2019年9月29日
昨日ミクログリアで活性が高まると断片化したミトコンドリアができると紹介したDrp1分子は、ミトコンドリア膜上で様々なアダプター分子と会合することで、ミトコンドリア分裂の核を形成する。昨日の論文はDrp1が悪い分子のような印象を与えるが、Drp1自体は正常なミトコンドリアの維持に必須の分子で、実際ノックアウトすると神経細胞が最も影響を受ける。ただ、ミトコンドリアの分裂や融合は細胞の代謝にリンクして、絶妙のバランスで調節される必要があり、ミクログリアでDrp1の発現量が上昇しすぎた結果が、昨日の話になる。
そこでDrp1の機能を知る意味で、ちょっと古くなったが8月13日号のCell Reportsに掲載された、Drp1がK-rasによる発癌に必須の分子であることを示したバージニア大学からの論文を選んで紹介する事にした。タイトルは「Drp1 Promotes KRas-Driven Metabolic Changes to Drive Pancreatic Tumor Growth (Drp1はK-rasによる代謝変化を促進し膵臓ガンを増殖させる)」だ。
研究は、K-rasによる線維芽細胞のtransformation、あるいは膵臓ガン細胞株のコロニー増殖にDrp1が必須であることの発見から始まっている。一つ覚えておいて欲しいのは、Drp1がなくとも細胞は生存できるという点だ。ただ、ガンのように急速に増殖する細胞には様々な異常が起こり、この一つの表れがtransformation効率の低下や、ガンの増殖の低下だ。
細胞増殖の低下の原因として様々なメカニズムが考えられるが、K-ras活性化によるガン化には代謝の活性化が重要であることがわかっているので、糖代謝を調べるとDrp1がノックアウトされるとヘキソキナーゼ2の発現が低下し解糖系が回らなくなることが明らかになった。すなわち、K-ras活性化による解糖系活性の上昇は、Drp1を介していることがわかった。
膵臓ガンからDrp1を除くと、同じように解糖系の活性が落ち、増殖が低下するが、もちろんこれだけではなく、Drp1欠損に備えて大きな遺伝子発現のリプログラムが起こり、この結果脂肪代謝、ミトコンドリアの呼吸機能、さらにはミトコンドリアへの脂肪酸の輸送まで障害される。すなわち、ガンの増殖は低下しても、このストレスに合わせて生きるためのリプログラムが進んでいる事になる。
逆に考えると、K-ras活性化はまずDrp1を介して、細胞の代謝を高めている事になる。問題は、なぜミトコンドリア分裂の調節が細胞の転写レベルのリプログラムまで進むかだが、この研究ではこの点が詰めきれておらず、現象論で終わっているため中途半端な印象を受ける。
ミトコンドリアが細胞代謝の核になっていることを考えると当たり前かもしれないが、それが形態の調節と密接に繋がって行われる点が面白い点で、ガンにせよ、変性疾患にせよミトコンドリアの研究がいかに重要かがわかる。
2019年9月28日
今日から頭の整理もあるが、ミトコンドリアと病気についての論文を3日間紹介することにした。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、ほとんどの神経変性疾患で障害されたミトコンドリアが細胞外に吐き出されてそれが他の細胞の変性を誘導することを示した論文で10月号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Fragmented mitochondria released from microglia trigger A1 astrocytic response and propagate inflammatory neurodegeneration (ミクログリア細胞から分泌される断片化されたミトコンドリアがアストロサイトの反応を誘導し、炎症性の神経変性を伝播する)」だ。
アルツハイマー病やALSなど、なかなか原因を取り除くことが困難な疾患の新たな介入可能な標的として炎症が注目されているが、この研究もこの線に沿っている。著者らはほとんどの神経疾患のニューロンで、ミトコンドリアの分裂が異常になって断片化が起こることに注目し、この過程に関わるDrp1とFis1の結合を阻害するペプチドP100を脳内に持続投与して変性疾患を治療する可能性を追求してきている。
この研究でもアルツハイマー、ハンチントン、ALSの3種類のモデルマウスを用いて、P100投与が、ミクログリアだけでなく、アストロサイトの活性化を抑える結果病気の進行を抑制すること、そしてP100の標的であるDrp1の活性化とそれに伴う断片化されたミトコンドリアが変性疾患での炎症に強く関わることを証明している。
次に様々な変性疾患モデルでみられる、ミトコンドリア断片化を伴う炎症は、活性化されたミクログリアの培養上清でこんどはアストロサイトでのミトコンドリア分裂の異常が誘導され、炎症が拡大し、最後にアストロサイトに広がった同じ異常がニューロンにまで広がることを示している。
そしてこのミクログリアに発して炎症を広げていく培養上清中の成分こそ、Drp1-Fis1に依存して生成し、細胞外へ吐き出される断片化されたミトコンドリアであることを示している。面白いことに、吐き出されたミトコンドリアが全て有害というわけではなく、正常機能を維持した断片は逆に神経を守る機能があり、神経変性は異常ミトコンドリア断片と、正常ミトコンドリア断片のバランスの上に立っていることを明らかにしている。
これまで、変性を誘導するプリオン型の沈殿タンパク質が変性を伝播することが示されてきたが、炎症による毒性を伝播する新しいメカニズムが提案された研究だと思う。ただこの研究のハイライトは、やはりメカニズムよりDrp1の抑制による変性の治療で、マウスでの結果から見れば、進行の早いALSなどでは是非臨床へ向けた取り組みを期待したいと思った。
2019年9月27日
阪大の岸本先生のグループによってIL-6に対する抗体は、免疫病の重要な薬剤として開発されたが、IL6のシグナルがどう伝わるのかについての研究は大変な研究で、岸本先生らによって明らかになった受容体の構造は分泌型の受容体と結合してから膜上のgp130に結合するという極めて複雑なものだった。
その後同じgp130をシグナルに使うLIFやCTNFのシグナル伝達が明らかになると、この系はさらに複雑な系であることがわかった。
一方臨床応用については、IL6抗体のほかに、食欲を抑えて肥満や糖尿病を治すことがわかっていたCTNFの利用の可能性も追及され、実際第3相試験まで進んだが、これに対する抗体ができることから開発は中断された。
今日紹介するオーストラリア モナーシュ大学からの論文はこのCTNF を用いた糖尿病治療というアイデアを、IL6の一部をLIFの一部で置き換えることで実現できることを示した画期的な論文で9月25日号のNatureに掲載された。タイトルは「Treatment of type 2 diabetes with the designer cytokine IC7Fc (デザインされたサイトカインIC7Fcを用いて2型糖尿病を治療する)だ。
この研究ではIL6の2箇所あるgp130結合部位をLIFと置き換え、gp130,
分泌型IL-6R、そしてLIFRに結合するという自然には存在しないサイトカインをデザインし、これに免疫グロブリンのFc部分を結合させて安定化させ、著者らがIC7Fcと名付けた人工サイトカインを作っている。
もちろん自然にないシグナル伝達の仕方をするサイトカインなので、その効果を調べるためマウスに注射すると、最もはっきりした効果が、過食により誘導される肥満を抑える効果であることがわかった。そして、この効果がCTNFと同じように食欲を抑えることで起こることを示している。
ところが食べないと筋肉量も低下するのだが、このサイトカインはYapタンパク質の発現を高めて、筋肉量を維持することができる。しかも、Yapが上昇すると困る肝臓では、なんとYapの発現を抑え、健康に良い方向だけに効果を示す。
良いことはさらに続く。なんとインクレチン経路や他の経路を介して膵臓β細胞のインシュリン分泌を高め、同時にグルカゴン分泌も刺激することで、低血糖発作を防ぐ。そしてグルコース耐性を改善することで、基本的に2型糖尿病治療薬として働く。他にもメカニズムは完全に明確ではないが、骨密度を高めることから、骨粗鬆症にまで効果があることを示している。
最後にFC7Fc遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作成し、この分子が作り続けられてもマウスの生存に影響がないこと、また肥満が防げることを示した上で、最後に猿に投与して副作用がないことを確認している。すなわち、IL6で見られる炎症誘発効果はない。
ちょっと信じがたいほど、それぞれのサイトカインのいいところを集めることに成功したという結果だが、自然を少し変えて、自然にはない効果をデザインできることを示した、面白い論文だと思う。しかし臨床応用が実現した暁には、どのような値段になるのだろうか。片方にはメトフォルミンという安価な特効薬が控えている。
2019年9月26日
小児のアトピー対策がこの数年で大きく変化した。皮膚からの抗原侵入を防ぎ、腸からの抗原により免疫抑制システムを育てるという考え方に変化した。この原因は、アトピー予防にとっての幼児期の皮膚のバリアーの影響がよくわかったことと、腸内での細菌叢の免疫や炎症制御への重要性がわかってきたことが大きい。そして、新生児期の腸内細菌叢の発達について多くの研究が行われ、このブログでも紹介してきた。
今日紹介する英国サンガー研究所からの論文は経膣分娩と、帝王切開による分娩で生まれた子供の腸内細菌叢の発達を調べた論文で、その臨床的重要性で9月18日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Stunted microbiota and opportunistic pathogen colonization in
caesarean-section birth (帝王切開分娩児に見られる機能不全の腸内細菌叢と日和見病原菌の定着)」だ。
もちろんこれまでも帝王切開分娩児の腸内細菌叢を調べた研究はかず多く存在した。そして、経膣分娩児と比べると、腸内細菌叢の多様性の欠如や、一部の細菌種の欠損は報告されていた。
ただこの研究は314例の経膣分娩児と282例の帝王切開分娩児の腸内細菌叢を長期間にわたって観察することにより、十分統計的解析が可能なデータを集めた点が最も重要だ。そして何よりも、これまでの研究と比べても、帝王切開分娩の驚くべき影響を浮き彫りにした。
もちろんこれまでと同じで、調べる数を増やしても出産後から急速に腸内細菌叢が成長し、お母さんの細菌叢へと成長する。またそれぞれの子供で発達過程はまちまちで、人間の成長過程の違いをまさに腸内細菌叢が反映していることがわかる。しかし、この違いを決める要因を統計的に探していくと、母乳などの要因をはるかに超える高い影響が分娩の方法にあることがわかる。
実際の細菌叢の内容を詳しく調べているが、詳細を省いて簡単にまとめてしまうと次のようになる。
経膣分娩児では例えばビフィズス菌やBacterioidesのような、いわゆる腸内細菌と呼ばれる細菌が中心に細菌叢を形成しする。ところが、帝王切開児では最初の一週間はこのような典型的腸内細菌はほとんど存在せず、代わりに病院の環境に存在する常在菌が多く定着する。一方、これまで変化が大きいと指摘があった乳酸菌などはほとんど変わりがない。そして、母親の細菌叢と比べることで、結局この原因が母親の細菌叢が伝わらないことによっていることを示している。
中でも問題は、常在菌の中に日和見感染の原因菌が多く含まれることで、当然免疫が低下している新生児で、母乳からの抗体など抵抗力が得られない場合は問題になるだろう。
幸い、1ヶ月ごろから細菌叢は正常型へと急速に変わっていくので、今後はこの新生児期の大きな違いが将来にどのような影響を持つのか、気の長い研究が必要になると思う。実際帝王切開の長期効果として肥満、喘息、アトピーなどが指摘されているがこれらは全て腸内細菌叢の発達と関わりがある。このコホートから将来さらに重要な発見があることを期待する。
いずれにせよ、母親からの細菌叢を移す重要性は最近ますます強く認識されている。例えば虫歯菌や歯周病菌が感染するとして子供とのキスを避けるように指導しているのを見かけるが、特定の菌を避けて清潔を求めるあまり、子供を危険に晒してきたことは、最近の多くの研究が示していることだ。もっと自然な親子のコンタクトを再評価する時が来たように思う。
2019年9月25日
私たちが小学生の頃は、核保有国の核実験により、放射能を含んだ雨が実際に降っていた。もちろんその時に放出された様々なアイソトープ核種は大気中を漂って、人体に取り込まれた。ただ、1963年地上核実験禁止条約が締結されてからは、核実験による核種が大気中に含まれる量は指数関数的に低下した。この結果、核実験ででた放射線量と、自然のアイソトープの量を測ることで(核実験種のみが低下する)、そのアイソトープが体に取り込まれた年齢を測定することができる。この核実験によるアイソトープを細胞の長期ターンオーバー測定に利用したスマートな研究者がJonas Frissenで、その後このテクニックをSpaldingらは脂肪細胞代謝に利用し、太ると脂肪細胞が増えることを示して注目された。
今日紹介する同じSpalding研究室からの論文は同じテクニックを細胞ではなく脂肪酸の代謝に使った研究で、Nature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Adipose
lipid turnover and long-term changes in body weight (脂肪組織の脂肪代謝と体重の長期変化)」だ。
アイソトープを用いて短期の脂肪代謝を調べることはできるが、5年単位という長期単位で調べることは簡単でない。代わりに、この研究では核実験で排出されたC14が脂肪酸に取り込まれた年代を測定して、脂肪年齢を算出する方法を開発した。すなわち、C14/C12比を使って脂肪酸ができた年代を測定し、脂肪組織にどれだけ多くの古い脂肪酸が残っているのか算出する方法を開発している。すなわちこの指標は、脂肪酸が分解され消滅させられる速度を反映している。
あとは、この脂肪年齢を用いて、様々な指標と比較している。まず、脂肪年齢はほとんどの人で年齢とともに増えていく。これは脂肪のターンオーバーが年齢とともに悪くなることを示し、食べたり、運動が減ったりと太る様々な原因はあるが、古い脂肪を取り除く活性が低下することが年をとるとともに太りやすくなる原因であることがわかる。
基本的には、核実験のC14を利用することで、細胞だけでなく、長期レベルで脂肪自体のターンオーバーを調べられるようになったというのがこの研究のハイライトと言えるだろう。
面白いことに、ダイエットをして痩せる可能性があるかどうかを調べると、実際には脂肪年齢が大きい人、すなわち古い脂肪除去活性が低い人の方がダイエットに成功する。この理由だが、このような人は古い脂肪の除去活性を上昇させる余地がある結果、食事制限によるダイエットを成功させやすいことがわかる。
このような意外な結果も見つかるので、脂肪の摂取だけでなく、脂肪年齢を測定してダイエットや老化を調べることが重要だという結論だ。しかし一旦成功すると10年以上同じテクノロジーを守っている研究室があるのに感心した。
2019年9月24日
昨日グリオーマ細胞が発現したグルタミン酸作動性シナプスを介して脳内の神経ネットワークに組み込まれて、興奮することで増殖や浸潤が促進されることを示したスタンフォード大学からの論文を紹介した。確かに意外な結果だったが、グリオーマ自体神経細胞へとリプログラムされる能力を持っており、十分納得できる話だ。
しかし、2日目の今日は同じ神経シナプスを介するガンの増殖促進が、グリオーマにとどまらず、脳転移した乳ガンにも当てはまることを示した論文が、同じ9月18日Natureオンライン版にスイス・ローザンヌEPFLから発表された。タイトルは「Synaptic proximity enables NMDAR signalling to promote brain metastasis (シナプスへの近接によりNMDARシグナルが脳転移を促進できるようになる)」だ。
この研究はガンのトランスジェニックモデルのパイオニアHanahanの研究室からだが、スイスに移っていたとは知らなかった。Hanahanらはこれまで発表されたいくつかの論文から、グルタミン酸受容体が一般のガンの脳転移に関わっている可能性を最初から予想し、ガンゲノムデータベースに登録されたガンを調べた結果、特に乳ガンでグルタミン酸受容体とそのシグナル伝達に関わる遺伝子の発現が高く、特に予後の悪いトリプルネガティブのBasal Typeと呼ばれる乳ガンに発現が高まっていることを発見する。
さらに乳ガン全体、あるいはtriple negative乳ガンを抜き出しても、グルタミン酸受容体を発現しているガンは極めて予後が悪い。さらに原発ガンと脳転移を比べると、脳転移ガンでグルタミン酸受容体の発現が高い。細胞株をマウスに移植して肺転移と脳転移を比べる実験でも、脳転移特異的に強くグルタミン酸受容体がリン酸化し、シグナルが高まっていることを確認している。
以上の結果は、乳ガンで脳転移が起こると、グルタミン酸受容体が強く活性化されていることを示しており、このシグナルを用いてガン細胞増殖が亢進していることを示すが、では刺激物質グルタミン酸はどこから供給されるのかが問題になる。
最初自分でグルタミン酸を分泌して増殖するオートクライン機構を追求するが、これでは増殖を高めるには十分でないという結論になり、それなら神経細胞とシナプスを形成してそこからグルタミン酸の刺激を受けるのではと考え、電子顕微鏡で乳ガンと神経シナプスが密接に関わる様子を捉えている。また、乳ガン細胞と神経細胞を一緒に培養する実験系を確立し、この系の増殖促進にグルタミン酸受容体が必要であることを示している。
最後に乳ガンのグルタミン酸受容体の発現をコントロールできるようにし、乳ガンが組織から血中に移行する過程ではなく、脳に定着して増殖する時に、神経細胞により刺激を受けることを示している。
昨日紹介した論文と比べると、シナプスに近接することによるシグナルというのが詰めきれていない印象は拭えないが、脳転移にグルタミン酸受容体が必要であることは確認できており、今後他のガンの脳転移に同じメカニズムが働いていることが明らかになると、重要な貢献になると思う。
2019年9月23日
腫瘍の増殖は周りの細胞の環境が文化や増殖に大きな影響を及ぼすことがわかっており、ガンの周囲組織の研究は、ガンそのものの研究と同様に重要だ。では、脳に腫瘍ができたとき、脳神経の活動はガン細胞に何らかの影響があるのだろうか。この問題について、Natureに相次いで論文が発表されたので、今日、明日と続けて紹介することにする。
最初紹介するスタンフォード大学からの論文は、もっとも予後の悪い腫瘍の一つグリオーマと神経細胞の相互作用の重要性を示した研究で、タイトルは「Electrical and synaptic integration of glioma into neural circuits (グリオーマは電気的およびシナプス結合により神経回路に統合されている)」だ。
グリア細胞の元の細胞が脱分化して神経にも分化できる幹細胞になることを示したのは英国のMartin Raffだが、当然グリオーマ細胞も場合によっては神経細胞に似た性質を示す能力を示せると思うのは当然だ。このラインに沿って著者らは研究しており、すでに神経細胞が興奮して分泌するNeuroligin-3がグリオーマに作用すると、様々なシナプス分子を発現することを見出していた。
この研究では手術を繰り返す必要のある小児のグリオーマ組織でシナプス分子の発現を調べ、グルタミン酸受容体とそれを伝達する分子が広く発現していることを確認する。
次にグリオーマが神経細胞とシナプスを形成できるか、患者さんのグリオーマをマウス脳に移植する実験で調べ、おおよそ10%のグリーマが電顕的に神経細胞とシナプスを形成していることを確認している。また、こうしてできたグルタミン酸受容体シナプスは機能しており、グリオーマ自体も神経のように興奮し、これをグルタミン酸受容体阻害剤で抑えられることを示している。
また、グリオーマがシナプス分子を発現するにはneuroligin-3が必要なので、この分子がノックアウトされた神経と培養してシナプス形成を調べると、確かにシナプス形成ができないことも確認し、神経がグリオーマに働きかけシナプス分子を発現させ、シナプス結合を形成することを明らかにした。
しかし、10%のグリオーマが神経シナプスで興奮しても、全体は特に変化がないはずだ。この問題には生理学的、アプローチを行い、グリオーマの興奮は細胞外のカリウム濃度を高め、これによりグリオーマはアストロサイトのように長く続く興奮を示すこと、さらにグリオーマ同士が形成するギャップ結合により、興奮が全体に伝播することを示している。
次に光遺伝学を用いてグリオーマの興奮(膜の脱分極)を誘導すると、グリオーマ細胞の増殖性は高まることも示し、実際グルタミン酸受容体を抑制する抗てんかん薬を用いると、移植したグリオーマ細胞の増殖が抑えられることを示している。
最後に、グリオーマ自体が神経回路に組み込まれることで、神経自身も興奮しやすくなっていることを、実際の患者さんの手術中にクラスター電極を用いて記録している。
以上の結果から、神経ネットワークにシナプス結合を通して組み入れられることで、また新たな環境を生み出し、ともに変化することで転移や浸潤を繰り返す厄介なグリオーマの姿がよくわかった。
また、neuroglin-3に対する抗体や、グルタミン酸受容体抑制など新たな標的が見つかったことは極めて重要で、グリオーマの制圧につながってほしいと思う。
2019年9月22日
私自身は40代から特に右耳の難聴があり、65歳の引退を機に補聴器を購入して使っている。音楽会も含めて日常生活は補聴器なしで済ませることができるが、会議や会話になるといまや補聴器はなしで済ませない。
これまでの研究で、聞こえが悪くなり周りとの関わりが減ると認知症になったり、うつ病になるリスクが高まる可能性が指摘されていた。この可能性を検証するため、ミシガン大学のグループは10万人を超す難聴と診断された66歳以上の高齢者について調べた論文を米国老年医学誌にオンライン発表したので紹介する。
この研究では、米国で2008年から2016年にかけて難聴と診断され医療保険が利用された113862人の66歳以上の高齢者を追跡し、アルツハイマー病、うつ病、そして転倒による外傷の発症頻度を、補聴器を使い始めた人と(女性11.3%,男性13.3%)と、使わなかった人で比べている。
結果は明確で、難聴と診断され補聴器を使い始めた人たちの方が、アルツハイマー病、うつ病と不安神経症、転倒による外傷の相対危険度がそれぞれ0.83、0.86、0.87と優位に低かった。
以上の結果から、難聴と診断されればやせ我慢しないで補聴器を使うべきだと結論している。
「ごもっとも」と納得できる論文だが、それならもう少し補聴器が安くなることを期待する。
2019年9月22日
これまでなんども紹介しているように、デニソーワ人ゲノムは解析されているが、残っている骨格はほとんどなく、どんな姿だったのかがわからない。例えばゲノムレベルでデニソーワ人とネアンデルタール人は我々より近縁と言えるが、9月4日Science Advanceに(eaaw3950)パリ大学のグループは指の骨の形は私たちに近いことを発表している。ただ、中国内陸部から出土したこれまで由来がよくわからないとされてきた骨がひょっとしたらデニソーワ人かもしれないという可能性が生まれたため、急速に骨格がわかるのではという期待がある。
そんな時今日紹介するイスラエル・ヘブライ大学から、解読されたゲノムからデニソーワ人の骨格の形態を推察しようというチャレンジングな論文が発表された。手法自体はbelieve or notで、その正当性を評価はできないが、志はわかるといった論文だ。タイトルは「Reconstructing Denisovan Anatomy Using DNA Methylation Maps (デニソーワ人の形態をDNAメチル化マップから再構成する)」だ。
私たちの形態は遺伝子のオン・オフで決まっていくが、これを決めるのがエピジェネティックだ。ホモ・サピエンスと他の古代人のゲノムは概ね同じと言えるが、このオンとオフの違いをなんとか決めれば、形を想像できるのではないかというのが著者らの期待だ。
このon/offの機構はエピジェネティックと呼ばれ、多様なメカニズムが使われているが、そのうちのシトシンのメチル化は、メチル化によるDNAの経年変化の違いから計算でき、古代人のDNAのメチル化マップを作ることができるというのがこれまでの著者らの研究だ。本当ならこの論文を見落とすはずはないと思って引用を調べると、確かにあまり読まれない雑誌に発表されており、広く認められていないようだ。そこで一発起死回生を求め、今回の研究になったと思う。
研究ではDenisova3と呼ばれる体のゲノムと、2体のネアンデルタールゲノム、そして45000-7000前のホモ・サピエンスゲノムのメチル化DNAマップを作成し、現代の人間やチンパンジーのマップと比較している。
ただ、一般的なメチル化マップだけで形態を予想するほど私たちの知識は進んでいない。またメチル化自体all or noneではない。そこで、遺伝子のプロモーター部分で、強くメチル化されている部分のみを選んで比較し、他の人類と比べて遺伝子発現に差がありそうな遺伝子をリストしている。
そしてこの変化があると思われる遺伝子が、私たちの骨格にどのような影響があるのかを、形質とゲノムの関係をリストしたHPOデータベースから拾い出し、メチル化により変化した遺伝子発現をリストし、それを元に現代人の骨格に変化をつけて、最終的に形態を推察するという方法を取っている。
はっきりいって本当にこれでわかるのかが問題だが、骨格がわかっているネアンデルタール人についてこの方法を用い、例えば顔が長い、顎が広い、等々14以上の顔の形態変化を予測できるとしている。
結論の詳細を省いて、結果をNatureも紹介しているポートレート(https://www.nature.com/articles/d41586-019-02820-0 )で代えるが、まだまだbelieve or notのレベルだと思う。
とはいえ、論文自体は、はっきりと未来の方向性を見据えたいい挑戦だと気に入った。
2019年9月21日
米国ガン治療学会や世界肺癌学会で報告されたアムジェン社のK-ras G12C変異を標的とするAMG510の成績が話題を呼んで、アムジェンの株を押し上げているという報告が相次いでいる。非小細胞性肺癌10例のうち5例でガンが縮小し、残りのうち4例でガンの進行を止めることができたという結果だ。その後のさらに数を増やした結果では、例えば大腸ガンなどは肺癌ほど効かないかもしれないことがわかったが、それでもFDAは迅速審査を行うことを表明している。
なぜこれほどの騒ぎになるかというと、これまで開発がことごとく失敗してきたrasに対する分子標的薬に、臨床的光が見えたからだ。もちろん、長期効果を含めさらなる結果が出ないと、最終判断は難しい。しかし、俄然この分野が賑やかになったきたことは確かだ。今日紹介する英国クリック研究所からの論文も、動物実験だがK-ras G12C変異に対する分子標的薬をコンゴどのように使っていけるか示した研究で、9月18日のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Development of combination therapies to maximize the impact of KRAS-G12C inhibitors in lung cancer(K-ras G12C阻害剤の効果を最大にする併用療法の開発)」だ。
この研究の標的細胞はK-ras
G12C変異をもつガン細胞だが、最初はK-ras阻害剤の代わりに、下流のMEK阻害剤と、IGF1R阻害剤の組み合わせを用いてガン増殖を抑制する際、この組み合わせの効果をさらに高める標的分子をshRNA法を用いてスクリーニングするところから始めている。
この結果、mTOR経路の阻害によって、IGF1R経路阻害によるPI3K/AKT 活性抑制をさらに強く抑制することが可能になることがわかった。これは、K-ras変異によりガン細胞がIGFを分泌することで、IGF1Rに依存性を高め、さらにこの経路の活性がmTOR阻害により促進されるため、IGF1R経路の阻害効果が高まるためであることを明らかにしている。
以上、MEK, IGF1R, mTORに対する阻害剤を組み合わせることで、強いガン抑制効果があることがわかったが、この効果はK-ras変異のあるガンに特異的であることもわかった。
このように、下流のシグナル阻害実験から、標的の全てはK-ras変異と関わっていることがわかるが、これを知った上でK-rasG12C阻害剤をどう使えばいいのか?
実際、K-ras阻害剤だけでこれらのガンを抑制しようとすると、ほとんど効果がないか、あるいは3週間ほどで効果が効かなくなる。K-ras変異を代償するN-rasをノックアウトした細胞株をわざわざ用意して検討した結果、結局MEK 阻害剤だけK-ras阻害剤と代える組み合わせが最も効果があることが明らかになった。
以上が結果で、これだけならわざわざK-ras阻害剤を使うこともないように思えるが、臨床の現場ではMEK阻害剤はガン以外にも様々な影響が考えられるので、K-rasG12Cに特異的な阻害剤は、はるかに使いやすい可能性が高い。
この結論がどれほど受けいられれているのかわからないが、最近相次いで開発されているK-rasG12C阻害剤も、単剤での臨床試験ではなく、最初から現在のras下流治療に変える形での治験の方が高い効果が得られる可能性がある。実際、アムジェンの治験でも、効果がある場合もPartial Responseとされているので、是非根治を目剤したカクテルを考えて、治験を進めてほしいと思う。