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10月9日 TNFR2はガン免疫増強に利用できる(10月2日号 Science Translational Medicine掲載論文)

2019年10月9日
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今年のノーベル賞はHIF1など低酸素反応性のメカニズムを研究している医学者に輝いた。このメカニズムは低酸素への反応と簡単にくくれないほど広がりを見せているので、これに関わりのある面白い論文があればいつか紹介したい。思い起こせば1年前は本庶先生がガンのチェックポイント治療でノーベル賞を受賞され、大騒ぎになっていた。今もPD-1やCTLA4に関する論文はトップジャーナルを賑わせており、ガン患者さんたちの希望となっている。ただ、チェックポイントという概念は、ブレーキとアクセルが一体になっているように、T共刺激と一体となった概念であることが、我国のメディアでは忘れられているように思う。実際、チェックポイントとともに、共刺激をうまく組み合わせて免疫にアクセルをかける治療法の開発も多くの論文を目にするようになってきた。

今日紹介するMerrimackという米国ベンチャー企業を中心としたグループの論文はガン治療に使えるT細胞共刺激についての論文だが、一般的な共刺激分子と比べると変わり種の分子を標的にした研究で10月2日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Antibody-mediated targeting of TNFR2 activates CD8 + T cells in mice and promotes antitumor immunity (TNFR2対する抗体にはマウスCD8―T細胞を活性化してガン免疫を促進する効果がある)」だ。

TNFは免疫を調節する抗体治療として最初に実現したサイトカインだが、2種類の受容体が存在し、TNFR1に対しTNFR2の方はあまり研究が進んでいない。ただ、免疫の調節に関わっているという実験結果が存在することから、このグループはこれに対する拮抗的、あるいは活性化抗体を作成して、ガン免疫に使えないか研究を始めている。

抗体の作り方だが、最初からH鎖だけからなるIgG2a抗体をファージライブラリーなどを用いて何種類も作成し、TNFの結合を阻害するとともに、CD8T細胞の共刺激が可能で、しかもガン抑制効果があるY9抗体の開発に成功している。

実際にはまだまだTNFR2のシグナルなど調べることは多いと思うが、この研究ではまっしぐらに臨床応用のための研究に進んでいる。まず様々なガンモデルに抗体だけを投与した時の効果を調べ、ほとんどの場合PD-1抗体より強い効果があり、さらにPD-1と組み合わせるとさらに高い効果が得られることを示してる。

ただ、この抗体はそれ自身で刺激効果があるわけではなく、細胞上のFcγRIIb依存的に共刺激がおこる。そしてこの抗体がどの細胞を介してガン抑制に関わるかをそれぞれの細胞を欠如させたマウスを用いて調べ、CD8T細胞とNK細胞の関与は必要だが、抑制性T細胞を含むCD4T細胞は必要ないこと、その結果腫瘍内のガン抗原特異的CD8T細胞の数を増やすが、CTLA4抗体のように抑制性T細胞の割合は変化させないことを示し、免疫系全体には大きな変化をきたさないため、副作用は少ない可能性を示唆している。事実、正常マウスに投与したときCTLA4 と比べると、免疫組織の変化は強くないことも示している。

最後に、ヒトのTNFR2に同じような作用を持つ抗体を作成できたことも付け加えるのは忘れていない。おそらく投資を集めるには重要な点だろう。マウスのデータだけではかなり有望だ。また一本鎖抗体の場合は、うまくいけば大腸菌ですら作れる可能性がある。しかし多くの共刺激法の開発がひしめく中で、今後どのようなポジションを確保できるのかまだまだ分からない。もちろん競争が激化するのは患者さんにとっては嬉しい限りだ。もちろんチェックポイント治療もうかうかしておられないとおもう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月8日 骨髄性白血病でのIDH2とSRSF2の協調作用の解析(10月2日号Nature掲載論文)

2019年10月8日
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京大の小川さんたちや、他のグループによって骨髄異形成症候群(MDS)や急性骨髄性白血病(AML)のゲノム解析が進んだ時最も驚いたのは、例えばFltといった常識的なガンのドライバーの他に、スプライシング(SRSF2)やエピジェネティック(IDH2)に関わる遺伝子変異が多くの白血病で発見されたことだ。これを見た時、一つの癌遺伝子の異常というより、多くの分子が変化した状態が作られてしまうのかと、ガン化過程の難しさを感じた。

今日紹介する米国スローンケッタリング研究所からの論文はSRSF2とIDH2という本来あまり接点のない二つの分子の協調性について調べることでMDS/AMLの発ガン機序を解析したこの分野では重要性の高い研究で10月2日号のNatureに掲載された。タイトルは「Coordinated alterations in RNA splicing and epigenetic regulation drive leukaemogenesis (RNAスプライシングとエピジェネティックの協調的調節が白血病化を推進する)」だ。

この研究ではAMLで効率にSRSF2 とIDH2の両方に変異があることに着目し、白血病化に両者が協調しているのかどうか、トランスジェニックモデルや変異のノックインモデルを用いて解析し、骨髄異形成を伴う白血病化には単独の変異では不十分で(IDH2のみでは白血病化は見られるが骨髄異形成は起こらない、一方SRSF2変異による白血病細胞は移植が難しい)、両方の変異が同時に必要であることを確認した後、一見接点のない両方の変異がどう協調するのかを調べている。

まず考えやすい可能性として、IDH2によるメチル化の促進を抑えるTET2の機能がSRSF2の変異によるスプライシング異常で低下する可能性や、逆にIDH2による遺伝子発現抑制によりRNAメチル化に関わるFTOなどの酵素の働きた低下し、異常なスプライシングが増える可能性を調べているが、これだけではこの協調作用を説明できないと結論している

そこで、両方が協調することでスプライシングやDNAメチル化が変化する可能性を調べている。通常とは異なるスプライシングをうけた(エクソンが増えたり欠損した)RNAの数を調べると両方の変異が共存すると、SRSF2だけの変異の倍の数のスプライスRNAが生成される。すなわち、両方の変異が存在することで普通には存在しないスプライシングRNAが生成される。そしてこれが、IDH2依存的にDNAメチル化がスプライシングに必要なサイトをメチル化する結果であることを発見する。

そしてRNA解析から分かってきた白血病に関わることが知られているINT3(Notch4)のスプライシングを調べると、IDH2変異によりINT3の特定のイントロンがメチル化され、これが変異型のSRSF2により短い機能が欠損したINT3を形成することを発見する。すなわち、IDH2の変異とSRSF2の変異が協調して初めてINT3の機能阻害が達成されることを示した。。また、現在MDSに用いられるメチル化阻害剤5AZを投与すると、異常INT3は発生しない。また、両方の遺伝子が欠損していても、完全なINT3cDNAを導入すると白血病が正常化することも示している。

もちろん全ての過程がINT3 機能欠損によると決めるわけにはいかないが、SRSF2とIDH2がどのように協調しているのかだけでなく、現在使われている治療についても頭の整理がつく重要な研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月7日 ヒト卵子の減数分裂異常(9月27日号Science掲載論文)

2019年10月7日
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2回の分裂を繰り返す間に片方の染色体だけを持つ配偶子を形成する減数分裂は真核生物に共通の過程だが、この過程は極めて多様で、哺乳動物の場合オスとメスで大きく異なっている。精子形成では生後精母細胞が2回連続して分裂する過程で4個の配偶子が作られるが、卵子の場合はもっと複雑だ。発生期に1回目の分裂が始まっているが、途中で止まり、生後排卵可能になると分裂が完成するが、片方の染色体は極体にしまいこまれて配偶子になれない。この過程で卵子は排卵されるが、その後第二減数分裂は途中で停止した後受精により完成するようになっている。この複雑な過程がうまくいかないと染色体の数の異常(Aneuploidy)が起こり受精しても発生しない。

今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文はこのようなAneuploidyの発生が人間の妊娠可能期間を決めていることを示した研究で9月27日号のScienceに掲載された。タイトルは「Chromosome errors in human eggs shape natural fertility over reproductive life span (ヒトの卵子の染色体エラーが生殖期全般の生殖可能性を決めている)」だ。

恥ずかしいことに、なぜヒトは思春期以後から更年期までと生殖可能期間が決まっているのか考えたことがなかった。確かに排卵が始まっても必ずしも妊娠できるわけではなく一定の成熟期になって初めて妊娠できる。その後妊娠可能性は年齢とともに低下するが、この原因も排卵の問題として片付けていた。この論文を読んで初めて知ったが、チンパンジーは全く異なり、排卵とともに妊娠可能性が決まるらしく、排卵とは別に妊娠可能期間があるのは人間だけなようだ。そして、これを説明する考えとして、Aneuploidyの頻度が未成熟では高く、また高齢者でも高くなるため、排卵とは別に妊娠可能期がヒトでは存在するという仮説があったようだ。

この研究では抗がん剤治療を行うときにあらかじめ生殖細胞を保存する際に得られる卵巣内の卵子の一部を利用して染色体異常を調べることで、この可能性を9歳から43歳の女性の卵子について調べている。結果は予想通りで、成熟前も成熟後もヒトの場合Aneuploidyが高く、これが生殖の成功を抑えていることがわかった。また、受精後の着床前胚36000を調べたデータベースでも、年齢によりAneuploidyが生殖可能性に比例して変化することを確認する。言い添えるが、これが可能になるのも、次世代シークエンサーによる単一細胞のゲノム解析が可能になったからだ。

減数分裂異常には、non-junction(NJ)と呼ばれる染色体が極体に分配されず数が多くなるもの、早く染色体の分離が起こる異常(PSSC)、そしてreverse segregation(RS)と呼ばれる減数分裂が終わる前にsister chromatidが完全に分離しているタイプの3つに分かれるが、NJは若年期にのみ見られる異常で、PSSCとRSが年齢とともに上昇する異常のタイプであることを発見する。

また染色体ごとに異常の出方は異なっており、13番染色体では全てのタイプの異常が見られるが、大きな染色体ではNJが多く、逆に短腕の短い染色体では高齢者のPSSCとRSが多い。

最後にこの原因を形態的にsister chromatidの分離の程度を調べる方法で測定し、年齢とともに中心体と染色体全体の結合力が年齢とともに低下することで、分離NJが若年で多く、分離しすぎる異常が年齢とともに増えることを示している。

様々なコホートが国のサポートで進んでいるデンマークならではの研究だが、染色体異常を整理する意味では大変優れた論文で、実際に一読されることを進める。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月6日 高血圧に対する伝統医療の科学性(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2019年10月6日
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2017年3月、このブログでネアンデルタール人の歯石の中に柳やカモミールの遺伝子が発見されたことを報告した論文を紹介したことがあるが(http://aasj.jp/news/watch/6589)、当時ネアンデルタール人が病気の治療として薬草を使っていた証拠として話題を呼んだ。この例は少し極端だが、実際には世界中で古代から様々な病気に対して薬草を用いた治療が開発され、漢方をはじめとして、その一部は今も利用されている。

今日紹介するカリフォルニア大学アーバイン校からの論文は高血圧の治療効果があるとされる薬草が血管にも発現が認められるカリウムチャンネルKCNQ5を作用分子としていることを示したちょっと風変わりな研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「KCNQ5 activation is a unifying molecular mechanism shared by genetically and culturally diverse botanical hypotensive folk medicines (KCNQの活性化は血圧を下げるために伝統医学で使われた様々な薬草が共通に有している)」だ。

血圧計もない時代に高血圧とは何事ぞと思うが、実際には高血圧は硬脈として昔から認識されていたようで、この症状を和らげる薬草が各国で開発されていたらしい。

おそらくこのグループはカリウムチャンネルを研究してきたグループで、その中の一つKCNQ5は血管内皮にも発現しているため血圧を下げる標的分子として利用できるのではと研究を続けていたようだ。分子については構造も含めてよく研究されており、活性化できる分子の検出方法も確立しているので、薬剤の開発は進むはずだが、残念ながらKCNQ5の活性化を誘導できる化合物はまだ見つかっていなかったようだ。そこで、古代人の知恵を借りようと、古くから血圧を下げるとして使われている15種類の植物を集め、それを1%のアルコールで抽出した液をそのまま精製せずKCNQ5きに活性化作用があるかどうか調べている。

結果は驚くべきもので、調べた降圧作用がある植物のエキスは、活性はまちまちだが全てKCNQ5を活性化した。しかし、その他の目的で使われていた薬草には同じような効果は認められなかった。すなわち、古代人の知恵として長年経験的につちかわれてきた薬草は、どこでいつ開発されたかを問わず、同じ分子標的を持っていたという話だ。しかも、他のKCNQについてその作用を調べると、ほとんど効果は認められない。古代の知恵おそるべしという結果だ。

これがこの論文のハイライトで、あとは15種類の植物の中で効果の強かった中国で利用されているクララの根に着目し、そこから単離されている3種類のアルカロイドの効果をKCNQ5で試し、アロペリンのみがKCNQ5特異的に活性化できることを詳しく調べている。受容体との結合サイトや、結合とチャンネルの開放との関係などが実験的に示されているが詳細はいいだろう。要するに今後他の植物からも活性物質が見つかるはずだという例としてあげている。この解析部分を見ると、このグループはカリウムチャンネル解析には実力があるようなので、努力をつづけることだろう。

いずれにせよ、場合にもよるが伝統医学からも習うところは大きいという結論で、15種類例外なく効果があったという点に最も関心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月5日 すい臓ガンの増殖を助ける真菌(10月3日Natureオンライン版掲載論文)

2019年10月5日
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細菌叢は私たちの健康に様々な恩恵をもたらしてくれているが、逆に細菌叢から分泌される分子により代謝が変化したり、時によってはガン化や脳の活動にまで影響を持つことが知られてきた。それならば、細菌と並んで我々の体に常在している真菌でも同じことが起こっているのではないかと考えるのはもっともだ。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文はすい臓ガンと真菌との関わりについて研究し、一部の真菌がすい臓ガンの増殖を促進するメカニズムを明らかにした研究で10月3日号のNatureに掲載された。タイトルは「The fungal mycobiome promotes pancreatic oncogenesis via activation of MBL (真菌のマイコビオームがMBLを介してすい臓ガン化を促進する)」だ。

この研究は、膨大なスクリーニングを行なって原因を見つけるというより、最初から仮説を立ててその真偽を確かめるという方法で行われている。

まず真菌がすい臓ガンの増殖に影響を及ぼしうることを示すため、経口標識した酵母をすい臓ガン発ガンモデルマウスに投与、ガン組織に到達することを確認している。つぎに、すい臓ガンモデルマウスと正常マウスを比べ、すい臓ガン発症過程で腸内の真菌叢が質量ともに変化すること、一方すい臓では真菌叢の種類は大きく低下する一方、真菌の量は増えることを発見する。

そしてすい臓ガンで最も大きな増加が見られるのが皮膚にも常在するマラセチアであることを発見する。

この研究の重要性は、真菌叢が変化するといった現象論だけでなく、ある程度の因果性を示している点だ。まず、すい臓ガンモデルマウスに抗真菌薬を投与すると、がんの増殖が強くはないが抑えられる。また抗真菌薬で真菌を除去したマウスにマラセチアを投与すると、増殖が高まる。以上のことからマラセチアをはじめとする真菌が明らかにすい臓ガンの増殖を助けていることを明らかにする。

そして最後にすい臓ガンに発現しているレクチンがガンの増殖を助けるのではと仮説を立て、マンノースに結合するレクチンをノックアウトするとすい臓ガンの増殖が抑制されること、またこのノックアウトマウスではマラセチアの増殖促進効果がないことを明らかにする。その上で、補体C3aの活性化がガンの増殖に関わる下流のシグナルであることを特定している。

真菌がすい臓ガンの増殖に関わることは納得できるが、しかしこの研究だけではこれがガン化の決定要因かどうかについては明らかになっていない。真菌叢だけのないマウスを作るのは難しいと思うが、例えば無菌動物だと発ガンは低下するのかなど、他にも知りたい情報が多い研究結果だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月4日 線虫を用いて麻薬受容体阻害剤を開発する(9月20日号Science掲載論文)

2019年10月4日
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現在米国で最も大きな医療問題は麻薬の過剰投与による死亡だ。裏返せば、これに勝る鎮痛剤がないことを意味するし、受容体の研究が進んだ今も中毒など麻薬投与に伴う様々な問題を制御する方法がないということを意味している。

今日紹介する米国スクルップス研究所からの論文はμオピオイド受容体(MOR)を導入した線虫を用いてこの難題に立ち向かい、今や古典的な突然変異をランダムに誘導するforward geneticsを使ってMORを阻害する分子を特定、さらにこの分子を標的にする麻薬からの離脱を早めることのできる化合物を発見したというなかなか痛快な研究で、9月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Genetic behavioral screen identifies an orphan anti-opioid system ‘遺伝的行動スクリーニングにより麻薬に対する拮抗システムを特定した」」だ。

まずMORを導入した線虫にMOR刺激剤を加えると、線虫の動きが低下する。この反応が哺乳動物でのMORの反応と同じであることを確認して、次にMORを導入した線虫の突然変異体を2500以上作成し、その子孫約60万種類の行動を調べ、MORによる行動異常が抑制される変異体を同定、この過程に関わる分子の特定を試みている。

最近で下火になってきたforward geneticsを用いてMORシグナルに影響のある分子を探そうとしたことがこの研究のハイライトで、ここまでうまくいくと少なくともGタンパク型のシグナルについては研究が続く可能性がある。

ただ、多くの分子が取れたというわけではなく、結局これまでMORと関わることが知られていなかった分子は、まだリガンドが特定されていないオーファン受容体FRPR13だけだった。

次にMORとFRPR13の関係を細胞レベルで調べ、

  • この分子の発現はMORのシグナルを低下させる。
  • FRPR13はMORの細胞膜への輸送を邪魔する。
  • FRPR13はMORとG共役受容体のシグナルを抑制するアレスチンの結合を促進する。

など、MORとFRPR13が結合することでMORの機能を抑制する様々なメカニズムが働くことを示している。

そして、ノックアウトマウスでは麻薬に対する反応が過敏であることを確認する。この分子の自然リガンドはまだわかっていないんだが、幸いなことにFRPR13を活性化する化合物がすでに開発されており、最後にこの化合物を投与して麻薬に対する反応が低下させられることを示している。

線虫の突然変異による遺伝子スクリーニングに始まり、最終的に麻薬の離脱を早める可能性のある化合物の特定までなかなか読み応えある論文だ。このタイプの受容体の遺伝子数が異常に多いのが線虫なので、今後もこの方法は製薬会社などでも使われるような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月3日 腸上皮の概日リズムも腸内細菌叢がコントロールしている(9月27日号 Science 掲載論文)

2019年10月3日
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概日リズムは24時間の地球サイクルを、生物のゲノムに内化した仕組みで、進化が環境の内化に他ならないことを示す例だ。もちろんジェットラグから分かるように、私たちの概日リズムは脳による地球サイクルの感覚により調整されるが、この調整とは別にそれぞれの細胞がリズムを刻むようになっている。

しかし、腸管のように、腸内細菌叢という地球上で進化してきた生物が共生している場所では、細胞のリズムはどうなるのか、確かに面白い問題だ。今日紹介するテキサス大学からの論文は、腸内細菌叢の存在しない無菌マウスの小腸上皮についてこの問題を調べた研究で9月27日号のScienceに掲載された。タイトルは「The intestinal microbiota programs diurnal rhythms in host metabolism through histone deacetylase 3 (腸内細菌叢がヒストン脱アセチル化酵素3を介して宿主の代謝の概日リズムをプログラムしている)」だ。

もちろん全ての概日リズムシステムが変化するわけではないと思うが、この研究ではまず転写の状態を示すヒストンのアセチル化のレベルの日内変動について正常マウスと無菌マウスを比べたところ、H3K9もH3K27いずれのアセチル化も普通は日内変動があるのに、無菌マウスではリズムがなくなり高いまま続くことを発見した。すなわち、ヒストンのアセチル化の概日リズムは間違いなく腸内細菌の影響を受けていることがわかった。

この発見がこの研究のすべてで、あとはなぜこんな現象が起こるのか、可能性を当たっていく事になる。まずヒストンの脱アセチル化酵素(HDAC)が関わることは間違い無いので、小腸上皮で発現して腸内細菌叢に依存性のたかいHDACを探すとHDAC3が見つかってきた。実際HDAC3の発現はMyD88など自然免疫系の刺激伝達系に依存しており、細菌叢依存的であることが確認される。

これでバクテリアのシグナルを伝える仕組の一端はわかったが、 HDAC3自体はリズムを刻まないので、次になぜHDAC3の活性がリズムを刻むのか調べ、結局リズム自体はHDAC3をヒストンに運ぶ分子コンプレックスの細胞に内因的なリズムに依ることが明らかになった。

はっきりいうとここでちゃぶ台返しされたような気になる。すなわち、バクテリアがリズムを決めるのかと思って読んできたら、結局バクテリアはHDAC3の発現に必要なだけで、リズムは細胞自体の持つリズムという事になってしまった。

腸内細菌叢はリズムの増幅器として働いているというわけだが、このリズムは様々なトランスポーターの発現リズムを介して宿主の代謝のリズムを整えている。特に、CD36と呼ばれる脂肪のトランスポーターの発現もこのシステムにより概日リズムを刻むため、ジェットラグや概日リズムが消失する事で肥満になる一つの原因になるようだ。

結局私たちのリズムは細菌によってハイジャックされたわけではなく、ただ腸内細菌叢がリズムを増幅してくれるおかげで、代謝のスムースな調節が可能だというちょっと残念な結果になった。まあある意味では、安心する結果だとも言える。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月2日 免疫疾患でのB細胞の状態を調べる(9月25日号Natureオンライン版掲載論文)

2019年10月2日
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ドイツに渡って取り組んだ研究が、骨髄B前駆細胞からB細胞への分化と、それにともなう抗体レパートリー形成だったので、免疫学から離れてずいぶんになるのに、B細胞研究については、他の分野よりは親近感が強い。ただ、オプジーボに代表されるT細胞免疫と比べると、どうしてもB細胞研究は地味で、なかなかトップジャーナルに上がってこないため、論文を読む機会もかなり減っていると思う。

そんな時ケンブリッジ大学から人間のB細胞の様態を詳しく調べることで、様々な免疫関連疾患の共通性と特異性を調べた論文が9月25日号のNature に発表された。動物と異なり、人間のB細胞を調べるには様々な制限があり、その意味で数多くの免疫関連疾患の患者さんを集めて調べたことは、大変な仕事だったと推察できる。タイトルは「Analysis of the B cell receptor repertoire in six immune-mediated diseases (6種類の免疫が関わる病気のB細胞のレパートリーの解析)」だ。

この研究では活動期の免疫が関わる6種類の病気、1)特定の自己抗原に対して抗体ができる抗好中球細胞質抗体を特徴とする血管炎(AAV)、2)様々な抗原に対して自己抗体ができるSLE、3)自己免疫とは考えられていないクローン病、4)B細胞の関わりは少ないと思われている、ベーチェット病、5)好酸球性多発性血管炎肉芽腫症(EGPA)、5)IgA血管炎、の活動期の患者さん209例からB細胞を取り出し、発現している免疫グロブリンのmRNAから、抗体のレパートリー、同じ抗原反応性を持つクローンの増殖、クラススイッチ、薬剤の影響などの項目を調べている。特に新しいテクノロジーを用いているわけでもなく、地道に患者さんを調べたという論文だ。

さて、それぞれの病気のB細胞レパートリーは、自己抗原や腸内細菌叢などの常在菌抗原によって形作られていくと考えられる。もちろん病気によって形成されるT細胞免疫状態や、炎症、自然免疫などのB細胞を取り巻く環境も重要な役割を果たしていると考えられる。そう考えると、B細胞のレパートリーから病気を見直すことで、病気特有の特徴や共通性が見える可能性は十分ある。そう思って読むと、なかなか面白い結果が示されているので、箇条書きにまとめると次のようになる。

  • まず定常部位の発現は病気ごとに大きく変化する。IgAはSLE,クローン病で多く発現しているが、EGPAとAAVを除くと上昇傾向にある。一方、IgEは好酸球の異常増殖の見られるEGPA以外では、やはりSLEとクローン病で高い。IgG3もSLEとクローン病は高いことから、共通の背景が両者にあると考えられる。
  • V遺伝子のレパートリーもそれぞれの病気に特徴的なパターンを示す。ここでもクローン病とSLEは類似している。
  • V遺伝子の共通性から抗原によるクローン増殖、スイッチの順番などがわかる。例えば、クローン病やSLEではスイッチ前からクローン化が際立っているが、同時に患者さんの間での多様性が大きい。一方AAVやIgA血管炎は正常と変わりがない。
  • 同じV領域を持つ遺伝子を比べることでクラススイッチがどう起こったか調べられる。まず驚くのがAAVやベーチェット病ではクラススイッチが低下している。一方、クローン病ではスイッチが上昇しているが、スイッチするクラスはランダムに起こる。一方、SLEではIgAにスイッチする場合が多い。
  • 活動期にあるためほとんどの患者さんではリツキサン(抗CD20抗体)やミコフェノール酸フェチルでの治療が行われているが、ミコフェノール酸ではスイッチ後のメモリー細胞が特に影響を受ける。一方リツキサンはB細胞全体に効果があるが、スイッチ後のB細胞は比較的抵抗性がある。

まだまだ現象論の段階だが、SLEとクローン病の共通性や、ベーチェット病でクラススイッチが低下していることなど、B細胞に親近感を持つ私にとっては意外な結果が満載の論文だった。臨床例を地道に調べることの重要性を改めて認識した。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月1日 超音波で追跡できる分子マーカーの開発(9月27日号Science掲載論文)

2019年10月1日
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様々な蛍光を発する分子マーカーを用いる細胞追跡技術は、生物学を大きく変える技術としてノーベル賞に輝いた。ただ、光を使う限り、どうしても透過性の問題がつきまとう。そこで光学ではない、他の方法で検出される分子標的を開発する努力が行われていると思うが、なかなか実用可能な標識は出てこない。

そんな中で今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は空気を貯めるgas vesicleを作るタンパク質を標識にして超音波で遺伝子発現を追跡しようとする研究で、医療での超音波の普及を見るとかなり有望な技術になる可能性があると思う。タイトルはずばり「Ultrasound imaging of gene expression in mammalian cells (哺乳動物の遺伝子発現を超音波で画像化する)」だ。

これまでも超音波を使う造影法として空気のバブルは用いられてきたが、遺伝子発現をバブル生成に変えることは難しい。代わりにこの研究では、水性バクテリアの中に、表面に浮くため空気を貯めるタンパク質を持つものがある事に注目し、このタンパク質が形成する空気の小胞、gas vesicleを超音波で検出する可能性を着想した。

このようなタンパク質をコードする遺伝子を、音を検出するレポーター遺伝子(ARG)と名付け、バクテリアの中からgas vesicle形成に必要な数種類の遺伝子を選び出している。この時、vesicle ができたかどうか、電顕で確かめながら遺伝子を特定しており、形態学にかなり強いグループのようだ。

さてこうして選んだ数種類のgas vesicle形成に必要な遺伝子を哺乳動物の細胞に導入して、gas vescle形成を見ると、vesicleというより針状の空気を含んだタンパク質のスタックが形成されている。かなり毒性がありそうに見えるが、この構造を40-50含んでいても細胞の増殖には変化がないようだ。

さて、このスタックを検出するための超音波テクノロジーだが、さすがに細胞の中の小さな構造で、それをそのまま超音波で検出する方法はまだ開発できていない。代わりに、空気の層を潰すエネルギーを持つ18KHzの超音波を当ててgas vesicleを潰してしまい、最初当てた時の画像(空気を検出している)と、vesecleが潰れた後の画像を引き算して、vescile を浮き上がらせる方法を用いて細胞集団のgas vesicle 発現を確認している。

あとはレポーターとして本当に使えるかどうか、様々な条件で確かめ、最後にその細胞をマウス皮下に注射して、細胞集団を検出できるか調べ、蛍光法に勝るとも劣らない検出精度があることを示している。

もちろん正常の細胞に発現させたり、トランスジェニックマウスを作った時に本当に毒性がないかなど、まだまだ安心できない点も多いと思う。また、この目的に合わせた超音波検出機の方も発展が可能だろう。超音波は今や聴診器を駆逐するぐらい重要な医療器具として定着している。安全性や技術の発展速度を考えると、この研究はともかくこの分野の扉を開けたという意味で重要性は高いと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月30日 パーキンソン病治療の新しい標的(Cell Metabolism 12月3日発行予定論文)

2019年9月30日
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ミトコンドリアについての論文紹介の最後はスタンフォード大学からのパーキンソン病の新しい分子標的についての論文で、タイトルは「Miro1 Marks Parkinson’s Disease Subset and Miro1 Reducer Rescues Neuron Loss in Parkinson’s Models(Miro1は一部のパーキンソン病の標識になりこの分子の機能を抑える化合物はパーキンソンモデルで神経変性を改善する)」だ。

ミトコンドリアの研究が最も進んでいる神経変性疾患はパーキンソン病(PD)で、機能低下したミトコンドリアを処理する分子ParkinやPinkの変異でパーキンソン病が発症する。ただ、分解される前にミトコンドリアを細胞システムから切り離す必要があり、そのためには細胞内の微小管からミトコンドリアが切り離されるが、これに関わるのがMiro1だ。

これまでの研究でミトコンドリアが障害を受け脱分極すると、ミトコンドリア膜から離れる。これによってミトコンドリアは微小管から切り離され、動きが抑えられるため、Parkin/Pink分解システムにより処理が可能になる。

著者らはMiro1が脱分極膜から離れないことが、細胞死の原因ではないかと考え研究を行ってきた。この研究ではまず多くのPD患者さんから提供された線維芽細胞を用いて、PD ではMiro1が脱分極してもミトコンドリア膜に残るのではないかという可能性を確かめている。結果は、93%の患者さんで、Miro1が脱分極したミトコンドリア膜から除かれないことを確認している。

この現象はほとんどのPDで見られ、しかも他の変性疾患では見られないことからPDの診断に利用できるが、この現象が起こるプロセスには、Pink/Parkinシステム以外にも様々な経路が関わる可能性を示している。

このように、原因は様々でもMiro1がミトコンドリア膜から離れないという現象は特異的なので、次にこのプロセスを促進する化合物のスクリーニングを行い、最終的に脱分極したミトコンドリア膜上のMiro1の除去分解を促進するMiro1-reducerと名付けた化合物を特定している。そして、この化合物の作用メカニズムが、Miro1のプロテアソームによる分解を促進することによると特定している。

最後に、患者さんiPS由来の神経細胞を用いて、antimycinによる呼吸抑制による神経細胞死を防げること、そしてショウジョウバエのパーキンソン病モデルでも一定の効果があることを示している。

パーキンソン病の最初の原因はシヌクレインの蓄積による神経障害と考えられているが、ミトコンドリアの処理機構の活性が発病過程に大きく関わることは明らかだ。今回、Miro1というミトコンドリア処理に関わる新しい分子が見つかったことで、診断だけでなく、神経細胞死を遅らせるという治療法の可能性が一歩進んだように思える。

カテゴリ:論文ウォッチ
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