今日紹介するハーバード大学からの論文は制圧したいガン細胞自体を使ってガン細胞を殺ろすというあっと驚く方法で、7月11日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「CRISPR-enhanced engineering of therapy-sensitive cancer cells for self-targeting of primary and metastatic tumors(CRISPRを用いてガン細胞を薬剤でコントロールできるようにして、それに原発および転移性ガンを制圧させる)」だ。
驚くといったが、気の利いた研究者なら誰でも思いつくアイデアだが、それを真面目にやるところまではいかない。そのアイデアとは、まず患者さんのガン細胞が発現している細胞死受容体を探し、それが見つかると、次にガンの一部を取り出し、CRISPRを用いて、取り出したガン細胞からこの細胞死受容体を除いてしまい、代わりに薬剤で細胞が死ぬ仕掛けを組み込む。その上で、細胞死受容体を刺激するリガンド遺伝子を組み込んで治療のための細胞が完成する。こうして操作したガン細胞は他のガン細胞と変わることはないので、転移巣も含めて他のガンがコロニーを作る場所に分布していく。そこで、細胞死を誘導するリガンドを分泌して周りのガン細胞を殺してくれるので、仕事を終えた後はこのがん細胞を薬剤で殺せば完成という話だ。
一般の人にわかりやすいよう、たとえで話をすると次のようになる。まず、ある村の住人を誘拐して殺し屋に仕立て上げる。ただ、この殺し屋も役割を終えるとリモコンで殺せるようにしておく(例えば時限青酸カプセル)。そのあと、殺し屋を村に返すと、仲間の住人のいる場所に自由に侵入し、村人を殺してくれる。全部殺し終わった所で、リモコンでその殺し屋を殺せば、村人を全滅させられるというシナリオだ。
この研究では、もっとも悪性のグリオブラストーマを標的、TRAILを細胞死誘導分子、そしてチミジンキナーゼを殺し屋ガン細胞を殺す薬剤感受性遺伝子として使っている。具体的には、一部のグリオブラストーマからCRISPRを使ってTRAILに反応する受容体を除き、そのあとTRAIL遺伝子を組み込み他の細胞を殺す用に改変する。そして、殺し屋細胞を殺すためのTK遺伝子を組み込んだ後、ガン組織に注入、十分周りのガンを殺してくれたところで、TKを用いて導入したガンを殺している。
なるほどとは思うが、それほど驚きはしないシナリオだ。ただ、この研究ではこれをしっかりやり遂げている。詳細は全て省くが、実際にテストする実験系を作り上げ、マウスの話だが、確かにいくつかのモデルで高い治療効果を上げている。チャンピオンデータだけを発表しているのではと疑いたくはなるが、治療効果は別としてシナリオが計画通り進むことは納得する。ここまで示されると、おそらくこのアイデアで治療ビジネスが始まるような気がしてしまう論文だった。
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