度部会でも業界代表が「条件付き早期承認制度、先駆け審査指定制度については、患者アクセスに有効な制度と考えている」と話し、法制化を要望しています。

厚生労働省は省令改正を行い、既に「条件付き早期承認制度」を導入しています。検証的臨床試験の実施が難しい場合や長期間要するケースについては、探索的臨床試験で一定の有効性・安全性が確認されたことで承認されます。承認自体は前倒しされることになりますが、承認条件としてRWD(リアルワールドデータ)の利用・活用などで、有効性・安全性の確認が求められます。さらに、難病や希少疾患などで患者数が少なく対照群を置くことが難しいケースでは、対照群の代わりにRWDを利活用することで、単群、少人数での臨床試験を可能にし、革新的新薬を早期に実用化することも視野に入り、短期間・低コストでの治験実現につながります。患者にとっても革新的新薬を早期に届けることが可能になるばかりか、製薬企業にとっては、短期間・低コストでの実施が期待できる、としています。

一定の要件を満たす画期的な新薬等について、開発の比較的早期の段階から先駆け審査指定制度の対象品目に指定し、薬事承認に係る相談・審査における優先的な取扱いの対象とするとともに、承認審査のスケジュールに沿って申請者における製造体制の整備や承認後円滑に医療現場に提供するための対応が十分になされることで、更なる迅速な実用化を図かろうとしています。

 (2) 2017年に承認されたNME含有稀少疾患用医薬品8品目の概要

5. ムンデシンカプセル(ムンディファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のフォロデシン(folodesine)は,PNP(プリンヌクレオシドホスホリラーゼ)を阻害し,細胞内に蓄積された2’-デオキシグアノシン(dGuo)がリン酸化され,2’-デオキシグアノシン三リン酸(dGTP)が蓄積されることにより,アポトーシスを誘導し,腫瘍の増殖を抑制すると考えられている。 創薬会社のバイオクリスト(BioCryst Pharmaceuticals)社は、米国(AL州)での癌、自己免疫疾患、ウイルス感染の治療薬が専門のバイオベンチャー。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/770098_4291050M1027_1_01.pdf

6. ニンラーロカプセル(武田薬品):

【効能・効果】再発又は難治性の多発性骨髄腫。 【薬効・薬理】有効成分の経口プロテソーム阻害剤イキサゾミブ(ixazomib)は、20Sプロテアソームのβ5サブユニットに結合 し、キモトリプシン様活性を阻害することにより、腫瘍細胞のアポトーシスを誘導し、腫瘍増殖を抑制すると考えら れている。

【添付文書】:https://www.takedamed.com/mcm/medicine/download.jsp?id=1212&type=ATTACHMENT_DOCUMENT

7.ケイセントラ注(CSLベーリング):

【効能・効果】血液凝固第IX因子として、ビタミンK拮抗薬投与中の患者における、急性重篤出血時、又は重大な出血が予想される緊急を要する手術・処置の施行時の出血傾向の抑制。 【薬効・薬理】有効成分のヒト・プロトロンビン複合体は、血液凝固第II・第VII・第IX・第X因子、プロテインC及びプロテインSを含有し、血液凝固第II、第VII、第IX及び第X因子は肝臓でビタミンKの存在下で生合成される血液凝固因子である。本剤は、ビタミンK拮抗薬の投与により減少したこれらの因子を補充することにより出血傾向を抑制する。

【添付文書】:http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/drugdic/prd/63/6343449D2020.html 

11. ジフォルタ注射液(ムンディファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のプララトレキサート(pralatrexate)は、葉酸からジヒドロ葉酸、及びジヒドロ葉酸からテトラヒドロ葉酸への還元反応を触媒するジヒドロ葉酸還元酵素を競合的に阻害することにより、腫瘍細胞のDNA合成を阻害し、腫瘍の増殖を抑制する。

【添付文書】:http://ptcl.jp/pdf/difolta.pdf 

12. イストダックス点滴静注剤(セルジーン):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のロミデプシン(romidepsin)は、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の活性を阻害する。HDAC活性阻害によりヒストン等の脱アセチル化が阻害され、細胞周期停止及びアポトーシス誘導が生じることにより、腫瘍増殖が抑制されると推測されている。 【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/380809_4291440D1026_1_01.pdf 

13. スピンラザ髄注(バイオジェン):

【効能・効果】乳児型脊髄性筋萎縮症(SMA:指定難病 3)。 【薬効・薬理】有効成分は、核酸医薬ヌシネルセンナトリウム(nusinersen Sodium: 分子量7500.89)で、そのヌシネルセンはアンチセンスオリゴヌクレオチドであり、SMN2 mRNA前駆体のイントロン7に結合し、エクソン7のスキッピングを抑制することで、エクソン7含有SMN2 mRNAを生成させ、完全長SMNタンパクを発現させることにより脊髄性筋萎縮症に対する作用を示す。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/630499_1190403A1022_1_02.pdf 

22. ダラザゼックス点滴静注(ヤンセンファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の多発性骨髄腫(指定難病 270)。 【薬効・薬理】有効成分のダラツムマブ(daratumumab)は、ヒトCD38に結合し、補体依存性細胞傷害(CDC)活性、抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性、抗体依存性細胞貪食(ADCP)活性等により、腫瘍の増殖を抑制すると考えられている。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/800155_4291437A1028_1_01.pdf 

24. バベンチオ点滴静注(メルクセローノ):

【効能・効果】 根治切除不能なメルケル細胞癌。 【薬効・薬理】有効成分のアベルマブ(avelumab)は、ヒトPD-L1に対する抗体であり、PD-L1とその受容体であるPD-1との結合を阻害し、腫瘍抗原特異的なT細胞の細胞傷害活性を増強すること等により、腫瘍の増殖を抑制すると考えられる。

【添付文書】:http://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00067176.pdf 

(3) まとめ

昨年に承認された希少疾病用医薬品8品目ですが、その内6品目は腫瘍治療薬であって、難病指定を受けている難治性希少疾患の治療薬(オーファン薬)は唯一品目で、乳児型脊髄性筋萎縮症(SMA)治療剤の「スピンラザ髄注」のみでした。本剤は遺伝性難病の原因遺伝子を直接治療しての根治療法を目指す医薬品で、我国初のアンチセンス核酸医薬品とのことで、幸いに欧米主要国とほぼ同時に承認されました。

遺伝性希少難病の治療方法として、遺伝子編集の技術開発にも期待が持たれていますが、その代表的なCRISPR-Cas9遺伝子改変で、広範囲に遺伝子変異を高い頻度引き起こす恐れがあることが報告され、実用化までにはまだ時間が必要なようです。

一方、スピンラザ髄注の薬価は932万円/バイアルと非常に高価で、一人当たりの年間薬剤費は、2,796万円となります。薬価算出において、希少疾病用医薬品についてはその大部分が新薬創出等加算の優遇を受けているための異常な高薬価です。指定難病患者の医療費の負担は、大部分を健康保険など公費で負担していることから、研究開発へのインセンティブを与えつつもより合理的な薬価算定方法が必要となるでしょう。

                                      (田中邦大)

7月24日 昼12時から、RETT症候群について書かれた総説論文の公開読書会を行います。

2018年7月20日
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6月Nature Review Neuroscienceに「Rett Syndrome: insight into genetic, molecular and circuit mechanism (レット症候群:その遺伝的、分子的、そして神経回路的メカニズムについての洞察)」という、素晴らしい総説がマサチューセッツ工科大学の研究者から発表されました。 一読して、この病気のメカニズムを網羅的に扱った素晴らしい総説だと感じたので、この病気に関わる患者さんの会の谷岡さんや、河越さんに呼びかけ読書会を行うことにしました。一般の方には、大変難しい総説ですが、直接会話しながら読書会をするので、分からないところはどんどん質問してもらえばと思っています。もちろんできるだけわかりやすく説明するよう心がけます。生放送でも見られますが、このサイトにYouTubeとして残しますので、ぜひ見て下さい。また、医学部などの学生さんも、レット症候群についてしっかり習う機会はないと思いますので、勉強のつもりでぜひ見て下さい。
カテゴリ:セミナー情報

7月20日:エピジェネティック制御によるガン免疫増強(8月9日号Cell掲載予定論文)

2018年7月20日
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ガンではDNAのメチル化やヒストンによるエピジェネティック機構が大きく変化しており、これを標的にガンを制圧しようと様々な薬剤が開発されている。ただ、ガンに特異的な薬剤というわけではなく、治療の切り札というには程遠い。そんな中、最近DNAメチル化阻害剤がガンの免疫誘導性を高めることで、ガンに効くのかもしれないという論文が現れて来た。

今日紹介するハーバード大学からの論文も同じ系統の話で、ヒストンの脱メチル化に関わるリジン特異的ヒストン脱メチル化酵素LSD1がガン免疫のアジュバント効果があるという話で8月9日掲載予定のCellに発表された。タイトルは「LSD1 Ablation Stimulates Anti-tumor Immunity and Enables Checkpoint Blockade(LSD1除去により抗ガン免疫が刺激され、チェックポイント治療が有効になる)」だ。

この研究では、ガン細胞の免疫原性を高めるようなエピジェネティック制御に関わる阻害剤をメラノーマ細胞でスクリーニングし、LSD1阻害剤やLSD1ノックダウンにより内因性のウイルスの発現が高まり、インターフェロンの産生が高まることを見出している。結局これがこの研究のハイライトで、あとはLSD1を阻害することでなぜガンのインターフェロン産生が高まるのかを調べ、実際に生体内でのガン免疫反応にも効果があるかを粛々と調べた結果が並ぶ。

メカニズムについてまとめると次のようになる。LSD1が内在性のウイルスの発現を抑制することはよく知られているが、この機能が阻害される事で内在性ウイルスの転写が始まり、ウイルスの二重鎖RNAが細胞内に蓄積する。二重鎖RNAは当然ウイルス感染が起こっているとして細胞内自然免疫系に察知され、インターフェロン産生など自然免疫系が刺激されるが、まさにこのウイルス感染と同じ状況がLSD1阻害により起こる二重鎖RNAの蓄積で誘導されているというシナリオだ。これに加えて、LSD1は二重鎖RNAを分解するRISCシステムのDicerの脱メチル化を高め、二重鎖RNAを分解するが、これが抑制されることでRNAの蓄積がさらに高まり、自然免疫を強く刺激することも示している。

要するに細胞内で働くCpGアジュバントと同じ効果があるという話なので、次に本当にガン免疫を誘導できるか調べている。使ったメラノーマは転移性が高く、免疫原性が低い細胞株だが、LSD1をノックアウトした細胞は免疫にキャッチされ、増殖が抑制される。さらに、抗PD1抗体によるチェックポイント治療とLSD1のノックアウトを組み合わせると、さらに延命効果が上がるという結果だ。

LSD1抑制により、内在性ウイルスの転写が活性化され、それがアジュバントの作用をすると言う話は面白く、今後利用する可能性はあると感じる。ただ、生体内での実験が全て遺伝子ノックアウトで行われているのは気になる。臨床のことを考えると、当然化合物を使うはずで、これに対する化合物は数多く存在する。なのに使わないというのは、副作用が強すぎるのか、免疫に影響があるのか、研究としては中途半端だ。さらに、PD1抗体を使っているわりには、根治が全くないのも気になる。

今後は、臨床側でもっと細工をしたほうが良さそうだ。LSD1に変異のあるガンでは確かに予後がいいことも示していることから、ヒトでも使えるはずだ。とすると、CpGアジュバントと組み合わせてガン内に徐放マトリックスとともに投与して見たら面白そうだ。RISCをブロックするなら、余計にCpGの効果が上がる可能性もある。是非トライして欲しい。
カテゴリ:論文ウォッチ
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